ママは『怪物なんていない』って言ってた。
……でもそれは嘘。
本当はいるの。
――『エイリアン2』より
かの
初遭遇は西暦19XX年。搭乗員7名を載せた民間輸送貨物船ノストロモ号は、南極海を航海中に『未知の信号』を受信、その発信元であるピョートル1世島へと上陸した。
吹雪が吹きすさぶ極寒の南極、届いた信号を辿った先でノストロモ号が発見したものは『未知の宇宙船』であったという。
明らかに地球産ではないテクノロジーで建造されたと見られるその宇宙船は遠い昔に飛来したものと言われており、さらに上陸したノストロモ号船員の探査により船内には大量の『
外宇宙から飛来したと思しき未知の宇宙船、その中から発見された未知の生物、まさに地球外生命体との第一種接近遭遇。まさにニール=アームストロングがかつて言ったところの『人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩』と言ったところになる
だがその出会いは、惨劇によって血塗られた。
探査中だったノストロモ号船員の一人が卵から孵化した中間寄生体*1へ感染。数時間の昏睡後に回復したものの、食事中に突如悶え苦しみ、のたうち回った末に体内の寄生体*2によって胸郭を喰い破られて死亡する。
生まれた寄生体はその後船員たちの追跡を掻い潜りやがて身長2メートル大の凶悪残忍な異形生物:ゼノモーフへと成長、人知を超えた完全生物として次々と船員を血祭りにあげていった。
生まれながらにして殺戮を繰り返す凶悪な生態を持つ外宇宙からの侵略者、ゼノモーフ。現生人類たちがその生存と増殖を許容できるはずがなかった。
かくして幕を開けた人類とゼノモーフの殲滅戦争であるが、最終的な勝利者となったのは人類の方だ。
ノストロモ号船員の生き残りだった女性航海士による長年の奮闘の末、最後は彼女と半ば刺し違える形でゼノモーフは根絶。さらに発見された宇宙船も海兵隊による核攻撃を受けて焼失したことで、かくして地球を侵略しようとした凶悪な異形生物はこの地球上から完全に滅び去ることとなった。
……というのが“表向きの歴史”である。
人類とゼノモーフの関わりについて回想していた私に、隣で作業をしていた少女が告げた。
「エド、『検体六号』を出して頂戴」
「了解した、
私がそう答えた途端、目の前の小柄な少女:アデルは不服そうに頬を膨らませた。ねえエド、と呼びかける。
「あなたの電子頭脳は故障しているの? いつも言ってるじゃない、ファーストネーム、それも綽名じゃなくて『ドクター』と呼びなさいと。いつになったら理解できるのかしら?」
ああ、すまない。癖なんだ。私は謝罪した。
最新鋭モデルである私は過去のモデルと比較してより“親密さ”をコミュニケーションの習慣として組み込むようにプログラムされている。これは販売元である『会社』の販売戦略によるもので市場調査によればかなり好評らしいのだが、私の今の
如何にもうんざり、といった具合に大仰な溜息をつきながらアデルはぼやく。
「わかったら早く検体を出して頂戴。あなたたち『
アデルはいつも人当たりがきつい。私に入力されている彼女のプロフィールが正しければ今年でその年齢は19歳になるはずだが、アデルの身長は150センチにも満たないほどに小柄で、体格も極めて起伏に乏しい。顔つきも童顔なので初対面では中学生、ともすると小学生に間違われることさえあるという。
アデル当人も自身の容姿が相当のコンプレックスであるようで、周囲から軽く見られる(彼女曰く『ナメられる』)のを極端に嫌う。見た目は可愛らしい女児なのに、頭脳は飛び級で大学を首席卒業しバイオテクノロジー主任研究員として軍からヘッドハンティングされるほどに明敏、おまけにかなりの気性難ときていてその舌鋒を容赦なく周囲に向けることから、周囲からは密かに『生意気なメスガキ博士』などと陰口を叩かれているらしい。
そういうアデルなので助手に就いた人間は悉く辞めてしまい、最終的には私のような
いくら怒鳴られようと私は気にしないが、アデルをこれ以上苛立たせて不機嫌を買うのも面倒だ。私はすぐさま答えた。
「了解、ドクター」
