※この作品はR-18です。

節目   作:write0108


オリジナル:現代/文芸
タグ:R-18 残酷な描写
20歳の誕生日の話。

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節目

今日俺は、20歳の誕生日を迎えた。何かが変わるなんて期待はなかった。生まれてから20年経ったというだけの、記念日でも何でもない平日だと思った。

 

数人からのお祝いのメッセージに返信をして、上着を羽織る。なんとなく、外に出たい気分だった。人のいない方に、誰かの意識の向かない方に、意識的に歩いてみようと思った。

 

リビングでは母が昼食を摂っていた。おめでとう、と言われて、ありがとうと笑って返した。会話はそれだけだった。

 

履きなれた靴に足を通す。玄関のドアを開ける。世界は急に明るさを増して、俺は眩しくて目を細める。日差しの割に気温は低く、冷たい風が頬を撫でた。

 

目的地は決めていない。ただ、目的のある散歩だ。曲がったことのない方へ、入ったことのない道へ、それが今日の散歩の目的だ。近所であればあるほど、同じ道しか歩かなくなっていくから。だから少しでも視野を広げるために、俺は歩いた。

 

結果的に、大して面白くはなかった。頭の中にあるパターンのうち、珍しいどれかにも出会うことはなく、どこにでもある街からどこにでもある林に入れる道があったりするだけだった。

 

そんなものだろう。そう思って家に帰る。少しの間しか外に出なかったのに、もう誰もいなくなってしまった。

 

キッチンに向かうと、俺の分の昼食が用意してあった。何かの炒め物のようだ。ラップがかかっている。俺はそれをありがたく食べて、自室に戻る。

 

ぼんやりと、これまでの20年間を回想する。誕生日なんて意味がないと思っていることは嘘じゃないのに、何でか思考と関係ない部分で、意味を見出そうとしている自分がいる。…まぁ、慣れた感覚だ。心と思考の釣り合いが取れないのは。

 

そうだ、何か書いておこうかな。俺は高校生の時から余っているルーズリーフを1枚取り出して、何を書こうかと考えてみる。…何を書いても、意味のある文章になる気はしなかった。

 

ルーズリーフをくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱に投げた。…それは、縁にあたって床に落ちる。俺は立ち上がって、改めてその紙玉を捨てた。

 

さて。

変な手汗だ。まさか久しぶりに出そうと思った勇気が、こんな消極的なものだとは思わなかった。だけど事実、今から俺がしようとしているのはそういうことだった。

 

俺はもう一度キッチンに向かう。昨日の自分が研いだ包丁を取り出す。

…本当は、20歳になるつもりはなかった。ただいつの間にかそうなってしまったというだけ。

 

一度飲み下した唾は、これまでの人生の何よりも飲み込み難いと思った。喉から大きな音がする。呼吸が荒くなって、手が震える。

包丁を首に当てる。大丈夫。想定は完璧だ。俺基準だけど。

 

俺は目を瞑って、頭から前に倒れ込んだ。

意識がスローになる。いつまでも終わらないんじゃないかと思うくらい、ゆっくりと倒れているのを感じる。…今足をついたら、俺は昨日のようにまた、死ねなかった自分を叱ってしまうだろう。もういい加減、自分に失望するのも飽きた。

 

スライドショーのように、風景が流れ始める。…走馬灯、というやつなのかもしれない。人生最後の振り返りのチャンスくらい、存分に過去を悔いてやろうと思った。ちゃんと自分に絶望してから、息絶えよう。

 

音や匂いや感覚はなかった。だから、追体験のようなものではない。人間の記憶力の限界なんだろうか、俯瞰的にそれを見るしかなかった。

 

思った通りそれは、嫌なイメージが淡々と流れ込んでくるものだった。

それは小学生の頃の記憶。俺は当時、いつも大人を言い負かそうとする相当嫌なガキだった。自分の賢さや口の上手さに一番自信があった。

 

