娘を息子に戻そうと奮闘する父親が母親にされたりインターン生(女子)にされたり敵の娘になってたり、さらには常識まで捏造されてたり等、とにかくひたすら敵の手のひらの上で踊らされながら堕ちていく、そんな感じのお話です。

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実の息子を娘にされた成人の日から始まる"元"父親の苦難とそれから

 

【プロローグ:成人の日】

 

 

 

「なあ、こんな噂を知ってるか?」

 

 大勢の若者で賑わうとある市の遊園地の一角。前方にある壇上には既にマイクが用意されていて、これから誰かしらが今日という日のため祝いの言葉を口にするだろうことが容易に想像された。

 

「ここの市の若い人はやたら男女の人口比が均等になってるんだけど」

「ああ、去年20歳になった人たちなんかはちょうど50%同士って聞いた」

「これさ、何年かに1回くらいはそんな統計結果が出ても物珍しいで済むかもだけど、もうここ10年は綺麗に5対5で分かれてるらしいぜ」

「へえ、とんでもない偶然だな」

 

 混雑の中、並んで席に座るふたりの男子が親しげに何気なく会話をしていた。

 ところがその最中、話を持ち出した青年はやたらと大仰に首を横に振った。

 

「偶然なんかじゃないんだって。なんでも政府御用達のエンジニアが昨今の、なんだ……そう、少子化対策のためにってんでまず男女の人口比から整えようとかなって、それで成人式のタイミングで過半を超えた性別の成人たちを一斉に性転換させてるんだと」

 

 話を聞かされている青年は苦笑いを浮かべた。

 

「いかにもな顔でよく言うよ。オカルトも大概にしとけって」

「いや、俺も最初はお前と同じこと思ったけど、じゃあ人口比の不自然はどう説明するんだよ」

「よっぽどレアケースにあるってだけの話だろ?そもそも一斉に性転換なんてほうがもっと説明つかないし、仮にそんなこと実現できたとして、文句を言う間もなく性転換させられた肝心の当人たちは黙って泣き寝入りしながら暮らし続けでもしてるのか?」

 

 その最もな指摘に青年は一度うぐっと口を噤ませるも、まだ一応意見があるらしく再び口火を切り出した。

 

「ま、まあ俺も馬鹿げた話とは思ってるし、そう思ってくれても構わないんだが、お前が言う当人たちはどうやら泣き寝入りなんてしてないことになってるんだよ」

 

 妙な言い方をする友人に聞き手の青年がまた苦笑をこぼした。そして勿体ぶってか間を置いて話す友人に顎を向け、その続きを促した。

 

「性転換の目に遭った人たちは、どうやら自分のことを生まれた時からその性別だったと思い込んじまうらしい。それどころか、友人も家族も、世界全体がその変えられた性別を正しいものって捉えるようになって、過去にあった出来事の記憶も、公的な書類なんかに記された事実も、全部がその通りに捏造されるんだ。さらに……あ」

 

 だいぶ興が乗ってきたようで、得意げに滔々と喋る青年。

 しかしそんな彼の話の腰が折られることになった。市長が壇上に立ったからだ。当然辺りは静まり返り、雑談に花を咲かせていていい雰囲気ではなくなってしまった。

 

「それにしても」

 

 しかし後方の席に座っていたのもあって小声で囁くくらいは問題ないと踏んだのか、せっかく長舌を披露して時間潰しをしてくれた友人のためにもと聞き手の青年は話題に対していくらか反応を示してやろうという気持ちになっていた。

 

「その話が本当だとしたら、俺たちは危ないかもしれないな」

「お、気づいたか。ああそうだ。今年度この市で20歳か、20歳になる人間の人口は男が1420人……女子は、1214人だ……はっ」

 

 物々しそうに言い切った後、話し手の青年は鼻で笑った。結局は彼もこの話を時間潰しのオカルト程度に楽しんでいるだけらしかった。

 

『それではみなさん、今後は成人としてより一層日々を励んでー』

 

 気づけば市長の祝言は終わろうとしていた。もっとも、定型的なそれらを生真面目に漏らさず聞いていたところで何も面白みはなかっただろう。2人は特に残念がらなかった。

 

 

 

 

 

「ま、いずれにせよ」

 

 微笑みながら口元に片手を添えて、聞き手の青年"だった"者は、"喉仏による干渉をまるで思わせないよく澄んだ高音の女声"で呟いた。

 

「元から女子の私らには関係ない話だけどね」

「そうね。今年が成人式で、私たち運がよかったかも……なんてね、ふふっ」

 

 違いないと、話し手の青年"だった"者は頷いてみせた。

 カジュアルな紳士服を着こなしていたはずの彼らは、気づけば淡い紅色を基調とし、多様な花々が刺繍された女袴に身を包まれていた。

 よく伸び、またよく手入れの行き届いた両者の髪はいつの間にか結わうなり編み込まれるなりのおめかしが施され、そしてそういった手の加わりようは彼女らの頬や唇等顔面全体においてもまた同様で、未だあどけなさを残した顔つきだというのに晴れの舞台を前に蠱惑的な嬌艶さを不相応にも醸し出していた。

 男が女に変わった。しかし彼女らはそんな変貌を遂げた自分らをまるで気にも留めていない。

 なぜなら、2人は先に話題にした通りの現象をその身に受け、自らを生来の女と決めつけて疑っていないからである。つい先刻まで男だった自分自身を顧みるなどということは、彼女らにとってもはや不可能に等しかった。

 

「あ、宮野さーんじゃーん!久しぶりー!」

「わー!ひさしぶりーっ!」

 

 以前のままであれば親しく接していたはずの同窓の男子たちとは疎遠になり、反対に大して馴染みのなかった女子たちの集団へは満面の笑みを浮かべてさも自然と加わっていく。

 彼女らはその捏造された旧交を温めることになんら猜疑の念を抱かないでいた。

 

 計103名の元男子が不運にもその生涯においてまたとない分水嶺に立たされ、さらに予想だにしない悲劇に見舞われたのだという真実を知り得る者は、何食わぬ顔で壇上を去った市長と彼を取り巻くごく一部の関係者をおいて他になかった。

 

 

 

×××

 

 

 

 

【"元"父親の苦難とー】

 

 

 

 俺の名前は宮野秋人。この市役所の地域振興課で働く、いわゆる公務員というやつだ。

 俺たちの住むこの市ではここ数年、政府からの要望もあって裏でとある極秘実験が行われている。それが『男女総人口均等化計画』だ。

 昨今における少子化は日を増すごとに著しく、そのため現在では若者の恋愛、結婚、出産、育児をより推進できるよう、あらゆる政策が試みられている。

 けれど肝心の若者に目を向けてみると、そもそも男女ごとの人口差に大きな隔たりがある年代も見受けられ、そして近年では男余りがとりわけ増えていたのだ。

 現代日本においてこれを捨ておくのはあまりに忍びないという見解は満場一致で、さりとてどうしたものかと地方行政の一端として我らが市長も頭を悩ませていたところ、彼は故あって政府の重鎮から声を掛けられ、そしてその解決策を渡された。

 それこそ、政府が苦悩の末に実用化へと踏み込んだ、国民の人権を著しく蔑ろにする代物であった。

 男が言うには、それは用いることで特定の集団に所属する者の男女比をまったくの同数へと産み変え、すなわち他方の性別を持て余すこともなくなり、もって少子化対策に資する神器に近しい効力を有した装置なのだそう。

 始めのうちは聞いててもいまいち要領を得なかったが、その効能を目の当たりにして俺は愕然とした。ある年の成人式で市長が装置を作動させると、主役である成人たちの少なからぬ一部が、その身なりを大きく変容させていたのだ。より具体的に言うと、袴やスーツを着た男子たちが皆一様に振袖を着た女子へと変わってしまったのだ。

