「あー、昨日は結局あんまり食べれなかったからな……うどんでも入れるかー……」
飲み会……にされてしまった昨日の鍋パーティーから一夜明けて。ちゃぶ台の上へ昨日のまま置きっぱなしになっている鍋や空き缶が目に入り、ぼんやりとそんなことを考える。
時間は……いつも起きてる時間と変わらないが、昨夜はなかなか眠れなかったせいで正直眠たい。
(まあ、あんなことがあった後じゃな……)
ゆかりさんを……抱いた。
挿入れるまではしなかったとはいえ、彼女の胸を揉み、秘所を弄った。
視線をすぐ隣に落とすと、一昨日とは違った緩んだ表情で眠るあかりの姿が目に入って、胸が締め付けられるように痛む。
(ごめん、あかり……)
気まずくてあかりの顔を直視できずに視線を逸らしてしまう。
昨日は必要だからとゆかりさんに説得されたとはいえ――いや、決断したのは自分だ。
お酒を飲んだとはいえ、記憶もしっかりと残っている。
あかりに無理をさせたくないから。その気持ちに偽りはないし、だからこそ練習が必要だったと一応は納得している。それでもやっぱりした事がした事だけに簡単には割り切れなくて、
「……机の上、片づけないとな」
このまま布団に座り込んだままだと、底のない後悔に飲まれてしまいそうで。やるべき事を自分へと言い聞かせて立ち上がる。
改めてちゃぶ台の上を見れば、自分とゆかりさんが座っていたところには思っていたよりも空き缶が並んでいた。どこまで自分が飲んだものでどこまでゆかりさんが飲んだのかは分からなかったが、単純に二で割ったとしてもかなりの量だ。
「気づかないうちに結構飲んでたんだな……」
自分ではセーブしてたつもりだったのだが、ゆかりさんが思った以上にパカパカ缶を開けていくものだから、気づかないうちに引っ張られてしまったのかもしれない。
「……気を付けよ」
嘗て加減を知らずに飲みすぎた記憶が頭を過って独り言ちる。
昨日の一件もそうだが、もしかしたら自分はあんまり飲まない方がいいのかもしれない。勿論、お酒のせいにするつもりはないが。
また危うく後悔の沼に嵌りそうになって、頭を振って気持ちを切り替える。鍋は思ったより残っているし、朝ごはんはうどんを入れずともこれだけで十分だろうか。取り皿だけ流しに持っていき、ついでにゴミ袋を持ってきて缶を片付け始める。
「……あれ?」
あかりを起こさないように缶を袋へと一つずつ入れている途中で、ふと何本かノンアルコールビールが混じっているのに気づく。しかも結構な割合で。
(まさか……昨日自分が飲んだの全部ノンアルコールとか……流石にないよな?)
ふと冗談交じりにそんな考えが思い浮かんで、存外冗談でもないかもしれないと怖くなる。
なにせ相手はあのゆかりさんだ。昨日の一件を酒のせいにさせないようにと、それくらいの事はやってくる可能性もないとは言えない。
どこか掴みどころがなく、何を考えているのか分からず、本心の見えない謎のお隣さん。
(協力しようとしてくれては……いるんだよな)
ここに越してきた初日にはちゃんと契約を読むよう警告してくれたし、昨日だってボイスロイドについて知らなかったことを教えてくれたし、その後は自分の体を使って――
カラン! カン!
指先が昨日の柔らかさを思い出してしまい、跳ねた手に空き缶がぶつかって倒れる。
(マズっ――!?)
慌てて転がる缶を掴んで息を止めるが、一度鳴ってしまった音は消せなかった。
「んぅ――ぁ、おはようございます……」
小さなうめき声に続いて、あかりの眠たげな声が聞こえてくる。
「あー。おはよ、あかり」
やっぱり起こしてしまったかと苦笑しつつ挨拶に応じると、あかりはぱちぱちと数回目をしばたたかせてから、ばっと跳ね起きた。
「あ! おにいさん、片づけは私がやりますから!」
言うが早いか慌ててこちらの手から缶の入った袋を受け取ろうとする。
「いやいや、いいよ。最近はずっと家の事やってもらってたし、あかりはゆっくりしててよ」
「――駄目ですっ!」
あかりの悲痛な叫びが部屋に響いた。
思わぬ反応に言葉を失っていると、そこで漸くあかりは自分が声を張り上げてしまった事に気付いたようで、はっと息を呑み、すぐに申し訳なさそうに俯く。
「……あ。すいません、おっきな声出してしまって……」
さっき張り上げた声とは一転、あかりはそのまま消え入りそうなほどに全身を小さく縮こまらせた。
「いや、確かにちょっとびっくりはしたけど……別に気にしてないから、そんな申し訳なさそうにしなくてもいいって」
そう言いながら頭を撫でる。
だが、数回も撫でないうちに伸ばした手首を掴まれて、頭から離されてしまった。
「……駄目、です……せめて、せめてそれくらいしなく、ちゃ……」
いやいやと頭を振りながら、あかりは心配になるくらい弱弱しくこちらの手を持ち上げる。
もしかして嫌だったのだろうか。そう不安になった瞬間、俯いて表情の見えないあかりの顔から雫が零れ落ちた。
泣いてる……?
