カニバリズム的描写あり。
「おお……。意外と、綺麗な身体だね……」
手術着の主治医が、湊友希那の死体を眺めて呟いた。
冷たい蛍光灯に照らされている、大きな室内。頑丈な鉄の色の扉によって不法的な侵入から守られている、手術室。その中央に位置する、無機質を具現化したような大きな解剖台に、全裸になった湊友希那が仰向けになっていた。両目は限界まで開かれ、口は一文字に閉じられている友希那は、一時間ほど前に主治医が注射した薬によって、完全にただの肉塊と化していた。
「よし、これはせっかくだし、観察し、記録を取るべきだ……」
自分に言い聞かせるように囁く主治医は解剖台から離れ、壁際に置かれた本棚に向かった。白い棚には医学関係の本やノートがぎっちりと詰まっており、主治医はその中から一冊のノートを取り出した。その薄緑のノートには『被験者リスト』と黒文字で書かれており、一ページ目からこの手術室で解体や性行為が行われた女性の特徴がびっしりと書かれていた。
主治医はノートの新しいページを開き、白衣の胸ポケットから万年筆を取り出して友希那に近づいた。そして横たわる彼女の裸体や顔をじっくりと眺めながら、その特徴をノートに書き記していった。
友希那は薄紫色の長い髪を持ち、歳のわりには童顔で、大きな目には淀みの無い黄金の瞳があった。すでに血色を失っている肌は生前よりもさらに白くなっていた。そんな純白の肌で作られている体躯は全体的に幼さがあった。鮮やかな桃色の乳首が乗った乳房は膨らみがほぼ無く、胸板と形容しても差し支えがないと主治医は思った。
「さて、それではさっさと、解体を始めようかね……」呟く主治医は全てをしっかりと書き記したノートをパタンと閉じ、前後のくねくねとした足取りで棚へ戻した。
それから高速で友希那の乗っている解剖台へ戻り、横に置いたステンレスのワゴンに乗ったメスを白のゴム手袋の手で取り出した。小さくも強烈な切れ味を持つメスを一度友希那にしっかりと見せつけた後に、主治医は彼女の左手首に切っ先を添えた。手の甲に繋がっている肌のすぐ上に刃をつけると、そこで一度深呼吸をした。意識して空気を肺に取り込み、ゆっくりと吐き出していった。膨らんだ肺が小さくなっていくところまでしっかりと感じた。この行為は主治医が女性の身体にメスを刺す前に必ず行っている、ルーティンのようなものだった。
主治医はメスを友希那の中へ入れた。圧倒的な切れ味のメスは友希那の肌を簡単に切り裂いた。肌はぱっくりと割れ、その中に黄色の脂肪が見えた。主治医は脂肪にもメスを刺し、断った。次に現れたのは赤い肉だった。死体のため流血は一滴もなかった。主治医はそのままメスを進め、何度も同じ所を擦るように切りつけた。すると硬いものに切っ先があたった。それは前腕骨だった。目視でも白いものが二本確認できた。
主治医は友希那の腕をひっくり返した。手のひらに繋がる内側の肌は、当然まだ一切の切り傷がない純白だった。主治医は息を吸い、吐いた後に執刀をした。一度目と同様に何度も切りつけるようにすると、すぐに前腕骨が見えた。
手首を一周する小さな隙間が友希那の左手首に完成した。覗いてみると、どこからでも小指側の細い骨と親指側の太い骨で構成されている前腕骨がしっかりと見えた。
主治医は友希那の左手を左手で握った。そして指と指を絡めさせた。それはいわゆる『恋人つなぎ』だった。素手全体に死体の友希那の冷たさが伝わった。次に主治医は開いている右手で友希那の腕を握った。左手同様に冷たさを感じられた。そして恋人つなぎで握っている左手を九十度、友希那の身体の方に曲げようとした。しかし友希那の手は一切動かなかった。びくともしなかった。肉は完全に断たれているが、骨がまだしっかりと繋がっているため、友希那の手が曲がることはなかった。主治医は自身の腕に力を加えた。左右の手で友希那の腕と手をしっかりと握りしめ、腰を落とし、全身全霊で友希那に集中した。すると、割り箸を割った時のような、べきっ、という乾いた音が鳴り、友希那の手が勢いよく曲がった。乾いた音とは骨が折れる音だった。骨が完全に折れたことで、友希那の左手はついに独立した。
主治医は友希那の左手に付いた自分の汗を、丁寧に、白衣の裾で拭き取った後、左手を持ち上げた。すでに冷たくなっている手を両手で丁寧に持ち上げ、手のひらの方を自分の顔面に擦り付けた。ブニブニとした触感と冷たさが顔全体に現れると同時に、下半身が熱く硬くなっていくのを感じた。
主治医はそのまま勢いよく鼻で空気を吸った。鼻孔が空気を取り込む音が響いた。数秒後、主治医は吸った空気を口からゆっくり吐き出した。
