「――と言われたはいいものの、どうしたらいいもんかな」
いつものモールへの買い出し帰り、袋を両手に下げたまま独り言ちる。
ここ数日、手持ちぶさたになる度先日部長に言われたことを考えているのだが、未だにいい答えは出てこない。
ゆかりさんが本音を言える相手になる――それは信頼されるという事と同義であろう。
「とはいえそれが一番難しい気がするんだよなぁ……」
会社でのゆかりさんを見ていると、仕事に関して彼女は完璧超人だ。正直追い付けるビジョンがまるで見えないし、物理的にも朝のランニングで追いつけた試しがない。
尤もその分生活力は最低の底を割ったようなレベルなのだが。
「そうなるとやっぱり家事で信頼を勝ち取るしか……でもゆかりさん部屋が汚くても料理が不味くても気にしそうにないしなぁ……」
自分が家事をやる前の部屋の惨状を思い返せばそうとしか思えない。
もしかしたら昼ご飯を作って欲しい、と言っているのだって、面倒がらせて自分と距離を取る為の方便なのかもしれない、と最近では邪推してしまうほど相変わらず味の感想はそっけないし。
「……やっぱり回収業務で少しでも役に立てると思わないと駄目か」
慣性に任せて足を動かしながら考えるも、やはり同じ結論に戻ってきてしまう。
この間のやよいさんの言を信じるなら、回収業務に同行させてもらえるだけ信頼されてはいる……らしいし、やっぱりそっち方面で頑張るしかないか。
せめて追いつくのは無理だとしても、後を離されずについて行けるくらいには……
「……なれるかなぁ」
確かに以前より公園に付く時間は早くなっているものの、帰り着いて尚余裕を感じるゆかりさんと違って、らふらふらなのに変わりは無い。
今だって思い出して思わずふぅ、と肩で息をついてしまうくらいには今だって疲れている。
とはいえこれ以外にいい手段が思いつくわけでもないのも事実で。
「というかそもそもゆかりさんは現状自分の事どう思ってるのやら」
あまりに先が見えないせいで、思わずそんな愚痴めいた言葉が口をつく。
部長は「ゆかり君が素を見せるくらいの存在だから」と言っていたが、ただ単にセックスの時の言い争いを引きずっていただけなのでは、としか思えない。
「いや待てよ、でも言い争いになったって事はやっぱりあれがゆかりさんの素だったのか?」
自分も余裕が無かったから曖昧な所もあるが、あの時のゆかりさんはかなり余裕が無かったような気がする。服着ないまま外に出ようとしてたし、車に自分が乗っているのにも暫く気付かなかったし。
それにあの時ゆかりさんが自分の事を評した『失敗作の中の失敗作』という言葉。彼女の過去を知った今なら、その意味が何となく――
――と、いつの間にか足元に向いていた視界に、自分のズボンが膨らみ始めているのが映り込んだ。
極めて自然なふりを装って、顔を上げ、モールに並ぶ店を眺めるふりをして周囲を窺う。幸いにして、こちらに注目している人は誰もいなかった。
(……危ッぶな!? こんな人ごみの中で一人勃起してるとか只の変態じゃねぇか!!)
ゆかりさんの言葉と共に、あの日の『色々』まで思い出してしまって反応しそうになった股間をそっと買い物袋で隠しつつ、思考の方向性を修正する。
(ま、少なくともゆかりさんに嫌われてるって事は無い――筈だ)
最近は練習がない日も昼食を作りに行ったり片づけをしに行ったりしているが、そういう仕事が関係ない時も淡々とした対応ではあるが嫌がったり面倒くさそうにされることは無いし。
……それも演技じゃないかと言われたら自信は無いが。
「うぅ……なんか人間不信になりそうだ……」
『他人の事なんて本当の意味では分からない』何となく頭で理解しているつもりの事実を、まざまざと突きつけられたようだ。
というかそこまで言ってしまえば、一緒に暮らしているあかりの事だって本当の意味で分かっているわけじゃない。
今日だって、あかりが休みだし食材の買い出しだから一緒に来るかな、と思って誘ったのに「すいません、今日はちょっと……」とぼかして断わられてしまったし。
もしかして気付かないうちに怒らせてしまったのだろうか、とも考えてみたが、思い当たる節がまるで無い。それに怒っている様子にも見えなかったし――いや、それこそただ単に自分が気付いてないだけで――
「――いやいやいや、止めよう。身体が疲れて思考がネガティブになっているだけだって」
「ただいまー……ってアレ?」
と、自分に言い聞かせてもなんだか気になってしまい、少し足早にアパートまでたどり着いていそいそと扉を開けて。
いつもなら玄関まで出迎えにやってきてくれるあかりがいないのに、心臓が嫌な跳ね方をする。
(……も、もしかして本当に気付かないうちに怒らせてたりするのか?)
