※この作品はR-18です。

とある転生覚者の物語~覚者は白竜を継ぐ気がない&戦徒は主を連れ還りたい   作:狗狼

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 酔い潰れた覚者ふたりと、その保護者代わりのポーンの遣り取り。


 こちらのはだいぶん先(シーズン2)の話になり、2話目以降とは時系列が続いていません。
 また、文体やメガテン的な要素はおおよそこんな感じですというお試し話になります。

※ピクシブにも同じものが投稿してあります。


露払い
天敵


 コンコン、と扉を叩く音がする。

 そのとき室内では金髪碧眼の美丈夫がひとり台所に立ち、主のために拵えた料理の味見をしていた。

「ルキウス様、ご在室でしょうか?」

 主ではなく己の名が呼ばれ、意外そうな表情を浮かべた隆々たる体躯の美丈夫。手にしていた匙(さじ)を調理台に置くと、緩く波打つ豪奢な金糸を揺らめかせながら扉へと向かう。

 戸口にて室外の気配に敵意がないことを確認した美丈夫は、ゆるりと扉を押し開けた。

「〈覚者〉サマなら、不在だが? 〈戦徒(ポーン)〉であるオレに用とは、珍しいコトがあるもンだ」

「ええ、こちらの〈覚者〉様が……」

 くつりと愉しげな笑みを浮かべながら顔を覗かせた美丈夫とは対称的に、神官服を身に纏った女性はほとんど無表情に告げる。女性の顔は非常に整っており、美女というに相応しい容貌ではあるが、表情といえるものはなにも浮かんでいない。

「うちの〈覚者〉サマが? いったいナニを為出(しで)かしたっていうンで?」

 ふうと大仰な溜息を吐き、美丈夫は肩を竦めた。しかし対峙する美女は、端的に用件を告げるのみだ。それもそのはず、彼女は〈戦徒〉であるのだから。その立ち居振る舞いにはなんら問題ない。

「酒場にて、酔い潰れておられます。店主殿から引き取りに来てほしいとの言伝を承りました」

 美女の言葉に一瞬絶句しかかる美丈夫。流麗な眉が寄せられ、眉間に一筋、皺が刻まれる。

「……承った。だが、先に済ませにゃならン用がある。ちいっとばかしあとでも構やしないかね?」

「成るべく疾く、と」

「はァ……了解した」

 〈戦徒〉としては極正しい受け答えの美女へ興味を失った美丈夫は、ことさら大仰に嘆息して承諾する。言伝を済ませた美女は簡素に頭を垂れると部屋から立ち去った。

 その背を見送りながら、美丈夫は眉を顰(ひそ)める。

「ナンで〈戦徒〉って奴ァ、ああも面白味のないのばかりなのかねェ……」

 そう呟く美丈夫も〈戦徒〉だ。ただし、少々規格外ではあるが。

 

 〈戦徒〉とは──異界渡りとも呼ばれる人為らざる者。〈覚者〉に付き従いて、闘う者。自発的な意志や感情は持たず、〈戦徒〉として契約を交わした主に付き従い、献身的に働く忠実なる従者。〈戦徒〉にとって、〈覚者〉のために己の総てを捧げることは至上の歓びであり、それが〈戦徒〉にとっての生きる目的でもあった。

 故に、大抵の〈戦徒〉は己の仕える〈覚者〉以外にはさしたる興味を持たない。神官服を身に纏った美女は主である〈覚者〉を喪い、生きる目的を喪った〈戦徒〉として、次の主が現れるまで神殿で従事しているのだろう。

 美丈夫はふと考えてみる。

 もし主を喪ったとして、先の彼女のように神殿へと従事しながら新たな主に喚ばれるまで待つのと、彷徨(さまよ)える〈戦徒〉として主を求めて流離(さすら)うのとでは、どちらが幸せであろうか。

 そもそも美丈夫が〈戦徒〉という不自由な待遇を無条件に受け入れたことには理由がある。自身の眷属たる青年を元の世界に連れ還るという目的のためであれば、本来の能力を発揮出来ない上に主従が入れ替わるという己の艱難辛苦などは幾らでも受け入れよう。

 そんな美丈夫にとって、一般的な〈戦徒〉の行く末というものは選択肢にはなり得ない。

 元来、好奇心旺盛な性質を持つ美丈夫は、〈戦徒〉としてこの世界──レスタニアへと召喚されても、本質的な部分に変わりはなかった。比類なき好奇心の塊であり、皮肉屋、そして道化。そのような本質を持っているが故に、他の〈戦徒〉に比べ豊かな感情や、今生を愉しむ余裕を持っていた。

