偶然か、はたまた天の采配か。
思ったよりも、いろんな事が起きるものです。
それが、愛し合う二人の縁と言うもの。
拗れても曲がっても、絆は絆。
そんなこんなで、こんなお話を。
改めて思う。うちの家族、どっかおかしい。
突然の話だってのに千夏先輩を住まわせてくれたのには感謝するけれども、色々とおかし過ぎる。いくら部屋割りの都合ったって、よそ様から預かった大事な嫁入り前の娘さんを、健康な高一男子の隣で寝起きさせる時点でもう間違ってないか。そりゃ俺は何も出来やしないけど、万が一とか一切考えないのか。絶対ダメだろ、なんかあったら向こうの親になんて言い訳する気だ。いくら先輩のお母さんとうちの母さんが仲良いからって、それは不味いだろう。
常々そう思いつつ、鋼の理性で色々堪えているわけだが。
……わけだが。
今、俺たちは二人きりになっている。現時刻の猪股家には先輩と俺、二人しかいない。
改めて、思う。うちの家族、色々おかしい。
遡ること、ほんの僅か。俺たちが帰宅するのと同じ頃にじいちゃんが敬老会の旅行に出掛け、父さんは急な出張で今日明日は帰れないとメールしてきて、そして母さんは俺じゃなく千夏先輩にLINEで「急だけど明後日まで友達と旅行してくるから、留守をよろしく」と言ってきた。……これが殆ど同時、という恐ろしいタイミングでやってきたのだ。
じいちゃんの旅行はわかってた事だけど、俺の親は何を考えてるんだろう。本気で頭を抱えたぞ俺は。今日明日は、二人きり。千夏先輩と、二人きり。……どうしよう。
いや、悪い事じゃない。うちの家族は、千夏先輩を「家族」として見ているんだ。信頼しているんだ。それはとても、望ましいこと。千夏先輩が気を遣って息苦しい思いをするなんて、本人はともかく俺が耐えられない。
問題なのは、俺だ。俺は先輩を、家族として扱えない。先輩は、俺の好きな人で。好きってのは、つまり……そういう「欲求」も含めた感情であって。家族がいない、二人きり、その状況で果たして、俺は。俺は、正気でいられるんだろうか。
そして先輩はと言うと、それに関しては特に悩んだ様子もない。冷蔵庫をチェックしながら夕飯のメニューを考えているようだから、頭はそっちに集中しているんだろう。先輩の手料理は嬉しいんだけど、もうちょっと色々考えて欲しい。前に目の前で着替えようとしたときも思ったけど、この人俺を異性だと認識していないんだろうか。もしくは弟か何かとか。……千夏先輩が、変に緊張したりするよりはやっぱり良いんだけど。でも、何だか複雑だ。
普段は母さんに遠慮してか殆ど台所に立たないから今日初めて知ったけど、千夏先輩は結構料理が上手い。ただ、わりと味付けは独創的。いや不味いとか変な訳じゃなく、どこかエッヂが効いていると言うか個性的と言うか。あと結構な量を作ろうとする。まあ、この人食べるの好きだし。コンビニの唐揚げ、一個あげたりしたっけな……。
とは言え恙無く夕飯は終わり、一緒に洗い物なんかしてみたり。新婚夫婦みたいだな、とか思ってみたり。
で、風呂を沸かしつつ。俺と千夏先輩は、なんとなく部屋に上がらず居間でぼんやりしている。別にここで待たなくても良いんだけど、なんとなく。
……気まずい。なんとなく、気まずい。他に誰もいない、することもない。手を伸ばせば届く距離に、大好きな人がいる。こんな、御膳立てされたような状況が、気まずい。家族が揃って留守にしているのが、作為的なものにも感じられる。まさか、そんなことは有り得ないけど。……有り得ないだろう、けど。
「ね、大喜くん」
「は、はいっ!?」
突然千夏先輩に呼ばれて、変な声が出てしまう。心臓に悪いったら。
「お風呂、先に良いかな。……それとも、一緒に入りたい?」
悪戯めいた言葉に、更に心臓が悲鳴を上げる。この人ドSだから、たまにこうやってからかってくるんだ。それ以上の意味なんて、きっと無い。ある筈がない。必死で平静を装いながら、なんとか切り返す。
「あ、……お先、どうぞっ」
もし一緒がいいですって言ったら、どうなるんだろう。冗談を真に受けた、って笑われるのか。それともドン退きされるんだろうか。確かめる勇気なんか無いけど。
