「――では、後は任せても大丈夫ですか?」
応援として回収班が複数到着し、暫く引継ぎ作業をした後。
忙しく動き回るボイスロイドたちを背景に、その取り纏めを任されていたボイスロイド――この間のやよいさん、と何語かやり取りしてから、ゆかりさんはいつもの様な微笑を浮かべた。
「はい……それより、ゆかり先輩は大丈夫……なんでしょうか」
だが、その頬にはいつもと違う紅い切り傷とそこから流れていた血の痕が刻まれていて、やよいさんが心配そうに眉を歪めるのも無理はない。
それでもゆかりさんは変わらず落ち着いた様子で。
「ふふっ、相変わらずやよやよちゃんは心配性ですねぇ……大丈夫ですよ、確かに一撃貰ってしまいましたが、致命傷は彼がしっかり防いでくれましたから」
と、不意に横へ流し目を送られて、心臓が変な跳ね方をする。
――違う。
それを追うようにやよいさんの視線もこちらへ向けられ、彼女が頭を下げた。
「ゆかり先輩を……ありがとうございます……!」
――違う!
(自分が浅ましい考えに取りつかれて、無思慮な行動を取ってさえいなければゆかりさんは――!)
そう言えたならいっそ楽だったのだろうか。けれどこちらを見据えるゆかりさんの優し気な目が、断固としてそれを許さないとはっきり語っていて。
「いや……それが仕事なんだから、さ」
口腔に広がる苦さを呑み込んで何とかそれだけ吐き出した。
「では、先に上がることになって申し訳ないですけれど……生憎、片腕をやられてしまってお役にたてそうにないので」
「……そういうことなら、了解しました……!」
それ以上やよいさんに何か言われていたら、違うと叫んでしまうのを抑えられていたか分からない。だが、ゆかりさんが先んじてくれたおかげでなんとか呑み込むことができた。
同時にのしかかる罪悪感の重さが増すのを感じながら。
――乗ってきた車に戻り、発進させる。
こういう時こそ、自動運転はありがたかった。目的地さえ指定すれば、後は俯いたままでも何も問題がないのだから。
隣で、ゆかりさんが腕を換装する無機質な金属音だけが響いた。
そして現場が――他のボイスロイドたちが見えなくなったところで、漸く絞り出すように口に出せた。
「……ゆかりさん、本当にごめん」
「……弟くんが謝ることはないですよ」
「そんなことないだろ。俺が迂闊にあの個体に近づいたりしなければ、ゆかりさんは怪我せずに……!」
「いえ、私も動ける個体が残っているという想定が抜けてしまっていたのは事実ですから」
「そうだとしても、やっぱり俺が軽率な行動を取ってさえいなければ――」
「――違いますッ!」
悲痛な叫びが車内の音を消し去る。
一瞬誰の言葉なのか理解できなかった。
つい先ほどまで余裕ありげな微笑を浮かべていたとは思えないような、押し殺していた感情を叩きつけるような声が、彼女のものだと漸く理解して。
「……ゆかりさん?」
ずっと俯いたままだった顔を上げて、横の助手席を見る。
座席の上で体位座りのようにして、膝に顔をうずめる小さな一人の少女がそこにはいた。
「これ以上、謝らないでください……! 弟くんがいなければ……私は、私は……ここにいなかったかもしれないんですから」
全身は小さく震え、今にも消え入りそうな姿に、言いかけた「ごめん」は喉の奥へと消えた。
代わりに、彼女の手に手を重ねる。
「大丈夫、ゆかりさんは生きてるから。……それに、いざという時ゆかりさんをサポートするのが俺の仕事なんだろ?」
手の中で、冷え切った小さな手が解け、生きているという事実を確かめるように指へと指が絡められた。
「……それなら、一つだけお願いをしてもいいですか?」
不安げに揺れた目で問われ、俺は小さく頷いた。
――――――
――ゆかりさんが指示した場所へ目的地を設定し直し、ニ十分程。
安っぽく、わざとらしいヨーロッパ調の装飾がされた建物の地下駐車場へと、車は吸い込まれていく。
いや、今更取り繕ったところでどうなるものでもない。ゆかりさんが指定した場所はラブホテルだった。
少しの間だけでいいから、何も言わずに付き合って欲しい――つまりはそういう事だ。
先に車から下りたゆかりさんは慣れた手つきで自動の案内板を操作し、無言で俯き気味に手を引いて先行する。
