『Pixiv』,『小説家になろう』にも投稿しています。
Ⅰ My Creation
花は散るから美しい。恋も終わりがあるからこそ美しく燃える。どうして女たちは,そしてたぶん男たちも,この真理を分かろうとしないのか? どうして,「永遠の愛」などを求めるのだろう? なぜ,恋の行く末を悩んで,今この時の幸せに没入しようとしないのだろう? なぜ,未来などというあやふやなもののために,今のこの確かな悦びに陰を差そうとするのだろう?
男に心ときめくことはない。がさつで粗野で乱暴な生き物を好きになるなど,わたしにとって理解を超えている。わたしが愛するのは,優雅で上品で繊細な存在。小学生の頃,担任の若い女教師に憧れに似た恋心を抱いてからずっと,中学生の頃も,高校生の頃も,医学部生だった時も,医者になってからも。
そんなわたしは,なぜかノンケの子からよく好きになられる。恋心を打ち明けられ,その時ほかに恋人がいなければ,その子の思いをわたしは受け入れる。そして,恋が始まる。それは,彼女たちにとっては一時の気の迷い。でも,たとえ一時の気の迷いであっても,迷っている間はその迷いこそが真実。はかない夢でも覚めない間は真実なのと同じ。
夢が覚めない間,それは時には何日,時には何週間,時には何ヶ月,まれには1年くらいも。その間,恋は決して「遊び」ではない。少なくともわたしにとっては。いずれ終わると自覚した上で,終わりを自覚しているからこそ,終わるまでの間は熱く燃える本気の恋。やがて彼女たちはふと夢から覚める。そして,わたしに別れを告げる。わたしは静かに見送る。
“We are such stuff as dreams are made on”『わたしたちは夢と同じ素材でできている』
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わたしの前にユリカが現れたのはあの年の4月の初旬。婦人科とごく簡単な美容外科を兼ねたクリニックの待合室で不安げに自分の診察を待っているユリカは絵に描いたような可憐な美少女だった。
15分ほどして,診察室に入ってきた。患者用の椅子に座り緊張した面持ちでわたしを正面から見つめる。太すぎず細すぎない弓形の濃い眉,長いまつげ,二重まぶた,大きな目,澄んだ瞳,すっと伸びた鼻筋,小さめの赤い唇。えらの張っていない滑らかな顎のライン。わたしは思わず微笑みを浮かべた。そんなわたしの笑みを見て,その子もちょっと緊張をほぐしたようだった。
予診票には「ホルモン剤希望」と書いてある。
「ホルモンというのはもちろん女性ホルモンのことよね。どうしたの? 生理をずらしたいの?」
「いえ・・・・」
と,答えて,その子はうつむいて黙り込む。それから,意を決したように顔をわたしに向け,
「ボク,男の子なんです」
「えっ!」
わたしはその子をまじまじと見る。この可憐で美しい生き物が男の子?・・・・
「ボク・・・・男になりたくないんです。男っぽい顔立ちや体つきになりたくないんです。今のままでいたいんです」
その子は切実な表情でわたしに訴える。悲しみの混じった懇願の口調はわたしの心を揺さぶる。わたしだって,この可憐な生き物をむざむざ「ただの男」,「オヤジ」にしたくはない。そのために,わたしにできることはやってあげたい。わたしの力で,この子を女に作り替えたい。そんな願望が芽生えたからこそ,医者として冷静にアドバイスする。
「男になりたくないのなら,女性ホルモンを使うだけじゃなくて,去勢手術する方が確実よ。もちろん,手術した上で女性ホルモンを補うのだけどね」
「手術,してくれるんですか?」
女だけを相手にする美容外科だから,去勢手術はしたことがない。でも,技術的には簡単な手術だということは分かっている。
「今日,明日というのは無理だけど・・・・そうね,1ヶ月くらい後なら」
1ヶ月もあれば,去勢手術についての文献を集めて,手技を学ぶことはできるだろう。切ったり縫ったりというのは,ほかの美容外科の手術と基本的には同じはずだから。
その子の顔がパッと明るくなる。でも,すぐに表情は翳った。
「お金は,どれくらい要るんでしょう?」
ああ,費用の心配をしているのね。
「お仕事は,なにをしてるの?」
このとびきりの美貌からして,その種の仕事を予想して振った質問に
「学生です」
という答えが返ってきて,驚いた。
「大学生になったばかりです。ほんとうはもっと早く来たかったんだけど,高校の時は親の目がうるさくて。大学に入って親元を離れられたので,来れたんです。それと,1月で18歳になってます。もう自分のことを自分で決められます」
こちらが訊きもしないことまで話してくれた。それはそれとして,学生なら10万,20万でも大金だろう。その真剣な眼差しを受け止めて,しっかり見つめ返すと,その子は恥じらうように顔を伏せた。そのしぐさも少女めいている。この子に付いている邪魔な男性器を切り取って,女の体に仕立てあげる。その上で,わたしの愛人にしたい。そんな欲求が,欲望がわき上がる。
「お金は要らない。その代わり練習台になってもらうわ」
「練習台?」
「そう。わたしはこれまで去勢手術はやったことがない。技術的にはそんなに難しいものでないことは分かっているし,需要はあるはずだから,キミを練習台にしたい・・・・ああ,そんなに心配しなくてもいいよ,よほどひどい失敗をしない限り,命に関わることはないはずだから。そして,基本的な外科の手技は心得ているから,そんなひどい失敗はしないはずよ」
「お願いします」
その子は即答した。その前のめりの態度がちょっとおかしかった。はやる気持ちをなだめるようにその子の頭を,艶のある黒髪を優しく撫でる。その子はうっとりしたような眼差しでわたしを見る。その色っぽい視線は意識してるの? それとも無意識? その目でこれまで何人の女を蕩かしてきたの? それとも男たちを?