私は手元の端末を素早く操作してアデル御所望の『検体六号』へとアクセス。轟音と共に各部アームが駆動し『検体六号』の収められた巨大な
直立時の身長は2メートルほど。黒光りする体表に手足は長くて強靭、尾には鋭利な毒針を、背中には左右二対のダクト状器官を有している。
前後に長く湾曲した頭部を持ち、顔に口はあるが目鼻は無く、そのシルエットは直立した男性器を彷彿とさせる。
身体能力は極めて高い。常に全身からスライム状の不潔な粘液を滴らせていて、また体液は強酸であらゆるものを溶かしてしまうという。
その額には『
……前述の“表向きの歴史”では駆逐されたことになっている異形生物ゼノモーフであるが、その歴史には『裏の続き』が存在する。
歴史の表舞台から姿を消したゼノモーフであるが、僅かに残ったサンプルからバイオテクノロジーで秘密裏に復元され、この対怪獣防衛前哨秘密基地第426号、通称:アチェロンで研究飼育されている。
いったん絶滅させたにもかかわらず、このゼノモーフを復活させた理由は簡単だ。新素材の開発、ワクチン、そして生体兵器。かつてゼノモーフと対峙した人々はその利用価値をついぞ見出せなかったようであるが、ゼノモーフ研究が人類へ齎し得る利益は計り知れない。
事実、『怪獣黙示録』によって世界中に現れた巨大不明生物たち、通称:怪獣との遭遇は人類の科学技術を大きく進歩させ、宇宙開発技術の確立によって資源問題や環境問題の改善と食糧問題の解決、さらには医療の発展による寿命の延長など、様々な恩恵を我々に与えてくれようとしている。ゼノモーフもそのうちの一種なのだ。
かくしてこの世に蘇ったゼノモーフたち、そのうちの一体がこの
「バイタルは良好……っと」
檻の中で蠢いている検体六号、その様子、一挙手一投足を子細に観察しながら、アデルは観察結果を端末へ入力しやがてぽつりと言った。
「……綺麗ね」
そう呟いたアデルの表情には多分に恐れが見えるが、一方で未知の研究対象への興味関心もまた隠しきれていない。未知の生命体に向けた底知れぬ好奇心と探求心、それがアデルの持つ天分であり彼女を若くして今の地位へと就かせた成功要因でもあったろう。
「ねえ、エド」
不意にアデルは私に呼びかけてきた。
はいドクター、と答えた私にアデルは続けて訊ねる。
「あなたはこの
アデルの質問に、私は忠実に仕える部下として、そして同じ研究を手掛ける同僚として、思うところを正直に述べた。
「非常に興味深い。外見、ライフサイクルの奇異さは勿論のこと、生態についてもまだまだ未知数な点が多い」
私は続ける。
「例えば、この検体は雄性個体なのか雌性個体なのか。あるいは雌雄同体の可能性もある。このような生物は前例がない。過去の研究から蟻や蜂のような社会性昆虫と同様に
「もういいわ、わかった」
私の言葉を遮ったアデル。そんな彼女に私は問うた。
「……それで、ドクターは何とお考えで?」
私の質問に対し、アデルは少し考えてからこう答えた。
「正直、わたしにもわからないことだらけよ。『怪獣黙示録』以降、様々な怪獣や変異種を見てきたけれどこんな生き物は初めてだもの。ただ一つ言えることは……」
そこでアデルは一旦言葉を切り、改めて言った。
「この仔たちは間違いなく、わたしたち人類にとって極めて有益な、貴重な存在だということ。それだけは確か」
ええ、ドクターのおっしゃるとおり。
私の目を真っ直ぐに見据えながら力強く断言するアデルに、私もまた強く同意した。
人知を超えた危険な怪獣たちが次々と現れ続けた『怪獣黙示録』の脅威。今でこそその最盛期は過ぎ去ったけれど、またいつ怪獣たちが現れるようになるかわからない。そのための備えとしてアデルの言うとおり、私たちはこの検体を手放してはならない。それは私たちの使命であると同時に、人類の明日のためでもある。
「あ、見てエド!」
ふとアデルが指を差した先、檻の中ではちょうど『検体六号』がこちらの方へ這い寄ってくるのが見えた。アデルの方も身を乗り出し、やがて天才少女と異形生物はガラスと鉄格子を挟んで対面した。
ガラス越しに検体六号、異形生物ゼノモーフの呼吸音が聞こえてくる。
