人間に扮して昼の里で遊んでいたある日のこと。
まるでバーゲンセールに集まる主婦のような妙な人だかりが見えたので、火事を見にくる野次馬達のような他人事な心境で、そこに割って入る。
「なになに、何の騒ぎよコレ」
「おお、あんちゃんも騒ぎを聞き付けて来たか」
「お、鯢呑亭常連のオッサンじゃんか。どしたん?昼間だからって飲んだくれてねーの?」
「当たりめーだ、俺は呑兵衛じゃねーんだよ。で、あんちゃんよ、これどう思う?」
「んぁ?……え、なにこれ」
そこには、妙に角が丸まった字で、地面に文字が掘られていた。
なんじ、ホネをきたえよ
さすらばすくわれん
ホネのまじんより
「……なんじゃこりゃ」
「この『ホネのまじん』とやら、骨を鍛えろと俺ら人間に訴えかけてるみたいなんだが、コイツは一体何なんだろうな?」
「さぁ?人間のイタズラじゃあねーの?」
「そうさなぁ、有り得なくはないが……。だが、妖怪だって里に出入りする昨今、何らかの妖怪の仕業と思われても仕方ないよな。そういや、あんちゃんは元便利屋なんだろ?妖怪にもツテがあるとか、前に言ってたが……骨関連の妖怪とかは居ないのか?」
「知り合いには居ねーなぁ。ま、調べてみるよ」
「おう頼むぞ。下手すれば、というよりもし被害があれば博麗の巫女殿に依頼するしかなくなるしな。そうなるとまた、被害を受けた各所で集金するしかなくなるし……それは面倒だからな」
「……今のは霊夢には黙っとくよ」
「あ、お、おう、それで頼んだ」
◆
骨関連の妖怪といえば、代名詞的な存在で言えば餓者髑髏だろう。次点で、鳥山石燕で有名な狂骨。狂骨なら井戸とセットで考えた方が良さそうだし、実際幻想郷では井戸が現役の場所もあるし、一応は両方の線で捜査した方が良さそうだ。
歌い骸骨という怪異もあるにはあるが、これとは毛色が違う気がしなくもない。
「能力を使えば秒なんだけどなー……」
だがそれはしない。つまらないからだ。たまには苦労して自分で調べるのも良さそうだ。どうしても途中でムラムラしたりすればその辺の妖精を襲い、それが終わればまた捜査に戻ればいい。
とりあえず、まずは聞き込みだ。
「よっ、ばんきちゃん」
「……はい?人間に知り合いは…………えっ?」
「お、気配漏らさないと気付けないくらいには俺の擬態も完璧に近付いたのかな?」
「エスカルゴ!?」
「しーっ、しーっ!人間として潜入してんだ、今は
『坂田ヴァルゴ』とでも呼んでくれ。人間としての偽名だから。あと設定としては『元便利屋』の人間だから、覚えといてくれると助かるよ」
「せ、設定って……」
「そーそー、設定。それと、名前の『ヴァルゴ』は
『
「思った以上に自己顕示欲の塊な偽名だった」
「ところで、『ホネのまじん』知ってる?」
「勿論。というか、知ってるも何もココ最近ずっと里で話題になってるよ」
「え゙っ、そーなのっ!?オッサン、さっきそんなの一言も言ってなかった……」
「……とにかくね、数日前から里に出没してるみたいだよ。出没と言っても書き置きを残すだけだけど。不気味だよね、なんかさ」
「だな。霊夢に話が行く前に俺がカタをつけようと思うんだが、ばんきちゃんは何か情報あるか?」
「ま……接客業やってれば、仕事してるだけで情報は入ってくるからね。私が知ってるのは……」
一つ、神出鬼没。里の何処に現れるか予想不能。
二つ、地面に文字が書かれているだけなのですぐ風化し、妖力も何もかも霧散してしまう。
三つ、文字は夜間に書かれている。
四つ、各所に書かれる文字は全て同じで、何れも
「ホネ」のみが片仮名、残りは平仮名。恐らくは漢字だと文字が太くなりすぎるせいで文字が潰れてしまい、読めなくなるからだと思われる。
「こんなとこかな?」
「神出鬼没か。何処に現れるか分からないって事は対策のしようもない、のか?それとも、逆に全てを警戒しておけばそれで事足りるのか……?」
「いや……里って割と広いじゃん、全てを一気に警戒なんて……って、あんたならできるよね、そりゃ」
「そ〜さ、俺ならね。霊夢よりその辺は優れてると自負してるよ。とはいえ範囲だけ絞りたかったけど無理ならそれはそれでいいや」
「ごめんね、ろくな情報が無くて」
「ううん、全然。里に来るついでにばんきちゃんと話す口実が欲しかっただけだし。んじゃまた」
「……何でそんなのサラッと言えんのかな……ホントムカつく、アイツ……///」
◆
さて、人はまず「まじん」と聞いて、パッと何を思い浮かべるだろうか。「魔人」か?「魔神」か?