「先生・・・・」
という呼び声でわたしは自分の思いから引き戻された。
「なあに?」
「ボク,本名はユタカといいます。でも,自分で自分に付けた名前があるんです。ユリカです。ユタカの真ん中の『タ』を『リ』に変えたんです」
「ユリカ,いい名前ね。じゃあ,そう呼ぶわ。ただ,ユリカなら,自分のことは『ボク』じゃなくて『わたし』と言いなさい。まあ,今の時代,『ボク』と自称する女子はいるけど,ユリカはそんなキャラクターじゃないでしょう」
「はい。これから先生の前では『わたし』といいます」
「わたしの前だけじゃなくて,ほかでも,学校でも『わたし』で通せばいいのに。ユリカは女なんでしょう?」
ユリカはハッとしたようにわたしを見,それからゆっくりうなずいた。
「それから,女性ホルモン剤のことだけど,もともとそれが目的で来たのよね」
「あっ,はい」
「女性ホルモン剤と一口に言っても,いろいろある。難しい話は省略するけど,わたしは錠剤,のみ薬よりも注射の方を勧めるわ」
「注射?」
「そう,筋肉注射」
「痛くないですか?」
「そんなに痛くはないわ。まあ,たまたま痛点を刺してしまったら痛いけど,そうでなければ,そんなに痛い注射じゃないよ」
「どこに打つの?」
「筋肉注射だから,筋肉のあるところならどこでもいいけど,たいては肩かお尻」
「そうなんですか・・・・でも,どうして錠剤より注射がいいんですか?」
「それはね・・・・女性ホルモンはかなり安全な薬だけど,副作用がゼロではない。めったにない副作用のうち,特に用心すべきなのは肝機能障害と血栓。どちらも,錠剤より注射の方が少ないはずなの。錠剤は胃腸から吸収されて必ず肝臓に回るけど,注射なら肝臓に行かないからね」
「ふーん・・・・じゃあ,注射をお願いします」
ユリカは素直にわたしのアドバイスに従う。わたしは満足げにうなずく。
「その診察ベッドにうつぶせになって。お尻に打ってあげるから」
「あっ,はい」
ユリカはわたしに言われたとおり,診察ベッドにうつぶせになる。肩に打ってもいいのだけど,わたしはユリカのお尻を見たかった。ユリカはパンタロンを下ろし,ショーツに手を掛けてためらっている。
「あら,かわいいショーツ」
わたしはレースのショーツに手を掛け,ためらわずに引き下ろす。白い滑らかな肌が現れる。そっと撫でる。キスしたいくらいだけど,さすがにそれは我慢した。アンプルから注射剤をシリンジに引き,お尻をアルコール綿で消毒し,さっと針を差し入れ,シリンジのピストンを押していく。注射液を入れ終え,シリンジを抜き,絆創膏を貼り,しばらく揉んであげる。
「痛くなかったでしょう?」
「はい」
「更年期のホルモン補充なら2~3週間に1回くらいでいいけど,ユリカの場合は毎週来なさい。それと,去勢手術はもうちょっと待ってね。わたしも準備というか勉強しないといけないから」
「はい」
ユリカは素直に答える。その素直さ,従順さも好ましい。
その日からわたしは去勢手術,正式の医学用語としては精巣切除術についての文献を集め始めた。
日本では精巣ガンへの根治療法として施行される。その場合,陰嚢ではなく鼠径部を切開し,精巣動静脈をまず結紮する。ガン細胞を手術操作で拡散させないための処置。でも,ユリカの場合,この配慮は不要。陰嚢の皮膚切開からのアプローチで十分なはず。麻酔だって,ガンの手術なら全身麻酔かもしれないけど,去勢だけなら局所麻酔で十分なはず。
外国では,とりわけタイで,性転換手術の一環として行なわれている。英語の文献も取り寄せた。ただ,性転換手術についての文献で重点的に取り上げられているのは,技術的に一番難しい膣造設術。精巣切除はごく簡単に触れられているだけ。それでも役に立つ情報はいくつか得られた。とりわけ,性転換手術では陰嚢の皮膚を使って女性器の外陰部を形成するという情報は有益だった。女性器の美容形成はこれまでも手がけたことがある。自分の性器の形に人知れず悩んでいる女は多いから。
得られた知識,情報に基づいて手術の手順を頭の中でシミュレーションする。《大丈夫,ちゃんとやれる》という自信を得るまでにほぼ1ヶ月。
「わたしは準備万端よ。ユリカの都合の良い日に手術してあげられるわ」
と声を掛けたのは5月の初め頃。
「ありがとうございます。じゃあ,明日」
わたしは思わず笑った。好きよ,その率直さ。
手術はなんのトラブルもなく,予定どおり30分くらいで終わった。局所麻酔だからすぐに帰してもいいんだけど,念のため30分くらいソファーに座らせて様子を見る。
「陰茎切除,ペニスを切り取る手術もいずれしてあげるけど,ちょっと準備期間をちょうだい。去勢手術よりは難しいから。でも,なるべく早くしてあげる。早くしたいでしょう?」
「・・・・はい」
ユリカはちょっとためらってから返事をした。そのためらいが気になる。
「どうしたの? なんだか迷ってるようだけど? ペニスに未練があるの?」
問い掛けるわたしをじっと見つめるユリカ。どれくらいそうしていたのだろう・・・・やがてユリカは語り始めた。