「え、ちょ……おい、大丈夫か、あかり!? どうしたんだよ?」
慌てて膝立ちになってあかりの顔を覗き込むと、澄んだ空のような瞳には大粒の涙が溢れて、曇り空のように深い影に沈んでいた。
「…………私、私……おにいさんに、心配してもらうような資格……ない、ですから……」
長い沈黙の後、しゃくりあげそうなのを堪えながら、一言一言を区切るようにあかりは言葉を絞り出す。
何でいきなりそんなことを――何かしてしまったかと記憶をさかのぼり、昨夜ゆかりさんが言っていたことを思い出した。あかりは自分以上に性交渉が上手くいかなかったことを悩んでいる筈だと。
昨日は酔っていたせいでその言葉を額面通りに受け取ることしか出来なかったが、一度気づけば一昨日気まずくなる前から、妙に自分が役に立てているかと気にしたりしてたじゃないかと思い出す。
(資格が無いとか……そこまであかりが悩んでたのに、何で気づけなかったんだ……)
自分の事をぶん殴ってやりたい衝動に駆られるが、今そんなことをしたところであかりを心配させ、より一層苦しませるだけだ。
「……あかりは、もしかして一昨日の時上手くいかなかったから、そんな風に思ってるのか?」
「…………はい。おにいさんの事、全然受け入れられなくて……あんな苦しそうにおっきくなってたのに……おにいさんに、我慢させて……」
一応確認のためにと思って訊いたのだが、喉を締め上げられるような返答に、思わず強くあかりを抱きしめてしまっていた。
「……おにい、さん?」
そんな事謝らなくていい、と叫びたかった。
別にセックスが出来なかったくらいで、あかりの事を嫌いになる訳などない。一緒に居てくれるだけで十分なんだと。
――けど、それがあかりにとって何の慰めにもならないことは分かっている。
今あかりにしてあげれる事は、彼女を求める事だけだ。
逃がさないよう、手は背中に回したまま少しだけ距離を離し、くしゃっと顔を曇らせたあかりと目を合わせて唇を重ねた。
「んんーっ!?」
視線を逸らしかけていたあかりは突然の事に慌てて悲鳴を上げるが、拒絶ではないと信じて構わず彼女の唇を割り開き、舌をねじ込む。何か喋ろうとしたのか暴れる舌へ舌を絡ませ、あやすようにその粘膜を撫で上げた。
久しぶりのキスは少ししょっぱい味がして、少しでもそれを拭おうと丁寧に舌で自分の唾液を塗り付ける。
「んっ……ちゅ、ちゅるっ……」
最初こそ抵抗して手を突っ張っていたあかりだったが、次第にその手からは力が抜けていき、そろそろとこちらの背中へ手が回された。
「……ちゅ、はっ……あかり、いきなりごめん」
息を吸うタイミングでそう口にすると、あかりはゆっくりと、だが首をはっきりと横に振る。
「私こそ、ごめんなさい……あんな事言って、お兄さんを心配させてしまって……」
あかりは口角を上げて笑みを浮かべた。だけど眉はぷるぷると小さく震えていて、無理しているのが丸わかりだ。
(これくらいじゃ足りないか――)
正直、またあかりに痛い思いをさせてしまうかもしれないという不安はある。しかし今のままでもやっぱりあかりを苦しめてしまっている訳で。
しばし必死に思考を巡らせて、一つの手段を思いついた。
「……あかり、あかりは自分の感覚がちょっと変わってしまったっていう話、聞いてるか?」
「……っ! ゆかりお姉ちゃんから、聞いたんですね」
あかりは目を見開いて、それから肩を落とす。
「ゆかりお姉ちゃんから言われてはいたんです。今まで不正なパッチを当てられてたから、最初は今までみたいに上手くいかないかもって」
「……知ってたのか」
「はい、隠しててごめんなさい……。でも経験を繰り返せば少しずつ戻るかも、とも聞いたので……だから、何回か我慢してればおにいさんには迷惑かけないって、思ってたんですけど……」
セックスが出来ないことがまるっきり自分のせいだと言わんばかりの言葉に、改めてあかりも目的が先んじた存在なのだと思い知らされる。それがあかりの本心からの思いなのだろうと分かってはいても、やっぱり素直には受け取れない。
これからしようとする事を躊躇してしまった間に、あかりは俯かせかけていた顔を上げて、精一杯に笑みを浮かべた。
