一日経っても、もやもやとした思いは晴れなかった。
――否、むしろお酒が抜けて思考が鮮明になったからこそ、余計複雑に糸が絡まったような、とでも言うべきか。
窓から入ってくるまだ温かさの足りない日差しから目を背けるように、卓袱台へとうつ伏せる。
朝から何度も同じことを繰り返していたせいか、天板はまだ自分の温度が生ぬるく残っていて気持ち悪い。
――分かっている。こんなこと一人で考えたところで答えが分かる訳もない。
それならいっそ思い切ってゆかりさんに聞いてしまえば……
(……けど、今朝のランニングの時はいつも通りだったし、やっぱり酔ってただけ……なんだろうか)
いつも通りだからこそ、いつもと違う様子だったことは聞きづらい。
いっそのこと、昨日のことは夢だったと思い込んで忘れてしまった方がいいのだろうか。
けれど、そう考えるとゆかりさんの寂しげな眼差しが、それから一転して安心したように甘えてくる笑みが胸の奥を刺す。
ゆかりさんの助けに――なんて思い上がるつもりはないけど、手ぐらい差し伸べたい。
だけど、昨日のあれは明らかに”練習”ではなかった。最早言い訳の立たないくらいあかりへの裏切りで。
「……というか、どうしたいんだよ……俺は」
あかりが大事なのは間違いない。けれど、ゆかりさんも放っておけなくて。
二人とも幸せであって欲しいと願いながら、その実やっていることは二人ともを傷付けているのではないか。
偽善ですらない、ただの我儘。
「……買い物にでも行くか」
一人で部屋にいるから碌な考えにならないんだと、思考を無理やり中断させて立ち上がる。
最近はあかりがいない時にはゆかりさんがいることが多かったし、一人でいる時の時間の過ごし方を忘れてしまっているのだろう。
そう自分を無理矢理納得させながら、羽織ものを壁掛けのハンガーから取ろうと手を伸ばし、そこで気付く。
「あれ? あかりまた帽子置いていったのか」
あかりのハンガー掛けには、買ってあげた帽子がかかったままだった。
最近、たまにそんな時がある。
この間出掛けた時はかぶってたし、サイズが合わないとか気に入らなくなったというわけじゃないだろう。
さりとて、ハンガーにかけてあるジャケットは着て行っているから、目に入らなくて忘れたということもないはずだが。
「あー……そういえば今日はマキさん所へバイトに行くって言ってたし、すぐ制服に着替えるからそこまで必要じゃないのか?」
その場ではそう納得して買い物に出掛けた。
だが――
――――――
「あっ! やっほー、久しぶり」
スーパーの入っているモールの中を歩いていると、不意に後ろから聞き馴染んだ声が投げかけられた。
「? ああ、マキさんか。久しぶり……ってほどでもないと思うけどな」
「そんなことないよ、最近はキミ、全然コンビニの方に来てくれないじゃん」
「と言われてもな、今は春休みだからな。大学がないと駅の方向にはいかないし」
「”昔は”大学がない時でも、お弁当買いに来てくれたりしてたのになー?」
「うっ……それはまあ、最近は自炊したりあかりに作ってもらうことが多くて、だな」
「あー……そっかぁ。まあ、それなら仕方がないかなー?」
わざとらしく頬を膨らませていたマキさんは一転、揶揄うように唇で弧を描いて上半身を乗り出してくる。
「まあボクも? あかりちゃんからキミのことはいっぱい聞いてるから久しぶりっていうのはおかしかったかな?」
「え、何? あかりって、そんなに外で俺のこと話してるの?」
「んー、どうだろうね? まあ仲がいいってことはよーく伝わってくるけど」
「それは……なんというかすまん」
「ふふふっ、なんてね。冗談だよ冗談――」
そうマキさんは軽やかに笑う。
あかりめ、外で惚気を言いふらしてるんじゃないだろうな。という気恥ずかしさから謝ったことが今度は逆に気恥ずかしい。
それにあかりに対しても無根拠に疑った罪悪感が湧いてきて。
「――ま、冗談なのは半分ちょっとオーバーしたくらいだけどね?」
いややっぱり謝っといて良かったやつだコレ。
「あー……あかりには帰ったらちょっと控えるように言っとくよ」
「えー? ボクとしては結構聞いてて面白いんだけどなー? キミの意外な面も知れたりするし」
意味深なニマニマとした笑みを浮かべるマキさんが怖い。具体的に何を知ってるんでしょうか、と訊けない程度には。
あかりが帰ったら、やはり一度個人情報の扱いについてちょっとお話しないといけないだろう。
――と、そんな風に煩悶としていたから、次のマキさんの一言を理解するのに少し時間がかかった。
「にしても、話を聞いてると外出する時はずっと一緒なのかと思ってたけど、今日は一人なんだ?」
マキさんのいつも通りな悪戯っぽい口元が、悪辣に歪められたように見えた。
「は……? え……?」
目の前の表情が固まって、段々と困惑したようなものになってきたところで漸く、言葉を紡ぎ出す。
「いや、え……今日は、バイト行ってるんじゃ、マキさんの所……?」
マキさんは困ったように眉を歪め、小さく首を横に振っただけだった。
だったらあかりはどこに行ったのだろう。
誰のところに行ったのだろう。