十二月二十六日──クリスマス翌日の夜。鉄筋コンクリートの木々の間を走り抜ける北風が、西洋かぶれの浮ついた空気を根刮ぎ奪い去っていく。
今夜の駅前通りは一昨日、昨日と続いたお祭りムードが夢か幻であったかのように、刺々しい寒気に包まれていた。未だ取り外されていない煌びやかな電飾の隙間から湧き出てくる影法師たちは、皆一様に背中を丸め、白い蒸気を噴き出しながら家路を急いでいる。
しかし、そんな人々の波に抗い、駅の出入り口を睨め付けるようにして広場の中心に立つ男が一人。
手袋もしていない剥き出しの右手には、アプリのトーク画面が開きっぱなしになったスマートフォンが握られている。その画面の最下部には、『あと五分でそこに着くよ』というメッセージが残されていた。
やがて、目的の人物が駅から出てくる。すっかり冷え切ったそれを上着の右ポケットにしまうと、男は片手を上げて彼女を迎えた。
「久し振りだな。咲耶」
「うん、久しぶり。待ったかい?」
「ん……いや。今来たところだ」
「フフ。そういうことにしておこうかな。大体二ヶ月ぶりかな? 大事が無さそうで安心したよ、プロデューサー」
「あっ、おい。もうその呼び方はしなくていいって言ってるだろ……」
現れたのは赤いフレームの伊達眼鏡をつけ、ダークブラウンのコートに身を包んだ麗人。男の恋人である、白瀬咲耶だった。
出会い頭に繰り出された彼女からの呼び名に『プロデューサー』は面食らうが、当の咲耶は「まあいいじゃないか」と何処吹く風。そのまま言葉を続けていく。
「しばらく、連絡を取り合えていなかったけれど。新しく入ってきた子たちとは、うまくやれているかい?」
「んん……まあ……ぼちぼち、って感じだな。皆個性的で才能もあるんだが、まだまだ心に距離があるみたいだ。全員の信頼が得られるまでにはもう少し時間がかかりそうだな。そっちはどうだ? つい最近まで映画の撮影だったんだろ。それも主演の」
「ばっちりだよ。監督はちょっと……いやかなり、変哲な人物だったけどね。無茶なことは言われなかったし、自然な演技をさせてくれたよ。他のキャストの方も親切で個性的な人ばかりだったし、とてもいい経験になったと思う」
「そうか。それなら良かった。まあ、あの監督の作品は基本ハズレ無しだからな。期待して公開日を待つとするか」
咲耶の報告を聞き、男は安堵の息をつく。少しだけ、肩が軽くなったような気がした。
つい昨年。メンバー最年少の幽谷霧子が成人したのと同時、かつてW.I.N.G.史上に名を残したアイドルグループ『L'Antica』は、ファンに惜しまれつつ活動休止──事実上の解散をした。
しかし強い絆で結ばれた五人の交流とメディアへの露出は減ることはなく、むしろ今では『元L'Antica』が見かけられない日の方が珍しいほどだ。
挙句昨日はクリスマス特番の生放送で、期間限定の復活というサプライズ──通算四回目──を行い、一世を風靡した楽曲の数々を披露してきたばかりである。「活動休止なんてただの方便だろ」という諦めの悪いファンの言説は、いよいよもって真実味を帯びてきているのかもしれない。
バラエティの司会にラジオのパーソナリティなど、あらゆる分野で彼女たちの活躍は続いているが――そうした中で、女優業への本格的な挑戦を始めたのが咲耶だった。
『L'Antica』では『王子様』としてグループの個性の一端を担っていた彼女だったが、元々自身を魅力的に見せることにかけて随一の才能を持っていた彼女の演技力はずば抜けていて。
デビュー作にて早速注目を集め、あっという間に邦画界の新星としての地位を確立していた。
今回撮影が行われたのは、そんな彼女の主演作品。グループ解散によって咲耶との業務的な関わりが薄れた彼は、彼女から断片的に送られてくる撮影の進捗を受け取っては、期待と不安の境界線を行き来していたのだった。
「――それより、どうだい? 今夜の私の『変装』は」
そう言うと、咲耶は両腕を広げて、全身を見せるようにくるりと一回転する。
芸能人のデートに変装は付き物だが──彼は程なくしてあることに思い当たり、ああ、と両手を打ち鳴らした。
「そうか。件の映画は怪盗モノだったな。それなら……ああ、変装はほぼ完璧だ。ただ、ひとつだけ気になるのは……」
「お、何かな?」
「……魅力的になり過ぎだ。これじゃあ人目を引かない訳がない。……いや、わざとか? いずれにしても、あまり目立ちすぎるのは物盗りとして自殺行為なんじゃないのか」
元プロデューサーである男の指摘を受けて、目を細める咲耶。
「クス。やはり鋭いね、アナタは。だけど心配はいらないよ。怪盗は泥棒とは違って、派手にやるものさ。予告状を贈り、人々があっと驚くような手口を用いて、華麗にお宝を手に入れる。そうして人々の注目を集めることこそが、怪盗の面目躍如なのだから。それに──」
咲耶はそこで言葉を切ると、一歩、右足を強く踏み出し、その勢いで素早く男の首に両腕を回し、一気に距離を縮めて彼の耳元へ唇を近づける。
大怪盗もかくや、という身のこなし。彼に驚きの声を上げる間も与えず、彼女はこう囁いた。
「──素手では盗めないモノも、これなら盗み出せる。そうは思わないかい?」
「……これは一本取られたな。さっきの回答は訂正するよ。咲耶、今夜のお前の『変装』は、一分の隙も無く完璧だ」
「フフ、お褒めに預かり光栄だよ、プロデューサー」
両手を上げて降参のポーズを取ると、彼女は満足気に笑いつつ身体を離す。
しかし、いくら役者の才能に富んでいるといっても、恋人に愛の言葉を囁くのにはどうしても羞恥が勝ってしまうのか。街灯に照らされた彼女の頬が紅く染まっていた理由は、賞賛に対する喜びだけではなさそうだった。
「……そろそろ出発しよう。いつ行っても大丈夫だろうが……まあ、早ければ早い方がいい」
「おっと、そういえば今夜は少し遠出するんだったね。フフ、私たちを待っているお宝は、一体どんなモノなのかな?」
咲耶の問いを受けて、男は悪役よろしくニヤリと笑みを浮かべる。
「……着いてからのお楽しみ、だな。だけど、お前の期待を裏切らないモノであることだけは保証するよ」
◇◇◇
駅から車を約一時間程走らせた先に、その場所はあった。
「……こんなところにまで連れてきておいて何だが……寒くはないか?」
「平気だよ。何処へ行っても大丈夫なように、しっかり着込んできたからね。あとは、アナタがくれたコーヒーのおかげかな。身体の内側までぽかぽかしているよ。ありがとう」
「気にするなよ。お礼なら、お前のために当たりを出してくれたであろう駅前の自販機に言ってくれ」
二人は月明かりと僅かな街灯に照らされた、小高い丘の上に並び立っている。その眼下には、丸い月がゆらゆらと揺れる青白い水面が、何処までも広がっていた。
海。咲耶が最も心を惹かれる場所。
彼女はここに案内されて早々、圧倒的な景観に息を呑んだ。
「ここは……素晴らしい場所だね。綺麗で──」
「ああ。そして、静かだ」
下見で来た時は雪が降っていてもいいかもな、なんて漠然と思っていたが、その考えは大きな間違いだったようだ。
冬特有の澄み渡るような空気は、月の光のみならず、それを海面が反射して生まれる白光をも研ぎ澄ませていて。目の前の光景を、さながら金剛の海を思わせるような絶景に仕立て上げてくれていたのだ。
「どうして、ここを選んだのか……聞いてもいいかい?」
「ああ。三つある。クリスマス……はもう終わったが、それらしい場所、つまり夜に行くと映える所が良いと思ったのが、一つ。まあ、港区あたりの適当な場所に行けば、まだイルミネーションは続いているから間違いなかったんだろうが……やっぱりお前には、どうしても海を見てもらいたかったんだ。これが二つ目」
「なるほど。三つ目は?」
「……人の多い場所は、なるべく避けたかった。さっき言った条件を満たしていて、なおかつお前と二人きりになれる所を探していたら、ここに辿り着いた」