 『特定の集団』という部分は、きっとこの市に住民票を有し今年度20歳になる、あるいはなっている者と設定されていたのだと思う。おかげで近年この市で成人式を迎えた20歳の若者たちの男女人口比はまさに半々となって、これを見た市長は大いに喜んだ。今にして思うとなぜわざわざ20歳に限定をという疑問も起こるが、たぶんそれは装置に過度な負担を掛けないための制限かなにかだったのだろう。あまり複雑な設定は控えるようにと市長が政府の男に嗜めているところを何度か目にしたことがある。

 ところで成人式の当日、催しの主賓たる彼らは装置による蹂躙を受け突然女子になった隣の友人や、あるいは自分自身を見て混乱の極みに陥り、会場を大いに騒然とさせ、市長や俺たちに罵詈雑言を浴びさせただろうか。

 普通だったらそうなっていたはずだ。今のご時世ならSNSなどにも投稿されて、装置に関わる全ての人間はたちまち御用に違いない。

 しかし、そうはならなかった。彼ら彼女らは、性別が変わったことにまるで気がついてすらいないかのようにそのまま談笑を続け、平然と式に臨み、そして帰路に就いていった。

 おそろしいことに、装置は多数の若者の身体的な性別を実際に捻じ曲げたどころか、改変後の彼らを生来からの性別であるとするように、この世界そのものすら捏造してしまったらしいのだ。必然、生まれた頃より女子である者が今女子であることに猜疑を抱くなどありえないわけで、俺はそんな奇天烈な装置がこの世に存在しているということに、被験者足りえない身ながら、この上なくおどろおどろしいものを感じたものだ。

 

 さて、話を戻そう。実は俺には去年20歳を迎えたひとり息子が存在する。息子は当然、つい昨日開催された成人式にも参加をしたわけだが、夕刻、いやに聞き馴染みのない「ただいま」の声を聞き、不思議に思って玄関まで出向いてみると、そこには振袖を着たひとりの女性が佇んでいたのだ。

 

「お母さん、この振袖どうしよっか」

「そうね。今日のうちに返しに行きましょうか」

「はーい」

 

 そんな女性と親しげにやりとりする妻に俺は小声で尋ねてみた。

 

「彼女はいったいどちらさまだ?」

 

 訝しむ俺に開いた口が塞がらないとばかりの顔を見せた妻は、

 

「あなた、いくら化粧に振袖にとおめかしして見違えるほど綺麗になったからって、今さらそんな冗談はおよしになってくださいよ。だいたい、お昼も一度見ていたじゃないの」

 

 そういってくすくすと笑い、最後に「まったくあなたの娘なわりに、随分と可愛らしく育ちましたね」と満足そうに呟いた。

 部屋模様はもちろん、アルバムや保険証、しまいには戸籍まで隈なく確認してみたが、息子はどうやら、生まれたときから『娘』だったことになっていた。

 これは別に俺が酩酊極まっていたとか重度の痴呆の状態にあったとか、そういう類の話ではない。

 家族の中で『関係者である俺』のみ記憶が改変されず残り、その他は世界を含めて彼を彼女として正とするこれは、間違いなくあの装置の効果が息子に及んでしまった影響だ。

 

「関係者の親族は装置の対象から外されていたはずなのに、いったいどういうことなんだ!」

 

 そして翌日、朝一に身嗜みを整えて大学へと向かおうとする、すっかり女子大生然とした息子を見送って、そう間を置かないで俺も家を出た。とりあえず市長に息子のことを問い詰めなければならない。足取りはいくらか重く、しかし自然と徐々に早くなっていった。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

「どういうことですか小田市長!」

 

 市長室のドアを勢いよく開けると同時に、俺は大声をあげた。市長は澄ました表情のまま読んでいた新聞から顔を上げ、

 

「やあ宮野君、おはよう」

 

 涼しげにそう言ってのける姿があまりに平時の通りだったので、俺は出鼻を挫かれ、意図せずいくらか落ち着きを取り戻してしまった。

 

「ええっと、市長、昨日の成人式はお疲れ様でした」

「ああ、君もご苦労だったね」

 

 とりあえず話題に挙げてみる。しかし市長は顔色ひとつ変えやしない。

 

「はぁ……」

 

 当初の予定通り、ストレートに行くことにした。

 

「市長、実はですね。どうやら昨日、例の装置に不備が……それか申し上げにくいのですが、市長に不手際があったように思われまして」

「ほう、不手際」

「式に参加した私の息子が、女子になってしまっていたのです」

「……ふむ?」

 

 一頻り考える素振りを見せてから、市長はその席を立った。

 

「君の子供はそもそも女の子だったと記憶しているが……手違いで装置の対象に含まれてしまったということかな?」

 

 言いながら彼は手元に件の装置を寄せて、カチャカチャといじりだした。

 

「そうみたいです。ですので息子の性別を男に戻してもらうため、こうしてお伺いした次第です」

「……本当だ。記憶の改竄対象外に君を含めてしまっていた……しかしこれもまた一興、せっかくの機会だろう」

 

 一瞬、市長が怪しげな笑みを浮かべたように見えた。と同時になにやらぶつぶつと呟いていたようでもあったが、うまく聞き取ることはできなかった。

 

「まあ宮野君、子供を案じるのは結構なことだし、私の落ち度で迷惑を掛けたのもすまなかった。だがこの装置は1日に一度しか使うことができないのだ」

「はあ、それは存じておりますが」

「察したまえ。もう今日の分は残っていないのだ」

「えっ?そ、そんな……」

 

 私は市長の言葉を聞いて驚いた。すぐにでも息子を戻してもらう気でいたのに、もう今日の分は使ってしまっていただなんて。

 

「まあそう急ぐこともあるまい。明日には戻せるのだし……そうだ、せっかく"女同士"になったのだから温泉にでも繰り出して、親子水入らず、裸の付き合いでも経験してみてはどうかな」

「……」

 

 なるほど。そう言われてみると、これも何かの縁と思って楽しんでみるのもありかもしれない。幸い今私の手元には急務の仕事はないわけだし、今日は息子、もとい娘を誘って早めに退勤してみようかな。

 

「それもそうですね。わかりました。では小田市長、また後日……失礼いたします」

 

 市長室を後にして、ヒールの足音を廊下にかつかつと響かせながら私は自分の課へと戻っていった。

 

 

 

×××

 

 

 

 

「にしても珍しいね。お母さんが突然日帰りで温泉に行きたいだなんて」

 

 息子はそう言いながらウェーブがかったミディアムロングの茶髪を後ろに結わえてお団子にしながら、大きくくりっと愛嬌のあるふたつの瞳を私に向けてきた。

 

「ええ。たまたま割引券を頂いたものだから、せっかくの機会だしどうかなって」

「ふーん、そっかぁ」

 

 聞いておきながらもう関心が薄れたのか、それとも心は既に温泉へと向かっているのか、随分と投げやりな反応が返ってきた。あまり待たせてもよくない。私もさっさと準備を済ませるとしよう。

 

「でもお母さんは来れなくって残念だったね」

「え?」

「あ、そっちのほうじゃなくてさ」

「……ああ、彼女はもともと遠出があまり好きでもないし、仕方ないわよ……あら?」

 

 ふと、家族構成に妙な引っ掛かりを覚えた。私はこの子の母親で、でも我が家の留守を任せた彼女もこの子の母親で……それって、どこかおかしくないだろうか。なにか欠けてはいないだろうか。

 

「はやく行こっ」

 

