久しぶりに自分もあかりも予定が何もない日の昼下がり。
窓の外には曇天が広がる冬日にも関わらず、くつろぎの場である和室には熱気が満ちていた。
「くっ……余裕なくて悪いっ、あかり、すぐいくからな……っ!」
「あっ! あぁ……っ」
そんな溜息と共に、膝の上に座ったあかりは、コントローラーを握った手を力なく地面につけた。
ゲーム画面が映し出されているモニターの右半分には、先ほどまであかりが操作していたキャラクターが力なく四肢を投げ出している。
「また……っ、やられちゃった……」
うなだれて深いため息をつくあかりとは対照的に、画面内では悲壮感など微塵も無い光景が広がっていた。
シリーズお約束の物理演算神の戯れに導かれたゲームキャラが、画面内で首をゴムのオモチャみたいに伸ばしたり縮めたりしながら空中へと吹っ飛ばされている。どちらかというとシュールな笑いすら浮かんでくる光景であった。
しかもそんな異形と化したキャラクターに向かって、もっと異形の大群が、地面を埋め尽くすほどに群れて殺到しているのだ。
三階建て住宅程の高さがありそうなウーパールーパー(でかい)は何故か二足歩行で、蟹股で全力疾走しつつ、顔から突き出したエラから空中に向けて電撃を照射しまくる。
ビルに巻き付いたアシナシイモリ(勿論でかい)が噛みつくも、当たり判定を失ったキャラクターをすり抜ける。
空中にふよふよ浮いたマルメタピオカガエル(カエルが飛んでる時点で意味不明だし、おまけにでかい)の口から黒い球体が射出されて、ぼひょぼひょ跳ねながら高速道路をぶっ壊す。
そんな戦場の端っこ、更地の真ん中にぽつんと一軒無事なマンションの屋上へ、ボテッとあかりの操作していたキャラが激突した。
――モニターの中は、支離滅裂で阿鼻叫喚な地獄絵図だった。多少のデフォルメが入っているとはいえ、ぬめっとした生き物が駄目な人にとってはモニターを見るだけでも十分に地獄だろう。
宇宙から何故かやって来た巨大な両生類エイリアンを、時々裏切ってくる司令部の指示に従い駆逐する、協力型TPS。今あかりとプレイしている作品はその準最新作だ。
『準』なのは、あかりが家にやってきたことによる諸々の出費で、ゲーム貯金が切り崩されたためである。このシリーズは好きだけど、別に販売初日にプレイしなくてもいいか、位の扱いだった為にしわ寄せが来た形だ。
というか、正直このゲームをあかりとやるとは思っていなかったというのもある。
なにせ敵キャラクターである両性類共は絶妙なデフォルメにより、良く見ればキモ可愛……可愛いか? くらいのデザインには仕上がっている。が、質感表現とキャラクター数にゲーム機のパワーを全投入しているのか知らないが、そいつらが体表テッカテカで千体くらい突っ込んで来るのだ。
自分もシリーズナンバーが二桁になる以前からのファンではあるものの、それでも正直キモいと思わずにはいられないほどの拘りよう。特にゴールドカラーのレアウーパールーパーとか、弱いし倒せば報酬は美味しいけど、出たら顔を顰める程度にはキモい。
いやキモいからこそ心置きなく吹っ飛ばせるし、それが爽快であるというのは確かに事実なのだが、それでもそういったビジュアル面で、あまり女性ユーザーが多いゲームでは無いと聞いていた。
だからあかりに「この中からやりたいゲームある?」とダウンロード済みのゲームを流し見ながら訊いた時も、非表示にし忘れていたのに気付いて、慌てて除外しようとしたのだが。
「あ、可愛い!」
そう言ってあかりが満面の笑みで指差したのは、白いウーパールーパーがボディプレスでビルをぶっ壊しているパッケージイラストの絵であった。
(……偶に、あかりの好みが分からなくなる時があるんだよなぁ)
勿論自分が好きな物を好きになってくれる事自体は嬉しい。
……嬉しいのだが、正直このゲームに自分が求めているのは爽快感と、低価格シリーズから始まった初代から変わらないらしい馬鹿ゲー感である。まかり間違っても、可愛さではない。
気分としては好きな漫画を友人に貸したら、ハマりこそしたものの全然想定していないポイントが刺さっていて、語っても微妙に盛り上がり切らない――みたいな感じである。
そう言えば食器を買いに行った時もやたらサメに執着していたし……。もしかして水生動物系が好きなのだろうか? それなら今度は一緒に水族館へ出掛けてみるのもいいかも知れない。
自分の操作するキャラクターを両生類から空中へ逃がしながらそんな事を考えていると、燃料ゲージが赤く点滅する。
おっと、そろそろ飛行時間が切れるか。しかし限界移動距離の予想はぴったりで、丁度あかりが墜落した建物には届きそうだ。
「あかり、復活させるぞ」
「あっ……はいっ……!」
あの後も俯いたまま何度も溜息をついていたあかりへ呼びかけると、顔と手を上げたあかりは、ヘタった眉毛を引き締め、再びキッとモニターを睨んだ。
屋上にタッチダウンし、自キャラの体力を分け与えてあかりのキャラが復活する。タピオカが激突し、マンションが崩壊したのはそれと同時だった。
「わっ、わっ……わわっ?!」
「北から突っ込まれてる。垂直にダッシュ!」
