マスター、琥珀の機転により辛くも遠野邸を襲撃した暗殺者のサーヴァント、岡田以蔵を撃退したセイバー、沖田総司。
しかし、令呪による強引な強化を施された彼女はその反動に、天性の呪いとも言うべき病弱スキルに苛まれていた………
赤線と月リメ要素を含んだ再構成帝都聖杯奇譚から沖コハ魔力供給を抜き出したものになります。
…………ぎしり。
一つ、歩みを進める度に、不快な木材の歪んだ音が響き渡る。
壁に身体を預けてもなお、足取りは鉛のように重くて緩慢。
「───っ、はぁ…………」
硬い石のように鎮座する冷えきった心臓から送られてくる血液は、全身を硬直させてその熱を奪うばかり。
身体を少しでも動かそうとすれば、骨が砕けるのではと錯覚するほどの痛みが走る。
幾ら影法師に過ぎない
これでは肝心な時に剣を振るうことすらままならないと、思わず後世の創作とやらを呪ってやりたい気持ちも生まれるというもの。
「ゴホッ、ゴホッ───。令呪の反動が……」
喉を焦がす灼けた血は否応なしに私に残された熱を奪い、体力を削り取っていく。
だが、今まともに動けるのは私だけ。此所で倒れてしまえば、マスターとその主君を護る者が誰も居なくなってしまう。それだけは、何としてでも避けなくては。
敵の追撃を打ち切り漸く屋敷に帰還した私は、咳き込む身体を引き摺って彼女達の部屋に向かった。
我がマスターの主君を襲撃した敵、土佐の亡霊は撃退したのではなく、敵マスターの令呪で帰還しただけ。今の私の体たらくを思えば、寧ろ奴の方が余力を残してすらいる。
だからこそ、私は余計に倒れる訳にはいかないのだ。
「戻りました、コハク」
努めて平静を装いつつ、彼女達が待つ部屋の扉を開ける。
「お帰りなさいませ、沖田さん」
出迎えたのは、屈託のない微笑みを浮かべる私のマスター。土佐の亡霊に斬られた彼女の主君は一通りの応急処置を終えたのか、ベッドに寝かされて休んでいる。
あれだけの傷の応急処置がもう済んでいることから察するに、どうやら私は思っていた以上に、屋敷へ戻るまで時間を使ってしまったようだ。
「コハク、申し訳ありません。敵には逃げられてしまい…………」
「いえいえ、お気になさらず。それよりも、沖田さんが無事に戻られて何よりです。あまりにも帰りが遅かったものですから、もしや深傷を負っていらっしゃるのかと思ってひやひやしていたんですよ、わたし」
「面目ありません……」
マスターに心配を掛けてしまったという事実に、彼女の剣としては恥じ入るばかりだ。
だけど彼女は私の失態を叱責する訳でもなく、穏やかな調子で私の帰りを喜んでくれている…………ように見える。
久しく感じていなかった親の情、とでも言うべきだろうか。未だ彼女に仕えて二日三日しか経っていないが、その包容力には思わず心を動かされてしまいそうだ。
だが…………
確かに彼女の感情表現は大袈裟なところもあるし、喜怒哀楽が全く無い訳でもない……とは思う。
しかし、街に繰り出した先で敵がけしかけた私兵に襲撃されたあの時。彼女は銃弾と刃が交錯する戦場に怯えるどころか、微笑みを絶やさずむしろ的確すぎる指示すら与えてきたのだ。
あれは、間違っても齢二十歳に満たない娘のする顔ではない。
無論、彼女が見かけによらず場慣れしているという可能性も無くはない。
私という例もあるのだから。
──いや。肝が据わっている、どころの話ではないな。あれは…………
だが、私の思考はその可能性を悉く否定した。
彼女は…………いわば、同類。どうしようもなく歪んでいる、人斬りの私とおなじ。マスターは自身と気質の近いサーヴァントを召喚するというが、それならば成程さもありなんと腑に落ちる。
───マスター。私は…………
彼女の人生や背景など、私には窺い知れない。
いや、だからこそ、軽々しく手を出すべきではないのだ。私はただ、
「沖田さん?」
「はっ!? ああいえ、すいませんコハク。少し、考え事をしていたもので」
「考え事? ですか。それは構わないのですが、沖田さんもどうかお休み下さい。見たところ深傷は負っていらっしゃらないようですが、それでも消耗はある筈です。どうか今は、ご自分の身体を労って下さいまし」
まるで幼子を諭すかのような口調で、私の不調を言い当てるマスター。
