ゆかりさんは一瞬ぽかんとして、それから長い溜息をついた。
「はぁー……、本当に弟くんは……。何でそこで辞めるって選択肢が出てこないんですか」
「出てくるわけないだろ、そんなもの。俺だってゆかりさんに怪我欲しくしてないし……それに、一応今はゆかりさんのマスターだからな」
「――私の事なんていいのに。本当に……本当に弟くんは」
再びの深い溜息とともに天を仰ぐゆかりさん。白い溜息がまだ暗い空へと溶けていく。暫くそのまま黙っていたゆかりさんだったが、「よし!」という掛け声とともに頬を叩いて、それから腰を浮かしてこちらへと手を伸ばした。
「……分かりました。そう言うことならゆかりさんも手は抜きません、厳しくいきますから覚悟してくださいよ?」
「ああ、頼む」
立ち上がろうと出された手を握って上体を起しかけたその時だった。
「ぁんッ……」
突如聞こえた女性の嬌声に、隠れようと起しかけた上体を地面に押し付け、ゆかりさんの手を引く。
丁度抱きしめるような感じになったゆかりさんが目を丸くして抗議してきた。
「ちょ、ちょっと! 顔が近――っ、もごっ」
「しーっ! 声抑えないと」
「あっ、そ、そうですね……見つかったら凄く気まずいでしょうし……」
「ああ……といっても、どうせ猫かなんかっていうオチだろうけどな……」
「で、ですよね!」
と、ゆかりさんと揃って灌木の影から目だけ出し、辺りを伺って――
――少し先の屋根がある休憩所。そこのベンチで学生服を着た一組の男女が向かい合って座っていた。
しかも向かい合ってというのは向かいのベンチにという意味ではなく、鼻同士がくっつく距離。ベンチに座った男子学生の太腿を跨ぐようにして女子学生が座り、彼女のたくし上げたセーラー服の下からはあかりほどではないがそこそこ豊かな膨らみが……。
「ぐぇっ!?」
見えたような気がした瞬間、地面へと押し倒される。
「ちょ、ゆかりさんそんな焦んなくても向こうは多分気付いてないって!」
「……そうではなくて、あれは弟くんが見なくていいものですから」
こちらへ覆いかぶさるように灌木の影へと隠れたゆかりさんが、先ほどとは違う完全に感情の消えた目でこちらを見据えていた。
「え? あ、いや……それはそうかもしれないけど……」
「お と う と く ん は み な く て い い も の で す よ ね ?」
「アッハイ」
感情の消えた笑みという、矛盾の体現者と化したゆかりさんにゴゴゴゴゴ……という音でもしそうな圧で顔を寄せられて、反射的に肯定する。
「……もう、弟くんったらちょっと節操が無さ過ぎじゃないですか?」
静かな圧こそ消したゆかりさんだが、未だ向けられる視線はどこか胡乱気だ。
「いや、全くもってごもっともでございます……。ですが、男というものは肌色が見えたら無意識に目で追ってしまう生き物でして……」
「言い訳は聞きたくありません。そりゃあ? 弟くんがおっぱいの大きい子好きなのは知ってますけど……」
ゆかりさんは拗ねたようにふいっ、とそっぽを向く。しかしそのわざとらしい仕草とは逆に、その手が半ば無意識に自身のささやかな膨らみへと乗せられているのに気付いた。
「……やっぱり気にしてるのか」
「~~っ。だったら何ですか。仕方ないじゃないですか、そういうオーダーでデザインされたんですから。悪かったですね、目の保養にもならないサイズで」
露骨に不機嫌そうな声になったゆかりさんは、痛いと言うよりくすぐったい位の軽いデコピンをぺしぺしと乱れ撃ちしてくる。
「悪いとかそういうことじゃなくて……前にも言ったように、そんな気にしなくたっていいんじゃないか? 大きいのがいいって訳でもないんだし」
「そんな思ってもない口先だけの慰めは結構です」
「いや、口先だけじゃないって。確かに俺は大きな胸も好きだけど、それと同じくらい小さなのも好きだし」
「……証拠は?」