先輩を見送って、一人になって。でも考えるのは、先輩の事ばかりだ。先輩が来た最初の日に、風呂場で先輩の気配を感じて色々悶々としてしまったのを、思い出したりしてみる。あれはー……心臓に悪かったな……。そもそも母さんが風呂入れって俺に言えばいいのに、わざわざ風呂上がりの先輩に行かせるし。あのせいで、残り香的なのを感じ取ってしまったじゃないか。お陰で、――あんな光景を想像してしまった。
あれから数ヵ月経つけど、今でもああいうのには慣れようがない。でも先輩は基本距離が近いから、情報は日々アップデートされている。先輩の身体つきとか、先輩の癖とか、先輩の――。
「う。ヤバい……か」
変な緊張感があったせいか、それともヨコシマな期待からか。腰の奥がザワついて、ゆっくりと鎌首をもたげてくる。先輩が来てからは家で発散するのに時間を考えたりしないといけない事もあって、一旦こうなると制御が難しくなる一方だ。
……オトコってのは、不便に出来すぎてると思う。静まる前に先輩が戻ってきたら、気付かれてしまうかもしれない。でも時間的にはかなり半端で、下手をすると部屋に戻る途中で鉢合わせしかねない。まさかここで一抜きするわけにもいかないし。それに先輩がいない隙を見計らって部屋に行くなんて、避けようとしてるみたいでヤな感じだし。
うん。先輩が風呂あがってから、なんとかしよう。座って大人しくしていれば、大丈夫な筈だ。どうせ風呂空いたと告げたら、すぐ部屋に行くだろう。そう、座って大人しくしていれば大丈夫……な筈なんだ。
そう結論を出し、息を整え愚息を鎮めんとしてからほんの数分後。
「♪入れてもらえば気持ちはいいが、ほんに気兼ねな貰い風呂~ってね」
……やたら上機嫌の先輩が、鼻歌どころか都々逸を唄いつつ風呂場から出てきた。この人も考えてみたら、わりと相当かもしれない。と言うかそういう艶唄はやめてほしい、俺に毒だ。
入り口に背を向けているから確認は出来ないけど、冷蔵庫を開ける音もする。いつものように水を取ってるだろうな。出来ればすぐに部屋へ引っ込んで欲しいけど、まさかそんな事言うわけにいかないし。
――と。先輩の足音が、すぐ後ろで止まった。
「えい」
小さな声と共に、何かが、首に押し当てられる。その瞬間、俺の身体は大きく跳ね上がった。
「冷ったぁ!!」
肌が凍てつく、痛みにも似た凍気。反射的に立ち上がっていた俺の首からは、弁当に使う冷却材がゴトリと音を立てて床に転がった。一瞬の困惑を経て、理解する。これが、先輩の悪戯だと。
「っ、なにするんですかーっ」
振り返って、なんとか笑顔を形作る。ここで怒ったら、先輩と更に気まずくなるし話が長引く。笑ってすぐに済ませよう、そう思った。
が、当の先輩はというと。――固まっていた。俺を見たまま、フリーズしている。その視線は、なぜか下を向いていて。
「あー……オトコノコ、だもん、ね……」
ギギギと音がしそうな程ぎこちなく顔を背けた先輩の言葉から、漸く俺は、……現状を理解した。
立ち上がった俺は、既に――立ち上がっていて。服の上からの見た目で分かる程、膨張していて。気付かれるどころか俺は、見せつけていたのだ。
下半身に集まっている筈の血が、一斉に引いていく。
「す、すみませんっ!!」
咄嗟に座布団を掴んで隠しながら、背中を向けて俺は踞る。大恥なんてもんじゃない、というか犯罪だ俺。
「あーワタシお兄ちゃんイルからサー、ソウイウノ知ってハいるし気にしないヨー」
先輩の声は、さっきの動き以上にぎこちない。
嫌われた。絶対に、嫌われた。この状況で、嫌われない筈がない。
もう、お仕舞いだ。
先輩に、軽蔑された。
俺は、もう。ダメだ。
涙が、溢れてくる。
泣いたって仕方ないのに。
家族がいなくて良かったかもしれない、下手したら家族会議だ。
「いやあの、そこで泣かれると私も困るんだけど……」
困惑する先輩の前で、それでも涙が止まらない。
嗚咽を上げながら、俺は自分でもどうしようもないままに泣き続けた。
涙が収まるまで、十数分。その間、先輩はずっと俺の背中をさすってくれていた。……その対処法はどうなんだろ、と思いはするけれど。別に吐いてるわけではないんだけどさ。
