※これはクリスマス回前に書いたものです。ご留意ください。
この暗さのなかでも彼が輝いて見えるのは、きっと上から降り注ぐ光のせいだけじゃない。
月明かりと街灯が照す道を、二人歩く。
「はい、玲さん」
「ありがとうございます」
半分に分けられた肉まんを受け取る。楽郎が大きく一口かじったのを見て、玲も一口食べた。買ったばかりでまだ温かく、冷えた身体に熱がしみる。白い湯気がゆらゆらと空へ溶けていくのを、玲はそのまま目で追いかけた。
めっきり冷え込んで、もう立派に冬だ。
コンビニののぼりに引き寄せられたけど、夜ご飯はもう食べたから、と買った肉まんは二人で一つだけ。夜ご飯を食べたのにこんなの食べていいのか、なんて言葉は、二人で分け合って肉まんと一緒に飲み込んだ。一つ、小さな罪の共犯者。
肉まんを見ると、楽郎と初めて一緒に勉強会をしたあの日の夜を、玲はいつも思い出す。あれは確か、ちょうど今くらいの時期。今よりも少し顔が幼い楽郎が肉まんを渡してくれた時の顔を、玲は今でも覚えている。
まだあの頃は、楽郎にちっとも慣れてなくて、クリスマスに誘うだけで精一杯だった。夜に熱で寝込んだ事も、今となっては笑い話だ。……寝込むことこそ少なくはなったものの、今でも玲が『バグ』ることは時々、いや多々……昔よりかは随分と減った程度にはあるのだが。
あの年は、玲にとって怒涛の日々で。目で追いかける事しかできなかったのに、楽郎がシャンフロを始め。勇気を出して、少しずつ近づくことができて。そして、初めて玲が楽郎と共にクリスマスを過ごせた年。
あの頃から思えば、楽郎が今横にいる事が、奇跡なんじゃないか、ってちょっとだけ。
「ん?」
込み上げたものがどうにもできなくて、楽郎を見上げると、どした? と彼が顔をのぞきこんできた。……顔が、近い。
「えぅ、いえ、えと……初めて一緒に肉まんを食べた時の事を、思い出しまして」
「あー、勉強会した帰りの?」
懐かしいな、なんて言って笑った楽郎に胸が締め付けられた。覚えてくれていたのか。玲だけが、大切にしている訳ではなく、二人で共有している思い出なんだ、って。
この想いが一方通行ではないことを実感するたび、玲はいつも泣きそうになる。
あの頃自分が願ってた事が、形を持ってここにあるのだ。
◇
「あ"ー、寒かった」
「ふふ、そうですね」
上着を投げるようにして脱いだ楽郎に続き、玲も上着を脱いだ。寒い外と隔てられた先には、二人で共に暮らす暖かな部屋。
「びゃッ、」
上着をハンガーにかけていると、首に触れた氷のような冷たさに身体が跳ねる。
「も、楽郎君っっ」
「はは、ごめんて」
冷えた手でうなじに触られ、振り返ると楽郎はいたずらが成功したような顔で笑っていた。その顔が意地悪く形を変える。
「ひっ、」
ハンガーをラックにかけ終わると同時にニットの下から滑り込んできた冷たさが背中を辿り、また身体が跳ねる。
「ら、楽郎君!」
少しむっとして楽郎の顔を見ると、その瞳にこもった熱を認め、玲自身にそれが移ったのを自覚した。
バクリバクリと心臓の音。吐いた息に期待が混じる。いい? と彼が目だけで尋ねてきた。玲がコクりと頷くと、素早くブラジャーのホックが外され、冷たい指先がその隙間に入ってくる。
「ん、っっ、」
「……玲さん、あったかい」
「ぁっ……そ、それは、そう……でしょう」
やわやわと玲の胸を揉み始めた楽郎の手は、まだ痛いほど冷たい。玲自身の体温が高い事もあるが、服に包まれていた身体と、外に晒されていた手。どれだけ温度が違うと思っているのか。