「わたしはは女らしいものが好きです。世間一般で女らしいとされている美質,優雅で上品で繊細なものが好きです。自分もそうありたいと願っているし,そういう美質を備えた人が好きです。そういう人から愛されたいです。よく,『女の子みたいだから男が好きなんでしょう』って誤解されるけど,そんなことありません。女の人が好きです。女の人から愛されたいんです」
「愛されてきたでしょう。こんな美少年,放っとかないわよ。年上のお姉さんたちから愛されてきたんでしょう? 一人や二人じゃなくて,何人からも」
意地悪っぽく,わたしは問い返す。ユリカはうなずく。
「はい。愛してくれました。でも・・・・」
「でも?」
「彼女たち,わたしを愛してくれた彼女たちは,わたしが女の子のようにかわいいから愛してくれたはずなのに,それでも,わたしのペニスを喜ぶんです。わたしが男であることを求めるんです。それが辛いんです。そして,怖いんです。ペニスをなくしたら,わたしはもう女の人から愛されないのかって。もう,あの柔らかくて温かな肌に抱かれて寝ることはできなくなるのかって。女の人から愛されたいなら,わたしは男の体でないといけないの? わたしはそれが嫌で嫌でたまらないのに」
ユリカの目尻から溢れそうな涙を,そっと指でぬぐってあげる。そう,ノンケの女たちは結局は男を求める。どれほど「女の子みたい」とか「かわいい」と褒めそやしても,女の子みたいな「男の子」だから,女の子よりかわいい「男の子」だから,好きになる。男でなくなってしまったユリカを愛そうとはしない。ビアンの女たちは・・・・女に生まれ落ちなかったユリカを視野に入れようとしないだろう。たとえ,なみの女たちよりずっと可憐で美しい存在であったとしても。でも,わたしは・・・・
「わたしはユリカを愛してあげるよ」
額と額が触れあうほどに顔を近づけて,わたしはつぶやく。ユリカは,涙は止まったけどまだ潤んだ目でわたしを見る。
「先生・・・・」
その後の言葉が続かない。だからわたしが話を引き取る。
「その『先生』はやめて。エリカという名前があるから」
「エリカさん・・・・」
「『さん』も要らないけど」
ユリカは首を振る。
「呼び捨てなんて,できません」
まあ,それなら強制はしない。
ユリカはノンケの子たちとは違って,男への愛のためにわたしから去ることはない。ならば,これこそ「永遠の愛?」・・・・いやいや,わたしは心の中で苦笑いする。ビアンの子たちとの恋だって,終わりがあった。ユリカもこれからいろんな恋をするはず。そもそも,この子を愛せるのはこの世でわたしだけというのも,浅はかな思い上がりかもしれない。ノンケにも,ビアンにも,ユリカの美質を認めてユリカを愛する人がいるだろう。たくさんではなくても,何人かは。今始まろうとしているこの恋がいつまで続くのか,そんなことは今この時にはどうでもいいこと。
わたしは陰茎切除術についての文献を熱心に探す。日本では,陰茎ガンに対する外科療法として,症例数は少なくても施行されている。文献も丹念に探せばいくつか見つかるはず。外国では,もちろん性転換手術の一部として行なわれている。
陰茎切除術では,尿道口の処理が一番デリケートな問題。術創治癒の過程で尿道口がふさがって尿閉を起こしてはいけないし,逆にゆるめすぎて尿失禁を起こしてもいけない。尿線が自然な方向になるような工夫が必要になることもある。その処理が終わったら,陰嚢の皮膚で外陰を形成する。《ユリカ,期待してなさい。腕によりをかけて,世界一綺麗なおまんこを作ってあげるよ》
麻酔は腰椎麻酔で十分なはず。陰茎の感覚を伝える陰部神経は仙椎から出ているし,陰嚢の感覚を伝える神経は腰椎から出ているから。腰椎麻酔は中絶手術で慣れている。ただ,手術を3時間くらいで終わらせないといけない。手術の進行をイメージする・・・・3時間あれば終われるはず。
わたしが陰茎切除について文献を読み込んでいる間も,ユリカはホルモン注射を打ちに週1回やってくる。わたしが何も言わなくても診察ベッドにうつぶせになり,パンタロンとショーツを下ろす。もう,ためらったりしない。
「いつもかわいいショーツを履いてるわね」
「ここに来る日は,わたしが持ってる中で一番かわいいショーツを履くんです」
「わたしに見せるために?」
「はい」
ユリカはちょっと恥ずかしそうに,でもうれしそうに,答える。わたしはユリカのお尻に注射して,絆創膏を貼り,よく揉んでから,その脇にそっと唇を付ける。初めてお尻にキスしたのは去勢手術の翌週のこと。男性ホルモンを分泌する器官を取り去り,女性ホルモンを注入することで,ユリカの体はホルモン的にはもう女になりつつある。そんなことを考えていると,無意識のうちに唇をユリカの柔らかなお尻の肌に付けていた。それからは毎週,注射の後でキスをする。
そうそう,訊くまでもないとは思うけど,念のため確認しておかないといけない。
「ユリカは,膣を作る必要はないよね? 男のペニスを自分の膣に受け入れたいなんて,望んでいないでしょう?」
「もちろん,そんなこと,思いもしません。思うわけないでしょう」
憤然とした顔でユリカは答える。もちろん,そうに決まってるよね。ユリカは女が好きなんだからね。女に生まれ変わって女に愛されたいんだよね。あるいは,女を愛したい?・・・・