私の稚拙な演技など、見破るには易しすぎたらしい。
「ささ、沖田さん。どうぞわたしについてきて下さい。お部屋まで案内しますから」
「はぁ。ですが、宜しいのですか」
「ええ、生憎外科は専門外でして。もう暫くすれば阿良句先生がお見えになられる筈ですから、わたしにできることはここまでなんです」
主君の懐を離れて立ち上がり、私を部屋の外へと促すマスター。言外に”彼女のことはよいのか”と訊ねるが、どうやらそこは心配無用のようだ。聞くところによれば、マスターの主君はここ総耶の地では名の知れた名家の当主だという。ならば、お抱えの医者の一人や二人、居てもおかしくはないのだろう。
マスターの後に続いて、屋敷の廊下を進む。
だが、幾ら誤魔化したとはいえ身体の不調は残っているのだ。軽やかな彼女の足取りについていくこともままならず、堪らずに廊下の壁に身を預けた。
「沖田さん?」
「…………申し訳ありません、コハク。どうやら想像以上に消耗していたらしく。大丈夫です、少し休めばすぐに──こふっ!」
「ああもう! 駄目じゃないですか沖田さん。お辛いなら素直にそう仰って下さい!」
「マスターに、迷惑を掛ける訳にはいきませんからね。はは…………」
「我慢はお身体に障ります! どうか今はわたしを頼ってください、沖田さん。わたしが肩を貸しますから、あともう暫くの辛抱です」
「…………面目ありません」
半ば強引に、私の肩に腕を回して支えるマスター。
ああ、結局彼女に迷惑を掛けてしまったな、と思っているうちに、屋敷西館の袋小路まで辿り着く。
ここが、彼女の言う部屋なのだろう。
部屋の扉を開けた彼女は、そのまま私を畳敷きの床にそっと下ろした。
「此所は…………」
「わたしの私室です、沖田さん。ここならお薬も多少は揃っていますので、沖田さんを看病するには丁度いい場所かと」
どうやら此所は、マスターの私室らしい。が、その割には生活感が薄いというか、年頃の少女らしからぬ印象を受けた。
壁一面に置かれた薬棚は本職さながらに見事なものだが、それが余計に職業感を与えているからだろうか。
しかし、サーヴァントの私に人間用の薬など、効果があるのだろうか。
この不調はいわば呪い、薬程度でどうにかなるものとは思えない。
「コハク、お心遣いは有難いのですが……」
彼女に無駄なリソースを消耗させるのも忍びなく、私は自身の病弱についてのあらましを伝えることにした。
***
「まぁ、なんと……」
「ええ、ですから、この病魔に人の薬は効かないでしょう。何せ、霊基に深く刻まれてしまっているのですから」
私が自身の病弱について打ち明けた直後。マスターは困ったように頭を傾けた。
「しかし、これは困りましたねぇ。いまのお屋敷で満足に戦えるのは沖田さんだけ。秋葉様は復帰までもう暫くかかりますし。うーん、どうしたものでしょう」
「申し訳ない、コハク…………」
やはりと言うべきか、マスターは戦力の不在を懸念している。本来マスターを護るべき私がこの体たらくなのだから、彼女の懸念は真っ当なものだ。
「いえいえ、沖田さんは気にしなくていいんです。元はといえば、貴女の仕様を理解しないで負担を強いたわたしにも責任がありますから」
「コハク、貴女の令呪のタイミングは完璧でした。貴女が責任を感じる必要はありません。それに応えられない私の方にこそ問題があるのです」
マスターは私の不調に思うところがあるのか、責任の一端は自分にあると言って憚らない。それこそ、貴女に応えられない私の責任だというのに。
…………
だが、その優しさが今は私の心を苛ませる。
平行線を辿る議論。
その結末は、永遠に訪れないと思われた時だった。
「では沖田さん。どうぞわたしを使って下さいまし」
「はえ───?」
あまりにも、唐突な申し出。
まるで理解が追い付かず、私の思考が全て白亜に染まった。
「ですから、どうぞわたしの血で喉を潤してください。そうすれば沖田さんは、いまよりも大丈夫になりますから」
そんな私の内情を知ってか知らずか、マスターは言葉を続ける。
「血を……?」
───サーヴァントは、人の血を啜って魔力に変換することができる。俗に言う、魂喰いだ。
だけど───マスターはそれを、自分自身に向かってしろと…………?