玲が自分を受け入れた事をわかっているからか、楽郎の手は遠慮なく玲の身体をまさぐり回す。その冷たい指先が動く度、玲の身体が跳ねる。つぅーっと乳輪をなぞられ、ぞわりと肌が粟立った。
仕返しとばかりに、玲は楽郎の方へ向いて、自身の冷たい指先を楽郎の身体に這わせる。玲よりも固く、しっかりとした身体。温度差のせいか、彼の肌は熱いくらい。じわじわと浸透してくる熱で、指先が溶けてしまいそう、なんて思う。
「ん、……冷たい、けど、思ってた程じゃないな」
「へ?」
「もう玲さんであったまっちゃったけど、俺の手の方がたぶんまだ冷たい」
するりと下から楽郎の手が玲の手を捕まえ、目の前に引っ張り出された。
「な?」
玲さん体温高いもんね、と言って彼が指を絡めてくる。確かに玲の身体をまさぐっていたはずの楽郎の手は、未だ玲の手よりも冷たい。その手が玲の手をにぎにぎと弄び、ゆっくりと指先が手のひらをなぞった。その愛撫のような触れ方に、ゾクリと身体が震える。
顔を上げると、楽郎の顔が存外近くにあった。熱い息が混ざり合う。そのまま、どちらからともなく顔を近づけ、
距離が、
ゼロになる。
柔らかなそれに軽く触れた瞬間、繋がれていない方の手が玲の頭をぐしゃりと抑え、楽郎の舌が玲の口に侵入してきた。生き物のように玲の口内をまさぐるそれは、先ほど食べた肉まんの味がする。舌先をつつかれ、玲は彼の舌に自身のものを絡めて、彼に応える。
浮かれるように熱い。爪先に力が入る。頭がちかちかするほどの多幸感。酸欠も相まって、溶けてしまいそう。貪るようなそれに、玲はすがりつくように繋がれたままの手を強く握りしめる。
「…………ふぁ、……」
「……っは、」
音をたて、口が離れた。これ以上合わせていたら息だってできなかった癖に、それでもまだずっと合わせていたかったなんて我が儘。名残惜しさに潤んだ目で彼を見上げ、離れてもまだ近い楽郎のふっ、と笑った息が玲にかかった。
「……肉まんの味、だな」
「らっ、楽郎君も……です、よ?」
おかしそうに言われてしまったので、あなたも同じじゃないか、と言い返す。
「はは。うん、お揃い」
「っっ、」
そんな、そんなくしゃりとした笑顔で笑わないで欲しい。きゅーっと締め付けられた心臓がどうしようもなく痛い。ぶわりと玲の体温がまた一段高くなる。そんな玲の口の端に垂れた唾液を親指の腹でぬぐい、楽郎の瞳に欲望が揺らめいた。そのまま彼は、彼女の耳に顔を寄せる。
───ベッド行こ。
耳元で囁かれた熱に、玲はまた、コクりと頷いた。
カーテンの隙間からのぞく月光が寝室を僅かに照らす。
「ふっ、……ぁっ……」
ひやりとしたシーツを握る手に力が入る。ニットをたくしあげられ、玲の胸元は冷えた空気に晒されている。その先をぬるりとなめあげる楽郎の舌は、先までそこに触れていた指先よりずっと熱い。
口に含んでいる方とは反対側の先をカリカリと爪先でを引っ掻きながら、スカートの下からもう片方の手が滑り込んでくる。するりと太ももを撫でられ、また身体が跳ねた。その手は初めよりかは温かくなったものの、服に隠されていた足よりはまだ全然冷たい。
「……濡れてる」
「っっっ、そういうっ、事はっ」
楽郎の言葉に玲の頬がカッと赤く染まる。胸元で話されると歯が当たってゾクゾクと快楽走って、その感触でも頭がおかしくなりそうだった。既に湿り気を帯びていた蜜口を、その冷たい指先がなぞり、胸に顔を埋めていた彼が顔を上げる。
「うん、」
吐息が、唾液に濡れた胸にかかった。……だから、そういう顔をするのはっっ
「ぁ、んッッ」
「…………あっつ、」