「……そうか。ありがとう。うん……これは、とても良いお宝だね」
そこで、ふつりと会話が途切れる。
しばらくの間、二人は黙したまま海を眺めていた。
不思議と、身体の冷えは感じなかった。彼ら以外に生物の気配は無く、遠くの波のさざめきと、近くの風のうなりだけが二人の耳に入り込んでいく。
ちらり、と横目で彼女の様子を窺う。水晶のような海面に釘付けになっている、その横顔には確かな感動が浮かんでいて。男はふう、と長く息を吐いた。
視線を水平線の彼方へ戻し、男はにわかに咲耶へ問いかけた。
「咲耶は……これからどうするつもりだ?」
「……これから、とは?」
咲耶の鸚鵡返しめいた返答に、男は「もちろん、ただ年始以降の予定を聞いてる訳じゃないぞ」と返す。
「──お前の、そうだな……目標の話だ。今回の映画で、お前は新星の立場を卒業し、一人の女優として認められるだろうと、おれは確信している」
「クス。まだ公開されてもいないのに、随分と強気だね」
「当たり前だろ。おれはお前の恋人で、元プロデューサーなんだからな。さっきの報告を聞いただけで分かったよ。お前はあの仕事に悔いを残してきていない。つまりは、お前ほどの才能の持ち主が、全力で演技に取り組めたということだ。作品が公開されれば……世間はお前の女優としての実力を、否が応でも認めるしかなくなるだろうな。そして、その先だ。お前はこれから、何をしたいと考えている?」
「……なるほどね」
ようやく男の問いの意図を飲み込んだ咲耶は、月と海面を交互に見ながら考え込む。
再度見つめられたその横顔に、迷いはない。彼女の思案は、既に脳内に思い描かれた未来図を、どのように言語化するのかということに向けられているようだった。
「……私が女優業を始めた直後に、海外の映画制作会社からオファーが来ていたことは、アナタも知っているよね」
「ああ」
「ずっと保留にしてもらっていたけど……アレを、受けようと思う」
男はその答えを、大きな驚きもなく受け入れた。それは形がどうであれ──彼女が、長年追い求め続けてきた夢だったから。
「この海の向こうにいるであろう私のファンたちに、声が届けられる……それはとても嬉しい報せだったけど。女優になったばかりの私にとっては、同時に余りにも早すぎる仕事だとも感じていたんだ。もちろん、アイドルとして撮影に臨むこともできただろうけどね──むしろ、オファーをくれた彼らはそれを望んでいたのかもしれない。でも……」
「……ああ、分かるよ。ずっと昔から……妥協だけはしてこられなかったものな。ファンには、常に最高の自分を見てほしい──うん、お前らしい。つまりは、今回の映画で得た経験で、ようやく自分でも納得がいくラインに立てた、という訳だ」
「うん。正直、私の力がどこまで通用するのか、今でも全くもって予想ができない。だけど、今まで得てきた一握の経験値すらも曇らせてしまうような迷いは、今回の仕事と……そして、アナタの今の言葉で完全に払拭できたよ」
「そうか……」
真っ直ぐに理由を語る表情はすっきりとしていて、彼女の決意が誰に強制されたものでもない自然なものだということが感じられた。
だからこそ、男は今この話題を持ちかけるべきだと確信した。このタイミングを逃したら、次はもう無いだろうと。
「咲耶──大事な、話がある」
「……何かな?」
男の短い言葉に、空気が張り詰めていく。顔こそ見ていないが、先程までの彼女の表情が崩れ、僅かに動揺の色が浮かんでいるであろうことは、彼には手に取るように分かった。
「何度も言った言葉だが……おれは、お前を愛している」
「……知ってるよ」
「彼氏としての本音を言うなら、できれば海外に行かせたくはない。どのくらい向こうに行くことになるのかは分からないが……二ヶ月離れ離れになっただけでも、かなり堪えたから」
「クス。正直だね」
「だけど、おれにもお前にもやるべきことがある。おれにはここのアイドルたちの才能を開花させる仕事が。お前には、世界中の人々との繋がりを作っていくという役目が」
「……何を、言いたいのかな……?」
彼女の語尾は、明らかに震えていた。
言い方を少し間違えてしまったかもしれない──だが話し始めた手前、どの道もう後戻りはできないのだ。
スマートフォンが入ったポケットとは別のポケットへゆっくりと片手を忍ばせながら、男は言葉を続けていく。
「……アンティーカが活動休止になってから、おれたちの道は別れてしまった。足並みも違う。もしかしたら、これからもしばらくは別々のままかもしれない。けれど。もしもう一度互いの道が交わって、おれとお前の歩みが並ぶ時が来たなら、そのときは──」
そこまで言うと、彼はおもむろにポケットから小さな箱を取り出して、身体ごと彼女の方を向く。
訝しげに男の姿を見つめる咲耶の目の前で、彼は静かに跪き、そして手のひらに乗せた箱を差し出すと、ぱかり、とその蓋を開いた。
中には月の光で銀色に輝く、小さな金属の輪が一つ。
緊張で心臓が痛いほど動き、もう四肢の感覚も覚束ない。それでもここまでスムーズに身体を動かせたのは、偏に仕事の合間の時間や休日を使って、ひたすら練習を重ねたが故。
顔を上げて、驚愕に見開かれた金色の双眸を見据えながら、男はこう言葉を締め括った。
「──そのときは、どうかおれを、お前が世界を繋げる助けにさせてはくれないか」
言い切って、頭を下げる。
彼の一世一代の誘いを受けて、咲耶は口元を両手で覆って絶句していた。完全に予想外だったのだろう。
こんなことになればいいな──と夢想した回数は、お互いもはや数え切れない。しかし、このタイミングで現実となってしまうというところまでシミュレーションが及んでいたのは、どうやら男の方だけだったようだ。
少しの時間続いた沈黙を、掠れ切った咲耶の声が破る。それは返事をしなければ、何か言葉を返さなければ、という半ば無意識の義務感から吐き出されたものなのだと、男はすぐに理解した。
「……一瞬。ほんの一瞬だけど……別れ話かと思ったよ」
「すまない。どう伝えればいいのか、ずっと考えてたんだが……うまくまとまらなかったんだ」
「馬鹿……顔を上げて。……立って、くれるかな」
促されるまま、彼は立ち上がる。
次の瞬間、弾丸のような速度で突っ込んできた彼女の身体を受け止めるために、彼の肺は空っぽになった。
「う、お──」
「ああ──嬉しい。嬉しい……!」
咲耶は彼に抱きつきながら、歓喜に身体を震わせている。男は指輪の入った箱を取り落とさないことに注意を払っていたが──やがて首元にほつり、ほつり、と落ちてくる生暖かい感覚から、彼女が泣いていることを悟った。
そして同時に……心底、ほっとした。
彼女は想いを受け入れてくれた。成功したのだ。遅れて湧き出した実感が胸の奥を温かく満たし、彼の目頭もまた、じんわりと熱を帯びていく。男は一旦小箱の蓋を閉じ、彼女の背中に両手を回した。
長い間、二人は抱き締めあっていた。やがてどちらともなく抱擁を解くと、咲耶は鼻をすすりながらも男の為に言葉を紡ぎ出した。
「ぐすっ……答えを、言うよ」
「ああ」
「──こちらこそ、よろしくお願いするよ。私の……『大切な人』。これからは、私の身体や心だけでなく──未来も、永遠にアナタのモノだ」
彼女は優しく微笑みながら、雪のように白い左手を差し出した。
深呼吸をすると、もう一度、小箱の蓋を開く。口を真一文字に結んだまま、彼女の手を手に取る。
その細く長い薬指に、蒼銀に煌めく指輪はぴったりと嵌まってくれた。
「フフ。今夜は……私たちの永遠の宝物だね」
「咲耶……」
「……好き。大好きだ。愛しているよ」
「おれもだ。……ん──」
海面に反射する月明かりの中、二つの影法師が重なり合う。
互いの愛を確かめあうだけの、優しいキス。ほんの数秒、それだけでも今の彼らには十分すぎた。
「ちゅう──ぷぁっ……」
唇を離し、互いの熱で潤んだ瞳を見つめ合う。
「……綺麗だ」
「それは、月のことかい? それとも、海のことかな?」
