『アオのハコ』
大切な人を、大切だと言えるのは。
伝えられないままでも、思っていられるのは。
きっと、幸せで。
でも、儚くて。
それが軋んだ時に、気が付く。
もう、二度と手に入らないのだと。

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執筆時点では、まだ彼女は名前が出てきていません。青短と「紅葉に猪」から思い付いた名前です。
20話で「正直、期待外れです」て言ってたショートの子です、ジャンプ41号をチェケラ☆

重くならないようにマイルド路線にしたせいかR18っぽくないですが、どうぞお気軽におつまみ感覚でどうぞ。


アオは彼方へ去り行き、そして

 籠原の8番。千夏先輩のライバル、……的な相手。前に先輩を「成長していない」「期待外れ」と言ったらしい、あまりイメージの良くない人。そして、本当なら離すことさえ無い相手。そんな相手と俺は、何故か――――。

 

 地区予選決勝、英明学園の相手は強豪籠原学園。千夏先輩も、そして女バスの面々も、一切の油断も気負いもなく真っ直ぐな視線で向かっていく。俺は、何も言えないままただ試合を見詰めていた。そして――英明学園は、……勝利した。勝利は、した。千夏先輩が徹底的にフルマークされ続け、一切何も出来ないままで。コートの上で、呆然としたまま千夏先輩は泣いていた。誰も責めたりはしない、出来ない。念願を果たしたのに、夢を叶えたのに。きっとそれが自分の力ではない悔しさで、先輩は泣いている。先輩はずっと、悔しさを噛み殺して戦ってきたのに。まだ、何も報われないのか。

「大喜、……帰ろう。早く」

 匡に促され、先輩に見られないように裏口へと歩き出す。気を遣ってくれる友達が一緒で、良かったよ。俺一人だったら、きっと――また突っ走っていた。先輩を、傷つけていた。とりあえず、俺はここに来なかった事にしよう。先輩が帰ってくるまでに、どういう風に接するか考えよう。先輩の為に。

「あんなの、納得いかないっすよ! 」

 急に壁越しから飛んできた声に、俺たちは足を止めた。何かと思えば、そこには籠原のユニフォームを着た一団が。……向こうもこれから帰る所だったのか。見つかると不味い、と匡と二人で自販機の影に身を隠す。

「青田先輩がマークにかかりっきりじゃなかったら、英明なんかに……!」

「……結果が全てです。鹿野さん相手に警戒を緩めるわけにもいかない」

 青田と呼ばれた彼女が、じゃあ先輩をずっと抑えていた8番か。ここからじゃ顔はよく見えない。

「えーでも、青田先輩こないだ「練習試合から成長してない」とか言ってたじゃないすかー! あんなの大したことないってー!」

 ……ああそうか、前に先輩が静かに怒りながら燃えてたのはこの人のせいか。相当なSみを醸し出してて、そっちのインパクトがスゴかったけど……。

「私が未熟だっただけです。だからマーク以外に動けなかった。それだけです」

「そんなこと無いですー! 先輩の方がずーっと強いですー! 前はともかく、今は先輩の圧勝ですー!」

 わちゃわちゃと動き回る姿は、いかにも後輩。周りも笑うだけで、止めようとはしない。後輩が自分ところの先輩を立てるのはそりゃ分かるけど。分かるけど。分かるけど……。

「あーきっと、彼氏でも出来て別の運動で忙しいんすよー! だーから鈍って…」

 

 一瞬目の前が、真っ赤に染まって。僅かに意識が歪んで。

 気が付くと俺は、その女子の胸ぐらを掴み上げたまま、叫んでいた。

「やめろよ! 勝手なこと……! お前に、何が! ……何が!!」

 口から出てくるのは、ただ怒りの塊。籠原の生徒が、千夏先輩の事情を知るわけがない。負けた後で悪態をつく気持ちだって分かる。後輩として場を解そうと、馬鹿を言う気持ちも。でも。だからって。

「――言って良いことと悪い事がある」

 ガンッと鈍い音を立てて、拳骨が、……その後輩女子の脳天に叩き付けられた。

「君は、英明学園の生徒か。すまない、全て私達の落ち度だ。許してほしい」

 青田……さんは打ち込んだ拳骨を押し込んで後輩に頭を下げさせ、――自らも深く頭を下げる。まさかと思うほど、潔く。

「本当なら君が怒鳴り混む前に、このバカを殴って止めるべきだった。いやもっと前に先輩として、戦った相手に敬意を払うことを教えておくべきだった。申し訳ない」

「えーあ……こちら、こそ……」

 そう素直に謝られては、こっちも下がるしかない。まあ考えたら、他所の生徒と揉めたりすると俺も不味い。と言うか突っ走り過ぎた。とりあえず話を収めてくれたんだし、ここはこれで――

「……ふむ。君、これからちょっと時間はあるかな。ここで少し、待っていてほしいんだが」

 ……済まないようだ。匡はとっくに消えてるし(薄情ものめ)、どうしたもんだろうか。

 

