大失敗してSAN値が削れまくった魔法使いが媚薬を誤飲する話。

えちえちなちゅっちゅが書きたかっただけなんで、それ以上のことは本当になんにもないです。
(続きは構想も)ないです。

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失敗の代償

 かつての君は非常に快活な女の子であった。

 

 何事にも全力で向き合う様は常日頃から楽しそうで、隙あらば見せたお茶目な振る舞いを見ると、幼心にも僕は心をときめかせていたものだ。

 多少やちょっとでは済まないほどの向こう見ずでもあった上、興味の惹かれる物事があれば僕の腕を捕まえて、どこまでも連れ回してくれた。

 

 確かに迷惑とは言っていたさ。

 いつだって僕は君を疎むような台詞を吐いて、渋々とした振る舞いを隠そうともしなかった。

……でも内心では次は何を見つけたのだろうと心が躍っていたんだ。

 

 君だって憶えているはずだ。最後は二人とも笑っていたじゃないか。

 

 こんな事を言うのは恥ずかしいけれど、僕は君だけじゃなくて君の見る世界にも惚れていたんだよ。…僕には決して届かないとさえ思えるような、素敵な色彩に溢れていたんだ。

 ふとした瞬間に君がどこかへと目を逸らせば、興味を惹かれて君の見るものを追ったものだ。

 その蘭々と輝く目が捕まえた先。君がどこを見て、次はどこに向かうのだろうと考える事をやめられなかった。

 

 決して面倒だったからではないんだよ。

 素直になれなかっただけ…大人ぶってしまっていただけなんだ。

 

「…だからもう一度、二人で遊びに行こう」

 

 縋るような足掻きにも聞こえてしまうナンセンスな訴え。

……対して誘発された言葉こそなかったけれど、喧しいほどの静寂こそが返答なのだろう。

 それは無くなろうとしていながらも寸前で揺れ続ける、潔く吹き消すことさえ憚られる期待の残滓であった。

 幾度となく理解させられても繰り返される愚かさは、それが彼女を傷つけることかもしれないと分かっていてもなお、どうしても止めることができない感情の暴走とも呼べるものである。

 

 もはや黒々とした闇が染みついてしまった瞳の中で、無精髭の中年が自嘲的な笑みを浮かべたような気がした。

 

「そういう気分でもないのなら、前に手紙に書いてくれた…君の描いた絵を見せてくれないか?」

 

 この先程の言葉に代わって呟いたセリフは、君に些かの動揺を与えたらしい。

 まったく変化の無かった君の表情が「手紙に」のあたりから、一瞬だけ驚いたかのような反応を示し、それから逡巡するように目線だけを彷徨わせる。

 

 ややあってから君の視線が、もう一度僕の方へと向けられた。

 

 眉尻が下がった申し訳なさそうな表情でゆっくりと、乾いて罅割れた唇が開かれる。

……しかしそこから意味のある言葉が発されることはなく、おぼつかない呻きを伴った口の開閉が小さく繰り替えされた。それから唐突に咳き込みだす。

 

 完全に話を聞くつもりで耳を澄ませていた僕は、呆気に取られて対応が遅れてしまった。

 もっともすぐに気を取り戻すことはできたので、持ち込んだレジ袋の中からミネラルウォーターを引っ張り出して、蓋を開けてから差し出す。

 それを君はおどおどとした手付きながら、しっかりと受け取って飲み始めた。

 

 ゴクリ、ゴクリと嚥下する音が2度ほど鳴る。

 ややあって乾いた唇からペットボトルの口が外れると、幾度ばかりか息継ぎめいた呼吸をふぅはぁとして…

 

 

 最後にもう一回だけ、深く吸い込んでから「もう捨てちゃった」と言った。

 目と目が交錯するけれど無言の中に意志はなく、ただ互いを痛々しいと思う名状しがたい空気感だけがある。

 どちらのものかも分からない嗄声で、謝罪の言葉が小さく置かれた。

 

◇   ◇

 

 どうやら失敗したらしいと察したのは、事が終わってからであった。

 幸いなのは鏡を見つめながら行う儀式であった故に、すぐさま失敗を悟れたということ。もっとも状況は明らかに悪く、事態は既に“多少”や“若干”で済むような状況ではないのだと察することは容易であった。

 非常に広範囲で深刻な…きっと取り返しのつかない問題を引き起こしてしまっているだろう。

 

 私の肉体は意図しないまま、異常な勢いで若返っていたのだ。

……しかし得られた実感はその程度の変化など、爪先の端にも満たないということを教えてくれる。

 

