敗北と、そして。
拗ねた心と、そして。
結局は、そういう事。
きっと、誓いは叶うから。
負けた。負けきった。思い上がった俺は、惨敗を喫した。曲がりなりにも動けていると、勘違いしていた。
針生先輩に、追い付けたと思っていた。
佐知川にだって、善戦できると思っていた。
相手の片方が全国覇者でなければ勝てていた、とさえ思ってしまった。
でも、俺は所詮一年で。まだまだ鍛練を積まなければならないヒヨッ子で。
だから、負けた。言い訳も出来ないほどに。
一回戦敗退、ストレート負け。それが、今の俺にとっての現実。
「あー……あぁ」
ベッドに転がったまま、呻く。何故、あそこでもっと踏み込まなかった。何故、もっと速度を上げられなかった。後悔ばかりが、胸を焼いていく。苦しい。苦しい。苦しい。
でも、何よりも苦しいのは。負けたことに、安堵してしまっている自分がいるということ。告白する理由がなくなって、どこかでホッとしているということ。きっと俺は、インターハイに出たら出たで告白出来なかったんだろう。上位じゃないから、優勝していないから、理由はいくらでも出てくる。それが苦しくて仕方がない。
「大喜くん、起きてる?」
ノックの音と共に聞こえたのは、千夏先輩の声。
ややあって入ってきた千夏先輩は、どこか窶れたようにも見える。千夏先輩も、負けたのだ。籠原と英明の仕合は直接見れなかったが、惜敗を喫し先輩の夏は終わってしまった。それでもうちの家族の前では、努めて明るく振る舞っていたが、今の先輩はその元気も使い果たしてしまったのだろう。
「千夏先輩、……もう寝た方が良いんじゃないですか?」
「あ、まぁ……ね。でもさ、そう言えば聞きそびれてたなって」
聞きそびれてた。ああ、そうか。俺は昨日、言ったんだった。終わったら質問したいことがある、と。……あの時コンビニ前で、千夏先輩は雛を「羨ましいな」と言った。それはきっと、唐揚げなんかじゃなく。もっと、きっと、大事なこと。俺にとっても、先輩にとっても。
でも。
「あ、いや……大したことじゃないんです。忘れてください」
そう言うしかない。聞けるわけがない。弱りきった千夏先輩に無理をさせて、そして弱りきった俺は「答え」にきっと耐えきれない。良いんだ。これで良いんだ。
「そう。じゃ、私から聞いて良いかな」
先輩は笑って、俺の手を、……掴んだ。息がかかるくらいの距離まで顔を寄せて、真っ直ぐな瞳で俺を見据えて。
「大喜くんは、私をどう思っていますか」
――呼吸が、停止する。胸の奥から、炎が巻き起こる。心が、裂けそうな程に脈打つ。
先輩の手も、吐息も、熱い。まるで捕まれた手から、互いに熱を分けあっているかのように。
「俺は、――」
言えない。言っては、いけない。そう理性が叫んでいる。千夏先輩の為に、俺の為に。それを言ってしまえばもう、戻れない。決定的な、致命的な、そんな言葉。でも、それを、
「私は、大喜くんが好きです」
……千夏先輩は口にした。あってはならない、その言葉を。
前に匡から「千夏先輩が、お前の事好きだったらどうすんの?」と聞かれた時には、「付き合えるもんなら……」と返せた。でも、今の俺は。こんな俺が。千夏先輩に、こんな風に思われて良いはずがない。
嫌いになって欲しい、とさえ思う。
先輩は、弱りきっている俺には眩しすぎる。
嫌いに、なってくれ。
俺なんか、見ないでくれ。
嫌いで居続けてくれ。
俺なんかの為に、心を動かさないでくれ。
「じゃあ、先輩は――俺がヤりたいって言ったら、ヤらせてくれますか」
最低の一言を、投げ付ける。
最低の俺を、嫌いになってもらう為に。
でも千夏先輩は、じっと俺を見つめて。
思案するような素振りを見せず、あっさりと。
「良いよ。大喜くんなら、構わない」
――微笑んで、言った。
何で、そんな事が言えるんだ。
何で、そこまで俺を信じられるんだ。
何で、何で――。
「まぁ、私そういう経験無いからさ。うまくいくか分かんないけどね」