帰り道の間中ずっと悪い想像だと自分に言い聞かせ、支えていた冷静さが音を立てて崩れていく。
(……うん。謝ろう。そして何が原因なのか聞き出そう)
もう笑うしかないとはこういう状況を言うのだろうか、スッと冷えていく胎の底に口角が自然と持ち上がってしまうのを感じつつ、靴を脱ぎ散らかしドタドタドタと和室へ駆けて、襖を力強く掴む。
ガララッ!
「あかりッ、何か分からないけど――!」
扉を開けた瞬間、ごめん! という謝罪の言葉が霧散してしまった。
僅かな間の無音。そして。
「……わ、わぉん!」
如何にも偽物くさい犬の鳴き声が和室の中に響いた。
畳に座っているのは勿論犬ではなく、我が家のあかり。
「……あ、あかり? 何してるんだ……?」
にも関わらず声に変な抑揚がついてしまったのは、彼女が犬のコスプレをして、お座りするみたいにしゃがんで床に手をついていたからだ。
いや、犬のコスプレなんて生易しい表現では足りない。
白銀の髪からちょこんと三角耳が生えそろっているだけなら、「可愛い」という言葉で済んだだろう。だが問題は服装――いやもはや服とは呼べない、極小ビキニにファーが付いただけの代物と、大事な所はまるで隠れていないのに手首だけはしっかりとガードしているもふもふリストバンド。そして極めつけに、あかりの細い首にはまるで不釣り合いな赤いガッシリとした首輪である。
(うわ……水着? がちっさすぎて割れ目や乳輪がチラチラ見えちゃってるし、でも犬耳つけたあかりって想像の数倍可愛いし、全然肌を隠すのに役立ってない手首の奴とか只エロいだけだし、でも恥かしそうに視線がちらちら動いてるのはやっぱ可愛いし――)
エロさと可愛さのダブルパンチに、脳がオーバーフローを起こしかけて。
「わぅん!」
あかりの呼びかけ? に意識を引き戻されて彼女が視線で示す先を見ると、机の上に紙が置いてあるのに気付いた。
広げるとそこには『この間仔犬みたいで可愛いと言って貰ったので、今日のあかりはわんこになってみました。いっぱい可愛がってください』と書かれていた。
確かにそんな事を言った気もするけれど、それにしても大胆な……とも考えたが、紙に書かれた字は恥かしそうにだんだん小さくなっているし、
「く、くぅん……」
目の前で『お座り』したまんまのあかりの顔は首輪に負けないくらい真っ赤に染まっている。
(……そんな恥かしいなら無理しなくってもいいのに)
内心苦笑する。が、だからと言って今のあかりに素で返したら、却って恥かしさのあまり頭から湯気を出しそうだ。
それに、実際可愛エロいのは間違いない訳で、こんな極上据え膳を結構ですと突き返すなんて勿体なさ過ぎる。
「――よーしよしよしよし! あかり、ただいまー! お留守番ありがとうな!」
「! わんわんっ」
可愛がり方をエッチな方にするか、純粋な方にするか……と少し逡巡し、どうせ最後はエッチな方になってしまうだろうと、先ずは純粋に可愛がることにする。
実家の犬にするみたいに頭をわしゃわしゃーっと撫でてあげると、あかりは安心したように目を細めて、けれどそれじゃ足りないというように頭を掌にすり寄せてきた。
「よしよし、可愛い可愛い。あかりは可愛いなぁ」
撫でる手を片手から両手に、場所を頭頂部から頬に移動して、大型犬を撫でる要領でくすぐる。
「く、くぅん……っ」