 半ば脊髄反射めいて”それ“を止めて風呂場から飛び出せば、靴下の類を履いていなかった足が触れたのは想像していたものとは掛け離れた感触。

 それと同時に認められたものは、安い賃貸の脱衣所ではありえない広い空間。もう無くなったはずの実家を彷彿とさせる…いや、ここは明らかに実家の脱衣所そのものだろう。

 

「何が起こっている…?」

 

 聞こえるはずがない音が響いている場所で、思わず漏らした言葉は遠く聞こえるのに、唾を呑む音だけが異様に響く。

 血が引ける感覚とでも言えばいいのだろうか…眩暈がするような予感に腹腔内がざわめいていた。

 

「…やりすぎた」

 

 独り言と同時に、もはや縋るようにフローリングを蹴った。

 今の自分の足は些か短く思えて、まるで夢で走っているかのようにもどかしい。

 走馬燈のように一瞬が嫌に長く感じる世界で、それでも辿り着いた脱衣所の扉を乱暴に開けると、見えたものは一階建ての…懐かしい平屋の廊下であった。

 面倒臭がって溜まったゴミ袋の山などは全くなくて、神秘学の仮説が書きなぐられた紙屑も見えない。それは古めかしくはあるものの清掃が行き届いた空間。もう既に無くなってしまったはずの場所。

 

 これは怒りではなく悲しみでもなく、あるいは恐れにも近いかもしれない。とにかく言い知れない感情によって眉間にしわが寄ったことを自覚して、しかし歯を食いしばって走り出す。

 どたばたと足音を響かせながら薄暗い廊下を駆けている状況に、些かの既視感を覚えながらまたもや知っている扉を開けると、そこに有り得ない二つの人影が見えてしまった。

 

 母さんが炊事をしながら「今日は早いのね」と言って、父さんが新聞を読みながら「休日だが遊びにでもいくのか?」と問う。

……まずいと思った。

 肌色が青褪めて、冷や汗が額に浮かんでいることを自覚する。

 

「こんなこと、は…ありえない…っ」

 

 まるで私の言葉じゃないみたいな言葉は耐え難く震えていた。

 呻いているとも泣いているとも取れないような奇妙な唸りに喉が鳴る。

 頭蓋の内側で“失敗した”と反響する音が響いていた。

 

「おい、大丈夫か?…母さん、██の様子がおかしい」

 

 いつの間にか紙面を降ろして見ていた父が心配するような顔をしていた。言葉に次いで新聞をテーブルの上に投げ、焦った様に椅子から立ち上がってこちらに向かう。

 彼の言葉を聞いた母も振り向いて見れば、一瞬硬直してから包丁を捨て置き…蛇口を捻って手を流しながら「病院…それとも救急車?」なんて呟いていた。

 

「あぁ、だめだ」

 

 呼吸が荒い。…家族のような彼らの心配する声が恐ろしかった。2人を無視して走り出す。どこか懐かしい内装を抜けてゆく。

 得てして子供の頃の記憶に基づいた光景というのは、実際よりも大きめに装飾されているものだが…この建物が異様に広く感じるのは、私が小さくなっているからなのだろうか?…それとも過去の実物より本当に大きいからなのだろうか?

 

 古めかしい横開きの玄関を開くと、そこは見慣れたマンションの外廊下であった。

 

 思わず振り返ってみればゆっくりと閉じ掛けている扉は外開きのものに見えて、明らかに先程開いたものとは違う鉄製のものに見える。…まるで出来の悪い悪夢のようだ。

 再度前方に視線を移して何歩分か足を動かす。向かい側の手すりに近付くと、感覚の薄れた手を使って欄干に触れた。そこから街並みを眺めれば、一面に広がるのは懐かしくて理想的な光景…に成りかけている何かがあった。

 建物群も人間もまるでモーフィングを途中で止めたように歪んで、形容しがたい不気味な物へと成り果てているのだ。

 

 自嘲的な笑い。身体中の力が抜けて、膝から崩れ落ちる。

 その忌々しい声質は女のそれに思え、しかし誰のものかわからなくなってしまっていた。

 

 不意に横から元気そうなあいさつと、くたびれた独り言が混じって同時に聞こえた。

 

「いってきまーす!」(「…いってきます」)

 

 声のしたほうを見ればランドセルを背負った女児(幼馴染のおともだち)にも、スーツを着込んだ中年(ブラック勤めのお隣さん)にも見える何かが映る。…どうやら現状を異常であると認識できていないらしい。

