人の気持ちなんか、わからない。
自分の気持ちさえ、わからない。
そんなもんですよ。
わからないまま、進んでしまう。
俺には確かに、分からない。先輩の気持ちなんて、どうやったって分からない。
千夏先輩は一つ上で、バスケ部で、女子で。何もかも、違うから。どんなに考えたって、本当の事は分かるわけない。でもそれは、誰が相手でも同じだ。どこまでいったって、他人なんだから。出来ることは、気遣う事だけだ。そうやって、探り探りやっていくしかない。
それでも、焦りはある。あるんだけど、どうして良いか分からない。
分からない事は誰かに頼る、それが良いのは俺の頭でも理解できる。
でも、だからって。
これは――許されるのか。
「いのまたたいきくん、本当にちーが好きなの?」
昼下がりの喫茶店、花恋さんにいきなり全力で抉られた。たまたま街で会って、良い機会だし色々聞かせてよ、と連れ込まれて即これだ。針生センパイと付き合えてるだけあって、この人も相当な人なんだな。
大喜で良いです、ととりあえず返して。そこから、それから。
「は、……い。好き、です」
口にするだけで、顔が赤くなっていくのが分かる。もし誰かに聞かれでもしたら、と言うかこの人千夏先輩の幼馴染みなんだよな。うっかり口を滑らせかねない、早まっただろうか。そりゃいつか告白はしたいけど、「今」じゃない。
それは分かって貰えるだろう、と思ったけれど。
「んー……あのさ、早い内に伝えなさいね。手遅れになる前に」
コーヒーを一啜りしながら、花恋さんは渋い顔をしている。
それは。一体。
「余程嫌いな相手でもなければ、好きって言われたらそれで「あ、私も好きかも知れない」ってなり始めるのが人間よ。大喜くんだってさ、近くの女の子に「大喜くん好きです」って言われたら、多分その子を好きになってくるだろうし」
近くの女の子、例えるなら――雛か。雛がもし、俺を好きだと言ったなら。俺は雛を嫌いじゃないし、傷付けたくない。もしかしたら確かに、俺はそうなるかもしれない。俺は千夏先輩が好きだと雛に言ってるし、応援もしてもらってるけれども。雛が押してきたら……?
「あの子今はバスケしか頭にないし、渚たちが周り固めてるから男子がちょっかい出したりはしてないよ。でもさ、先はわかんないよ?」
もし、もしも。岸くんみたいなのが気合込めて突っ込んできたなら。千夏先輩は、どうするだろうか。一途に好きだと伝えられたなら。優しいあの人はきっと、きっと……。
ゾワリ、と背筋が粟立つ。考えたことさえ無かった、そんなこと。
「私もさ、健吾を取られかけたんだよ。あっちから告って来るかな、とか思ってたらあのバカ結構モテるんだもん。慌てて告白したわよ」
まあ良いんだけどさ、と花恋さんは笑うけど。俺は、戦慄したまま固まってしまう。
千夏先輩を好きなのは、俺だけじゃない。誰かが先を越すかも知れない、そんな当たり前のことすら考えていなかった。俺が告白できるようになるまで待っていてくれる、とさえ思っていた。まだまだ時間はある、と勘違いしていた。
どうすれば良い、もう今すぐ帰って告白すればいいのか。でもインターハイ直前の今になってそれはダメか、負担になるだけだ。いやそうやって逃げる口実つくって、結局先送りにする方がダメなのか。思考はグルグルと堂々巡り、頭がオーバーヒートしていく。ただでさえメモリ不足の脳を酷使するばかりで、なんの結論も出てこない。
「――まあ、私も協力するよ。君は健吾の話通り、良い子だからね。ちーを任せるには、まだまだ足りないけど」
誉められているのか貶されているのか分からないけど、でも協力してくれるのは心強いかもしれない。
俺一人の頭じゃ、どうにもならないから。
