その結果が、今のこれなのだ。
ああ、もうすぐ彼女との面会、楽しみだ。
自分の父から周りの貴族達辛みは成された王子のザマァな末路。
この国の第一王子、エリックは周りの貴族令嬢たちを見て思わずにはいられなかった。
若くて綺麗で愛らしい、それに比べて彼女はと思わずにはいられない、初めて会ったのはいつだったか、思い出せない。
父親から、これから先の行動には気をつけるように、たとえ政略結婚といえど、その言葉は、まるで自分が信用されていない気持ちになって嫌な気がした、今でもだ。
互いに忙しくて会うのも月に、いや、それさえもないときがある。
だが、そんな王子を周りが放っておくわけがない、婚約者がいると知りながら貴族たちは側室にと自分の娘たちを紹介してきたのは当然のことだろう。
王子は最初のうちこそ相手にはしなかった、だが、年下で甘え上手な娘達の誘惑に逆らう事が難しくなった、気持ちがぐらりと動いた。
自分は将来、この国を継ぐ、なら正妻以外に側室を持つというのもないことではない。
側室でも構いませんと自分に、すり寄ってくる彼女達の言葉と殊勝な態度に頑なになっていた心がほだされ、乱されてしまうのは仕方のないことだ。
婚約して数年が経つが、会うときはいつも周りにはメイドや貴族がいて、まともに会話を交わした事などない。
しきたりや政に関しての事を色々と、それが助言だといえばそうなのだろう、だが、心底、そうは思えなかった、己は傀儡ではないかと思うときがある。
蔑ろにされているような気がして、目の前に座っている彼女の姿に感じるのは負の感情だ、心地よいモノは何もない。
彼女に好きな男がいれば婚約が円満に解消、結婚はなかったことにできるのではないか、そう思ったとき、浮かんだのは浮気という文字だ、自分はいずれ王になる、不名誉な行動、言動は避けるべきだ、だが、彼女は貴族といっても自分とは立場も地位も違う、それなら。
「ねぇっ、聞きました、あの噂」
「ええ、殿下の婚約者でありながら、他の男性と」
「本当かしら、信じられないわ」
城内で自分の婚約者の噂が流れているという話を聞いたとき、うまくいったとエリックは思った、話が大きくなり国王だけでなく、婚約者の父の耳にも入れば結婚はなかったこと二できるかもしれない、婚約破棄に持ち込めるかも。
ところが、一人の貴族がおかしいと言い始めた。
彼女は日々王妃教育や、教会や街の慈善活動に忙しくてそんな暇はな、現に昨日も自分は彼女を見かけたが、数人の侍女と一緒に教会と城を行ききしていた、近々街中に病院を作る為に忙しくしているというのだ。
その言葉を聞いた他の貴族達は、確かにと頷いた。
「これはもしかして、王子の継承を阻もうとする人間の仕業かもしれませんわ、本人ではなく婚約者から噂を流して貶めようとする、よくある手ですわ」
その言葉に周りの貴族達は、はっとした顔つきになった。
「確かに、言われてみれば」
「もし、そうなら」
「陛下は御存じなのでしょうか」
「それはあまりにも、宰相殿が」
「そうですわね、愚問でしたわ」
一人の女が意味ありげに笑った、それは含み笑いというやつかもしれない。
「そよ風が吹いておりますわ」
その言葉に女性達が扇で口元を隠し、男達が目配せをした、それはあまりにもさりげなくだ。
まさか、そんな噂が流れているとは、エリックは驚いた。
犯人探しが始まると噂を広めた男は、すぐに見つかった、そして詰問、拷問を受けることもなく白状した。
「まったく、どういうつもりだ」
言い訳をする元気も気力もなかった、婚約者が年上で気に入らないという理由が分かると王だけではない、周りの家臣達もどこか冷めた目で自分を見ている事に気づいたエリックは改めて自分のしたことを後悔した。
言葉こそないが、周りの人間皆が呆れているのがわかる。
「それ程まで、この結婚が嫌なら解消を認めよう」
平民落ち、それとも別邸で暮らすか、どちらかを選べと言われてエリックは迷った、王族の暮らしを捨てるなど自分には耐えられそうにない。
だが、別邸でひっそりと暮らすなど、今までの暮らしとは無縁だろう、正直、耐えられるかと聞かれたら嫌だと思ってしまう。