暫くの間こそばゆそうな悲鳴を上げつつ、されるがままに撫で回し攻撃を受けていたあかりだったが、とうとう耐えかねたのかどんっ、とこちらに頭をぶつけてきた。
「ちょっ、わっ」
「わんっ!」
突然の反撃に倒れたこちらの上に覆いかぶさったあかりは、恨めしそうな目でぺろぺろと本当の犬みたいに顔を舐め始める。
「ちょっ、待っ――そこまでしなくていいって! やめ、くすぐった……ッ」
「くーん……ぺろぺろ」
今のそっけない『くーん』は多分『さっきのお返しです』というつもりなのだろう。こちらが止めるのにも関わらず、あかりは容赦なくぺろぺろと顔を舐めてくる。
普段キスはしても、顎や頬を舐められることなんてないから物理的にも精神的にもくすぐったくて堪らない。
堪らず顔を横に逸らすと、今度は耳たぶをペロリと舐められる。
「ちょッ――そこはマジで止めッ――!」
「……わーんっ」
ぺろぺろ、はむはむ。
『だーめっ』と言うように、外気に冷やされた耳朶を熱い舌が這いまわり、優しく甘噛みされる。
耳介軟骨を介して頭の中にぺちゅぺちゅ、という水音が響く内に、段々と可愛いという温かな感情を、エロいという情動が焼きつくしていく。
「――ッ、このッ。あかり、待てッ!」
上へ覆いかぶさる彼女の肩を強めにぐっ、と押さえて『お座り』させながら上体を起こす。
「ちゅぱ……っ、わんわんっ!」
引き離されて一瞬寂しそうな顔をしたあかりだったが、すぐに顔をほころばせて嬉しそうに鳴いた。
向いている視線の先は自分の股間、テントを張ったジーンズである。
「くっそ……最初くらいは純粋に可愛がろうと思ってたのに……あかりワンコはえっちな方がお好みって事か?」
「……っ、わぅんっ♡」
目をうっとりと細めて甘ったるく鳴くあかり。
だったらもう遠慮はしない。
そう欲望の赴くままに体を乗り出して手を伸ばした所で、あかりの背後にふさふさの塊が置かれているのに気づいた。
「あれ、まだ何かあるのか――って」
何気なく手を伸ばして持ちあげたそれは、作り物の尻尾……の先にピンクの球がいくつか連なってついている。
俗にいうアナル尻尾という奴だ。
「もしかして……これも?」
「わ、わうぅ……」
期待に早鐘を打つ心臓を押さえつけながらも平静を装って聞くと、あかりは恥かしそうに目を伏せつつ、先ほどの紙を捲って裏側を見せてきた。
『お兄さんが嫌でなければ、しっぽを――おしりに入れて、完璧なわんこにしてください』
表よりも更に小さく書かれた文字は、所々羞恥に震えている。
それでもあかりは誤魔化すことなくちゃんと全てを文字にし、それを見せてきたのだ。
ここまでの覚悟で用意されたら、興味が無くてもやらない訳にはいかない……いや、興味が無かったわけでは無いけれど。
「そっか、それならあかりを立派なわんこにしてあげないとな。でもここだと汚れちゃうかもだし、風呂場に行こうか」
「っ……わぅっ」
さっきよりちょっと小声で、鎖骨あたりまで顔を真っ赤にしつつもあかりは頷き、首輪から伸びるリードを咥えてこちらへ首を伸ばす。
そんなものまで用意していたのか。準備がいいというか、いつの間に……。
と冷静ぶってみても、銀髪の美少女が自らの首輪に繋がったリードを咥えて差し出してくるという光景に、雄の支配欲は否応なく昂ってしまう。
「じゃあ行こうか、あかり?」
「わんっ♡」