「ここでそれを聞くのは悪趣味じゃないか? 分かってるくせに。まあ、たとえ今夜が聖夜だったとしても、どちらも今のお前より魅力的ではなかっただろうな」
「あ……フフ、もう。一体誰がアナタをこんなにキザな人にしてしまったんだろうね。……もう一度、キスしてもらってもいいかな。今度は、少し激しめに……ふ、んむ──」
本日二度目の接吻は、彼女の要望通り、先程とは比べ物にならないほど激しいものになった。
まず彼が舌で咲耶の唇をなぞって合図をすると、彼女も僅かに口を開いて舌を出す。互いに目を閉じてはいたが、二人の舌はまるで別の生き物であるかのようにねっとりと絡み合った。
そしてそれでも満足ができなくなると、貪るように口を動かしながら唾液を交換していく。咲耶が男の歯茎の裏を舐り尽くした仕返しに、彼が彼女の長く厚い舌に音を立てて吸い付くと、彼女の身体は男の腕の中でびくびくと震えた。
とうとう呼吸が苦しくなって顔を離すと、心臓が早鐘を打ち、下腹部に澱んだ熱が溜まっていくのがはっきりと感じられた。
咲耶に至っては、もう発情を隠しもしていない。体内に収まり切らない欲求に呼吸を荒げ、切なさに疼く秘部を誤魔化すために内股を擦り合わせている。
「──嗚呼、暑いね」
「ああ。暑いな」
「……ここでしてしまおうか?」
「馬鹿。夏のときとは違うんだぞ、風邪を引くのはお互いごめんだろ。……近くにホテルがある。いつもの場所とは違うが……評判は良いみたいだ。そこへ行く」
「へえ……用意がいいね。私がもしプロポーズを断っていたらどうするつもりだったんだい?」
彼女の意地の悪い問いに、男は少し考え込む。
ぶっちゃけ何も考えていなかった――否、何も考えないようにしていたと正直に打ち明けるのも選択肢の一つだろう。
ただ、その揶揄いの言葉に多少の反感を覚えたのも確かで。結局彼の返答は、当てつけめいた劣情が多分に含まれた破廉恥なものとなった。
「……無理やりにでも連れ込んで、承諾してくれるまでノンストップ。だったな」
「フフ、それはまた野蛮かつ大胆なやり方だね。さっきのはポーズでも断っておくべきだったかな?」
「……お前のそういうところ、おれは今でもどうかと思ってるんだからな……ほら、行くぞ」
「あっ──」
子供のように無邪気な笑顔を浮かべる咲耶の手を引くと、一転して彼女の表情は、愛する男に身体を差し出すことに対しての、焦がすような恥じらいと沸き立つような期待が入り混じったものに変わる。
指まで絡ませてしっかりと繋がれた手のひらは、鉄すらも溶かしてしまえそうな程熱かった。
◇◇◇
「──んっ♡ じゅるるっ♡ んむぅ♡ はむっ♡ はぷっ♡ ちゅっ♡ ちゅうっ♡ んじゅっ♡ ちゅぴっ──」
道中のコンビニで夕食代わりの軽食とコンドームを買い込み、辿り着いたのは海岸線に面したところに位置するラブホテル。
良く言えば風情がある、悪く言えば粗末に見えてしまうような古びた外観だったが、その内部は首都圏中心部のビジネスホテルにも負けないほど清掃が行き届いており、設備も充実していた。
手早く受付を済ませ、エレベーターに乗り、与えられた一室のドアをくぐり抜けた途端、我慢できずに絡み始めた獣が二匹。
「──ぷはっ……クス。まだ靴も脱いでいないというのに。何だか、今日はやけに情熱的だね?」
「お前こそ。さっきも思ったが、舌遣いが前とは露骨に違うな」
「フフ、いつもみたいに一方的に蹂躙されるのは癪だったからね。少し練習したんだよ。……よっ、と」
咲耶は手に下げていたビニール袋をダブルサイズのベッドの上に放り投げ、二人の熱気でレンズが真っ白になってしまった伊達眼鏡を外す。そしてコートを脱いで黒い生地のニットを露わにすると、部屋の端に置かれたクローゼットからハンガーを取り出して掛けた。
男もそれに続きコートを脱ぐと、いつもの癖でそれを備え付けの椅子の背に掛けようとする。しかしそうする直前になって考え直し、結局咲耶の後を追ってハンガーを手に取った。空っぽであるとはいえ、指輪の箱がポケットに入ったままであることを思い出したからだ。
スーツを脱ぎ、ネクタイも外し、それらをまとめてクローゼットにしまって、ようやく人心地がつく。
「よし……まずはどうする?」
「そうだね……それじゃあ、いつものやつがしたいかな……耳を塞いでするキス……♡」
「ああ、分かった。ほら、目を閉じて……」
「うん……んむぅっ……♡ ぢゅ、ぢゅうっ♡ はんむぅ……♡」
咲耶の要望に従い、男は手のひらで彼女の両耳を塞ぎ、唇に吸い付いた。
外部からの雑音を遮断することで、舌同士が絡み合う音を直接脳に伝えることができる――数年前に目にした雑誌の一節。彼がそれを好奇心で咲耶に用いたとき、彼女は思いきり気をやってしまい、絶頂のみならず失禁までしてしまった。耳はよく知られた性感帯であるが、咲耶にとってそこは致命的な弱点なのだった。
以来、この耳を塞いでのキスは公衆の面前では絶対に行えない、完全にセックス専用の特別な行為となり、また同時に、咲耶が最も気に入っている愛撫の一つになっていた。
「むぢゅ♡ ちゅ♡ んふっ♡ ふーっ♡ ふーっ……んぶぅっ!? んっ♡ じゅるっ♡ ちゅぱっ♡ んぢゅるるるる……♡ ぢゅっ♡ ぢゅぞぞっ♡ はむっ♡ あむぅ♡ ちゅぽっ──♡」
彼女の歯の裏をちろちろと舌で撫でつつ、すりすりと撫でるように手を動かしてやると、彼女はくぐもった声を上げて快楽に悶える。さらに指で耳の穴を弄ってやれば、咲耶はもう満足に舌を動かして反撃することもできず、一方的に口の中を蹂躙されるしかない。
息継ぎも併せて一、二分も責めていると、咲耶の反応はやがて力無くかくかくと膝を震わせるものに変化していった。彼女が腰を抜かしてしまう前兆だ。
彼女の快感のボルテージがどれくらい溜まっているか慎重に観察し、いよいよ立つことが難しくなるであろうその瞬間を見極めて、ようやく男は唇を離した。
「──んへぁっ♡ はっ……♡ はへぇっ……♡ はへっ……♡ や、やっぱりこれは、凄いね……♡ まるで頭の中を貪られてるようで……全身から力が抜けてしまう……♡」
「本当に、咲耶は耳が弱いものな。ふうーっ……」
「ひゃあん……♡」
「はは。可愛いぞ、咲耶。ほら、もう一度だ。ふぅっ」
「ふわぁっ……♡ ちょ、ちょっと……♡」
揶揄うように耳に息を吹きかけると、咲耶は初心な生娘のような、とても可愛らしい声を上げてしまう。
男はそれに味を占めて何度か繰り返してやろうと目論んだが、彼女に恨みがましい目つきで見つめられながら口を手で抑えられてしまい、断念せざるを得なかった。
「もごご」
「全くもう……アナタは私の反応を見るだけでも楽しいのだろうけど。その間、私はお預けをされ続けていることも考えてほしいな」
「──ぶはっ。す、すまん……次はどうしたい?」
「ん……シャワーを浴びたいかな」
「分かった。どっちが先に入る?」
「あ、いや……その……」
「ん? どうした?」
咲耶はそこで、らしくもなく煮え切らない態度になる。解せない語調の変化に首をかしげる男に向けて、彼女は遠慮がちにこう続けた。
「いっ、一緒に入りたい……かな。なんて」
「いいな。そうしよう」
即答だった。
彼女のこういう部分が最高に魅力的なんだよな──と男は内心でしみじみとした思いに浸る。王子様というキャラクターの裏に潜む、いじらしいお姫様としての顔。アイドルとしての咲耶、女優としての咲耶……そのどちらからも、この甘酸っぱい表情を引き出すことはできない。そもそもこういった側面があることを悟らせすらしないのが、白瀬咲耶という女だ。
だがしかし、恋人である自分だけには──彼女はその素顔を惜しげも無く覗かせてくれる。普段の自分の振る舞いとのギャップに恥じらいながらも、思うがままに甘えてきてくれる。男としてこれほど冥利に尽きるものはない。
そんな一抹の優越感すら覚えながら、彼は提案を二つ返事で了承する。二人は靴を脱ぎ、連れ立って脱衣所に入ることとなった。