軽装甲だが飛行できる自分のキャラより、あかりが選んだスタンダードな能力のキャラの方が確かに防御力は高い。とはいえ、両生類モドキどもの百鬼夜行に呑み込まれて耐えられるほど硬いという訳でもない。
ミニマップの表示から敵の移動ルートを判断してそう言うと、あかりはリアルでも思いっきり体を右に倒しながら、全力でウーパールーパーの群れから距離を取る。
「んぅっ、あっ……だめっ……!」
祈る様に彼女の潤んだ目が細められるが、その祈りは届かなかった。
群れの中央から少し離れたウーパールーパーの放った電撃が、運悪く逃げ先と重なってしまい、再びあかりのキャラはノックアウト状態になる。
助けられたのに十秒と持たず、涙目のあかりが、赤く染まった頬でこちらを見上げた。
「あぁ……っ、ごめんな、さいっ、おにい……さん……っ、折角――」
「いや、今のは運が悪かった。逃げる方向は良かったんだが……まぁ、このゲームで理不尽死はままある事だし、仕方ないさ」
それにこのステージはシリーズ伝統の、難易度が急上昇する所謂『詰みミッション』。本来ならこの二つ前のミッションで稼いで武器を集めるのが定石なのだが……今回はあかり主導だし、答えを探しもゲームを楽しむ一要素、いきなりネタバレするのは自分のポリシーに反する。
そういう訳で、俯いて言葉に詰まったあかりを励ます為、背中からぎゅっと抱きしめると、その背が小さく戦慄いた。
「あっ……んぅっ……も、だめ……あ、あぁ……っ!」
小さな戦慄きは全身へと広がり、断続的にピクッ、ビクッ、と震えるあかりの手からコントローラーが滑り落ちる。
「おっと……あかり、大丈夫か?」
それを拾おうとしたあかり自身も前へと倒れかけて、慌てて彼女を抱き支える。
「あぅ……おにいさんの、きゃら、やられて……んくっ」
しっとりと色っぽく潤んだ瞳を画面に向ける彼女の言う通り、あかりを受け止める為操作を手放されたキャラが地面に墜落し、その上から丁度ナマカフクラガエルのボディプレスが炸裂した。
画面にゲームオーバーの英字と、リトライを促す選択肢が現れる。
「本当だ。まあ今のは体力も少なかったし潮時だったろうな」
このゲーム、複数人プレイだと味方の復活が出来るのだが、それには自キャラの体力の半分を分け与えなければならない。つまり、何度も復活させていると、やられていない方も段々体力が減ってしまう。
しかも肝心の回復アイテムは敵を倒さないと出ない為、二、三度のダウンなら何とかなるが、それ以上になると段々ジリ貧になっていく。物量に押しつぶされる絶望感をたっぷりと味わわさせてくれるのもこのゲームの魅力だ。
難しいステージという事もあってあかりは既に十回以上やられてしまっていたし、少し前からこの展開は予想していた。
「でも初プレイで後一ウェーブの所までいけた訳だし、次はクリアできそうだな」
そう言って落ちたコントローラーを拾い、何気なくカーソルをリトライに合わせたところで。
「待っ、て……」
あかりの手が弱弱しく、その手に重ねられた。汗ばんで火照った肌が吸い付く。モニターの向こうにいる両生類たちと違って、うっすら湿ったあかりの肌は色っぽい。
「まだ、このまま……続けるの?」
見上げる瞳は溢れそうなほど涙が煌めき、吐息は酷く熱っぽい。
手の甲に纏わり付いた指は、甘える様に何度も指の間を擦りまわす。
胡坐の上に座った腰も、もぞもぞとむず痒そうに悶えて捩れる。
ごくり。
言葉よりも雄弁に、全身で求めてくるあかりの姿に思わず喉が鳴ってしまった。
いつもどおりを装ったこちらの仮面が剥がれたのを引き金に、とうとう限界を迎えた彼女は直接的に求めてきた。
「もどかしくて……もう、無理……動いちゃ、ダメ?」
そう言いながらもすでに地面へと手をついて、動く準備は完了済み。
もしもここで頷けば、あかりは一生懸命に膝の上で可愛らしく跳ねてくれるのだろう。それはそれで凄く堪らない魅力的な提案だ――けれど。
「あっ……!」
あかりの両手を掴んで地面から引き離す。
「ダメ。朝決めただろ? 今日はどっちも両方するって」
「けどっ、けどぉ……」
期待を裏切られたあかりは、悲しそうな、けれど淫靡に蕩けた表情を浮かべていた。
段ボールに入れられた仔犬よりも破壊力の高い目に、思わず朝の約束を撤回してしまいたくなって。
「――仕方ないな。じゃあ、このステージをクリア出来たらいいよ」
何とかその誘惑を振り切り、妥協案を提示した。
「うー……」
「……もしかして、あかりは俺とゲームするのは嫌か?」
納得しかねるというように呻きながらウルウル目攻撃を仕掛けて来ていたあかりは、それを聞いた瞬間、慌てて首をぶんぶん横に振った。
「そ、そんな事は無いけどっ! んぅっ……! でも、やっぱりえっちも遊ぶのも一緒っていうのは無理があるよぉ……っ!」
切なさで死んでしまいそうな声を上げて、あかりはお尻をぐりっとあぐらに組んだ膝の上で捩り――ずっと入れられっぱなしだった肉槍がそれに合わせてきゅきゅっ、と絞られた。
(くぅっ……ごめん、あかりっ。提案しておいて何だけど、正直俺もそう思う……っ!)