「ここですね……」
腕を換装して調子を確かめ、念のために警棒を手に車から降りる。
もう全て割り切った。涙は止まっているし、循環器官も鼓動を正常律へとペースダウンしている。
目の前に見えるのは工事用の防音シートに覆われたままの、解体途中で廃棄されたとおぼしきビルだった。
(……最近、廃ビルでの回収業務がやけに続きますね……)
偶然の偏りにしては多い気もするが、得てして偶然とはそういうものなのだろう。
仮にそうではなかったとしたら、わざわざ廃ビルを狙って改造した個体を残しているということになるが、それによるメリットなど思いつかなかった。
(どちらにしろ居ると分かっている以上、行かないという選択肢はないのですが)
入り口を覆うように垂れていた厚いシートをめくって中に入り、周囲へと意識を張り巡らせる。
一階はがらんとした空虚な空間が広がっているだけで、壁も天井も全て残っているためか薄暗い。
不意打ちを警戒するも、隠れられそうな場所と言えば数本の柱と、奥に鎮座する瓦礫の山ぐらいしかない。あとはコンクリの壁と床が広がっているだけだった。
しーん、という耳鳴りすら聞こえそうなほどの空っぽな空間の中を、警戒しながら前へ進む。
(何でしょうか、この違和感)
目の前にあるのはありきたりな廃屋の光景なはずだ。なのになぜか、警戒しなくてはならない、何かがおかしいと直感のようなものがしきりに訴えていた。
ガラッ――突然、奥の瓦礫から崩れる音。
まだ動ける個体かと、警戒心をそちらに向けると同時、聞きなじんだ声が響いた。
「あらら、鳴らしちゃった。もう少し近づいてから驚かせるつもりだったんだけどなー」
「――っ!?」
ついさっきまで聞いていたのと瓜二つの、けれどそれとは似ても似つかない軽薄そうな印象の声。
瓦礫の影から小柄な人影が躍り出ると、それは満面の笑みでこちらに手を振った。
「待ってましたよ、ゆかりおねーちゃん♪」
立っていたのはあかりちゃん――いや、アカリ型のボイスロイドだった。
「うーん、動揺させられるかもと思って呼んでみたんだけど、普通にきもいですねー、あはは」
標準服のワンピースにジャケットを羽織った彼女は、一瞬でもあかりちゃんと間違えたことを謝りたくなるくらい、へらへらとした態度で独り言ちる。
「でも呼び方がないと不便ですよねー……そうだ! センパイ、ゆかりセンパイでいきましょう!」
ぱんっ、と両手を打ち鳴らした彼女は、心底楽しそうな笑みをこちらに浮かべた。
「あはは、よろしくお願いしますね? ゆかりセンパイ?」
今まで回収してきた個体とは明らかに違う様子のアカリ型に、警戒は否応なく高まる。
彼女からは逃げてきた個体特有の怯えもなければ、何かが壊れて暴走しているという様子とも違う。そして何より、この子は『待っていた』とそう言った。
「……あなたは、野良個体ではありませんね?」
「あははっ、それを回収課のセンパイが聞いちゃうんですかー? ああ、それとも只の確認ですか?」
目の前の彼女はこちらを苛つかせようとでもしているのか、煽る様なニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「ま、いいや、それでは答えてあげましょー! 正解はー、でけでけでん! もちろん野良ではありませーん――ッ!」
ふざけたような態度から一転、獰猛な表情を浮かべたアカリ型は、転がっていた瓦礫の小片を蹴り飛ばす。
ピンポン玉ほどのコンクリ片が、風を切って矢のような速度で飛来する。狙いは頭。
「――ッ!」
伏せた瞬間、髪の毛を瓦礫が撫でた。背後でゴッ――と柱に激突する音。
(これは、完全に私を壊しにきてますね――!)