「うぅん……。良い香りだ……」実際は無臭だったが、主治医は何となく興奮した。
友希那の左手をワゴンに乗せた主治医は壁際の木製棚に向かった。それはさっきのノートを取り出した棚とは違い、両開きの扉が付いた棚だった。主治医は鍵の必要無いその扉を開き、奥にしまっておいたとある装置を取り出すと、友希那の元へ戻った。
装置とは正方形の板だった。ティッシュ箱の半分ほどの分厚さがある木製の板。しかしただの板ではなく、その中心には板と同じ長さの、四角い形をした刃が上向きで固定されていた。
主治医は友希那の右腕を掴み、持ち上げた。そして解剖台の上に装置を置き、ちょうど手首の位置に刃がくるように調節した。そして友希那の手を右手で握った。今度は恋人つなぎではなく、自分に対して横になっている手のひらをがっしりと握りしめた。左手では腕を掴んだ。
主治医は友希那の手をゆっくりと下ろしていった。友希那の手首と、板の上で天井を向いている刃が徐々に接近していった。主治医は手首を刃に近づけたり遠ざけたりした。手首の肌と鋭い刃の間の隙間が大きくなったり小さくなったりする光景に興奮を感じていた。
やがて主治医は手首の肌を刃に触れさせた。友希那の貧弱な肌と脂肪は簡単に裂かれた。主治医は友希那の手をさらに降下させた。肉に刃が食い込み、切断されていくのが感覚でわかった。
刃が硬いものに当たったことがわかった。それは右の前腕骨だった。しかし主治医はこの刃の切れ味を信じていた。だからこそ友希那の手をさらに刃に押し付けた。すると、ざりざり、めりめり、という骨が削れる音が鳴った。主治医はさらに手を押し、刃に骨を押し付けるようにした。音は大きくなっていった。順調に骨が削れているのがわかった。
すると、硬いものが折れるべきっ、という音が鳴り、同時に小さな衝撃が主治医に伝わった。それは削れたことで脆くなった骨がぽっきり折れた際の衝撃だった。薄っすらとした笑みを浮かべる主治医は、手を刃に押し付けるように、ぐりぐりとねじ込むようにした。残りの肉が刃の圧倒的な切れ味にひれ伏し、簡単に切断され、ついに残った皮膚をも断ち切った。
装置によって切断された右手を、主治医はすぐに持ち上げた。そして左手の時と同様に顔面にあてがい、臭いを嗅いだ。やはり無臭ではあったが、確かな興奮はあった。
一通り嗅ぎ終えると、右手もワゴンに乗せた。
左手と右手が揃っている光景は圧巻のものだった。
主治医は友希那の両手を乗せたワゴンを進め、室内壁際に位置するキッチンへ向かった。
ステンレス製のキッチンには十分な広さのシンクと、まな板などを置くためのスペースのほかに、二つのコンロがついており、片方には黒色の鉄製フライパンが乗っていた。また、そんなキッチンの横には大きな食器棚が設置してあり、中には白の皿や包丁がいくつかと、調味料の類が収納されていた。
上機嫌な主治医の服装はすでに深緑の手術着ではなかった。一般的な白のワイシャツに黒色のスラックス、ネクタイは無しで、それらの上から今度は、手術着と同色のエプロンを着ていた。
主治医はまず水道で自分の手を洗った。石鹸を使い指の隅々まで綺麗にした後に、友希那の手を洗った。こちらは石鹸の類は使わずに水洗いをした。清掃を終えた友希那の手は白のまな板に置いた。
エプロンのポケットから取り出した黄色のハンカチで素手を拭くと、最初に友希那の右手をまな板中央に引き寄せた。そして食器棚の引き出しから包丁を取り出し、友希那の指を切った。親指以外の全ての指の付け根の部分に包丁を入れ、力強く押し込む。すると肉は簡単に断たれた。すでに死体のため流血は無かった。
主治医は次に残った親指を切った。さっきと同様に付け根部分に包丁を添え、一気に下ろした。すると肉を断つ感覚が身体を突き抜け、包丁の強靭な切れ味によって指は切断された。
切り取った指たちを素手で掬い、コンロの上のフライパンに入れた。そして食器棚から油の入ったボトルを取り出し、フライパンの中に引くと、コンロを点火した。チチチチチ、という火炎の音と共に青白い炎が付き、フライパンを温めると同時に油が跳ね始め、友希那の指が焼かれていった。
肉が焼ける音と共に煙が立ちのぼった。主治医はキッチンの近くに設置された換気扇のスイッチを入れた。網の中の羽がゆっくりと回転していくのが見えた。
主治医はフライパンの中に目を戻した。順調に焼けているらしい友希那の指は一回りほど膨張しており、ところどころの皮膚がぱっくりと裂かれたように破れ、中の鮮やかな赤色が見えていた。主治医はそんな指をを見つめた後に、フライパンを動かして指を転がしてみた。するとフライパンと接触していた面が上を向き、黒い焼きの色が付いている指が見えた。