「けど、私が痛がっておにいさんが気持ちよくなれないなら、意味ないですよね? でも、それ以外の事で絶対おにいさんの役に立ちます! お掃除も洗濯も、お料理ももっと勉強して……あとあと、ご飯食べすぎだったら減らしますし、あ! ゆかりさんから社会勉強として働いてみないかって言われてるので、もしお金がもらえるならそれも入れます! だから――だから、おにいさんの傍に、いさせてくれませんか……?」
最後はもう、笑顔のくせにぼろぼろと涙があふれていて――苦しくて、気づけば自分の目も熱く滲んでしまっていた。
「違うっ……! そうじゃなくて――っ!」
自分の方が傍にいて欲しいんだという気持ちを込め、強くあかりを抱きしめる。もうこれ以上そんなことを言わせたくないという思いが最後の躊躇を振り切らせた。
「一昨日言った事をそんな風に取ってるとは思わなくて、ごめん。そうじゃないんだ。独りよがりに気持ちよくなりたくないってだけで――」
「……私は、おにいさんが気持ちよくなってくれればそれで……」
「……分かってる。分かってるけど……いや、それは置いとこう。改めて、あかりを抱きたい。あかりとセックスがしたい――駄目か?」
そう言った瞬間、耳にあかりのはっとしたような吐息がかかる。
「……いい、んですか? 私、また痛がっておにいさんが気持ちよくなれないかもしれないんですよ?」
さっきまでとは違う歓喜に震える声に、心臓を締め付けていた後悔が僅かに緩んだ。
「その事なんだけど、今まであかりは不正なパッチで感覚がおかしくなってた訳だろ?」
「……はい。でも全部が全部って訳じゃなくて、変わらないのもきっと……」
こんな時でもこちらを気遣ってくれるあかりの頭を撫でながら続ける。
「そう思いたいけどな。だけど、この状況って言い換えたらあかりともう一回初めての経験が出来るって事でもあると思うんだ」
「もう一回、初めて……?」
あかりは疑問符を浮かべているようだったが、それも無理はない。言ってて自分でも無理があるとは思っている。
尤も今は道理を引っ込ませなければならないのだからと、出来る限り自信たっぷりに、そしてこれからしようとしていることを楽しみにしているといった感じで口を開いた。
「ああ、今のあかりの感覚が本来のだとするなら、それは真っ白なキャンバスみたいなものだと思う。誰か知らない奴が勝手に作ったものじゃない、本来のあかりの色っていうのかな。だから、それを好きな色で染めてみたいんだ」
「私を、おにいさんの色で染める……」
あかりの吐息に熱が籠る。押し切るように言葉を重ねた。
「確かに、最初は真っ白だから上手くいかないこともあると思う。だけど、その分どんな色でも重ねられるというか、何度もやっていくうちに……その、俺だけのあかりになってくれるんじゃないかなって」
「……おにいさんだけの、私」
言ってからキモいなと思いなおして違う言い方を探そうとしたのだが、あかりは幸いと言っていいのかその表現を気に入ったようで、ほぅ、と夢見心地に何度か繰り返した。
「……本当に、そうなれるでしょうか?」
「なれる。というか、する。だから……もう一回チャンスをくれないか? 今度は途中でやめたりしないから」
「はい……はい!」
ぎゅううぅっ! と、漸くあかりは帰ってきたあの日と同じくらいに、強く抱きしめてきた。
(良かった……って言ってもまだこれからなんだけどな……)
一先ずあかりが思い詰めるのを止めることは出来たが、本当に安心させるためには行動が伴っていなくちゃ駄目だろう。抱くという宣言までしたし、涙を拭ったあかりの瞳は期待に細められている。
正直まだまだ上手くやれる自信なんてない――また無理させてしまったりするんじゃないかという不安もあるから、さっきも躊躇してしまったのだ。
(こうなったら練習の事を思い出して、出来るだけ――)
昨日セックスの練習なんて言われた時にはまさかと思っていたのだが、こんなに早く役に立つことになるとは思わなかった。
大きく息を吸って、覚悟を決める。
「――じゃあ、早速だけど……今から、どうかな?」
漸く次回から普通のエッチ回が書けそうだよパトラッシュ……長かった