まるで、当然のように。千夏先輩は、服を……脱ぎ始めた。
露になる白い肌が、目を焼くほどに眩しい。
ゆっくりと、でも。確実に。先輩が「女」である事が、晒されていく。
その美しさは、俺を追い詰めるには十分すぎるほどで。
やがて、肌を被う布が、最後の一枚まで身体から滑り落ちる。
千夏先輩の、全てが、目の前にある。
俺を好きだと言った、千夏先輩。
好きだから構わないと言った、千夏先輩。
でも、俺は。俺は――。
「千夏先輩っ、――すいません、でした……!」
一糸纏わぬ先輩の前で、床に額を擦り付けていた。
こんなの、間違っている。
なにもかも、間違っている。
俺が、全部間違っている。
千夏先輩に八つ当たりして。
子供みたいに拗ねて。
取り返しがつかない事を、しようとしてしまった。
千夏先輩は、全部分かっているんだ。だから、こんな事をしたんだ。
俺が勝手に落ち込んで勝手にどんどん拗れていくから、身体を張って救おうとしているんだ。
涙が、止まらない。
大事な人に、ここまでさせてしまった自分が情けない。
そんな俺の頭に、何かが押し当てられた。きっと、足だ。踏みつけられても仕方がない事をしたんだ、当然そうなる。このまま頭を踏み割られたって、文句は言えない。
「あのさ、大喜くん。私は怒っているよ?」
「は、……い」
額が更に強く床に押し付けられていく。怒っているよ、は当然だ。だって俺は――
「凹んでも拗ねててもいいけどさ、そこで「すいません」は無いでしょうよ。キミは女の子に恥をかかせすぎ!」
…………あれ?
それを、怒るのか。そんな、でも。だって。
「先輩、……俺を立ち直らせようと、だから……」
だから、心にもないことを言ったんだ。俺を好きなんかじゃないのに、励ますために。
そう、思っていたのに。
「いや、良い機会だし告白しとこうかと思って。大喜くんって人の話ひとっつも聞かないけど、負けて凹んでる時だったら耳も貸すでしょ」
……なんだろう。俺は、あんなに悩んでたのに。この人、俺が弱ってるのをチャンスだと思ってたのか。
グリグリと頭に踵が食い込み、痛みと共にどこかで心が軽くなるのを感じる。
その程度か。
約束を守れないのも、酷いことを言ったのも、その程度でしかないのか。
なんだろう、そんなの……。
「……先輩、バカでしょ……」
さっきまで泣いていたのに、今度は笑いが止まらない。ああ、馬鹿馬鹿しい。その程度なんだ。俺は負けて、でもそれだけだ。先輩からしたら、その程度だ。
「バカは大喜くんの方です」
食い込む踵が、加圧する。バカな俺を諌めるように、あるいは笑い飛ばすように。
「私はずっと、大喜くんが好きなのに。ああも鈍いとバカ通り越して危ないよ」
ずっと。……ずっと?
そんな事、あるんだろうか。最初に会ってから二年くらい経つけど、朝練で一緒になるようになったのは俺が中学の部活を引退して高校バド部に混ぜて貰ってからだ。それに、ついこないまだで名前もしらなかった筈だ。
「……本気でひとつも覚えてないでしょ。大喜くんバカだから」
足に力を入れながら、先輩は笑って言う。
「小さい頃私はね、お母さんが友達の家へ遊びにいくのに、着いてくのが好きだったんだよ」
踵がつむじに食い込んで痛いけど、先輩が楽しそうだから黙って聞く俺。
先輩のお母さん、その友達の家。小さい先輩が、そこへ。なんだろうか。
「その家にはね、一個下の男の子がいてね。私はすぐ、その子を大好きになったの。最後に会ったのは、小学校に上がる前なんだけどね」
先輩が、好きだった、一個下の、男の子……。
記憶が、突然鮮明になる感覚。
そう言えば、いたな。母さんの友達が、一時期よく遊びに来てて。当時人見知りだった俺は家族以外の人が怖くて、隠れてたんだ。
確かその時、一緒に来てた女の子がいた。俺よりちょっと大きくて、人形みたいに綺麗な。
「あ。あー……あっ」
そうだ。あの女の子。あれは――。
「私はちゃんと覚えてたんだよ。キミが昔一緒に遊んだ子だ、って」
