気を付けてるつもりでもやる時はやる奴なので。
今後ともよろしくお願いします。
「やっ、た……」
賭けに勝った。アカリ型が動けなくなったのを見て、既に限界を迎えていた体から力が抜ける。
だが、まだ終わってはいない。
「ゆかりさん! 大丈夫か!?」
座り込んだ私の方に向かって駆けてこようとする弟くんへ、首を振って静止をかけた。
「弟、くん……っ! 私より、早くその子から腕を外して……っ」
「……っ、分かった!」
一瞬だけ躊躇した弟くんだが、すぐに意図を理解して行動へと移してくれる。
とはいえ私も限界だ。
「ゆかりおねえちゃん!」
ふらりと視界がゆれ、危うく地面へ倒れ込みそうになったところで、安全なところまで下がらせていたあかりちゃんが慌てて駆け寄り、背中を抱きとめてくれた。
「弟くんに、あの子を、近くへ……」
あかりちゃんはすぐに頷くと弟くんへ呼びかけ、アカリ型が近くへ連れてこられる。
彼女はひどく安らかな顔で動かなくなっていた。
「左耳の後ろに、多分……個体ナンバーが……管理者コードES-018T、個体ナンバーAR48730142-FAに告ぐ、強制停止を実行……」
ぶれる視界でなんとか個体ナンバーを確認して強制命令を下すと、一瞬アカリ型の体がぴくっと反応して今度こそとうとう動かなくなる。
手遅れの可能性も考えたが、なんとか間に合ったらしい。
「ゆかりおねえちゃん、今のは……?」
「おそらくその子は、自我個体、なので……少しでも助かる可能性を……かはっ、はやく会社に……」
そうすればまだ、完全にニューラルネットワークを破壊される前に助かる可能性がある。
「それはゆかりさんだって同じだろ! あかりはちょっとここでゆかりさんの様子を見ててくれ、コイツを運んだらすぐにゆかりさんも――」
と、すごい剣幕で捲し立てて立ち上がろうとした弟くんが、入り口の方を見て唇を噛んだ。
何が――? 視線を上げると、そこには二十体を超えるガードロイドに囲まれて壮年の男が立っていた。
それも、ガードロイドには全員例の白い腕が装備されている。
「悪いが、行かせるわけにはいかなくてね」
男が入り口への経路を塞ぐようにゆっくりと近づいて来た。周囲を囲むガードロイドたちも軍隊のように揃った足並みでそれに追従する。
状況から見て彼がアカリ型を作った人間なのだろう。
「ははっ……まさか、わざわざ計画犯が出てくるとは、思いませんでしたね……」
今までの話からして社内の人間のはずだが、顔に見覚えはない。
勿論会社に属する全員の顔を覚えているわけではないが、少なくとも技術部の人間ではないはずだ。
男はアカリ型へと蔑むような視線を向ける。
「そこの馬鹿があまりにぺらぺらと喋りすぎたからな、君たちにはそれを聞かなかったことにしてくれたりはしないだろう?」
「はぁっ……当り前でしょう? こんな事態……報告しなければ、私もあなたと同罪ものですよ……?」
自分の勝手で作っておきながら何様のつもりだ、という怒りを込めて睨みつける。
「それから……かはっ、この子を馬鹿呼ばわりする、あなたの方が馬鹿だと思いますけどね? 知られたくなければ……情報を最初から与えなければ良かったでしょうに」
男は怒るでもなく、くつくつと嗤った。
「これは手厳しい。だが、君なら例えそうしたとしても状況証拠からこの結論に至っただろう?」
それはそうだ。
新品のボイスロイドに白い腕が付けられていて、私個人を狙っている。その状況だけで可能性として疑っただろうし、更に個体ナンバーを確認すれば、彼女が外部に売られたわけでないのは一目で分かってしまう。
個体ナンバー最後の二文字は設計と生産目的を示している。FAは『Full customized for AHS』つまり会社内部で使用するために作られた専用設計品。
それだけで十二分に確定的だ。
「つまり最初から近くで待機していたと言う訳ですか」
「まあそうだね、新製品が勝ってもどちらにしろ回収する必要があるし、勝てなかったら口封じの必要がある。ああ、それに証拠の隠滅もね」
このガードロイドの数が相手では、自分が万全の時ですら勝ち目は薄い。ましてや今の状況では勝てる見込みすらない。
逃げるのが最善手だと分かっているが、碌に体が動かないこの状況ではそれも難しい。
(弟くんとあかりちゃんだけでも――いや、入り口にも何体か待機している可能性が高いですか)
この空間に窓が一切ないのは、ただ防音の為だけというだけでなく、この状況も想定されていたのだろう。
つまりここへ呼び出せた時点で、私が出られる可能性はないと、少なくとも男はそう考えているらしい。ゆったりと歩くその姿からは溢れんばかりの余裕が感じられた。
「それにしても全く困ったものだ、君たちのおかげでプランにかなりの遅れが生じることになった。あまり我々も予算に余裕があるわけではないのだがね」
