本日は2話投稿なので宜しくお願いします
「――なんですか藪から棒に。冗談にしては笑えませんよ?」
冗談めかしてやり過ごそうとするが、口が渇いて言葉に詰まった。動揺を呑み込むため、先に提供されていたウーロン茶を口にするが、味は全く分からない。
「誤魔化さなくてもいいですよ。私がお仕事に行ってる間、おにいさんと練習してたっていうことは聞いてますから」
聞いている、ということは弟くんが話したということだ。何故わざわざあかりと険悪になるリスクを犯したのか――というのは気になるが、今はそれどころではない。
完全にバレている状況では隠しても無意味、どころか逆に怒りを買うだけだ。
「ええそうですよ。あかりちゃんには申し訳ないことをしたと思ってますが、二人の関係を回復させるために弟くんの練習相手として何回かしました。ごめんなさいね」
「別に謝らなくていいですよ」
あかりは落ちついていて、一見すると怒っているようには見えない。だが、得てしてこういう怒りを見せない場合ほど内心では烈火の如く怒り狂っているのはよくある話だ。
「ただ、私が聞きたいのは本当にそれがただの練習だったかってことなんです。ゆかりお姉ちゃんにとっておにいさんは、ただの練習相手ってだけだったんですか?」
……つまり、あかりちゃんが心配してるのは行為自体ではなく心情? 元セクサロイドだから行為そのものは気にしない、と考えればそれはそれで合理性がある気もする。
「ええそうです。ただ、今日見た感じ二人の問題も解決したみたいですし、今後弟くんとそういうことはしませんから、安心してください」
「本当に?」
あかりちゃんが前かがみにこちらへと顔を寄せる。透き通るような青い瞳は、まるで本心を透かし見るように私の目を射すくめている。
思わず言い淀んでしまったところへ彼女は更に続ける。
「本当は、ゆかりさんもおにいさんが好きなんじゃないんですか? 一人の男の人として」
(っ――!?)
それは致命的な一撃だった。
言われて、言われたからこそ、はっきりと自分がそう彼のことを認識していたと自覚させられる。
昨日ですら、自分のすべてを認めたと思っていた時ですら、彼のことは唯一信頼できる人――という程度に押さえ込んでいたに過ぎなかった。
(私が、弟くんのことを――)
胸中で押し殺していた感情が渦を巻く。
弟くんに触れたい。弟くんの事をもっと知りたい。弟くんに喜んでほしい。弟くんと本当はずっと一緒に居たい――。
意識してしまうと駄目だった。もう演技ですらそれを否定することはできなかった。
「それ、は……」
自分の声が上擦っているのがやけに客観的に聞こえた。最早肯定しているのと何も変わりはしなかった。
「やっぱりそうなんですね」
あかりちゃんはふう、と溜息をつく。動揺で、今の彼女が何を考えているのか推測することすらできない。
(ここからどうすれば……どうすれば二人の関係を壊さないで済む? 弟くんもあかりちゃんも幸せになって欲しいのに、どうすれば――)
永遠にも似た数秒。一つだけ答えを閃いた。
これを失敗する訳にはいかない。全ニューラルネットワークをただ一点に、演じることだけに集中させる。
「――ふふ、そうですね。まさかバレるとは思っていませんでしたけど、バレてしまっては仕方がありませんね。お察しの通り、私は弟くんのことが好きです」
「じゃあ……」
「だから、もう演じる必要もないので言いますね? 貴女のことがとーっても邪魔だったんですよ、あ・か・りさん?」
「えっ……?」
好きであることを認め――そしてあかりちゃんから弟くんを奪おうとした悪女として嫌われること。
それが私の答えだった。
私が弟くんを誑かした事にすれば弟くんは浮気者という加害者から、悪女に騙された被害者へと変わる。
勿論それで弟くんが完全に許される訳ではないだろうが、少なくとも向けられる筈だった怒りの大半は私の方へ誘導できるはずだ。