 2人(1人)と眼が合うと彼らは驚いたように目を見開いて…

 

「██ちゃん大丈夫!?」(「大丈夫ですか!何があったんです!?」)

 

 それから心配するように声を掛けてくれた。

 どちらの友人にもそこそこ世話になっているし、知っていたことではあるけれど…近年稀にみるような親切な人たちだ。

 

……どうにかして元に戻さないといけない。

 

 頭痛がする頭を押さえて立ち上がろうとし、唖然とする。…記憶がないのだ。

 非常に強い罪悪感と自分が何かをしてしまったという確信はあるのに、何もかもが分からない。

 

「私は…何をしたんだ…?」

 

 

◇   ◇

 

 

 自分の家、家なのだろうか?…よくわからない。

 とにかく寝食を行っている場所にわざわざ訪れてくれた、付き合いが一番長い友人であり想い人であった人を見詰める。

 彼が呟き続ける熱心な口説き文句を聞いてみれば、勘が良いのか知っていたのかは分からないが…明らかに現状が異常なことに気が付いているようで、またその原因が私であることも察している様子であった。

 

「ごめん」

 

 悍ましい空間に謝罪の言葉が響く。…どうして彼が、謝るのだろう。

……いや、私が謝ったのかもしれない。最近はよくわからないのだ。

 記憶も行動も不明瞭になってしまって、時折何をしているのか自分でも定かではなくなってしまうときがある。

 

 来客があるというのにこれではだめだろう。間違って彼を害してしまうかもしれない。

 靄が掛かった思考を晴らすべく空を握り締め、幾ばくかの錠剤を強く想像する。…仮想上の成分を具体的に設定しては世界を操って、そこに有るべきものを配置するのだ。

 次に手を開くとその中には…どうやら色々と詰めが甘かったようで粉状になってはいるものの、白い薬が散らばっていた。

 

 それを口に投げ入れると、冒涜的な味が口いっぱいに広がる。

 間違いなく五味には属さないと直感でき、しかし辛味でも渋味でもない。まるで人間の持ち得ない感覚を強要されているかのような…形容できない不可能な味覚であった。

 また、どうやらそれは人間にとって受け入れがたいものであるらしく、私の身体は深刻な拒否反応と不快感を示している。

 彼からもらった少なくとも未開封のペットボトルに入っていたらしい、一見するとミネラルウォーターのように思われた液体で、ぼそぼそとした感触で席巻する不快を飲み下した。

 

 横目に彼が、まるでその行動を止めるかのように手を伸ばしていたけれど…

 これがないと君を消してしまうかもしれないんだよ。…だから止められるのは困ってしまう。

 

 ごくん、と。

 

 音こそしないが確かに飲み込んだという実感が得られ、喉の内側を擦りながら腹の奥に落ちていく感触を認めた。

 

「…へ、へへ」

 

 変な笑いが漏れた。

 名状しがたい感情が騒めきだしてなんとも変な気分である。

 無力感と万能感が入り混じった、何にもできないからこそ何でもできると言えばいいのだろうか。吹っ切れてしまって自分の欲求に素直になれるような…きっとこれは自己否定的な積極性という表現が最も似合うものだろう。

 たぶん薬の設定を間違えたのだ。こんな効果は想定していない。

 あんな酩酊状態と変わりないような知能まで落ちぶれた状態でやるからそうなるんだ。

 これは媚薬に近いだろうか。…でも、いいな。これは。

 

 

―――今のは…大丈夫なものなのか?」

 

 訝しみと心配を込めて問いかければ、やはり返事は帰ってこなかった。

 さっきよりも深く俯いていることもあって、伸びきった前髪が目元を隠してしまって表情も読むことができない。

 彼女の精神状態も相まって大分心配は強いのだが、それと同時に笑い声のようにも聞こえる呼気を漏らしていて、先程までとは違う雰囲気を漂わせているのが気にかかった。

 とにかく異変を見逃さないように様子を見ていると、ふと気が付く。

 

 彼女の口角が吊り上がっているのだ。

 まるで三日月のように形作って、ひどく楽しげに。

 

 僕は一瞬、何が起こっているのか分からずにフリーズしてしまった。…君がそのような表情を浮かべてくれたのは、もう随分と久しぶりの事であったのだ。

 ただしそうなった原因については明らかであって、一体何の薬を作り上げたのかいよいよ以って心配になってくる。仮に知れたとして僕にできることなど多くはないのだが、それでも君に問いかけようと試みて…

