(……あかりに、全部言いたいこと言われてしまったな)
獰猛に振り下ろされるロッドを受け流しながらも、思わず苦笑が漏れる。
いや、自分だったらあそこまでゆかりさんの本音を引き出せていただろうか。
あかりのことをどこかで子供っぽいと思っていたが、もしかしたら自分よりも遥に大人なのかもしれない。
「あはは、戦闘中に笑うなんて随分と余裕ですね?」
「そんなに余裕って訳でもないけどな、それに笑ってるのはそっちもだろ」
今の所、なんとか体へのダメージこそないが、警棒を握る手の感覚は殆どない。じんじんと骨から響くような衝撃を握りしめながら、目の前で獰猛な笑みを浮かべるアカリ型を睨む。
「あはは、確かに! それにしてもここまで粘られるとは思ってませんでしたよ? 人間の癖にやるじゃないですか」
「そりゃどうも、鍛えてくれた人に随分としごかれたからな」
「それってセンパイのことですよね? あはっ、さすがゆかりセンパイです」
まるで自分が褒められたみたいにアカリ型は笑う。
「……そんなにゆかりさんのことが好きなら、見逃してくれたりってことは?」
「それとこれとは別ですよ? 私はゆかりセンパイをぶっ壊すために作られたので。ああ、あと貴方も殺さないといけないですし、そっちのあかりちゃんも目撃者としてちゃんと壊しとかないといけませんね、あはっ」
(やっぱり引いてくれたりはしないか……まあ無理だろうとは思ってたけど)
彼女が自我個体か分からない以上、ゆかりさんの為にも出来る限り無傷で取り押さえたかったが、そんな余裕はなさそうだ。
(いやそれ以前に、そもそも攻撃させて貰えないんだが……ッ)
もうおしゃべりの時間は終わりなのか、ふたたび殴打の暴風と刺突の豪雨を浴びせてくるアカリ型。
ゆかりさんはかなり損傷してるだろうし、部長に連絡がいっているはず。
(だから耐えてれば救援が来るはずだけど、そこまで耐えれるか――ッ?)
ゆかりさんとの訓練のおかげで何とか防げているが、それもいつまで持つか分からない。
ならば自分が時間を稼いでいる内に二人だけでも車で逃がした方がいいのではないか。
「弟くん……!」
振り向く余裕はないが、ゆかりさんが立ちあがって背後まで近づいているのが分かった。
「ゆかりさん、大丈夫なのか!?」
「ええ、だいぶキツいですがなんとか」
「あはは、嘘だぁ! 内臓器官やられてるんだから、立ってるだけで限界の癖にぃ!」
かなり重傷だとは思っていたが、そこまでやられていたのか。そんな状態で戦えるわけがない。
「ゆかりさん、あかりと一緒に車へ――」
「――弟くんを置いて逃げるなんてできる訳無いでしょう! 私がそんな薄情者だと?」
「けどこのままじゃ俺もあんまりもたないぞ!? だったらせめて二人だけでも!」
「やれます。弟くん一人で駄目でも、私一人で駄目でも、二人ならなんとかできます!」
「あはっ、なにそれ? はったりですか? それともやけくそ? まあどっちでも変わりはありませんけど――っ!」
いや違う。ゆかりさんの声からはそんな絶望的な響きは感じなかった。
恐らく必ず勝てる、というわけではないんだろう。けれど、間違いなく勝機はある。
賭けにはなるだろうが、あかりを殺させるなど以ての外だ、ゆかりさんだって殺させるつもりはない。俺だって二人の為に死ぬわけにはいかない。
誰もやられる訳にはいかないなら、その賭けにのるしか選択肢はなかった。
「わかった! なら、どうすればいい――っ!?」
危ういところで袈裟懸けをよけきったところで、脇からゆかりさんが前に飛び出る。
「私が正面で押さえます! 弟くんは彼女から向かって右側面に位置どって肩を狙ってください! 白い腕を無力化できれば勝機はあります!」
「分かった!」
俺はゆかりさんの指示通りにアカリ型の側面へと回り込む。
――――――
(あはは、多正面攻撃で隙を作ろうってことですか)
二手に分かれる標的。だが、どちらが脅威かなど火を見るより明らかだ。
アカリ型は左側へと回り込んでくる男に体を向け、横目にゆかりセンパイを眺める。
「あはっ、ゆかりセンパイったらそんなボロボロで本当に私を抑えるなんて出来るんですか?」
彼女は一瞥しただけでも損傷がひどいと分かる。先ほどモロに一撃を受けた左腕はだらんと垂れているし、内臓へのダメージからか苦しそうな前傾姿勢だ。碌に戦える状態ではないだろう。
一方で男の方は、予想していたより遥に動きがいい。
(ゆかりセンパイと訓練はしてたみたいだけど……最新のデータより成長してますねぇ)
アカリ型は知識として入れられたデータを引っ張り出して、面倒だなと目を細める。
現に先ほども、目の前のこいつに集中しなければ、いつ反撃を貰ってもおかしくなかった。攻撃の手を緩めなかったのではなく、緩めれなかったのだ。
そう考えて、アカリ型は意識の大半を男へと割くことにする。
だが男が動き出すより先に、視界の端でゆかりセンパイが動いた。
「いったいどこを向いてるんですか――ッ!」
まだ動く右手での打撃、だが内臓を損傷しているためかそこに先ほどまでのキレはなく、容易に見切ってロッドの裏で軽く打ち払う。
