世の中お節介焼きもいれば、単なる騒動屋もいるもんです。
どっちも大して変わりゃしませんが。
人間なるようにしかなれないもんです、ならないようになったという話は聞きませんから。
どうにもならない事を
まあ、ある意味では想いは叶ったわけだ。大分想定外だけど、形の上では確かに。
ただ素直に喜んで良いのか悪いのか、それはもう分からない。
俺の恋は、ゴールへと辿り着けた。それ自体は良いことなんだけど、でも。
「――良いのかな、これで」
隣で健やかな寝息を立てている、千夏先輩に気付かれないように俺は何度目かの溜め息を吐いた。幸せ過ぎて、そして良心の呵責で死にそうだ。
まったく、どうしたもんだろうな。
こんな時期にマネージャーが入ってくるとか、珍しいこともあるもんだ。
と言うか今までうちの部には特にマネージャーはいなかったんだけどな、雑用は手が空いてるヤツがやることになってたし。でも他所では大体新年度になった時点で新入部員として入ってくるのが定番だから、そういうもんだと思ってた。
まあ、良いんだけどさ。部活ってのは本人が望んでやるもんだ、急にマネージャーがやりたくなったから入ってきたんだろう。
にしても、なんか匡や針生先輩はイヤそうな顔してるんだよな。知り合いなんだろうか、俺は見たこと無い女子なんだけど。気になるとしたらその苗字くらい。千夏先輩の幼馴染みで針生先輩のカノジョさんも、確か同じ守屋だ。
でも姉妹で違う学校ってのもなんかなあ、スポーツがしたくて栄明に来たなら前から体育館とかで見掛けてただろうし。
とは言え、だ。俺があれこれ考えても仕方ない、それより練習だ。あの日遊佐くんに勝てたのは、殆ど運みたいなもの。実力ではまだまだ及ばない、もっともっと強くならないといけない。そうでないと、千夏先輩と
――と。
「猪股くぅん、ちょっと良ぃ?」
甘ったるい声で呼び止められた俺は、思考を切り上げて振り返る。
噂をすればというかなんというか、そこに居たのはやっぱり件の菖蒲さん。……マネージャーとしては少々不真面目だけど、人気はあるんだよな。こうやって話しかけてくるだけで、周りが……というか西田先輩が嫉妬の目を向けてくるし。まーた裏切り者だなんだと拗ねるんだろうな、あの人のことだから。占い師になれるくらい霊感あるんだし、それを活かして上手くやってくれないもんだろうか。
「ん、なんです?」
「あのさぁ、みんなの練習メニューの事とかで色々聞きたいからぁ、練習終わったら付き合ってくれない?」
――む。付き合う、という単語に周りが反応したのが一瞬だけど感じ取れた。いや俺も多少は気にしたけどな、雛の一件もあるし。
まあ、別に大したことでもないか。どういう理由かは知らないけどやる気を出してるみたいだし、メニューの見直しは確かに必要だろう。うちは個々で頑張ってはいるけど、統一した指導がないから。針生先輩みたいに上手い人が自分の時間を削って下を指導してるわけで、効率は悪い。
そこを改善する一助になれるなら、幾らでも手を貸すさ。
「ああ、こっち片付けたら行くよ。ノートとかそういうの、出しといてくれると助かる」
わざと声を大きめに、「これから打ち合わせです、練習サボって遊びにいくわけじゃ有りません」とアピールしつつ俺はラケットの片付けに入った。
いや、しかし。これは下手をしたら、サボりかもしれない。そんな風に思ってしまったのは、学校を出て暫くしてからだった。
明らかに相手の足取りが軽すぎる、真面目な話をする感じじゃない。
警戒はしながらも、腕を捕まれている以上立ち止まるわけにも行かなくて。
そして――。
「……打ち合わせ、するんですよね?」
「だねぇ」
ケラケラ笑っている菖蒲さんの手には、ペンでもノートでもなくあろうことかマイクが握られてる。
ああ、どうして。なぜ俺は、カラオケボックスにいるのだろうか。
そりゃまあ、課長バカ一代でもカラオケボックスで会議してたけどさ。あれは産業スパイ対策だったんだし、て言うか単に悪ふざけだったよな。
ここで毅然と席を立ってしまえるくらい、俺がハッキリした性格だったら良かったのに。
呆れながらも座ってる辺りが俺の悪いところだな、うん。
まあそれに、こういう事は近頃よくある。ナイショ話をしたがっている、そんなのが最近俺の周りには多いから。
