リリィには、奴隷として装着された首輪と、腹に描かれた妙な魔法陣、もとい紋章があった。そんな昔と似ているようで違う二人は穏やかに暮らしているようで、少しずつすれ違っていく。
無理に奴隷を買った事による経済的不安。奴隷という身分による心の隔たり。そして、幼い頃には見なかった、肉体の成長……。それらに次第に心を乱されたアッシュはある夜、ついに過ちを犯してしまう――。
「……リリィ、リリィ……」
「…………」
「好きだよ、リリィ……。ずっと前から……」
石と木材が、壁のはげた塗装の下から見え隠れする、ホコリっぽく狭い家。明かりは一つもついておらず、窓のすき間からわずかに月明かりが差し込む。
その家の一室にある、古さで形の歪んだ小さなベッドの上で、二人の人間が重なっていた。色あせた薄いシーツや布団をはね除け、一人がもう一人を組み敷いてさかんに動いている。
その影は、よく見るとかなり小さく見えた。手足も胴体も細く、大人のように成熟した体ではない。髪型やわずかなシルエットの違いから、男と女、もとい少年と少女の組み合わせだと分かる。
上になっている短髪の少年が、声変わりの済んでいない高めの声で、下の少女に問う。
「……リリィ……気持ちいい?」
「…………」
少年の声には、どこか後ろめたさがあった。リリィと呼ばれている少女も不本意な事があるのか、目を合わせず、にこりともしない。彼女の細い首には、金属製の重たげな首輪がついていた。
答えを待つ間、少年の動きが止まる。気まずい空気が数秒だけ流れ、リリィはポツリとつぶやく。
「……さっさと済ませろ」
「…………」
ぶっきらぼうに放たれた一言に、少年は表情をくもらせる。しかし悲しみを振り払うかのように、彼は一層はげしく腰を振りだした。
(……馬鹿アッシュ)
リリィは目をそらしたまま、心の中で少年の名を呼ぶ。体がゆさぶられ、荒れた赤髪が彼女の顔にかかった。
それを首を振って払い、リリィはうつろな目で自身の体を見る。裸にむかれ、隠すものが無い体。うっすら膨らんだ乳房に、やせこけた腹。
その腹には、何か妙なものが刻まれていた。赤紫色で、ハートと子宮を組み合わせたかのような、不思議な形をした紋様。それはちょうどヘソと恥丘のちょうど真ん中あたりに無機質に描かれている。
それを見た瞬間、リリィの茶色い目に涙がにじむ。この紋様……"魔法陣"が刻まれたあの日に、彼らは再会したのだった。
……そう、今でも続く、"奴隷"と"主人"として。
――
『早く来いよアッシュ! 置いてくぞ!』
『リリィ、ちょっと待ってよ~……』
アッシュとリリィは、幼い頃からの幼なじみだった。互いに同じ村で育ち、野山を走り回ったり、魔法使いのまねごとをしたりして遊んだ。時には二人で貴重な干し肉をつまみ食いし、教会で懺悔させられた事もあった。
怒られて涙目になるアッシュを、リリィは笑ってなぐさめていた。(自分も怒られているのは棚に上げて)
リリィはいつも明るく、気の弱いアッシュを引っ張り、巻き込んでいくような子供だった。アッシュも時々あきれつつ、なんだかんだ仲良くついていった。
性格は異なりながらも、二人はいつも一緒だった。貧しい村だったが、親友がいるだけでアッシュは幸せだった。
……だが、その日々は突然に終わりをつげる。ある日、村でリリィの姿をぱったりと見なくなってしまったのだ。リリィの両親は、『遠くの親戚宅に引っ越した』と苦笑いしつつ言った。
アッシュは行方をたずねたが、遠くだから聞いても仕方ないとかわされるばかりだった。そしてリリィの両親も、ほどなくして村から消えてしまった。
アッシュは自分の両親をはじめ、村人の一人一人に心当たりをたずねたが、みな暗い面持ちで受け流すか、黙っているだけだった。
それから数年、アッシュは村で過ごしながら時おりリリィの事を蒸し返した。あまりにしつこく聞いたせいで怒られた時もあったが、それでも彼は諦めなかった。
……そしてアッシュが十三になった頃、ようやく両親が口を開いた。重苦しい表情でつげられた真実に、アッシュは言葉を失った。
いわく、リリィはおそらく親によって奴隷商人に売られたのだろうと。奴隷となればもはやただの一般人には会う事はかなわず、リリィの親も大金を受け取り村を出ていったので、行方は知るすべがないと。
アッシュは信じられずに両親に食ってかかった。なんで教えてくれなかったのか、止めはしなかったのかと。しかし、この貧しい村で苦労している者は多いのだと、アッシュの両親はうなだれて言った。
それから、アッシュは村を飛び出した。誰も信じる事ができず、最寄りの都会にのがれ、住み着き、乞食まがいの生活をはじめた。