もし「魔神」の方なら、少々厄介かもしれない。この「魔神」は災いを引き起こす神とされている。対する「魔人」は、通常の人間を超越したような人だったり、能力者だったり、そういった人を指す。
そして幻想郷ではまだ人々の恐れが妖怪化する。だからもし幻想郷の人々が「魔神」に対して恐れを抱けば「魔神」が具現化し、人里は恐怖のドン底に突き落とされるだろう。
そうなると、美宵ちゃんやばんきちゃんといった彼女の居る俺としても里を全力で守らざるを得なくなってしまうので、霊夢の力を借りるしかなくなる可能性が高まる。
どうせなら手柄を独り占めしたいし、彼女達からチヤホヤされたいし、「便利屋・ヴァルゴ」として人間としての名声を高めておくのも悪くは無い、と考えている。
なので、できればでいいが、1人でどうにかしておきたい。
そうやって警戒を始めたその日の夜。今夜は文の家に泊まる日。つまりは、鯢呑亭にて酒を飲む事にしている日。だから、擬態を解いて普段通りの姿で夜の人里を警戒している。各地に分身を行かせるのなんて当然のようにやっている。俺本体は鯢呑亭を中心に警戒している。
「エスカルゴさ〜ん!降りてきてくださ〜い!」
「どした?何かあったか?」
「まだ夜は寒いですから……良かったらこれ……♡」
美宵ちゃんに呼ばれ、鯢呑亭前に着地。彼女は、お盆に徳利とお猪口を乗せている。呑んで温まってください、と。そう言いたいらしい。
「サンキュー、いただきまーす……っ!」
「えへへ……カリン酒です、お好きでしょ?」
「ヘヘッ、やる気湧いてくるなぁ。この謎の怪異、今夜で俺が終わらせてやるぜ」
「頑張ってくださいっ!それから、文さんが迎えに来るいつもの時間まで、あと2刻くらいです!」
「ゲッ」
文が酔い潰れた俺をここに迎えに来るのがタイムリミットだとすれば、大体あと4時間程度で決着をつけるしかないらしい。
美宵ちゃんと「遊ぶ」時間も考えれば妖怪退治に使える時間はあと1時間もない。さて、困った。
「……エスカルゴさん?どうしたんですか、そんなに考え込んじゃって」
「あーいや……。なぁ、美宵ちゃんにとっては、早く解決するのとタイムリミットギリギリで解決するのどっちが凄いかな?」
「え?なんですかその二択。……そりゃあやっぱり、早く解決した方が凄いと思いますよ?より早い問題解決なんて、接客の仕事をやってる私にとって一番望ましい解決方法ですし……」
「そうなのか……」
ギリギリの方がヒーロー感が出て良いのでは?と思っていた俺の認識が甘かった。やはりそこはすぐ解決した方が良いのか。やはり、俺なんかが何かを
「演じる」のは難しい。
「────OK、あと四半刻で終わらせる」
「えっ!?」
「イッキして戦闘開始だね」
「あっ、ちょっとっ……」
徳利から直接酒を流し込みグイッとイッキする。四半刻は約30分。敵を探すのに0秒、尋問に10分、戦闘に15分の余裕を持ち、5分でヤリ小屋にて身を清め、0秒で鯢呑亭に戻る。これは、完璧なタイムスケジュールだと言わざるを得ない。
「《異世界へ行く程度の能力》発動────『ホネのまじん』の背後を《異世界》と確定し、移動せよ」
「ひゃっ」
美宵ちゃんの可愛らしい声を最後に、俺は人里の某所へ移動した。どうやら稗田邸の前だ。
そして俺の目の前には全身にヒビが入った骸骨が地面にガリガリと文字を彫っていた。
「おい」
「ぎゃあっ!?ななななんだオマエ!」
「俺は俺だよ。てか、お前だな?怪文書を残してた
『ホネのまじん』ってのは」
「そうだ!」
餓者髑髏といえば、大きな妖怪というイメージがある。しかし目の前の骸骨は普通の人間サイズだ。それが稗田邸の前にしゃがみ込み、ゴリゴリと指で字を彫っていた。
やたら全身にヒビが入っていて、頭蓋骨は一部が欠損している。まぁ骸骨なんてそんなもんだろうが少し違和感がある。とりあえず尋問だ。
