前話の読み飛ばしにご注意ください。
俗に言う賢者タイム……なのだろうが、昇り詰めた快感が高すぎたせいか、その落差がすさまじい。
「というか、何やってるんだ……」
何が雄へと進化だ、人間から獣に退化してるじゃないか。
射精もなんかやたら長いし、さっきは気持ちいいと思ったけど今は尿道が攣って――いや尿道が攣るのかなんて知らないけれど、痛みとしてはまさにそんな感じである。
疲れてるのに量もこれだけ出るとか……うわ、シーツにも飛び散ってるしこれは後で洗わないと。
というかそもそも今のは別に射精するのが目的じゃないのに何やって――あっ。
慌てて肘で上体を起こして、足の間へと目を向ける。
ゆかりさんは口から逆流したのだろう白濁粘液に、キャミソールをびっちょりと濡らして、俯いたまま肩で大きく息をしていた。
「ゆ、ゆかりさん……大丈夫?」
「……ええ、大丈夫ですよ?」
少し掠れて、そして今まで聞いたことのないくらい無感情で平坦な声が聞こえた。
否、違う。平坦は平坦だけれども感情のない空っぽな平坦さではない。まるで感情をロードローラーで圧し潰して無理矢理均したような――
「ああ成程? 合点がいきましたよ? 意趣返しとはいい度胸じゃないですか?」
――均し切れなかったわだかまりが、言葉尻にはっきりと浮き出た声。
彼女が口元を拭う腕が妙にゆっくりと見える。ぬちゃり、と腕へ糸を引くエロい筈の粘液が、今は肉食獣の涎にしか見えなかった。
「言いましたよね? ゴムを付けるために、立たせるからフェラのやり方を教えて欲しいって?」
上げられた顔に浮かぶ満面のビジネススマイルからは、恐怖しか感じられなかった。
「何か、申し開きはありますか?」
「ほ、本当に申し訳ありませんでした――ッ!」
空中で一回転するほどの勢いでベッドから飛び降り、そのままフローリングに頭を擦り付ける。
「別に謝らなくていいんですよ? というかゆかりさん、謝ってほしいなんて言ってませんよね? 理由を聞いてるだけですよ? ほら、顔を上げて答えて下さい?」
ガシッ、と先ほどとは逆に頭を掴まれ、ギリギリとジャッキのように視線を上げられていく。
「そ、それは……」
「それは?」
目を逸らすことすら許されず、一ミリも目が笑っていない笑顔を向き合わされる。
「……勝手に鍵作られたり揶揄われたりしてるし、何か今日はゆかりさん大人しいしって思ったら……こう、つい……痛たたたたぁっ!?」
答えた瞬間頭を掴んでいる両手が締め上げられた。気分は西遊記の孫悟空。
「潰れる! 骨がっ! 脳が変形する!」
「大丈夫じゃないですか? 少しくらい変形した方が賢くなれるかもしれませんし? ほら、昔は壊れた物は叩くと直るって言ってたそうですから?」
「いや無い! 人間にそういう機能は無いからあぁぁぁぁ……っ!?」
というかそれ自体迷信みたいなものだし――ッ!?