今のが当たっていたらと想像して、冷や汗が滲んだ。
「あはは、まあこれくらいは回避されちゃいますよねー、回収課のトップなんですもん」
その一言で確信した。
「……なるほど、つまり今回の仕事は私を呼び出すための罠だったと。それも、AHS社内部の人間による」
「そうだよー、最初にも言ったよね『待ってた』って」
隠す気はないらしい。つまり言っても問題ない、私を無事に帰す気はないということだ。
「気づかなかったの? わざわざこーんな建物まで用意したのに」
言われて漸く、入った時から感じていた違和感の正体に気付いた。このフロアに一切窓がないことに。
「まさか、外に音が聞こえないようにわざわざ……?」
「その通り! ついでに言っておくと只のコンクリートじゃなくてちゃんと防音処理済みだよー。それから……」
パンっ、と彼女が手を叩くと、天井のライトが端から波打つように点灯する。そして明るく照らし出された柱の周りに、カメラが取り付けられていたのが分かった。
「あはは、今日このためだけに造られた特設ステージ、気に入って貰えた?」
「……ええ、私の為だけにこれだけ予算をかけていただいて光栄な限りです。ですが採算は取れるんでしょうか?」
「んー? そういう話は知らないかなー? わたしが考えなきゃいけない命令はただ一つ、センパイをぐっちゃぐちゃにブチ壊すことだけだから」
アカリ型はそう言うって両手を広げ、ジャケットの内側から三十センチほどの短い棒を宙へとばらまいた。
流れるような手つきで繋ぎ合わされたそれは、身長よりも長いロッドへと姿を変える。
「という訳で、そろそろ始めようじゃないですか!」
くるりと回したロッドを握りしめ、アカリ型が突っ込んできた。
地面が爆発したような音と共にこちらへ突撃する速度へ、更にロッドを振り下ろす勢いが合成される。
(速い――ッ!)
警棒を斜めに構えて衝撃を受け流すも、電流を流されたような衝撃が機械式の腕を伝わり、背骨まで響いた。
防がれたと見るや否や、アカリ型は素早く後方へと距離を取る。
「あは、流石に直線的すぎましたね」
瓦礫を蹴った時の威力でもそうだろうと思っていたが、間違いない。
「……その出力、あなた既製品のパーツではありませんね?」
知っている限り、ここまでの馬力と速度を両立させられるパーツは存在しない。
この戦闘をカメラで撮っていることからも、恐らくパーツの実戦テストが目的といったところか。
「あはは、その通り! それじゃあ見せてあげるよ」
アカリ型がジャケットを脱ぎ捨て、隠すもののなくなった両腕を見せつける。
「それは……まさか……」
彼女の両腕についていたのは例の白い腕だった。
自分たちが追っていたボイスロイドを破壊する白い腕。それが会社内部の人間によって作られていたという事実に、驚きとも怒りともしれない感情が湧き上がる。
「あはは、どうしたのセンパイったらそんな顔して? あれ、もしかして心配してくれちゃってたり? 嬉しいなぁ、センパイったらやっさしー!」
「あなたは――っ、一体それが何か分かって――!」
「あはっ、大丈夫大丈夫、これは完成版だから。機密保持用の発火機能はオミット済みだし、試作版で起きていた問題も大体解決済み……らしいよ?」
子供が買ってもらったばかりのオモチャを自慢するかのように、彼女はその手を見せつける。
「つまり、人間を殺せるようにニューラルネットワークの制限を解除して、より戦闘力を発揮できるように出力リミッターを破壊する――言わば換装するだけでどんなボイスロイドも兵器に出来ちゃう夢の装備! どう? 聞いてるだけでワクワクしない?」
「何が夢の装備ですか!! そんなことをすればニューラルネットワークが破壊されて、ボディも耐えられるわけがないでしょう!!」
「あはは、まあそうだよね。でもそれでいいらしいよ? 今はまだ商品にできないような消耗品でも、目的は十分果たせるってさ」
「――ッ!?」
あまりにもおぞましい。ボイスロイドを兵器にしようというのは以前の現場で予想がついていたが、それにとどまらず更には使い捨てようという事か。
「それなら、それが分かってるならそんなものすぐに外して――!」
「――無理だよ、それは無理なんだよゆかりセンパイ」
にへらにへらとふざけたような笑みを浮かべていたアカリ型が、不意に真面目な表情をとる。
「わたしが作られたのは、コレの性能を証明する為。コレを使ってセンパイをぶっ壊すのがわたしの存在目的なんだから」
自虐的な笑みを一瞬だけ浮かべた彼女は、そんな本心を隠すようにすぐまたおちゃらけたように口元を崩した。
「だから、勝たせてくださいよ。どうせ時間の無い可哀想なわたしの為に、わたしの作られた目的を果たさせてくださいよ、優しいゆかりセンパイ――ッ!!」
再び地面を蹴って突進してくるアカリ型。だが今度は予備動作の大きい打ち下ろしではなく、より動きの小さな刺突の構え。
当たれば機械式部分でも致命的破損は免れない高速の刺突が迫り――それを警棒で逸らす。だが――
(軽すぎるっ!?)
