カコン、カコン…体育館にリズミカルに艶かしい音が響きわたる。その音が繰り返すたびに彼女の身体は熱さを増していった。
彼女の名前は卓球ボール。ABS樹脂から作られたありふれたものだ。
カコン、カコン…私たちはラリーを続けた。
「カコン…ペシン。カコン…ペシン。」
卓球ボールはラケットと卓球台を繰り返すたびに小さな嬌声を挙げた。
「ミズノはいけない子だなぁ。まだラリーは33回だってのに、こんな声を出して」
「カコン、カコ…ンッ!」
ボールのシルクでなでるような声に私は興奮を抑えきれず、ラリーは激しさをました。
「ペシン、カン…!カッ…コンッ…!」
その激しに合わせて、卓球ボールの声も激しさを増す。
既にラリーは120回を越そうとしており、私たちの身体は限界を迎えようとしていた。
「おぉ…あっ、ボールッ…!」
「カっ…コォンッ!」
私の声に応えるかのようにボールは卓球台の上を大きく撥ねた。
「ふう…また明日の放課後、楽しみにしておくんだな」
私は足早に帰る支度を済ませる。
ボールは卓球台の下でぐったりして動く気配がない。
「おい、明日の放課後までそこに居るつもりか?」
返事はない。
「ふん、知らんぞ。そんな格好で居たら…」
通りかかった生徒に汚されるかもしれない。私はそう続けようとしたが、そんな義理もない。私にとって卓球ボールは所詮遊び道具でしかなかった。
当のミズノ製卓球ボールはそれどころではなかった。卓球部エースのKに捧げると誓った純潔は、あろうことか卓球部顧問のMに汚されてしまったのだ。ラリー回数、154回。既にボールは表面だけでなく精神までも傷だらけになっていた。
「…開いてる」
ボールは放心状態のまま、卓球台の下で翌日の昼休みを迎えていた。
卓球室に何者かの足音が響いた。それも一人ではなく複数人だ。そのうちの一人がボールの存在に気づいた。
「おい!こんな所にボールが落ちてるぜ」
ガラの悪そうな学生3人組が寄ってくる。
「本当だ」「ラケットねーのか?四人だし、ダブルス出来るぜ」「あ?上履きでいいだろ」「ギャハハ、それもそうか」
ボールにとっては悪夢のような昼休みが始まろうとしていた。
カコン、カコン。不良学生たちによるラリーが始まった。
不良少年たちは卓球の経験こそないのかラリーが続かない。
「おい下手くそ!」「うるせぇよ、ハンデだハンデ」「それより早くしろよ、俺のサーブだ」
カコン、カコン、カッ、カコン。ボールは放心状態のまま不良学生に身をゆだねていた。
「なんだぁ?このボール。マグロかよ?」
カッ、カコン。カコン、カコン。それもそうだ。ボールは昨日顧問のMに汚され、今日はこうして不良たちに上履きで回されている。感情が湧かなくなることは防衛本能としてもはや必然だった。
「おい、ラリー長ぇよ。俺まだサーブしてないんだぜ?」
不良学生の一人が不服そうに言う。
「悪い悪い、昔ちょっとやっててな」
長く続くラリーは少しずつボールに快感を蓄積させていった。
「カッ…。ペッ…!シンっ!」
思わずボールから嬌声が漏れたことを不良少年たちは聞き逃さなかった。
「おい、聞こえたかよ。このボール、四人に回されて感じてやがる」
「とんだオサセさんだぜ。傷だらけだったもんなぁ、いろんな奴にラリーさせてんだろ?」
昨日まで純潔を守り通していたミズノABS樹脂製卓球ボールにとっては屈辱のあまり涙が溢れる言葉だった。
「ペシ…ン…。」
不良少年たちも暫くラリーを続けてコツをつかんだようであった。卓球ボールはもはやエースのKの存在など忘れるほどに快楽におぼれていた。
「カンッ!カンっ…!カコンっ…!」
「おお、お前ももう限界みたいだなぁ?オラッ、おらっ、これでマッチポイントだっ…!」
ボールは卓球台に身体を預け、バウンドしたのち大きく軌道を変え、長かったラリーは止まったのだった。
その時だった、卓球用体育館の扉が大きく開き怒鳴り声が響いた。
「何してるんだお前ら!」
そこには顧問のMの姿…ではなくエースKの姿があった。
「ここは卓球部以外立ち入り禁止だぞ」
「あぁ?鍵を開け放した奴が悪いんじゃねぇのかよ」
そんな馬鹿な、と声が漏れた。そう、昨日体育館の鍵を閉めたのはまぎれもなくKだったのだ。
不良少年たちは怪訝な顔をするが、早く立ち去りたい様子で
「んま、見回りゴクロウさんでーす」「んじゃ」「今度は締め忘れんなよォ」とそれぞれ言いながら出ていった。
ボールは今になって羞恥心に襲われていた。ずっと思い焦がれていたKに、汚されてしまった今の姿をみられてしまっている。Kはそんなことは知らずにボールに近づいていく。
