提督はゲイである、艦娘はまだ気づいてない。
いつから男しか愛せなかったのかまるで見当はつかぬ。
まだ大人の腰ほどの身長しかなかった頃の体力測定で、ギラギラと眩いばかりの日光に晒された教師の筋肉に
勃起したことだけは確かに覚えている。
俺はここで始めて性愛というものを見た。
しかしそれはあとで聞くと衆道という世間でも醜悪な扱いを受ける人種であったそうだ。
この衆道の輩というのは時々男を捕まえては取って食うという話である。
しかし私はなんという考もなく、恐ろしいとも思わなかった。
ただ彼の掌にチンポを撫でられてスゥと腰が浮いた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。
硬く引き締まった腹筋の上にうつ伏せになって少し落ち着いて見つめ合った時が、いわゆる漢の見始めであろう。
この時妙なものだと思った感じを今でも覚えている。
第一毛をもって装飾されているはずの尻や脇がつるつるしてまるで磁器だ。
その後父や母とも風呂も共にしたがこんな尻には一度も出くわした事がない。
それに身体中があまりに突起している。
そうして筋肉の山が時々うねうねと波のように動いたり硬度をもったりする。どうも魅惑的で実に弱った。
これが人間の持つ最大の美というものである事を私は幼くして確信した。
この教師の腹の裏でしばらくはよい心地に浸っておったが、しばらくすると非常な速力で自分のチンポをしごき始めた。
彼が動かしているのか、自分だけが擦り付けているのか分からない上無暗に目が回る。
胸が上下してチンポが熱くなる。到底抵抗できないと思っていると、ぴゅつと音がして亀頭から薄白い粘液が出た。
ふと気が付いてみると教師はいない。さんざん散らかした部屋にはゴミ一つ見当たらぬ。肝心の服さえ姿を消してしまった。その上今までのところとは違って無暗に明るい。目を明いて開いておれぬくらいだ。はてな様子がおかしいと、
のそのそと這い出してみると非常に痛い。後から知った事だが私の肛門はぱっくり切れていたのだ。
ようやくの思いで布団を這い出すと向こうにカーペットが敷いてあった。別にこれという分別もない。
しばらく尻の痛みに泣いていたら浴室の方から彼がやって来た。
何でもいいから治療をしようと決心し、さわりさわりと肛門に円を描いて薬を塗り始めた。どうも非常に尻穴が熱い。
そこからどうにか這うように連れていかれると何となく男臭い浴室へ来た。どうにかなると思って身体を洗っていると彼が後ろから手を這わせて来る。竿や肛門に指を伸ばし崩れた穴から精子が漏れ出た。不思議なもので、もし私のチンポが彼に弄ばれていなかったら、私の性愛はついに路頭に暮れていたかも知れんのである。一樹の蔭とはよく云いったものだ。
この日のことは今日にいたるまで私が漢の菊門を訪問する時の通路になっている。
さて弄られてはいるもののこれから先どうしていいか分からない。そのうちまた目が回る、意識は薄れ、腹は減る、動悸は増すという始末で一刻の猶予が出来なくなった。とくにかく熱くて湧き上がる様な方へ方へと突き進んでいく。
今から考えるとその時既に衆道の内に入っておったのだ。ここで私は彼に弄られる以外の性愛を再び見るべき機会に遭遇したのである。第一にしたのが挿入である。これは前の私にした前戯より一層乱暴な方で私は彼のアナルにチンポを皮の被った亀頭から挿入するや否やいきなり首筋を噛んで腰を打ち付けた。
いやこれは駄目だと思ったから私は首から口を離し、
つま先立ちのまま目をつむって射精した。
しかしジリジリとむず痒いのにはどうしても我慢が出来ん。私は再び彼の隙を見て口にチンポを入れた。すると間もなく強烈にしゃぶられた。私は射精しては穴に入れ、射精させては咥え込み、何度も同じことを四五遍繰り返したのを記憶している。そのとき自身の細い身体はつくづく嫌になった。彼が私のチンポを咥え私が後頭部を掴んで抑え込むが、どうも力が足りず彼の方から抽送している形になっていた。私はそれをたまらなく情けなく思っていた。