梅雨が明けて間もない頃,ユリカの大学が夏休みに入った頃,わたしは手術について説明する。
「手術時間はたぶん2~3時間くらい。腰椎麻酔といって,意識は保って下半身の感覚を麻痺させる麻酔でやるからね。麻酔は5~6時間で切れる。午後3時から始めれば8時か9時くらいに麻酔が切れる。術部の痛みが辛いなら痛み止めをのんでもいい。その夜はそのまま寝るけど,翌日からは,起き出してふつうに生活していい。激しい運動はだめだけど,食事とか読書とか勉強とか,それくらいなら翌日からぜんぜん問題ない。ただ,術部が椅子の堅い座面に押されると痛いから,2週間くらいは座る時は円座を使う方がいいわ」
その週の土曜日,ほかの患者の診療が終わった午後3時,予定どおり手術を始める。手術はほぼイメージどおり順調に進行し,陰茎切除と尿道の処理は2時間ほどで終わった。それから,外陰形成。手慣れた仕事だけど,自分の最高傑作を造形する気合いを入れる。とはいえ,無駄に時間を掛けたりはしない。手技は手早く進める。
外陰形成を終え,わたしは手鏡を取って術野をユリカに見せる。
「今はまだ浮腫が残っているけど,半月か1ヶ月くらいして浮腫が引いたら,世界一美しいおまんこになっているよ。わたしのよりもずっときれいよ」
「エリカさんよりきれいにならなくてもいいのに」
「わたしがそうしたかったの。誰のよりも美しく仕上げたかったの」
ユリカはわたしをじっと見つめる。そして,
「エリカさん,ありがとう」
と言って,はにかみながら,でもうれしそうにうつむいた。
ユリカを車いすに乗せ,手術室からリカバリールームに移動させ,ソファーに座らせる。
「麻酔が完全に抜けるのにあと2~3時間かかる。それまではここで休んでなさい。わたしも一緒にいるから・・・・疲れたでしょう? 手術台に寝てるだけと言っても,手術受けるのもけっこう体力を消耗するのよ」
「はい」
と答えて,ユリカは目をつむる。まつげが長い。頬がちょっと青ざめてるように見えるのは気のせいかしら。そんな翳りを帯びた顔色さえ美しい。じっと見つめていると,ユリカが目を開いた。
「エリカさん,この手術の費用も払わなくていいの?」
「払えと言っても,払えないでしょう」
ちょっと意地悪く答える。
「そうだけど・・・・」
ユリカは寂しげにうつむく。
「申し訳ないと思ってるのなら・・・・」
と言って,わたしはにんまり笑う。ユリカはそんなわたしを真剣な眼差しで見つめる。
「わたしの愛人になりなさい」
「愛人?・・・・恋人じゃなくて,愛人?」
「そう,愛人」
「どう違うの?」
「愛人の方が淫靡な感じがする。そして,おおっぴらにしにくい秘密の関係みたいなニュアンスがある。ほかの人に『わたしの恋人です』とは紹介できるけど,『わたしの愛人です』とは紹介にしにくいでしょう」
「わたしとエリカさんの関係は,おおっぴらにしにくいの?」
ユリカはまじめな顔で尋ねる。
「そうね。医療倫理に反することだからね。医者と患者が恋仲になるのは」
「どうして?・・・・どうして,医者と患者が愛しあってはいけないの?」
「まず第一に,ほんとうの自由意志でないことが多いから。患者の方が弱い立場だから,患者は医者の言葉に逆らえない。ほんとうは好きでなくても,患者は医者の気持ちを受け入れざるを得ない立場になることが多いから。つまり,医者と患者の恋仲は,実際には強者が弱者を支配する関係になりがちだから」
「わたしは違います。わたしは,ほんとうにエリカさんが好きなんです。エリカさんに愛されたいんです」
ユリカは真剣な顔で言い返す。その真剣さがかわいい。わたしはユリカの頭を撫でて話を続ける。
「次に,医者はすべての患者を平等に扱わないといけないから。すべての患者に対して対等に振る舞わないといけない。『特別な患者』と作ってはいけないの」
この説明にはユリカは反論できず,ただ悲しげな表情を見せる。ほんとうに,気持ちが素直に顔に出る。その悲しげな顔をじっと見つめ,それからフッと微笑んで,語りかける。
「わたしは腹をくくってるわ。『医者の風上にも置けない』とか『医者失格』なんて非難を受け流す覚悟はしているよ」
「わたしも覚悟を決めます」
というユリカの言葉にわたしは思わず笑みを漏らす。
「ユリカは覚悟を決めなくてもいいよ。こういうケースで非難されるのはもっぱら医者だから。患者が非難されることはないと思う」
「どうして?」
「医者の方が強い立場だから。そして,医者の方がより高いモラルを要求されるから,かな?・・・・」
ユリカは不満げな顔を見せる。愛する人と同じ運命を担いたいの? その気持ちはうれしいわ。その気持ちだけで十分よ。
そしてわたしはがらりと口調を変えて話しかける。
「今夜から,ここに寝泊まりしなさい。ああ,今夜は何もしないわよ。縫ったばかりの術創に乱暴なことはしないわ。心配しないで。去勢手術の時と同じように,しばらくは入浴はだめ,シャワーだけ。1週間目に抜糸,それからまた1週間くらいしたら入浴もOK。それからだわ。わたしがユリカを味わうのは」