泣き止んだ俺と向かい合う、千夏先輩。その顔には、嫌悪や軽蔑の色が、――浮かんでいない。むしろ心配げにしているように見える。
「ええとね、大喜くん。オトコノコがその、……そうなるのは仕方ないんでしょ? 泣かなくてもいいから、ね?」
……まあ、うん。いきなり踞って泣き出したら、気を遣うしかないよな。先輩の口調は子供をなだめるようで、心地いいけど恥ずかしい。身の置き所がない、というのはこういう事を言うんだろう。先輩相手に醜態をさらし続ける自分が情けなくて泣きそうだけど、さすがに堪える。ここでまた泣いたら、今度こそ終わりだ。
「生きてるんだから、色々あるもんだよ。恥ずかしがらなくていいし怒らないから、すぐに泣いたりしちゃダメだよ?」
まさに、子供をあやすように。弟どころか、自分の子供のように。先輩は、俺を慰めてくれている。……正直、それが辛いけれど。先輩に、許してもらえるのなら。俺は、子供扱いでもいいや。
「まあ、……大喜くんのそういう……気配は、結構わかってたし……」
口ごもる先輩に、再び血の気が引いていく。それは、つまり。
「壁一枚向こうだから、ね……。色々さ、聞こえるし……」
「え、あ……それ、は……」
「……たまに私の名前、呼んでるよね?」
……頷くしか、ない。千夏先輩をそういう目で見ることが、どれほど罪深いかは分かっている。分かっているけれど、我慢できない時がある。千夏先輩に攻められて、というのを妄想してしまい、後で罪悪感に囚われる事もある。でも、まさか。本人にバレてたとは。そこまで壁が薄いとも思ってなかった。
……涙さえ流れない。体温が失われていく。顔を上げる事さえ、恐ろしい。
でも、先輩は。
俺の頭をぽんぽんと軽く叩くだけで。
「大丈夫だよ。私はその程度で、大喜くんを嫌いになったりしないからね」
いつものように、俺に笑いかけてくれて。
ああ、やっぱり。俺は、この人が好きだ。
好きだからこそ、辛い。先輩に気を遣わせた事も、先輩を良くない目で見ている事も。
「でもさ、何で私なのかは気になるかも。大喜くん可愛いんだし、モテそうだもん。そういう相手には不自由しないんじゃないの?」
先輩は罪の無い瞳で、的確に俺の心を抉ってきた。千夏先輩には、そう見えるんだろうか。匡のやつにも「人気のにの字も無い」って断言されるくらい地味で目立たない俺が、可愛いとかモテるとか、そんなのは……。
「そんなの無いですって。それに俺は、千夏先輩が好きですから」
「え"」
「あ」
油断したのか、それともどこかで機を伺っていたのか。とんでもない事を、あっさりと口にしてしまう。しかし一度出た言葉は、もう取り消しようがない。先輩の顔はみるみる内に真っ赤になり、そして俺の顔も火照っていく。こんな状況で、こんな形で。一生言えないと思っていた事を、有り得ない最悪のタイミングで。俺は、ブチまけてしまったのだ。
「むー……、なるほどー……。そっかーそうなのかー……こんなワンパクでたくましい子をねー……」
顔を赤くしたまま、先輩はじっと俺を見詰める。うう、死にたい。消えてしまいたい。いっそ殺してくれ、とさえ思う。あと先輩の自己評価は間違ってます。ワンパクでたくましい子って明らかにおかしい。
「つまり、あれですね。大喜くんは私が好きで、それで色々シたくて、そうなっていると」
否定のしようが無い程、要点を簡潔かつ的確に突かれてしまった。最悪だし最低だ。殴られて済めば御の字、ってくらいに最悪だ。これで最悪でなかったら、世の中に不幸なんかモノは無いと思う。でも。
「まあお互い様だし構わないと言えば構わないんだけど、大喜くんはちょっと悩みすぎだと思うの。もうちょっとシンプルに考えようね」
ぺちぺち俺の手を叩きながら、先輩は笑顔でとても不穏当な事を言う。お互い様って。お互い様って、それは。
「……あの先輩、それだと先輩が俺のこと好きみたいになるですけども」
「うん。私もネタにさせてもらってるし、全部お互い様だよ」