 

「一体、何を飲ん――

 

 失敗した。

 

 何者かに…もっとも考えるまでもなく彼女の不思議な力によるものだろう。首根っこを掴まれて後ろへと引っ張り倒されてしまったのだ。

 僕は彼女を怒らせるなり傷つけるなりしたのだと確信し、これからどうするべきか思料しようとし、しかし頭を打ち付ける鈍い音によって思考が飛ぶ。

 そうして仰向けに倒れ込んだ瞬間、両手足を捕えるように冷たい拘束具のようなものがはめられた。

 

 後頭部の鈍い痛みに呻きながらも反射的に腕の先に視線を送れば、継ぎ目の類が全く無いように見える鉄輪が付けられていた。その先に見える鎖はどこにも固定されていないように見え、しかも途中で切れてさえいるらしい。

……しかしそれを気にすることはなく、ただ自らが拘束されていることだけを認識した僕は、きっと正面にいるであろう彼女を見ようとして頭を持ち上げた。

 自然と四肢も動いて鎖がじゃらりと鳴り、それは半ばから張って動かなくなる。僕は拘束具が少なくとも現実的ではない方法で固定されていることを体感的に察しながら、次の瞬間……

 

 下腹部に軽い衝撃を感じて、小さな手で肩を押された。

 

 浮かせた頭を押さえつけられたことで、再び頭を打ち付ける。

 今度は先ほどよりも勢いづいていて、音も相応に響いたのだが…

 それよりも気になることがあったのだ。痛みによって軽く顔を歪めながら、感覚からしておそらく僕の上に跨っているであろう相手に眼をやった。

 

 そこにはすっかり隈が染みついた瞳をにんまりと細めて、心身の憔悴を象徴するような青白い顔色を火照らせた君がいた。

 

 今でこそ様々なネガティブな感情…

 例えば卑屈さであったり絶望であったり、そういうものが染みついた表情をしてこそいるが、それでも随分と懐かしい『良いことを思いついた』と言わんばかりの楽しげな顔付き。

 あの得体の知れない粉を思えば、そんな感想は抱くべきではないのだろうが、きっと。

 僕はそれを見て、嬉しかったのだと思う。

 

「あ…」

 

 僕は感情の高鳴りによって絶句するように言葉を詰まらせた。

 

 君の顔が近付く。

 まるで深淵のように覗き込む瞳が、黒々として近づいてくる。

 君の口から漏れる荒い熱が蒸気機関めいて白ばんで、何度も何度も顔にぶつかった。

 

 風呂になどしばらく入っていないのだろう。据えた臭いが鼻を着く。

 先程の粉がそうさせるのか、彼女自身の力のせいなのか。薬品の臭いに混じって、まるで砂糖のような甘い匂いも感じる。

 

 はぁ、はぁ、と露骨に性欲を滲ませる獣のような呼吸。口腔の内側…暗がりに妖しく開いたそこから止めどなく漏れる蒸気を見、次に起こるであろうことを理解して…

 こんな形でも憧れと共にあれることが嬉しかったのか、はたまた緊張しているせいか。まるで息をするリズムが分からなくなって溺れてしまいそうだ。

 

 どちらかが唾を呑んだ。…耳鳴りがしている。

 

 過剰な不養生を以っても『整っている』と断言できるような、仄暗い愉悦の顔が視界いっぱいにあった。

 身体に覆いかぶさるように彼女の身体が倒され、それはもっともっと近づいてくる。…と同時に理解できるのは君が暖かくて、小さくて、人間としては些か軽すぎるほどだが確かに重さを保持しているということだ。

 その得体の知れない実感を何と言えばいいのか分からないけれど、強いて言うならばそれは“生きている”という感じがしていた。

 

 緩やかに、しかし確実に。

 これ以上ないほどに近づいて…その果て。

 

 柔らかい感触に、貪られる。

 

 遠くでじゅる、と啜るような水音がした。

 唇の上を吐息より熱くてぬめったものが這いまわって、呼吸をすると彼女の熱も入り込んできて、ますます苦しくなる呼吸。

 緊張して硬直した僕の口、その表面をしばらく撫でると、やがて彼女の舌は内側を求めるように、上唇と下唇の間に差し込まれる。

 

「ん…ぅん」

 

 抗議するようなくぐもった声。

 意図を理解して恐る恐る迎え入れれば、彼女の瞳が一層強い熱を宿した気がした。

 

