ドンッ、と何かが突き飛ばされる音と共に、入り口へから一体のガードロイドが転がされてくる。
倒れたガードロイドはすぐさま起きあがろうとし、しかし関節部を損傷しているのか起きあがれずにその場で虚しくもがく。
「――っ!? 現在の命令を停止! 私を守れ!」
明らかな緊急事態に男が慌ててそう叫んだ。
「くそッ――会社の方から回収課が動いたという連絡はないぞ、一体誰が――っ!?」
焦る男とは対照的にコツ、という落ち着いた足取りの靴音が響いて入り口から人影が現れる。
それは、私が良く見知った人影だった。
「「ぶ、部長!?」」
予想外の人に思わず弟くんとハモってしまう。
「二人とも大丈夫――とは程遠いけど、何とか間に合いはしたみたいだね」
なぜここに部長が? いやそもそも部長は技術屋の人間だ、戦闘はおろか運動すら苦手だと前に言っていた。なのに入り口にいたガードロイドをどうやって……?
湧き上がる様々な疑問は、男の絶叫に中断させられた。
「何故だ! 何故お前がここにいる!?」
「はっはっは、その様子だとゆかり君がピンチになった時、私にプライベートの連絡が行くのを知らなかったな?」
「?! そんな仕様――だが、だとしても十分前の連絡ではまだお前は会社にいた筈だ!」
「それは私の皮を被った影武者だよ。まあ、中に入る子からは大分渋られたがね」
そういえば昔、そんなことがあった。
部長が突然「もしもの為に僕の身代わりを用意する」とか言い出して、背格好の近いボイスロイドの一人に頼み込んで採寸までやった奴だ。結局予算の無駄だからと却下されたはずだったが、まさか自費で……?
「それにしても久しいな、檜山」
まるで昔の友人へと呼びかけるような声音で部長は男の名前を呼び――だが男は逆に激昂した。
「何が久しいだ! 貴様が俺を辞めさせたんだろうが! 俺はただ折角の機会を活かすためにボイスロイドが戦えるように改造をしたってだけで!!」
「……そこら辺の考え方は相変わらずか、ならばやはり辞めさせて正解だったということだ」
なるほど、道理で男に見覚えがないわけだ。恐らく檜山と呼ばれた彼は、私が会社に入る前に辞めさせられた人間だったということだろう。
「はん、相変わらず貴様こそボイスロイドを人間みたいに扱ってるのか? 所詮ボイスロイドが持っているものなんて、AIが生み出した自我の真似事にすぎないだろうが!!」
「それこそ碌に検証もせず、決めつけた君に言われたくはないな」
「はッ、相変わらずの平行線か。まあいい、なんで回収課を使わずわざわざ自分で出てきたのか知らないが、それならここで今までの借りを返させて貰うだけだ! おい、命令だ――そいつを、弦巻を拘束しろ!」
男はそれで十分だと判断したのか、ガードロイドの一体を部長の方へと差し向ける。
部長は身長こそガードロイドと変わりないが、体格差は二回りほど違う。ましてや機械式の、それもリミッターを外した状態のガードロイドに太刀打ちできる未来がまるで見えない。
だが部長は顔色一つ変えず、入り口を開けるように脇へと一歩進んだだけで立ち止まる。
「熱くなると目の前以外が見えなくなるのも変わらず――か、私がどうやってガードロイドのいる入り口を突破してここに入れたと思っているのかな?」
答えが入り口から飛び込んできた。部長の眼前までガードロイドが接近した所へ、小柄な影が割り込む。
長棒の巻き起こす風にふわりと舞いあげられた流れるような金髪が、差し込んだ外の光を浴びて輝く。
「「マキさん!?」」
再び弟くんと声が重なった。
「やっ、三人とも大丈夫――って、ちょっと待ってね」
マキさんは先ほどアカリ型が振り回していたのよりも一回り短い杖を手に、ガードロイドの方へとびこむ。
