(そんな風に決意しておきながらあかりに直接聞けないとか――情けないな)
自虐的に溜息をついたところで、電車が駅に着いた。隣の人からの慣性で突き飛ばされそうになったのを何とか吊り革で受け止めたところで、扉が開く。
時刻は通勤通学の時間帯。電車内は混雑しており、すし詰めという程ではなかったものの座席は埋まり、通路に肩と肩が並んでいた。いつもなら煩わしく感じる人の密度、だが今はそれがありがたい。
顔を隠すように持ち上げた文庫本を少しずらして、人ごみの向こうを見る。あかりはまだ電車を降りる訳ではないようだ。
安心したような、けれど何も変わっていないという緊張が綯い交ぜとなり、ぐちゃぐちゃとした表情を隠すようにまた本を読んでいるふりに戻る。
――俺は答えを知るために、あかりを尾行していた。
知らないわけにはいかないけれど、聞くことができない。そんな自分にとってこれ以外の選択肢はなかった。
マキさんに頼み込んんであかりの予定を聞き出し、シフトが入っていないのに出かけた日に、見送るふりをしてこっそり後をつけたのだ。
尤も、マキさんに聞いていなくとも今日が仕事でないのは分かったかもしれない。なぜならあかりは、今日も帽子を置いたまま家を出ていた。
幸い今の所、あかりが背後を気にしたりしていない為見つかってはいない。
いや、或いは不幸なのか。いっそ見つかって問いただされれば正面から聞くことができたかもしれない。
(……正直、人間として最低な行動だよな)
自分の都合で疑って、正面からもぶつかれず、こっそりと恋人の後をつけるなんて。情けなさと不甲斐なさに、口内に苦いものが広がる。
だがそれでも。やはりはっきりさせないといけなかった。
そうでなければこれ以上にあかりを疑ってしまうことになりそうだったし、結果としてゆかりさんにもまた迷惑をかける。
皆が傷ついて、誰も幸せにならないのは明白だった。その先にあるのは不審と不幸の連鎖だけ。
だから、今日一日。
今日一日だけ、あかりを尾行し観察する。それでただ単に街へ行って一人で遊んでいるとかなら、それは万々歳だ。自律して遊んで楽しみを見つける。少し寂しい気もするが、それは彼女が精神的に成長しているということなのだろう。
……けれど、もしあかりが他の男と会っていたら。
(いや! それ自体俺の勝手な妄想だろうが! あかりのことを不必要に疑うとか……)
朝から幾度となく繰り返した思考をもう一度繰り返して、電車が駅に止まる。ふわりとあかりの銀髪が動くのが見えた。
(この駅か……)
あかりが降りたのは繁華街から一つ隣の駅だった。
遊びに行く訳ではないのか……? 僅かに大きくなる不安を何とか呑み込んで、ドアが閉まる前に自分も降りる。
繁華街の隣とはいえ中心部に近い駅の周りには、小さめとはいえビルが林立しており、少なくないサラリーマンやドローン、そしてアンドロイドが行き来していた。
けれど一般消費者に向けた店舗のようなものは少なく、いかにもオフィス街といった感じの駅前である。こんなところに何の用事があるのか皆目見当もつかない。
ただあかりには明確な目的地があるのだろう。携帯で地図を確認したりする様子もなく、迷いない足取りで駅を出て、繁華街に近づく方向の道を歩き始めた。
電車内よりも人口密度が減ったこともあり、慎重を期して更に距離を開けて後をつけるうちに、段々と人通りも少なくなっていく。
駅と駅の丁度中間あたり、相対的に人の行き来が少なくなる場所だからだろうか。道路は整備され、防犯カメラなどもしっかりついているとはいえ、立っているビルは少し古めかしく、シャッターが閉められたままの建物もあった。
いよいよこんな所に何の用事が……という疑問が湧く一方で、ふとこの景色にどこか見覚えがあるような気がしてくる。
単に道を曲がっても同じ景色が続いているから、とかそういう感じではない。はっきりと、それもつい最近見たような気が――
と、曲がり角を曲がったところでその理由に気付いた。
その先に続く通りの中、無機質なビル群のなかでそれだけが異様に浮いている。わざとらしく安っぽいヨーロッパ調の建物。それはつい先日ゆかりさんに連れられたラブホテルだった。
そして皮肉にも、あかりはその入り口から建物の中の誰か、に向かって手を振る。人懐っこいあの笑みを浮かべてその中へと躊躇なく消えていく。
ラブホテルで待ち合わせする相手など考えるまでもなかった。
「……はは」
自分の口から漏れ出る乾いた笑いをどこか遠くのことのように聞きながら、俺はふらりと覚束ない足取りで踵を返した。
それ以外に出来ることなどなかった。