中には大きな鏡が壁に備え付けられた、広々とした空間が広がっていたが──それぞれの性別の中でもかなり身体が大きい二人が使うとなると、話は少し違ってくる。
先に入った咲耶が奥、後に入った男が手前。根源的な羞恥心からか、二人は自然に背を向けあう。彼我の距離は非常に近く、どちらかが足を一歩か二歩後ろに動かすだけで、相手の踵にぶつかってしまいそうになるほどだった。
そしてそんな状況の中では半ば当然というべきか、男の思考回路は今にも暴れだしそうな情欲も相俟って混乱を極めていた。
咲耶とは面と向かいあって着替えたこともあるというのに、今回は後ろにいる彼女の脱衣の様子が気になって仕方がない。ともあれ自分も服を脱がないことには事が進まないので、彼はワイシャツのボタンに手をかける。
だが、首元から一つ、二つ……四つ目のボタンを外したところで。混乱の極致に達した脳がある天才的な閃きをしてしまい、五つ目のボタンを摘んだ手はぴたりと止まった。逸る気持ちを抑え切れず、男は衝動のまま声を発する。
「咲耶」
「ん……? 何だい?」
「脱がせあおう」
「は……?」
二人の熱で暖まりつつあった脱衣所の空気が凍りつく。
男が振り向いたとき、咲耶はたった今脱いだと思われるニットを籠に入れて、その下に着ていたブラウスのボタンに手を伸ばしかけているところだった。鏡越しに見える彼女の顔はぽかんと呆けており、今の男の言葉を欠片も理解できていないことが一目瞭然である。
「……すまない、もう一度言ってもらってもいいかな?」
「服を脱がせ合おう、咲耶。おれはお前に服を脱がせて欲しいし、おれもお前の服を脱がせたいんだ。……ダメか?」
彼のまくしたてるような口調に、咲耶はやれやれといった具合に首を振り、ため息をついた。
まさかここまで自分勝手な理由だったとはね――とでも言いたげに。
しかし、その口角は確かに上がっていて。
「……クス。突然何を言い出すのかと思えば……本当に変態だね、アナタは。いいよ。なら、私の服から脱がせてもらおうかな?」
と、彼のことを挑発するように言うと、両手を広げて身体を差し出す。ところが、ここまでスムーズに提案が通るとは男も予想しておらず、逆に面喰らってしまった。
「え、あ、ああ……。じゃあ前からか、後ろからか、どっちがいい?」
「フフ、アナタの好きな方でいいよ」
「そ、そうか……なら、後ろからで」
「うん、分かったよ」
彼女の了承を得て、男は咲耶の背後に立つ。そして後ろから抱きつくように手を伸ばすと、鏡を頼りにしてブラウスのボタンを外していく。三、四つ目辺りになると彼女の豊満過ぎる胸部に差し掛かり、咲耶は男の手が動く感触で悩ましげに息を漏らした。
「咲耶」
「ん、ふぅ……♡ うん……?」
「また、胸が大きくなったか?」
ボタンを全て外しきってブラウスを剥ぐと、黒いレースで縁取られたセクシーなデザインのブラジャーが現れた。その大きめのカップに収納されている母性の具現を目にして、男は問う。
ふと視線を移すと、ブラジャーのホックは一番外側で留められていた。成人して数年経ってもなお、雄を喜ばせようと成長を続ける恋人の肉体に、彼は驚きを隠せない。
「さあ、ね……♡ だけど、今着けているこれがきつくなってきていることは確かだよ。お気に入りのデザインだったんだけどね……」
「そうか……。んー、今度、もう一つ大きいサイズのやつを、一緒に買いに行こうか。もしかしたら、もっと良いデザインのやつもあるかもしれないしな」
「そうだね。……ひゃ、あっ……♡」
二人の会話が続く中、ぷちり、と呆気なくホックが外される。
次の瞬間、これまで締めつけてきたブラジャーを跳ね除けるようにして、Fカップを卒業しつつある真っ白なバストがまろび出てきた。
「う、おお……。本当に咲耶は良い身体してるよな……」
「クス。セクハラも良いところな発言だけど、アナタにそう言われると、ここまで成長した甲斐があったというものだね。さて、おっぱいは後で好きなだけ弄らせてあげるから。次は下を頼むよ……♡」
彼女の言葉に従い、彼の手は品のあるグレーのパンツのウエスト部にかかった。鏡越しに頷かれるのを確認し、男は屈みながらゆっくりとパンツを下ろしていく。
すると今度は黒いショーツに包まれた、むっちりと存在を主張するヒップが目の前に現れて、男の理性に強い衝撃を与えてくる。
彼は頭を振って欲望の暴発を食い止めると、何とか足首までパンツを下ろしきる。そして女性にとって最もデリケートな部分を隠すショーツにも手を付けようとした。
「……脱がすぞ」
「ん……♡」
咲耶の声を受けて、それを丁寧に引き摺り下ろすと、粘り気のある透明な液体が、一拍遅れてどっぷりと滴れ落ちてきた。
最後に両足から靴下を剥ぎ取り、咲耶は正真正銘生まれたままの姿になる。
「……かなりできあがってるな?」
「フフ……♡ 仕方ないだろう? この二ヶ月、自分で慰めることもできないまま、ずっと我慢してきたんだからね……♡ さあ、次はアナタが脱がされる番だよ♡」
男が立ち上がると、咲耶は彼の正面に立って服を脱がせ始めた。
背伸びをして男の唇に吸い付きつつ、閉じられたままだった五つ目以降のボタンを外していく。それが終わるとやや乱雑な手つきでワイシャツを剥ぎ、その下に着ていたインナーも脱がせる。
そうして発掘された彼の鍛え上げられた胸板に耳を押し当てて、彼女は恍惚とした笑みを浮かべた。
「フフ……♡ アナタの心臓の音が聞こえると、安心するね……♡ さて、下も脱がせてあげようかな……♡」
彼女はまず、男に靴下を脱がせた。そのまましゃがみこみ、金具をかちゃかちゃ鳴らしながらベルトを外そうとする。
その表情は平静を装いながらも上気しており、彼女の身体が今どれほど疼いているのかを窺い知ることができた。
障害なくベルトが外れたズボンをずりずりと脱がせて、その下にあったテント状に変形したトランクスを目の当たりにすると、咲耶は思わずそれに釘付けになり、ごくり、と生唾を飲む。
「……咲耶、どうしたんだ? これが最後の一枚だぞ」
「う、うん……♡ 分かってる……♡ ちょっと……驚いただけさ。フフ、こんなに張りつめて苦しそうにして……今、楽にしてあげるからね……♡」
そう言うと、咲耶は震える手でトランクスを掴み、一気にずり下ろした。
「あっ──♡」
一目見て、ぞくぞく、と彼女の背筋が震えた。
二ヶ月ぶりに再会したそれは、まさしく弱い雌を従える強い雄の象徴だった。
三十センチはあろうかという竿の長さ。女性の中でも大きめの手を持つ咲耶でも握りきれない幹の太さ。そして何より──雌を脳味噌から屈服させる強烈な臭いが、彼女を淫らに狂わせていく。
「ん……すんっ♡ すん♡ ……はぁ♡ こ、これ♡ この臭いだよ……♡ すん♡ すぅーっ……はあぁっ♡ はぁっ♡ はぁっ♡ はぁっ──♡」
――彼と深い関係になってから、どれだけこの逞しい肉棒に貫かれ、嬲られ、そして──愛されてきたことだろう。
繰り返された交わりによってすっかり屈服している咲耶の子宮は、男のペニスから発せられる饐えた臭いを嗅いだだけで、愛おしい雄の子を孕もうと排卵の準備を始めてしまう。
それに合わせて彼女の呼吸の間隔はどんどん短くなっていき――やがて、これまで空焚き状態であった咲耶の性的興奮は一つの限界を迎えた。
「はあ……♡ はっ♡ ──はう゛っ……ふぅ゛……♡ う゛ぅ……お゛お゛っ……♡」
咲耶は突然倒れこむようにして男の腰に縋り付くと、呼吸の合間に低く呻きながらびくん、びくん、と全身をうち震わせた。
何が起こったのか分からず唖然とする男の足元で、びしゃしゃ……♡ という水々しい音が響き渡る。ぎょっとして下を見ると、彼女の陰唇から噴き出たと思わしき体液が床に大きな水溜まりを形成していた。
「……咲耶、お前もしかして」
「う゛……ふ〜っ……♡ ん゛ふ〜っ……♡ ふっ……♡」