遊ん……だ……?そうだっけか……。
初めて会った時に隠れてる俺を無理矢理引きずり出して、殴ったり蹴ったりしていたような記憶が甦ってきたんだけど。それも、すんげぇ楽しそうに。母さんたちも笑うばっかで止めやしないし、かなり怖かったはずだ。それに会う度樹の枝で叩いたりボールぶつけたりして、嬉しそうに笑っていた気がする。あの頃からSだったんだなこの人は。
「私はね、バスケも大事だけど大喜くんも大事だから、日本に残ったんだよ。どっちも私のものだからね」
とんでもない、人だ。こんなのと互角に渡り合う気だったのか、俺は。正直佐知川よりずっとヤバイ相手じゃないか。
「で、大喜くん。この私に恥をかかせておいて、まさかこれで御開きにはしないよね?」
透き通るような声の奥に、怒りが潜んでいるのがわかる。先輩は、いつだって静かに怒る。だから怖いんだ。
「は、……い」
すっかり主従関係が固定されたのを感じて、俺は踏まれたまま頷く。
あれからさんざん色々と言われて、暫く。
ようやく先輩の足の下から這いずるように出て、視線に促されるように俺も服を脱いでいく。
「大喜くんも、大きくなったよねぇ」
「……イヤミですか先輩」
ケラケラ笑う千夏先輩は、それでもどこか照れてはいるようだ。……自己申告とは言え、経験無いって言ってたしな。それでよくもまあ、あんなことを言うものだ。そしてベッドに腰を下ろして僅かに足を拡げて――誘うように、笑っている。
「じゃあ大喜くん、さっき教えたみたいに。――おいで」
「あー……お邪魔、します……」
女王にかしずく奴隷のように、跪いて。先輩の足の間に、恐る恐る入っていく。立ち上る、先輩の香り。口の悪い言い方をすれば、メスの匂い。誰も見てはならない、先輩の「女」に向き合っている背徳感。それでも、さっき先輩が命じた通りに、俺は――そこにキスをする。
柔らかくもどこかザラついた肌と、顔をなぞる陰毛の感触。肉の谷間とのキスは、少ししょっぱくて。甘酸っぱくは……ないかな。
「ほら大喜くん、もっと」
千夏先輩は俺の頭を掴むと、グイグイと股座に押し付けてくる。その中でなんとか伸ばした舌は、先輩の内側に呑まれていく。舌が咬みちぎられそうなほどに締め上げられ、鼻も先輩の肉で塞がれてしまいそうだ。酸素を求めてもがく俺を、先輩は楽しそうに揺さぶっている。舌に感じる圧迫と、奥から湧き出てくる酸性の蜜に翻弄されながら、それでも俺は先輩にむしゃぶりつく。命令されたから、そして心地良いから。
小さい俺は、あの子にいじめられてばかりで。それでも嫌いにならなかったのは、やっぱりそれが心地良かったんだろう。匡にも雛にも、先輩にもさんざん言われたことだが、やっぱり俺はMなんだ。こうして支配されるのは、落ち着く。そりゃ勝てないよな、試合じゃ。まぁ、それでも頑張るけどさ。バドも先輩も、大事だ。
必死で舌に集中しながら、どれくらい経っただろうか。俺の顔もベッドも、そして先輩も、ドロドロになってしまっている。それは俺の唾液だけじゃなく、溢れ続けている先輩自身の――。
「ふぅー……、そろそろ、平気かな?」
先輩は自分の中へと指先を滑り込ませ、ぐちゅりと音を立て割り拡げていく。卑猥、と言えば良いのだろうか。でも、先輩は、そんな所作さえ美しく見える。荒い息遣い。紅潮した肌。先輩の、メスの顔。それが、俺に向けられている。背筋が粟立ち、すでに限界まで張り積めていた俺自身が更に屹立していく。負けた悔しさも八つ当たりの後悔も、溶けていく。ただ一つの事だけを残して。
先輩はそれを見抜いているように、悪戯な笑みを浮かべて立ち上がった。俺もそれに引き起こされ、そして――仰向けに倒されてしまう。なにもかも、さらけ出して。
「あー……、大喜くんも準備できてるみたいだね」
からかうように、爪先で俺を弄びながら笑う千夏先輩。少しでも力が入ったら大惨事になりそうだけど、まぁ千夏先輩だし。良いや。この人になら、何をされたって構うものか。
「えーと、こう……かな?」