瞬殺だった。
初手足払いで空中へとガードロイドを浮かせ、衝撃を逃がす先がなくなったところで両肩へ正確な刺突の二連撃、それで受け身を取れず倒れ込んだ膝へと再び二連撃の刺突が打ち込まれる。たちどころにガードロイドは無力化された。
そっくりの個体かもと思ったが、関節を打ち抜き行動不能を狙うあの鋭い刺突は間違いなくあのコンビニのマキさんだった。
自分がやられた時のことを思い出してちょっとだけトラウマが蘇るのだから間違いない。
「ちょっとお父さん、余裕出し過ぎ! もし私がもう少し外のに時間かかってたら普通に捕まってたよ!?」
「はっはっは、大丈夫大丈夫。マキならやってくれるって信じてたからな」
そんな夫婦漫才みたいなやり取りをする二人に対し、檜山が叫んだ。
「お父さん……? そうか、そいつが……そいつが例の『始まりの一体』か!!」
「そういう呼び方をされるのは好きじゃないな。この子にはちゃんとマキって名前があるんだから」
相変わらず涼し気にマキさんの髪を撫でる部長に対し、私は明かされた事実に混乱するしかなかった。
(マキさんが『始まりの一体』……?)
それは一種の噂話のようなものだ。曰く、全てのボイスロイドのニューラルネットワークはある一個体のものをベースとし、その派生形として作られたという話。
そしてその個体は開発者からの一心の愛を受け、自我を持った個体だったからこそ、ボイスロイドの疑似自我は人間に近い動きを可能にしていると。
だが、会社の中ですらそれに会ったという話はまるで聞かず、その開発者が誰かという話すら聞かない。既に寿命を迎えてしまったのではなどという予想や、そもそもそんなもの存在しなかったのではという意見の方が真っ当な考え方だとされていたし、私自身も後者だと思っていた。
なのに――
「――ま、待って下さい! マキさんが『始まりの一体』で、しかもお父さんって呼んでたということは、部長がボイスロイド開発者の一人……!?」
衝撃的事実に叫ぶ私に対して、部長は困ったように笑う。
「あー、すまないね秘密にしていて。もしそうだと分かったら、皆に色々気をつかわれちゃいそうでさ」
そりゃあそうだろう。マキさんがお父さんと呼んでいるように、全てのボイスロイドからすれば親ということになるんだから。
混乱する私をよそに、男が獰猛に嗤う。
「はッ、わざわざそんな貴重なものをもってきてくれるとはな。つまりそいつをバラしてニューラルネットワークを解析すれば、根本的に人間を攻撃できるボイスロイドが作れるって訳だ」
「うーん、そういう訳でも無いんだが……まあここは言っても伝わらないか。それに、どうせ君はこのまま僕らを返させる訳にはいかないんだろう?」
「当たり前のことを聞くなよ弦巻。――命令だ、全機あのボイスロイドを捕獲しろ! 肉体はいくら破損させても構わん! ニューラルネットワークさえ無事なら後は全力でやれ!!」
男の命令に従い、ガードロイドが一斉にマキさんへと向かって突撃する。
「弦巻ィ! そいつも多少は戦えるみたいだが、所詮は一体! リミッターを外したこの数のガードロイドに勝てるものか!! お前には自分の最高傑作が無残にバラされるのを特等席で見せてやるよッ!!」
怒りに飲まれるままの言葉だったのだろうが、あながち間違ってはいない。先ほどは一対一で不意を衝いたこともあり圧倒できたが、今度は数が違う。
弟くんも同じことに思い至ったらしい。
「ゆかりさん、あかりを頼む、俺も加勢に――」
「――大丈夫だ、君はそこでゆかり君を守ってやってくれ」
だが部長は相変わらず落ち着いた様子でこちらを一瞥すると、目の前のガードロイドたちへと鋭い視線を向けた。
