『アオのハコ』
人生どうなるか、そんなのはまだ分からない。
まあ、どうにかなるもの。
笑って転んで悩んで、なんとなくやっていけるものだから。

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三人の道はアオく照らされて

 人生万事塞翁が馬、と言う言葉がある。なるようにしかならない、とかそんな意味だった気がするけどどうだったか。確かに世の中、なるようにしかならない。ならないようになった、というのは聞かないから。

 それは私の、いや私たちの関係も同じだ。笑って転んで悩んで、嬉しかったり楽しかったり。そんな日々が、理想とは少しだけ違う形で続いている。私が想い描いたものではなく、でも居心地の良い時間が。

 でもたまに、思うこともある。

 なにやってんだろう、私は。これでいいのか、私。

 隣に転がる千夏先輩、そして大喜の体温を感じながらぼんやりと、そんな事を考えながら。

 私は悩んだり悩まなかったりしつつ、目を閉じてあれやこれやを想い描いていく。

 

 

 

 切っ掛けは小さな事だったような、そうでもないような。それでも私は気が付けば大喜を好きになっていて。でもそれを認める頃にはもう、大喜は千夏先輩を好きになっていた。私が自分を変えていくのが怖くて、必死で見ないふりをしている間に。

 もっと早く伝えていたら、と思わなくもない。せめて千夏先輩が猪股家に居候する前に告白していたら、話は違っていただろう。時間は戻せないのだから、言っても仕方がないのだけれど。

 周回遅れの私は悶々としたまま、それでも大喜を好きで居続けていた。勝ち目もないのに、どこかで奇跡が起きると信じていた。

 まったく、らしくないな。すっぱり諦めてしまえ、私。そうは思えど、思考はループするばかり。全く以て、やれやれだよ。文化祭も終わって季節は秋から冬へ移ろうとしている、そんなどこか感傷的な時期だからだろうか。なんだか気持ちは沈むばかり。嫌だな、こういうのは。

 溜め息を吐きながら、静まり返った校舎の中を歩いていく。北風の吹く日曜日、わざわざこっちまで来る生徒はそんなにいない。運動部は体育館やグラウンド、あるいは部室棟に固まっているし。休日の校舎、とくに特別教室棟なんて誰も来やしない。私だって、別に理由なんかありはしない。ただ、暇なだけ。体育館で練習しているとあれこれ注目されて鬱陶しいし、そもそも身体を動かす気分じゃない。だけど家にいるのも嫌だから、こうして時間を潰しているのだ。

 新体操で私がやり残した事は、もう殆ど無くなってしまっている。全国三位が私の限界、これより上には行けない。それが分かっているのに、他所行きの笑顔で愛想を振り撒くのが最近疲れて仕方ない。ああ、こういう時にこそ大喜に逢いたいのに。どうでもいい話をして、ただ無意味に笑いたい。

 それが出来ないようにしたのは、他ならぬ私なんだけどさ。告白なんか、しなきゃ良かったかな。どうせ私じゃあ――。

「……ん、ぉう?」

 小さく何か聞こえた気がして、私は思考を中断して立ち止まる。これは、声だろうか。しかも、何処かで聞いたような……?

 特に理由も無く身を縮めて周囲を警戒すると、少し先にある被服室の扉が半開きになっているのが僅かに見えた。誰だか知らないけど、私みたく暇をもて余しているのがいるんだろうか。まあ、良いけどさ。良いんだけど、さ。

 再び動き出した足は、なぜだか忍び足。抜き足差し足忍ぶ雨、とね。いや違うな、うん。

 それはそれとして、足音を殺してゆっくりと扉へと寄っていき、そっと耳を済ませる。想(・)像(・)し(・)た(・)通(・)り(・)に(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)で(・)欲(・)し(・)い(・)、と祈りながら。そんな祈りが叶ったことなんて、無いのに。

「それは、……まあ。でも言い過ぎかな」

 けらけらと笑う快活な、聞き覚えのある女子の声。そしてそれを追うようにして聞こえてくるのは、

「いや、そんな事無いでしょ千(・)夏(・)先(・)輩(・)」

 ――私が好きな人の、幸せそうな声。

 中を見なくてももうわかる、中の様子が。大喜と千夏先輩が、二人だけでそこにいる。楽しげにお喋りしている。

 まるで、まるで。……まるで、恋人同士のように。

 私は大喜に告白して、それを千夏先輩にも宣言して。そこまでしても、この二人はなにも気にしていない。私の存在は、道端の小石にも劣るのか。私が何をしようとも、二人の関係を揺るがせもしないのか。