手元に帰ってくる抵抗で、自分の判断ミスを悟る。
(これがフェイントということは……っ)
力を籠めて防御したせいで若干崩されたバランスを戻す間に、ぐるりとロッドが大気を掻き混ぜ大上段から振り下ろされる。
真正面から受け止めるより選択肢はない。
金属が爆ぜる音と共に火花が散った。
「あはっ、すごいすごい! センパイったら腕以外は生体型なのに、これを受け止められるんだ!」
アカリ型は反撃を警戒して再び距離を取りながら笑う。ふざけた態度のわりにかなり慎重な戦い方だ。
「それはどうも、お褒めにあずかり光栄です」
軽口で返すが、背中には冷や汗が伝う。外見上の損傷はないが、全くの無事と言う訳ではなかった。
両腕は未だ衝撃の余波でびりびりと戦慄いているし、肩の接合部にも嫌な感覚がある。
生体部に当てられたらまず一撃でアウト。そうでなくとも、正面から受け続ければ数回で機械式部分も破損させられるだろう。
相手にするのに出来れば武器を持っておきたいが、手にした警棒は真ん中からぐにゃりと曲がっていた。これでは次攻撃を受けた時に折れかねない。
使い続けるのは危険だと判断し放り投げた。
(さてどうしますか……)
向こうは出力にリミッターがかかっていない上、見えない胴体などには装甲がある可能性も高い。そうなれば通常の打撃などは無意味だろうし、関節を押さえて拘束しようにも膂力差で無理矢理抜け出されかねない。
(つまり私が確実にあの子を行動不能にできる手段は、両腕のHASCAP一発ずつ、計二発って所ですかね)
こちらはあたり所によってはワンアウト。逆に相手を倒せる手段はたったの二発。
勝ち目のある選択肢はただ一つ――
(――やられる前に速攻で決める!!)
今度はこちらからアカリ型へと飛び掛かった。
横薙ぎで振るわれるロッドをくぐり、打ち落とされる一撃を腕の装甲で斜めに滑らせて受け流す。
狙いは彼女の懐。
(武器の無い分リーチでは勝てない。けれど、その分長物は小回りが利かない――ッ!)
長物が恐ろしいのは、作用点までの距離が長い為に手元の力が増幅されるからだ。
密着距離まで近づけばロッドを振ること自体が難しく、また仮に振ろうとしても勢いが乗る前に受け止められる。
「あーもう面倒臭いなぁっ!!」
アカリ型もそれは理解しているのか、少しでも距離を取るように後退しながら攻撃を続ける。
顔面への突きを払いのけ、袈裟懸けに叩きつける軌道に対して体の捻りで空ぶらせる。
そして、アカリ型まで一歩の距離へと踏み込んだ。
「――っ!!」
左手を構えて彼女の腹部へと押し付ける。
「シュート――!」
必中の距離からの一撃必殺――!
だがその瞬間、アカリ型の手元でロッドが二つに割れた。短くなったロッドが左腕へと叩きつけられ、僅かに方向が逸らされる。
――ガアァンッ!!