翌日,ユリカは自分の荷物をわたしの部屋に運び込んだ。
「部屋は解約してしまいなさい。家賃を払うの,もったいないでしょう」
「ああ,そうさせてくれるなら,助かります」
ユリカは単純に喜んでいる。逃げ場を奪われるとか,わたしに囲い込まれ束縛されるとは思いもしない,その無邪気さがかわいくもあるし,心配でもある。よくぞこれまで悪い女に(あるいは悪い男に)騙されなかったものだと思う。いや,騙されたことはあるのかもしれない。ただ,致命傷になるほどではなかった。
大学は夏休みになっている。わたしは部屋の空調の設定を高めにして,室内ではユリカを裸で過ごさせた。わたしの作品のでき具合を毎日検証するために,そしてもちろん,その美しい体を心ゆくまで鑑賞するために。わたしの手で女に仕上げた体。わたしの創造物,My Creation。
平らだった胸が膨らみかけている。去勢手術をして3ヶ月ほど。ホルモン的には既にその時から女になっていた。女性ホルモンの作用が目に見える形で現れ始めている。これから半年か1年くらいかけてAカップほどになるのかな。
一緒にお風呂に入る。ぬるま湯のシャワーで術創を洗う。それから,手にボディーソープを付けて体じゅうを優しく丹念に洗ってあげる。自分の作品をいつくしむように,念入りに手入れするように。脇の下や,腰や,お尻や,太ももを洗う時,ユリカが「アッ・・・・」と小さな声を出して息を吐く。感じるのね。感じる体になっているのね。わたしが初めてじゃないからね。これまで何人もの女によって開拓されているよね。
わたしがユリカを洗い終えると,ユリカがわたしを洗う。同じように手にボディーソープをつけて。体じゅうを,もちろんおまんこも。最初の日,そこを見つめながら嘆くように語った。
「どうして,神様は女に人にこんな素晴らしいものを与えて,男にはあんなグロテスクなものをくっつけたんでしょう」
「神様は女を愛しているからよ」
「きっと,そうですね」
ユリカはわたしを見上げる。わたしはユリカを見下ろして微笑む。
「キスしてもいいよ」
「ほんとう?」
わたしは優しくうなずく。ユリカはいとおしむように頬ずりしてから,そっと唇を触れる。ためらいがちに舌を出す。わたしはユリカの頭に両手を乗せ,そっと押える。
「舐めてなさい」
少しずつ快感が湧き出てくる。わたしはユリカの頭をそこから離す。
「続きはベッドでね」
お風呂を出てセミダブルのベッドに入る。作りたての傷つきやすいユリカの性器をわたしがいじるわけにはいかないけど,ユリカがわたしに奉仕するのはかまわないはず。
「さっきの続きよ」
ユリカは言われるままにわたしのおまんこをなめる。じょうず・・・・。
「これまで何人の女をなめてきたの?」
ユリカは口の動きを止めてわたしを上目遣いに見る。わたしはフッとほほえむ。
「別に,答えなくてもいいわ」
答えを求めた問いではない。その女たちにくだらない嫉妬など抱きはしない。むしろ感謝したい。わたしのためにユリカをトレーニングしておいてくれてありがとう。
「ユリカ,指を使ったこともあるの?」
「・・・・はい」
ユリカはためらいがちに答える。
「使いなさい」
ユリカは既に濡れているわたしの中にゆっくり中指を差し入れる。そして優しくていねいに動かす。それから人差し指も入れる。慣れた動き。ほんとうに,これまで何人の女たちに調教されたんだろう・・・・。そんなことを考えながら,わたしはゆっくりと絶頂に上りつめた。
1週間目に抜糸,2週間目に入浴許可。でも,まだユリカのおまんこをいじろうとはしない。丹念に造形した作品,焦っていじくって台無しにしたくはない。もう1週間待つことにする。その間もユリカは毎日わたしを舌と指で絶頂に導く。それでいて,決して「タチ」ぶった振る舞いはしない。ベッドの中でもベッドの外でも,わたしに従順で,いつも優雅で控えめに振る舞う。理想的な愛人。だからこそ,ユリカをいかせたい。わたしが味わう絶頂感を味あわせたい。でも,外見は女性器に似せて作ったけど,膣を作ったわけではない。神経を移植したわけでもない。女と同じ性感は持ち合わせてはいないはず。どうすればいかせられるんだろう。手術から3週間目,そんなことを考えながら,ユリカのおまんこをそっと撫で,優しくキスする。
「感じる?」
「はい」
「それは・・・・」
わたしはすぐそばの太ももの内側にキスする。
「ここと同じような感じ?」
ユリカはちょっと考えて,
「同じようだけど・・・・でも,もっといい感じ。気のせいかもしれないけど」
そうか,少なくとも太ももの内側と同じくらいか,それよりちょっといいくらいには感じるんだ。そして,息を優しく吹きかけながら,尿道口の付近を指で優しく撫でる。何分くらいそうしていただろう,尿道口のあたりが潤ってきた。《えっ,この液体は何? おしっこじゃないよね・・・・》瞬間的に頭が医者モードに切り替わり,局所解剖を思い浮かべる。《ああ,前立腺の分泌液か》ペニスは切り取ったけど,前立腺には手を付けていない。もともと女のスキーン腺と相同器官だから,刺激されて液を分泌してもおかしくない。そういえば,前立腺マッサージはそれなりに気持ちいいものらしい。わたしはそのままそこをいじり続ける。分泌液が増えて,「潤っている」から「濡れている」状態になっていく。