誰にも名前すらろくに知ってもらえず、空き家に忍び込み、にぎやかな街とは離れたスラムで必死に糊口をしのぐ毎日。仕事も後ろ暗い事しかできず、怪しい品物の運び屋、盗みの手伝い、死体からのはぎ取りなどさまざまな犯罪に手をそめた。
そうして裏社会を這いずり回っていたある日。彼は、たまたま通りかかった路地裏の一角に、あるものを見かけた。
日の差さないそのスラムの片隅にはテントが広げられ、中には大きなオリがいくつも並べられている。そのオリには、うずくまって震えている動物の姿がある。
『あれは……』
そこにいた動物は、なんと人間だった。十四、五ていどの子供がオリに一人ずつ閉じ込められ、みな痩せ細った姿で泣いている。破れかけのぼろ切れをまとい、手足に枷と鎖を付けられていた。
奴隷市。アッシュ自身、その忌まわしい存在を聞いてはいたが、実際に目にするのは初めてだった。しかし、その奴隷たちの中の一人に目を留めた時、彼はがく然とした。
『リリィ……?』
赤い髪、勝ち気そうな目、端正な顔立ち。成長しても忘れるはずがない。そこにいたのは、村からいなくなったリリィだった。
『リリィ!』
『わっ、なんだお前!?』
見張りがいるのも構わず、アッシュはオリに飛びついた。そして格子に食い込むほどに顔を近づけると、目が合ったリリィが、ハッと息を呑む。
『……アッシュ……? アッシュか?』
『リリィ……そうだよ! 僕だ! いつも一緒に遊んでた、アッシュだよ!!』
数年ぶりに会うリリィの顔はやつれ、肌の色も土のようになっていた。それでも彼女はアッシュを見て、ほの暗い瞳をほんのわずかに輝かせた。
それから一時間ていどの筈のその時間は、二人の生涯において最も神経のすり減るものだった。アッシュは家にもどり、村から持ち出した、あるいは街に来てから貯めたお金と、こっそりくすねた金品……とにかくありとあらゆる金目のものをかき集めて奴隷市にもどった。どうか、リリィが誰かに買われていませんように。心の中で何度もそう祈りながら。
息を切らし、何度も道を確かめ、ほんの少しの遠回りにも歯がみした。そしてとうとう市場に戻った時、アッシュは商人らの話もろくに聞かず、奇跡的に会えた幼なじみを引っ張り出した。
『……変わってねーな、お前』
『……リリィは、大人っぽくなったね』
二人は再び触れ合う事ができた。互いに体を引き寄せ、ハグした直後に、どちらからでもなく泣き出した。
村には帰らず、一緒に暮らそう。そんなアッシュの提案にも、リリィは快くうなずいた。
しかし……リリィの首には、奴隷として買われた印である、重たげな首輪がついていたのだった。そして腹には、赤紫色の謎の模様が。
――
「……僕らは、とっくに友達なんかじゃなかった」
機械のように腰を振りながら、アッシュはリリィの首輪へ触れる。冷たい鉄製のそれを弄られると、リリィはまるでそれが自分の体の一部かのように身を固くした。その姿はさながら飼い主におどされる犬のようであった。
「この首輪がある限り……リリィは奴隷のままなんだよ。昔みたいには、なれないんだ」
「何言ってんだよ……! そんなん、私らの勝手じゃねえか……」
「じゃあ、なんでそんなに怖がるのさ!」
言い返したリリィへ、アッシュは悲痛な表情で叫ぶ。動きを止めて目をつむり、うつむいて彼は絞り出すような声で言った。
「この首輪……こんなのがあるから、僕なんかと居たんだろ……?」
「違ぇよ、勝手に決めつけんな!」
「嘘だっ……嘘つき、うそつきっ!!」
リリィの言葉に耳を貸さず、アッシュはがばりと相手に覆いかぶさった。目をそらし、リリィの体を痛いほど抱きしめる。彼の口から、子供がむずがるようなうなり声がもれた。
(……嘘、か)
ぎこちなく突かれながら、リリィはボンヤリと考えをめぐらせる。奴隷という身分。思い通りにしても全く咎められない身分。だからこそ、本音を本音だと信じられない時があるのだろうか。
「どこにも行かせない……! リリィは、僕のモノなんだから……!」
「…………」
アッシュがそう喚くのを聞きながら、リリィは小さくため息をついた。
(……ったく、それをよりによってこんな時に言うなよなぁ……)
リリィはなげやりに脱力する。どうにでもしろ、という気分だった。
アッシュの動きによって、大事な部分から血が流れるのをリリィは感じ取っていた。このような行為に至ったのは、今回が初めてだったのだ。
なにしろ、アッシュはずっと自分を戒めてきたのだ。手は出すまい、傷つけまいと健気に――否、卑屈に。
――
……アッシュがリリィを"買って"からの生活は、楽ではなかった。
リリィがいる手前、アッシュは悪い仕事から手を引き、商店のご用聞きや配達を頼み込んでやらせてもらっていたが、それはいわゆる法外の報酬が得られないのを意味していた。