……彼女の肉がはいってくる。…息が吸えない。

 

「ふっ、んぅ…ちゅ、ぅ……」

 

 君の呼吸、君の水音、そして君の声。

 そのどれもが鮮烈な刺激を持っていて狂気的だ。脳髄が沸騰しているかのように熱い。

 

 最初にそれはまず下の歯と歯茎の表側を経由して、奥歯の天井まで撫でていった。その流れで一瞬だけ舌が触れ合ったかと思えば触手めいて絡みつき、去り際にそのまま引っ張り出すかのような動きで激しく啜られる。

 生々しく不規則な呼吸に混じって、ごくんと嚥下する音が確かに聞こえた。

 

「んじゅ…ぅん……はぷ、ふ…」

 

 次いでこちらに入り込んでくる熱い液体。

 訳が分からないまま自然と舌の上へと流れ落ちてくる、その性的なものの味が分からずに持て余していると…矢継ぎ早に侵入してきた彼女によって、舌ごと絡めとられて攪拌される。

 舌の裏側を這いまわって、歯茎の裏側まで余すことなく押し付けて…

 

 ますます繰り返されるカオスに身体は末端から痺れてくるのに、口内の味と感触だけが鋭敏でありひたすらに熱く感じられるのだ。

 

……そんな最中にも呼吸困難に陥っているせいか、それとも興奮のせいかもしれないが、視界の明滅が始まった。

 じっと様子を観察する底のない瞳が、一層熱を帯びて愉悦に歪む。…強烈に見つめる視線が自分の瞳よりもっと奥、まるで心さえも覗き込むように貫いていた。

 

「ふ…んふふ、ぇろ…じゅぅ……」

 

 微かに漏れ出た笑い声。

 精神の限界を超えて高まる性感。

 呼応するように水気を増していく音。

 幾度となく交換される互いの呼気と唾液。

 

 その捕食めいた欲望の吐露は、猫が獲物を痛ぶるように執拗で、絡め取っては引っ張り出されてしゃぶられて、様々な工程を交えては、入れ替えて…

 ほとんど無限にも思えるほどの時間…繰り返された。

 

 

「はあーッ…!!」

 

 幾許かのタイムラグがあった後、盛大に息を吸う彼女を見た。

 

 そこでようやく熱が離れていったことを認識すると、僕も「ひゅ」と不格好な音と共に呼吸を再開させる。

 きっと溺死した後に蘇ってもこれほど息苦しくはないだろうとさえ思えるくらい、非常に困難な息苦しさを感じながら、必死に空気を取り込んで吐き出す行為を繰り返した。

 先程までの入り乱れていた熱さとのギャップによって、口腔から肺までの管を行ったり来たりするものが異様に冷たく感じてしまう。

 

「きもち、よかった…ね?」

 

 幼児の食事めいてベトベトになった口元を拭った彼女の…もう乾いているようには到底見えない唇から、熱に浮かれた途切れ途切れの声が囁かれる。

 なぜだか彼女の声を鼓膜で受け止めただけでも、まるで首筋をくすぐられるような得体の知れない痺れが走って、まだ冷めやらない胸奥のざわめきが強くなるのだ。…しかしそれでもなんとか頷こうとした。

……だがそれも君が自らの背後、僕のズボンの中へと手を這わせたことで阻止されてしまう。

 何とも情けない悲鳴。下手なひよこの物真似めいた音を漏らす僕を、にやにやとした笑みで見詰める君は上機嫌に笑っていた。

 

「すごいね…一回じゃ、ないでしょ……」

 

 しばらく後ろ手に粘液を弄り続ける彼女は、先程までの獣じみた様子とは打って変わって、まるで花魁のように妖艶な微笑を浮かべている。

 君の手が故意か偶然か…しかしあくまで偶然を装って“それ”に当てられて、身体を跳ねさせたり悲鳴を漏らす様子を興味深そうに、楽しそうに見つめていた。

 彼女の冷たい手は腫れあがったそれには些か刺激が強くて、大したこともしていないのに徐々に高まってきてしまった。…あるいは明らかに敏感すぎる状況によって、彼女が力を使って何かしているのかもしれないとも思い至るけれど、そうだとしたらむしろ喜ばしいまであるだろう。

 

……なにせ君の方から僕を必要としてくれたことなんて、もう何年前が最後なのかもわからないのだから。

 

「あっ…」

 

 とうとう刺激に耐えきれなくなって吐き出せば、彼女は微かに意外そうであり、そうでありながら喜色も孕んだ声を漏らすのであった。

 