 そんな私の心境なんてつゆ知らず、ニコニコと温泉を指し示す娘の姿を見て、男の子だった時より自然な愛嬌ができているその様子を面白く思った。

 髪は伸び、顔は可愛らしく、胸は膨らんで、お尻は丸々と、全体的に華奢で細身の、いかにも女の子になっている元息子。そんな彼女に私はどこか既視感を抱いたが、けれどそれは他愛のないものだとすぐに気づいた。

 

(きっと昔の私にそっくり似ているからだわ)

 

 私もバスタオルを身体に巻いて、彼女の後に続いていった。

 

 

 

×××

 

 

 

 

 けれど、たかが現代科学によって作り出された程度の超常現象なんてものでは世界の至る所に散らばった綻びを修正するのには足りないようで、ことあるごとに姿を現すそれらを目にして、1日と待たず俺は本当の自分を思い出していた。

 

「市長!ふざけないでくださいっ!」

 

 俺は怒気を孕ませてそう叫んだ。

 

「なんで俺が女になってるんですか!?」

 

 今朝、すっかり女性用のオフィスカジュアルに身を包み、メイクまで済ませて家を出た際、ようやく過去の自分をおかしさに気づいた。

 

「朝から癇癪を起こして、いったいどうしたというのだね、宮野春香君」

「春香じゃない!俺は秋人だ!」

 

 どういった理由かは知らないが、市長は息子どころか俺にまで装置の毒牙をけしかけたのだ。当然、俺の怒りは収まらない。

 

「君は内情を知っているせいで掛かりが弱かったのかな?普通なら以前の自分を取り戻すことなどありえないのだが」

「……この状況、説明してもらえますか?」

 

 顔色ひとつ変えない市長に、俺は半ば儀礼的な一言を口にした。

 

「はは。息子さんの件はもちろん、君のそれだって私のちょっとした戯れだよ。そうムキにならないでほしい」

「……」

 

 そうはいうが、もし俺の記憶が自然と元に戻っていなかったら、彼はどうしていただろう。何食わぬ顔をして俺が女性として勤め、また息子の身を案じるのを何するでもなく眺めて内心小馬鹿にでもしていたのではないか。

 昨日の自分を思い出す。

 息子を娘にされたことに憤激すると同時、どこか同性の子供という存在を新鮮に感じ、市長の口車に乗せられた自分。

 男であればスーツ一色の配属先で、年齢を弁えた大人しめの、けれど女性であることを公言するのと変わらない華やかな服装を着こなしていた自分。

 休憩時間には女子社員の集まりの一員になって、化粧やスイーツの話に花を咲かせていた自分。

 息子と一緒になにひとつ違和感なく女湯へと入り、真ならざるとはいえ彼女の成長した姿に昔の自分を重ね、微笑ましく思いながら衣服を脱ぎ捨て女体にタオルを巻きつけた自分。

 そして今日だって、つい先ほどまで……。

 

「とにかくっ!はやく俺を元に……」

「あら、宮野さんこんなところにいたんですか?」

「え?」

 

 背後から掛けられた声に振り返ると、そこには地域振興課の後輩、笹原夏美が立っていた。

 

「さ、ささはら……」

「インターンの場所はここじゃありませんよ。さ、みなさんのところへ戻りましょう」

「……へ?は?」

「市長も、部屋で女子大生とふたりっきりだなんて、あらぬ誤解でも掛けられたらどうするんですか?」

「いや、どうやらこの子は道に迷ってしまったようでね」

 

 突然の闖入者に目を丸くさせているうちに、とんとん拍子に話が進んでしまっていた。市長に目を向けると、その手元にはいつの間にか件の装置が握られていた。

 

「見たまえ、今の自分の服装を」

 

 さらに小声でそう囁かれ、自分の姿を見下ろしてみると、いつの間にか俺は、まるでリクルートスーツのようなものを着こなしていた。さらにいうと、それは女子用のものらしく、ネクタイは結ばれておらず、スラックスの代わりに膝下を露出させたタイトスカートが履かされていた。

 

「今の君はインターンシップでこの市役所に来たことになっている。立場はよく弁えるようにね……あまりぎこちなく動けば、警察沙汰も免れないだろう」

 

 怒りと羞恥が込み上げる中、ニヤニヤと笑う市長を背に俺は笹原の手によって"俺のいるべき場所"へと連行されていった。

 

 

 

×××

 

 

 

 小田市長は俺を弄んでいる。この状況を楽しんでいるのだ。そうでなければ、今の俺が以前通りの、宮野秋人の記憶を保ち続けていられるのはおかしい。効果の持続時間や効き目はともかくとして、昨日のようにさっさと装置で俺を市長と敵対関係にない記憶状態にするのが向こうにとって1番の安全策だったはずだからだ。

 しかしそれはすなわち装置が手中にあることで彼は絶対の安心を抱けているということでもある。

 

「……よし」

 

 ならば方針はこうだ。俺がインターン生として市役所に合法的に潜り込めるこの期間中になんとかして市長室にあるあの装置を盗み出し、俺と息子を元に戻した後、市長が二度と悪事を働けないよう今度は俺が彼をなんらかに変えてやる。これで決まりだ。

 いっそ世間にあの非人道的装置を告発してやるのもありかもしれないが、俺はこれまでその悪行に加担していた側だから大いに反感を買う危険性がある。できればそれは最後の手段にしておきたい。

 

「ですのでこういった場合はー」

 

 笹原の指導のもと、俺と何人かのインターン生は市役所を出て地域に所縁のあるイベントの手伝いに来ていた。

 

「はい、はい、よろしくお願いします」

「宮野さーん、悪いんだけど次こっち頼めるー?」

「あ、はーい。今お伺いしまーす」

「……宮野さん」

 

 テキパキと関係者各位に資料を配布したり、入り口の列を捌いたりしていると、笹原が声を掛けてきた。

 

「はい?なんでしょう?」

「驚いちゃった。あなた、すごく手際がいいのね」

「へっ?……あ」

 

 しまった。いつもの感覚で仕事に集中していたが、今の俺はインターン生だ。何も知らない笹原からしたら、学生の俺にぎこちなさがまるでないのはいかにも不自然だっただろう。

 

「て、手際がいいだなんて、そんなことないですよっ!お…わたし、ちょっとお手洗いに……わっ!?」

 

 一度落ち着きを取り戻すべくトイレに駆け込もうとしたら、爪先が机の足に引っ掛かって、思わずつんのめってしまった。

 

「あ、あはは、すみません……すぐ戻ってきますのでっ!」

「…………宮野さん!」

「ひゃいっ!?」

「そっち、男子トイレよ」

「……あ……くっ……」

 

 罪悪感を抱きながら踵を返して、今度は女子トイレに足を踏み入れようとしたその時、

 

「うわっ!?」

「?」

 

 ちょうど向かいからひとりの女性が顔を覗かせて、俺は思わず挙動不審になった。

 

「……あ、いや、すみません。なんでもないですっ」

 

 咄嗟に弁明に努めようとしたが、そもそも今の自分は女なのだから問題ないのだと遅れて判断がつき、ただ申し訳なさから俺は視線を少しだけ落としてその女性とすれ違った。女性は特に訝しむことなくそのまま出ていった。

 

「う……」

 

 醜態と羞恥とに顔を真っ赤にさせた年頃の女子が、入ってすぐの鏡面に映し出されていた。俺は意識的に視線を逸らして、そそくさと個室に閉じこもった。

 

「……さて」

 

 せっかくトイレに入ったのだし、遅かれ早かれ生理現象には向き合わなければならないのだから、俺は思い切って今ここで用を足すことに決めた。

 改変によっていつの間にか着させられていたリクルートスカートをぎこちなく脱ぎ去り、その下に履いてあったショーツなるものを膝まで下ろして、俺は便座に腰掛けた。自然、尿意は膀胱を決壊させた。