しかもあいにくな事に、奴隷はあくまで所有物という扱いであり、賃金が支払われたのはアッシュだけだった。リリィを連れて手伝わせる事はできたが、子供ひとりの労働力などたかが知れている。実質、アッシュはリリィを苦労して養う立場となった。
リリィの値を払ったせいもあり、暮らしはわびしいものだった。アッシュは次第に申し訳なさそうな素振りが増えていったが、そんな彼を、リリィはいつも励ましていた。
『なーにシけた面してんだよ。飯がまずくなるぜ』
『……ごめん、自分から引き取ったのに……苦労させてばっかりだ』
『謝る必要ねえだろ。あのままだったらどこかの馬の骨に売られるか、下手したら殺処分だったんだぜ。今なんか全然マシさ』
リリィはさも気にしていないという風に言ったが、やはり表情にはわずかに陰があった。
貧しさばかりのせいではない。経緯はどうあれ、彼女は幼なじみに金で買われたのだ。昔のように気安くあろうとしても、心のどこかでためらってしまう。その気になれば、いくらでも支配と服従の関係へと変われるのだから。
また、アッシュも同じように苦悩していた。買うという過程を経たことで、二度と自分たちは対等な関係を築けないのではないか。自責の念と、嫌が応にもにじみ出るリリィの緊張を感じ、彼はどんどん負い目を感じるようになっていった。
大好きな友達を安心させられない。まともな暮らしをさせられない。自分が買っただけでも幸せなのだと開き直れるほど、彼は図太くなかった。
『……そのお腹』
『あん?』
『なんか……魔法陣ってのが描かれてたでしょ。あれ、何なんだろ』
沈黙が苦しかったのか、アッシュは急にそう尋ねた。リリィは粗末な肌着をめくり、言われた箇所を見る。
痩せた腹に描かれた、赤紫色の模様。村では見慣れなかったが、魔法という不思議な力を発動するためのものだと、リリィが盗み聞きしていたのだ。その陣をつまらなそうに見つめて、リリィは向き直り答える。
『……知らね。いつの間にか、あの連中が描いてたんだよ』
『なんだろ、あの時はけっきょく聞かずにきちゃったし……悪いものじゃ無きゃいいけど』
『もういいだろ、昔の話は。胸くそ悪い』
リリィはふんと鼻を鳴らし、会話を打ち切った。アッシュも気まずそうな顔をして黙り込む。
……しかし、彼の目はひそかにリリィへ注がれていた。後ろめたさがありつつも、焦がれた欲のまじった視線。
リリィが服をめくった時、彼は気づいてしまったのだ。自分の奴隷となった幼なじみが、女らしい体つきに変わりつつある事を。
負い目と、不安と、愛と、それから性欲と。色々な感情をかかえて、アッシュは日に日に思いつめていった。
リリィを金で買った自分に、一緒にいる資格はないのかもしれない。できるだけ早く自由にしてやらねばならない。そう思う反面、リリィを手放したくないと思ってしまう。
だが自分には身寄りもない。経済力もない。その上に心を開くのを怖がってしまっている。日頃からの負い目をそのままにしていると、思考はどんどん悪い方へと振れていく。
……リリィが奴隷ではなくなったら、自分の前から消えてしまうかもしれない。そうしたら、アッシュはまた一人になってしまう。
……ある夜の事であった。床でボロにくるまり寝ていたアッシュは、寝返りを打って窓際のベッドを見た。
そこでは、リリィが背を向け寝息を立てている。一緒に暮らしはじめた日からずっと、寝床は別々になっていた。
(……リリィは、何を考えているんだろう)
寝ている時のリリィの姿は、ほとんど見た事がなかった。今までは同じ時間に寝て、朝に顔を合わせるのが当たり前だと思っていた。しかしリリィは内心では、今の場所からも離れたいのではないか。夜の暗闇の中で、恐れがじわじわと胸中に広がっていく。
『…………』
アッシュはゆらりと立ちあがり、リリィへと歩み寄る。上からのぞき込むと、リリィはすやすやと眠っていた。つくろわない少女の寝顔が、慣れた視界にボンヤリと浮かぶ。長いまつ毛が目に入り、アッシュは胸に熱いものが巡るのを感じた。
(……綺麗だなぁ、リリィ)
うっすらと考えていた彼の手が、まるで何かに動かされるかのように伸びる。そして、寝ているリリィの頬へと触れた。
やつれていながらも、柔らかく温かい肌。相手の温もりが、手のひらを通じて直に伝わってくる。
『んんっ……』
その時、リリィが小さくうなって寝返りを打つ。のぞいているアッシュと向かい合うように、ころんと彼女の顔が上を向く。
リリィの無防備な寝顔がアッシュにさらされる。端正な顔立ちに大人の雰囲気をまといつつある、女性らしさを備えた風貌。