ふぅー、しゅぅー……
まさに目と鼻の先、互いの吐息さえも聞こえそうな距離にまで近づいて見つめ合う少女と怪物。異形生物ゼノモーフの顔を正面から見つめながら、アデルはうっとりと呟いた。
「嗚呼……本当に綺麗ね……」
「ええ、まったく」
眼前の異形生物に魅せられている天才少女アデルと、それに思わず同調してしまう私。
そんな私たちに対し、檻の向こうの検体六号ことゼノモーフもまたじっとこちらを見つめていた。むしろこちらの方が観察されているかのようにも、私には思えた。
そうこうしているうちにゼノモーフが口を開けてその奥から口吻、『インナーマウス』と呼ばれる部位を出し入れし始めた。まるで自分の美しい体をアデルへ見せてあげているかのようだ。
それに見惚れたアデルは恍惚としたまま、顔面をガラスへと近づけてゆく。少女の小ぶりな鼻と唇がガラスに密着し、ゼノモーフとガラス越しの
強烈な衝撃が走った。
「きゃっ!?」
途端にアデルが飛びのき、そのまま後ろに引っ繰り返りそうになって、慌てて私が腕を差し出してその体を支えた。
檻の方を見ると、ゼノモーフのインナーマウスが鉄格子を越えてガラスを直撃していた。ゼノモーフのインナーマウスによる刺突はきわめて強力だ。まともに喰らえば、人間の頭蓋骨など一撃で粉砕できるほどだと言われている。
……まあ、かのインナーマウス攻撃がこちらへ届くことなどまず無いのだが。
「大丈夫ですか、ドクター」
私がアデルを見遣ると、アデルは私の腕の中で両目を白黒させていた。ゼノモーフによる突然のインナーマウス攻撃、驚いたあまりにアデルは腰が抜けてしまったらしく、今や私の両腕に全体重を預けて尻餅をついてしまっている。
ショックと恐怖で小柄な体を震わせるその姿はまさに仰天した小さな少女、アデルの素性を知らなければ今にも泣き出してしまいそうに見えたかもしれない。
不意に牙を剥いたゼノモーフに対し、アデルは
「な、なによう! なにがおかしいのかしら!?」
ゼノモーフはというと、そんなアデルを見つめながらにやにやと口元を釣り上げていた。まるで怯えているアデルを、揶揄っているかのようだ。迂闊に近づいてきた生意気な人間の少女を驚かせてやったのが、ゼノモーフにはよほど愉快だったらしい。
「~~~~~~っ!」
嘲笑っているゼノモーフに、アデルは半泣きの表情のまま怒鳴り声をあげた。
「残念だったわね、これは強化ガラスよ! インナーマウスで破壊できないように設計してあることもわかんないなんてやっぱり所詮はケダモノねっ! ざぁーこ! 糞雑魚ドーテーオチンポ頭!」
……そういうの、それこそ子供染みているから辞めた方が良いと思うのだが。まあ言ってもやめないだろうから言わないけれど。
「ざぁーこ、ざぁーこ、くそざぁーこ!」
しばらく年甲斐もない幼稚な罵倒語を連呼し続けていたアデルだが、その後も気が収まらなかったようで、尻餅をついたままだった姿勢から立ち上がった。檻の中で嘲笑うゼノモーフ、それを睨みつけるアデルの表情はまさに怒り心頭、顔は羞恥と屈辱で真っ赤になっている。
「この糞雑魚ドーテーオチンポ頭には『お仕置き』が必要ねっ!」
そう言いながらアデルは端末を操作して
響き渡るは強烈な破裂音、そして引き裂くような甲高い悲鳴。絶叫したのはゼノモーフの方だ。
ゼノモーフの檻には、端末からの操作で電気ショックが流れる仕掛けが施してあった。今回のような“おイタ”を仕出かした際のための備えだ。その出力は数百万ボルト、人間であればほんのわずかな小電流で死に至る高電圧である。
しゅーっ、しゅーっ、ふしゅるるるる……
いきなり電撃を浴びせられたゼノモーフは、牙を剥きながら地獄のような唸り声を挙げてこちらを見ていた。
その表情は相変わらずわからなかったけれど、かの異形生物が怒り狂っているのは間違いないように私には思えた。長い手足を屈め、尾を振りかざす。まさに臨戦態勢、今にもこちらへ襲い掛かろうとしているかのようだ。
そしてゼノモーフが飛び掛かろうとした、その刹那である。
「ふんっ!」
アデルがボタンへ腕を伸ばした途端、ゼノモーフは動きを止めた。