 

「……んっ」

 

 下腹部がぞわりとした。瞬間、尿道を通る感覚を待たず排泄物は便器へと流れ込んでいった。特に溜め込んでいたわけでもないが勢いは存外に強烈で、なるほど確かにこの音が隣の個室に漏れ聞こえるのを恥ずかしがって、何やらメロディでも流して紛らわせようという女性の気持ちも理解できなくはない。

 なるべく下を見ないようにしながら、俺は千切ったトイレットペーパーで股間を拭いた。触れるにも触れられるにも普段と全く異なるその質感に妙な気分にさせられながらも、俺は頭を振って我に返り、立ち上がったと同時に水を流してさっさとトイレを後にした。

 

 会場に戻ってくると、イベントはつい先ほどまでより盛況に賑わっているようだった。

 この市では美術、絵画の類の催しが不思議と盛んであり、今日もそういったものの鑑賞会がここで行われている。一部のブースでは著名な画家にその場で似顔絵まで描いてもらえるというのもあって、その手の界隈ではそこそこ人気があるのだそう。

 

「お嬢さん、ちょっといいかい?」

 

 さて、インターン生の立場からしてあまり監督者の目を離れるのもよくない。そう思い会場の雰囲気を眺めながら元いた場所に戻ろうと足を進ませていると、

 

「お嬢さんってば!」

 

 後ろから一際大きな声がして、思わず振り返ってみると、見覚えのある中年男性がこちらをじっと見つめていた。この人はたしか、普段似顔絵描きを担当している画家のひとりだったはずだ。

 

「俺……じゃない、私ですか?」

 

 そう尋ねると彼は上機嫌にうんうんと頷き、さらに続けた。

 

「お嬢さん、すっごく可愛らしいからおじさんつい声を掛けちゃったよ。どうだい?タダにしといてあげるからさ、少しうちに寄って君の似顔絵でも描かせておくれよ。自分はこう見えて、けっこう名の知れた画家なんだ」

 

 一息に捲し立てた中年の画家がなにやらやたらと高揚しているらしいことは傍目にも分かった。

 

「い、いえ、結構です。私、お仕事もあるので……」

 

 そんな彼に薄気味の悪さを感じ、一も二もなく誘いを断ったが、けれど彼は俄然前のめりになって、

 

「じゃあ、仕事をしている君を描かせてよ!君のワンシーンを絵に収めることができたら、それはさぞ華になることだろう!」

「いや、あのっ……!」

 

 なんだこの状況は。このイベントにも長年従事してきたが、こんなの今まで一度たりとも経験にないぞ。

 

「すみませんが他を当たってくださいっ!」

「そう言わないで、ね?1枚だけでいいからさぁ!」

 

 そのあまりに強引な迫りように、俺の背筋に冷や汗が伝った。

 

「……っ」

 

 気持ちの悪いことだが、モデルにされるだけでこの人の気が収まるならーー

 

「……わ、分かりました……じゃあ」

「遅かったから探しに来たわよ、宮野さん」

 

 中年の画家にしぶしぶ了承の意を口にしようとしたその時、背後から笹原の声がした。

 

「ほら、お仕事が詰まってるんだから早く来なさい」

「あっ、すみません……でも」

「でもじゃない、さっさと歩く!」

「は、はいっ!」

 

 笹原に手を掴まれ、気づけば俺はまるで今朝の焼き直しみたく、彼女のされるがままになっていた。

 

「……あの人はね、容姿の優れた女性をターゲットにああやってよく言い寄るのよ。私もいつもうんざりしてるの」

 

 さらに女性ならではの悩みを聞かされ、そのうえ自分がその当事者にあったという事実に、俺はまた頭を抱えた。

 

 

 

×××

 

 

 

 

「た、ただいまぁ……」

 

 ここ数年で最も疲れた1日だったかもしれない。仕事の内容自体は普段より簡単なものばかりだったが、不慣れな女子の身体や立場が俺に大きく負担を掛け続けていたのだろう。

 

「あ、おかえりお姉ちゃん」

 

 玄関でぐったりげんなりしていると、ちょうど息子と鉢合わせした。一言ただいまと返そうとして、

 

「おー、ただい……お姉ちゃん?」

「?……わっ、ちょっ、どしたのそんなに慌ててー」

 

 息子の「お姉ちゃん」という言葉を反芻したのち、俺は脇目も振らず一昨日息子が娘にされた際の確認に使ったアルバム等を改めて漁り始めた。

 

(俺は女にされて、年齢も変えられた。だけど、確かに俺は『宮野』のままだ……!)

 

 宮野家の一員のままで、性別は女、年齢はインターンに参加する立場から20から21歳……であれば、俺はこの世界で一体どういった存在でいるのか。冷静に考えてみると『宮野春香』は以前通りの父親の立場にはなり得ないのだと今さらながらに気づいた。

 一頻りの確認が終わった。俺は息子とは姉妹の間柄になっていた。つまり、息子の姉ということになる。

 

「春香は明日も市役所でしょ?頑張りなさいね」

「私も来年就活だし、参考に色々聞かせてね」

 

 妻は俺を娘として扱ってくる。息子は俺を姉として接してくる。

 

「……ごちそうさま」

 

 俺は逃げるようにリビングを後にした。

 

 

 

×××

 

 

 

 2階に上がって一度足を止めた。これまでは妻と同じ部屋を使っていたが、今ははたしてどうなっているのか。

 けれどそんな俺の疑問はすぐに解消された。物置にしていた部屋のドアに『春香』という馴染みのないネームプレートが掛けられていたからだ。

 

「……おじゃましまーす」

 

 なんとなく言いながら入ってみると、質素ながら女子らしさを匂わせる部屋模様が俺を迎えた。

 カーテンやベッドカバー、カーペットには暖色の物が用いられていて、机には参考書に混じってファッション雑誌が開かれたままにされている。

 読書好きなところは変わらないようで本棚には文庫本が数多く敷き詰められているが、その片隅には聞き覚えのあるタイトルの少女漫画もいくつか並べられていて、ややミーハーの気質が窺えた。

 クローゼットを開くと中年男性が着るようなスーツや洋服は一切見当たらず、代わりに街中でよく目にする年頃の女子たちが着ているような服装が一通り陳列されてあった。引き出しを覗くと色気づいたパンツやブラジャーが整頓されていて、まさしく女子の部屋だということを痛感させられた。

 鞄を探ると、今日渡されたインターンの日程表やメモ帳、筆記具といった俺の感覚では定番といえる中身とは別に簡易な化粧道具なんかもあって、さらには生理用品まで出てくるのだから驚きだった。

 

「……ん?」

 

 内ポケットには履歴書のような紙が数枚入っていた。どうやら練習に何枚か書いたものを過去の自分が添削したものらしかった。

 

『サッカー部のマネージャーとして選手の技能や適性を把握し、それらを基に連携の改善案を提言することでより良いチームへと〜』

 

 サッカー部?しかもマネージャー?今の俺はどうやら男だった時ではまったく考えもしなかったことに取り組んでいるらしい。

 

『業界の先端を走る貴社のアイデア、デザインに日々感銘を受け〜、またマネージャーとして長くサッカーに携わってきた経験と女性独自の視点とを合わせた新しいスポーツウェアを〜』

 

 民間では衣服の会社を志望しているのだろうか。先ほど目に入ったファッション雑誌が思い浮かんだ。

 ふと学歴のほうを見ると、高校の箇所が目に止まった。

 