 そして、俺はどういう訳か……青田さんに連れられて行き、現在会場から程近いビジネスホテルにいる。……いや、本当にどういう訳なんだろうか。気まずいったら無いのだけれど。二人ならんでベッドに腰かけて、色々と気まずすぎる。

「あぁ、済まない。親と揉めて、ここ数ヵ月ホテル暮らしでね。掃除の手間がないのはいいが、狭くて」

「いや、まぁ……はい」

 千夏先輩と近い境遇だったりするのだろうか、この人は。もしかしたらこういうのも珍しく無いんだろうか。……いやいや。そんなことあるかい。

「君……っと名乗ってなかったね。籠原学園二年、青田紅葉だ」

「あー……英明の猪股大喜です。一年です」

 言ってから青田さんが口の端で笑ったように見えて、ちょっと後悔した。バカ正直に言ってどうすんだ、俺。

「鹿野さんに弟はいない筈だと思っていたが、やはりそうか。大喜くんは鹿野さんの身内ではない、か」

 まるで値踏みするような視線が、俺に突き刺さる。うう、やっぱり余計だったか。

「自分の先輩を貶されて怒るのも、礼を失する言動に憤るのも普通だが、やっぱり距離がおかしいかな。まるで自分の身内を庇うような感じだ。……彼氏が出来た、というのが当たっていたのかな?」

「あ、……それ、は……」

 違う、と言い切らなかった。誤解されたのが、どこかで嬉しい。嬉しがっている場合じゃないけど。

「ま、君があの魔神を御せるような男だとは思えないけど。言っちゃなんだが、まだまだ男振りが足りないかな。あれが男如きに現を抜かすような、簡単な女じゃないのも知っているしね」

 ……なんだろう俺、大掛かりなドッキリにでもかかってるんだろうか。スゴい勢いで落とされた気がする。やっぱりこの人、千夏先輩に似てるんだな。自然に人をからかうところとか。距離が近いこととか。Sみが強いところとか。

「青田……さん」

「紅葉でいい、というより紅葉がいい。私は青田ってありきたりな名字が好きじゃない」

「じゃあ紅葉さん、千夏先輩にやたら詳しいみたいですけど……なんで……」

「ああ、それは決まっているだろう」

 紅葉さんは大きく伸びをしてから、

「鹿野さんとはミニバス時代からの悪縁でね、試合では何度も当たっている。同い年のプレイヤーとして、比較される事も多かったね。格好をつけて言うなら、互角に渡り合える善きライバル……というやつだ」

 だからこそ、高等部になってから伸び悩んでいるのが気になってね、と笑った。……ああ、そういう事ですか。又聞きで一方的にしか知らないって、やっぱり良くないんだな。そこまで悪い人でもないのかも――

「まあ、私が鹿野さんを個人的に気に入っているのもあるけれど。あれは良い身体をしているし、芯が強いのも良い。そしてああいう手合いが折れた時、ってのが大好きでね。何でもそうだけど壊れる時こそが、凄く綺麗なものなんだ。大喜くんはそう思わないかい?」

 ……いややっぱ、結構ヤバイ人かもしれない。微笑み方が邪悪だ、ドS系悪の女幹部の笑みだ。これは、早めに逃げるべきかもしれない。余計な事まで聞き出される前に。一先ず形だけ礼を言って、立ち上がろうと――

「へえ……同じミサンガなんかしているのか」

 紅葉さんの指摘に、思わず身体が強張る。それが、良くなかった。動き出そうとした重心が引き手に崩され、俺はそのままベッドに組倒される。そしてミサンガは。……呆気なく、ほどかれてしまった。

「鹿野さんの足にあったのと似てるから、まさかと思ったけど。その反応はやっぱり、お揃いかい。どうも君は、色々とおかしいね」

「っ、返……っ」

 ギリ、と筋が嫌な音を立てて歪む。動けない、でも今動かなければ、俺は、……俺は。

「ああ、ちゃんと返す。約束だ。でも汚れちゃうから、今は外しておこうよ」 

 ベッドサイドのテーブルに、ミサンガが放り投げられる。軽く、事も無げに。俺は固められたまま、呆然とそれを見送るだけ。……約束、だった。先輩と、最初の約束。それを――

「君は鹿野さんの、なんなんだろうね、取り巻き?友達?それとも――まぁいいか。鹿野さんに近いのは確かだし、ね」

 彼女は薄く笑いながら、俺を固めたまま器用に手足を拘束していく。いつのまにか服もすこしずつ剥ぎ取られ、それが拘束具に使われ。抵抗しようにも、頭がどんどん澱んでいく。心が、黒く塗りつぶされていく感覚。捕食される、という恐怖。剥ぎ取られた上着で顔を覆われ、視界を奪われて更に恐怖が深まる。肌の上を冷たい指が這い回る、凍えるような違和感。そして、腰の下で布地が奪われる音がした。