目のないゼノモーフに視線があるのかどうかはわからないが、その先はアデルの手元にあるボタンへ熱烈と注がれているように思えた。ボタン、電撃、そしてアデル。その関係性とからくりを、ゼノモーフは瞬時に理解したようである。
そうやってすごすごと引き下がったゼノモーフを見ながら、アデルはフフンと鼻で笑った。
「……あら、覚えが早いのね。意外と賢いじゃない、糞雑魚ドーテーオチンポ頭のくせに」
『お仕置き』の成功を見てようやく自尊心を回復させたらしいアデルは、私にこう言い付けた。
「エド、わたしはここまでにするから、あなたは今日のデータを整理しておいて頂戴、明日の朝までに! よろしく頼むわよっ!」
はい、ドクター。
そう答える私を尻目に、アデルは研究室を足早に出ていったのだった。
次の任務地にわたしの妹:アーデルハイド“アデル”ディートリックがいたことを知ったのは、現地へ赴く当日になってのことだ。
わたしたち海兵隊の次の任務地こと〈アチェロン〉からの連絡が途絶えて数週間。そこで行われていた実験プロジェクトは軍内でも極めて機密レベルが高い研究だったらしく、詳細な情報が現場へ降りてくるまでに相当時間がかかってしまった。
アデルは姉のわたしと違って頭脳明晰、とても成績優秀なまさに天才少女だった。軍に入ったわたしの稼ぎと奨学金を使って進学し、その大学を飛び級かつ主席で卒業、その後は軍に引き抜かれて極秘のプロジェクトに携わっているとは聞かされていたが、まさかこんなことになっていたなんて。
「おいディートリック、悪いことは言わん、やめておけ」
作戦参加に当たって、指揮官の中尉や曹長はもちろん、他の仲間たちからも心配された。普段から軽口ばかり叩いている同期の特技兵からも「無理して行くことねえんだぜ、シンシア」と言われたくらいだ。
本来この手の作戦で肉親が関わっていた場合、該当者は任務から外されるのが通例だった。単に思い遣りでそうなっているわけじゃない、土壇場で冷静な判断力を欠いて足手纏いになる危険があるからだ。
だがわたしは敢えて志願した。
「いえ、行きます。やらせてください!」
……アデルは見た目は子供っぽいけれど賢くて心の強い子だから、何があろうときっと生き延びていると思う。
しかしその一方でとても泣き虫で、とても甘えん坊なところもあるのだ。だから唯一の肉親であるわたしが真っ先に迎えに行って抱き締めてあげなくては。
そんな想いから、わたしは周囲の反対を押し切ってこの作戦に志願したのだった。
わたしたち海兵隊の到着時、アチェロンは完全に異形生物ゼノモーフの巣と化していた。宇宙からやってきたという異形生物ゼノモーフ、生態については過去のレポートを熟読してはあったものの、その実物を見るのはわたしたちも初めてになる。
アチェロンの基地内部は松脂のような粘液状の分泌物であちこち塗り固められていて、その形状はとても人間が思いついて造形したものとは思えなかった。その中へ進んでゆくわたしたち海兵隊、まるで怪獣の体内へと潜り込んでゆくかのようだ。
ゼノモーフの巣と化したアチェロンを探索中、隊の誰かがぼやいた。
「やけに暑いな、サウナみたいだ……」
「じゃあ裸にでもなったらどうだ?」
「黙ってろ!」
すかさず特技兵がいつものふざけた軽口を挟み、指揮官の曹長に叱り飛ばされる。
わたしたち海兵隊では見慣れたいつもの光景だ。そしてそのことこそが、隊がいつも通りのコンディションであることを再認識させてくれて、わたしたちを安心させてくれる。
……大丈夫だ、いつものとおりにこなせばいい。わたしもそう思いながら、わたしたち海兵隊は気を引き締めて奥へ奥へと進んでゆく。
そして巣の最深部に到達したとき、わたしたちは『それら』を目にしてしまった。
「なんじゃあ、こりゃあ……」
床一面に並べられていたのは大量の
元々はこのアチェロンの研究員たちだったのだろう、彼らはゼノモーフの巣の内壁へ生きたまま塗り込められ繭にされ、
「嘘だろ、おい……」
「なんてこと……」
日頃から軽口ばかりで実は小心者な特技兵はもちろんのこと、百戦錬磨の猛者である曹長ですら絶句していた。