『◯◯女子高等学校』

「……ふぅ」

 

 別人の話と割り切れればいいのに、目にする情報がいちいち"宮野秋人"を蔑ろにしてくるようで、なんというか、気が滅入った。

 

「あの市長、今に目にもの見せて……うん?」

 

 ついこぼれた独り言。しかしそれは最後まで言葉にならなかった。目を走らせた履歴書の内に不自然を見つけたからだ。

 それは、氏名欄だった。

 

「……」

 

 仮に今の俺が女であることを認めるにしたって、男ならざる経歴を重ねてきていたからって、これは明らかにおかしい。

 

『小田春香』

 

 この宮野家に生を受けたはずの春香の名字に、なぜか宮野と書かれていない。それどころか、小田というのは市長の名字そのものだ。

 

「今に目にもの……まったく、勇ましい限りだね。我が娘は」

「っ!?」

 

 ありえないはずの声を聞いた。振り返ると、ドアの手前に市長が立ち塞がっていた。

 

「な、んで……?」

「なんでとはなにかね。私が自宅にいることがそんなに不思議なのかな?」

「いや、自宅って……」

「なんということはない。君という父親の座に、私が代わりにふんぞりかえってみたというだけだ」

「……じゃあ、この『小田』って……!」

「うん?ああ、そうだね。ここは小田家だからね。小田家長女の小田春香君」

「お前っ!!」

 

 俺は大股に小田へと寄り、その胸ぐらを思いきり掴んだ。

 

「人をおちょくるのも大概にしろ!」

「おちょくる?」

「今さらすっとぼけるなっ!」

「おちょくるか……それはきっと、今の君にこそ似つかわしい言葉だろうな」

「なにを言ってやがる!」

「『年頃の女子たるもの、自室に足を踏み入れた市長にはまず接吻と歓待の挨拶を施す』のが必然の道理というものだろう」

「はぁ?……あ」

 

 しまった。そうだった。俺としたことがうっかりしていた。

 たしかに俺は元男に違いないが、今は歴とした女だし、それに目の前の男も一応は市長だ。こいつの悪行は看過できない非情なものだが、それはそれとして女子に義務付けられた然るべき務めは果たさなければならない。

 

「……ちっ」

 

 仕方ない。話は接吻と挨拶が済んでからだ。

 

「……」

 

 女子になって随分と低くなった俺の身長と小田のとには頭ひとつ分ほどの差があったため、俺はやや背伸びをして彼の唇に顔を近づけた。

 

「んむっ……」

 

 目を瞑り、唇同士を重ね合わせる。それから数秒も待たないうちにさっさと離れて、

 

「ようこそお越しくださいました。主にごゆるりとおくつろぎいただけましたら、この小田春香にとっても最上の喜びとお思いくださいませ……」

 

 自分をこんな状況にまで陥れた小田にはらわたが煮えくり返る思いだったが、なんとか堪えて女子としての礼節を尽くした。

 

「いやあ、君のは形式ばってよくないね。君の妹は礼儀に真心をよく込めていて素晴らしかった。ああ、今は私の娘だったか」

 

 減らず口を叩く小田に俺はドスを利かせてみせた。

 

「……それで、何しに来たんだ。人の家を乗っ取って、俺が慌てふためく顔でも見たかったのか?」

「もう落ち着いたのかね……日頃から思っていたが、君の激情に走り切れないところは長所でもあり短所でもあるな」

 

 そんな安い挑発は当然無視することもできたが、しかし俺はあえて受けてやることにした。

 

「口はまだ達者らしいが、見た限りだと肝心の装置は今お前の手元にないようだな。すっかり油断しきっている今のお前のこの状況は、俺にとって絶好のチャンスでもあるんだぞ?」

「ほう。そんなチャンスの真っ只中で、君はいったい何をしているんだね?」

「平静ぶった顔しやがって。見れば分かるだろ?『お前を絶頂させてやろうとしてる』んだ!!」

 

 言うが早いか、俺は小田の腰元からベルトを取り外し、ズボンを捨てさせてやった。

 

「『男が女より先にその性行為によって達した場合、男は女の言うことを必ずひとつ聞き入れなければならない』……この市の常識だろ?装置のないお前はもう、俺と同じ土俵に立たされているんだよ!」

 

 俺は今の自分が女であることを利用した、捨て身の一手を小田に披露した。

 

「……ふっ、なるほど。いいだろう、受けて立とうではないか」

 

 男女必定の慣習法と俺の覚悟とに観念したのか、小田は自ら残りの衣服を脱ぎ捨て始めた。

 

(こいつが不利になったとき、手元にあの装置があったらまた俺の記憶が弄られて、勝負が有耶無耶になる可能性があったが、これで目下の懸念はなくなった!……待ってろよみんな!父親として、必ず本来の宮野家を取り戻してみせる!)

 

 もちろん俺も男だから、男を相手に、それもあろうことか小田を相手になんてまぐわいたくなんてない。けれどこれに耐え忍び打ち勝つことができれば、俺たちはいつもの宮野家に戻ることができる。

 俺も着ていたスーツを脱いで、文字通り裸一貫、眼前の敵を再び見据えた。

 

 

 

×××

 

 

 

 

 小田は昨今の市長の中ではかなり年齢の低い男だ。実年齢は40にも達していないし、見た目の若々しさもあって、あるいはこの光景を第三者が目にしても、援助交際の類とすら思われず、俺たちを純愛による性交とみなすだろう。俺を妙齢とすれば彼もまた見た目の上で適齢といえた。

 

「……んっ」

 

 小田の手が俺のよく実った乳房へと伸び、そして触れ、さらにその膨らみを確かめるようにそっと指々を形状に沿ってなぞらせた。ここは女体のなせる柔肌の中でも最も敏感な秘部なのかもしれない。堪らず俺は喘ぎ声を漏らしてしまった。

 つーっと、指先を左右上下に這わせることで、度々俺が浮かべたりする苦悶の表情を彼はことさら楽しんでいるらしかった。

 むっとして俺も同じことを試みた。けれど彼の存外逞しい胸筋は俺の儚げな細指などまるでものともしていないようだった。

 そうこうしていると彼は何を思ったのか二本指で俺の乳首をふみゅっと摘まみ、こりこりと感触を確かめるようにしてからそれを勢いよく爪で弾いた。

 

「ひゃぅっ……?」

 

 おぞましい声が漏れた。今のは本当にこの口から発せられた声音だったのだろうか。まるで男に媚びへつらうかのような、いやらしく甘ったるい嬌声が静寂な一室に響いた。

 さらに5指、両手で10本の指先が俺の双丘を揉みしだき始める。無骨な男の指を沈み込ませ、その外圧になすがまま造形を歪ませたそれらは、視覚的な猥褻のみならず、持ち前の過敏を発揮して俺の脳内に経験したことのない女体の甘美さをもたらした。

 

「んっ、くぅっ……!」

 

 いくら相手の真似事を繰り返しても目前の巨躯はまるでビクともしない。こちらはこれほど感じ入ってしまっているというのに、個人差による神経構造か、はたまた男女の身体的な性差によるものか、俺とは違って小田にはなお表情に余裕が見られた。

 

「……」

 

 あまり悠長にはしていられないと悟った。俺は早々に切り札へと手をつけた。

 

「む」

 

 顔色ひとつ変えないでいた小田が、ここにきてその眉をしかめた。

 それもそうだろう。元は既知の中年男性とはいえ、裸体の女子大学生に股間の一物を握られて平然としていられる男なんてそうはいない。その直接的な情欲を煽り刺激することで俺は優位に立とうとした。

 

「どうですかぁ、きもちいーですかっ?」

 