「まったく、上履きで卓球をするなんて…」
Kはハンケチーフでボールについた埃を拭う。
ボールにとっては昔夢にまで見た心地よい時間だった…ボールの”女の部分”がひどく疼いている事を除けば。2日連続で望まぬ試合を強要されたボールにとっては、もはやKは卓球をする肉人形でしかなった。
ボールが今欲しているのはハンケチで埃を拭われる事でも、Kに優しい言葉をかけられることでもなく、熱く、激しい卓球の試合だった。ボールは試合に狂った、唯のボールとしてそこに存在するだけであった。
ボールは身体をゆすりハンケチから逃れ、卓球台に一度、コツンと音を響かせた。
「昼まで練習かい?ご苦労さん」
Mの声がする。
「ええ、少しだけ。ラケットを握っていないと心が落ち着かなくて」
「そいつは結構。どれ、一試合どうかね」
「良いんですか?仕事もあるでしょう」
「いやあ、私も少し、卓球室に用事があったんだ。もう済んだけれど、ね。」
サーブ権はK。試合が始まった。
カン、コン、カコン、カン。
この二人の試合はいつだってハイスピードだった。
その激しさは二人の精神だけではなく、ボールの身体をも熱く火照らせていく。
「カ!カン!コン!カコン!」
「全くうるさいボールだ。試合に集中出来やしない」
「そうですか?僕は良く鳴くのは好きですけれどね」
ボールを他所に二人の試合は白熱していく。
「ペッチン!ペチ…ィン!」
「ほら、隙ありだ」
Mがワンゲーム先取した。
しかし満足出来ていないのはボールだ。快感も半ばで1ゲームが済んでしまった。
「先生、続けましょう。彼女は満足できていなさそうだ」
Kのサーブ。ラケットかボールの下を強くこする。
「カン!」
ボールは回転が加わりMから離れた方向に飛ぶ。この男、まるでボールを満足させるかのような口ぶりでサーブをしたくせに、ゲームには勝つ気でいる。なかなかのサディストである。
「まったくこのガキは…」
Mのサーブだ。力強いサーブはボールに強い快楽を与えKの方へ飛んでいく。
カン。カコン、カン、カン。
「先生、そういえば」
カコン、カコン。
「なんだね」
「妙なんです。僕は昨日卓球室のカギを締めたはずなんです。しかしさっき僕が来た時には、不良が屯していました」
カコン。
「どうしました、先生。集中を切らすなんて柄にもない」
2-1。
「君がうっかり締め忘れたんだろう」
「そうでしょうか」
「そうだともよ」
カコン、カン、コン、カコン、カツンー。
Mのラケットさばきが先までよりもボールの弱い所をつくようになった。
「カッ、カン!カコォン!」
ボールは繰り返す身体を突き抜けるような快感の前に限界を目前に感じていた。
カコン、カン、カン。
「どうしたんです、ボールが果てたら僕の勝ちになってしまいますよ」
ご存知の通り、卓球はボールが絶頂を迎えた時ゲームが強制終了し、その時持っている得点の多いものが勝利するスポーツである。ここでボールを絶頂させてはMの敗北は確定する。そうまでしてもMはこの試合を早く終わらせたかった。
「僕のボールを、ミズノを汚したのは、先生、あなたですね?」
カコォン。
「どこにそんな根拠があるというのだね」
3-1。ボールは飽きれていた。ボールにとってはもうそんなことはつまらないことだった。そんな議論をするくらいならば試合をしてほしかった。
「よくあることですよ。欲に負けてボールに手を出す教師は少なくない」
「私がそうだと?」
カン、カコン、カコン、カコン。Mのラケットがボールを強くたたく。
「ぺちぃん!」
ボールにとって痛みはもう興奮を増強するための媚薬でしかなかった。
「ミズノぉ…!どうして…」
Kは最愛のボールであったミズノをラケットで一瞬愛撫し、Mに返す。Kのラケットさばきにはもはや今愛情や未練はなかった。
「カン!ペシン!カコォン!!」
KもMも興奮はしていた。ボールの艶かしい声が卓球室にこだましている。気もちを抑えろという方が無理な話だった。
カコン、カン、カン、カコン。ラケットと卓球台とボールとが居りなすリズムは激しさを増す一方であった。
「カン、カっ…カンッ…!」
今や思いを捨ててしまったKとは違い、Mはずっとミズノの事を愛していた。ただ歪な形で析出してしまっただけで。
「どうして私じゃダメなんだ…ミズノ…」
カンッ、コンッ…。
当のボール、ミズノ本人はもう愛情の受容体は崩壊し、快楽だけを受け入れていた。
カコン、カン、コン。ボールの嬌声が響く。外は雨が花を散らしていく季節だった。二日間で純潔を完全に散らされた哀れな乙女には、この後来る色鮮やかな夏は来るのだろうか?
完