あっさりとICBMが飛んできた。有り得ない威力で俺を凪ぎ払う、言葉の核弾頭ミサイルが。ネタって、じゃあ先輩も俺で、……してるってことか。そんな、そんな、そんな。
そんなの、俺がバカみたいじゃないか。いや、バカだけどさ。それでも、泣いて凹んで真っ赤になって、なんだこれ。なんだこれ。
「あのさ、ついでだし見ていい? 大喜くんの。せっかくだからさ」
更に先輩は目を輝かせ、二発目の核攻撃をブチ込んでくる。ああ、そうか。この人がこの家に馴染んでる理由が、やっと分かった。この人も、そうなんだ。色々おかしいんだ。そりゃ母さんたちと気が合うわけだ、同類だもの。俺以外、この家みんなおかしい。
と言うかさっきフリーズしたのはなんだったんだ、不意討ちだったからだろうか。……実は見慣れてる、とかだったら複雑だけど。別に良いけどさ……うん。
「うーん……ふむ。可愛くはないかな、大喜くんはこんなに可愛いのに」
先輩が俺の前にぺたんと座り、じっと俺を見つめている。正確には、俺の一部を。絶対に見せてはいけない場所を、息がかかるほどの至近距離で。
まるで妄想がそのまま投影されたような、有り得ない光景。でも、これはどういうわけか、現実なのだ。あと可愛い、は出来ればやめて欲しい。下手をすると男の矜持が傷付く。……この状況で矜持もへったくれもないけど。
「ビクビクしてるんだけど、これ平気なやつ?」
「ま、まあ……はい」
先輩が興味深そうに見ているせいだ、とは言えない。……この反応からする限り、先輩はどうやら初見のようだ。いやそれがどうだってわけでもないけどさ、うん。
「えーと確か、オトコノコってこうするんだっけ?」
そう、言うより早く。先輩は俺を鷲掴みにし、ごしごしと擦り始めた。それも、すぐ目の前まで顔を寄せながら。どんだけ物怖じしないんだろうこの人、それともやっぱり慣れてるのか。いやうん良いんだけどね、先輩には先輩の人生があるんだし。
先輩の指先は、しなやかで温かくて心地いい。普段体温の低い先輩も、火照っているんだろうか。
「なんかヌルヌルしてきたんだけど、これも平気なやつだよね?」
先輩の手は俺の先走りで汚れ、しごく音も水気を帯びてきている。リズミカルな動きは、俺を追い込もうとしているとしか思えない。やっぱり慣れているんだろうか。そして、そして。先輩は遠慮がない上に、加減も全くしようとしない。これは、不味いのではないだろうか。
ないだろうか、じゃない。不味いんだ、これは凄く。
このままじゃとても、とてもとても不味い。でも、それを口にしたくない。この先に見られるであろう光景を、既に期待してしまっているから。
「ん、あれ、なんか……? う、あっ!?」
先輩が異変に気付くより、ほんの僅か先回りして。射精が始まってしまった。
幹が脈打つ度に頭が痺れる程の快感が襲ってきて、ドクドクと精液の塊が尿道を抜けていく。産まれてから、ここまで気持ちいい事は初めてかもしれない。夢中になって精液を放ち続けたその結果――至近距離にいる先輩の顏は、俺の精液にまみれてしまった。最低の行為だとは思う、こんなマーキングみたいな事。でも、心のどこかで憧れていた。先輩を、穢したいと思っていた。だって先輩は、眩しすぎるから。
「あー……顔ベトベトだよ……」
先輩は怒る訳でもなく、ただ興味深げに顔から掬った精液を手の中で弄んでいる。そしてあろうことか、
「うわ。……美味しくはないなぁ、生臭いし。これジョッキで飲めって言われたら退くなー」
……それをあっさりと飲み下した。あと意外と濃いネタ知ってるなこの人。でもその姿は、奇妙な美しさに溢れていて。俺は、俺は。
「あの、先輩。千夏先輩の、……も、見せてくれません、か……」
思わず口をつく、とんでもない言葉。普通だったら殴られるだろうし、今だって何発殴られても仕方がない。でも、先輩は先輩だから。きっと、多分、恐らく、答えは――
「ん? あーうん、構わないよ」
あっさりと、そうあっさりと。思った通り、先輩もどっかおかしい。
座ったまま足を拡げる先輩の下半身は、有るべき布地を纏ってはいない。風呂上がりの汗もすっかり引いた、でも湿り気を帯びているように見える先輩の……そこを、這いつくばるようにして凝視する。