「なるべく早く告れるように、おねーさんが色々教えてあげようね」
ニッコリと笑うその顔は、でも。なんだか、不穏な気配を感じる笑顔だった。
で。何がどうなったのか。あれよあれよと言う間にあれこれと右往左往しつつ話が進んでいって。
……気が付いたら俺たちは。駅裏の、古ぼけたそういう感じの――所謂ラブホテルにいた。
おかしい。絶対に、おかしい。俺は千夏先輩が、好きなのに。そもそも花恋さんは針生センパイの彼女なんだ、なのに何故。何故こんな事に。
分からないことが多すぎる、なんだこれ。
「とりあえず、ね。大喜くんはさ、あまりにも女子の相手するの不馴れ過ぎ。それで大袈裟に構えちゃうから、怯えて何も出来ないのよ」
う。それは、有るかもしれない。先輩の一挙手一投足にドキドキしている状態で、どうやって告白なんか。でも俺、女子の友達ってそれこそ雛くらいだし。まああれは分類上女子ってだけで、匡とたいして変わらないからな。確かに女子との会話経験とかは殆ど無くて、だからこそ怯えが出るのか。なるほどと思うけど、それをどうやって改善していくか。女子の友達増やしていく、ってのもなぁ。千夏先輩に変な目で見られたくないし。
再び無い頭を使っていると、不意に視界が翳った。
え、と思う暇さえなく、唇に柔らかく温かい感触がやって来て。それが離れて漸く、何が起きたのか頭が理解する。
キス、された。それも唇に。針生センパイの彼女なのに、花恋さんは。俺に。キス、を。
頭の中で暴風が渦を巻き始めたその時、花恋さんは呆れた顔で俺の額にチョップを落としてきた。
「そういう所よ。あのね、気持ちが入るからキスは大事なの。今のは単に唇が触れ合っただけ、キスはキスだけど挨拶みたいなもんよ。それくらいで動揺しないの、大したことじゃないんだから」
そういうもの、なんだろうか。俺が免疫無さすぎるだけで、普通はそんなものなんだろうか。花恋さんが平然としている辺り、俺が子供なだけで。
いやそれでも、やっぱり。なんか、違う気がする。抗議した方が良いと思う、このままだと色々不味すぎる事になりかねない。現時点でこんな場所に二人きりなんだから、相当に不味いんだけど。
ここは逃げ出すべきか、と離れようとした俺。でも腕を捕まれた途端に重心が崩れ、花恋さんめがけて倒れ混んでしまう。そうじゃない、逆だ。なんで俺はこういう時に。
もがく度に体勢はおかしくなり、わずかの間に俺の顔は花恋さんの胸元へと飛び込んでしまっていた。いや、いやいや。いやいやいやいや。なんでこうなる。
「す、すいませっ、んっ」
最悪だ、あまりにも不味すぎるじゃないか。
こっちはそう思っているのに、花恋さんは。どういうわけか、逆に俺の頭を胸の谷間へと押し込んでくる。
「はいはい、あんまり騒がないの。これくらいでパニクるから、肝心なときにフリーズしちゃうんだって。ラッキーだと思っておきなさい」
これくらいで、じゃない。肌の温もりも柔らかさも、理性を奪うのに十分すぎる。もしこれが千夏先輩だったら、俺は多分死んでる。危うく人を殺しかけておいて、その軽さはなんなんだ。
「やっぱりさ、もっと馴れておかないとダメだよ。人並みに免疫つけておかないと」
尚も勝手を言いながら花恋さんは俺を抱えたまま、器用に。
「あ、……のっ、なに……をっ」
服を、脱ぎ出した。まるで自然に、なんでもないことのように。
顔を背ける事さえ出来ないほど固まった俺とくっついたまま、その肌が晒されていく。
「一通り経験しておけば、少しは自信がつくでしょ。練習だと思って、……しちゃおうよ」
異性の裸なんて、そうそう見る経験なんかあるわけない。想像さえ出来ない、出来るわけがない。なのに今、目の前にそれがある。しかも同じ部活の先輩の、恋人のが。俺は罪悪感で胃が潰れそうなのに、花恋さんはそんな気配が微塵もない。むしろ、楽しそうでさえある。