一見すると強引なようにも見えるが、その実こちらが手をしっかり握りしめていないと逃げられてしまいそうになるほど握る力は弱い。
ここで手を離してしまえば、そのまま一人で消えていってしまいそうな、そんな儚さ。
――あかりへの罪悪感がないわけではない。今も胸中に鈍く、灼けるような疼きが苛んでくる。
けれど、ここでゆかりさんを一人にするという選択肢などある訳がなかった。
ピピッ――と、電子音に意識を眼前へと戻すと、ゆかりさんが丁度ドアを開けた所らしい。
彼女に続いて部屋に入り、背後でドアのしまった音が響いた瞬間、ゆかりさんが勢いよく振り向き、飛びついてきた。
「弟くん――っ!!」
ぎゅっ、と文字通り全身で抱き着いてくるゆかりさん。
それはまるで自分の存在を確かめているかのような必死さで、だから安心させるためにしっかりと抱き返して、背中をさする。
「っ……弟くん……」
その声が震えているのは安堵からだと思いたい。
暫くそのまま無言の時間が過ぎ、それからゆっくりとゆかりさんが抱き着く力を緩め、見上げてきた。
「……ありがとうございます。ごめんなさいね? いきなりこんな所に連れてきて」
そう言ってゆかりさんはにこりと微笑みを浮かべた。これで十分だ、もう大丈夫と言外に伝えるように。
――けれど本当にそうなら、どうして抱き着いた手を離さないのか。どうしてそんなに辛そうな笑顔なのか。
だから、膝を落として目線を合わせ、逆に抱きしめる力を強めて首を絡める。
「っ……⁉ おとうと……くん……?」
「……抱きしめるだけで十分なら、なんでこんな所まで来たんだよ。それなら、ただ抱きしめてくれって言えばよかっただろ」
「それ……は……」
自分が苛立った声を上げてしまっているのは分かったが、止められなかった。
「ゆかりさんのサポートが仕事なんだろ、だったら……辛いなら頼ってくれよ……!」
それは、自分がゆかりさんの怪我の原因になってしまったから、というのも確かにあるだろう。
だがそれ以上に、こんな状況になっても独りで何とかしようと無理をしようとするゆかりさんが、あまりに痛々しくて見ていられなかった。
耳元で、小さく嗚咽が聞こえたような気がした。
「っ……けど……」
しかしそれでもゆかりさんの口から出てくるのは躊躇の言葉で、もうこれ以上は行動で示すしかないのだと覚悟を決める。
一度彼女の背中から手を離して肩を掴み、真正面から彼女を見据える。
「――ゆかりさん、こっち見て」
「おとうとくん……っ?!」
不安に揺れる紫の瞳と目が合った瞬間、ぐっと顔同士を近付けて――唇を重ねた。
「やっ……おとっ……!?」
ゆかりさんが慌てて胸板を押し返して距離を取ろうとする。だが、とうに覚悟は決めている。ここまでやってそれを許す訳がない。
逆に抱きしめる力を強めて、唇に舌を差し込む。
っちゅ、ちゅく……ぺちゅ……ちゅはっ……!
最初驚いたように彷徨っていた舌を宥めるように、動きを合わせ、絡めている内に、段々とゆかりさんの舌から手から、力が抜けていく。
薄ピンクの暗い室内に、舌どうしの絡まる水音と、酸素を求めて喘ぐ息音だけが暫く響いて。
「ちゅぴっ……おとうと……くん……っ」
漸く舌を離した時、ゆかりさんの目からは涙が零れていた。
「……今だけ……今だけですから、甘えても……いいですか?」
「……ああ」
肯定した瞬間、今度はゆかりさんから唇を重ねられた。
「ちゅっ……おとうとくん……ちゅぴっ、おとうとくん……っ」
押し殺していた感情が堰を切ったように、ゆかりさんの舌は情熱的な動きを見せる。
甘えるように、自分が存在していることを確かめるように、丹念に舌同士を絡め、唾液を混ぜ、歯肉を撫で上げる。
こちらもそれをあやすように舌の動きを合わせ、ゆかりさんが一人ではないんだと教えるよう、彼女の口腔へと舌を差し込み、頬へ舌裏へと自分の存在を刻み込んだ。
ちゅび……ちゅく、ぬちゅ……ぷはっ。
お互いの口腔内で舐め合っていない所などない。そう言い切れるほど長い口づけの後、ゆかりさんはゆっくり口を離した。
舌と舌の間に唾液の銀糸橋がアーチを作り、別れを惜しむように伸びて、ぷちりと切れる。
「っ……はっ、はっ、はぁ……っ、おとうと……くん……っ」
