過去は変わらない、でも無駄にしないことは出来る。
そして大抵、思ったよりも世界は優しい。
だからそう、心配はいらない。多分神様も、その辺は空気読むから。
校舎に差し込む柔らかな陽光と、春風の匂い。今年もまた、この季節が来た。
去年の今頃はこんなに穏やかな気持ちではいられなかったな、と思いながら大喜と二人で並んで歩く。この幸せな時間を少しでも長く味わいたい、なんてちょっと拗らせぎみかな。でもまあ、良い気持ちだ。
せっかくだもの、楽しまなきゃ。
――と。
角を曲がった途端、私たちは何かにぶつかってしまった。
「お、……っと。ああ大喜くん達か、ごめんごめん。私ちょっと急ぎで、さ」
んじゃねーと軽く手を振って走り去ったのは、誰あろう千夏先輩。まったく三年生になっても忙しい人だ。
変わり無いと言うか、なんと言うか。
とは言え、だ。千夏先輩って――。
「あの人、最近綺麗になったよね」
「何言ってんだ、先輩は前から綺麗だろ」
事も無げに言う大喜に、ちょっとだけたじろぐ私。そうか、大喜は知らないんだ。……まあ知らないなら、そのままにしておいてもいいか。
千夏先輩が綺麗になってきたのは、恋をしているから。正確には、新しい恋をしているせいだ。同じ家に居ても知らないと言うことは、千夏先輩が隠しているということだろう。
だから誤魔化すように、私は大喜の頭を軽く小突いてやる。
「あのさー、
「いやお前が言い出したんじゃないかよっ」
それに質はともかくちゃんと一式フルセットで入ってるわい、とむくれるバカなカレシに腕を絡めて思う。
今私は、幸せだと。
思えば大分長くかかってしまった気がする。告白してから付き合い出すまで、実に半年以上。事故じゃないキスをしたのだって、ついこの間だ。
先へ進むのは、少しだけ怖いから。いや、怖いと言うのは違うか。私には伝えなければならない事がある、でもそれを果たせていない。それが心苦しくて、大喜の懐に踏み込めないんだ。
大喜がそれを気にするか、それは分からない。でも私にとっては余りにも重い、口に出すのを躊躇うどころか考えたくもないくらいに。
だけど、このままではいられない。
私は大喜を愛したい、大喜に愛されたい。その為には、避けて通れないんだ。
ああ、なのに。
結局まだ言えないまま、私たちは並んでベッドに腰かけている。シャワーを浴び終えて二人ともほこほこ、申し訳程度の布地以外に肌を隠すものはない。
これから、何をするか。そんなのは、一つしかない。大喜と私は、恋人同士だから。
セックスを、するんだ。お互いを愛している、と確認しあうんだ。
このまますべてを委ねてしまいたい、それが出来ればどれほど幸福だろうか。
――そんな事が、許されるなら。
「んっ、……」
大喜と交わす、柔らかなキス。この上なく気持ちいい、素直にそう思える。なのに一瞬だけ背筋に走る怯え、それが私を居すくませてしまう。こんなことをしていい訳がない、と頭の奥で声がする。
私なんかが、彼を穢していい筈がない。こんなにも無垢で可愛い大喜を、傷付けてしまうから。
何度そう思っただろうか、そしてその度に
それこそが大喜を傷付けるんだと、分かっているのに。
「あ、……ごめんな。やっぱ、今日も……?」
私の様子を察して気を使ってくれる、優しい大喜。でも、そうじゃないんだ。
私は、したくないんじゃない。大喜と心から、したいと願っている。
問題は、私にその――資格があるかどうか。
狼狽えている大喜にキスをして、私は覚悟を決める。
「私、さ。……初めてじゃ、無いんだよね」
拳を握り、ようやく絞り出せたのはその短い言葉だけ。
まだ大喜と会う前。それどころか、まだ自分が天才だと本気で思っていた小さな頃。英才教育として付けられたコーチの一人が、
私にはまだ、その意味なんかわかりもしなかった。苦しいのも痛いのも平気だった無敵の私は、それをワルいことだとさえ思わなかった。
家族以外の前ではだかになるのも、その格好であれこれ色んな事をするのも、平気。コーチの言うことを聞いて頑張れば、みんなが褒めてくれるから。
あの頃の私は、本気で信じていた。疑いさえ抱かない程、ひたすら一途に。「好き」というのはこういう気持ちなんだろう、なんてふざけた事まで思いながら。
でも唐突にそれは終わった、コーチの解雇という形で。きっと周囲の大人たちは、感付いたのだろう。私と