主治医はそこでコンロの火を止めた。フライパンの上の騒がしい音がやんだのを確認してから、食器棚から箸と皿を取り出した。箸で焼けた友希那の指を掴み、皿に乗せていった。合計で五つの指たちはそれぞれ違う形の焦げ目が付いており、焼けた肉の香ばしい匂いと共に主治医の食欲を駆り立てた。
指たちを乗せた皿を持って、主治医は友希那の元へ戻った。手術台の上の友希那は当然仰向けの状態から微動だにしておらず、つけっぱなしの無影灯に照らされている様は神々しさがあった。
主治医は友希那の顔の横に皿を置いた。どちらかといえば焦げ気味の友希那の指たちと、永遠の眠りについている友希那の整った顔面を二、三度見比べた後、主治医は皿から一本だけ指を掴んで口に運んだ。
主治医が適当に摘まんだ指は小指だった。小さく細い指はその全てが口の中に入り、主治医の強靭な歯は肉も骨も爪も関係無しにゴリゴリと砕いた。少し焦げている肉は若干の苦味があったが、それでもしっかりと火の通った肉は非常に旨かった。次に主治医が口に入れた指は親指だった。小指よりも短く、しかしどの指よりも太い親指は強烈な肉感があり、噛むたびに味が脳まで届いた。
次の指は人差し指だった。しかしそれを口に入れようとして、主治医は一つ思い立った。そして摘まんでいる指を友希那の右の眼球に押し付けた。顔面に対して縦にした指を眼窩に入れるような風景だった。友希那の黄金色で美しい眼球はもちろん簡単には崩壊しなかったが、主治医の圧倒的な腕力の前では流石の友希那の眼球も無力だった。強く押し込まれたことで指は眼窩の中に進んだ。角膜や水晶体は簡単に突き破られ、中のゼリー状の硝子体もぐちゃぐちゃに崩壊した。
先から中へと入っていき、第二関節までが入った所で主治医は指を止め、中でかき混ぜ始めた。眼窩の中で踊る指の表面には硝子体がべっとりと粘り付いた。主治医は指を取り出し、それを一口で食らった。口の中には指の香ばしい味に加えて眼球の味が広がり、肉の触感の中に硝子体のぬめりとした触感が混ざって、不思議ではあるが非常に癖になる味だった。主治医はすぐさま次の中指を摘まみ、友希那の左の眼球に突き刺した。陥没していく角膜と水晶体を見守りながら、再度かき混ぜることで指全体に硝子体を付け、人差し指同様に一口で食らった。眼球の味が口に広がり、肉の旨味と絡み合って最高の旨さだった。
最後の薬指を口に入れる際に、主治医はまた一つの考えが浮かんだ。摘まんだ指を皿に戻し、油で濡れている指をハンカチで拭くと、主治医は友希那の顎に手をかけた。そしてゆっくりと引いていくと、友希那の口が開き、舌が見えた。淀みの無い赤一色で、唾液によってぬめりとした光沢がある舌はとてもおいしそうだった。主治医はワゴンから医療用ハサミを持ち出し、友希那の舌を切断した。長い物が欲しかったため、奥まった位置で切る必要があった。限界まで開いた友希那の口から舌を引っ張り出し、ハサミを入れた。舌を切る感触はメスで皮膚を切る感触と比べて、少しだけ柔らかかった。
皿の上に舌が乗っている光景は主治医の興奮を煽った。不気味さと性的興奮が混ざり合い主治医の脳は幸福に包まれていた。そして主治医は最後の薬指を取り出し、舌を巻きつけた。唾液でぬめりとしている舌を巻くのは一筋縄ではいかなかったが、余った舌の先端に穴を開け、そこに指の先端に突き刺すことで事なきを得た。出来上がった『友希那の舌を巻いた指焼き』を主治医は食らった。さすがに大きかったため二口に分けて全てを入れた。ぬめりのある舌と肉が絡み、まさに湊友希那を食べている感覚になった。飲み込む瞬間には湊友希那と一体化したような錯覚を覚えた。
何も乗っていない皿と、両目が潰され舌も切断された友希那の顔面を同時に拝みながら、主治医は両手を合わせた。
皿や使った道具たちの清掃を終えた主治医は、残った友希那の素手の処理に取り掛かった。と言ってもまた近いうちに食べることが決定しているため、処理として行ったのはただの冷凍保存だけだった。友希那の死体に関してもそれは同様だった。専用の保管装置に入れたのち、手術室から直接行くことができる霊安室にて保管するだけだった。
全ての処置を終えた主治医はエプロンを取った。ワイシャツには汗で出来た湿りがいくつが歪な円を作っていた。くしゃくしゃにしたエプロンを片手に、主治医は手術室から出た。
友希那を室内に入れてから一時間ほどが経過していた。廊下に立った主治医は寒風を全身で受けた。
後方で、鉄の色の扉が閉まる音が鳴った。