閉じられた、肉の裂け目。僅かに膨れた肉の芽と、薄い陰毛。先輩の、全てが視界にある。触れようと思えば、触れられる。立ち込める、嗅いだことの無い匂い。頭がぼんやりとして、他の事が考えられなくなる、きっとこれは「メス」の匂い。この異常な状況に、さっき射精したばかりだというのに疼きが治まらない。
そして、先輩の右手が、……その上をはい回る。擦りあげる。指の腹を押し付ける。僅かに指先を「内側」に食い込ませて、引っ掻くように弄ぶ。だんだんと溢れてくる、微熱の混ざる溜め息と粘液質の水音。誰も見ることが許されない筈の、先輩の痴態。それを独占しているという、居心地の悪い優越感。
少しずつ、その速度が速まっていく。先輩の座っている床には、コップを倒したかと思うほど水が溜まったようになっていて。先輩が、本気で、している。淫らで、そして夢の中のように美しい。目を背けるどころか、瞬きさえ出来ないほどに視線が釘付けになるのを止められない。
やがて先輩の身体が、ビクンと震えた。肉の谷間がヒクヒクと震え、名残惜しげに粘液を垂らしていく。それが、どう言うことか。頭の奥で、声がする。先輩はイッたんだ、と。さっきの俺のように。
「んー……、見られながらって初めてだけど、悪くないかもねー……」
どこか放心した先輩は、筋肉が弛緩したように後ろへ倒れこむ。膝は立てたまま、すべてをさらけ出して。
許可を得るのももどかしく、一仕事終えたそこに手を伸ばしてしまう。合わせ目を割り開くように拡げると、クチュリと音を立てて抵抗もなく中が露になる。肉色のそこは穴には見えず、まるで別の生き物のよう。でも意を決して指を差し入れると、軟らかに締め付ける熱い「道」が実感できた。先輩の、最深部へと通じる場所。ここに触れる事が許されるのは、先輩にとって最も大切な相手しか有り得ない。
俺は、その資格があるのだろうか。興奮しすぎて一周したのか、思考がやけにクリアになってくる。この先に進めば、もう戻れないというのが確信出来る。俺は、先輩に相応しいんだろうか。どんどん不安ばかりが膨れ上がる。
でも。そんな俺に、先輩は。
「良いよ。大喜くんが、したいようにして」
笑いながら、言ってくれた。俺は先輩の言う通り、悩み過ぎてしまう。でも先輩は、俺を許してくれるから。なら俺は、進むことが出来る。きっと、いつだって。
先輩に覆い被さるように、身体を重ねていく。上手くなんて出来る筈がない、初めての事だ。何度も滑って、それでも。柔らかい肉の感触を頼りに、腰をゆっくりと沈めていく。そして。先輩の顔が、僅かに歪んだ。
「あ、いっ……た、ぁ……」
ゾクリと背筋が粟立ち、一瞬腰が引けてしまう。何か重大な失敗をしたのかも知れない、という恐怖に鳥肌が立つ。でもしかし、その一方で。もうひとつの可能性が、その恐怖を拭っていく。それは先輩が、本当に「初めて」なんだという事。それが何処かで、心を軽くしていく。……そんな風に考えていいもんかどうかは分からないけど。
そして、お互いの腰が密着する。先輩の中に、根本まで俺が呑み込まれた。みっしりと熱く押し潰されるように、逃げ場がない快感に包まれていく。
「大喜くん、ちょっとお薬塗ってきていいかな。なんか血が出た気がするんだけど……」
「あ、いや、その……。すいません、先輩っ!」
先輩の話を聞かず、俺は身体が命ずるままに腰を振りたくる。柔らかいブラシで擦られているような、それでいて吸い付くような。そして腰の動きに合わせるように、俺へと絡み付く。顔を埋めている先輩の胸は、柔らかくも弾力が強くまるでそれこそボールのよう。合わさる肌の熱は、俺の理性を焼いてしまう。先輩の身体の全てが、俺を甘く蕩かしていく。頭の中はたちまち真っ白になり、目の裏には火花が散る。先輩の中は熱く焼けるようで、心も身体も蕩けていくのが分かる。進みたい、入り込みたい、もっと奥まで、もっともっと奥へ。ただそれだけが、俺を突き動かしていく。中で誰かが締め付けているようで、身体が動く度に違う感触で翻弄されていく。
いつの間にか先輩の口からは切れ切れの喘ぎだけが溢れ、瞳も朧になっていく。先輩が、感じている。俺で、俺を、感じている。