「ユリカ,濡れてるよ。気持ちいいの?」
「あっ・・・・」
ユリカは返事をする代わりに切なげに息を吐いた。わたしは逆に冷静になって考える。射精の時は,精液と一緒に前立腺液が放出される。それなら,この辺をじょうずに刺激してあげれば,射精の時のように前立腺液を噴出させることができるのかな? そしてその時,ユリカはいくのかな?・・・・そんなことを考えながらユリカのおまんこ,わたしの創造物を優しく愛撫する。
それからは,わたしが上になりシックス・ナインの体勢でお互いを嘗めあい愛撫しあいながら,一緒に感じる/感じさせるのが毎晩の習わしになった。
何日目だったろう,5日目か6日目くらい?・・・・わたしがユリカのそこを刺激していると,ユリカが「あっ,あっ」と切ない声,ふだんより以上に切なく淫らな声を発し始めた。
「エリカさん,なんだか,なんだか・・・・」
その声を無視してわたしは刺激を続ける。そして,尿道口から液があふれ出た。
「ユリカ,しゃ・・・・」
と言いかけて,わたしは言い直す。
「ユリカ,潮を吹いたね」
ユリカは恥ずかしげに身をよじった。
どこをどう刺激すればユリカが潮を吹くのか,その次の日もまた次の日もいろんな場所をいろんな具合に刺激してみたけど,ツボは突き止められなかった。何日かおきに,ユリカのおまんこは気まぐれに潮を吹く。そのたびにユリカは身をよじらせて快感にうごめく。わたしも,ツボを探すのは諦めて,そんな気まぐれなハプニングを楽しむようにした。
やがて夏休みは終わり,大学の秋学期が始まる。ユリカは快楽におぼれて勉学を怠るようなことはない。毎日まじめに学校に通う。エレガントなパンツスタイル,「中性的」よりもちょっとばかりフェミニン寄りの衣装をまとって。でも,わたしが仕事を終えて部屋に戻る時は裸で出迎えるよう指示した。ユリカはわたしの指示を忠実に守る。それでも,9月も半ばを過ぎれば,夜は裸では肌寒い。だから,上半身の着衣を許可した。シャツでもセーターでも着ていい。さらに涼しくなると,ストッキングとガーターベルトも許可した。上半身はセーターで包み,両脚はストッキングにくるまれ,そこだけ露出された性器は,裸で見るよりも淫らかもしれない,そんなことを考えながら,わたしはMy Creationを鑑賞する。
そして,季節が初秋から中秋へと進むにつれて,さすがにスカートかパンタロンを履かせてあげないとかわいそうになる。
「残念だけど,しかたないね。ユリカに風邪をひかせたくはないから」
「わたしも,エリカさんに見てもらえないのが残念です」
まあ,かわいいことを言う。
「ベッドの中でたっぷり見てあげるわ」
と言って,わたしはユリカの腰を抱き寄せる。
「いや,ベッドの前に,お風呂でしっかり見てあげる」
一緒にお風呂に入り,互いの体を洗いあう。ユリカの柔肌をタオルでごしごしこすったりしない。ユリカも,わたしの体をタオルで乱暴にこすったりしない。ボディーソープを付けた手のひらで優しくていねいに撫でていく。体を洗い終えると,バスタブに入る。向き合うこともあるけど,たいていは同じ向きになり,どちらかの背中を相手の胸に押し当てる。わたしが前になると肩甲骨あたりに軽い圧迫を感じるようになった。
「ユリカ,胸が育っているね」
「どれくらい大きくなるんでしょう?」
「ホルモンだけなら,Aカップくらいでしょう」
「そう・・・・」
「もっと大きくしたい?」
ユリカはちょっと考え込む。
「エリカさんはどう思う? わたしの胸がもっと大きい方がいい?」
「わたしは,今くらいがちょうどいい。大人になりかけた少女のような体型が好きなの」
「それなら,このままでいい」
こうやってユリカの胸を背中に感じているのも悪くないけど,わたしはユリカを前に座らせ,その小さな胸を撫でまわす方が好き。片手で揉みほぐすのにちょうどよいくらいの大きさ。右と左の乳房を,わたしの右と左の手のひらでていねいに撫であげる。たまに,その手のひらを下に滑らせる。閉じた太ももの間に。うなじに口づけることもある。
お風呂から上がり,体を拭き,髪を乾かし,ベッドに入る。
抱きあって唇を重ね,舌をからめる。手で,指で,相手の体を愛撫する。優しくそっと,あるいは熱く激しく。舌を這わせることもある。首筋,肩,胸,お尻,太もも・・・・。最後はたいてい,わたしが上のシックス・ナインの体勢になる。絶頂に導かれ,心地よい疲れの中で眠る。
朝,ユリカが先に起き出して朝食を準備する。
「部屋に住まわせてもらって,光熱費も食費も払っていないから,せめて朝食くらい作らせてください」
と,健気なことを言う。
トーストとサラダと卵料理とミルクティー。卵はその日によって目玉焼きだったり,スクランブルエッグだったり,オムレツだったり。わたしはベッドの中でキッチンからの音を聴き,匂いをかぐ。そして,ユリカがわたしを呼びに来るのを待つ。
「エリカさん,朝食ができました。起きてください」