こちらを見上げたそのいとおしさを流し込むような蕩けた顔に玲が動揺すると、不意討ちぎみに、ぬぷり、とまだ冷えた指が玲のナカに入ってきた。ナカはドロドロに溶けていて、彼をゆっくりと受け入れていく。中指で内壁の弱いところを擦りながら器用に親指で花芽をいじられてしまうと、もう堪らない。
「ふぁっ、……あっ、んんッッ」
どこをどう触ればどういう反応が返ってくるのか、なんて事を把握するのは得意だと言っていた楽郎は、玲の『イイ』ところを全部理解し、玲がどこをどう触られればどんな反応を返すのか全部知り尽くされてしまった。元来楽郎に弱い玲が、弱点を暴かれ責められたら、勝てっこない。
先程までひんやりしていたのが嘘のように、シーツはすでにあたたかい。玲は服を全て脱がされ、そのぬかるみに入れられた三本の指をぎゅうぎゅうと締め付けている。
もうそろそろ、と指がぬかれ、その感触に玲のナカがギュウウウっと締まった。
「楽郎君も、その、服を……、」
「ああ、うん」
玲の言葉を受けて楽郎は服を脱ぎ捨て、その身体が露わになる。そのまま楽郎は、玲に覆い被さった。
胸板がこすれ合わさり、ビリビリと甘い痺れが走る。ギュっと隙間なく抱き合うと、境界線が溶け落ちてしまったよう。どちらのものかわからない心臓の音がバクバク鳴っているのを感じる。
「……玲さんやっぱりあったかいね」
その言葉に、楽郎君が私の体温を上げるんじゃないですか、と拗ねたように答えると、彼は喉で笑って玲の唇に噛みついてきた。
◇
楽郎が吐き出した感覚と共に、玲の瞳から雫が一つ頬をすべる。それに構わず、彼の首にすがりつくように手を伸ばして唇を重ねる。彼の口からは、もう肉まんの味はしない。
「は……、らくろ、君」
「ぅん?」
離れても、先までの感覚がまだ残っている。満たされて、ドキドキして、いとおしくって。そんなどうしようもない想いが、溢れてこぼれ落ちた。
「……すき、です」
「っ、……玲さん、ホントにさぁ、」
何故か唸っていた楽郎が少し間を置いて「……俺も、好きだよ」と言葉をくれたので、嬉しすぎてまた泣きそうになった。思わず顔を綻ばせた玲を見て、楽郎の喉からグゥと音が鳴る。
「……絶対俺の方が振り回されてる」
「へ?」
顔をそむけて、ぼそり、と呟かれた言葉を聞き逃す。
「んん、いや、そういうとこも、昔と変わんないよな、玲さん」
「???」
その返答もよくわからなかった。表情でそれがわかったのか、楽郎が「わからなくていい……というかちょっとわかってほしくないかなぁ」なんて言って甘えるように顔を玲の首筋に埋めてきたので、近すぎる熱にそれ以上考える事ができなくなってしまった。
窓が隔てた冬の寒空には、柔らかな満月の光が降り注いでいる。
彼の腕の中は暖かくて安心するのに、胸が締め付けられて痛い。だけど、その痛みはちっとも不快じゃなくて。
───ずっと、ずっと、玲は楽郎の隣に並びたかった。そうやって願い続けていた。だから今、彼の隣にいることが、並んで歩いていけることが。玲にとってはどうしようもなく、どうしようもなく、嬉しい。
自分ばっかり幸せで、こんなのいいのかなんて思うこともあるけど。それでも、彼もこれを幸だと言ってくれるなら、これ以上幸せな事なんてきっとない。
「……玲さん」
玲の首に顔を埋めていた楽郎が顔を上げ、玲を見た。ジリジリとした熱が奥にある。
玲は楽郎なら全部受け入れるのに、それでも毎回のように許可を求めてくるこの目が好きだった。楽郎が、玲を大切にしてくれているんだって、そうやって伝えてくれる。
時間を重ねても、全然慣れることなんかなくて。きっと一生楽郎にドキドキし続けるんだろうな、なんて笑って、玲は彼に応えるため、手を首に回してキスをする。
二人の薬指に嵌まった指輪が、澄んだ月をキラリと反射した。