鋼板へ鉄球でも激突させたかのような音と共に、アカリ型の体がきりもみして宙を舞った。
そのまま地面へ叩きつけられてごろごろと転がった彼女はだが、相変わらずにへらとしたような笑みを浮かべて立ち上がる。
「――あはは、痛ったーい! 流石はセンパイっていったところかなー?」
損傷は受けているのだろうが、行動不能からは程遠い。
(くっ、やっぱり浅かったですか……)
直前で僅かとはいえ方向をずらされた為に正中をとらえきれず、腹部の装甲に対して斜めに衝撃が入ってしまったのだろう。回転しながら吹き飛ばされたのがその証拠だ。
「でも、杖が分解されるのを勘定に入れてないのはどうなのかなー? 最初に組み立てて見せたんだから、分解できるのも当然じゃん」
「……っ」
その通りだった。
向こうの方が待ち構える形である以上、ただの長棒が武器であるなら最初からそれを持っておけばいいのだ。
そうではなく、わざわざ短い棒を組み立てて一本にする形態を選んだということは、それを活かすつもりであることに他ならない。
自分の抜けに歯噛みをする目の前で、アカリ型はくるりと分解したロッドを一本へと組みなおす。
「それとも、そこまで頭がまわらないくらい悩んでるんですか――ゆかりおねーちゃん?」
「何のことですか。それにあなたからそんな風に呼ばれたくはないのですけれど」
「あはは、とぼけるんだ? それとも気付かないふり? それじゃあもっと直接的に言ってあげようか? おとーと君が欲しくて、可愛い妹分がうらやましくなったゆかりおねーちゃん?」
「――ッ!?」
心の底に何とか押し殺たと思っていたそれを突きつけられて、思わず動揺してしまう。
なぜそれを。自分だってさっき気付いたばかりだというのに――まさか。
「盗聴とは随分といい趣味をしてますね?」
「嫌だなぁわたしの趣味みたいに言われても。……まあ、私も聞いる以上あんまり強くは言えないんだけどね、あはっ?」
どこまでだ、どこまで情報を抜かれている?
「そんな心配しなくていいよ? 別に頭の中を覗いてるって訳じゃなくて只の盗聴器だからさ。 あー……いや、やっぱり頭の中もちょっと覗いてるかも」
考え事の間手持無沙汰に鉛筆を回すように、アカリ型はロッドを回す。
圧倒的な余裕を感じさせるのは、こちらが動かないだろうと予想しているというより、動かれても十分に対処できるということか。
「センパイの整備の時に、戦闘関連の記憶を中心に抽出して、それを基に戦闘データを組みあげたらしいよ? で、私はそれと戦闘シミュレーションをくり返したって訳。お陰で新品ほやほやの私でもセンパイと戦えるんだから、考えようによっては頭の中を覗いたってことになるのかな?」
つまり、会社の中どころか整備課、同じ技術部にも協力者がいるということか。今回の件は相当の人数が関わっていると見た方がいいのだろう。
「でもまあ、私もありとあらゆる手段を使って勝て、って言われてるからね。これくらいは悪く思わないでね、おねーちゃん?」
回していたロッドの先をびしっ、とこちらへ向けて、とんっとアカリ型が地面を蹴る。
縦横無尽にロッドが打ち振るわれ、弾丸じみて杖先が突き出された。
炎のように苛烈な攻めではあるが、先ほどまでなら何とかいなせていた筈のそれは、だが。
「あはは、ゆかりおねーちゃんったらどうしたの? 突然動きが悪くなっちゃったけど!」
「くっ――」
無理矢理掘り起こされた罪悪感が枷となって手足へと絡みつき、動きを遅く、重くしていた。
目の前のアカリ型が浮かべる獰猛で嗜虐的な表情など、まずあかりちゃんはしないと分かっている。
それでも同じつくりの顔は否応なく罪の意識を浮かび上がらせ、行動を鈍らせる。
(しっかりしろ! もうそれは決着をつけたはずでしょう!)
ぎッ、と拳を握り、豪雨のように繰り出される連撃に集中する。
(このままこの子が動けなくなるまで守り続ける? いえ、そんなことをすればこの子は完全に壊れてしまいますし、何より私が持ちそうにありません。なら、無理矢理にでも攻めるしか――ッ!)