だけどそれは、自分を取り繕う仮面でしかなかった。できないことの方が多いと知っていた。不器用で運動神経の悪い自分が嫌いだった。だからこそ、得意なことだけは負けたくないと思っていた。

 

それなのに、俺は運動を選んだ。一生懸命に体を動かすことは楽しかった。初めて出してもらった試合でミスをした自分を変えたいと思った。…この気持ちが今もあれば、俺は何かもう少し、マシな人生を送れたのかもしれないな。

 

次は中学生の頃。宿題を溜めに溜めたおかげで、俺は部活に出られなくなった。やがて部員に白い目で見られるようになって、部活の代わりに非行に走った。

 

この時の俺は、周りから見たらどれだけ自分勝手で自由だっただろう。あんな所に堕ちたくないと思われていると、誰に言われるでもなく理解していた。

一緒に非行をしていた同級生は、今何をしているだろう。今じゃ連絡も取らなくなった、友達とも呼べない間柄。非行の先にあったのは、せいぜいそんなものだった。

 

また、中学生の頃の記憶。一番思い出したくない、人生で最も嫌な記憶だ。

俺はこの頃の自分を責めてくれる人間のことを、ずっと慕っていけると思う。そのくらいに、人生の中でも最低の記憶だ。

 

俺は当時同じクラスの女の子と付き合っていて、毎日顔を合わせていた。毎日自分のことを好いてくれる人と会うのは、気分がよかった。それだけの理由。多分、俺はその子のことが好きでも何でもなかったんだと思う。だからこそ今でも、最低の記憶として刻まれている。

 

同じクラスで付き合っていれば当然、クラス内で話題になることもあった。何がいいの?とか、どこがいいの?と聞かれるのが嫌だった。…それに答えられない自分を、認識したくなかったから。

 

俺があの時、別れたいと友達に相談したのは。嫌いになったからでも、何かされたからでもなかった。ただ自分をこれ以上嫌いになりたくなかっただけだ。

翌日、彼女から渡された手紙を、男子トイレの個室で読んだ。

 

自分勝手な悲しみと喜び。それが全て入り交じった、訳の分からない感情は涙に変わった。…二度と戻らない楽しかった日々は、ここで終わりなんだ。俺は翌日も変わらず学校に通う自分を見て、人を好きになるのは諦めようと思ったんだ。

 

それからも記憶は流れ続けて、ついに走馬灯は終わるようだ。…見れば見るほど嫌になる、不愉快な人生だと思った。それが20年間積み上げたものだというのが、何よりも俺の心に影を落とした。

 

走馬灯の終わりをなぜ認識できたかと言えば、それはさっき、俺が首に包丁を当てた場面に切り替わったからだ。…人生の記憶は、これで終わり。ここが俺の最後のシーン。

 

包丁を両手でしっかり握って、目を瞑って。前に倒れ込む自分を、何も出来ないまま眺める。なんて残酷な映像だろうと思った。

 

倒れ込む直前、微かに口が動いた。何を言ったかは分からない。こんな直近の体験でさえ、音は何もしないから。繰り返し動く口を、ぼーっと眺める。

 

「…たすけて」

 

確かに聞き慣れた自分の声で、そう聞こえる。俺は反射的に手を伸ばす。透けて通り過ぎる自分の体。それでも、意識は途絶えてはくれなかった。

喉に包丁が突き刺さって、その表情は苦痛に歪んでいる。…まだ、そんな顔をするほどに、未練があった。

 

人生は有限で、それ故に美しい。花は散るから美しいし、人は死ぬから美しい。…望んでも、望まなくても、きっと充実した人間の生き様は華やかで、死に様は穏やかなんだろうと思う。俺はそうじゃなかった。それだけ。

 

それだけなのに、涙が止まらなかった。走馬灯で見た時々と同じ、熱いものが流れる。…あぁ、さっき見たのは、走馬灯なんかじゃない。あれはきっと俺の、


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