 こうして盗み聞きみたいな事をしている自分が、例えようもないくらいに卑小な女に思えてくる。

 虚しい、苦しい。でも、立ち去れない。それが更に私を苦しめると、分かっているのに。なのに私は、そこへ近付こうとさえしている。

 お喋りの声はいつのまにか切れ切れになり始め、沈黙が流れて少し。私の目に写ったのは、折り重なる二つの影。窓から差し込む午後の陽を浴びながら、二人は唇を合わせあっているのだ。

 少し前、私は大喜にキスを求めた。でもそれはイタズラであるかのように拒絶され、何事も起きないまま場が流れてしまったのに。千夏先輩とは、あんなにも自然に出来るんだ。まるで恋人同士のように。

 いや、「ように」じゃない。二人は、そうなんだ。

 そうでないなら、キスなんか出来ない。キスしながら、身体を絡めあったりはしない。

 千夏先輩の手は大喜の服の上を滑り、そして中へと入り込む。それに応えるように、大喜の手も先輩の肌に触れている。私には、あんなことをしてくれた事なんかない。あるわけがない、だって私は只の「友達」でしかないんだから。

 まろびでた先輩の胸へと大喜の唇が落とされ、そして。そして先輩の手は大喜の腰をまさぐって、「んー、今日も元気だねぇ……」服の中からその――オトコノコを、器用に引き出してしまった。

 生まれて初めて見るそれは、小さな槍のようにも思える。千夏先輩はそれを妖しい笑みを浮かべながら、ゆっくりとそれを弄っていく。大喜がどうすればどうなるのか、全て分かっているかのように。

 大喜の表情はここからでは見えないけど、先輩の胸から顔を上げて喘いでいる辺り相当に気持ちが良いみたいだ。

 ――どうして、私じゃないんだろう。こんなにも好きなのに、私は大喜に触れられない。大喜が他の人に愛されるのを、見ていることしか出来ない。私はいつだって、その他大勢なのか。

 歯噛みしている私に気づきもしないまま、二人はただ愛し合う。そんな時間だけが流れて、そして。

「ほら、大喜くん。良いよ」

 千夏先輩は後ろを向いてお尻を掲げ、大喜の前へと――オンナノコをさらけ出す。濃く繁った陰毛もぷっくりと膨れた肉唇も、なにもかも。そんな恥ずかしい格好が出来るほど、先輩は大喜を愛しているんだ。大喜を受け入れる事に、何の躊躇も無いんだ。

 覆い被さるように大喜の身体が先輩へと重なっていく、そこから目が離せない。きっと大喜にとってもこれは、特別な事じゃないんだ。私だけが、知らない。私だけが、置いていかれた。

 私だけが、要らない子。

 セックスに耽る二人が、遠い。こんなに近くにいても、遠い。

 涙が溢れ、頬を伝って床を汚していくのが止められない。絡み合う二人の姿はどんどん歪んで、知らないうちに口からは嗚咽が漏れていく。自分が隠れている事すら、意識の中で朧気になってしまうのが分かる。

「――、えっと、誰か……い……るの?」

 聞こえてくる声にも、反応できない。視界を奪う涙を千夏先輩がひきつった顔のまま拭ってくれて尚、私はただただ泣き続けた。

 