だが、その瞬間を狙って男が警棒を肩関節へと突き出した。すんでの所で警棒を打ち上げ攻撃を逸らす。
十分躱せる範囲だが、その攻撃は鋭く、なにより正確無比に関節部を狙っていた。
「あはっ! やっぱり君の方が危険ですね。何なら先に――っと」
しかし完全にゆかりセンパイを無視する訳にもいかない。再び右腕で攻撃しようとする彼女に対し、今度は腹へとロッドを突き立てる
「がぼッ――!」
男の方を警戒しなければいけないため全力と言う訳にはいかなかったが、既に損傷した内臓器官への追撃としてはそれで十分だった。苦しそうにセンパイがえづく。
「ほらほら、無理矢理動いたって苦しいだけですよ? 大人しくしておけばこの男を殺した後一思いに壊してあげますから」
それは彼女なりの優しさだった。センパイと呼ぶのは決して煽るためでもなければ、趣味が悪いからという訳でもない。
ゆかりセンパイを倒すために何度も彼女のデータを基にしたシミュレーションを受けさせられ、あまつさえ壊す為とはいえ彼女の為だけにつくられたのだ。
アカリ型の頭はゆかりセンパイで埋め尽くされていた。
可能ならばさっさとセンパイを壊し、そして自分が壊れるまでのあいだ一緒にいたいとすら願う程に。
そして何より、彼女にも時間はなかった。
(あはは、三十分は持つという話はどこへいったんでしょうかねぇ)
既にニューラルネットワークには大量のエラーが吐き出されていて、段々と意識を蝕まれていくのが分かる。
だからこそ――ふらつくゆかりセンパイを横目に先ほどから細かく刺突を差し込んでくる男の攻撃を払いのける。
「ゆかりさんに、よくも――ッ」
一際鋭い刺突を、身を捩って躱した。
「あはは、怒ってるんですか? じゃあ、さっさと死んでくださいよ。そうすればゆかりセンパイのこともすぐ楽にしてあげられますから」
それを邪魔してくるこの男が鬱陶しかった。
ゆかりセンパイの心を占め、仮とはいえマスターであるこの男が。
ちらりとゆかりセンパイを横目に見る。なんとか動こうとしているが、本当に動くだけで精一杯という感じだ。
(なら、多少隙ができたとしてもこの男から始末しますか――と!)
警棒を弾いた勢いそのまま、男への攻撃を再開する。防御一辺倒だったのが、一方的な攻撃へと切り替わった。
「あはは、やっぱり一対一だと防御しかでできません? ゆかりセンパイの助力がなければこんなものですか!」
打ち、突き、払う。ゆかりセンパイの為にもと、全力で男を殺しにかかる。ブシッ、ブチッ、と体のあちこちで何かが千切れ、壊れる音が聞こえるが、どうせどちらにしろ時間はないのだ。構うものか。
「――ッ!!」
あっという間に男からは余裕が消えていく。
当然だ、人間が本気を出したボイスロイドに勝てるわけがない。ましてやリミッターを外した状態であれば猶更。
(だから、さっさと死んで――!?)
最低限の警戒を割いていたゆかりセンパイが左手を上に振り上げ、叩きつけようとしているのが見えた。
まさかまだ動かせるのか、と一瞬全力で防御するべきか悩むも、すぐにその必要はないと判断する。
ゆかりセンパイは、ただ反動を使って鞭のように左腕を振り下ろしているだけだった。
そんな破れかぶれな攻撃、当たったところでたいしたダメージにもならない。
彼女が限界であることに、哀しいような愛おしいような気持が湧き上がる。
(ああ、ゆかりセンパイ……すぐ楽にしてあげますからね)
けれどせめてもの敬意として、軽くロッドの裏で腕を弾いて軌道を逸らした。
「――っ!」
予想通り力の入っていない彼女の左腕はあっさりとその軌道を変えて服の表面をなぞり――ぴたりと腰のあたりで停止する。
壊れているにしては不自然なまでの急停止。
何かがおかしい――と、漸くそちらへと意識を十全に向けて気付く。
ゆかりセンパイの左腕についているのが右腕であることに。
(まさかさっき、あの男と戦っている間に左右の腕を入れ替えていた……っ!?)
不可能ではない。
機械式の四肢接合部は基本的に同一形式だ。なぜならば、誤った場所に装着したとしても一見しただけですぐに違うと分かるからである。
故にコストカットと整備性の面から、フールプルーフのようなつけ間違い防止の設計にされてはいなかった。
そしてゆかりセンパイの右腕にはまだ――
「――シュートッッ!!」
刹那、鉄骨を突きこまれたような衝撃が今度はもろに体幹を捉えた。べきゃり、と聞こえてはならない音が胴体で響き、がりがりと地面に体が擦りつけられる。
「ガッ、はッ、はッ――」
警告が視界いっぱいに広がった。
――腰部以下の接続破損、駆動不能。体幹部主要機関破損。可動域の著しい制限――
見下ろせば、自分の下半身が歪な方向に曲がっている。戦えるような状態どころか、立つことすらままならない有様だった。
いかにリミッターを外しているとはいえ、そもそも動かせないなら意味がない。
「あはは……負け、たんだ……」
理解すると急速にエラーがニューラルネットワークを呑み込んでいく。
(ああ、どうせゆかりセンパイを倒せないなら……無事、だと……いい……なぁ……)
そこでアカリ型は意識を手放した。