「君みたいなかわいい後輩がいると、さぞ心の支えになるだろうね。うちのバカとは大違いだ。でも、鹿野さんにそういうのはいらないかな。一人で歯を食い縛って、折れるまで研ぎ澄ませて貰いたい」

 勝手なことを、と言い返そうにも口が強張って動かない。背骨の代わりに氷柱を突っ込まれているような、圧倒的な…殺意にも近い重圧が俺を縛り付ける。

 程なく、下半身に外気が触れ、そのまま――

「やめ、ろ……っ」

 冷たい指が、一ヶ所に集まった。撫で、擦り、握りしめ、まるで――可愛がるように優しく蹂躙していく。俺は、嫌だ。でも皮膚は敏感に反応し、熱は高められていく。

「ずいぶん反応が初々しいね、鹿野さんにシて貰った事は無さそうだ」

 クスクスと嘲笑うような声が途切れると、指ではない感触が襲ってきた。生暖かい、湿った何かが這い回る。それが舌だと気付く頃には、俺は、……俺、は。

「……ぁ……っ」

 ガクガクと腰が痙攣し、何かが身体を突き抜けていくのが、止められない。頭の奥で鳴り響く警鐘も、遠く掠れていく。射精、した。させられた。あっさりと。身体を支配されていくような、染み透る嫌な熱が、気味悪くて。こんなにも、恐怖を感じながら――屈服させられた、という敗北感。

「はは、出た出た。元気に気持ちよくなれたね、偉い偉い」

 子供をあやすような、でも凍りつくような氷点の囁き声。受け入れてはいけないこの声を、でも身体は悦び始めている。千夏先輩を追い詰める「敵」相手に、「続き」を求めようとしている。

「さて、じゃあもう一仕事して貰おうか。鹿野さんに寄り添うようなのがいると、折れなくなって嫌だからね」

 ゾッとするような、冷たい声。そして射精直後で弛緩した身体が、再び支配されていく。俺の意思に関係なく、身体だけは発情し、熱は血と共に一点へと集まっていく。痛いほど屹立しているのが、見えなくても感じ取れる。そこへ、何か……温かく柔らかいものが、触れた。

「さて、それじゃ……頂きます」

 ズンッ、と大きく身体が揺れた。腰の上に感じる重さと、屹立を包み込む柔らかな熱壁。何が起こったか、そんなのは考えるまでもない。奪われた、支配された、――裏切らされた。そんな思いだけが湧き出し、涙になって溢れていく。

「泣くことないだろう、失礼だな。年上のお姉さんに跨がって貰うなんて、男の子にとっては夢心地なんじゃないのかな?それとも、初めてが鹿野さんじゃないのが不満かい?」

 その名前に、背筋が粟立つ。それを、言うな。考えさせるな。結びつけるな。それは、絶対に許されない事。なのに。塞がれた視界の中で、千夏先輩の姿が浮かんでしまう。バスケの為、夢の為、一緒に過ごしているだけの先輩。その先輩が俺を、そういう、ただ、男として求める姿が。

「気持ちいい?たいきくん」

 声色が、混ざる。冷たく恐ろしかった声が、柔らかく優しい千夏先輩の声へと置き換えられていく。

「たいきくん、どう? 私の身体、気持ちいい?」

 似てなんかいない。先輩はそんな事言わない。これは先輩じゃない。そう想う事すら、できなくなっていく。そして千夏先輩の幻影は、現実の感覚とも混ざりあっていく。胸に置かれた千夏先輩の手、上下に跳ねる千夏先輩の重さ、熱く締め上げる千夏先輩の――

「俺、は……」

 もう、何もかも、分からない。全てが遠くへ沈んでいく。跳ね回るように俺を犯す……の、ただ、熱だけが残って。何を言ったのか、言わなかったのか。それも分からないまま、どこまでも続く捨て鉢な快感に身を委ね、ゆっくりと俺は溶けていった。

 

 そして何処をどう帰ったのか、気が付くと俺は家のベッドに横たわっていた。足には、約束通りミサンガも結わえられていて。でも、もう。そこに、あの日の「約束」は感じられなくて。それは只の、紐にしか見えなくなっていた。

 それ以降、俺はあのミサンガを着けていない。先輩が、どう思っているかは分からない。あれから先輩に近づこうとする度、先輩を感じる度、あの日の事が思い出されて、心が凍りそうになる。お前はこの女に近づく資格がない、と嘲笑う声が、耳元で何度もリフレインして止まらない。それでも、先輩は優しくて。俺を、大切に思ってくれて。だから、願って止まない。

 先輩が、あの人に屈しますように。俺と同じ所まで、堕ちてくれますように。




……実はコメディ的に書くつもりでしたが(本番でなく未遂にする案もありました)、結局大喜くんが心に傷を負う話になりました。
大喜くん可愛いから、ついつい……。

ちなみに元案では紅葉さん若干ポンコツで、千夏先輩大好きな人だったんですよ。そっちも書こうかなぁ。
って、ほぼオリキャラですね最早。

9/17、若干編集。

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