昔とは似ているようで違うその顔にドキリとすると同時に、アッシュの視界にあるものが入る。首につけられた、奴隷の身分を示す首輪。
『あっ……』
アッシュの心臓が、割れそうなほどに強く鼓動する。足から頭の先まで、電撃のような衝動が走った。
……この子は自分の奴隷だ。どんな風にしてもいい、自分だけの奴隷なのだ。
そこから、彼に具体的な思考はなかった。気づけば、リリィの唇を奪っていた。
『ん……っ、ん……』
温かく、柔らかい感触。リリィの肩を優しく押さえ、アッシュは初めてのキスの感覚に浸っていた。敏感な部分と触れ合ううち、体が熱くなり、他の部位への想像力を掻き立てる。彼のある部分に、自然と血流が集まっていく。
『……む、ん……へっ!?』
そんな時間もつかの間。リリィが寝苦しさに目を覚まし、もがきはじめる。アッシュが顔を離すと、混乱して自らの口を手で覆う。
『なっ、おまっ……何やって……』
たどたどしい口調で訊くリリィ。その表情には、やはり怯えがあった。……今にも、逃げ出してしまいそうな。
アッシュの手が、リリィの腕をつかむ。彼女の体が固くなるのもかまわず、アッシュは力ずくでリリィを押し倒し、彼女の粗末な肌着を強引に引き裂いた。
『おいよせ! やめろって!』
リリィが静止する声も、もはや耳に入っていなかった。アッシュはただただ、自分の内の衝動にしたがって肌を重ねた。
リリィをどこにもやりたくない。その一心で。
――
「はぁっ……はぁっ……」
……そうして、アッシュは歯止めも利かずにリリィを犯してしまった。抵抗をやめたリリィを組みしき、荒い息を吐きながら腰を振る。古いベッドがきしんでギシギシと音を立てた。
「……やっ!? おい!」
と、その時。されるがままだったリリィが高い声をあげる。アッシュが突然、彼女の小ぶりな乳房に吸いついたのだ。リリィが止める間もなく、アッシュは頂点の突起をしゃぶり、もう片方を手でつまみあげる。痛みとくすぐったさに、リリィはしきりに身じろぎした。
「やめ、ろぉっ……いっ、ぁっ」
どうにか止めようとするリリィの声が、悩ましげなものに変わる。乱暴にされているだけなのに、弄られた部分からえもいわれぬ感覚がわき出す気がした。嫌悪と悲痛にまじり、体が浮き立つような妙な感覚が広がる。
「んっ、んぅ……」
リリィが大人しくなった頃、アッシュはようやく口を離す。呼吸とともに上下するリリィの体はうっすらと赤らみ汗を浮かべ、先ほど弄られた乳首は充血し、固くなっていた。
意思とは裏腹に、体が熱くなるのを感じながら、リリィは自分を押し倒している相手を見つめた。瞳が濁り、独占欲や獣欲に動かされてはいるが、まぎれもなく大好きだった相手。その目の奥には、かすかに後悔の色が見える。
いったん事が済めば、元に戻ってくれるかもしれない。リリィはそんな甘い希望を持っていた。無理やり思いを遂げようとされてもなお、彼女はアッシュを嫌いになれずにいた。
アッシュがゆっくりと顔を近づける。キスしたいのか、そう思ったリリィは少しためらったものの、迎え入れるように口を近づけた。
しかし、アッシュはその横をすり抜け、なんとリリィの首に噛みついた。予想しない行動にリリィの肩が小さくはねる。
「……えっ、いっ!?」
驚くリリィの首に、生ぬるくくすぐったい感触が広がる。敵意のない甘噛みだ。といっても首輪にはばまれ歯もろくに触れられていないのだが、それがかえって、力ずくでなければ安心できないという恐れを感じさせた。
ともすればリリィは逃げ出してしまうと、まだ思っているせいだろうか。
『大丈夫だ』、リリィはあえてそう言わなかった。一方的に犯してきた相手を、自分から安心させたくはない。裏切られた彼女なりの、せめてもの仕返しだった。
そうこうしているうちに、アッシュの腰の動きが早まる。ペニスが膣内で膨張し、ビクビクとうち震える。噛みついている口から、ふぅふぅと短い息が漏れた。
もうすぐ果てるのだろう。そう思ったリリィはポツリと言った。
「……もう、出すのか」
「……っ!?」
聞いた瞬間、アッシュがびくりと口を離す。そうしてしばらく動かずにいた。
この期に及んでも、最後までしてしまうか葛藤があるのだろう。その煮え切らなさに呆れながら、リリィは投げやりな口調で言った。
「……勝手にしろよ」
「……う、ううっ……」
突き放すような一言だったが、それでもタガは外れてしまったらしかった。アッシュはさらに勢いづいて腰を打ちつけ、リリィを押さえつけた。相手への気づかいも遠慮も忘れ、一心不乱に一つになろうとする。
「……リリィ……リリィ、リリィッ、リリィッ……リリィッ!!」
「はぁ……」
必死に名前を呼ぶアッシュに、リリィは深いため息を返す。直後、アッシュがぐんと背をそらし、体をふるわせた。