「ねぇ猪股くんさーぁ、新体操部の子と付き合ってるってホント?」
……ああ、やっぱりそれか。まったく皆、そればかりだな。
そう見えているのは分かるし、野次馬根性を非難する気もない。節度さえ弁えてくれれば、だけど。
「勘違いだよ、俺と雛は――そんなんじゃないからさ」
嫌いだとは言わない、でも好きだとも言えない。
俺は中途半端で弱い人間だ、何もかも曖昧なまま雛を悩ませている。
それでも、それでも俺は千夏先輩が好きなんだ。だからどうあっても、雛と付き合う未来は無い。そしてそれを突き付ける、勇気も無い。
結局俺の頭の悪さが、全ての原因なんだろうな。
「ふぅー……ん。そっか、そうなのかぁ」
マイクを放り出し、俺の隣で菖蒲さんは複雑そうな顔。まあ、納得してくれればそれで良いんだけど。
変に食い下がられても困るし、でもこれ以上強く言っても仕方ないかな。
目的は済んだだろうし、話を切り替えてメニューの事でも……と考えたその時。
膝の辺りに、何かが触れた。それは明らかに、人の――菖蒲さんの手。
なで回すその仕草は這うように少しずつ位置を上げ、太股を通り抜けていく。
「な、……っ」
俺が困惑している間に、足の付け根へと達していた。
ゆっくりと誘うように蠢く指が、そっと金具を下ろし
そして――。
「おぉ、顔の割に随分立派だねぇ~」
菖蒲さんの手は何の躊躇さえ無く、もう一人の俺を引きずり出した。
なんだ、一体どうなっているんだ。どうして俺は、こんな事をされている。どうして、抵抗できない。
グチャグチャになっていく頭、それを加速させたのはやっぱりその手だ。しなやかな指が幹を握り、弄ぶように扱き始めたから。
自分でするのとは全く違う快感と、事態が呑み込めない混乱と。そして込み上げてくる、罪悪感がない交ぜになっていく。
こんなのはおかしい、異常だ。止めさせなければ、逃げなければ。そう思いながらも、身体は金縛りにあったように動かない。
程なく擦る音はグチュグチュと粘っこく変わって、腰の奥からは射精欲求が襲ってきた。でもそれを、全力で堪える。それだけは、ダメだ。そんなのは、許されない。その思いだけが、なんとか自分を制させている。
でもそれが伝わってしまったのか、菖蒲さんは俺の耳に顔を寄せて囁く。
「なんで我慢してるのぉ? 別に誰かと付き合ってる訳じゃないんでしょ、気持ちよくなっちゃいなよぉ」
甘い誘惑は、あまりにも強すぎる。そうだ、俺に我慢する理由なんか無い。無理矢理扱いている方が悪いんだ、俺は被害者だ。
でも。それでも。
付き合ってなんかいない、想いを伝えられもしない。それでも俺は、千夏先輩が好きだ。だから他の人相手に、そうなってはいけないんだ。
歯を食い縛り快感と戦う俺に、再び菖蒲さんが囁いた。
「ふーん、頑張り屋さんだねぇ。さすが
その瞬間、心臓が張り裂けそうなくらいに鼓動が瞬く。
ちーちゃん、という親しげなその呼び方。守屋という苗字。まさか、まさか。この人は、千夏先輩を知っているのか。知っているどころじゃなく、もっと近い存在なのか。
意識をそちらに向けた、それが――最悪の判断だった。
「ぅあっ、わぁ……出た出たぁ」
一瞬の隙が堤防を決壊させ、かろうじて防がれていた快感が一気に爆発してしまう。もう、止まらない。それに普段なら出始めた時点で手を止めるのに、菖蒲さんは全く速度を緩めてくれない。
迸る精液は手筒を通り抜けて床を汚し、白いシミに変わっていく。取り返しがつかない事をしたという喪失感さえ、白く塗り潰されてしまう。
意識の奥で、声が響く。もっと、もっと。もっともっと、気持ちよくなりたい。目の前のこの人に従うだけで良い、そうしておけ。
唆す声を押し込めようとしても、身体は既に快感を知ってしまった。
ソファに押し倒され跨がられようとしているのに、抵抗する気力さえ湧いてこない。
このまま黙っていれば良い。千夏先輩はどうせ気付かないし、気付かれたって俺が悪い訳じゃない。
――そう、その通りだ。それはきっと正しいんだ。
だけど、それでも――。
「やめ、て……」
なんとか気持ちを振り絞り、俺は声を上げた。
弱々しく情けないその声は、どう聞こえたのだろうか。菖蒲さんは目をパチクリとし、少しの間考えるような顔をして。
「なんで?」
嘲りでも挑発でもなく、ただただ不思議そうに呟いた。
好きな人がいます、だから他の人と