わたしはゆっくり起きだし,素肌の上にガウンを羽織り,テーブルに着く。テーブルにはかぐわしい朝食。向かいには,わたしが最後の仕上げを施した美しく優雅な存在。《しあわせ・・・・》心からそう思う。昨夜の熱い時間を思い返しながら。
「エリカさん,どうしたの? わたしをそんなにじっと見つめて」
ああ,思わずユリカを見つめてしまっていた。
「今この時が最高にしあわせだから,今この時を心ゆくまで味わい尽くそうと思って,ユリカを見ていたの」
「わたしも,今この時が一番しあわせです」
と答えるユリカの花開くような微笑み。その微笑みもまた,「男であることの軛」からユリカを解放したわたしの作品,というのは思い上がりかもしれないけど,今はそう信じていよう。わたしはユリカに微笑み返す。
40年生きてきて,いくつかの恋をした。そして今,わたしのそばにいるのはユリカだけ。ほかの恋はみな終わった恋ばかり。だとしたら,たぶん,きっと,今のこの恋もいつかは終わる。だからこそ,それまでの年月を心からいとおしむ。終わった時,なんの後悔も残さないように。
食事を終え,ユリカは食器を片付ける。それが済むと学校に出かける。わたしはガウンを脱いで仕事の服装に着替える。新しい一日が始まる。熱い恋の日々の新しい1ページ。
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Ⅱ Your Creation
不安な気持ちで診察室に入ったわたしを,その人は優しげな笑みで迎えてくれた。目と目があう。優雅で凜々しい顔立ち。心惹かれる。わたしが男に生まれついたことを打ち明けた時,ちょっと驚きながら,わたしを優しく見つめてくれた。そして,わたしの願いを聞き届けてくれた。
手術の後,その人は触れあうほどに顔を近づけてわたしに語りかける。
「わたしはユリカを愛してあげるよ」
「先生・・・・」
その後の言葉が続かない。言いたいことはあるのに。「愛してください」,「わたしもあなたが好きなんです」・・・・。言葉につまったわたしに,その人は語りかける。
「その『先生』はやめて。エリカという名前があるから」
「エリカさん・・・・」
「『さん』も要らないけど」
わたしは首を振る。
「呼び捨てなんて,できません」
できるわけないでしょう。わたしにとっては女神のような人。わたしを「男」のくびきから解放してくれる人。わたしの体を理想の形に作り替えてくれる人。わたしを生まれ変わらせてくれる人。わたしはあなたの創造物になるんです。
I will be your Creation.
ペニスを切り取る手術の後,エリカさんはわたしの体を丹念に洗い,そしてベッドの中で抱いてくれる。わたしは言われるままに彼女の性器をなめる。
「これまで何人の女をなめてきたの?」
エリカさんの問いにわたしは思わず口の動きを止める。5人・・・・心の中でつぶやくけど,言葉に出せない。そんなわたしに彼女は微笑みかける。
「別に,答えなくてもいいわ」
それからまた彼女は問い掛ける。
「ユリカ,指を使ったこともあるの?」
「・・・・はい」
わたしはためらいがちに答える。
「使いなさい」
言われるままにわたしは指を入れる。これまでわたしを愛した人たちにしたように,指を動かす。・・・・感じてください。わたしの舌と指で。気持ちよくなってください。わたしはそれしかあなたへの感謝を示すすべがないから。
エリカさんが彼女自身の創造物に触れたのは手術から3週間目。そっと撫で,優しくキスしてくれる。
「感じる?」
「はい」
「それは・・・・」
エリカさん太ももの内側にキスする。
「ここと同じような感じ?」
とんでもない。ずっと,ずっと,よく感じる・・・・と答えるのがなぜか恥ずかしい。
「同じようだけど・・・・でも,もっといい感じ。気のせいかもしれないけど」
ほんとうは,気のせいなんかじゃない。このしびれるような感覚は。キスされなくても,撫でられなくても,見つめられるだけでも感じるんです。ほんとうは。
それからエリカさんは優しく撫でてくれる。彼女自身が作った花のように美しいわたしの女性器を。少しずつ濡れてくるのが分かる。
「ユリカ,濡れてるよ。気持ちいいの?」
返事ができない。ただ切なく息を吐くだけ。
朝,目が覚めると,わたしはあなたの創造物にそっと手を触れる。いとおしくて,しかたないの。それから,あなたの寝顔を見つめる。女神の寝顔。キスすると起こしてしまうと思いながら,でもどうしても唇を触れてしまう。あなたはゆっくり目を開く。そして,
「おはよう」
と,わたしに声を掛ける。
休みの日の朝なら,その声に誘われるようにわたしはもう一度あなたの唇に自分の唇を重ねる。すると,あなたはわたしをきつく抱きしめ,舌と舌をからませ,わたしの唇をぞんぶんに味わい尽くし,そして,昨夜のことを繰り返す。それから一緒にシャワーを浴び,遅い朝食,ブランチを摂る。
でも,平日の朝はそんなことしてられない。あなたの声に
「おはようございます」
と返事をして,わたしはベッドから起き上がり,朝食のしたくを始める。わたしを見送ったあなたはまた目を閉じる。もう一度まどろむのでしょうか,それとも目をつむってキッチンの音を聞いているの?