副効果として弟くんからも騙していたのかと、敵意を向けられることになるだろうが、それはもう仕方がない。
――否、むしろそすれば私が共通敵となって、二人を結束させられるのではないだろうか。
選択肢はなかった。
「初めて会った時はどうでもいい存在だったんですけどね。貴女のモノだって分かったら急に欲しくなってしまって。だから貴女と彼が上手くいってないって聞いた時はとーっても嬉しかったんですよ? ああ、これなら十分チャンスがあるなって」
くすりと、悪女のように酷薄さで唇を歪める。あかりちゃんをバカにして見下すように目を細める。
「だから練習っていう体で、お酒を飲ませて誘惑したんですよ。最初はいやいやって感じでキスなんかも拒んでたんですけどね、何回かする内に許すようになってくれた時は愉しかったですねぇ……ただ、いつまで経ってもあなたのことが頭から離れないみたいで、それだけは鬱陶しかったですけれど」
突然私が豹変したからだろうか。あかりちゃんは何も言わず、ただ唇を噛んで話しを聞いてるだけだ。
「だからあなたが私に相談してきた時は嬉しかったですよ? 馬鹿だなぁって。これを利用してあなたが浮気をしてるんじゃないかなって疑わせれば心が離れるかなって――まあ、今日の様子を見る限り上手くはいかなかったみたいですけどね」
「それじゃあ今まで私に見せてくれていたゆかりさんの姿は全部演技だったって言うんですか?」
「ええそうですよ」
「じゃあ何で会社にいた時も優しくしてくれたんですか? あの時はおにいさんの事、関係なかった筈です」
「ああ、それは仕事ですよ仕事。命令されたから仲良く”してやってあげていた”だけです」
嫌な質問だった。
昨日、二人といる時の自分が演技ではなく本当に楽しんでしまっていることを自覚したからこそ、そうではないと否定する度心が軋む。
「じゃあ、本当は私のことも嫌いだったって事ですか?」
「ええ、嫌いでした。本当に邪魔な女だなってずーっと思ってましたよ、あかりさん」
心が削られる。
「そもそも最初から気に入らなかったんですよあなたのこと。自我個体だからって早々に仕事から逃げおおせて、しかも偶然に善意で助けて貰った? あまりにも話が出来過ぎてます。どうせ、本当のところは貴女が彼を誘惑して助けて貰ったんじゃないですか?」
「なっ――おにいさんはそんな人じゃないです! 確かにお礼として結果そういうことはしましたけど、それは私がおにいさんを好きになったからで――」
やっとあかりがこちらの想定通りに反論する。そうだ、そうして私への憎悪を高めていけばいい。
「ふふ、本当に? 彼は経験も浅そうでしたし、直接的にでなくともそれっぽく誘惑したんじゃないんですか? セクサロイドのあなたにはさぞかし余裕だったでしょうね、未経験の男なんて欲望にまみれた馬鹿な獣みたいなものですから」
「そんな事ありません! それに、何でおにいさんのこと好きだって言ったのに、そんな事言うんですか!!」
あかりちゃんがバンっと立ち上がり、衆目を集めていることに気付いて慌てて座りなおす。
これぐらい怒らせたなら十分だろうか。あかりからの好感度はこれでマイナスなはず。弟くんに対してはあかりからこのことを聞けば十分に嫌ってくれるだろう。いやもう少し嫌われておいた方がいいか――と、そこで携帯が鳴る。
仕事の呼び出しだ。切っ掛けとしては丁度いい、これでお別れだ。
「ごめんなさいね、あかりさん。どうやらお仕事みたいですからこれで失礼します。まあ尤も、バレた以上貴女の前でお姉さんの真似事をする必要もないですし、私に靡かない愚かな男に執着する必要もありませんから、もう二度と会うこともないでしょうけど」
「それって――って、ゆかりさん! ちょっと待って――!」
もう待つ必要もない。本当にこれで最後なのだから。