より一層不機嫌そうに眉根を寄せ、こちらを睨みつけるゆかりさんの目はすっかり座ってしまっていた。どうやらこの間のだけでは証拠にならないらしい。
「証拠って言われてもな……」
好きな物を好きだと証明しろと言われたって、そんなの悪魔の証明みたいなものなんじゃないだろうか。それに正直何を言っても今のゆかりさんが納得するとは思えない。
言葉で証明するのは不可能。だとすれば方法は――頭を過った考えに、いやいやここは外だろうがと、考え直そうとして、
「ほら、やっぱり口先だけじゃないですか」
自棄になったようなゆかりさんの煽りに、実行してしまうことにした。
「……分かったよ、そこまで言うなら証拠を出そうじゃんか。その代わり、向こうに気付かれないよう大きな声を出すなよ?」
「いいでしょう、そこまで言った以上――っ?!」
むにゅん、と言質を得た瞬間に控えめな膨らみを鷲掴むと、一瞬ゆかりさんは真顔になり、それから段々と赤くなりながらコイみたいに口をパクパクさせて。
「な、なな、なっ、なにっ――むぐっ!?」
「しーっ、声が大きいって!」
慌てて胸から手を離し、叫びかけた口を押し黙らせる。
しばらく目を白黒させてバタバタと暴れていたゆかりさんだったが、顎で学生カップルの方を指し示すと、隠れている状況なのを思い出したらしい。
ゆかりさんが目で頷いたのを確認して手を離すと、ひそひそ声でゆかりさんが詰め寄ってきた。
「~ぷはっ。い、いきなり何するんですか弟くん!」
「いやだって、ゆかりさんが証拠を出せって言ってきたから」
「だからって、いきなり触ってくるなんて――っ!」
「でも、多分何言ってもゆかりさん納得しなかったんじゃないか?」
「それは……」
「ならこうやって行動で証明するしかないだろ?」
むにむに。
ここで怒らずにむぅ、と押し黙ってしまう辺り、ゆかりさんも先ほどの要求が無茶だと、多少落ち着いて分かってくれたのろう。
「……そう、ですね。確かに私もちょっと意固地になりすぎてました。すいません」
「いや、まあ俺もちょっと気が動転しててデリカシーが無いこと言ってしまった感じだし」
ややあって完全に落ち着きを取り戻したらしいゆかりさんの様子に、こちらも安堵し灌木の隙間から休憩所の方を窺う。幸いな事に学生カップルもこちらに気付かなかったようで、丁度いちゃつき終わったのか二人とも服を整え立ち去るところらしかった。
手を繋いで談笑しながら立ち去るカップルの背中を見送ったところで、潜めていた息を大きく吐き出す。
「……ふぅ、行ったか」
「……みたいですね」
ゆかりさんと頭を並べて灌木から頭を覗かせる。
「何というか災難だったな、まさかこんなとこであんなことする奴がいるとは」
むにむにむに。
正直野外でないとはいえ、外であかりとセックスをしたことがある以上強くは言えない気もするが……今は横に置いておく。
が、すぐに返ってくると思っていたゆかりさんからの返事がない。
「……? ゆかりさん?」
「……あの、弟くん。そろそろ胸から手を離してもらっていいですか?」
むにむにむにむに。
「あ。すまん」
言われて今更ゆかりさんの胸を掴んだままだと気付き、慌てて手を離す。
「すまん……じゃないですよ! 確かに私にも原因はありましたけど、ずっと揉まなくたっていいじゃないですか!」
「うぇ!? マジか?! それは全然気づかなかったというか無意識で、ごめん!!」
どうりでなんだか右手が心地よかった訳である。
「……本当に無意識だったんですか? こんな大きくしてるのに?」
ジト目でこちらを睨みつけるゆかりさんは、成り行きとはいえゆかりさんの胸を触ったせいか、気付かぬうちにテントを張っていたジャージへと触れてきた。
「いや、これは……生理的反応というか何といいますか……」
泳いでしまう視線を逃さないというように、ジャージ越しに逸物をぎゅむっと握られる。
「つまり、ゆかりさんのを触ってこうなったって事ですか?」
「えー……はい、まぁ……八割方そんな感じです」