軟らかな足裏で擦りあげたり、指で挟んだり。俺をオモチャにして、先輩は楽しそうだ。とは言え俺の我慢にも、限界がある。ただでさえ夢見心地なのに。
「あの、それ以上されると、俺……っ」
「え、あーゴメンゴメン。楽しくって、つい」
先輩は軽く笑って、そのまま。俺の腰へと、跨がってきた。
オトナの言葉で言うところの、騎乗位というやつだ。
俺と先輩が、スレスレの位置まで近付く。このまま先輩が腰を落とせば、俺たちは結ばれる。そんな、距離。
「この姿勢だったら、多分失敗しないよね。大喜くん不器用だし」
確かに、そうだ。横方向の移動で、的を外さず動ける自信はない。自信がないどころか絶対無理だ、どう考えても無理だ。あんなもん、専門家の指導なしに出来るものじゃないと思う。……俺が不器用なだけでなく。動線が上から下の一直線なら、初動さえ失敗しなければ大丈夫なのかもしれない。先輩は俺よりかは器用なんだし。
でも、それはそれで悪手な気がするのだけれども。と言うか下手すると俺が折れたり潰れたりしそうだけれども。けれどもけれども、俺がそう言おうとするよりも、先輩が腰を降り下ろす方が早かった。
グッと俺の先端が、硬い何かに挟まれるように呑み込まれて。全体重をかけて、先輩が降下する。
両手で握り締められるような強烈な締め付けと、焼けるような熱。そして、「いっ、たぁ……っ!」……先輩の苦悶の声。二人繋がった場所からは、紅い滴がこぼれ落ちる。
「そういう経験無いからさ」は事実だった、という事なんだろう。聞いた話では、女子ってそうらしいし。
「……あとで殴るからね。血が出るまで」
理不尽な事を言いながら睨み付けてくる先輩は、それでも綺麗だから不思議だ。そもそも先輩が勝手に乗っかったんですよね、と言いたいけどやめておく。こんな姿で喧嘩しても仕方ない。とりあえず後で殴られよう。それでいいや。
流れる微妙な空気に、二人繋がったまま、どちらともなく笑い出す。まったく、何やってるんだろうな。
一頻り笑いあって、漸く先輩も痛みが引いてきたらしくゆっくりと身体を動かし始めた。スクワットのように、或いは……なんだろう。上手く表現できないけど、ぎこちなくて何か心配だ。
「先輩、平気ですか?」
「……うん、多分なんとか恐らく大丈夫ですハイ」
全然大丈夫じゃない気もするけど、先輩がそういうなら。
ゆっくり、ゆっくり。腰を浮かしたり落としたり、左右に揺れてみたり。下から見てる都合上、千夏先輩の胸がかなりの暴れっぷりを繰り広げるのがよーく見える。これでバスケットとか……うん。そりゃ人気出るよな、千夏先輩。
千夏先輩の内側は熱くて、そして――強い。絡み付く感触も手伝って、腰が浮きそうになってしまう。
「大喜く、ん、私の…中、変じゃないか、なっ。ちゃんと、出来て…るかな」
「は、はいっ。気持ちいい、ですっ」
よかったよかった痛い思いした甲斐あったよ、と先輩は笑ってくれて。
次第に動きは早くなり、先輩も表情が緩んでいく。そして、俺も。身体が、どんどん緩んでいく。
箍が外れたように理性が押し流され、心も身体も千夏先輩に塗り潰されていくのが分かる。
熱い肉に締め上げられてゾワゾワと上がってくる、決壊の予感。抗いがたい、甘い衝動がやって来る。
このままではいけない、と想いながらも抵抗する力は既に失われている。
「あっ、出……っ」
脳髄を駆け抜ける、快感の電流。それが背骨を通って全身を貫き、そして最後の一押しになった。
ガクガクと腰が壊れるように痙攣し、尿道を奔流が通り抜けるイメージ。射精、した。先輩の、中で。それがどういう事かくらい、俺でも分かることだ。でも、後悔はない。
「ん、あ…。お腹の中、なんか……温かい……」
先輩の優しい笑顔を前に、後悔なんか残るはずがない。例えどうなったとしても。
「あー……なんか結構平気になってきた、かも……」
もう何度目か分からないくらいに交わりあい、先輩も俺も大分慣れてきたというかなんというか。相変わらず俺は先輩に乗られたままだけど。