フライング気味のオーガズムによってすっかり蕩けた顔になってしまった彼女は、男の陰毛が鼻先に当たることも構わずに、膨張しきった陰茎に頬擦りする。しっかりとスキンケアが行き届いたすべすべもちもちの肌は敏感な肉竿を程よく刺激し、男は不意打ちの快感に思わず奥歯を噛み締める。
「う、ぐっ……さ、咲耶……?」
「え? あ──♡ ああ……ごめん。ぼうっとしてた。これまでにしたセックスを思い出して、頭の中が真っ白になって……♡ 床、汚してしまったね……♡」
「後で拭けばいい。気にするな。立てるか?」
「うん……何とか」
男の呼びかけによって、咲耶は僅かに正気を取り戻した。しかし下肢にあまり力が入らなくなったのか、かくかくと膝が笑っている。見かねた彼は腕を貸して彼女を立ち上がらせると、半ば抱え込むような体勢で浴室に連れ込んだ。
「お湯は……こっちか」
男が赤く塗られた栓を捻ると、予想通り勢いよくお湯が出てくる。
咲耶の肌を傷つけないように水勢を調節しながら、彼は自分と彼女の身体にシャワーを浴びせていく。
全身に湯が掛かったところで、男は一旦栓を締めた。無機質な白い壁に取り付けられた棚からボディソープを手に取り、それぞれの手のひらの上に搾り出す。
二人は抱きついたままキスをすると、泡立てたそれを互いの肌に塗り込み始めた。
背中に、脇腹に、腰に、尻に。
さわさわとくすぐるように泡を滑らせて、身体の熱を一層昂ぶらせていく。さながら立ったまま行うソーププレイだ。
「んん、ふっ……あっ♡ もう、いちいち触り方が厭らしいね……♡ 身体を洗うんじゃなかったのかな?」
「お前が言うか。そもそもこの状況を望んだのは一体誰だったか」
「うん? 何のことだか分からないな……♡ わあ、たまたまをこんなに重たくして……これ全部、私のために溜めてきてくれたのかい? 嬉しいな」
「うぉっ……! こ、こら。いきなり揉むんじゃない!」
「おっと、すまない。怒らせてしまったかな? フフ、お詫びと言っては何だけど……おっぱいで、アソコを洗ってあげようか」
「お、いいのか?」
「さっきから気になって仕方なさそうだったしね。さあ、そこに座ってくれるかい?」
言うが早いか、咲耶は側にあったバスチェアに男を座らせると、彼の分身を見下ろすように膝立ちになる。
「……なんかいいように誘導されてしまっているような……?」
「気のせいだよ――フフ、さっきは興奮しすぎて粗荒をしてしまったけど……♡ 今度はきちんと可愛がってあげよう。ちゅっ♡」
咲耶は男の真っ赤な亀頭を愛おしむように口づけを落とすと、泡まみれの両乳を手のひらに乗せ、ゆっくりと男の肉棒を挟み込んだ。瞬く間に、彼の視界からは自身の下半身が完全に覆い隠されてしまう。
シャワーによる体温の上昇もあってか、既に彼の肉棒は破裂しそうなほど張りつめており、彼女の乳房のみっちりとした感触を受けただけで、それは吐精したがってびくびくとわなないた。
それを可笑しそうに眺めていた彼女であったが、いよいよ「動かすよ」という声が発せられる。今度は男が期待に生唾を飲み込む番だった。
ゆっくりと、ゆっくりと双丘が持ち上げられていき――彼女の胸元からは、「ぬちぬちぬちぬち……♡」と小さいが卑猥な音が鳴る。その動きはとても丁寧で、男にはまるで咲耶が乳肉で肉棒の型でも取っているかのように感じられた。根本から始まり、竿に浮き出た血管、そしてすっかり開ききったカリに至るまで、しっかりと乳肉を擦り合わせていく。そうして亀頭どころか鈴口まで桃色の双丘に埋もれてしまったところで。一瞬、咲耶は呼吸を置いた。
妙な沈黙が浴室を支配し、男は不思議そうな表情で咲耶を見下ろす。その視線に、彼女は嗜虐的な笑みを返した。
それを受けて男の背筋が凍ったが、もう遅い。彼女は重力に身を任せて、たっぱん♡ と思いっきり乳房を振り落ろした。
堪らず、男の口から情けない声が漏れる。
これを何度も繰り返されたら――そう思うと、胸に熱のこもった期待が渦巻いていくのが感じられた。
「うっ、くう……ああっ! さっ、咲耶、前よりも上手くなってないか……!?」
「フフ、練習したのはキスだけじゃないってことだよ♡ ほら、ほらっ♡ たっぷり味わってくれ♡」
堰を切ったがごとく、咲耶は激しく乳房を動かし始めた。彼女の無邪気な声と、男の呻き声、そして「たぱん♡ たぱん♡」という水気を帯びた破裂音が浴室に反響する。
「練習した」という言葉の通り、彼女の技量は普通の女性には到底及ぶことのできない領域に達していた。おそらく一級のソープ嬢にも、ここまで見事なパイズリを行うことはできないだろう、という思考が男の脳裏によぎってしまう程度には。
特に男を驚かせたのは技法のバリエーションの豊富さだった。左右の乳房をそれぞれ違うタイミングで動かしたり、上下ではなく前後に擦り付けたり、乳首で亀頭をくりくりと弄ったりなど……責め方が目まぐるしく変化し、男に息つく暇すら与えない。
「ああ、さ、咲耶、滅茶苦茶気持ちいい……!」
「クス。喜んでくれて何よりだよ。ああ、こういうのも好きかな? よいしょっ……♡」
「うっ、ぐああっ……!?」
彼女は両腕で乳房を抱え込み、全身を使って動き始める。必然、男の分身はこれまでとは比べ物にならない程の圧迫感と密着感に包まれ、その天国のような快感に彼は呻くしかなかった。
もう少し、もう少しだけ彼女の胸を堪能したい。
そんな男の思いとは裏腹に、下肢の自由は徐々に利かなくなり、思考はじわじわと白く染まっていく。彼女のパイズリが開始されてからまだ数分も経っていなかったが、彼の我慢は既に限界を迎えつつあった。
「さ、咲耶! もう、出そうだ……!」
「フフ。いいよ♡ 遠慮なく出してくれ♡ それっ♡ それっ♡」
「ぐうっ……! イ、ク……!」
とどめとばかりにペースを上げた彼女の責めに、股間に凝集した熱が遂に弾けて男の脳髄を焼いた。
同時に肉棒から噴き出た胤が、咲耶の身体を穢していく。
「わ! ああ、もったいない♡ んむっ、ぢゅぞっ、ぢゅるるるる……♡」
「うっ、ぐうううっ……!」
射精に反応して、咲耶は半ば反射的に男の肉棒に食らいついた。そのまま口元を下品にすぼませ、尿道の精液を一気に吸い上げていく。絶頂した直後で敏感になったペニスに対して、この吸精フェラは正に拷問のごとき快楽だった。男は呼吸も忘れて天井を仰ぎ見、更なる射精感に浸る。
しばらくして射精が収まると、咲耶は名残惜しそうに音を立てながら肉棒から唇を離す。視線を戻した男に妖艶な笑みを浮かべると、彼女は今しがた受け止めた精液を見せつけるようにして口を開いた。
そこにあったのは、真っ赤な舌に乗せられた黄ばんだ精液。咲耶の子宮が待ち望み――今もこうしてお預けを喰らい続けている雄のエキス。それを確かめてから、男は息も絶え絶えに『許可』を出す。
「……飲んでいいぞ」
「うん……♡ ん、んぐ……んく……♡ ……けぷ♡ フフ、ごちそうさま♡ とても濃厚で、美味しかったよ♡」
「ああ。お粗末様でした」
微笑む彼女に苦笑いを返す。正直なところ、まるで腰から下が無くなってしまったかのような気力の削られ方をしていたが──行為はまだ始まったばかりだ。これしきでへばっていては男が廃るというもの。
彼は何とかバスチェアから立ち上がると、再びシャワーの栓に手をかけた。浴室に再び湯気が立ち込め始める。
先程と同様、二人は向かい合い、互いの身体を弄って性感を高めていく。柔らかな泡を纏わせる感触も良かったが、その泡がどんどんと洗い流されていく感触も中々心地良いものだった。
男は手にしたシャワーを不意打ちのように咲耶の胸に当てたりしながら、彼女の反応を楽しんだ。普段通りなら多少の反撃が行われるところだが、今の咲耶は興奮と熱気で頭が茹ってしまっているのか、既に男に縋り付いて身体を震わせるばかりで、何をされても嬉しそうに甘い息を漏らすだけだった。
「あっ♡ あんっ♡ そこ、きもち──ひっ!?」
「咲耶。流しても流しても、ソープが落ちない場所があるんだが?」
「あっ♡ いや、そこは……んんっ♡」