…………ぜーはー、ぜーはー。
解放された頭をさすりながらベッドに転がる。床でないのは、せめてもの情けなのだろう。
「まったく……目的忘れるとか馬鹿なんですか弟くんは」
「いや本当に、それに関しては弁解のしようもございません……」
呆れたように言いながら、風呂場へと行っていたゆかりさんが戻って来た。酷い有様になったキャミソールを脱ぎ捨てて裸一貫なのだが、腕を組んで堂々と立っているせいか、エロいというより石膏像的な凛々しさがある。
「――質問です、弟くんが私と『練習』している目的は?」
「あかりと問題なく性生活を送る為です、はい」
「よろしい」
ベッドの端に座りなおして答えると、ゆかりさんは大仰に頷いて隣に座った。
「今後は暴走しないようにしてくださいね? 結構酸欠気味で危なかったんですから」
ああ、射精中に突き飛ばされたのはそれか。
「それは本当にごめん。あの時は理性がちょっと吹っ飛んでて」
「……まさか、あかりちゃんにもあんな事したんじゃないでしょうね?」
「いやしてない! 今日だけというか、魔がさしたというか――本当に悪かった」
絶対零度のジト目に耐えきれず、逃げる様に頭を下げる。
「はぁ、いいですよ。影響は無いですし、それに――」
ゆかりさんは存外あっさりと引き下がると、そこでこちらに握った手を突き出して来た。
「――これ、返します」
手に乗せられていたのは鍵だった。昨日脱獄犯的手口でいつの間にか作られていた我が家の鍵。
「勝手に鍵を作るのが褒められた行為ではないのは分かっていましたが、そこまで嫌な思いをしているとは思わなかったので。こちらこそ申し訳ありません」
いつになく殊勝な表情で、視線を逸らしたまま鍵をこちらへ突き出すゆかりさん。
少し考えて、さっき自分が言ったことを気にしての事だと気づいた。
「あー……いや、さっきのは嘘ではないけど、でももう気にしては……無いわけじゃないけど、持ってていいから」
「人を窒息死させようとするくらいに嫌だったのでは?」
「いや違うよ! ってそうか……ゆかりさん、もしかして酸欠も苦しくない……とか?」
「ええ、流石に意識が落ちるのは良くないと判断して突き飛ばしてしまいましたけど」
「すまん、完全に頭から抜けてた……悪い……」
今更ながらに罪悪感が湧き上がり、それと同時に納得する。
先ほどのイラマチオ交じりのフェラで、ゆかりさんは最後以外一切抵抗しなかったばかりか、呻くことはあっても嘔吐く事は無かった。それは酸素が無くても苦しくないからであり、喉を押し開かれても苦痛ではなかったからだと。
「本当にごめん……今度からは気を付けるし、ゆかりさんも苦しかったら……ってそれじゃあ駄目か、その……そうだな、危なそうの一歩、いや二歩手前くらいで一言言ってくれ、そしたらすぐ止めるから」
「……成程。さっきみたいに口を塞いで喋れないようにして、今度こそ始末するつもりなんですね? 弟くんったら思ったより物騒ですね」
「違ぇよ!? 人をヤバい奴にしないでくれる?! ……まあなんだ、さっきみたいに口が使えない時は、軽く二回どこか叩いてくれれば一旦ストップかけるから」
「そして死なない程度に、生かさない程度に抵抗を奪っていくと……手慣れてますね」
「違うからね! 勝手に曲解してるのはゆかりさんだからね!?」
ゆかりさんはもうすっかりいつもの調子で、軽く握った手を口元に当ててクスクスと笑っていた。
問題なさそうなのはいいけど、そうなった以上話していても、どうせ目の前で意地悪い笑いをしている彼女に弄られるだけだ。突き出された手を鍵ごと押し返す。
「兎に角もう鍵はいいから。確かに朝言われたみたいに、慣れるまでは起きれないだろうから静かに起こしてもらう必要があるのは事実だし、ご飯も……まぁ、色々やってもらってるお礼代わりくらいなら出すからさ」
「ですが…………了解しました、預からせていただきます」
驚いたような顔をしていたゆかりさんは、鍵を握らされた手とこちらの顔を見比べて、それからベッドサイドのテーブルに鍵を置いた。
「では、予定とは少し違いますけど準備は出来たみたいなので、改めて『練習』始めましょうか?」
「いや、そうは言われてもさっき滅茶苦茶出たし今日はちょっと――は?」
自分の股間を見た瞬間、酷く間抜けな声が出た。
あれだけ勢いよく吐出したんだから、少し時間をおかないとピクリともしないだろう。そう思っていたし、実際体感としては萎れているものと思っていた。
しかし、そこにあったのはなおも太く屹立し、ビクン、ビクンと武者震いをする息子。
親の気付かぬうちにいつの間にか子供は大きくなるものなのか、と感動に言葉を失い――
「――え。何これ、怖っ……」
自分の感覚とのずれが大きすぎて、恐怖が先立つ。
怪しいネット広告みたいに、いきなりサイズが大きくなったわけでは無い。が、浮いてる血管は以前よりも太く、感覚としては半勃ちなのにフル勃起並みに張っていた。しかもあれだけ射精したにも関わらず、鈴口からは欲深くカウパーの雫が珠となって溢れている。
見ているだけで、もう一回……いや二回は余裕なのではと思ってしまう。否、間違いなく可能だ。実際せり上がった陰嚢は熱く滾って、もう次の射精に向けて精液を作り出している。
「えっと……これが、弟くんの本来のコンディションでは無いんですか?」
ゆかりさんの声で、漸く我に返る。彼女は呆然としていたこちらへ、不思議そうな目を向けていた。
「いや違うから……というかコンディションって何だよ」
「『練習』ですから、あかりちゃんとする時より抑え気味なのかな、と思っていたんですが。ギアを低いまま保ってるというか」
なんだその発想、出来たら怖いわ。
「いや、人間はそんな器用に欲望を制御できたりしないから……」
「そうなんですか……」
変なところで感心しているゆかりさんに応じる余裕は、実のところあまりない。男として持久力に富んだ息子に憧れが無いわけでは無いけれど、とはいえいきなりこうも変わられると不安の方が大きかった。
(何か変な物食べたっけ……? 実はいつの間にか改造手術的なものを受けてたり……落ち着け、性器だけ改造するメリットなんて何も無いだろ……いや、そういえば整形では大きくする方法があるんだっけか……?)