ガイイィィンッ――左前腕で正面から上段振りを受け止めた瞬間、装甲のひしゃげる嫌な音が骨をつたって脳まで伝わる。
左腕の肘から先への信号が一部途絶。これで繊細に受け流すといった芸当はもうできない。
だが、今まで受け流されていた攻撃を突然正面から受け止められたアカリ型に、想定外という一瞬の隙が生まれた。
右腕を構え、アカリ型へと狙いをつける。
「シュー――」
「――本当は私のこと、嫌いだったんですか?」
突然悲し気な表情が目の前に現れる。
それはついさきほどあかりちゃんから言われたばかりの言葉だった。
僅かに思考が停止し――その僅かが致命的だった。
「ッ!? ――がふぁッ!!」
気付いた時には後方へと地面を転がっていた。
無理矢理吐き出させられた息を痛む肺で吸い込む。
彼女が上げていた脚を戻しているのを見て、漸く蹴られたのだと理解した。
「あはっ、さっきのセンパイすっごくいい顔してましたよ? 苦しそうで、泣きそうで、とっても弱々しくて――鏡で見せてあげたかったなぁ、この世の全てに絶望してるみたいな、悲劇のヒロインって感じの顔」
「かはッ、がッ――はっ、それはどうも。ですが丁重にお断りさせてもらいますよ」
単なる煽りという訳でもないのだろう。自分の目元に浮かぶ涙が、息苦しさの為だけではないと、何となく分かってしまった。
「あは、そうだね。センパイは今から壊れちゃうんだから、知ったところで関係ないもんね!」
私が立ち上がるのを待ってから、漸く彼女は攻撃を再開した。
今度こそ完全な防戦一方を強いられる。いや、それよりももっと酷い。
「ぐッ――がぁっ……!」
先ほど損傷させられた左腕では衝撃を受け流すことなどできるはずもなく、捌ききれなかった攻撃が左上腕に叩き込まれ、あっという間に左腕全体から感覚が失われていく。
そしてついに、左胴へと横薙ぎに振るわれたロッドが打ち込まれた。
「かはッ……!」
衝撃と苦痛に一瞬動きが止まって、寸間なく更に腹部への刺突が叩きつけられる。
「あ゛――――ッ」
激痛とにがくん、と体の力が抜けて座り込んでしまう。立って距離を取らなければ、そう思うものの動くことができない。
(神経は……大丈夫、けどこれは内臓器官がやられて――ッ)
体の中が焼けるように熱い。
以前の自分だったらこの程度の痛みで動けなくなるなどなかった筈だ。だが、今は足が震えて使い物にならない。
動け、動け――そう思えど動けないでいる間に、ゆっくりとアカリ型が近づいて来ていた。
勝利を確信したような足取りにだが、何も対応することができない。
「うーん、正直拍子抜けですねー……シミュレーションでやりあったセンパイはもっと強かったですよ? あー、もしかしてあの男のせいで腑抜けちゃいましたか? こんなんじゃ搦め手を使うまでもなかったかもしれませんねー、あははっ」
その声音から舐められているのが分かる。彼女が全力なら、既に私は頭への致命的な追撃で死んでいる筈だ。それにも関わらず生きている時点で完全に遊ばれていた。
恐らくは癖なのだろう。手持無沙汰を慰めるためか、彼女がロッドで空気をかき回す風切り音が聞こえる。
「はッ、はッ、はぁッ――壊す、なら……さっさと壊しては、如何ですか?」
「うん? ああ、本当にもう打つ手なしなんだ、がっかりだなぁ……。あ、それとも壊されたいんですか? そうだよね、壊されちゃえば妹分のことも、あの男のことも、ぜーんぶ考えなくて済むんだもんね?」
彼女は私と戦い、壊すことが目的だと言っていた。だからそれも、私を焚きつけてまだ戦いを続けるための煽りだったのかもしれない。
けれど。
(確かに、そうですね……。ここで私が壊れてしまえば、もう悩まなくていい……二人と顔を合わせることもない……それで、皆幸せに……)
項垂れた視界は涙で滲んでいた。
「あはっ、何ですか? もう観念した感じですか? それとも――なんですか、それ」
アカリ型の声が、人を喰ったように軽いものから一気に冷める。
「まさか、泣いてるんですか? そうすれば許してもらえるとでも? それとも本当に諦めたんですか? これがゆかりセンパイなんですか? まだ戦えるんじゃないですか?!」
そんな事は許さない、許されるはずがないとでも言うように彼女は矢継ぎ早にそう口にして、尚私が動けないでいることに諦めたようだった。
「……もういいです、なんだって。あーあ、こんなセンパイを壊す為だけに造られたとか、わたしもつまらない存在だったものです」
軽蔑と落胆を隠しもせず、アカリ型はため息をついた。ロッドを回していた音が止まる。
それが全力で振り上げられているだろう事は、見なくともわかった。
「それじゃあセンパイ、さようなら――!」
終わりが訪れるのを悟って私は目を閉じ――
――ギイイィイィィン! と金属同士が擦れる音が頭上で響いた。
「ちッ、決着に乱入するとかどういう神経してるんですかねぇ!」
心底鬱陶しそうなアカリ型の声が後方へと跳躍した。
一体だれが――と上を向いて、息を呑む。
アカリ型とわたしを隔てるようにして立っていたのは、警棒を手に構えた弟くんだった。