思ったより華奢な先輩を抱き締めるように、あるいはすがり付くように。先輩の顔も声も、感じ取れなくなって。それでも、繋がっている熱は、確かにそこにあって――。
「先輩、千夏先輩、あっ…ち、な……つ、…輩……っ」
腰が壊れそうなほど加速しながら、先輩を呼び続ける。心の奥まで、全てが塗りつぶされていく。優しく幸せに、蹂躙されていく。
ドクン、と心臓が一瞬信じられない程の脈動を放った気がした。そしてそれは、やって来る。
先輩の奥を突き上げながら、そのまま。そのまま――箍が外れてしまう。意識が飛ぶほど凄まじい衝動が、身体を駆け抜けていく。
そしてそれは奔流になり、決壊する。
「んっ、あー……。なんか、出て……る……?」
先輩と繋がったまま、先輩の最奥目掛けて。射精が、始まった。命の全てが精液に変わって出ていくような、圧倒的な爆発力。このまま死んでもかまわない、とさえ思ってしまう。俺の全てが、先輩の中に吸い込まれて消えていくような。心地いい致命傷のような。そんな暴力的な快感に混濁する視界の中で、イメージが像を結んでいく。先輩の奥の奥、きっと本来届くことがない場所にまで、俺が染み渡っていく。先輩のすべてを、手にしたという征服感。そして、取り返しのつかない事をしたという背徳感。その全てが、射精快楽と共にない交ぜになっていく。
きっと、時間にしたら僅かなこと。でも体感では永遠に近い程長い長い射精を終えて、それでも俺は先輩から離れない。先輩を貫いたまま、動きたくない。このまま、いつまでも繋がっていたい。
きっと、先輩もそう考えてくれている。
……と思ったのだけれど、先輩は何やら指を折って前回終わったのがどうとか何週間がどうとか言いながら数えている。なんだろう。
「せん、ぱい、どーか……しました……?」
「あー……ちょっと不味いかも、だよ? 今の私、多分バリバリに危険日……」
先輩が何を言っているのか、すぐに理解した。分かっている。自分が何をしたか。何を、するべきなのか。
「もしそうなったら、責任取ります。結婚しましょう、先輩」
先輩の胸に顔を埋めたまま、俺は決意を口にする。格好はつかないけど。実際俺の人生を差し出したって、なんの責任にもならないだろうけど。でも、俺は、先輩の為なら、なんだって出来る。
「そっかー、出来てなかったら責任とらない気なのかー。あーあ、大喜くんってば薄情だなー。痛い思いしたのになー」
……う。俺の一世一代の宣言は、千夏先輩に軽くあしらわれてしまった。ええい、この人と来たら。
やっぱり俺は、千夏先輩が好きだ。勝手気儘であちこちおかしくて、でも俺を愛してくれる千夏先輩が、大好きだ。
「先輩、キスして良いですか」
「責任取ってくれるなら、ね」
悪戯な顔で笑う先輩は、本当に美しくて。そんな先輩に俺は、キスをする。全ての思いを込めて、誓いのキスを。
我が事ながら、順番も何もかもメチャクチャだと思う。でも、仕方がないか。この家の人間は、みんなどっかおかしいんだから。俺も含めて。
甘く長いキスをしながら、先輩が俺を抱き締める。再び強く密着した身体は、「次」を求めてまた熱くなっていく。
意識の片隅で、ぼんやりと考える。このまま、明日までこうしていたいな。先輩にそう言ったら、どんな風に返してくれるだろうか。やっぱり笑って、一緒にこうやって過ごしてくれるだろう。
でもとりあえず、今は。続きをしよう。話はその後でいい。
結果を言うと、……出来てはいなかった。さすがに色々冷静になった翌日以降は避妊もするようになって、とりあえず先輩は引退まで部活を続けられそうだ。俺もバドを頑張っている所。お互い自分の目標があるから、それが優先になってはいる。
でも、それでも。理由を付けたり付けなかったりしながら、俺たちは頻繁に愛し合う。俺たちはどっかおかしくて、不器用で、そして貪欲だ。
きっとこの先も、こうなんだろう。
ずっとずっと、二人で歩いていきたい。
先輩が台所を使わない、というのはオリジナル解釈です。まあ一話でコーヒー淹れてますけどね。何で客が自分でコーヒー淹れるんですか猪股家……。