私の父は滅多に私と顔を合わせる事が無い。職業は学者だそうだ。学校から帰ると終日書斎に籠りっきりで殆ど出てくることが無い。家のものは大変な勉強家だと思っている。当人も勉強家であるかのごとく見せている。しかし実際は家のものがいう様な勤勉家ではない。私は時々彼の書斎を覗いてみるが彼はよく昼寝をしている事がある。時々読みかけてある本の上によだれをたらしている。彼は胃弱で皮膚の色が淡紅色を帯びて胆力のない不活発な微候を現している。大飯を食った後で酒を飲む。飲んだ後で書物をひろげる。二三ページ読むと眠くなる。本の上に涎をたらす。これが彼の毎夜繰り返す日課である。私は息子ながら時々考える事があった。学者というのは実にひ弱なものだ。やっと胸の痞がおりた。人間と生まれたからには軍人になるに限る。こんなに寝ていて衰弱するだけなら猫にも出来ること。それでも父に言わせると軍人ほど辛い仕事もないそうで私が軍人に成りたいというたびに警笛を鳴らしていた。その後のいろいろ経験の上、私は屈強な軍人の側へ寝返ることを決めていた。
「先生先生というのは一体誰の事だい」と同期の川島が聞いた。
「こないだ話したじゃないか」と私は答えた。私は自分から訊いておきながら、
すぐに忘れてしまう川島に不快の念を起した。
「聞いたことは聞いたけども」
川島は畢竟聞いても解らないというのであった。
私から見れば無理に私と先生の事を理解してもらう必要はなかった。
けれども腹は立った。また例の川島らしいところが出てきたと思った。
先生先生と私が溺愛する以上、その人は必ず著名の士でなくてはならないように川島は考えていた。
少なくとも海軍の士官くらいだろうと推察していた。名もない人、何もしていない人、それがどこに価値をもっているだろう。兄の腹はここにおいて父とまったく同じものであった。
「レイシストはいけないね。何もしないで理解できようというのは横着な了見だからね。人の変容を認めてやらなくっちゃ嘘だ」
私は川島に向かって、自分の使っているレイシストという言葉の意味がよく解るのかと聞き返してやりたかった。
「それでもその人のお蔭で幸せな思い出ができらばまあ結構だ。お前も楽しそうじゃないか」
川島は後からこんな事を言った。まだ早呑み込みで吹聴して回らないだけ、この川島という男は信頼できる奴だったが、どうも私が念じていたような出会いは無く、どうも軍学校の四年とは味気なく、語る事もない日々であったが、気弱な性根に対して身体だけは一層鍛え上げられ、私の肉体は理想の美に近付きつつあった。
私が鎮守府へ行ったのはまだ灯が点くか点かない明け方であった。
その近辺に世俗的愛らしさを持って造られたという艦娘たちは見当たらなかったが。
「着任おめでとうございます。随分お早い到着なのですね」と言ったこの大淀さんという方が、私を書斎へ案内した。
書斎には洋机と椅子の外に沢山の書物が美しい背皮を並べて、硝子越しに電燈の光で照らされていた。
大淀さんは火鉢を炊いた側の洋椅子に私を座らせて、「ここにある資料でもお読みになっていて下さい」と断って出て行った。私は丁度主人の帰りを待ち受ける客のような気分がして済まなかった。私は畏まったまま資料に目を通していた。
大淀さんが廊下でなにか話している声が聞こえた。
三十分程すると、大淀さんがまた書斎の入口へ顔を出した。
「あら」と言って軽く驚いた時のようの眼を私に向けた。そうして客に来た人の様に鹿爪らしく控えている私をおかしそうに見た。
「それでは窮屈ではありませんか」
「いえ、窮屈じゃありません」
「しかし退屈ではありませんか」
「いいえ。深海棲艦が攻め込んで来るかと思って緊張しているから退屈でもありません」
大淀さんは手に紅茶茶碗をもったまま、笑いながらそこに立っていた。
「ここは隅っこだから番をするには好くありませんね」と私がいった。
「では、外までご一緒しませんか」と大淀さんが微笑んだ。
私は大淀さんの後を尾いて書斎を出た。通りがかった廊下には綺麗な花瓶に水連が鳴っていた。私はそこで大淀さんと話をして歩き回った。
「大淀さんはやっぱりこんな朝早くから起きていらっしゃるのですか」
「いいえ滅多にありません。近頃は朝日を見るのも嫌いだったんです」
こういった大淀さんの様子に、別段困ったという風にも見えなかったので、私はつい大胆になった。
「それじゃ今日だけが例外なのですか」
「いいえ」と大淀さんが髪を揺らして此方に振り向いた。
「だって私、今日から朝日が好きになりましたから」
私はまだその後にいうべき事を持っていた。
けれども大淀さんからいたずらに悪意を仕掛けるような男のように取られては困ると思って遠慮して。
「そりゃ嘘です」と私がいった。