「・・・私は今、リーフの機体の前にいます。」
「・・・その言い方をするってことは・・・。」
「・・・ええ。そういうことです。」
「・・・指揮官、今すぐこちらに来てください。ディアンヌが閃光弾を今から撃つので、守林人の皆さんにはそこを目印に走ってきてもらえば間違いないです。」
私は近くにいたマリネたちを呼び、全ての資材を持って閃光弾が見えた方向に移動するよう指示した。
私の声色からただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろうか、守林人の表情は真剣そのものだった。
「マリネ、アイラが起きたらこっちに連れてきてくれ。」
「わかったわ。・・・指揮官、どうか気をつけて。」
私は守林人の背中に飛び乗り、閃光弾を待つ。
そして、閃光弾が見えたのをスタートの合図とし、リーフとルシアが待つ方向へ突進した。
「・・・ヴィラ、聞こえる?」
「なぁに、指揮官。想像以上にあの子達の中が気持ちよかったっていう感謝の連絡かしら?」
「いや、違う。それどころじゃない。ヴィラ・・・構造体に関する知識を貸してくれ。」
私の様子を感じ取ったのか、ヴィラの声色が変化した。
「その言い方・・・あの白髪の少女に何かあったのね。あの子なら治療できるはずですもの。」
「今からそっちに出撃するわ。たまたま私が暇だったことに感謝なさい。10分以内には着くはずよ。」
それからまもなく、私のリンクに”ヴィラ・麗酷”と“21号・XXI”が登録された。
私は指示を飛ばし、守林人2人を彼女たちの回収に向かわせた。
吹雪で想像以上に移動に時間がかかり、リーフのもとに着いたのはヴィラ達が来るほんの数分前だった。
「指揮官!」
ルシアが目印代わりの紅蓮剣を光らせながらこちらに走ってきた。
「ごめん、時間がかかった。リーフは?」
「こちらです。」
紅蓮剣をしまったルシアにお姫様抱っこをされ、なにかが横たわっているシルエットが見える方に移動した。
もとの機体に戻ったルシアは、守林人と同じペースで走った。
シルエットは人というより、遠目に見たらスクラップのようだった。
「・・・ねぇ、アレってことはないよね・・・。」
「・・・覚悟の準備をしておいてください。もうすぐ着きます。」
嫌な予感は、的中してしまった。
「指揮官、着きました。」
ルシアが私を下ろす。
「あそこにいるのが、リーフです。」
恐る恐る、ルシアの指さした方向へ歩いて行く。
赤黒い液体、おそらく循環液と思われるもので周囲の雪が染まっていた。
横倒しになっているのか、こちらからは顔のようなものと胴体、それに大腿が見える。
なぜ横倒しになっているのか、さらなる不安が募る。
シルエットがどんどん大きくなってくる。
見たくない気持ちと、見なければならない使命感が渦を巻く。
最後の5歩は、目を閉じたままにした。
大きく息を吸い込み、そして吐く。
心のなかで音頭をとり、目を開いた。
そこには、リーフがいた。
正確には、リーフ“だったもの”というのが正しいのかもしれない。
リーフは顔をこちらに向けている。
額には循環液がベッタリと付いている。
目はぱっちりと開いているが、瞬き一つしない。
よく見ると、瞳孔が開いている。
口は開いているが、舌の向きがおかしいことから、運び出されたあと何者かによってそこにしまわれたのだろう。
舌に手を触れようとしたが、すでにその口の中には雪がつもり始めていた。
私が見えていないのかと混乱し、顔をリーフに近づける。
しかし、リーフは瞬きもせず、表情も変わらない。
逆元装置を見る。
普通ならば弱く発光しているはずであるが、今ではその輝きは見られない。
ところどころにヒビや電流によって焼かれたあとがあり、片側の逆元装置は完全に折れている。
乳房はキカイイッカクに激しく弄ばれた痕跡があり、人工皮膚が擦り切れて循環液が漏れ出ていた。
よく見ると、母乳のようなものも垂れていた痕跡がある。
両手足はちぎれているのか溶けているのかわからないほど損傷しており、循環液が吹き出た痕がある。
ペニスは直前まで勃起していたようで、循環液の流れが止まっている今はそこに循環液が溜まったままになっている。
しかし、あれほど精液を搾り取られていたはずなのに、陰嚢はかなり重かった。