バカで子供な私は本気で泣いて、どうして辞めさせたのと父に食って掛かったっけ。その時にようやく、私は自分が何をされていたか知ったのだ。
本当ならば心から愛し合った大切な人としかしてはいけない事、それをそうと知らないままに経験させられていた。
ただただ、私は弄ばれていたのだ。
初恋なんか、どこにも無かった。でも身体はすっかり穢されて、傷だらけ。ああ、なんて愚かだったんだろう。
こんな私が、どの面下げて愛だの何だの言えるものか。
だからそう、私は大喜を受け入れる資格がない。
そう思っていたのに。
このバカと来たら、私が喋り出す暇もないままにアッサリと。
「じゃあ俺は初めてだからさ、色々教えてくれると助かるかな」
そう言って――笑った。そしていつものように私を抱き締め、キスをする。
いや。いやいや。いやいやいやいや。待て待て待て。
想定外の事にどうして良いか分からない私、そして能天気な顔の大喜。
そりゃぁ責められたいとか思いはしないけど、でもだからって話も聞かないのかこのバカは。少しは悩んだふりくらいしろよ、悩んでた私がバカみたいじゃないか。
例えばこれが逆だったなら、もし大喜が誰とそういう経験があるとか言ったなら、私は平静を装ったりは出来ないだろう。
――でも、だ。それで「私を愛する資格が無い」とは思わないだろうし、思いたくもない。
結局私は、片想いしていた時から変われていないんだな。千夏先輩と大喜の関係を勝手に邪推して、自分の想像に押し潰されていた頃と。だけど私は、大喜に救われた。このバカが、私を支えてくれていた。
私は大喜が好き、その事実だけがあれば良い。古傷なんて、忘れてしまえ。あんなやつに縛られるのは、もう止めよう。
「そっか、そかそか。ならおねーさんが、教えてあげようねぇ」
大喜を抱き返しながら、イタズラっぽく囁いてみる。ああ、なんだろうな。私今、幸せだ。
深く深くキスをしながら、お互いをまさぐりあう。無器用な手は徐々に腰を滑り降り、その奥へと迫ってくる。自分以外が触れるのはそれこそあの時以来かもしれないけど、不快感は無い。……でもなあ、このバカ本当にバカだからなぁ……。変に力とか入れられたらどうしよう、痛いかも。まあ普段から自分では多少激しめに弄るし、痛かったら蹴るなりなんなりしてやればいいか。
だから落ち着こう、きっと大丈夫。
「ん、そこ……ね。指、そのまま……」
「あー……うん。なんか挟まれてるっていうか、噛まれてる感じなんだけど……」
う。自分でも指入れた時、なんかイメージより強く締め上げられるなーとは思ったけどさ。そういうことはあんまり言ってほしくないな、と大喜のオトコノコをわざとギュッと握ってやる。でもこれまたイメージとは違って、上がったのは悲鳴じゃなくて甘い吐息。
気持ちいいんだ、こんな風に力入れると。
熱く張り積めたそこは、ガチガチに硬い。前に触らされた時よりも私自身大きくなっている筈なのに、大喜のは
やっぱりちょっとだけ、罪悪感は残ってしまうな。初めては、大喜が良かった。何もかも、大喜で知りたかった。
――やめやめ。いつまで柄でもない事考えてるんだ。
迷いを振り払うように、握り締めたオトコノコを上下にしごいていく。手の中で震えるオトコノコの感じは、大喜の昂りそのものなんだろう。
このまま続けていたいけど、でも私の中は酷く疼いて急かしてくる。早くしろ、と。
身体は身体で素直になる、私はまだ引きずってるのにさ。まったく、うちの
すっと離した手で、大喜の指を引き抜いて。私は――。
「ね、大喜。……来てよ」
セックスがしたい、と直接は言えずそうやって曖昧に微笑んだ。
「もうちょっと下、そこ……さっき触った所……。押し込んで、良いから……ね」
大きく脚を拡げ、何もかもさらけ出してオトコノコを求める。傍から見たら、浅ましいことだろうな。まあそもそも見せないけどさ、私のこんな姿を見られるのは
私の入り口が大喜の先端でグッと押し拡げられ、中へと熱い塊が通っていくのが分かる。お腹の奥が焼けていくような、不思議な熱が身体に染み通る感覚。こんな風に感じたことは、今まで一度も無かった。
そうか、これが私の――初めてだ。自分で選んで自分で愛した、初めての人。大喜にとっても私は、そうなれたんだ。