 さらに見栄まで捨てて猫撫で声を意識し、小田にそう囁いてみせた。

 男として子供を成人させるほどには長く生きてきた。人にもよるのだろうが、一般的な男の嗜好というものは多少理解しているつもりだ。さらに、

 

「うっ……!?」

「ほぉらっ、このへんがすっごくイイんですよね?ねっ?」

 

 さする細指の何倍もある男根の特に先端、鈴口を重点的にいたぶってやると俄然それは膨張とめどなくその全体を逞しくさせ、そしてまるで独立した生命体かのように時折甘受する刺激にびくんびくんと一身をのけぞらせてみせた。

 その姿に俺は内心ほくそ笑みながら、さらなる一手を講じようとーー

 

「ぅひゃんっ!?」

 

 して、まるで先ほどまで見つめていた物でも真似するかのように、今度は俺が意図せず身体を大きくのけぞらせた。

 

「あ、え……?」

 

 どうやら下腹部あたりに原因があるらしかった。見ると、俺の股間はいつの間にかじんわりと湿り気を帯び出していた。

 

「物寂しそうにしていたから善意で触れてあげたのだが、随分面白い反応をしてもらえたね」

 

 小田の股間部とは対照的に、今の俺には一物がない。代わりに他者のそれを歓待するかのような一筋の溝が、すなわち女性器が備わっている。

 

「は、ひ……?」

 

 胸に並ぶ女性の秘部だ。多少の過敏は想定内のつもりだった。

 しかしそれは先ほどまで俺を散々に蹂躙した胸からのものとは、まるで比べ物にならなかった。

 

「あっ、そこは、ちょっ……!」

「ははは。君もそんな顔をするのだね」

 

 俺の狼狽に構わず小田は溝の中に指をやり、まさぐる。

 

「気張りたまえ。今の君は家族を背負ってこの場に臨んでいるのだろう?」

「っ!」

 

 ひくつく膣内が発する刺激を必死に押しこらえながら、俺は小田の唇を再び奪った。今度は口腔に舌先を捻じ込んだ、背徳的な接吻だ。

 乳房は男体に押し当てる。筋骨に秀でた相手を前にそれらはむにゅんと潰れてしまうも、俺の身じろぎに応じてささやかながらに擦れ合いを生み、その柔っこさと人肌をほのかに相手へと伝えていく。

 

「……あ、ふぅっ……」

「はは。ところで春香君」

 

 けれどそんな俺の奮闘も虚しく、小田は依然余裕ありげな表情でこちらを見つめていた。

 

「だいぶ雌の顔をするようになってきたじゃないか」

「っ!だ、誰が雌だよっ!……え、ちょっ、なにするんだ!?」

「いやなに、君はまだ自分が何者かを理解していないらしいから、そのお手伝いをね」

 

 言うが早いか小田は愛撫を止めて俺の上体を持ち起こし、そして室内のとある物の前に置いてからこう続けた。

 

「いいかい?君はもう小田春香、女なんだよ。宮野秋人なんて男はもういない。ほら、見てごらん。そこに映る、額に汗を浮かべて、紅潮しきった顔に妖艶を湛えて、女体を惜しげもなく男に晒し、またその性を全うするかの如く振る舞い喜悦を育む人間の、いったいどこに男として見ることのできるところがあるというのだね」

「……」

 

 言葉が、出ない。開いた口が、塞がらない。

 目の前の姿見は、今の俺自身をまざまざと見せつけてきた。

 

 二の腕辺りにまで伸びた黒髪はそよ風ひとつにさざなみ打ちそうなほど一糸ごとに細やかかつ麗麗としていて、それらはしかし先端に向かうほど乱雑に乱れ、所在なさげに汗に濡れた首元へと張りついていた。ただ根底をたどっていけば徐々に統率を取り戻し、一帯が黒に覆われた頭頂においてその絹のような性状を遺憾なく発揮し部屋の照明を天使の輪へと変え跳ね返し続けていた。

 あどけのない童顔は雪化粧でも施したかのような色白の肌と、女子にしても小さく丸っこい輪郭とが土台となって、加えていくらかシャープな顎先がその全体をよく引き締めることで端正に仕上げ整えられている。

 太く無造作だったはずの棒のような眉は品のある一本線に置き換わり、今は唖然茫然といった主の感情を弓形にして表していた。

 目は大きくぱっちりとしていかにも快活そうに見えるが、潤う瞳と周囲を取り巻き萌え立ついやに伸びた睫毛とがそこはかとなく妖艶を醸し、ともすれば琳琅と評することも誇張に及ばないほどの存在感を強く放っていた。

 よく整った鼻筋の下には辺り一面の白に反した薄紅色に染まる唇があった。その色つき、瑞々しさ、ぷっくりと膨れた形状は小さいながらに見る者を魅了させかねない蠱惑さを宿していた。

 熱気を帯びて紅潮する頬も相まって、それはどうしようもないほど女の色気を発露させている。どうしようもないほど、それは性に飢えた女の顔だった。

 

「ほら、市内を1日回ってもそう何人とは見れない、実に可愛らしく、そして淫猥な女の子だろう?」

 

 やたらと細くなった喉仏のない首は胴へと繋がり、その先ではまた頭部にも増した"女"が堂々と形成されていた。

 撫で肩に見るように華奢になった体格。きっと身長も相当に縮んでいるのだろう。

 筋肉質だった両腕の無骨さは鳴りを潜め、代わりに脂肪がふんだんに蓄えられてもちもちと柔らかく、見るからに力仕事のひとつも期待できないような細腕へと変貌を遂げていた。

 女体の代表たる箇所である胸部は改めて見ると明らかに男の物とはかけ離れていて、女脳が将来を思って常日頃弛まぬ醸成を積み重ねてきたのだろう女性ホルモンの成果として、見る者の目を惹きつけて止まない立派な乳房がふたつ拵えられていた。今なおささやかにふるんと揺れ動くそれらはブラジャーという支えを無くして重力のままに俺の胸元を引っ張り続けている。他所と変わらずの透明感あるきめ細やかな白肌はしかしそれらの中心に限っては一様にならず、艶かしい桜色の一輪をお互いに浮かべ、さらに頂点にはピンと張り詰めた突起まで立ち上がらせて懸命にその持ち得る機能を主張させていた。

 細身を一層引き絞って上下に凹凸を形成する女子特有の美しいくびれに、縦に割かれた愛らしいへそ。

 こんもりとした臀部から伸びる、健康的な太ももと角張りのないふくらはぎでなるしなやかな両脚。その爪先に至るまで生来の無駄毛は一切姿を現すことなく、入念なスキンケアを窺わせる美肌を惜しげもなく披露していた。

 

「こんな、肉棒を受け入れる溝までこさえておいて、まだ君は秋人という男のままでいるのかな?」

 

 そして極めつけは股間部に備わった、以前の俺とは真逆の性の役割を担うこの器官。茂みは入念に取り払われ、明白な挿入口を露呈させるそれは表面からして既に歓喜の湿り気を窺わせ、対の存在を今か今かと待ち侘びているかのようにさえ見えた。

 

「そして多年の性徴によってこの内側は年頃の女性にふさわしく、次代を紡ぐべく健全な発達を遂げていることだろう」

 

 俺の下腹部をさすりながらしたり顔でいる小田に、俺は憤懣より別の感情が強まっていくのを感じた。

 

「その身体は君に君のあるべき姿を求めている……今こそ胎動し、"女"としてその本懐を果たすべきではないかな」

 

 それは紛れもない羞恥だった。身体で攻められ、言葉でも攻められ、自分自身にさえ"男"であることを否定され、俺の自尊心はここに来て疲弊の色を一層強くさせた。

 