触れたのは彼女の秘所。手のひらを押し付けるように当てて、男はわざと音を立てるように愛液とシャワーのお湯をかき混ぜていく。既に軽い絶頂を繰り返しており、彼女の股間からは時折ぴゅっぴゅ♡ と生暖かい液体が噴き出てくる。
しかし、それでも彼女は抵抗しない。むしろ両脚を少し開いて脱力し、男の愛撫に身を委ねていく。
パイズリの仕返しという意図もあったのだろう、男の責めは苛烈だった。もう完全に出来上がっているおまんこに追い討ちをかけながら、弱点である耳を噛み、空いている片手の指で乳首を押し潰す。最早咲耶は人間性を失いかけており、男の身体が動くたびに、身体を海老のように反らせながら悲鳴を上げ続けた。
「みみ、なめられながらぁ……♡ イ゛ッ♡ う゛う゛~~~~ッ♡」
とうとう快感に耐えかねてガチイキを迎えようとする彼女の指が、ぎゅうっと彼の肩に食い込みかけたその瞬間。
「へっ……? あれ……ああ……!?」
唐突に訪れた喪失感に、咲耶は思わず悲痛な声を上げていた。
どうして、と力無く唇を動かす彼女に、男は薄く微笑んでこう問いかけた。
「咲耶……イきたいか?」
男の悪魔のような囁きに、彼女は息を荒げながら何度も頷く。
その余裕の無さそうな反応を満足げに受け止めると、彼は更に質問を重ねた。
「そうか。じゃあ、選べ。……どっちでイきたい?」
「どっち……って……」
「こっちか──」
「んっ……♡」
男は右手の中指の先を、つぷりと淫口に沈みこませる。
「――それとも、こっちか」
「えっ……♡」
今度は左手で、彼女の右手を引き寄せる。
──いつの間にかすっかり元気を取り戻していた、その逸物に。
「──え……なに、これ……♡ うそだろう……? そ、そんな、さっき出したばかりなのに……♡」
「ほら、どっちがいい?」
「どっち、って……そんなの……♡ こ、こっち♡ こっちがいい……♡」
食い気味な彼女の返答を受けて、男はより深く指を突き入れた。その際親指でクリトリスを磨り潰すことも忘れない。
一瞬、咲耶は自分の身に何が起こったのか分からず、惚けた顔になった。
「ぐ、ひぃ……? う゛……ふぅぅ♡ う゛……♡」
「どっちなんだ。何でイきたいのか、はっきり言わないと分からないぞ?」
「え、なん……♡ お゛お゛~~♡ ゆびっ♡ はやぁっ♡ ん゛ふっ、ぐぅぅ……♡」
男のはぐらかすような言葉に、彼女は俯いて唸り声を上げる。彼の嗜虐心に対する反感から、ぎりぎりと歯が鳴る。しかし、それを遥かに上回る『欲求』によって――その口の端から、とめどなく涎が流れ落ちてきていた。
──いじわる。
短い葛藤の末、小さな呟きが湯気に紛れて消えた。
「……お、おちんちん……! アナタのおちんちんでイきたい! いや、イかせてほしいんだ……! 頼む……♡」
「……分かった」
男は内心ほくそ笑みながら、秘裂から指を引き抜く。
べったりと付着した彼女の本気汁を舌で舐めとると、彼は咲耶の身体を勢いよく抱き寄せた。
「ひゃっ……!」
「──そこまで言うなら、ヤッてやる。ベッドに行くぞ、咲耶」
「あ……♡ うん……♡」
彼女の蕩けきった返答を聞き、彼は浴室に入ったときと同じように咲耶の身体を抱えた。脱衣所で身体を拭いて部屋に戻り、ベッドの上に向かい合って座る。
男はビニール袋から小さな箱を手に取り、さらにそこからコンドームの帯を取り出した。念入りな愛撫によって、咲耶の子宮は子作りするためのコンディションを完璧に整えている。これを着けずに挿入すれば、まず間違いなく孕ませてしまうだろう。
彼女もそのことは分かっているつもりだろうが、発情しきった身体は、その最後の境界線すらも踏み躙ろうと躍起になっているようで。無意識のうちに不満気になっていた咲耶の視線に、男は気が付かないフリをした。
そうして前準備を終え、男は仰向けに寝そべった咲耶の上に覆い被さった。そうして、軽い口づけをしてから、耳元に顔を寄せる。
「それじゃあ……挿れるぞ」
「う、うん……♡ あ、入って――♡ あ♡ あ♡ あ♡」
雄の肉竿がずぷぷぷぷ……♡ と雌の肉壺に収まっていく。
二人はこの瞬間がたまらないほど大好きだった。
男も咲耶も非常に強い性欲の持ち主ではあったが、お互いに多忙の身であり、セックスどころか自慰ができる機会すらほとんどない。必然、数週間、数ヶ月に渡り溜め込み続けた欲求を発散できる解放感は並大抵のカップルでは味わえるものではなく。
「……っ! キツ……! や、やっぱりすごいな……咲耶?」
「はーっ……♡ はーっ……♡ ちょ、ちょっと待ってくれるかな……。久しぶりだからか……感じすぎちゃって……おかしくなりそうだよ……♡」
挿入開始から数秒、身体の動きが止まる。まだ亀頭を飲み込んだだけだというのに、二人は既に息も絶え絶えだった。とはいえこの体制のままずっと停止し続ける訳にはいかない。男は一呼吸置くと、咲耶の要求を半分だけ無視し、少しずつ体重をかけていく形で挿入を再開する。
「……いくぞ、咲耶」
「え? あ♡ 待って! 待って、待って――んお゛お゛~~~~ッ♡ イッ……グ……♡♡♡」
咲耶の静止の声もむなしく、男の肉槍がずぶずぶと彼女の膣内を犯していく。そうして最奥に到達したと同時、快楽に悶える雌の野太い声が部屋中に響き渡った。
あまりにも下品な雌声を自分が発してしまったことに動揺して、咲耶は半狂乱で自分の口を手で抑えようとするが──男がそれを許さない。彼は彼女の身体をのしかかって押さえつけると、狂ったように腰を振り始めた。
突くときは少しでも強い衝撃を彼女の子宮口に与えるために速く。抜くときは少しでも多く膣の肉襞をこそぎ落とすために遅く――と頭では考えてはいたものの。昂り切った身体は既に制御が効かなくなっており、より強く、より速くピストン運動を繰り返す装置と化していた。
「ふっ! ふっ! ふんっ! おらっ!」
「あ゛あ゛ッ♡ んはあ゛ッ♡ ん゛ん゛~~ッ♡ きもちいいっ♡ アナタのおちんちん、すごぉッ♡ んもッ♡ んぐッ……♡ お゛お゛~~イグっ……♡ イグぅ……♡」
しかし男の思考とは裏腹に、咲耶の肉体もまた、完全に彼女の制御から逸脱していた。そもそも肉棒を目にしただけで失禁するほどだったのだ。待ちに待った愛する雄の乱暴なセックスは、今の咲耶にとっては劇薬と何ら変わりない。ペニスを突き入れられれば屈服しきった子宮が歓喜し、抜かれれば瞬間の喪失感にすら耐えかねた粘膜が愛液を吹き出し、そもそも必死に腰を動かす男の苦しげな吐息を感じているだけで脳味噌がとろけそうになっている。
加えて咲耶の快楽に拍車をかけているのはのしかかっている男の体重だった。女性にしては長身な一七五センチメートルの体躯を優に上回る、一九〇センチメートルの男の肉体。
普段、咲耶が『王子様』として自立したキャラクターを前面に押し出しているのは、父との関わりが薄い孤独な幼少期を過ごしていたことの裏返しでもある。事実心を許した者の前では、彼女はまるで犬と表現されるほど甘えん坊で寂しがり屋で弱々しい側面を見せることがあり――端的に表現すると、白瀬咲耶という女には被虐趣味のきらいがあった。
自分より強いものに屈服し、支配される感覚――肉の杭でベッドに縫い付けられ、鍛え上げられた身体で豊満な乳房を押し潰され、快楽に身をよじることすらままならない。そこから発生する強烈なマゾヒズムが、世界すら手中に収め得る『王子様』の人格を潰し、砕き、粉々にしていく。
「咲耶、口出せっ」
「あ゛ッ♡ あ゛ッ♡ ひゃあ゛ッ♡ はひぃ゛ッ♡ ん゛ぶぅッ♡ ちゅ~ッ♡ ちゅばっ♡ んじゅるるるるる♡ ん゛ん゛~~ッ♡♡♡」
乱雑に唇を奪われ、呼吸すら覚束なくなる。酸欠によってぼやけていく思考は、『好き』『格好いい』『気持ちよくなってほしい』という比較的牧歌的なものから、『このオスの子種を絞れ』『このオスの子を孕め』『このオスの子を産め』という切羽詰まった本能の命令へと塗りつぶされていく。