「あっ、はぁっ……ああぁ……っ」
「んっ……くぅ」
体内に精が放たれるのを感じ、リリィはわずかに恍惚となる。そんな彼女へ、脱力したアッシュがどさりと倒れ込んだ。
ぜぇぜぇと荒い呼吸をしながら、うつろな目を細めてリリィに体をあずける。ペニスも抜かず、二人はしばらくそのままでいた。
リリィに覆いかぶさりながら、アッシュはいつまでも目を合わせずにいた。下半身のペニスの脈動が完全におさまった頃、リリィが口を開く。
「アッシュ」
「…………っ!」
「気が済んだかよ?」
ぶっきらぼうにリリィが問うと、アッシュは黙ったまま、体を起こしもしなかった。リリィは無言で体をはねのけると、腰をひねってペニスを乱暴に引き抜いた。
「はっ、あう……」
膣内部に吸いつかれつつペニスが抜かれ、アッシュは思わず歯がみする。同時に、精液と血がまじった液体がポタポタとベッドの上にこぼれた。
リリィを汚した、まぎれもない証拠。うつむいていたアッシュはそれを見つめ、心苦しい表情でリリィを見た。
「何か、言う事はあるか?」
「…………ごめん」
「それだけか?」
「…………本当に、ごめん」
問い詰められたアッシュは、謝る事しかしなかった。我にかえったようにうなだれ、膝に涙を落とした。
その姿を見ていたたまれなくなったのか、それとも後になって悲しみが襲ってきたのか。リリィも目に涙をうかべ、声を裏返しながら言った。
「お前なぁ……本当にっ……バカか?」
怒っているはずなのに、リリィの顔には引きつりながらも笑みがあった。相手をいまだに想ってしまう気持ちが、怒りを押しのけようとする。
そんな彼女の姿を見て、アッシュは何も言えなかった。罪悪感ならいくらでも出てくる。リリィがもし悪罵の限りを叩きつけてきたなら、甘んじてそれを受けただろう。
ところが、リリィはまるで悪さをした子供を見るような目つきで黙っていた。見放してはいない、情のある目つき。罵られるより、アッシュはいっそう辛かった。
「……なんで、こんな事したんだ?」
リリィが沈んだ声で問う。アッシュは情けなくて恥ずかしくて、やっとの思いで口を開いた。
「……リリィが、いつかどこかに行っちゃうような気がして……」
「……別に、そんなん考えた事ねえけど」
「けど……怖かったんだよ……! リリィをお金で買うなんてマネをしたし……ろくな暮らしもさせられないし……」
「…………」
「……それで……っ。僕……ああ、最低だ……」
アッシュは取り乱し、顔も上げずに嘆いた。それをリリィは何も言わずに見つめる。
いくら後悔されても、やった事は消えない。被害者であるリリィに、そこを容赦してやる義理など無いはずだった。
しかし、それでも彼女はアッシュを見限れなかった。目の前の幼なじみが、自分を弄びたかった訳ではなく、不安にかられて思い余ってしまったのだと知って、どこか安心したから――。
「……せめてさ」
「え?」
「やる前に、一言くれよ……。私、お前を嫌いになりたくないんだよ……」
リリィの言葉に、アッシュは息をのんだ。嫌いになりたくない。それはつまり、今は嫌いではないとも取れるのだ。アッシュはぎこちなく口を動かし、リリィにたずねる。
「それって……」
「……………………」
「許して、くれるの?」
「……今回だけは、な」
リリィはすねたような顔で答えた。アッシュが目を丸くし、目線をおよがせ、まだ信じられないという風に言う。
「……ほんと、に?」
「しつけぇな。無理やりしやがったのはムカつくけど、まだ離れる気は起きないってだけだ」
剣呑な口調ではあったが、それは本音のようだった。アッシュの表情から徐々にこわばりが抜けていく。
そんな彼にリリィは詰め寄り、刺すような目つきになってこう告げた。
「だが忘れんな。二度と同じ事やったら、お前となんざ居られないからな」
「……うん」
「行く場所がなくても、耐えられるかは別なんだ。オモチャにされるなら、死んだ方がマシだ」
「……うん」
リリィの厳しい言葉を聞きながら、アッシュはただ頷いていた。まだ怒って戒めるほどの情があるのが有りがたく、胸がいっぱいになっていた。
リリィが話し終えると、アッシュはそろそろと顔をあげる。そして、か細い声で言った。
「そうだよね……。リリィは……生きてる一人の人間なんだもんね」
「当たり前だ、アホウ」
リリィが呆れた顔で言い放つ。罵倒してはいるが、その言い方にはわずかに、友達に対してするような砕けた雰囲気があった。
アッシュは思わず、リリィに向かって手を伸ばした。こわごわと、すがるようにリリィに体を寄せようとする。
ほんの一瞬の間があったが、リリィもそれに応えるように腕を広げる。相手を受け入れ、安心をあたえる仕草。内心では様々なわだかまりがあったとしても、二人の気持ちはまだ離れきっていなかった。