「……」

 

 しんどい……けれど、この流れは同時にチャンスだとも思った。

 これから俺と小田は身体をひとつにすることになる。それはきっと、こいつを絶頂に陥れる最大のチャンスだ。

 情事に乱れた息を意識的に整える。お互いに昂り切った今の状況では諸刃の剣に等しいが、勝負に勝つならもうここしかない。

 

「……ふむ?」

 

 俺は小田の肩にそっと手を掛けベッドへと誘った。されるがままの小田を押し倒す態勢を取り、そして一思いに股間を彼へと突き出した。

 

「っ〜〜!」

 

 彼の固く大きな男根が、被膜を貫き、俺の体内を蠢き出す。見舞われた破瓜の痛みは一瞬にして秘部同士の擦れ合いからなる言い知れぬ快感に埋められ、そんな多様な脳内信号を前に俺は思わず力んでしまった。

 

「っ!」

「ひっ!?……あっ、んふぅっ……!」

 

 すると膣の締まりを受けてか小田の肉棒はより一層その身を逞しくし、それが俺の性感帯をまた強く刺激し、女体に喘ぎを強要させた。

 

(すごっ、き、きもちいい……だ、けどっ!)

 

 本能に訴えかけてくる官能的な欲望を懸命に押し殺し、俺は努めて扇情的な振る舞いを心掛けた。

 股間を上下に振りながら、重力と慣性とに弄ばれ揺れる乳房をひけらかし、乱れた横髪は掻き分けもせず、いっそわざとらしい嬌声すら口にして、小田の情欲をたぎらせた。顔には媚び諂うかのような愛想を張り付け、一挙手一投足を嫋やかに、艶やかにして女として一身を投げ打つ。

 

「う、くっ……!」

「んっ、はぁっ……!」

 

 女体ならではの強烈な刺激に、時折視界が明滅を始めた。

 

「ふっ、くぅっ……!」

「あっ、ひゃっ……!」

 

 身体を激しく乱高下させる。もはや思考は働いていなかった。

 

「はぁ、はぁっ……!」

「んっ、いっ、ぎっ……!」

 

 快感が快感に上塗りされていく。生涯経験したことのない快感が快感がかいかんが気持ちいきもちいきもちいぃっ!!

 

 

 

 

「ぐっ、くおあぁっ……!!」

 

 心身ともに満身創痍の最中、その終わりは訪れた。小田は大きくその身体をビクつかせ、露骨に色めいた反応を見せてから、やがて脱力していった。

 ……勝った、のか?

 

「おれ……いぁっ!!!!?……ぁ、ふぃ……?」

 

 身体が、跳ねた。小田が絶頂の際に放った一撃は数瞬遅れて俺の脳内に滂沱の快楽を打ちつけ、そのまま精神の堰を切り意識をも呑み込んでいった。

 

「……も、むりぃっ……」

 

 無意識にそう呟いてから、俺は真っ暗闇の世界へと身を委ねていった。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 目が覚めると、居住まいを正した小田がすぐ側に腰をかけていた。

 

「ようやくお目覚めかい」

「小田……」

 

 意識を手放す前の出来事を思い返す。男の俺にとってあまりにも耐え難い屈辱の連続だったが、あのとき俺は確かに勝負に勝っていた。小田は俺より先に達していたに違いなかった。

 

「そんな疑うような眼差しを向けないでくれよ……勝負は君の勝ちだ。おめでとう。私に可能なものならば、君の願いはなんでも聞き届けよう」

「っ!!」

 

 随分と潔く負けを認めた小田を見て、喜びよりも驚きが勝った。

 

「……よし……よしっ!」

 

 けれど徐々に自分がこの艱難辛苦に耐え切ったのだという実感も湧いてきて、であればさっそく勝者の権限を行使しようと俺が口を開いた途端、見計らったかのようなタイミングで小田が水を差してきた。

 

「だけれど宮野君、君はひとつ、とても大事なことを失念してしまっているようだ」

 

 見ると、今この状況になってなお、小田は口元に微笑を湛えたままでいた。まるで先の勝敗を意にも介さずいるようで、そんな彼の様子に俺の背筋が冷や汗を噴き返した。

 

「な、なんだよ?俺が失念……?」

「ご存知のとおり、我が市には遵守すること命に勝るとも劣らない、女子にとって非常に大切な"常識"というものがあるだろう?」

「なんの話を」

「『この市では、女性はその処女を奪った男性に生涯忠誠を誓い、何よりもその者を第一として尽くさなければならない』……そんな常識が、あったろう?」

「は?え?……あ」

 

 そんな馬鹿な話あるわけがない。そう言おうとした瞬間、小田の言ったことと同じ内容の"常識"が俺の脳内に流れ込んで…いや、思い出されてきた。

 

「ああっ……!!」

 

 俺はなんてことをしたんだ!!今日の俺は、間抜けにも程がある!!

 思えばそれは当然の話だった。人が息を吸って吐くのと同じように、『この市の女性は自らの処女を奪った男性を絶対の存在とする』のは、今時幼稚園児でさえ理解のできる当然の道理だ!

 

「一手及ばなかったな、小田春香君」

 

 ああ!なぜ俺はそんな常識をど忘れしてこのような勝負に臨んでしまったのだろう!これでは勝負に勝ったところで、俺はこいつに成す術がないじゃないか!

 

 小田はほくそ笑みながら、言った。

 

「さて、では今後は私のため、身を粉にして働いてもらうよ、小田春香君」

「……は、い……」

 

 「いっそ、そんな常識に囚われることなく、思いのままに……」といった考えが脳裏を過った。

 けれど、流石の俺も犬畜生にも劣るような行為に踏み切ることまではできない。この市の常識を破るなんて……ここまで落ちぶれた俺でも、人間であることはどうしても捨て切れない!

 

「ではまず、君の手にした私への権利の行使内容はこうだ……『大学卒業までに立派な女性になれるよう、これから毎日お父様の夜の営みのお供をさせてください』。どうだね?ほら、君が全霊をもって勝利を納め掴み取った権利だ。君は素晴らしかった。胸を張って口にするといいよ」

「……だ、大学卒業まで、に、立派な、女性に、なれるよう……」

「……」

「こ、これから毎日、お、父様の、夜の営み、の、お供を……」

「……」

「お供を……させて、ください……」

 

 どこまでも俺は、この男の手のひらの上で踊らされていたのだ。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

「ご満足いただけましたか?」

「やあ君か。装置の発動、嗜好も手際も最高だったよ」

「……危険を伴うご遊興は以後お控えいただきますよう」

「なに、心配いらないさ。なんせ君という最高の助手が常日頃目を光らせてくれているんだからね……それに頼もしい娘も増えた。万一はない」

「……ご存知のとおり、宮野秋人はかねてより正義感が強く、元来装置を用いることには難色を示しておりました。女性となった今でもそれは健在かと」

「飼い犬に手を噛まれると?こちらには常識はもちろんのこと、掛かりこそ弱いが記憶すらも操作できる術があるというのに、それでもまだ心配だというのかね?」

「元々は人口比の調整を目的にお作りした装置ですので、その他での用法、とりわけ常識の置換機能などは機器への負担が大きく、今回のようにそうお戯れに用いるものではございません……それは、"私の時に"嫌というほどご実感なされたはずですが」

「……ふむ。しかし今となってはその程度のこと、もはや些事と割り切って差し支えない位、装置に堪能な"素晴らしいエンジニア"を手中に収めたじゃないか」

「そのエンジニアは今ごろ自らの境遇に絶望なされているかもしれませんね」

「心にもないことを。まあいい、わかった。ではそれを踏まえた上で、君には彼女を私の手駒にできるよう、色々上手く仕立ててもらおう……"笹原冬樹"君、かつて私が、君にしたようにね」