その根源にあるのは紛れもなく『愛されている』という実感であり──心身の様々な箇所から洪水のように入力される幸福感の連鎖に、咲耶は涙を流しながら悶絶した。
「ああくそ、もう出そうだ……! 咲耶! 咲耶っ……!」
「あ゛ん゛ッ♡ お゛んッ♡ お゛ほッ♡ いっ……♡ おちんちん、ふくらんで── あっ♡ ──これ、だめだ♡ イッちゃう♡ やあっ♡ いっしょにイキたい♡ いっしょに゛ぃ♡ はああ♡ イギ、たい♡ はう♡ く、くる♡ すごいのくるっ♡ いっぱい、だしてくれッ♡ ひっ、イ゛っ♡ いぐ、いぐ、いぐぅ──♡」
咲耶のイキ声に合わせて、肉壺がぎゅうぎゅうと断続的に締まっていく。それが最高潮に達したのと同時、男は咲耶の子宮にゴム越しの鈴口を押しつけて、思いっきり吐精をした。二発目だというのにコンドームの先端がみるみる内に膨らみ、今にもやぶけてしまいそうなほどになる。
「うぐ……や、ばいな……意識が飛びそうだ……!」
「んぐ、ォ゛ォ゛……♡ イク、イクぅ……♡ はあッ♡ はぁッ♡ はッ♡ ……フフ……♡」
一方の咲耶の方はというと、久方振りの本気セックスの強烈な快感に完全に酔いしれていた。肉体的な快楽は元より、愛する雄が自分の中でイッてくれた精神的な充足感に、口の端から涎を垂らしながら微笑む。もちろん、これくらいではまだ全くヤリ足りないのだが。
「ふうーっ……♡ ふうーっ……♡ セックス、きもちいいね……♡」
「ああ、そうだな……大丈夫か? 一旦抜くぞ」
「う、うん……。あ、おちんちん抜けて……おんっ♡ へっ♡ へっ♡ へっ♡ ご、ごめんね……♡ また……ぴゅっ♡ ぴゅっ♡ ってしてしまった……♡ かかっちゃったかな……なんでだろう、今日はすごい吹いてしまう……♡」
きゅぽん、と小気味良い音が鳴ったかと思うと、まるでコルク栓を抜かれたシャンパンよろしく、彼女の股から潮が噴き出てくる。
まだまだイキ足りないのだろう、その大きな尻は雄の肉棒を探して無意識にへこへこと動いてしまっていた。
「へ……♡ へっ……♡ ねえ……まだ……まだできるよね……♡ 今夜は……たっぷりシてほしい……♡」
「任せろ」
「あ゛……♡ 即答だなんて、もう……参ったな……♡」
短くも確固とした意志を内包する男の言葉に、咲耶はうっとりと表情を蕩けさせる。身体全体に甘い痺れが走り、歓喜と羞恥で顔を真っ赤にしながら、彼女はまたも雌穴から潮を吹き出してしまった。
◇◇◇
「──ん゛ん゛♡ これ……これ好きだ♡ アナタの体温と、体重がよく感じられるから……♡」
「そうか? 前やったときは「もうやめてくれ」って叫んでいた気がするけどな」
「クス♡ あれはおもちゃを使って内外から子宮を責めてきたからだよ……♡ あれさえなければ、これほど安心して身を任せられる体位はないかな……あっ♡ 頭撫でるのいいね……♡ ふわふわする……♡」
コンドームを付け替えて臨んだ二回戦目。
二人は後背位を終えて寝バックで交わっていた。男の体重が全て乗せられるので女性側にとってはやや負担の大きい体位であるが、指輪のついた左手同士を恋人繋ぎのように絡ませて、空いている右手で頭を撫でられると、彼女はふにゃりとした可愛らしい表情を浮かべてしまう。
だが男がベッドと彼女の下腹部との間に腕を滑り込ませて腰をぐりぐりと動かし始めると、みるみる内にその表情は雌犬のそれに変わっていく。
「──おっ? おっ? ちょっ、ちょっと、何を──オ゛ッ♡♡♡」
「大丈夫か? ちょっと腰動かしただけなんだが」
「ちょ、ちょっとだって……? うそ……♡ うそだよ……♡ そんなわけ……♡ ンぎッ♡ そ、それぇッ♡ だめ……♡ だめだ……♡ ん゛ひぃ! ちからつよッ……♡ しきゅうが……つぶれるっ……♡ いやぁっ♡ お腹揉むのするやめてくれっ♡ いやっ♡ いやだぁっ♡」
「好きなのか嫌なのかどっちなんだよっ」
「ふう゛……♡ ふう゛……♡ あ……アナタが♡ してくれることならっ♡ な、なんでもっ♡ 好ぎッ♡ 好きぃ♡ だけどっ♡ オ゛ッ……♡ アナタの手とおちんちんで♡ 子宮挟み込まれると……♡ 気持ち良すぎて……頭の中がぐちゃぐちゃになる……♡♡♡」
「そうか。ならもっとぐちゃぐちゃにしてやる」
「ひいっ♡ みみはだめだよ♡ 本当にだめ♡ ひゃあああ――♡ イグッ♡♡♡」
だらしなく口から舌を伸ばして浅ましく快楽に耽る咲耶。追い討ちとばかりに男が彼女の耳を舐め始めると、面白いくらいに彼女の身体は跳ね上がり、濁った喘ぎ声を漏らす。
「……ああくそ、もう出すぞ!」
「う゛あ♡ う゛♡ ふう゛う゛~ッ♡ 私も…イ゛ッ……♡ ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ぅぅ♡♡♡」
絶頂と同時に男の全体重が上乗せされ、咲耶の身体はベッドに深々と沈み込む。発情期の獣のようにはしたないイキ声は白く大きな枕に吸収され、くぐもった呻きが響くのみ。
だが下の口からは凄まじい量の雌汁が噴き出ており、二人の結合部周辺には、まるで水桶をひっくり返したかのような惨状が広がっていた。
「──よいしょっ、よいしょっ……。うーん……練習はしてきたんだけどね。もう、アナタのせいだよ? イキすぎちゃって、腰に力が――あ゛っ♡ ちょっと、下から突き上げるのは反則――お゛♡ お゛♡ お゛ん♡ お゛お゛~~~~♡♡♡」
三回戦目は騎乗位。咲耶の提案だったのだが、これはあまり長くは続かなかった。度重なる絶頂により咲耶の腰はとっくに抜けており、緩いグラインドをこなすので精一杯だったからだ。男が攻勢に転じると、一分も経たない内に彼女は男の胸板に突っ伏し、どうしようもない快楽に悶えながらぶるぶると震えるだけになった。
そのうち二人の体制は、男が上体を起こす形で騎乗位から対面座位へ移行していた。休憩も兼ねて腰の動きを止めていたので、二人はいちゃいちゃと互いの身体をまさぐったり、キスを交わす。
「んふっ、ん、ふぅっ……♡ ここにまできて胸を弄るなんて……アナタは本当におっぱいが好きだね……♡」
「女の胸は男の夢だぜ。それに、誰のでもいいって訳じゃない。ほらっ──!」
「ひっ──♡」
特に男は、咲耶が持つ豊満な母性に夢中だった。片方だけでも一キロ近くある乳肉が男の手によって形を変えるのに呼応して、彼女は眉根を寄せて快感に堪える。彼女の桃色の乳首を、両手の親指と人差し指でぐにぐにと捏ね上げてやると、咲耶は真っ白な喉を反らし、「ほおっ♡ ほぉ゛っ♡」と間抜けな声を漏らした。
何も手を入れていない状態でこの感度なのだ。本格的に開発してやれば、この程度の粗雑な愛撫でイキ散らかせるようなマゾ乳首になってしまうに違いない。
「お前のエロすぎる乳首だからこそ、いじめたくなるんだよ」
「ふっ、ひぃ♡ へ、変態……っ♡ へんたいっ……! おっ♡ おっ♡ おぉ゛ぉ……♡」
思考をショートさせるほどの強烈な快楽から逃れようと身をよじるも、抵抗するなと言わんばかりに子宮口を嬲られて、本日通算十八度目の絶頂を迎える咲耶。
息つく間も無くゴム越し射精が撃ち込まれ、彼女は目を白黒させながらも男の身体に縋り付き、むちむちの肉体をびくびくと震わせて重たいアクメに吠えた。
――そして、四回戦目。
いい加減欲望に身を任せ続けるには、身体に疲労がたまりすぎているのを男は感じていた。恐らく咲耶も同じだろう。
次が最後だろうな、とぼんやり考えながらコンドームの箱を手に取ると――視界からそれが消え去る。
「え――ああっ!? おい、咲耶――」
突然何するんだ、そう言おうと振り返って──男の身体が硬直する。
そこには、愛する雄の寵愛を待ち受ける一匹の雌犬がいた。
彼女は呼吸を荒げながらも妖艶な笑みを浮かべると、手にした箱を背後に放り捨てる。そして、M字に両足を開きながら、両手で自らの秘裂をくぱりと広げた。
男はそれを目にして、ごくり、と生唾を飲み込む。