しかし、その直後。
「あ、ぐっ……!?」
突如リリィが目を見張り、うずくまって苦しみだす。目をつむって歯を食いしばるその姿に、アッシュはあわてて取りすがった。
「リ、リリィ!? どうしたの!?」
「わ、分かんねえ……急に、体が熱く……」
うめきながら答え、リリィは体を起こそうとする。その時、彼女の体に生じたある異変にアッシュが気づく。
苦しんで腹部を押さえるリリィ。その手が当たっている部分からやや下、彼女のヘソのすぐ下あたりにはあの赤紫色の魔法陣があった。
その魔法陣が、何故だか激しく光っている。赤紫の紋章はみるみる鮮やかに輝きを増し、その形を肌の上に浮き上がらせた。
「アッ……シュ……」
弱々しいリリィの声が響く。アッシュは例の紋章から顔を上げ、リリィと目を合わせ、さらに混乱する。
彼女の茶色の目が、どんどん暗くよどんでいった。瞳に力が無くなり、焦点が合わなくなっていく。
そのうつろな目は、アッシュの方をただボンヤリと向いていた。
(これは……)
異様な姿を前にして、アッシュは必死に何が起きたのかを考えていた。そして、腹に描かれた魔法陣の事に思い当たった。
不思議な力を持つという紋章。正体は分からないが、今起きている光景はそのためなのではないだろうか。
「……リリィ!」
アッシュはリリィの肩をつかみ、ベッドへ寝かせようとする。どうすれば良いのか分からなかったが、とにかく安静にさせねばと思った。
しかし、そんな彼に唐突に、妙な感覚が届く。
「ん、んん……っ!?」
唇に届く、柔らかい感触。アッシュが目をしばたかせていると、唇の感触が離れ、鼻先まで迫っているリリィの顔が見えた。
「……え、え? リリィ?」
突然のキスに困惑するアッシュ。見ると、リリィの目はすっかり光をなくし、表情もとぼしく、それでいて頬をうっすらと染めている。
間近で見たその顔がどこか陶然として見え、アッシュはどきりと胸を高鳴らせた。そして、リリィが口を小さく動かし、吐息混じりに言った。
「……さっきは、最初しかしてくれなかったから」
何を、とアッシュが問うより早く、リリィは再び唇を奪う。先ほどよりも深く口をつけ、離す間もなく唇に吸いついた。
「ふぁっ……むぁ、んんん……!」
ジタバタともがくアッシュを、リリィはなんと強く抱きすくめる。そしてやめるどころか舌をのばし、相手の口内へと滑り込ませた。
ぬるん、と滑らかで湿った舌先がアッシュの歯に触れる。そして舌どうしが触れ合った瞬間、アッシュはぞくりと背をふるわせた。
敏感な部分が舐められ、体から力が抜けていく。頭ではまずいと思っていても、体内に入り込む肉感的なぬくもりに、抵抗する力が失われていった。
「――ぷは」
一分ほど経って、ようやく口を離すリリィ。恍惚として動けないアッシュを、リリィはにんまりと笑いながら見つめていた。
目を細め、頬をゆるませた淫靡な笑い。それをボンヤリ見つめていたアッシュは、どさりとベッドへ倒された。
そして、リリィの腕がある場所へと伸びる。先ほどまで繋がっていた、敏感な秘すべき部位。
「あっ、やぅ……っ!」
ペニスを握られ、アッシュの体が大きく跳ねる。果てたばかりとはいえ、キスによって気持ちが高まっていたのか、少し触られるとそこはあっけなく硬くなり、そそり立っていく。
アッシュは四肢が弛緩するのを感じながら、痴女のごとく豹変したリリィを見つめる。彼女は寝そべるアッシュを見下ろし、相変わらずよどんだ目を細めてこう言った。
「……どうしてガマンしてたんだろうな。さっさとこうしときゃ良かったのに……」
そう言うリリィの腹には、あの不気味な紋章がこうこうと光っていた。
――リリィにかけられた魔法の正体。それはここにきて、初めて二人の目にさらされた。
性的欲求を増幅し、人格に歪みをもたらす力。さらには身体の感覚にも作用し、対象はさながら主人に奉仕する動物のように成り果てるのだ。
そしてこの場合、主人とはすなわちアッシュの事であった。体内に精液が侵入すると発動し、その精子の持ち主に狂い、媚びるようになる魔法……その紋章は、別名"
……もっとも、二人ともそんな事実は知るよしも無かったが。
「リリィ! ちょっと待って……! あぁ!」
「今度はちゃんと愛し合おうな……」
アッシュの制止をまるで聞かず、リリィは上に乗って自らの秘裂をペニスへとあてがう。無理やり引き剥がす事もできなくはなかったが、アッシュは何故か体が動かなかった。
心のどこかで望んでいたのかもしれない。リリィが、自分に都合のいい奴隷に堕ちてくれる事を。
「んっ、はぁ……」