「プランとは……ボイスロイドを兵器化する計画のことで? ……正直言わせてもらいますと、随分穴の多い計画だと思いますけど?」
「ほぉ?」
男が初めて興味深そうに足を止める。
「かは……だって、そうでしょう? いかにボイスロイドに、人間を襲わせれる様にできても……今の時間でこの子も限界……そんな、稼働時間が短い兵器が売れるとでも?」
だがそれを聞いた男は、くつくつと面白い物でも見るように嗤う。
「分かってないな、賢いと聞いていたが所詮ボイスロイドということか。いや、それとも奴の部下だから、頭がお花畑ということかね?」
奴、というのは恐らく部長のことだろう。
「別に今の段階ではその問題は解決できなくてよいのだよ。大事なのは、我が社のニューラルネットワークが実際に人を殺すことができると証明することだ」
物わかりの悪い生徒に嫌味ったらしく教える教師のように男は続ける。
「大事なのは『できなない』とされていたことが『できた』という点だ。君が知っているかは知らないが、海外から軍事用の物は作れないのかという打診は多くてね。なんだったら莫大な研究費を出すから試しにやってくれなんて言ってくる国もある。まあどこの国の軍も、人口の減少というのは一大事なのだろう」
ボイスロイドの兵器転用。それは人口の減少に伴ってありとあらゆる分野でアンドロイドが導入される現代において、ある意味自然な考え方だった。
だが、それは何よりも部長が嫌う用途で――ああそうか。男の目的に合点がいく。
「にも関わらず君の所の部長はそれらを、ニューラルネットワークの基礎設計段階からやり直さなければ根本的に不可能だと握り潰し続けているんだ。実に愚かだとは思わないか? 金鉱が自分から近づいて来るのを追い返し続けているんだぞ? だから我々が証明したのさ、後付けでもボイスロイドは人を殺すことができるってね」
今まで黙ってそれを聞いていた弟くんが、荒々しく口を開いた。
「つまり何だ? お前らは金の為だけにボイスロイドを兵器にして、人を殺させようとしてたってことか!? そんな事の為にゆかりさんを殺そうとしたのか!!」
「そんなこと? 君は金というものの価値が分かってないな、まあ学生ならそんなものか」
心底呆れたように男が吐き捨てる。
「いいかね、金は力だ。金さえあれば今よりももっと安価に、もっと大量にボイスロイドを生産できる。そうすれば他のメーカーのアンドロイドなど選択肢に入らない。我々が国内唯一の、そして世界最大のアンドロイドメーカーへとなるのだ。そして今やありとあらゆる場所において、アンドロイドはなくてはならないインフラのようなもの。つまり我々はありとあらゆる分野へと影響権を持つ唯一無二の企業として君臨するのだ。ましてやそれが軍事にも影響できるとなれば、積極的に動かない方が間違っていると言ってもいい!」
男は大仰な身振りで彼らの夢を語る。それは国家の産業を――いや、軍へも影響を持つというなら国自体を支配しようとするあまりに傲慢で子供じみた夢。
「……はっ、あまりに、大言壮語が過ぎますね。尤も、けほっ……その最初の段階ですら、こうして躓いている訳ですが」
私の煽りに、男は立てた人差し指を振る。
「いやいやこの程度は躓いたうちに入らないよ。一度で駄目ならまた次がある。予算に余裕があるわけではないが、一度上手くいかなかったぐらいで破綻する計画など計画ではないのだからね。ただ一つ残念なのは、社内最強と名高い君で実力を証明することがもう二度と出来なくなってしまったということぐらいかな」
「はは……やはりというか予想通りというか、生かしておくつもりはないと?」
「まあそういうことだ。非常に心苦しいがね」
何とも思っていないような口調で男はそう嘯く。
今や私たちの周りを完全にガードロイドが包囲しており、男はそこから数歩離れたところで腕を組んで、手持無沙汰とでも言うようにただ立っていた。
「さて、おしゃべりはこれ位でいいだろう。君も最後に知りたいことが知れて満足だろうしね? いや、ここで人間を殺してしまうのは後始末が面倒くさいからな。――命令だ、そいつらを拘束しろ」
ガードロイドたちの包囲網が徐々に狭まり、それに対峙するよう弟くんが立ち上がった。
「まだ抵抗するつもりかね? この数では勝ち目などないことは分かっているだろうに。抵抗すれば拘束といえど多少手荒になるぞ?」
「はッ、どうせ生かしておくつもりがないんなら勝ち目が薄くとも抵抗するしかないだろ」
「……まったくその通りですね、私ももう少し寝ておきたかったんですが……っ」
弟くんの言うとおりだ。
私は弟くんに背中を預けるように、あかりちゃんを庇うようにしてなんとか立ち上がる。
勝機は殆どゼロに近いが、それでもやらないわけにはいかない。
――そう覚悟を決めた瞬間だった。