いかん、焦りすぎて思考が変な方向へ捻じ曲がり始めた。落ち着いて今日の記憶から順繰りに、昨日、一昨日と――昨日?
「コレ絶対昨日ゆかりさんが根元結んだりしたからだろ!」
野良ボイスロイドに回収課としての仕事、謎のパーツについて、ゆかりさんと働く事になったこと……色々ありすぎて忘れかけていたが、そういえば昨日は酷い寸止めを受けたのだった。気付いてみれば、赤黒い皮膚で分かりづらいものの、肉槍の根元には痛々しい痕が残っている。
射精を物理的に押し留められ、限界以上の血液を海綿体に送り、何度も尿道が空打ちに震える感覚がフラッシュバックした。
「えっ? 冗談じゃ……なさそうですね」
驚愕、困惑、弛緩、そして真顔に。
ゆかりさんはころころと面白いぐらいに表情を変え。少し前とは立場が逆転した。
「すいませんっ! ゆかりさんの中途半端な知識のせいでこんなことになってしまって――」
「いや、土下座はしなくていいから。自分もやっといてなんだけど。それに不能になった訳じゃないし、まあいいかなって……」
「そういう訳にはいきません! その……確約は出来ませんけど、出来る限り元に戻せるよう調べてみますから!」
「いや、本当に頭上げて貰っていいから……」
飛び込むように床へと体を折りたたんだゆかりさんは、尚も頑としてフローリングに頭を擦りつけている。
正確を期して表現するなら、全裸でペニスに向かって土下座していて……本人は裸土下座になってるのに気付いてないんだろうけれど、理性への劇毒なので本当に困るのだが。
とは言え何か条件を提示でもしなければ納得しそうにもないし――
「分かった。じゃあ、さっき言ってた秘策を教えてくれないか?」
「いえ……ですがそれは、元々そのつもりでしたし……」
突きつけられた交換条件に、漸くゆかりさんは頭を上げたけれど、案の定それだけでは弱いらしい。
「――それから、今後もあかりと上手くいくための秘策を色々考えて欲しい。ただし、今後は昨日みたいな条件は無しで」
これなら今までゆかりさんがやってくれていた事にちょっと条件を付けただけで、大して手間が増えるわけでは無いだろう。これで納得してくれるなら――と、ゆかりさんは目を大きく開いて、脚の間に一瞬でにじり寄った。
「分かりました! 勿論ペニスを戻す方法も調べますけど、これまで以上にお二人を上手くいくよう全力でサポートさせていただきます!」
「お、おぅ……っ!」
納得してくれて一安心。なのだが、熱意のこもった吐息がちょうど亀頭へと吹きかけられて宜しくない。
「そ、それじゃあ、早速今日の秘策を教えて欲しいんだけど」
「はい、それはですね――」
「あ、ちょっと待って、しっかり聞きたいからちょっと先にトイレ行ってくる……ッ!」
その後は幸いにも鋼の意志で持って、再び『練習』関係なく射精してしまうという危機は何とか乗り越えられた。