そんな場所に訪れた少女はアリスと名乗る人物と出会う
「ここは、あなたの未来を見る場所」
アリスは少女にそう言った。
見渡す限りの黒い空間。
どこが壁で、どこか床で、天井があるのかどうかすらさえわからない。
なぜそんな空間に居るのかは分からないが、不思議と酷く落ち着いていた。
なんとなく、ここは夢の中……白昼夢、いや明晰夢なのかもしれない。
そんな空間を歩こうと、足を前に出し、踏みしめる。
床か地面かわからないが確かに足元はしっかりとしていた。
歩みを進めるたびに足元からゾワゾワと虫が這い上がってくるような感覚は、視界が暗闇で被われている為か、それとも、目的地と決めた先に待ち受ける未知との遭遇による怖気からか。
私の視界には今、黒い空間と、どこから光が照らされているのかわからない、大きな球体。そしてその上に座り、虚空を眺める髪の長い人間。
球体は不思議な模様をしており、どことなく満月を思わせる。
明らかに上によっている人物よりも大きな球体に座っているのは、ブロンズの髪に青いカチューシャをつけた女の子……いや、男の子?
最初は女の子のように見えた。髪が長いから遠めに見たときに勝手にそう解釈してしまっていたが、近づくに連れて、ソレが女の子なのか、男の子なのか……そもそも人間なのかすらわからなくなってくる。
やがて私も光の中へと入り、影が生まれる。全身が照らされると、今まで虚空を眺めていたソレがこちらを見た。
青いような、黒いような不思議な色をした瞳は、やはり人間のものとは思えない。
「いらっしゃい」
その声色を聞いた私は、ソレの存在をキモチワルイと感じた。
*****4
「いやだ……イヤだよ……」
涙と人間だったものでグシャグシャになってしまっているのも気にせず、うずくまったまま必死に欠片を集める。
集めても集めても、元の形に戻るわけもなく、ドロドロと崩れて散らばっていく。
次第に渇き、液体は個体になり、生温かかったはずのソレも冷えていく。
わかっている。そんな事をしても生き返るはずはない。
いや、まだ助かる。救急?
いや、治さないと……まずは、応急処置を……どうするんだっけ……?
時間が立つに連れ少しずつ思考が回る……同時に、受け入れ難い現実に視界も歪んでいく。
耳鳴りが酷い。頭痛がする。視界が眩む。
ドクン……ドクン……と……脈動する音が鼓膜を揺らす
うるさい
ドクン……ドクン……ドクン……
うるさい
ドクン……ドクン………ドクン………………ドクン………………
うるさい
ドクン……ドクン…………………………………
*****
「いらっしゃい。今日はいい日ね」
空なんてないこの空間で、今日日、良いも悪いもあるのだろうか?
「あなたは?いや、ここは一体どこ?」
私はソレに尋ねる。人、ではないと思う。
人に良く似た人形。それも、人に似すぎているために気持ち悪く感じる。なんて言えばいいのか……そう、人間味がない。
人の形をした、動いて喋る、人じゃない物。
「ワタシ?ワタシはアリス。あなた達の世界で言う、不思議な世界の住人であったり、神様であったり、魔女であったり、魔王であったり……」
アリスと名乗ったソレは喋り続ける。神様?魔女?魔王?
「探偵であったり、悪魔であったり、ロボットであったり……」
つらつらと分けのわからない言葉を続けるアリスは、最後にこういった。
「……死神であったり。」
何処から照らされているのかわからない光源が、私を見下ろすアリスと名乗ったソレの表情に影を落とす。
表情は変わっていないはずなのだが、落とした影が僅かに笑っているように魅せていた。
「よろしくお願いするわね。」
出来ればよろしくしたくない。
「ここは、そうね。あなたの未来を見る場所かしら?」
「私の未来?」
*****3
空に星あかりと沈みゆく陽光が同時に見える。
居残りのテストとお小言を同時にくらってしまい、いつもより大分帰りが遅くなってしまった。
こんな事なら、今朝寝坊などしなければよかったと後悔するが、今後も気分次第で寝坊したりしなかったりするのだろう。
友人とのグループラインに適当に返事をしながら、とぼとぼ歩いているうちに、家を目視できる場所まで来ていた。
「あれ?」
この時間にしては珍しく、家の灯りがついていなかった。母は働いているものの、この時間には帰宅しているはず。買い忘れでもあってでかけているのか。
玄関のドアに鍵を刺し込み、捻ってみるが解錠した感覚がない。不思議に思いつつドアノブを回してみると、鍵は開きっぱなしであった。
無用心だな、と思いつつ家に入ると、嗅いだことのない異臭がしていた。
酷く不快な異臭に思わず顔をしかめてしまったが、構わずに「ただいま」と言ってリビングへと向かう。
「……え?」
沈みゆく日の光は僅かであったが、物が見える程度には明かりがあった。薄暗い中を歩いてきたから目が慣れていたからかもしれないが。
私の目には、倒れている人間が映っていた。
顔は見えないが、間違う事は無い。今朝、小言を言いつつも見送ってくれた母親姿がそこにあった。
血と臓物とホネと……上半身だけが、そこに転がっている。
私は、叫んだのだろうか?