先輩の動きはまるでロデオのようで、飽きることなく俺を攻め立てる。
やがて先輩の瞳は虚になり、口からは譫言のような呟きだけが溢れ落ちて。先輩の中はギリギリと締め付けを増し、千切られそうな程の圧力になっていく。
「……頭、弾け……そ、う…っ」
それが合図だったように。先輩の身体が、大きく弾んだ。
長く尾を引く、短い悲鳴のような声を漏らしながら、先輩の身体がゆっくりと俺へと倒れこむ。先輩が、絶頂した……ということなんだろうか。俺には女子のそういうのはよく分からないけど、それでも。
「あー……ゴメン、ちょっと……気持ちよすぎたよぉ……」
ふにゃ、っと微笑む先輩の顔が、すぐ目の前にある。それが、幸せすぎて。
でも、余韻に浸っている暇は無いようだ。
「じゃあ、続き……ね」
再び身体を起こした先輩が、また俺の上で跳ね始める。
その姿は、どこまでも美しくてどこまでも扇情的で、俺は萎える暇さえない。
ベッドの軋む音とお互いの漏らす嬌声を聞きながら、俺たちは何度も何度も絶頂し、その度に「次」を求めてしまう。身体の全てが、その為だけに存在するような。命の全てが、使い果たされても本望だと言えるような。そんなどうしようもない俺たちは、完全に動けなくなるまで止まれなかった。
空が白みだし、朝が近いことを告げだした頃。
俺は息をすることさえ大変なくらいに疲れ果てて、先輩も先輩でゼーゼー言いながら俺の上から下り、ベッドに転がった。
頭が冷静になってくると、スゴい時間を過ごしたものだと思う。
これから学校かと思うと、ちょっと気が重い。目出度い日だサボろう、とはいかないし……。
二人、ベッドに並んで暫し。息が整うのは、先輩の方が先だった。
「ねえ、大喜くん。結局さ、何を聞きたかったの?」
指を絡め合って、見つめ合って。そして。微笑みあう。
「羨ましい、って……。その、雛が羨ましいって、どういう意味ですか、って……」
改めて口にすると、酷く恥ずかしいし馬鹿馬鹿しい話だ。
先輩もそう思ったんだろう、さも楽しそうに笑いだした。
「っ、やっぱ大喜くん、バカだよ、ねっー」
笑ったら傷開いたーあそこ痛いー、と股を押さえながら、それでもまだ先輩は笑い続ける。ぬう、ひでぇ。
「聞いた通りだよ、あんな風になりたかったな、って。大喜くんと、人前であんな風に仲良く出来たら良いのにって」
まぁ、私がそれやると色々大変だからね、と先輩はまた笑って。そして、俺を見据えた。
「大喜くんこそ、私に言うべき事は無い?」
ああ、そうですね。
聞かれてましたね。
では。答えます。
「好きです。俺は、千夏先輩が好きです。誰よりも好きな人、って思ってます」
先輩への想いは、それ以外にない。
俺は、千夏先輩が好きだから。
そして俺たちは、重なりあうようにキスをする。意味はたくさんあるような、ひとつもないような。でも、きっと。これは俺たちにとって、最高の答えなんだろう。
……まあ、そのあと。先輩に「一応ケジメだからね」と全力でひっぱたかれはしたが、血は出ずに済んだあと。
一睡もしないまま、俺は朝練で体育館へと向かっている。先輩は「さすがに今日は朝練ムリ」と仮眠しに部屋へ戻ったので、今朝は一人で練習だ。部屋を出る先輩の背中へ一方的に誓った、新しい約束の為に。
俺は、責任を取らなければならないから。
先輩に、もっと俺を好きになって欲しいから。
インターハイ出場でも、遊佐君へのリベンジでも、部内ランキング一位でも、なんでも。俺は弱くてバカだから、やっぱり何か理由が欲しい。何かに背中を押して欲しいのだ。
でも、例えそういうのが一切手に入らなくても。それはそれで、勇気を振り絞って伝えよう。誤魔化さず、正面から。俺の、答えを。
「千夏先輩、結婚してください」
目の前にある、青春の詰まった箱に誓う。
俺は必ず、そう言うのだ。あと一年と少しの間に、必ず。凹む暇も拗ねる暇も無い。
腕を振り上げ、体育館へ。
さあ、行こう。
俺の青春は、ここにある。