「また…もらしちゃった、ね……?」

 

 語尾に音符のマークでも着きそうなほど、いたく爛々とした口調でくすぐる音。かんばせの方はそれよりもっとわかりやすく楽しそうだ。

……そうしてやがて排出が収まると君は、手に付着した粘液を顔の前まで持ってくる。

 手のひらに置いて指で伸ばしたり、すんすんと臭いをかいでみたり。

 あえて言うならば『未知との遭遇』なんて言葉が似合いそうな様子でもって、汚濁を観察している姿はなんとも背徳的に見えた。

 

……しかしその様子から察するに、どうやら経験豊富というわけではないのかもしれない。

 心なしか手慣れているように見えたから、意外だと思ったのだがそのような推測は外れていたのだろう。

 

 やがて彼女はそれを自分の口まで持ってきて、まるで猫のように舐め取った。

 白濁をべっとりと纒った指に、赤い舌が這う様は蠱惑的に映る。

 

「いいね、これ…」

 

 呟きと共にすべてを舐め取った彼女は、やはり邪知に浸っているようなにんまりとした笑みを浮かべていた。

 

 そこまで来てようやく気が付いたのだが、彼女の肌の様子が先程までと比べて明らかに健康的なものになっているのだ。…加えて、もはや骨が浮かぶほどに痩せ細っていた身体も、病的ではない…強いて言うなら痩せぎすといった程度にまで回復している。

 目元の隈と伸び放題になった髪こそ変わらないけれど、それでも圧倒的に健全なように見えるだろう。

 

 ふと思い出すのは彼女の身体状態が、精神の状態に比例して変化するということであった。

 僕を押し倒したことで何か、心境の変化でもあったのだろうか。それとも薬の効果なのだろうか。

 様子がおかしくなったタイミングからして、後者のほうが妥当性はあるかもしれないが…もしも前者だったら嬉しいと思う。

 

「服、もう…いいよね?」

 

 どうやらもう次にやるべきことは決まっているらしい。…分かっていたことではあるのだが。

 

 彼女は僕のシャツに手を触れると、そこを起点に波紋が広がるように服が消失していく。

 既にこういうことには慣れていたため驚くようなことはないが、眩くも目に痛くはない光を伴って消えていく様子は非常に綺麗なものであった。

 ただ、以前に何の演出もなく物体を消失させる様子も見ているため、光は彼女が意図してこだわっているものなのかもしれないと思う。あるいは、これも彼女の精神状態に由来するものなのか。

 

 そんな風な考えを巡らせた瞬間、不意に乳首を摘ままれた。

 驚いてそちらを見てみれば彼女は、相変わらずの笑みでこちらを観察してきている。

 もっともそれがどれほど上手なものであろうと、今までそういう趣味は持っていなかったため、流石にこれで快感を得るということはなかった。

 触られている気はするけどそれ以上のことはなく、強いていうなら微かにくすぐったさを感じかもしれない…といった程度の感触。困惑して「なにを…?」と問えば、彼女は楽しそうに「かわいい」と呟いて笑う。

 

「次は私だから、ね…見てて…?」

 

 どうやらこれが本題だったようだ。

 彼女は自分の胸のあたりに手を置くと、そこから服を消失させていく。

 徐々に肌色の面積が広がっていく様子に刺さる視線を見て、どうやらいたく満足しているらしい。

 

 細められた視線の内に覗く黒色には絶望などなく、しかし前日よりも一層諦念を強めながら…

 それでも強い劣情と共に、一人の正常な男を見つめていた。

 

 

 


 

 

 

 

自分の汚い欲求も。

認めたくない事実も。

恐ろしいことも、辛いことも。

 

全てあるがままに受け止め、抵抗せずに流されてしまおう。

 

選択があれば為すがままに身を任せ、失敗は気にも留めずに忘れてしまって、全てその時の惰性に従うことにしよう。

もうそれでいいじゃないか。何年、何十、何百年と没頭したよ。

望みが絶たれていることを知るために。…そのためだけに歩みを進めるのはもう辛いんだ。

 

皆はこんな異常な世界で、まるで楽しそうに生きているよ。

そもそもどれだけ経ったかも分かっていないんだ。

私だけがあのときの記憶に引きずられている。…私だけが。

 

どんなに罪深くても、どんなに無責任でも、どんなに懐かしくても…

 

もうすべて、あきらめてしまおう。

彼がいてくれる。それだけで十分じゃないか。


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