泣いているのだろうか?
わからない。
急激に手足が震えてくる。力が抜けその場にへたり込む。
「…………。」
震える手を前に伸ばし、這いつくばるように近寄っていく。
赤い液体に触れると、まだ暖かさが残っていた。
「あ……ぁ……」
血溜まりに入り、汚れるのも厭わず何処の何ともわからない臓器を手にする。ヌメリとした感触と滴り落ちる
血液の中で、私は壊れた。
*****
「そう、あなたの未来。正確にはこの先起こり得るであろういくつもの可能性。そのうちの一つを見るの」
「可能性……」
未来は決まっていないとか、そんな話?SFとかファンタジーでお決まりのセリフ。正直私は、決められた未来とか、パラレルワールド?的な物は信じていない。
じゃあ今こんな所にいる私は、私自身を納得させるためにどう説明するのか。やはり、明晰夢と言うのが一番しっくりくる。
誰かのイタズラだとか、ドッキリであるなば、そっちのほうが良かったが。
「そう。可能性と言っても限りなく、極端に悪い可能性を見るの。」
「なんでまたそんな酔狂な事を?どうせ見るのなら幸せな未来を見たくない?」
「あなた達で言うところの占いみたいな物よ。幸福な未来を知ってただ待つより、不幸な未来をって、ソレを回避するために何か努力ができないかと試行錯誤する方が、その人の為になるってものでしょう?」
なんか何処かで聞いたことがあるようなセリフだが、そんなモノかと妙に納得してしまった。
「さて、それじゃあ始めようかしら?」
そう言うと、アリスは立ち上がった。
月を思わせる球体の上に立つ、不思議な雰囲気を醸し出す人間。
きっとこれをキャンバスに落とし込んだら、いい絵になった事だろう。
アリスはゆっくりと腕を上げ、私を指差す。
「貴女は、どんな不幸に出会うのかしら。」
その時、何を言ったのか。私は思い出すことができない。
*****2
学校での楽しいひと時。お昼休憩。
仲の良い友人で集まり
「不審者ね〜」
「何よ突然」
スマホを眺めながら友人の一人が呟いた。
「コレ見てよ、コレ」
そう言いながら見せられた画面には私の住んでいる県で不審人物が確認されているというローカルニュースだった。
確認されているのは県の北側の地名が多く、私達の住んでいる所やその周囲では目撃情報はない。
何でも、30代男性が、年齢を問わず道を聞いたり、住所を聞いたりしているらしい。
「あぁ、この手の理不尽な話ね」
「理不尽?」
「だって、単純に迷子なだけかもしれないじゃない?まぁ、この御時世に迷子ってのも中々レアだけど。」
「いやいや、30歳にもなって迷子て。スマホで調べれば良いだけだし、やましいことが無いなら警察にでも行けばいいじゃない?」
「……確かに。」
そんな話をしていると、教員が廊下から顔を覗かせ私を呼び出す。古文の伊藤先生だ。
「お前、この前遅刻したろ?その時抜き打ちのテストをやったんだが、期末のテストに出てくる内容だから放課後に残ってやってもらうぞ。」
「えぇ!めんどい。」
「面倒でもなんでも、赤点取って補修するよりマシだろ?それとも、夏休みに先生とお勉強するか?ん?」
「いえ、それは勘弁してください。」
普段は飄々した態度で接しやすい先生ではあるが、彼は事あるごとに「俺の授業で赤点は許さん!」と、その信念を語っている。
その信念の通り、授業中でも放課後でもわからない所が有ればいつでも質問に答えるし、古文が苦手な生徒には個別に小テストなんか作って渡したり、ちょくちょく抜き打ちテストをしたりしている。
その後、少し話をしてから席に戻ると友人達からイジられてしまった。
*****
「うそ……うそよ……こんなの」
ボロボロと涙を流しながらへたり込む。
両肩を抱えて震える少女の姿を見下ろしながら、アリスは今までと変わる事なく語りかける。
「これは、あくまでも可能性の一つ。いくつもの分岐の先にある起こりうるであろう未来。逆に言えばおこらないかもしれない未来。寝る前に夢想するお伽噺のようなもの。あまり……」
「うるさい!!」
少女はアリスの語る言葉を強く遮る。
虚空から照らされる光源が影を落とし、へたり込んだままアリスを見上げる表情は強く睨みつけているようにも見える。
実際、歯を強く食いしばり睨みつけてきているのだろう。
アリスは意に介していないのか話すことをやめて少女を見つめる。
「なんなのあなた!?こんな物を見せて、何のつもりよ!!」
そこには、先程まであった怯えつつも冷静な姿はない。
「あんな……あんな……うぐっ」
脳裏に焼き付いた光景に耐えられなくなったのか嘔吐してしまう。
「なんで?お母さんが……あんな……」
そんな少女を見ながら、再びアリスは語りだす。
「人が生きている以上、何が原因で、誰が原因で、いつ、何が起こるのかわからないもの。抗うことのできない天災で有ればまだ納得もできるでしょう。でも、世の中の不幸とは、圧倒的に人間が起こすもののほうが多い。ここは、そんな可能性の一つを見せる場所。貴女にはどうすることも出来ない理不尽。そんな未来は、可能性は、確かに存在するの。」
そこまで語ると、アリスは少女から視線を外し虚空を見つめた。
*****1.After
「ちょっとー!遅刻するわよー!」
母の声が聞こえる。
重い瞼を持ち上げて、軽く勢いをつけてから起き上がる。
鏡を見なくてもわかるほどの寝癖頭に手をやりゆっくりと立ち上がる。
何か夢を見ていたような気がするが、何だっただろうか。気分が良く無い夢であったことは確かだが、内容は何一つ思い出すことはできない。
「ちょっとー!!おきてるのー!?」
下の階から再び声が聞こえる。その声にひどく安堵感を覚えるのはなぜだろうか?