「……お前、何でそんなに『ホネ』に拘ってんの?」
「そんなの決まってる!オレは骨を鍛えないせいで死んだからだ!」
「とするとお前は怨霊的な奴なのか?」
「そうだ……!しかもすぐに死ねなかったせいで酷く苦しんだ!あんな思いをするのはもうオレが最後でいい!だから警告してるんだ!」
「……でも人々は怖がってるというか……ちっと困惑してるみたいなんだけど?」
「なん……だと……」
そこで、ふと気になった事が出てきた。コイツが妖怪というよりは怨霊的な存在だとすれば、一体、何を怨んで怨霊と化したのだろうかと。
場合によっては「死者葬送」にて輪廻の外側へと送ってやってもいいし、もう一度殺して、魂だけを三途の川の小町に直接引き渡してもいい。
「お前さ、何を怨んで、死んでも尚こうして現世に留まってるワケ?」
「怨み?……そんなの決まってるだろ……!俺は俺が憎いんだよ!怨んでも怨みきれねェ!」
「ほう?」
「俺は大工だったんだッ!この前やっと俺の指揮で新しい櫓の建築を任されたんだ……!なのに完成後のお披露目前に登った時に強風に煽られて柱や梯子が折れてよ……全身を強く打って死んじまったのさ」
「だから全身にヒビが入ってんのか……」
「そうみたいだな。はは、俺も驚いたよ。まさか、痛みが消えたと思ったらもう死んでて……しかも骨の身体になってんだからよ」
「……それが『死ぬ』って事さ。俺も不死身だから、何度も死んでは蘇ってるから……分かるぜ」
「……!あぁ……アンタ、確か……エスカルゴか」
「知ってんのか」
「知らねー奴は居ねーだろう。真っ昼間から妖怪が変装もせず里を彷徨くようになったのァ……あんたの影響なんだぜ?エスカルゴさんよ?」
「らしいね。迷惑掛けてたらすまんね」
「問題さえ起こさなきゃ何にも文句はねーよ」
これが里の皆の意見だとまで拡大解釈はしない。けれども、こう思ってくれる人も居るのなら、俺達妖怪としても里で活動しやすくなるというものだ。
「その『問題』を起こしているのが、今のお前さんなんだけどな」
「うっ……けどよ、寿命だの病気だのじゃなくって、落ちたくらいで死ぬのなんて後悔しかねーんだよ……皆にも気を付けて欲しいんだよ。大工だろうが大工じゃなかろうがそんなん関係ねェ。生きてる皆だ」
「……」
「なぁエスカルゴさんよ?アンタ妖怪なのに所帯を持ってるんだろ?それなら分かるよな?もし家族が自分みたいな死に方をしたら……って思ったらよ……アンタならどうする?それを避ける為に、どうにか事前に対処しようとするだろ?」
「……ああ。だからお前の気持ちは分かるがな……。だけどそんな優しいお前が妖怪化したりもっと酷い悪霊になっちまうのは避けたいと思うんだよね」
「なんだよアンタ、見掛けに反して優しいのな」
「ちょっと待てそりゃどういう意味だコラ。俺ほど中性的で可愛いとか言われる男は居ねェだろッ!?見掛けに反してって何だっ!?」
「所々意味の分からん言葉を発するなアンタって。けどまぁ、アンタは悪いヤツじゃねーな」
「無視すな!……つーか買い被りだよ、そりゃ。俺は悪魔だぜ」
「あくま……?妖怪の1種か?」
「……そんなとこだよ」
そんなこんなで、大工の骸骨と話している内に、15分ほど経過していた。時計などは見ていないので正確な時間は分からないが、そろそろ念の為に話を切り上げて決着をつけなければ。
「お前、そろそろ成仏しねーか?」
「まだだ。俺は全身骨折で死んだんだ、もっと皆に骨を鍛える事の大事さを伝えるんだ。たとえ、俺が不気味に思われたとしてもだ」
「そうか────それなら強制成仏だ」
「戦闘開始ってワケか!……ハッキリ言うぞ、オレはアンタに勝てる気がしねェ!……だけどオレはオレの信念の為にアンタと戦う!オララララァァ!!」
