あの事件から三週間、俺は落ち着かない気持ちで和室の窓から外を眺めていた。
あの後、ボイスロイドを兵器転用しようと例の白い腕を開発していた一派は、やよいさん達が確保して今は全員停職処分らしい。
クビにしないのか? と思ったが、まだ関係者がいるかも知れないということと、秘密裏に研究、開発を進めるために少なくないお金や資材を横流ししていたらしく、その洗い出しもしないといけないからだとか。お陰で経理部あたりは地獄のような忙しさらしい。
一方の回収課は、白い腕の影響がなくなったおかげで今の所仕事は減っているという話だ。少なくともゆかりさんが今まで専任していたような案件はなく、電話で「これで安心して休養に励めます」と言っていた。
そう、ゆかりさんは現在休養もとい治療中である。
俺が到着する以前にあのアカリ型に相当手ひどくやられていたらしい。
内臓器官の破損、腕装着部の変形、足へのひび……聞いているだけでこちらまで痛くなりそうなダメージのオンパレードに、よくあの時動けていたなと思うしかない。
けれど――
――トントントン、と部屋の扉がノックされた。
「来ました!」
俺が立ち上がるより早く、あかりが玄関へと飛び出していく。
余程楽しみだったんだな、と思わず微笑ましさに笑みが零れるが、それは俺だって同じだ。
後を追って玄関へ向かうと、そこには既にあかりちゃんと抱き合うゆかりさんの姿があった。
「お姉ちゃん……! 本当にもう大丈夫なんですか?」
「ええ、おかげさまで。むしろ心配した部長が精密チェックをやっておくとか言い出して、出てこれるまで四日も遅れたんですから」
ゆかりさんは呆れたようにぼやく。
「でも良かったよ、無事良くなったみたいで」
「ふふ、弟くんも心配してくれたみたいでありがとうございます」
「いや、そりゃ心配するだろ。あの後すぐに意識を失ったんだから」
檜山とかいった男が投降した後、ゆかりさんは限界を迎えてそのまま倒れたのだ。あの時は、このまま死んでしまうのではとかなり焦った。
「まあ、あの時は体液循環がかなり低下してましたからね。でも大丈夫ですよ、最悪ニューラルネットワークさえ大丈夫なら身体を入れ替えるという手もあったんですから」
「でもそうなると、半年くらいは時間かかったんだろ?」
「確かにそれはそうですね……六カ月も二人に会えないのは寂しかったでしょうね」
そう言ってゆかりさんは少し遠い目をする。六か月か、確かにそれは長い。
想像してしまって何だか俺もしんみりしかけて、話題を切り替えた。
「というか、ここで立ち話も何だし、部屋に入らないか?」
美少女二人が抱き合ってるのは目に優しいが、外でやられては少々目立つ。
「それもそうですね――ではおじゃまします」
ゆかりさんが玄関を跨ごうとして――それに手で待ったをかける。
「そこはおじゃましますじゃないだろ?」
「あ……そういえばそうでしたね……た、ただいまです」
「「おかえりなさい!」」
少し照れ臭そうなゆかりさんに、俺とあかりが声を揃えて返事する。そう、ゆかりさんはあの後うちに済むことになった。
少し仕事から距離を置いた生活をする為に社員寮から離れた所に住むとか、けれど一人暮らしをするには少々生活能力が不安だとか、そんな中で我が家がいい感じの距離感にあるとか――理由は色々あげることができるけれど、一番は俺と付き合うことになったからだ。
正直、純粋な関係とはとても呼べないだろう自覚はある。
ゆかりさんと電話で部長にこのことを話した時も、何を言われるか気が気ではなかった。意外にも「ゆかり君とあかりちゃんが、そして君が納得しているなら」と純粋に喜んでくれてほっとしたものだ。
いずれ回収課の他のメンバーにも言わなければならない時が来るのだろうが……まあそれはまたおいおい考えよう。
ゆかりさんは部屋に入ってあかりの頭を撫でると、俺に抱き着いてくる。
「ただいまです、弟くん」
俺もそれに応えるようにゆかりさんを抱きしめ返す。
「……というか、付き合ってるのに弟くん呼びなんだな」
「だ、だって意識してしまって恥ずかしいですし……」
「練習の時はもっと恥ずかしいことを積極的にやってきた気がするんだが」