ペニスや陰嚢をいじっても、リーフは動かない。
思い切って胸に手を当ててみたが、あまりの冷たさにその必要性はないとすぐにわかった。
「指揮官・・・。」
ルシアがか細い声を出す。
「・・・まだ、見ていないところがある。」
「はい。私もまだ“そこ”は確認していません。」
「じゃあ、二人で見ようか。」
今度は私がルシアの手を取り、せーのと合図をしてリーフの後頭部を見た。
・・・見ないほうが良かったのかもしれない。
首元から後頭部にかけては、意識海のアクセスポートが埋め込まれている。
メンテナンスのときは、そこを特殊な工具で開けて作業をする。もちろん、意識海はオフラインにして、だ。これにより、循環液の流れを止めて作業ができるという仕組みになっている。
今のリーフの後頭部は、彼女の意識海がオンラインのまま、つまりは彼女が生きたままその部分をこじ開けられたようだった。
おびただしい量の循環液が背中や髪の毛全体に飛び散っており、激しく抵抗した様子も見受けられる。
抵抗したときに損傷したであろう黒色の背骨が、外に向かって捻じ曲げられている。
ポートに付着していた金属片は、解析するとすぐにキカイイッカクのホースに由来するものだと分かった。
つまり、リーフは意識海に無理やりアクセスされたことになる。
そして、ポートの奥、電子脳の制御盤のあるところにライトを当てると、制御盤が損傷しており、内部の基盤が露出していた。
ルシアは立っていることができず、座り込んで虚空を見つめている。
ディアンヌがルシアになにか問いかけているようだが、ルシアはそれに答えることができなかった。
「・・・頑張ったんだな、リーフ・・・。」
私は循環液にまみれたリーフの頭をなでることしかできなかった。
「・・・ここにいたのね、指揮官。」
二人の守林人が近づいてくる音が聞こえた。
乗っているのは、ヴィラと21号だった。
軽装備なヴィラとは対照的に、21号は大きなリュックサックとカバンを抱えている。
二人は守林人に礼を言うと、こちらに走ってきた。
「・・・リーフ、なのよね。」
ヴィラが言葉を選びながら私に言った。
「・・・ああ。私もここまでとは想定してなかった。」
「正直に言って、私もよ。・・・でも、あの子がいて良かったわね。」
ヴィラは21号の頭にポンと手を載せた。
「喜びなさい、21号。あなたの無駄な準備、今回は役に立ちそうよ。」
「・・・?21号、ヴィラの役に立てるの?」
「ええ。それもアタシだけではないわ。ここにいる人全員に感謝されるでしょうよ。」
「・・・準備、頑張ってきてよかった。21号、リーフにちびっこを直してもらった事がある。だから、リーフ、いなくなるのは嫌。」
「そうね。じゃあ、アタシと指揮官も頑張りましょう。」
「そこの守林人、ルシアを連れて離れてくれる?あと、もう一人来ると思うけどそいつも近づけないで。仕事の邪魔になるから。あと別の守林人をここに呼んで頂戴。それから指揮官、リーフのもとの機体を持ってこさせて。ついでに栄養ドリンクを飲んでおくといいわ。普通は1日1本だけど今回ばかりはアタシが許可してあげる。」
ヴィラは髪の毛をポニーテールに縛りながら指示を飛ばす。
「指揮官、今からやることを説明するわ。あなたにも負担がかかるけど、死にそうになったらリーフを捨ててアタシが救うわ。こんなところで野垂れ死なせたらニコラとセリカが泡を吹いて倒れちゃうからね。」
ヴィラの目が戦闘時の輝きに変化する。
「今からあなたはリーフの意識海に潜り込んで、リーフを救いに行きなさい。構造体は非常用の電源が備わっているから、今ならまだリーフの意識海は生きているわ。リーフを見つけたら、安全な場所に彼女を連れて移動する。私と21号はあなたとリンクを繋いでおくから、そちらの状況を把握してやれそうだったら元の機体に意識海の中のリーフを転送する。リーフの転送が完了したら、あなたもこちらに戻ってくる。これでどう?」
「そんなこと、できるのか?」
「この状態では難しいわ。意識海の転送にはかなりのエネルギーが必要なの。ましてや心臓も止まっているから、そこを動かして転送モジュールを稼働させなきゃならない。だから、私達はあなたがリーフを探している間にこの機体を回復させて、転送ができるようにしておく。おそらく転送が終わったらこの機体はリサイクルに運ばれると思うけど、まあ仕方ないわ。おそらくデータの取り出しもできそうにないからアシモフにはうまく説明しておいて頂戴。」