なんて惨たらしい凄惨な末路だろう。『怪獣黙示録』の最前線でいくつもの修羅場をくぐってきたわたしたち海兵隊ではあるが、眼前に広がっているこの地獄絵図には流石に目を覆いたくなってしまう。
だが冷静さを失ったのはほんの一瞬のことだ。
わたしたちは海兵隊、どんなに無惨な状況だろうとそこが戦場なら仕事はこなさなくてはならない。曹長の指揮の下、わたしたちは生存者を探索した。
調べてみた結果、
探索の途中、わたしたちはアンドロイドの残骸を発見した。おそらくゼノモーフの成体と格闘でもしたのだろう、アンドロイドは無惨にも首を引き千切られていた。
曹長は言った。
「特技兵、このアンドロイドからデータをサルベージできるか?」
「お安い御用でさ、曹長」
そう言って特技兵は携帯端末を取り出しアンドロイドの電子頭脳へと接続、通電してデータを読み出し始めた。
「ハイパーダイン=エイペックスシステムズ・モデル1986-E/3、最新モデルだな。名前はエドアルト……」
エドアルト、つまりエドワードだ。愛称で呼ぶなら〈エド〉だろうか。
……そういえばアデルとのテレビ通話で、一度だけ『エド』という名前が出てきたことがあったのをわたしは思い出した。あのときは研究所の同僚のことだろうと思っていたのだが、まさかアンドロイドの名前だったとは。
そしてこのエドの残骸が近くにあるということは、アデルも傍にいるはずだ。
わたしがそんなことを考えながら辺りを見回していたとき、アンドロイドのデータを調べていた特技兵が訝しげに「おかしいな……」とつぶやいた。
「おかしい、とはなんだ」
耳ざとく聞きつけた曹長に、特技兵も答える。
「このアンドロイドのデータなんですがね。このアチェロンに例の化け物の“女王”はいなかったそうですぜ」
「なんだと? じゃあこの卵や幼虫はどっからきたんだ?」
……たしかにおかしい。
異形生物ゼノモーフは研究途上であるが、過去の報告によればゼノモーフのライフサイクルは社会性昆虫に似ていてアリやハチのように卵を産む母親、〈
そしてアンドロイド:エドのデータによればアチェロンではその事実を踏まえ、万一今回のような事故が起こったときのためにゼノモーフのクイーンは復元されなかったという。クイーンさえいなければ大量増殖は起こらない、そのはずだった。
「だからおかしいって言ってるんでさ」と特技兵は肩をすくめた。
「例の化け物はメスが卵を産むんでしょう? じゃあこの卵やら幼虫やらは、母親もいないのにどこからか湧いて出たってことになるじゃないですか」
見渡してみれば定説のセオリーとは明らかに違うこの現状。大量に転がっているこの
そう思ったときだった。
「うう……」
どこからか聞こえてきた、かすかな呻き声。その場にいた隊員全員が一斉に振り返った。
「生存者だ!」
すぐさま声の下へと急行するわたしたち、そこで見たものにわたしは目を見開いた。
「アデル!?」
「しん、しあ……?」
発見された生存者は、アデルだった。他の犠牲者たちと同じように全身を繭にされていたが、他と違ってアデルにはまだ息がある。
……よかった、とわたしは内心で安堵した。寄生体に入り込まれている可能性はあるが、外科手術で取り出すこと自体は不可能ではない。食い破られる前に取り出せたらきっと助けられる。
「いま、出してあげるからね!」
壁に塗り込まれているアデルを勇気づけようと、声をかけるわたし。だがアデルから返ってきたのは思わぬ答えだった。
「ころ、して……」
ころして、『殺して』だろうか。
アデルの顔色からは血の気が引いていて、目つきからはあのいつもの負けん気な力は跡形もなく消え失せていて生気が無い。
……可哀想に、あの化け物どもからよほど酷いことをされたに違いない。わたしは必死にアデルへ呼びかける。
「大丈夫、もう心配ないから! あの化け物を全部殺したら、すぐに楽にしてあげ……」
「ちが、う……」
励まそうとするわたしの言葉だけど、アデルはゆっくり首を左右にした。
「早く、ころして……」
最愛の妹から零れ続ける絶望の言葉。突き付けられるショックを押し殺しながら、わたしはアデルを塗り固めている樹脂を引き上がし、彼女の身体を繭の中から引きずり出す。