急な焦燥にかられ急いで下の階に降りる。
リビングに向かうと、朝日で明るく照らされた食卓には母が作ったであろう朝食が並べられているが、母の姿はない。
「起きてたなら返事くらいしなさいよ」
不意に横から話しかけられる。
声のした方を見ると、いつもと変わらぬ姿の母がそこに立っていた。
なぜだろう。その姿を見た途端に涙がとめどなく溢れ出る。
「ちょっ、ちょっとどうしたのよ?」
突然泣き出した私を心配し慌てて近寄ってくる母。
私は母にしがみつき、泣いた。声を上げ、ただ母がそこに居ることがたまらなく嬉しくて泣き叫んだ。
なんでそんなに嬉しかったのかわからないが、この日常がたまらなく大切なものに思えたのだ。
*****
どこまでも続く黒い空間。
そこにポツンと照らされた灯りの中に月を思わせる大きな球体とその上に座っている人物が一人。
ブロンズの髪と青いカチューシャ。男とも女とも見て取れる不思議なその顔立ちは、見る人によっては不気味にすら映ることだろう。
名前はアリス。
誰もいない空間で、虚空を見つめながらただ一人。
いつ来るかもわからない来訪者を待ち続ける。
*****Bad
とある家族のお話。
母子家庭であったその過程は、子供が小さいときに父親の不貞によって離婚。兄弟はなく母と娘で二人普通の生活を送っていた。
娘が高校に進学したおり、母親のスマホに一通のメールが届く。元、夫。娘の父親に当たる人物からのメールには、復縁を求める内容が記されていた。
どうやって調べたのか知らないが、未だ再婚していない事を知っているようだった。
あの人が今何をしているのか知らないが、復縁するつもりは無い。今更あの男に対して恨みつらみも無いが、年頃の娘がいる家に男を上げたくない。
そう思い、メールに返信はせずそのまま放置することにした。
数日後。あのメールの事も忘れたある日の事。
仕事が終わって帰宅すると、玄関前で不意に声をかけられた。
ボロボロの衣服に、だらしのない体。何日もお風呂に入っていないのか、身だしなみの一つも整っていない。
姿こそ様変わりしてしまっているが、ひと目見てその男がかつて私の愛した男性であるとわかった。
そして、私の意識はそこで途切れる。頭に激痛を残したまま。
*****
ここがあの娘の部屋か。
あの女の下半身を陵辱しながら、部屋を探索する。
いまあの娘はどんな衣服を着ているのか。どんな下着をつけているのか。俺好みの女に育っているのか。
俺とあの女の娘だ。きっと俺好みのに違いない。
母親は居なくなってしまったが、コレからは父親である俺と楽しく過ごそう。きっとすぐにあの娘も懐いてくれるさ。なにせ、俺の子供なんだから。なぁ、そうだろう?
そうしていると、階下で玄関の開ける音が聞こえてきた。
あの娘が帰ってきた。意外と早かったな。
さぁて、挨拶もそこそこにあの娘と遊ぼうか。
あの女の下半身を投げ捨て、ユックリと階段を降りていく……
*****
アリスは語る。誰に聞かせるわけでもなく、一人で喋り語る。
「ここで見た未来は、数ある可能性の中でも最も絶望に近い未来。私がこの空間で見せる未来は、私に喰われて無くなる代わりに、本人に見せ無ければならない制約もある。夢という形で見た未来は『獏』である私に食べられ無くなる。それがこの空間の真実。とても残酷だとは思うけれど、悪い可能性が無くなる事と引き換えなら安いものだわ。どうせ夢から覚めたら私のことも含めて忘れてしまっているし。ここに来た人間にはどうか幸せになって欲しいものだわ。」