ヴィラはそこまで話すと、21号の方に目を向けた。
「話は以上。さっさと準備しろ」ということなのだろう。
「21号、今日は忙しいわよ。しっかりついてきなさい。」
「・・・了解。」
21号は、持ってきたバッグの中から手術用のキットと循環液のバッグを取り出してヴィラに手渡した。
「あと、包帯と止血帯も。せっかく入れた循環液が漏れたら意味ないわ。」
「そうだった。忘れてた。」
包帯と止血帯を渡されたヴィラは、リーフの機体の四肢を止血帯できつく縛り、その末端に包帯を巻き付けた。
そして、循環液のバッグとチューブ、針を接続し、リーフの左腕に刺した。
「あなたが術者か。私は何をすれば?」
守林人がヴィラのもとへやってきた。
「簡単なことよ。これを持って立ってて。間違っても揉むなんてことはしないように。文字通り首を飛ばしてやるわ。」
ヴィラは循環液のバッグを守林人にわたした。
「・・・開いたほうが早そうね。21号、メス。」
「はい、メス。」
21号は1秒もしないうちにメスをヴィラに手渡した。
「早くなったわね・・・。その調子よ。」
えへへ、と21号が照れているのをよそ目に、ヴィラはリーフの胸にメスを入れた。
準備を終えて、ヴィラのもとへ戻った。
「あら、早かったじゃない。もう大丈夫なの?」
こちらに気づいたようで、ヴィラと21号が手を止めて顔を向ける。
ヴィラの白い顔と手、そして機体にはリーフの循環液が飛び散っていた。
「今、胸骨を切り終わったあたりよ。この子の小さな心臓でもお目にかかっておく?まだ動かしてないけど。」
少し興味はあったが、今はそれどころではないと断った。
21号はちびっことともに小さな機械を操作していた。
機械からは2本の管が伸びてリーフに繋がれており、透明な管の中に赤黒い循環液が流れている。
「リーフの機体、マイナス10度まで冷たくなった。21号とちびっこで循環液を温めている。」
「構造体も人間と同じで、あんまり冷たすぎると危険なの。おまけにここはまだ吹雪いているから、もう少ししたら守林人に布を張ってもらって風を防ぐわ。指揮官の身体は意識海の中に行ったあと、21号に毛布で縛り付けてもらうから低体温で死ぬことはないわ。安心なさい。」
一通りの確認をしたあと、私はリーフの機体の直ぐ側に寝転がった。
「・・・それじゃあ指揮官、素敵な旅になりますように。」
ヴィラの不敵な笑みとともに、私は目を閉じた。
意識海への侵入に成功した。
あれほど酷い姿の機体からは想像もつかないほど、意識海の中は静かだった。
ただ、ところどころ損傷しているようで、奈落の底へ一直線な穴ぼこやひび割れたブロックなど、危険を孕んだものもいくつか見受けられる。
「指揮官、聞こえるかしら?」
ヴィラの声だった。
「ああ、聞こえる。」
私はすぐに応答した。
「そう、良かったわ。すぐに転送の準備を整えたいところだけど、あいにく少し手こずっているわ。心臓が思うように動かないの。今私の右手は、リーフの心臓を直接動かしてる。」
あのヴィラが手こずるということは、リーフの状況はほとんど絶望的なのだろう。
「ただ、いいニュースもあるわ。21号のお陰で、ここに応急復帰ツールがある。時間はかかるけど、これなら短時間だけでも心臓は動かせる。時間制限があるから、指揮官は死なない程度に急いでリーフを見つけて頂戴。」
「21号、指揮官の身体を毛布でぐるぐる巻にした。リーフと指揮官のことは任せて。」
「了解。ふたりともありがとう。」
ヴィラの返事はなかったが、21号の照れ笑いに和まされた。
意識海を見渡し、手がかりがないか探す。
この中でのキカイイッカクの姿はわからないが、ホースにせよ彼のアバターにせよ、何らかの異質なものの痕跡があればリーフ発見にかなり役立つ。
床のシミや金属片など、とにかく何かないか探したが、私が転送された地点にはないようだった。
仕方がないので、手がかりを探しつつ移動する。
それからすぐに、手がかりではないが意識海の異常に気が付いた。
通常、意識海の中は見晴らしがよく、道は1本しかない。
しかし、今のリーフの意識海は暗く、別れ道も複数ある。