「ほら大喜くん、女子を誉めるのは男の子の仕事だよ? 私のカラダ、どうかな?」
一糸纏わないその姿は余りにも眩しくて、直視なんか出来やしない。これに慣れろ、なんて無理も良いところだ。それでもなんとか、言葉を絞り出していく。
「あの、……綺麗、です。スゴく、あの……」
無い語彙力をどうにかしようとする俺の手を花恋さんが掴み、そして。その胸へと、押し付けた。
「ほら、どうかな? これなら、具体的に言えるよね?」
むにゅん、と音がしそうな程に柔らかい感触。伝わる肌の熱さ。おっぱい、という言葉がそのまま具現化したような、気持ちいいさわり心地がそこにある。
女子の身体って、こうなのか。
「あ、……、スゴく柔らかくて、温かくて、気持ちいい……です」
「そうそう、思った通りに口にする方が良いんだよ。下手に小細工するより、ね。……この子みたいに素直な方が可愛いからさ」
悪戯っぽく笑う花恋さんの手は、俺の腰を通り過ぎて。その、下へ。
布越しにも指先がなぞる感触は伝わってくる。からかうようなその動きに、敏感に身体は反応していく。
触られている、それだけで腰が抜けそうだ。
「ん、窮屈そうだね。じゃーあ、お外に出ましょうねー……っと」
頭の奥に抵抗する意思は生まれても、形に出来ない。そのまま一気にずり下ろされ、もう一人の俺は花恋さんによって表に出されてしまった。
女子に、見られている。触れられている。恥ずかしさと後ろめたさ、そして気持ちよさがマーブル模様に解け合って心を埋め尽くしてしまう。
「顔のわりに結構凶悪じゃない、でもちょっと恥ずかしがりやさんだね。
ニヤニヤとしながら花恋さんはその指を皮に食い込ませ、そのまま――ゆっくりと下ろしていく。自分でさえ弄らない被ったままの皮が小さな痛みと共に引き摺られ、やがて完全に先が露出するのを俺は他人事のように見守るだけだ。
「あーあ、ちゃんとしないから滓付けちゃってる。こんなのちーに見せられないよ? キレイキレイしようねー」
軽くそういうと花恋さんは、そこに顔を寄せ――
フェラチオ、という行為は知っている。知っては、いる。でも知識として、だけだ。そんなものはなんの意味も無いんだ、と気づかされたのは一瞬の間。全体が熱く柔らかい肉の中に包まれ、吸い上げられ、舌が絡み付くその感覚に、声を上げながらへたり込んでしまう。こんなのは、知らない。こんなにも気持ちいいことがあるなんて、知らない。尻餅を突いて情けない声であえぎ続ける俺の脚の間で、花恋さんの蕩けた顔が前後に激しく動いていく。上目遣いでこっちを見てるその顔は、余りにも淫靡で。耐える気力すら、根刮ぎ奪い取ってしまう。
「あ、ぁ……っ、あー……」
声にさえならなくなった、その音と共に。尿道を塊が抜けていくのが、止められない。止めたいとさえ思わない。他人の身体の、その内側へ射精している。罪悪感はすぐに融かされ、心は塗りつぶされていく。ただただ、気持ちいいだけ。それ以外が、消えていく。
喉を鳴らして顔を上げ、花恋さんが笑うのが、遠い世界の出来事のようにさえ思えてくる。
「結構濃かったねー、溜まってたのかな?」
ちーがいたら気軽に抜けないよね、と言いつつ立ち上がる花恋さん。そしてその手は、自分の脚の間へと向けられる。僅かに開いた肉の襞が指に押し拡げられて、
「ん……っと。ほら、見えるかな?」
その内側が、露になった。濡れて光るその粘膜、内臓そのもののような、そこが。女の子の、オンナノコ。どこかグロテスクではあるけど、眼が離せない。入りたい、と本能が叫んでいる。