「えっと、つまり大喜くんが悪いんだよね?」

 私を抱き抱えるように良い子良い子泣かないでとあやしていた千夏先輩が、大喜をぺしりと叩く。うんまあ、そうなんだけどさ。そんな一言でまとめないで欲しい。

 大喜がもっと強く私を拒絶していたら。

 大喜がもっと早く先輩を好きだと言っていたら。

 大喜がもっとバカで、私の事なんか気遣わなかったら。

 きっと私は、こんな無様に泣かなくても良かったのかもしれないけどさ。

 でもそんなのはもう、終わった話だ。この二人の間に、私はもう入り込めない。

 潔く身を引けない、私こそ悪いんだ。

 だからもう、止めよう。この涙が止まったら、何もかも諦めてしまおう。

 そう覚悟を決めた、それなのに。

 先輩の口から出た言葉は、あっさりとそれを崩してしまう。

「ね、蝶野さん。私はね、蝶野さんを泣かせてまで大喜くんを独り占めしたくない。だからさ、これからは三人一緒でいようよ。それが一番平和でしょ?」

 ――顔を涙で汚したまま、私は絶句していた。なにいってんだ、このひとは。大喜を独占しない、共(・)同(・)所(・)有(・)し(・)よ(・)う(・)、なんて。

 そんなの有り得るわけがない、許されるわけがない。

 だって、「特別な人」は一人しか持てない筈だ。

「私は大喜くんが好きだけど、蝶野さんも嫌いじゃないもん。そんな風に泣いて欲しくないんだよ、私ひとの泣き顔嫌いだしさ」

 だから仲良しでいようね、と無邪気に笑う千夏先輩。

 重ね重ねなんなんだ、これは。いったいどうなっているんだ。

 そりゃ私だって、千夏先輩を嫌いになんかなれない。でもそれとこれとは……。

 それに、だ。大喜の気持ちはどうなるんだ。大喜が好きなのは私じゃない、それは変えようがない。その筈なのに。

「大喜くんもさ、煮えきらないままだったって事は蝶野さんの事も(・)好きなんだよね? じゃあ私と蝶野さんを同時に好き、って事で問題ないよね?」

 ……千夏先輩が、どんどん話を進めていってしまうのはなぜだ。

 ああ、そうか。こりゃ勝てないわ。この人は、勝ち負けとか言う次元にいないんだ。

 なんだか何もかも、馬鹿馬鹿しくなってくる。

 半裸の先輩に抱き締められて、下丸出しの大喜がオロオロしている前で。 

 私は何故だか可笑しい気分になって、失笑してしまった。

 こんなにも馬鹿みたいな、架空の出来事みたいな午後はきっと、一生に一度なんだろうな。そう想いながら。

 

 そしてそして、――そして。

 私たちは学校を出て、少し離れた駅裏の路地を何本か抜けて。いわゆる一つの――ラブホテル、へとやって来た。

 さすがにあのままだと気付かれるかもしれないよね、と今更ながらに千夏先輩が頭を使ってくれたお陰だ。

 ここでこれから、私たちは。……セックスを、する。色々と不安だけど。

「さて、と。じゃあ蝶野さん、ぬぎぬぎしようねー」

 不安を感じるのも早々に、千夏先輩に服を剥ぎ取られ。あっという間に私は真っ裸でベッドに転がされていた。

 それだけでも恥ずかしいんだけど、先輩の手が遠慮無く私の身体をまさぐるのも結構恥ずかしい。この人ホントになんなんだろうな、距離感バグってるよ。それに触り方が、何て言うか……いやらしい。そんな手付きが私の身体を滑り降りて、そのまま――。

「あ、割と湿ってるね。……私たちがしてるの、見てたからかな?」

 一切躊躇いもせず、私の脚の付け根へと潜り込んできた。そんなところに他人が触ったのなんて、物心ついて以来初めてだ。出来れば大喜が良かったな、なんてちょっと思ったけれど。そんなのは、すぐに掻き消えてしまった。

 しなやかに蠢く指が、私の中へと分けいってきたから。

 オナニーの経験がない、とは言わない。と言うかまあ、週に一回くらいだから世間的には普通だろう。でもあんまり弄るのは怖いから、擦り付けたり浅く指を這わせたりするだけ。

 こ(・)ん(・)な(・)風(・)に(・)、(・)最(・)初(・)か(・)ら(・)激(・)し(・)く(・)な(・)ん(・)か(・)し(・)た(・)こ(・)と(・)が(・)な(・)い(・)。

「ぅあ ぁあ……!!お"、……っ!」

 私の中が、掻き回されていく。それも、気持ちのいい所をピンポイントで押し潰しながら。何故なのかはわからないけれど、先輩の指は私の中を知りつくしているかのように的確に刺激を与えてくる。

 こんなのは、知らない。ここまで感じる前に、怖くなって手を止めてしまうから。その上今私のすぐ側には、大喜がいる。見られている、というその事実が、際限無く快感を増幅させていく。

 たちまち頭の中は白く染まり、意識が遠退く――のに。先輩の指は、止まらない。

 どんなに上り詰めても、降りることが出来ない。これ以上やったら狂うのではないか、とさえ思う連続絶頂は、どれくらい続いただろうか。

 ぐちゅりと濡れた音を立てて私の中から引き抜いた指を、チロリと一舐めして千夏先輩は。その手を大喜の、オトコノコへと添わせていく。

「ね、どう? 大喜くん、蝶野さんのすごくえっちな姿見てて、こんなになってるんだよ?」

 私の目の前に晒されたそれは、さっき遠目で見たときよりもずっと生々しく巨大に思える。私を見て、こうなったのか。私相手でも、そういう気持ちになってくれたのか。私は、大喜の「特別な人」になれるのか。