何度も剛直を突き入れられ、広がりきっていてもおかしくないはずの雌穴は、未だ処女と見紛う程狭く小さい入口を維持しており、愛する雄の子種を求めてひくひくと切なそうにわなないているのだった。
「フーッ……♡ フーッ……♡ フーッ……♡ ……フフ……♡」
「……っ! こんの……っ!」
「あっ♡ ほお゛ぉぉぉんッ♡♡♡」
誘われるまま飛び掛かり、欲望のまま肉槍を突き立てると、雌犬の声にならない叫びが木霊する。
避妊具も何も無い、純粋な交尾。
すっかりぐしゃぐしゃに濡れた雌の肉襞が、血管がびきびきと浮き出た雄の肉棒を咀嚼し、収縮、痙攣する。
男は自分が何をしでかしているのか、理解できていない訳ではもちろんなかった――現に、頭の片隅では理性が必死に警告を発していた。しかし、もはや男の意志ではどうにもならないほど、自身の興奮、そしてそれを誘発させた彼女の誘惑は強烈だった。
数時間前にしたプロポーズがまるで遠い昔のように感じられる。
映画。海外。夢。あの銀色の月明かりの下交わした言葉を、こんなに簡単に反故にしていいものなのだろうか。
葛藤しながら腰を振り続けていると、不意に視線が左に吸い付けられる。まるで磁石でも埋め込まれているかのように固く握りあっている左手、その薬指。
そこに光る銀色の輝きを目にして、男の思考は一瞬だけ晴れた。
「……咲耶っ、お前、このままだと――」
男がその言葉を絞り出せたのは奇跡と言ってもよかった。そうこうしている間にも、自分の獣性は目の前の雌犬へ種付けをしようとペニスを抽挿し続けているのだ。気を抜けば、熟成された欲望が簡単に撃ち出されてしまう。
男の声を聞き、目を虚にして快楽に溺れていた彼女の顔に生気が戻る。それを見て彼は安心した。
きっと興奮し過ぎて錯乱していただけなのだ。すぐに彼女も、自分が置かれている状況に気がつくだろう──しかしそんな彼の思いは、突然唇に触れた柔らかい感触によって遮られる。
凝った技法もない、ただ触れるだけのキス。だがそれだけで充分過ぎた。驚いて息を呑む男に、咲耶が発したのはただ一言だけ。
「──お願いだ、私の『大切な人』……♡」
それだけ言って、微笑む。
純粋な愛情が込められた可愛らしい笑顔。
それを目にした男にできることは、もう一つしかなかった。
「──ぐううッ……! くそっ! くそっ! 咲耶……咲耶ぁ! かわいい! かわいすぎる! 愛してるぞ!」
「あああッ♡ はううッ♡ オ゛ッ……♡ あ、ああっ♡ す、好き♡ アナタ……♡ 好き♡ 好き♡ すっ♡ きッ♡ ふうっ♡ ふううううっ♡ 私も゛♡ あ、あい……♡ ひい゛い゛♡ あい、してるゥッ……♡」
お互い意味を理解して発しているのかすら怪しい愛情の言葉を交換し合い、ラストスパートをかけていく。
男は正常位で力の限り腰を打ち付け、雌穴を掘削していく。肉槍を抜くたびに、そのカリには咲耶の子宮から分泌された本気汁がべっとりと付着し、男の腹まで白く泡立つ。快楽のボルテージは既に限度一杯で、あとはどれだけ射精を我慢して妻の肢体を味わえるかだった。
それを受け入れる咲耶は、意識がもうとっくに焼き切れ、子宮で精子を一気飲みせんとする雌の本能の奴隷となっている。上の口で男の唇に吸い付き、下の口で男のペニスに吸い付き、頭が真っ白になる程の多幸感で満たされていく。
「さくや、で、るっ……!」
「お゛♡ お゛あ゛あ゛♡ せーしっ♡ せーしほしいっ♡ アナタので……♡ しきゅう、いっぱいにしてぇっ♡ イグ♡ あ゛っ♡ イッちゃ……♡♡♡ イグイグイグッ♡♡♡」
長かった夜もこれで終わり。彼は最後の力を振り絞って、ちゅうちゅうと吸い付いてくる彼女の子宮を貫いた。
「がああっ……!」
「お゛ひっ……? おちんちん、びくびくっ、て……♡ あっ♡ あえ……しきゅっ……あっつ……!? おおおおお〜〜〜〜ッ♡♡♡」
本日五回目、最後の射精はたっぷり一分は続いた──ように男は感じた。鈴口に吸い付いた子宮口が尿道に残った精液さえも搾り取ろうと何度も何度も収縮を繰り返す様子は、まるで喉を慣らしているかのよう。
射精が終わった後も、お互い身体を震えさせる気力もなく、ただぐったりと身体をくっつけあって、深く息を吐き出すのみ。
十分後、役目を終えて縮こまったペニスをずるりと引き抜くと、おまんこから生暖かい汁がちょろちょろとしたたれ落ちてくる。だがあれほど注入した白濁液は全て子宮が飲み干してしまったのか、どれだけ経っても一滴も溢れてこなかった。
「……おっ♡ おっ♡ おなかぁっ♡ あっ、あつ……い♡ はぁっ♡ はへ……♡ はへ♡ はへぇ……♡ ふふふ……♡」
咲耶は自分の胎内で精子が泳ぎ回る映像を脳裏に浮かべながら、脳髄をぐずぐずにするような快楽の余韻に浸る。
舌を力無く伸ばした口から発せられる、死にかけの蛙のようなイキ声はあまりにもだらしなく──世界が憧れる『王子様』である白瀬咲耶の面影は、もはやどこにも残っていなかった。
男は半分失神している彼女を抱き起こして身体を拭いてやる。その過程ですっかり眠りに落ちてしまった彼女の身体をベッドに寝かせると、そのまま隣に仰向けに横たわった。
「……っと、限界……か……」
すっかり気が抜けてしまい、疲労と眠気が身体中の力を急速に奪っていく。朦朧とする意識の中、男は何とか濡れていないシーツを手にし、自分と咲耶に被せて目を閉じた。
「――ありがとう……アナタ……」
そのような声が聞こえた気がしたが、男にはもう何も考える気力が残っていない。
ただ一つ記憶に残ったのは、闇に落ちていく意識の中で優しく光る銀色のさざなみだった。
◇◇◇
翌朝。
男の精神状態は最悪だった。
「……やってしまった……」
「私の中に射精してしまったことかい?」
「うわ! 起きてたのか……おはよう、咲耶」
「うん、おはよう」
既に目を覚ましていた彼女の存在を察知して思わず跳ね起きる。が、すぐに頭を抱えてベッドに倒れ込んでしまった。
「おれはなんてことを……最低だ……いくら嫁になる人の誘惑だとしても……」
「フフ。アナタがそこまで重篤な自己嫌悪に陥るだなんて珍しいね。まあ半分は私のせいだけど」
「あのなあ……!」
勢いよく向き直る男の唇に、咲耶の白く長い人差し指が当たる。
面食らう男にいたずらっぽく微笑みかけると、彼女はベッド脇に置かれていた自身のバッグからアルミ箔を取り出し、彼に手渡した。
「なんだこれ……薬……? ああ、これ……ピルか?」
「そう。低用量のね。映画撮影のスケジュール管理のために、ちょっと前から飲み続けていたんだ。だから……」
「ああ……なるほどな……って、なんで言ってくれなかったんだ!」
男の非難の声に、彼女は笑いながら「まあいいじゃないか」とどこ吹く風。
他にも色々と言いたいことがあったが……これ以上は何を言っても無駄だと悟り、男は深いため息をついて項垂れる。
「はあ……つくづく魔性の女だ」
「ん? 何か言ったかい?」
「いい嫁を手に入れたな、って言った」
「あ……もう。フフ。そういうことにしておこうかな。ありがとう」
大変ごきげんな様子で頭を撫でてくる彼女の手を、彼は憮然とした面持ちで受け入れた。
しばらく頭を撫で合ったりして戯れた後、二人はチェックアウトのために服を着込んでいく。とはいえ夜通し続けたセックスの疲労は凄まじく、特に咲耶はまともに立ち上がることすらできない有様だったため、二人は昨日の行為を巻き戻すような形で、お互いに服を着せ合った。
そして最後に、ハンガーからコートを手にして、ポケットの中の固い感触を手にすると、男ははっと動きを止める。
「あ……そういえば、言い忘れていたことがあったな」
「ん? 何だい?」
きょとんとする彼女に、短く、一言。
「……メリークリスマス。咲耶」
それを耳にした咲耶は思わず目を丸くし──そして、飛び切りの良い笑顔を浮かべる。
「うん! メリークリスマス!」
十二月二十七日──クリスマスとはもう何も関係のない朝。
しかし、今の二人には間違いなく必要な言葉だった。