ついに、リリィが腰を下ろす。ゆっくりとした動きで、少しずつ、アッシュのペニスは膣内へと呑み込まれていった。
アッシュが息を呑み、悩ましげな顔で目をつむる。想い人の体内は温かく、ヒダをうるませて男性器を包む。その心地よさに浸る間もなく、リリィは腰を振りだした。
「う、んぁ、あ、ダメ、くっ……」
ゆったりとしたピストンの音と、アッシュのあえぐ声がシンクロする。それを聞いたリリィはやめるどころか、動きの幅を変えたりなどしてさらに細かく奉仕しだした。そのうち、アッシュは止める声さえおぼつかなくなってくる。
その快感は、先ほど強引に襲った時の比ではなかった。膣壁のこわばりも、粘膜の摩擦も、なにより相手の苦悶もない。アッシュが目を開けると、見下ろしているリリィと目があった。顔を火照らせ下半身をくねらせる姿は淫らの一言。アッシュに向けてはにかむ彼女の顔には、むせ返るような淫蕩の香りがあった。
「気持ちいいか? アッシュ」
「……っ、だめ、だって……」
屈託なくたずねるリリィ。その顔に浮かんでいるのは、間違いなく悦びである。微笑みながら快楽を味わう彼女を見て、アッシュの分身は否応なしに絶頂に向けて高ぶっていく。
性感に溺れていくにつれ、アッシュはリリィを犯した事を忘れそうになっていった。今、好きだった少女は肌を重ねて存分に悦び、楽しんでいる。犯したのは夢で、こうして繋がっている事だけが現実なのではなかろうか。そんな身勝手な考えがうっすら浮かびはじめる。
だが、目の前のリリィは明らかに異常をきたしているのだ。アッシュはそれを分かっていながらも、なすすべなく欲望に引きずられていった。
「……はっ、はっ、ふっうぅ……」
「……ふふ」
次第にアッシュも自制心を失い、自分から腰を跳ねあげる。動いていたリリィのリズムが崩れると、リリィは幸せそうに頬をゆるめ、アッシュに合わせるようにして腰をゆらめかせる。
肌がぶつかり体液の混ざる音が、何度も室内に響き渡った。そのテンポが少しずつ上がり、二人の動きが速く、そして激しくなっていく。
「ぐっ、あ、あっ、うぅ、くっ」
「あは、はっ、はあっ、はぁ、はひ、んっ」
アッシュは無意識にリリィの尻をつかみ、がむしゃらに腰を打ちつけた。それに突き上げられながらも、リリィがゆっくりと上体を倒す。
「アッシュ……もっかい」
「へ……ん、むうぅっ!?」
リリィは顔を近づけ、また口づけをする。ちゅる、ちゅっ、と空気の混じった音が、口内から耳に抜けていく。口と下半身との両方で交わっていると、アッシュの全身をえもいわれぬ性感が駆け抜けていく。
そうしているうちに、リリィが体をくつつけたまま腰の動きをさらに早める。今までとは違う、まるで何かを吸い上げるような動き。
ぷは、と口を離し、リリィはアッシュの視界いっぱいにはにかんで言った。
「……そろそろ出そうか?」
「…………っ!? あ……」
「ふふ、分かるぜ。お前の反応が」
リリィはまた上体を起こし、自身の腹を撫でる。淫紋ごしに、アッシュはペニスを触られているような気がして身もだえた。
同時に、自身の体の限界に気づく。ペニスの内部を、熱く濁ったものが込み上げてきていた。リリィが動くにつれ、それはすぐにでも飛び出そうとせり上がってくる。
このままでは膣内に出してしまう。アッシュはかすかに理性を取り戻し、リリィに必死に呼びかけた。
「ま……待って……! り、りぃっ……」
「……どした?」
リリィはきょとんとした顔で動きを止める。アッシュはペニスの衝動を抑えつつ、か細い声をあげる。
「せ、せめて……外に……」
「今さら何言ってんだ。お前も一回出したじゃねえか」
「ダメだって……! リリィに、そんな無責任な事したくない……」
「…………」
けげんな顔をするリリィ。それを見て、アッシュの目に涙がにじむ。妊娠、出産、それによるさまざまな負担……そんな懸念を忘れて交わりたい気持ちは、彼にもあった。しかし、それをそのままぶつけるなど考えられなかった。リリィは一人の人間なのだと、先ほど自分で言ったばかりではないか。
そう思い、アッシュは陶酔しているリリィにこう訴えた。
「……リリィ、元に戻ってよ。オモチャにはされたくないって、言ってたじゃない……」
「…………」
そう言いながら、アッシュはリリィの目を見つめる。暗く沈んだ瞳。それが変化するのを祈っていた。
すると、不意にリリィが悲しげに頬笑む。そして今までとは打って変わった、淋しそうな声で彼女は言った。
「……実はさ」
「…………?」
「なんだか……思い出せないんだ。自分の、昔の事とか……なんにも」
「え……!?」
アッシュは耳を疑った。いくら何でも、記憶が急に消える事などありえない。しかし、リリィの顔はとても嘘を言っている風ではなかった。