迷った末に選んだ、それは最良の選択だ、そう思っていたのに。
しばらくして自分の父親、国王が再婚したという話を聞いたエリックは驚いた、先妻を亡くして独り身だった父親には、今まで再婚の話などなかったからだ。
しかも相手は彼女、自分の元、婚約者という、世間が認める訳がない、そう思っていた、ところが自分の予想とは反対に世間は好意的だ。
王妃教育だけでなく、日頃から城下共々、市井にも目を向けていた彼女は民達の人気もあったからだ。
父親と結婚し王妃となった女性を見てエリックは驚いた、こんな容姿だったか、いや、自分は彼女の顔をまともに見たことがあっただろうか。
気の毒なことですわと漏らす声、彼女はこんな声をしていたかと驚いた、真摯な心から気の毒だといわんばかりの声に心が揺れた。
ふと、自分を救ってくれるのではないかと思ったのも無理はない、彼女の評判をメイドや世話してくれる者達か聞いていたからだ。
優しそうな慈悲深い女性、息子になった自分が、こんな不遇な状況にいるのだ、わずかばかりの慈悲と憐憫、それを自分に向けてくれても良いのではないかと思ったのだ。
「僕を救ってくれませんか」
あえて母と呼ばなかった、すると女はわずかに目を細め、扇で口元を、顔を隠した。
エリックは両手を差し出した、お願いですと跪いてだ、だが、その手は宙に浮いたままだ。
「お可哀想に、でも、よろしいでしょう、ここの」
呟きは小さく聞こえなかった、ただ、わずかに扇を外した、その垣間見た表情に言葉が呑まれてしまった。
一人になりエリックは大丈夫だと自分に言い聞かせた、あの人は自分を助けようとすると、何故か分からないが、そう思ったのだ。
ところが、その日の夕食後、自分を訪ねてきたのは父親だった。
幽閉同然の身になって以来、会うことはなかったが、以前より若く見えると内心驚いた。
「おまえの罰が決まった、正式にだ、しかし、それではあまりにもと妃が申したのでな」
エリックは驚いた、だが、内心ほっとした、やはり彼女が父に恩赦を申し出てくれたのだと。
「前の妃が亡くなったのは、いや、いい、ところで、気づかなかったのか、あんなに間近で見ても」
エリックは黙りこんだ、自分の母親が亡くなったことをいっているのか、何故、今と。
「私の妻、分からなかったのか、本当に」
呆れた顔で自分が見られていることに気づかなかった。
「婚約破棄は当然、当たり前だ、おまえは薄情な人間、だから」
言葉は最後まで聞こえなかった、声が小さかったせいかもしれない。
一人になって部屋の中は静かになった。
自分の婚約者が綺麗でない、何故、そう思ったのだろうとエリックは考えた。
どうして、周りの人間は彼女の事を褒めるのか、王妃教育に熱心、人々の為に尽くしているから。
何故、自分は周りから評価されないのか。
自分だけだ、彼女の事をそう思っていたのは、見ていたのに自分は何も見えていなかった。
男の絶叫が聞こえ、その叫びに可哀想に女は気の毒だわと呟いた。
打ちひしがれたような女の姿に国王は考えて見ろと問いかけた。
「婚約者だった頃、まともに見ようとはせず気づかなかった、おまえが誰なのか」
「仕方有りませんわ、病でしょうか、だから王子は」
いいやと王は首を振った、可哀想にと女が扇で顔を隠した、そして風が、そよ風がと呟いた。。
その夜、王子は叫んだ、石の壁に反響する声に体が震えた、元、婚約者の顔を思い出そうとしても今は、それもできない。
直接、顔を見たのはいつだろう、思い出せなかった。
思い出すのは自分を産んだ女と憎しみの籠もった目で自分を見つめる男の顔だ。
「殿下、ご面会の時間ですよ、待ちわびておられますよ、婚約者様は」
召使いの言葉にエリックは頷いた、身支度はすんでいるが、気になってしまうのはいつものことだ、イスに座り、到着を待つ、彼女との面会は唯一の楽しみだと呟くと召使いは頷いた。
そして時間、待ち遠しい時間がくる、目の前に置かれたのは大きな姿見、だが、鏡はない、額、それだけだ。
以前書いた、王子と国王、その婚約者の選択と末路の黒バージョンと思ってください。