「んー……分かんないなぁ。付き合ってるならともかく、まだ告ってもいないんでしょ? じゃあ別にいいんじゃない? 菖蒲は楽しいし猪股くんは気持ちいいし、誰も困らないでしょ」
……理解はして貰えなかったようだけど。
常識が違う、何もかも違う。これは俺とは違う次元の存在だ。
でもとりあえず、今この場を切り抜けられれば良い。
「ちーちゃんもそうだけどさぁ、皆お堅いよねぇ。なんでそんなに慎重なんだかさぁ」
俺が慎重というかそっちが無頼派過ぎるんだと思うけど、それは個人の感性だし構わない。構わないけど、さ。
また言ったな、ちーちゃんって。もしかしてやっぱり、それはまさか。
でもそれを確かめる程の自由が、俺に有るわけがない。
向こうの気紛れひとつで、俺の意思なんか簡単に踏みにじられてしまうのだから。
現に俺を跨いでいるその身体は、少しずつ高度を落としつつある。熱気が伝わるほど粘膜同士が近付いている、あとほんの僅かで俺は彼女に――
もう俺には何も出来ない、ただ顔を背けるだけ。そして覚悟を決めた、その時。
肌に伝わる熱が、不意に遠ざかった。
「まあ、良いか。好きな人がいるなら、
そう言いつつすいっと離れた菖蒲さんが、さっき置き捨てたマイクを俺の顔に突き付けた。――これは、誰が好きなのか言えということだろうか。
唐突で身勝手な事だ、でもここで言わなければまた襲われかねない。たった一言で話を終えられるなら、それで御の字だ。
「二年の、……鹿野千夏先輩……です」
言ってしまったのは、悪手だったかもしれない。解放されて漸く俺は、そんな事を考えられるようになっていた。
何事もなく帰して貰えたのは良かったけれど、これで良かったかどうかは分からない。あんな無茶をする人間に秘密を開かして、余計な気を回されたらどうしよう。下手をしたら千夏先輩へ一方的に伝えてしまわれかねない、それはあまりにも気まずい。気まずすぎる。
それにそうなればきっと千夏先輩は優しく言葉を選んで、俺を傷つけないように拒絶するだろう。同じ家で寝起きしているに、そういう事になってはいけないから。
ああ、――どうしよう。
同じことだけが頭のなかをグルグルと回り、何も手につかない。それでも夜が明ければ朝が来る、朝になれば学校に行かなければならない。学校に行けば当然――。
「あ、猪股くんだぁ。おはよーぉ」
会いたくない相手にも、会ってしまうわけだ。
お陰で昨日からこっち千夏先輩の顔も見れなくて、何だかギスギスしてるような雰囲気になってしまっているだけど。ここで文句を言いやしないけど、さ。周りの目もあるし。
まあ、あれで話が終わってくれているならそれで良いんだ。あとはもう最低限の関わりだけで済ませれば問題ない。
幸い外面を取り繕うくらいのメンタルは戻ってきているから、挨拶だけしてすれ違おう。それで良い。
「猪股くんさーぁ、多分これから
なにか思わせ振りな言葉に愛想笑いだけ返して、俺はいつものように教室へ向かう。大事な日常を守るために。
恙無く一日は終わり、風呂上がりの俺はベッドに転がっていた。否、転がされていた。
覆い被さるように密着しているのは、まだ湯上がりの温もりが残るホコホコの千夏先輩。
いつぞやの夏風邪引いた時のようだけれど、あの日とは決定的に違う事がある。千夏先輩は足を滑らせてなんかいない、はっきりと自分の意思で俺を押し倒した。そしてその身には何一つ纏うものがない、完全なるネイキッドフォーム。
……いや、いやいや。いやいやいやいや。なんだこれは。急展開過ぎやしないか。そりゃまあ、考えたことがないとは言わない。思ったより無防備でポンコツな千夏先輩に良からぬ欲求を抱いてしまって、良心の呵責から必死で腹筋に励んだりしている。
でもいや、まさか。こんな都合の良い事が実際に起きるとか、それこそ異常だ。
とにかく落ち着け、そして落ち着かせなければ。
そうは思えど、千夏先輩は丸裸なわけで。そしてそれが密着してるわけで。
これで動揺せず行動できたら、俺はきっと悟りを開けている。
「花恋の妹ちゃんから聞いたよ、大喜くんが私の事好きだって」
ただでさえ激しい鼓動は更に加速し、胸が裂けそうな程に高まってしまう。
伝わっていた、千夏先輩に。俺の本心が、そのまま。じゃあやはり菖蒲さんは、そうだったのか。そして昨日言っていたちーちゃんと言うのは、やっぱりそうなのか。