嘘をついたら引っこ抜かれるのでは、そんな予感が頭を過って素直に認めると(因みに残りの二割は学生カップルのせいである)、ゆかりさんが大きく溜息を吐いた。
「はぁ……弟くんは仕方ないですね」
愚息から手が離れてほっと気が緩んだのも束の間。ゆかりさんの手がジャージのパンツへと掛けられ、ずり下げられそうになる。
「ちょっ、ゆかりさん何してるんだよ?!」
「何って、小さくするんですよ。このままじゃ弟くんだって帰れないでしょう?」
確かにテントを張ったこの状態で市街地を歩くなど、道中誰かに見られれば最悪警察沙汰である。
「いやでもゆかりさんがする必要は無いし! 放っておいたら暫くすれば――」
「……そんな事言われてもどれだけ待てばいいんですか。最近の弟くん、大きくなったら出すまで全然小さくならないじゃないですか」
ゆかりさんが疑わしそうな目を向けてくるが、残念なことに事実なので正面切って否定できない。
「いや、それはそうなんだけど……! でもそうなったの、ゆかりさんに縛られてからだからな!?」
「――なるほど、それも含めてゆかりさんの責任だと」
「いや、そこまで言うつもりは無いけど――って、ゆかりさん!?」
こちらが突っ込んでいる途中で、ゆかりさんは自身の首元に手を伸ばし、ジャージのジッパーを下ろした。
グレーで飾り気のないスポーツブラと、白いお腹がさらけ出され、服の中に籠っていた熱気がむわぁ、と微香をともなって鼻先をくすぐる。
「っ……な、何やってんだよゆかりさん!」
「何って、弟くんは私のせいで勃起しちゃったって言うんでしょう? だったら、ゆかりさんが責任を取らないといけないじゃないですか」
「いやいやいや! そんな事しなくていいから!? 何だったらトイレかどっかで処理してくるから!」
「つまり、自分は自慰してくるから、その間待っていろと?」
「うっ、それは……」
「それに何処にとは言いませんが、さっきからすごーく視線を感じるんですけど」
言われて、自分が汗染みて乳首の位置を浮かせている彼女のスポブラを注視してしまっていたことに気付き、視線を逸らす。
「わ、悪い……」
「ふふっ、別に悪くはないですよ?」
悪戯っぽい声につられてゆかりさんの顔へ向くと、案の定意地悪な笑みを浮かべた彼女と目が合った。
「ただ、本当にこんな小さいおっぱいでも弟くんは好きなんだー、とは思いますけど」
そう言ってゆかりさんは胴体を密着させる。小柄だからか走った後だからか、温度の高い鼓動が柔らかな膨らみを通して伝わってくる。思わず肉槍がびくんと跳ねてしまう。
「んっ……。本当に好きなんですね? まあ、顔は美人だという自信はありましたが、体型にはコンプレックスがあったので嬉しいですけど」
「自分で美人っていうのかよ……それは兎も角、大きくないだけでゆかりさんはスタイルいいんだし、コンプレックスに思う必要なんて無いと思うんだが」
「そうは言われても、標準のユカリ型より小さくというオーダーで作られたのに、合う人合う人「なんかパンフレット写真と違わない?」なんて言ってきたら、嫌でも気になるようになります」
「あー、もしかしなくてもAHSの前にいた所?」
「そうですそうです。……って話が余計な方に逸れちゃいましたね。今大事なのは弟くんが勃っていて、それがゆかりさんのせいだから責任を取れ、って脅されてるという話です」
ゆかりさんは嫌な事を思い出したと言うように、フンと小さく鼻を鳴らして、それから再度悪戯っ子の笑みを浮かべた。
「いや、責任を勝手に取ろうとしてるのはゆかりさんだからね!? なんで俺が無理強いしてるみたいになってるの?!」
「いいじゃないですかそんな些末な事。さっさとしないとどんどん時間が遅くなって、弟くんのそれが見つかるリスクも上がっちゃいますよ? ……それとも弟くんは、ゆかりさんなんかでは興奮しませんか?」
暫くはアンケート残しつつ、投稿時間を調整します。