唖然としているアッシュの両手を、リリィがそっとつかむ。手のひらを合わせ、相手の指のすき間に自分の指をそれぞれ差し入れる。いわゆる恋人つなぎである。
リリィは手指をぴったりとつけ、力を込めた。離すつもりがないと言いたげに。そして体を倒し、アッシュの耳元に口を近づけると、諦めたような声でささやいた。
「もう……お前を好きだった事くらいしか、思い出せない」
「っ……そんな……」
「だから……」
そこまで言って、リリィは下半身を大きく動かしはじめた。たんっ、たんっ、と小気味いい音が鳴り響き、アッシュが声にならない声であえぐ。
アッシュの脚に力がこもり、足の指がぎゅうっとこわばった。接合部では、リリィの性器が上下するそのすぐ下で、睾丸がきゅうきゅうと引き締まっている。どれも射精の前兆である。
手を振りほどこうとしたアッシュだったが、すぐにその力も失われてしまった。女体に追い詰められている彼へ、リリィは物欲しげにささやいた。
「……くれよ。お前の、全部……」
その声と同時に、リリィの膣がきつく締まる。ペニスにあます事なくヒダが触れ、互いの性器の感触がハッキリと分かった。
締めつけた拍子に達したのか、リリィがアッシュの首に腕を回し、しがみついて体を震わせる。求愛するかのように肌を擦りつける想い人に、果てる寸前のアッシュが堪えられるわけが無かった。
「あっ、で、でちゃっ……うぅッ!!」
それが最後の言葉だった。アッシュの体が弱々しく跳ね、リリィの中に欲望を解き放つ。ペニスがびくびくと震え、ねばついた体液が撃ち出されるのを感じ、リリィが甘い声をもらした。
「……くぅっ……あ、きてる。アッシュの……」
「はぁっ、あぁぐ、うぅっ……! うっ!」
アッシュは本能的にリリィの背に手を回し、何度も精を送り込んだ。腰奥からじんわり広がる快楽に身をまかせ、ペニスを駆けめぐる衝動を呆けたように放つ。リリィもまた、それを繋がったまま優しく受け止め、幸せに浸っていた。
快楽の頂点に達し、頭が真っ白になる瞬間。相手と一つになったような感覚に、アッシュはその時だけ酔いしれていた。性器が包まれる感触も、かたく抱き合う感触も、心の奥底でずっと望んできたものには違いなかった。
互いに湿った呼吸を繰り返し、何も言わずに二人は抱き合っていた。そして射精の余韻がようやく去ってきた頃、アッシュはころりと体を横にした。
「あっ……」
ペニスが引き抜かれ、リリィが名残惜しそうな声をもらす。そんな彼女を、アッシュは夢から覚めたような目で見つめた。
赤く上気した顔と、相変わらず暗たんとした瞳とには、ひどいギャップがあった。人間らしい感情の中で、性の悦楽だけを抜き出したかのような、いびつな表情。
「へへ、気持ちよかったろ?」
まったく明るい調子で語りかけてくるリリィ。その声だけは、あの無邪気に遊んでいた頃そのままで、アッシュは胸がつぶれるような思いだった。
そして直感した。リリィは、変わってしまったのだと。もう自分がまたリリィを傷つけたとしても、前のように怒ってくれる事は、もう無いだろうと。
アッシュはリリィを見ていられず、相手の胸へ顔を押しつけた。目をつぶってすがりつくように嗚咽をもらす。
「ごめん……ごめん、リリィ」
「……?」
涙ながらに、彼はリリィに抱きついて詫びる。心の内から湧き出す後悔はいつまでも止まず、何度も消え入りそうな声で「ごめん」と繰り返した。
……それを聞くリリィが、まるで何を謝っているのか分からないと言いたげな顔をしているのを、見ないようにしながら。
アッシュは、そのまま目を合わせずにグズグズと泣いていた。そんな彼の背中を、ゆっくりさすりながらリリィは言う。
「……大丈夫だ。大丈夫だから。なんにも悲しむ事ねえよ、な?」
「…………」
違う、違うんだ。そう言いかけて何度もしゃくり上げる。自分はとんでもない事をした。それを知らせなければいけないと思った。
しかし、アッシュのそんな内心など露知らずという風に、リリィはこう言った。
「もし何か辛くなったら、私の体を使えよ。いつでも好きなようにしていいから」
「…………っ」
自分をモノ扱いするような台詞。それを聞いて、アッシュはもう何を言ってもムダなのだと悟った。そして彼自身も、心のどこかで喜んでしまっていると気づいた。
好きな時に、好きなように自分を求めてくれる、愛する
アッシュはおそるおそる顔を上げ、微笑んでいるリリィへ言った。
「……リリィ」
「ん?」
「好きだよ……好き」
「……ああ、私も」
人格も、記憶もどうしようもなく変わってしまったリリィ。無知なアッシュにできるのは、彼女を愛する事だけだった。
……"性"奴隷に変わってしまった、幼なじみを。