そこで、わたしは“見てしまった”。
「なに、これ……?」
ゼノモーフの繭から解放されたアデルは、服を一切着ていなかった。上着やズボンの類いはもちろんのこと、ショーツさえ履いていない、まさに一糸まとわぬ全裸だった。
だからわたしは目の当たりにしてしまった。
アデルの身に起こったおぞましい変化を。
まず目についたのは、異常なまでに巨大化した乳房だった。かつて小学生体型だったアデルの本来のサイズからすれば途方もないような大きさで、巨乳や爆乳なんてもんじゃない、まるでバスケットボールが二つくっついているかのようだ。変態コミックでしか見たことが無いような左右の超乳は、アデルが身じろぎする度にぶるんっ♥️ぶるんっ♥️といやらしく揺れている。
変わり果てていたのはバストだけじゃない。アデルのお腹、下腹部もまた超乳バストを押しのけるかのように巨大に膨れ上がっていた。山のように突き出たそれはまるで出産間近な臨月の妊婦、いいやそれよりも二回り以上にも大きく膨らんでいるように思えてならない。
小柄なアデルの体躯からすればあまりにもアンバランスに膨れ上がったアデルの乳とお腹、どちらも膨らませすぎた風船さながらに内側からぴちっぴちっに張り詰めていて、薄い皮膚の下で血管が、そして肉割れによる妊娠線が浮き上がっていた。
極めつけは乳房とお腹の頂き、乳首と臍だ。変化を遂げたそれらは、わたし自身も見慣れている正常な人間のものではない、縦に割けた異様な形状へと成り果てていた。これじゃあまるで、まるで……。
「女性器……」
あまりのことに、その場にいた全員が何も口に出せなかった。
そのうちアデルが夢現の様相で語りはじめた。
「……最初の頃は、普通に人間を捕まえているだけだった」
アデルの譫言は続く。
「だけどそのうち、彼らは“もう一つの生殖法”を身に着け始めた。
そんなバカなことが。
思わず声に出してしまったわたしに、アデルは心の底から乾き切った笑みを向けながら捲し立てた。
「あるのよ、シンシア。彼らはただの宇宙昆虫なんかじゃない。彼らの正体はきっとどこかの宇宙人が造り出した生物兵器、敵を殺すことで増殖し続ける最恐最悪の
びくんっ。
不意にアデルの身体が撥ね、小刻みに震えはじめた。それは明らかに寒さのためではない。
「アデル、アデル!」
「んぅ、くんっ……んぬうぅ……♥!」
わたしの呼びかけにもはやアデルは答えない。真っ赤に上気した艶っぽい表情で歯を食い縛りながら、両腕で抱えても余るほどに巨大化した乳房と下腹部へ手を伸ばし、繊細な指先で優しく、だけど力強く弄び始める。
「んっ……あぅ……くっ……んんっ♥!……」
それはまるで自らを慰める愛撫の行為、つまり自慰のようだった。
今やアデルは、周りにわたしたちがいることさえ忘れ去ったかのようなマゾヒスティックな痴態を曝け出していた。それを目の当たりにしながらわたしたちは、もはやその場に立ち尽くして状況を見守ることしか出来ない。
「あ♥ ああっ♥ あああっっ♥♥!」
びくんっ、びくんっ! ぶくっ、ぼこぉっ!
その途端、突如としてアデルのお腹がボコボコッと激しく波打ち始めた。まるで内から何かが這い出そうとしているかのように激しく脈打つ乳房とお腹。それらを愛おしげに見下ろしているアデルの火照った顔つきは、なんとも淫猥だった。
くちゅ……ぷちゅっ……くちっ……
続いて変化が起こったのは乳首と臍、大陰唇さながらの異様へと変化したそれらが縦横に蠢き始める。まるで内側からこじ開けられようとしているかのように。
体の内側から迸る強烈な刺激にアデルはとろけきった表情で息を荒げ、ついには堪えきれずに声を挙げた。
「はあっ♥ んはぁっ♥ んんっ♥ いや、やだあ、化け物の母親なんてなりたく……んおぉっ!♥♥」
響き渡ったアデルの甘ったるい嬌声、その目に浮かんでいるのは恐怖でもなければ苦痛でもない、圧倒的な悦楽。アデルは“感じて”いるのだ。
アデルの高ぶり続けた絶頂、オルガスムスへ呼応するかのように、乳首と臍が“開花”した。
くちゅっ、びゅるっ!
どくんっ、どくんっ♥! びくびくんっ♥!