「はい。沖田さんは知らないでしょうけど、実はわたし、ちょっとだけ特別な力があるんです。簡単に言ってしまうと、自分以外の誰かに自分を投影して、その人の力を高めることができます」
……………………………
「本来ならそれができるのは対になる人……ようするに異性だけなんですが、同性の方でも血を飲んで、仮の契りをしていただくことはできます。なので沖田さん。どうぞわたしの熱を心行くまで奪って下さいまし」
噛み締めるように、彼女の独白を受け容れる。
自らの血を分け与えるなど、並の人間では到底できまい。だが、彼女はそれを私にやってみせようと持ち掛けたのだ。他ならぬ、私の体たらくを鑑みて。
その決断はひどく哀しく、そしてあまりにも合理的だ。
確かに彼女の言うことが本当ならば、私の生命力を増幅して病弱を抑えることはできるだろう。しかし………
───私のような半端者の隊士には、あまりに過ぎたる施しにも程がある。
「コハク、それは…………」
「沖田さんの病弱を抑えるためには、この方法しかありません。どうぞ、わたしの血を啜ってください。そうすれば、わたしは沖田さんをお助けする事ができます」
…………それは、きっと願ってもない事だ。
十全に剣を奮い、
最後まで戦うと望んだ私にとって、この上ない魅力的な提案。
だけどそれは、
「沖田さん」
囁くような、私を呼ぶ声。
「どうかわたしを沖田さんのお力にさせてください。そうでなければ沖田さんは戦えませんし、秋葉様をお守りすることもできないでしょう」
そう言うと
───柔らかな弾力。
自分のモノすらまともに掴んだことがない私には、未知の堕落もいいところ。その快感に、思わず頭がクラクラする。
…………解っている。
私は
刃に綻びが出てしまえば、斬ることもままならない。そうなる前に手入れするのは当たり前だ。彼女は、その当たり前のことをしているに過ぎない。
だから───私が彼女の意に背くことは、ただのエゴに過ぎない。
彼女を傷付かせまいと魂喰いを断れば、私は常に病弱に蝕まれる。そうなれば、彼女を護ることすらできない。
「沖田さん」
「はい、っゥ───ッ!?」
気付けば私の身体は、
ぬるりと唇を割って口内を犯す、柔らかな物腰の彼女からは想像もできないぐらいに暴力的な舌遣い。
私の”初めて”を奪い去った、柔らかな
それを今度は自分から招き入れて、吐息さえ吸い込むように、力強く彼女の身体を抱き寄せる。
その時間が、どれほど長く続いただろう。
数分とも数刻とも取れる時間を経て、漸く艶かしいその唇が私から離れる。
「───っ、ぱぁ…………こ、はく……」
「うふふっ、もしかして、”初めて”でした? 沖田さん。美麗な殿方でなくて申し訳ありませんが、どうかそこは目を瞑って下さいまし」
「そんな、ッ…………!?」
間髪入れずに繰り出される、蕩けるようで冷酷な第二波。
頭の中が空っぽになって、まともな思考はとうの昔に消え去った。
理性もなにもかもを剥ぎ取られて、ただ、貪欲に、琥珀を求める。
「───────く、ッ!」
病弱に震える心臓がどくん、と跳ねて、全身に冷気を押し流した。
身体がぐらつき、抱き寄せていた腕が糸の切れた操り人形のように落ちる。
そのまま私は彼女に抱かれるがままに、その身体によりかかってしまった。
「もう、いけませんよ沖田さん。そんな身体で無理をするから倒れてしまうんです」
ぐらり。と、床に倒れ込まんとする私の身体。
それを彼女は柔らかく抱き止めて、妖しく私の耳許で囁いた。
「どうぞ力を抜いてくださいまし、沖田さん。…………直ぐに、楽にして差し上げますから」
すると
露になる控えめで、それでいて整った形の白い乳房。
自分以外のそれを初めて目の当たりにして釘付けになる私をよそに、彼女は容赦なく私の後頭部を鷲掴みにした。
私の頭を掴んだ彼女の手は、それへ押し当てるかのように、私の唇を乳房へと誘う。
「ふぐぅ、っ…………!?」
「さぁ沖田さん。遠慮はいりませんよ。どうか、その牙を容赦なく突き立てて下さいな」
理性的な思考が悉く消え去った脳髄に、甘く響く琥珀色の毒牙。
ふらふらと夜光灯に吸い寄せられた蛾のように、延びる犬歯が彼女の白い柔肌に触れた。
───ぐさっ。
「こは、く───っ、んっ………」
「あっ、んんっ…………ッ、おきた、さん……!」
───止まらない。
溢れ出す紅い命の水。
琥珀の胸を滴るそれを嚥下して喉を潤す度に、奪われた熱が戻っていく。
「んっ…………ッ!」
艶かしい女の声。
最早誰のものかも解らないそれに、脳髄が叩き起こされる。
赤い快楽と征服感。
不健全な朱に染まった多幸感は留まることを知らず、狂ったように琥珀色の魂の飴細工を求め続ける。
───ああ、なんて、甘美。
気付いたときには既に遅く。
私は気を喪うまで、彼女の命を嚥下していた。
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「帝都聖杯奇譚」の沖コハ感応魔力供給を誰も描かないので月姫をクリアした勢いに任せて書きました。
後悔はしていない(キリッ)
魔力供給シーンはpixivに上げたものを手直ししたものなので、背景が若干違いますがそこはご了承下さい。
秋葉様に比べると沖田さんは加減がわからない上に魅了食らって思うがままに貪っているので、琥珀さんはちょっと余裕がなさそうな表情をしています。
ちなみにここだけの話なんですが、沖田さんと琥珀さんはどっちも属性中立中庸なんです。これはもう運命ですね。
ですが沖田さんにとっての運命は琥珀さんでも、琥珀さんの運命は別にあるので沖田さんは琥珀さんを「だって、そんなの………したこと、ない」には繋げられないんですよね(無慈悲)