「……はい、仰せの通りに」

 

 呆然とする小田春香を見やりながら、共犯の2人は彼女を籠絡するための手引きを思索していった。

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

『ベッドの上で、私は君に女としての天稟を見た。これからは大学卒業までよく笹原君の指示を仰いで、彼女の指導教鞭の元、私の従順な手駒として、ひいては妙齢の淑女として、しっかりと研鑽を積み重ねていってくれたまえ』

 

 「もっとも、夜は淑女の限りでなくて結構だがね」と付け加え、そんなお父様と交代で私との対面にお立ちになられたのは笹原夏美さんでした。

 どうやら彼女もお父様の傘下にあるとのことで、今回の件でも裏で装置を上手く用いて彼のサポートによく徹していたらしいのです。

 その翌日から、私にとって実に大変な日々が始まりました。それもそのはず、中年男性が突如としてその身体も立場も女子大生のものへと変えられ、それらしく振る舞うよう日々の精進を強要され続けたのですから、自分で言うのもなんですが、当時の心労は私自身計り知れないものでした。

 仕草や口調を矯正し、身嗜みやお化粧の知識を学び、夜にはお父様へのご奉仕……けれど笹原さんのご指導ご鞭撻と、常識に囚われた私生来の生真面目さもあって、半月後には何不自由なく一般的な女子大生としてキャンパスライフに馴染めるようになりました。お父様は大層お喜びなさって、以来私の女体にそれまで以上に甘美な悦楽をお与えくださるようになりました。

 さらに私は笹原さんのご助言に従い、秘書検定の勉強を開始しました。長年公務員として働いてきた私ですが、意外にも知らないでいた応接の作法は数多く、将来お父様にお仕えする者として一層身の引き締まる思いでした。試験はなんとか合格し、私は無事秘書検定1級の資格を獲得しました。差し当たっては以前と変わらず市役所職員として職務に従事する予定ですが、時が来たらお父様のお側に秘書として寄り添い、そのご多忙を少しでも緩和する一助となれたらと考えています。

 

「あんた、本当に親父なんだな!?だったら、なんでっ……!!」

 

 あの日から早1年と少し。

 次第に怒りや憎しみといった負の感情とは別のものが私の心を穏やかに包み込み始めているのを感じています。時の流れによるものなのでしょうか、あるいは身を置いた環境によるものなのでしょうか。それとも、また笹原さんが一計を案じて私に何かを施しているのかもしれません。

 どうあれ、私はもはや一向に構いません。私のこの身も心も全て、既に御二方へとお捧げ致しました故。

 

 と、そんな私の心境など皆目見当もつかないのでしょう、お父様のお戯れによって記憶を取り戻した私の妹…かつての愚息が情けなく狼狽して私たちを見つめています。

 

「本当のことを覚えてて、なのにどうしてそいつに加担してんだよ!?」

「ごめんなさい。私だって本当は心苦しいんです……けれど、私はもう市長に、私たちのお父様に、逆らうことができないのです……」

 

 心にもないことを交えましたが、おそらくこれが最適解。お父様の嗜虐心と、愚息へ差し向ける絶望とを勘案した、抜群のシチュエーション。

 ああ。"妹"、これから貴女はいったい何者になろうというのかしら。とりわけ自分と容姿の近しい彼女の将来に思いを巡らせていると、小田春香にあり得た無限の可能性がとめどなく脳内を去来し、それがまた私を艶然とさせるのです。

 CA?ナース?アナウンサー?はたまたアイドル?

 みんな違ってみんないい。ただ、ひとつだけ変わらないのは、お父様への忠誠心。絶対のご奉公。

 

 申し遅れましたが、これからは私が笹原さんの務めていらした役目を担い、妹やその他大勢の方々をお父様の元へと導いていくことになります。責任は重大ですけれど、装置と私の手腕があれば彼女たちが私の轍を辿ることは必定で、そこにはなんの心配もありません。

 もっとも、そんな七面倒なことをせずとも装置で一思いに、なんてお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが……実際リスクがないでもないため私もそうご諫言させていただいたことがあるのですが、お父様は頑としてご意向を撤回されませんでした。いえ、お父様のご享楽のためであれば粉骨砕身、犬馬の労は惜しみません。そも、私どもはそのために存在しているわけですから。

 

「さあ、始めましょう。心配はいりません……貴女もすぐ、私のようになれるのですから……」

 

 彼女の悦服の瞬間も、おそらくそう遠くはないのでしょうね。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 スキンケアは日々怠らず、よく伸びた黒髪にも面倒がらず手入れを欠かさないできました。美容液は惜しむことなく、さらに朝にはジョギングと軽いフィットネスを日課とし、私はこの身に与えられた美貌が最大限になるようひたすら努めてきました。

 結果女性として抜群の容姿、スタイルを手にすることに成功し、そのうえ今日、メイクや身嗜みすら万全となれば必然、インターンシップで見舞われたような問題も起こり得ます。

 

「それでさ、俺としてはやっぱり思うわけだよ」

「へえ。なるほど。そうなんですか」

 

 初対面の男性に入庁式の会場で声を掛けられ、適当に応対していたら隣に居座られてしまいました。

 どうやら同期の方らしいです。彼氏いるかだの連絡先交換だの、鬱陶しいことこの上ありませんが、初日から波風を立てるのはあまり本意ではありません。

 と、どうにか雲隠れの術を模索していると、前方のマイクにノイズが掛かりました。予定より少し早いように思われますが、お父様の祝辞が始まるみたいです。

 

「ところで知ってる?ここの市役所、界隈じゃ結構な曰くつきなんだ」

 

 だというのにこの方、一向にお話を止める気配がありません。たかが新人の一職員ごとき分際で、いったい市長を何者と心得ていらっしゃるのでしょう!

 そんな私の内心憤然とするのをよそに、彼は得意げに話を続けていきます。

 

「なんでもここ数年、新入職員の男女比が半々で分かれてるんだって。よその市役所だと男性が6割を占めるのが統計的に普通らしいんだけど、ここは女性が多いんだ」

「……」

「まあそんなのたかだか1割程度の誤差でしかないんだけどさ……実に驚くべきはだよ、その割合がなんとお互い綺麗にぴったり50%同士ってところなんだよ。小数点もゼロ。しかもそれが何年も連続で」

「……」

「女性の雇用を増やそうって目的で割合を設けてるんだろうね。ただ、なんでも採用試験で女性にだけ下駄を履かせているとかって話ではないらしい」

「……」

「なんと、採用された人の中から過半を超えた性別、つまり男の何人もが、比率の調整のために性転換させられてるんだって!ここ、笑うところね」

「……」

「しかも恐ろしいことに、性転換させられた人も、その周りも、その人が初めから変えられた後の性別…つまり女だったって思い込んで平然と生活を続けてしまうらしい」

「……」

「まあ、そんな噂のある入庁式だけど、君は安心していいよ」

「……」

「だってもしその噂が本当だったとしても、

今年の入庁者数は男子が20人多いからね。つまり今年も性転換の対象は男の人たちだけなんだ」

「……あ」

「ふふっ、気づいた?私たち、ついてるよねっ」

 

 ここで「いや、あなたはもうツイてないでしょう」なんてしょうもない冗談が思い浮かんでしまう辺り、私の"男"はまだまだ抜け切っていないのかもしれません。

 

 今日から心機一転、また気を引き締めて頑張ろうと、立派な女性になれるよう自分磨きに専心しようと、私は心のうちで自らとお父様にそう誓ったのでした。

 

 


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