朝食のしたくを整え,あなたに声を掛ける。
「エリカさん,朝食ができました。起きてください」
あなたはゆっくり起きだし,一糸まとわぬ女神の素肌にガウンを羽織って起き出し,朝食のテーブルに着く。いつだったか,晩秋も深まりゆく頃,あなたは食事の手を止めてわたしをじっと見つめた。
「エリカさん,どうしたの? わたしをそんなにじっと見つめて」
と問うわたしに,あなたは
「今この時が最高にしあわせだから,今この時を心ゆくまで味わい尽くそうと思って,ユリカを見ていたの」
と答えてくれました。それを聞いた時のわたしのめくるめくような悦びをどう表現すればいいのでしょう。
「わたしも,今この時が一番しあわせです」
と答えるのが精一杯でした。
その年の最後の日曜日の朝。明日も,わたしの学校はお休み。エリカさんも年内の診療は終わっている。いつものお休みの日の朝と同じように,抱きあい感じあって,けだるい心地よさにひたっている。明日も休みという安心感から,シャワーに行くのもおっくうな気持ち。それはエリカさんも同じみたい。起き出す代わりにわたしの方を向いて,ほのかに汗に濡れたわたしの髪を撫でる。そして何気ないように問い掛けた。
「ユリカはこれまで何回くらい恋をした?」
「えっ?・・・・」
突然そんなことを訊かれて,わたしはとまどう。恋?・・・・女の人に愛されたことはある。その愛を受け入れ,抱かれたことはある。でも,それは恋だったの? 彼女たちがわたしを抱きながら悦楽にひたるのを見るのはうれしかったし,暖かく柔らかな彼女たちの体に抱かれて眠るのは心地よかったけど,それは恋だったの? 恋という言葉にふさわしいのは,今この時,エリカさんと過ごしているこの時だけかもしれない・・・・。
返事につまるわたしを見てエリカさんは
「答えられないくらいたくさん?」
と問いを重ねる。
「いえ,そんなこと・・・・」
という返事にエリカさんはほほえむ。そして
「わたしは・・・・」
と語り始めた。
「とっくに分かっていると思うけど,わたしは男に心ときめくことはない。これまで一度もなかったし,これからもないでしょう。がさつで粗野で乱暴な生き物を好きになるなど,わたしにとって理解を超えている。わたしが愛するのは,優雅で上品で繊細な存在。
でも,おもしろいことに,なぜかノンケの子からよく好きになられるの。恋心を打ち明けられ,その時ほかに恋人がいなければ,その子の思いをわたしは受け入れる。そして,恋が始まる。それは,彼女にとっては一時の気の迷い。でも,たとえ一時の気の迷いであっても,迷っている間はその迷いこそが真実なの。はかない夢でも覚めない間は真実なのと同じ。まあ,人生そのものが夢だとも言えるけどね。
“We are such stuff as dreams are made on”『わたしたちは夢と同じ素材でできている』」
エリカさんはふと遠くを見るような眼差しになり,それからまた元の表情に戻った。
「ああ,話がそれたかな。ともかくその子,わたしを好きになったノンケの子の夢が覚めない間,それまでの間,恋は決して『遊び』ではない。少なくともわたしにとっては。いずれ終わると自覚した上で,終わりを自覚しているからこそ,その時は熱く燃える本気の恋。やがて彼女たちはふと夢から覚める。そして,わたしに別れを告げる。わたしは静かに見送る。その子と分かち合ったいくつかの幸せの思い出をスナップショットのように心のアルバムに飾って」
「心残りはないの?」
「そんな感情は捨てることにした。終わった恋に執着しないよう自分を訓練した。その方が,わたしが幸せだから。執着すれば,終わった恋は悲しい思い出にしかならない。執着を捨てれば,終わった恋は幸せな思い出になるの」
そう語るエリカさんをわたしはただ黙って見つめる。
「40年生きてきて,それなりにいろんな恋をした。そして今,わたしのそばにいるのはユリカだけ。ほかの恋はみな終わった恋ばかり。恋には終わりがある。花がいつか散るように,恋はいつかは終わる。そして,花は散るからこそ美しいように,恋は終わりがあるからこそ美しく燃える。・・・・今,わたしはユリカに恋してる。そして,たぶん,きっと,今のこの恋もいつかは終わる。だからこそ,それまでの年月を心からいとおしむの。終わった時,なんの後悔も残さないように」
そう言い終えて,エリカさんはわたしをきつく抱きしめる。
「これから1週間くらい,二人ともお休みね。愛し尽くすくらい,愛しあおうね」
その肌の温もり,息の熱さ,眼差しの鋭さに気圧されながら,わたしは言葉を発する。
「わたしはあなたの創造物です。これからもずっと,あなたのもの」
エリカさんはそんなわたしに優しく微笑みかける。
「作品が作者の手を離れることは,芸術の世界ではありふれてるわ。確かに,ユリカはわたしの最高傑作だけどね。最高傑作だからこそ,ユリカはほかの人からも愛される」
わたしは「いや」というように首を振る。エリカさんはなおも微笑みかける。
「ユリカ,未来を決めつけちゃだめ。未来には無限の可能性がある。そして,未来に怯えてもだめ。未来は未来,今は今。今この時は,ユリカとわたし,熱い恋。それで十分なの」
そう言うなり,エリカさんは唇を重ね舌をからませる。わたしの心までからめ取る。わたしはからめ取られる。