アデルは激しく身を仰け反らせながら、乳首と臍から大量の母乳を噴出させた。甘いミルクの鼻につく匂いに満たされる中、アデルの小柄な体はそのまま糸が切れた操り人形のようにその場へと崩れ落ちる。
くぱぁ……っ。
現れたのは、乳白色の蜘蛛の足のような『細長い指先』。
破裂しそうなほどに膨れ上がった乳房と下腹部、その奥から生まれ出ようとするそいつにとって、アデルの乳首と臍はあまりに小さすぎたようだった。出かかっている指が出入口を力尽くでこじ開けようと蠢くたびに、アデルの全身が水揚げされた魚のようにのたうち回る。
「あうっ♥ 出るっ♥ ひぐっ♥ んうっ♥」
そしてついに、『そいつ』が姿を現した。
ずりゅっ……ずりゅりゅっ、ごぽっ! ぬろおっ……。
ついにアデルの体内から飛び出してきた『そいつ』は、無数の白い糸を引いて地面へと落下した。
全長は数十センチほど、体色は乳白色のキチン質で、指は左右四対計8本。全体のシルエットはクモやカニのような甲殻類だが顔に相当する部位はなく、あるいは地獄から這い出た悪魔の掌のようでもある。
アデルから生まれ出たもの、それはゼノモーフの中間寄生体である〈
ゼノモーフに冒されたアデルは、全身を生きた
「はやく、ころし……んぎいぃっ♥♥♥!!」
一匹目を産み出したのを皮切りに、アデルの左右の乳房とお腹はなおも蠢き、中から続々と〈
「産まれちゃうっ♥ あひっ、ああっ♥! 産んじゃうっ♥! 化け物のママになっちゃうっ♥! いやあああっ♥! ころしてぇ♥♥……!!」
ころして、ころしてえ!
快楽の絶頂の最中、ふしだらな喘ぎ交じりの絶叫を響かせているアデルの姿。
あ、ああ、あああ、なんてこと……!
直視に堪えないあまりの出来事にわたしが動けずにいる一方、他の海兵隊隊員たちは即座に、そして適切に反応した。
「ディートリック、しっかりしろ!」
「火炎放射だ、火炎放射用意!」
海兵隊隊員の仲間が、火炎放射器を構えて引き金を引いた。標的は、ゼノモーフを生む機械へと作り替えられてしまったアデル。
ゼノモーフの巣の中で、紅蓮の猛火が吹き荒れる。
「ああっ♥、あああっ♥ あついっ♥! あついよお♥……!」
炎はたちまちアデルの全身を飲み込み、焼き尽くしてゆく。それでもアデルは“感じて”いるのか、焼かれる苦痛と迸る快楽の入り混じった絶叫を挙げながらその身を焦がしてゆく。
「ああああああああ♥♥♥……!!」
立ち込める肉の焦げる臭いと悲鳴、そしてアデルの壮絶な断末魔。勇猛果敢な海兵隊もこのときばかりは皆、言葉を失っていた。
そのとき不意に、周囲を警戒していた特技兵が「お、おい!」と声を上げた。
「
その途端、その場にいた全員がハッとして身構えた。
直後、鳴り響き始める警告音。動体探知機、空気の微細な振動を検知して、物陰に隠れ潜んでいる敵を見つけ出す索敵ツールである。
「場所は? 数はどこだ!?」
曹長の問いに、特技兵は動体探知機をモニターしながら辺りの様子を窺った。
「なっ、なんだこりゃあ!? うじゃうじゃいやがる!?」
「なんだそれは、方向は!? もっと明確に報告しろ!」
「囲まれてます! すぐ傍です!」
「なんだと……!?」
特技兵の報告で海兵隊隊員たちは皆一様に周囲を見回した。しかし先ほどの火炎放射による煙や蒸気もあって、動体探知機が検出したという怪物どもの姿は見えない。
「赤外線バイザーをつけろ! 警戒を怠るな!」
曹長の指示を受け、わたしもすぐさま赤外線バイザーを下ろしてみたけれど、それらしい姿は見当たらなかった。
……どこだ、一体どこにいる? それとも赤外線でも見えないのだろうか。
一気に高まる警戒感、緊張の一瞬。背後を取られぬように、わたしは壁へ背中を預けて身を寄せようとした。
だが、それが良くなかった。
「おい、ディートリック、うしろ!」
仲間の隊員の警告で即座に振り返ったわたしが見たもの、それは両腕を伸ばしてわたしに掴みかかろうとするゼノモーフ成体であった。その額には『
……なんということだろう、異形生物どもは最初からわたしたちの目の前にいた。ただ巣の模様の中に身を潜めていたのでわからなかったのだ。
「し、しまっ……!」