「マキ、マスターとして頼む。全てのリミッターを外せ、アクセラレーションの使用も許可する。全てのガードロイドを迅速に無力化してくれ」
「了解お父さん! ――身体能力抑制解除、処理速度を四倍に」
「はッ、ハッタリだ! そんな機能が実装できるものか」
吼える檜山にマキさんは言葉ではなく行動で答えた。
ドンっと地面を蹴る音と共に一瞬で集団の横へと回り込み、そのまま最外列にいたガードロイドたちの関節を高速で打ち抜いていく。
いや、正確には杖の動きはわからない。ただマキさんの構えと、結果としてガードロイドたちが関節から崩れ落ちていくことからそうとしか判断できない。
最も左側にいた六体が無力化されるまで僅か十二秒とかからなかった。
「なッ――!? くそ、複数で互いに援護しろ、死角を作るな!」
新たな命令にガードロイドたちが素早く整列し、マキさんを取り囲もうとする――が。
「遅い――よっ!」
今度は地面を蹴って空中へふわりと舞ったマキさんが天井を踏み台に上空から刺突を降らせる。
一瞬で新たに三体が白い腕を吹き飛ばされて行動不能になる。
更に着地した勢いで近くにいた一体の足を刈り、空中へ浮いた所へ杖を打ち込み追加で一体。
「くそッ! くそがッ! なんだその動きは、なんだその出力は!! なぜその動きで壊れないッ!!」
男の怒りも尤もだ。そもそもボイスロイドのリミッターは外すためについているのではない。過剰な出力からボディを守るためにつけられている安全装置であり、解除が行われるのは自身か、もしくはそのマスターが本当に危険な場合ぐらいである。
言い換えるなら、どうしてもという時に壊れることを前提に、限界以上の出力を発揮することができるだけに過ぎない。にも関わらずマキさんの動きは先ほどから一切澱むことがない。
「君の杜撰な代物と一緒にされては困るな。過剰出力による破損の原因は、力を出したことによること自体ではなく、その力が制御されない状態で想定外の方向に負荷をかけるからだ。ならば、出力が上がるのに合わせてその制御も繊細にすればいい。人間でいうなら筋肉を動かせと命令するのではなく、筋線維の一本一本を動かすようにね。尤も、処理速度を上げなければそんな真似は出来ないから、人間には不可能だけどね?」
部長が説明する間に更に七体が地に伏せる。
「そんなこと、そんなことできるはずがないだろうがッ! ニューラルネットワークは今の速度で限界だ! それ以上に加速など――」
「――できるさ。出来ているから目の前の光景がひろがっているんだろう?」
「――ッ!!」
更に三体。
「うちのマキを舐めるなよ」
そしてとうとう最後の一体が地面へと倒れ込む。
今や立場は逆転し、男が袋のネズミになっていた。
「さて、どうする? 後は君だけだ。マキを相手にするか、あるいは後ろの彼を相手にするか、それとも大人しく投降するかい? おすすめは三番目だ、僕は君と違ってちゃんと人道的に扱うから安心してくれていいよ」
部長がゆったりとした足取りで男に近づき、その脇をマキさんが警戒する。
「くそ――! だが俺一人を捕まえた所で計画は終わらん。いずれ俺の仲間が――」
「――おいおい、何故僕が他の回収課のメンバーではなく、わざわざ愛娘まで連れ出したと思ってるんだ?」
部長は携帯を出し、外部スピーカーモードで電話をかける。
「はい、もしもし……」
電話に出たのはやよいちゃんだった。
「そっちの首尾はどうかな、やよい君」
「……はい、ゆかりさんに偽の業務メールを送ったPCを特定……抜き出したデータから関与したと思しき人物を確保――「離せ! ボイスロイド如きが私を誰だと――!」――すこし静かにさせてきます」
電話の向こうから聞こえた声に覚えがあったのだろう。男は今度こそ諦めたのか、ガックリとうなだれた。