「じゃあ……、しちゃおうね」
俺を跨いで、しゃがみこむように。
少しずつ、高度が落とされていく。
このまま行けば、あと少し。あと少しで、俺は――。
「花恋さ、……ん。ダメ、です……からっ」
頭の芯に残っていた理性が、それに待ったをかける。こんなのは、違う。許されない。
針生センパイにも千夏先輩にも、顔向けできなくなる。
ここまでしてもらって、それでも。俺は、これじゃダメなんだ。
「そっか。……まあ、そうだよね。初めてはちーじゃなきゃ、ね」
花恋さんは落としかけていた腰を止め、全て理解したような顔をして、そして。
「ま、そんなの知ったことじゃないんだけど……さっ!」
ドスンと音がするほどの勢いで、
でも感じたのは、上から押し潰されるというより挟み潰される衝撃。両手で握り締めるより尚強く、柔らかいものに埋まったまま、締め上げられている。
視界に入るのは、重なりあった二人分の腰。その間にあったものは、何処にも見えなくて――。
「ぅあ、あ……っ」
呑み込まれた。花恋さんの中に、全てが呑み込まれた。起こったのは、それだけ。口の中より遥かに狭く、熱く、淫らな、その場所に。
「んー、どうかな? これで大喜くんもオトナだね、おめでとー」
子供をあやすような口調で、俺の頭を撫でながら。
押し寄せてくる喪失感、裏切りの色。俺が絶望感に苛まれているのに、花恋さんはそんな素振りも見せていない。
「あ、今ちょっと落ち込んだ? 気にしなくて良いんだよ、気持ちと身体は別だからね。私も仕事でいろんな人とするけど、好きなのは健吾一人だし」
勝手すぎるとしか思えない、でも欠片ほどの悪意も見えない。本気でこの人は、こうなんだ。俺が理解できない人なんだ。
「最初はそのまま、動かなくても良いよ。ゆっくり覚えていこうね、ちーとする時のためにさ」
身体は動いていないのに、内側だけはゾワゾワと蠢いている。俺を責め立てる、それだけを目的にして。
止まったまま、でも激しく。矛盾したその動きが、形容しがたい快感を連れてくる。これが全て、花恋さんの意思でやっているのだとしたら。俺は最初から、詰んでいたんだ。目をつけられた、その瞬間に。
「うぁ……、……ぁっ」
呻き声と共に、身体が痙攣していく。それが何の為なのか、考える迄もない。射精、それが始まる前兆だ。食い止める程の気力が、残っているわけがない。もうどうにでもなれ、と捨て鉢なまま生理現象として受け入れようとした、その時。
「お、出そうだね、じゃあ、――えいっ」
花恋さんの内側で、グニュリと音がした。……ような気がした。そして肉の蠢きが、突然変化する。まるで、まるで――
いや、「ように」じゃない。吸われている。精液を吸いだそうと、内側が吸い付いてきている。
「私これ得意でさー、ほらほら全部出しちゃいなさーいっ」
その声はもう、殆ど聞こえない。余りにも、気持ちよすぎる。意識が細切れになり、精液に混じって出ていくようだ。何もかも、消え失せていく。最後の一滴まで出し尽くすより早く、俺の視界は暗闇に消えていった。
花恋さんの芸能活動
俺は、割りきれないまま。誰が好きなのか、もうわからなくなっている。
千夏先輩を好きだった筈の俺は、何もかも花恋さんに持っていかれて。花恋さんは針生センパイしか好きじゃなくて。俺はもう、どうしていいか分からない。
分からないまま、俺はまた花恋さんとセックスしている。そろそろちーに告白したら?、なんて言われながら。
どうにもならない俺は、結局堂々巡りのまま。終わることも始まることもなく、ただ立ち止まっている。
焦りながら、諦めながら。ただ、そのまま。
渚ちゃんに続いて、また扇町さんはこういう風にしてますねえ。だって書きやすくて、つい…。