「骨型の弾幕?へぇ、アンテのキャラみてぇ♡」
それならと、俺も彼に倣い、骨兄弟の兄のような弾幕を放ってやる。青い弾幕に白い弾幕。形までは即席で出来ないのが俺の悪い所だが、このくらいの簡単な「見立て」なら出来なくもない。
「へへん、当たんねーぞ!」
「当ててねーんだよ。遊び心って分かんねーのか?お前はこれから弄ばれるのさ。閉ざされた世界で、この俺によってな!」
このまま重力を操って振り回してもいいが、この近くには民家や商店もあるし、そもそも俺達が居る場所は稗田邸の門前。あんまり騒ぐのは良くない。
「いくぜ。上下左右に『枠』を創造だァ!!そんでお次は……重符『ループするスケルトンボーイ』!」
「ギャアッ!?」
「振り回されながら配置された弾幕を避けなッ!!弾幕初心者には難しいだろうけど、気合いがあればどうにかなる!」
「そんな滅茶苦茶な!」
俺が創造した「枠」に身体をぶつける事により、ドンドン全身にヒビが入っていく骸骨。ポロポロと崩れていく。手荒な手段ではあるが「何らかの器にしがみついて現世に残っている」タイプのコイツを強制成仏させるには、その「器」を壊せばいい。
そうすれば、しがみつくべき「器」が無いので、強制的に成仏してしまうワケだ。
「くっ、そ……こんなので……こんなのでぇぇ……」
「大丈夫だ安心しろよ、俺の得意技だから。それであの世に行けるんだ、お得感あるだろ?」
「オレは……また全身をぶつけて死ぬのか……オレはまた……オレは、オレはぁぁぁ……!!」
こうやって死ぬ際の事を想起させてやれば、更に怨みは深くなり、例え骨という器が無くなっても、その時点で成仏はしなくなる。
だがそれでは意味無いのでは?……いいや、違う。魂状態になってもらった方が、「死者葬送」で成仏させやすいから、敢えてこうしているのだ。
幾ら俺だって、まるで死体撃ちするバカのように人骨を斬ってやりたいとは思わないワケだ。
「あ……あぁぁあぁっ……砕ける……っ!」
「お」
余程脆かったのか、下にぶつけた際、足の方からグシャグシャと頭部以外の骨が一斉に砕け散った。元々ヒビが入っていたので全身に等しくダメージを与え続ければいつかは一斉に壊れるだろうな、とは思っていたが、まさか頭骨だけが残るとは。頭骨を振り回すのは流石にホラーが過ぎるのでやめたい。
「く……そ……オレの負けだよ……エスカルゴ……」
「そりゃそーだ、元人間の大工が俺に勝てるかよ」
「へへ……それも、そーか……」
唯一残った頭蓋骨が、ハラハラと音もなく崩れるようになった。どうやら屠自古のように怨霊化などせず、器を壊した事で成仏してしまうらしい。全くどれだけお人好しなのやら。
「まァ……安心しろよ。お前を供養する祠くれぇは、建てといてやんよ。大きさは期待すんなよ。やたら大きかったらいつか邪魔になって壊されるかもだ。そんで『ホネをきたえよ』って言葉も刻んでおく。満足かよ?」
「……ああ……」
「最後に1つ聞かせろ。お前の言う『まじん』は、
『人』か?それとも『神』なのか?」
「オレは『人』だよ……。それ以上でもそれ以下でもない、普通の『人』……ただ、中途半端に生き返ったお陰で……ほんの少しだけ……
こういう奴が、真に「優しい」と言うのだろう。もし里の連中が「魔神」を想定していたとしても、自身がこうやって今際の際までこう言えるくらいに
「魔人」の方だと強く思っていたなら、里の連中の思想の影響を受けずにずっとただのスケルトンで、いや、骸骨で居続けただろう。
「……ゆっくり眠りな。次は、妖怪にでも生まれろ。ちょっとやそっとじゃ死なねーからよ。未練なんて残さねえ生き方、しよーぜ」
「ハハ……あり、がとう……」
表情の分からない骸骨だが、この大工の骸骨が、何故か微笑んだように見えた。