 大喜は愛してくれるんだ、この私を。

 胸の奥から溢れてくる思いをどう言葉にしていいか分からずモジモジしていると、千夏先輩の手が大喜のオトコノコから離れて再び私の方へと伸ばされた。

 くちゅり、とそんな音を立てたような、そうでもないような。とにかく千夏先輩の手は、私のオンナノコをそっと拡げ、その中(・)身(・)を大喜に見せ付けたのだ。

 恥ずかしさはもう感じない、それよりも愛しさが勝る。奥の奥まで見て欲しい、触れて欲しい。私の全てを、知って欲しい。

 ――大喜と、繋がりたい。身体の全てが、それを求めて止まらない。

 

 ベッドの上で、千夏先輩に後ろから抱き抱えられるような格好の私。それに覆い被さって来る、大喜の姿。

 背中に感じる柔らかく暖かい質感に支えられながら、私は少しだけ緊張しながらその瞬間を待っている。

 大喜のオトコノコが、私の中に入ってくるのを。

「大丈夫だよ、蝶野さん。もし大喜くんがヘマしたら、私がひっぱたくから。安心してて良いからね」

 囁く声にツッコミを入れる暇もなく、大喜と私の身体は密着して。――身体の奥目掛けて、熱い塊が押し込まれた。

 痛いとは思わない、でも感じたことがないおかしな感覚が数瞬遅れてやって来る。それが快感とリンクしたのは、更に少しだけ経ってから。

 千夏先輩が触れた感じる場所が、点ではなく面で一気に擦りあげられていく。お腹の内側をゴリゴリと抉られているのが、どういうわけか気持ちよくて仕方がない。

「蝶野さん、どうかな? 大喜くんの、気持ちいい? 私の指と、どっちがいい?」

「ぇあ、そ……、分から……にゃ……っ」

 千夏先輩の問いかけに応えられない、それくらいに頭が弛緩してしまう。これは、余りにも激しすぎる。

 こんなのが、続く筈がない。さっき何度も何度も味わった絶頂感が、更に高濃度でやって来る。

 瞼の裏側でバチバチと火花が弾け、身体の芯が壊れていくのを感じだした頃。

 千夏先輩が大喜へと向けた言葉が、私への楔になった。

「大喜くん、良いよ。このまま、射精(だ)してあげて。……良いよね、蝶野さん?」

 ドクン、と心臓が一際大きく脈打つ。大喜が私の中で、射精する。それはセックスの、行き着くところ。もしかしたらそのまま、私は大喜の赤ちゃんを身籠るかもしれない。私の人生がなにもかも、その瞬間に大きく変わる。私はそれを――受(・)け(・)入(・)れ(・)た(・)い(・)。大喜を愛したいから、大喜に愛されたいから。

「う"、……ん! いい"よ、大喜、来てぇ……!!」

 他のなにもかも、もういらない。独り占めできなくてもいい。大喜と一緒にいられるなら。

 お腹の奥で起きた爆発と、染み透っていく粘っこい熱を感じながら。私の意識は、ふっと闇に落ちていった。

 

 

 

 

 あれからどのくらい、身体を重ねあっただろう。千夏先輩と私と、代わる代わる大喜とセックスをする日々が日常になって久しい。千夏先輩はずっと「三人一緒」に拘ってくれていて、猪股家に二人でいる時はセックスしないと約束してくれた。……守っているかどうかは、まあ分からないんだけどね。私としても、二人だけで……というのを考えなくはない。でもまあ、千夏先輩を出し抜いてって言うのは気分がよくないからね。

 今日も休日だからと朝からこうやって退廃的に過ごしていて、三人とも疲れ果てて微睡んだり微睡まなかったりしている所。先輩も私もオンナノコから精液を逆流させたまま、大喜も入れて川の字になって転がっている。

 これから私たちがどうなっていくのか、それは分からない。悩むべき事は山ほどあって、前途は多難すぎる。

 でもきっと、最後は幸せになるんだろう。そういうものだから。

「人間万事塞翁が馬、だもんねぇ」




実際にはそういう意味ではありませんけどね、ハイ。

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