ゆかりさんの頬から漸く緊張の青白さが抜け、ほんのりと興奮の赤に色づいた。瞳を潤ませる涙も先ほどまでとは違った感情によるものだろう。
そして、変化が生じたのは顔だけではない。ゆかりさんは内腿をもじりと擦り合わせ、股の部分を手で押さえる。
「……ごめんなさい、もう……我慢出来そうにないんです……」
それだけで十二分に彼女が何を求めているかは分かった。だが、事ここに至ってもまだ自分の感情を抑えようとするような言葉がもどかしく、もう一声を要求する。
「謝らなくていいから。ただ、甘えていいって言ったんだし、して欲しい事、もっと直接的に言って欲しい」
「~~っ、そんな……」
ゆかりさんの瞳が揺れる。まるで拒絶されたらどうしようとでもいうような躊躇いを覗かせるように。
けれどこっちはとっくに覚悟を決めているのだ。
「……大丈夫」
肩を握る手に力を込め、安心させようとじっと目を合わせる。ゆかりさんは段々顔を林檎のように熟れさせていき、とうとう観念したように口を開いた。
「その……弟くんのおちんぽ……を、ゆかりさんのおまんこに……入れて……ほしい、です」
そこで漸く、ゆかりさんが恥ずかしがっていたのではと気付く。ついでに客観的には自分が淫語を言わせようとしていたのではないか、とも。
……いや、そこまで言わせるつもりはなかったんだ。
(はっきりと求めてくれれば後は、それを受け止めてゆかりさんに安心して欲しかっただけで……)
そんな言い訳がましい思考が垂れ流されるが、今更それを指摘してもゆかりさんを逆に羞恥で焼くだけだろう。
それに、ゆかりさんが淫語を言う時は大抵攻められながらだったので、こんな風にしおらしく言われて興奮しない訳がなかった。
「分かった、じゃあベッドに行こうか」
ゆかりさんの手を引いてベッドに行き、衝動に疼く下半身を抑えながら、優しく押し倒す。
ダブルサイズの大きなベッドの上だからか、ゆかりさんがいつもより小さく見えた。
「服、脱がすぞ?」
壊さないよう丁寧に、自分を落ち着かせながらパーカーに手をかけるも、その手を握り止められる。
「このままでも入れられますから、早く……」
そう言いながらゆかりさんは内側のチューブトップを捲り上げ、パンツを素早く片足から抜いて、大胆に下腹を晒した。
秘所は確かに薄闇のなかでも分かる程度に濡れている。
焦らすなということなのだろう。ズボンを脱いで肉槍を取り出し、性器同士をこすり合わせると、粘膜の間から痺れるような快感が竿先へ広がった。
亀頭だけ焦らされているような感覚に、このまま腰を思い切り押し出しかけて――けれどそこで違和感に気付く。
「んっ……」
(少しゆかりさんの反応が固い……?)
弛緩しかけた手足が再び縮こまるように固くなり、結合部を見下ろす口元もどこか余裕がない。
違和感に気付いてしまった以上、そのまま続行というのも気が引ける。何よりゆかりさん自身からちゃんと相手の反応を見ろと教わった訳だし。
「緊張してる? それなら無理に入れずに、少し解した方がいいかも――」
と肉棒を一度離すと、ゆかりさんが慌てて上半身を起こした。
「大丈夫です! 大丈夫ですからそのまま……!」
慌てて手を伸ばすその姿は、まるで離れたら最後もう二度と会えないと思っている子供のようだ。今更ながら先ほどまで行為を急かしていたのは、焦れていたからではなく、本当に最後までしてもらえるか不安だったのだなと理解する。
「大丈夫」
だから彷徨うゆかりさんの手に手の平を合わせ、離さないと行動でも伝える為に指同士を絡めて握る。
「大丈夫、今はずっとここにいるから。絶対離れたり途中でやめたりしないから」
「おとうと……くん」
そんなこちらの想いを確かめるようにゆかりさんも絡めた指に力を込めて、握り返してくる。
所謂恋人つなぎ。
応えるようにこちらも握る手に力を込めると、漸く表情に安堵の柔らかさが戻り、ゆっくりと上半身から力が抜けてベッドへと身を沈めた。
「それじゃあ少し慣らしてからな」
「うん……」
けれど、そうは言ってもゆかりさんは手を離してくれる様子がない。
気に入っているのか、それともまだ不安なのか……ただ、子供みたいに何度も握っては握り返してを待っているみたいでもあり、離そうという気にはなれなかった。