嬉しくて、心地よくて、泣いてしまいそう。だけど堪えないと、大喜を心配させてしまう。
それに泣いてる暇なんか、あるわけがない。
目の前にいる大切な人の顔を、目に焼き付けなければ。
そう思って視線を合わせた、まさにその瞬間。
「あ……ごめっ、出……ぅ」
お腹の中で、何かが弾けた。私の身体はこれを知っている、かつて同じ体験をしたから。当時はそれがなんなのか、どういう意味があるのかなんて分からなかったけど。今の私はあの日の私とは違う、ちゃんと知識としても知っている。
大喜が射精した、私の膣内に精液を放った。健康な高校生である私にとっては重大なことだけれど、構わない。愛しているから、愛されているから。
トクトクと注ぎ込まれていく精液は、もちろん見えはしない。でもハッキリと感じる、その熱い愛を。私のお腹が大喜の精液で、愛で充たされていく。
どうしようもないくらい、幸福感が止まらない。
「良いよ、大喜。もっともっと、しようよ」
溢れる幸せな涙を拭うこともせず、私は大喜を抱き締める。強く、強く。そしてそれに応えるように、大喜のオトコノコは私の中で再び猛っていく。
ああ、ああ。こんな幸福な事、生まれて初めてだ。何もかも、初めてだ。
大喜と愛し合って、私はこんなにも幸せになれた。
今この瞬間に死にたいくらい、幸せだ。
一緒にバカを言い合いながら商店街を通り抜け、二人で入ったのは蝶野邸――私の家。どうせ両親は遅くまで帰ってこないから、最近は大喜をうちまで連れてくる事も多くなってきた。
そのまま荷物を部屋の角に放り、シャワーも浴びないままベッドへと雪崩れ込む。これも最近は恒例になりつつある。
ただ、あんまり長い時間は引き留めておけないのがちょっと寂しい。うちはまだしも、大喜の家の事もあるからね。だから大体一回だけ、あとは少しの間イチャつくくらいだ。私も千夏先輩みたいに大喜の家に住めれば良いんだけど、なかなかそうもいかない。せめて卒業してから、かな。
まあ、良いか。
ふわりと漂う汗の匂いは、直ぐに別の匂いで上書きされていく。発情した私たちの、オトコノコとオンナノコの匂いで。
ベッドに仰向けになった大喜を跨いで、その直下たつオトコノコに私のオンナノコを覆い被せるようにして腰を落としていく。色々したけど、これが私は一際好き。とても深い場所まで大喜を感じられるし、動きやすいから。
体重をかけて一旦身体を落としきり、そこから一気に高度を上げるとオトコノコのカサが私の中をゴリゴリと引っ掻いていく。そして抜けるか抜けないかの所で膝の力を抜いて急降下、この繰り返し。
大喜の喘ぐ顔を見ながらも腰を振りつつ、
頭の奥で膨れ上がっていく快感の蕾が一気に開いたら、大喜にキスしよう。キスしながら、一緒にイこう。そしたら一緒にシャワー浴びて、由紀子ママからメッセが来るまでイチャイチャしていよう。
本当に、幸せだ。こんな日々がずっとずっと、続いてほしいな。
「あー……じゃあ俺、帰るわ」
「んじゃまた明日、ね」
すっかり蕩けた私たちは、玄関口で別れの挨拶を交わす。言いたいこともしたいこともまだまだあるけど、自分達で決めたこと。一応けじめは必要だ。
本当は、帰したくない。いつまでも一緒に居たい。
だけど一方で、私は信じている。時間が空こうが距離が離れようが、大喜と私の絆は永遠だ。大喜は私が初めて愛した人、そして最後まで愛するただ一人の人。大喜にとっても私は、最初で最後の人。
いつか私は、あの頃の事を大喜に話すことになるだろう。でもそれさえ、二人の結び付きを強める為の舞台装置にしかならない。私たちの関係は、そこまでやわじゃないから。
それにしてもこの世には、言葉が足りなすぎる。この思いを「愛している」という、使い古された言い回しでしか表現できないなんて。
だから敢えて、それは言わない。
「帰れば先輩がいるからって、浮気すんじゃないわよー?」
「しねぇよ、失礼だなー」
私の軽口に笑顔で返し、手を振って出ていくその姿を見送って。私は改めて、自分の中に萌えている思いを反芻する。
今私は幸せで、明日はもっと幸せだろう。未来永劫、大喜といる限り。
だから、だから。
神様、私からなにも奪わないでください。私を幸せでいさせてください。
――私はいつまでも、大喜の
「可哀想なのが良かったです」は多分本人が聞いたら泣きますよ、実際。
そういう発想が混ざりました。