「それは、まあ……仕事だと思ってたからというか、弟くんのことを何とも思ってなかったからというか……今はその、好きなので……」
そう言って赤くした顔を胸に埋めて隠そうとするゆかりさんが可愛くてぎゅぅと強く抱きしめる。
そのままいい雰囲気に流されて唇を重ねようとして――
「おにいさんもゆかりおねえちゃんも、立ち話は何だから、って話じゃなかったんですか?」
「あ、ああ! そう言えばそうだったな。行こうか、ゆかりさん」
「は、はい……!」
危うく二人の世界に入りかけていたらしい。
和室から呼びかけてくるあかりの声に、いそいそとゆかりの手を引いてそちらへ向かう。
「――って、流石に布団を敷くには早くないか?」
和室では丁度あかりが布団を敷いている所だった。今まであかりと寝ていた布団の横に、それでは狭いだろうと追加した新しい布団まで。
まだ時刻は午後三時頃、寝るにはいくらなんでも早すぎる。少なくとも睡眠的な意味では。
けれどあかりは「そんなことないですよ」と手を止めずに。
「だって、ゆかりおねえちゃんが我慢できないって顔をしてたので」
あっけからんとそんなことをいわれ、手を繋いでいたゆかりさんの体温が上昇する。
「そんなことは……ありますけど」
「おにいさんだってそのつもりだったんですよね?」
「いや、まあ予定ではそうするつもりだったけど……流石に帰ってきてすぐってのは……流石にちょっと早すぎないか?」
それは爛れすぎというか、欲望に素直すぎというか。いや決して嫌という訳じゃないんだけど。
「何言ってるんですか! だって折角ゆかりお姉ちゃんがおにいさんが受け入れて貰えそうって時に三週間も離れてたんですよ! 遅いことはあっても、早すぎるなんてことはありません!」
あかりは、何でここで躊躇するんですか、とでも言うようにびしっ、と人差し指を突き立ててきた。
(……まあ、確かにそれもそうか)
結局、ゆかりさんの意志はあの場で何となく伝わったが、それを直接言葉ではまだ伝えていない。そして伝えたら止まらないだろう事も何となく予想がつく。
それに、ここ三週間はあかりから「次は思いっきりゆかりさんの事を愛してあげるために我慢しててくださいね?」と、セックスどころかオナニーすら禁止させられていた。正直言って、先ほどゆかりさんを抱きしめた時から腰奥があやしく疼いている。
「じゃあその、ゆかりさんが良ければ……」
「わ、私はいつでも……」
ならば我慢する必要はない。ゆかりさんの目を見て肩を掴む。
「ゆかりさん、改めて俺と付き合ってくれないか? 勿論、あかりと付き合っているから二股っていうことになるけれど、それでも良ければ――」
俺の言葉はそこで、ゆかりさんからの口づけに遮られた。
「――そんなこと関係ありません。弟くん、私こそあらためて大好きです。だから、よろしくお願いしますね」
ゆかりさんはそう言って心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。
「それじゃあ私は少しお出かけしてきましょうか?」
俺達を笑顔で見守っていたあかりが、ふと思い出したように提案してくる。
言われてみれば、今からしようとしてるのは、ゆかりさんと正式に恋人になってから初めてのセックスだ。
今後は三人で――などということもあるだろうが、それでも今日は二人の方がいいかと、あかりにお礼を言おうとしたところでゆかりさんが静止をかけた。
「待ってください! 私は、出来ればあかりちゃんにいて欲しい……というか、一緒にして欲しいんですけど……」
ゆかりさんの意外な言葉に、俺だけでなくあかりも首を傾げる。
「いいんですか? 私に気を遣う必要はないんですよ?」
「い、いえそういう訳ではなくて……そ、その、恋人としてするって考えたら、今すごく緊張して……だから最初はあかりちゃんが一緒に居てくれると嬉しいんですけど」
今まで散々してきたではないか、とも思わなくはない。だが、もしかしたらゆかりさん的には演じてない状態でする、というのが恥ずかしいのかもしれない。
あかりも少しばかりゆかりさんの様子を見守っていたが、その言葉が本心からだと判断したのだろう。
「分かりました、じゃあ今日は私がゆかりさんをサポートしてあげますね?」
あかりは、明るくもどこか妖艶な笑みを浮かべて頷いた。