キカイイッカクが、外部からの救出が困難になるように意識海を改造したのだろうか。
ただ、立ち止まっている訳にはいかない。
分かれ道は複数あるが、まずは眼の前に伸びる道から攻略することにした。
かなりの距離を走り回り、ようやくキカイイッカクの痕跡を見つけた。
白い空間に似つかわしくない、赤い肉塊。
トラブルのもとにならないように触るのはやめたが、その外見から触手のようなものではないかと考えた。
そして、肉塊から出た血液か粘液かわからない液体の痕跡が道沿いにある。
リーフが迎撃をしていたのか、それともリーフを探すためにキカイイッカクが動いたあとなのかはわからない。
ただ、この痕跡を辿っていけばリーフに近づけることは確かだ。
私はなにかトラブルに巻き込まれてもいいように、小刀を取り出して走り出した。
銃も持ってはいたが、触手を叩き切るにはこちらが向いている。
痕跡をたどるにつれ、液体の湿っぽさが強まってきた。
傍にあった岩を液体に向かって放り投げると、岩はかなりの速度で滑っていった。強力な粘性がありそうだ。
うっかり踏まないように注意しながら道を進む。
かすかではあるが、自分以外の物音が聞こえ始めた。
緊張が高まっていく。
足音をたてないよう、すり足で音のなる方へ進む。
視界外から敵に襲われる危険性もあるため、刀と銃の両方を構えながら進む。
しかし、結局は敵に一度も襲われることなく音の発信源に接近することができた。
そこは、周りよりも一段と暗くなっていた。
それは空の暗さとは比にならず、夜目を利かせるか明かりを照らすかしなければ中が見えない。
むやみに明かりをつけると対象に気づかれてしまう可能性もあるが、そうでもしなければ状況はいつまで経ってもつかめないだろう。
私は壁に小さな穴を開け、覗き口を作った。
それから、手に持っていた持続性のある小さな閃光弾に着火する。
覚悟を決め、閃光弾を部屋の隅へ投げ入れた。
覗き口から部屋を覗き、閃光弾の作動を待つ。
数回のまばたきのあと、シューという音とともに、内部が照らし出された。
・・・確かに、なにかがある。
しかし、私はそれがなにかを理解するのに少し時間がかかってしまった。
部屋の中には、大きな球体がある。
単なるボールのように見えるが、よく見ると横に筋のようなものが見える。
ボールの下半分には、液体が滲んでいる。
閃光弾の色を加味して考えるに、それはおそらく白だろう。
そして、そのボールの近くに、布切れのようなものがいくつか散乱している。
淡いピンク色の布、小さなリボン、それから・・・黒くて小さくて、下端がピンク色のドッグタグ。
そこに何が書いてあるかは、もうどうでも良かった。
私はもう一つ閃光弾を投げ込み、手に持っていた小刀を構えて部屋に突撃した。
間違いなく、リーフはあのボールの中にいる。
そして、そのボールを構成している触手がキカイイッカクだ。
リーフを傷つけないよう、表面を覆う触手を切って奈落に投げ捨てる。
切られた触手は暴れたが、こちらを認識するほどの知能は持ち合わせていないようでいくら切っても攻撃されることはなかった。
触手をひたすらに切り、内部を露出させていく。
触手の返り血を浴び、いつしか私の軍服は真っ赤になっていた。
そのうち、内部に白い膜のようなものが見えてきた。
おそらく、リーフはその中だろう。
ある程度白い膜を露出させて、それを触手の外に押し出した。
ボールから引っ張り出したそれは、床に落ちるとゴトンという鈍い音をたてて転がった。
膜ではなく、卵の殻のイメージのほうが近かっただろう。
殻を割ろうと、私は小刀の背の部分を叩きつけたが、その程度の衝撃で殻が割れることはなかった。
悩んだ結果、銃を取り出し卵の端の部分を一発撃った。
これは効果があったようで、穴の空いた部分から生暖かい水が漏れ出した。
穴に小刀を差し込み、テコの原理で殻を割っていく。
割り進めるごとに、見慣れた身体が日の目を浴びていく。
早く救出してあげようと焦る気持ちを抑えながら、慎重に殻を割っていった。
そして、その身体全体が見えるようになるまで殻を割り、両腕で彼女の身体を抱きかかえるようにして殻の外へ救出することに成功した。
生暖かい水に包まれていた彼女・・・リーフは、まるで母親の胎内で眠る胎児のように安らかな寝顔を浮かべていた。