わたしは即座にパルスライフルで迎撃しようとしたが、間に合わなかった。
奇襲を仕掛けたゼノモーフ成体によってあっという間に懐へ入り込まれ、わたしは長くて強靭な腕に抱き締められた。わたしは身をよじらせて逃れようとしたが駄目だ、ゼノモーフの腕力は優しくも圧倒的で到底振り解けそうにない。
そしてそんなわたしを抱きかかえたまま、ゼノモーフ成体は巣の奥へと引きずり込んでゆく。
「ディートリック、ディートリック――――ッ!」
仲間の声が遠くから聞こえる。だがそれも次第に小さくなってゆき、ついには聞こえなくなった。
「くそっ! 離せ! はなせバケモノっ!!」
わたしは必死になって抵抗したが無駄だった。なす術もなく仲間たちから引き離され、ゼノモーフの巣の中へと連れ込まれてしまう。
ゼノモーフに捕えられたまま闇を潜り抜け、やがて視界いっぱいに広がった巣の奥の光景に、わたしは思わず絶句した。
「なっ……!?」
そこは、無数のゼノモーフ成体どもと〈
そしてわたしは、その中心へと放り込まれる。
「ひ、ひぃっ!?」
わたしが悲鳴を上げた直後、それを聞きつけたゼノモーフ成体と〈
わたしは即座にパルスライフルの掃射で応じたけれど、到底追い払える量ではない。あっという間に囲まれ、全身を触手で拘束されてしまう。それからわたしは、為す術なくゼノモーフどもに組み伏せられてしまった。
「よ、よせっ、やめろっ……!」
わたしが叫んでも、もう遅かった。もはやこの地獄から逃れることは叶わない。
「うああぁあ――――……ッ!!」
わたしの悲痛な叫び声。だけどそれは誰にも聞こえなかったろう。
それから数日が経過した。
海兵隊の仲間たちがどうなったのか、わたしにはよくわからない。上手いこと撤退できたのか、あるいはその後現れたであろうゼノモーフ成体の大群によって殺されてしまったのか。いずれにせよ、今となってはもはや確かめようもないけれど。
ゼノモーフに捕らえられたわたしはその後、アデルと同様に身包みを剥ぎ取られた上に巣の繭へ塗り込まれ、そしてアデルと同様に全身を『凌辱』された上に繁殖用の母胎、つまり
ゼノモーフどもから与えられた分泌物の影響によるものか、すくすくと肥大化してゆく乳房と下腹部。その変化はまるで妊娠を早回しにしたかのようなスピードで、直視するのもおぞましいほどであった。
無論、脱出できないか幾度か試みた。けれど、ゼノモーフが分泌した繭と麻痺毒による拘束はとても厳重で、わたしの力では到底逃れられなかった。
そしていよいよ『出産』のときが訪れる。
「うぐっ……!」
朦朧としていた中、強烈なショックでわたしは目を覚ました。
即座に叫び出したいところだったが、喉の奥にまで触手状のものを突っ込まれているようで、わたしは悲鳴を挙げることすらできなかった。引き抜こうにも両手両足は壁へ完璧に塗り込まれていて抜け出せない。
そして何より視界に入るのは大玉スイカよりも遥かに巨大化した左右の乳房と、それらに遮られてもなお突き出て垣間見えるお腹。かつてのアデルもまた同じ光景を目にしていたのだろうと思う。
「うぅっ、ぐうう……!」
不気味に蠢き脈を打つ3つの頂、わたしを襲ったのはまず苦痛。
だが続いたのは『快楽』だった。
「ん♥ むぅッ♥!? ぐむっ♥ んーっ♥! むううっ♥!!」
大量の麻痺毒、つまりは媚薬を口から常時流し込まれて、発情限界酸欠ギリギリでキープされたわたしの脳内を、強烈な
わたしは必死になって耐えたけれど、ゼノモーフの
今のわたしはきっと心底弛みきった淫らな痴態をさらけ出していることだろう、かつてのアデルがそうだったように。
「んふーっ♥んふーっ♥……!」
だけど今はその感触すら、キモチイイ。
「んふォ……♥っ」
……もう、どうでもいい。なにもかも。
限界を超えたわたしは正気を手放し、ただひたすらに沸き上がり続ける快楽へと溺れてゆく。
そんな風に心を折られて“わからされた”わたしを、闇の奥のゼノモーフどもは至極満足そうに見つめていたのだった。
リビドーに任せて二日で書きました。でもひょっとしてpixiv向けかなこれ。
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Specimen 6