俺がたじろぎながらも納得している上で、千夏先輩は真っ直ぐに視線を向けて。
「それでね、言われたんだ。両想いだって分かったんだから、すぐにでも動かないとって。誰かが割り込んでくる前に、大喜くんを全部――奪っておきなさいって」
――とんでもない事を言い放った。
不味い、なんだか不味い。これはさすがに、不味すぎる。
今の千夏先輩は、明らかに正気じゃない。色んな意味で、おかしくなっている。
ああ、でも。それを指摘しようにも、俺の口は塞がれてしまった。千夏先輩の、唇で。
熱く柔らかなその感触は、抵抗の意思を奪うには十分すぎた。初めてのキスは、それくらいに蠱惑的で俺を蕩かしてしまう。
思考力自体が吸いとられていく、そんな激しいキスはどれ程続いただろう。
息が苦しくなり目の前が白くなり始めた頃になって、ようやく千夏先輩の顔が俺から離れる。
手も足も重く脱力し、指先一本動かない。なのに、でも。
身体の熱は一点に集まり、そこだけが硬く隆起していくのが分かった。
「ん、んー……。あぁ、そうか。男の子って、
千夏先輩の指になぞられ、血流は更に加速していく。ぎこちなくも優しい指の感触と、胸の奥から込み上げる罪悪感に後押しされ興奮は治まることを知らない。こんなことをさせてはいけない、でも気持ちいい。
そっと沿わせられた遠慮がちな手はなで回すように動き回り、俺を追い込んで止まらない。
声にならない呻きと肌の擦れる音と、そして時計が時を刻むその音色に包まれて。異常な夜が、更けていく。
のし掛かるその重さと、粘りけの強い水音。俺の上に座る先輩のその――オンナノコから滴る液体は俺の下腹部へ溢れ落ち、わずかな動きでさえ大袈裟な音をたて続ける。そして伝わってくる、薄い汗の匂いに混じったムッと来る
「えへへー……、大喜くんの熱いねえ……。火傷しそうだよ……」
すっかり締まりを無くし蕩けきった顔で、先輩は腰をグリグリと押し付けてくる。このまま先輩が腰を浮かせて少し後ろに下がれば、それで俺たちは繋がれる。全てに決着がつく、中途半端な関係がようやく終わる。
それはきっと望ましい事、願っていた事。
千夏先輩にとってもきっと、幸福な事。
……そうであると祈りながら、ただ身を任せる俺。
先端に感じた熱さが全体に広がって、何かを押し広げていく形容しづらい感覚が少し遅れてやって来た。千夏先輩の眉間に一瞬寄った皺は、でもすぐに溶けて消えた。その口からは止めどなく涎が溢れ、俺の顔を汚していく。でもそれさえ、幸福感を煽るだけ。
途方もない快感の中で、ふと気付いた。俺の先端が、何かに押し当たって止まったことに。柔らかく熱い、壁のようなものがそこにある感触。
「ぅ、あぁー……ぁ。入っ、た……ね……」
声に誘われるように向けた視線の先、俺達の結合部はピッタリと密着しあっていた。まるで元から一つだったかのように、隙間一つさえ見えない。
千夏先輩の中に、俺の全てが埋まった。そして俺は今、千夏先輩の一番奥に触れている。
それはもう、堪えられる限界を完全に越え尽くしていた。
「あ、あ、あ……っ」
それはどちらの声か、もう分からない。
分からないけれど、確かな事は一つある。
俺が今、――射精している事。
千夏先輩の膣内で精液を放っている、それがどういう事か。そんなの、考えるまでもない。その事実さえ押し潰す程に、気持ちが良い。そしてそれを助長するように、千夏先輩は幸せそうに呟いた。
「あー……、大喜くん…大好き……」
その一言は、俺の心を全て塗り替えて尚余りある。
どうなっても良い、どうなろうと良い。この人が、好きだから。
歪でメチャクチャだけど、それが良い。
流石に酷使しすぎたせいか、身体は疲労感で一杯なのに眠れる気がしない。後、息を吹き返して来た罪悪感のせいも少し。
先輩は幸せそうな顔で寝ているけれど、どうしたものだろうかな。
て言うかどうなるんだ、俺。この先不安すぎるわ、実際。
にしても俺の先輩によくもまあ余計なことばかり吹き込んでくれたもんだ、明日学校で菖蒲さんに会ったら色々言ってやらないと。まあ一応、礼の一つくらいはついでに言うけどさ。
まったく、あれこれ引っ掻き回しやがって。お前のせいで、俺たちの関係グチャグチャだよ。
まあ――良いか。
どうにかなるさ、多分きっと。俺たちなんだから。
今回の菖蒲ちゃんは多少良い子です。