 ただし総ては己の主たる〈覚者〉が健在であってのことだ。その〈覚者〉がなにやら為出かした……らしい。〈戦徒〉の為出かしたことの責任は〈覚者〉が取らねばならないが、その逆はない。だが、迎えにはゆかねばならないだろう。

 やれやれと大仰に肩を竦めた美丈夫は、主の身柄を引き取るための身支度を整えた。

 

 

 

 白竜神殿レーゼの酒場は宿場区にあり、〈新人覚者〉である美丈夫の主に宛てがわれた寄宿舎とはそれほど離れていない。しかし部屋をあとにした美丈夫の足取りはさりとて急ぐでもない。もちろん、平素のように通りすがりに出逢う人々を冷やかすことも忘れない。悠然と歩みを進めるさまは、とても急な呼び出しを受けているようには見えなかった。

 結局、使者の訪いから一刻以上を経て、美丈夫はようやく酒場へと辿り着く。

 酒場のカウンター奥は海に面したオープンテラスになっており、催事用の舞台(ステージ)まである。屋外よりも屋内席のほうが少ないのだが、ぱっと見室内に主の姿は見当たらない。ならば海に面した席だろうと当たりを付ける美丈夫は、こちらを見遣って軽く手を挙げる男に気付く。〈覚者〉でありながら酒場に入り浸り、よろず屋を営む〝放蕩覚者〟の字名を持つファビオである。知った顔を見付けた美丈夫は、気さくに声を掛けた。

「よォ、ファビオの旦那。うちの〈覚者〉サマが、こちらでご厄介になってると聞いたンだが、どこにいるかご存じないかね?」

 ファビオは美丈夫の主とは職を同じにする兄貴分で、その二つ名から窺える通りの軽薄な男である。有事の際には白竜の下へ馳せ参じる積りだとは口にしているが、世界の行く末よりも〈覚者〉自身の幸せとはなにかと探究している辺り規格外な〈覚者〉といえる。美丈夫とは毛色の違う者同士通ずるものがあり、主よりも美丈夫のほうに馬が合うといっても過言ではなかった。

「ああ、アルのヤツなら上にいるぜ。さっさと連れ帰ってやりな」

「ふむ」

 放蕩覚者は苦笑いを浮かべると、顎をしゃくってカウンターの上を指し示す。美丈夫はその視線の先にある二階席を目指し、カウンター脇の階段を上がる。

 歩を進めるうち、美丈夫の形の良い太眉は徐々に吊り上がってゆく。終いには呆れたような溜め息が漏れ出すのを隠そうともしなくなった。

 酒場に入ったときには気付かなかったが、階段の途中から床が酷いことになっている。階段に転がっているのは空になった酒瓶。上に行けば行くほど瓶の数は増え、置き方も乱雑だ。

 その転がった酒瓶の中央に、美丈夫の仕える〈覚者〉がいた。

 

 〈覚者〉とは──竜に心臓を捧げし不老の者。〈戦徒〉を従え、世界を護る者。しかし〈戦徒〉とは違い、確固たる己の信念を持ちて、竜の代わりに闘う世界の護り手である。

 レスタニアはひとりの〈覚者〉に世界を託すには、なにもかもが足りない状態にまで追い込まれていた。世界の守護者たる白竜は、亀裂の入ったレスタニアに安寧をもたらすため、黄金竜と戦い瀕死となる。その際、〈理(ことわり)〉を捻じ曲げ自身の周りにいた人々を〈覚者〉へと変えた。〈覚者〉は白竜の手足となって世を縦横無尽に駆け巡り、世界を正してゆく存在だ。〈理〉を捻じ曲げたことで白竜はさらに力を削がれ瀕死に近い状態にまで陥った。しかし、多くの〈覚者〉が力を付ければ、その分だけ早く白竜も力を取り戻せる。

 白竜の行いはカミがヒトの良心というものに我が身を託したともいえる、大胆な決断だった。白竜に力が戻れば、その力は元の通りひとりの〈覚者〉に注がれる。後継者となった〈覚者〉が白竜を継ぐことで、世界は正される。

 現在レスタニアに存在する数多(あまた)の〈覚者〉の中で、世界を正すことに意欲的なひとりが美丈夫の主である。レスタニア以前の記憶を持たないため伝えてはいないが、美丈夫は主が「白竜を継ぐ」などと云い出さねば良いと杞憂していた。人間の一生程度であれば異世界で過ごすことを受け入れられても、流石に《異界の神の後継者になる》などという愚行は受け入れられない。しかし〈戦徒〉の器に縛り付けられた美丈夫には、青年が忘れている情報を伝えることは禁じられていた。

 

 後片付けのため、給仕の娘がせわしなく動いているテーブルの傍らで、酔い潰れているふたりの若き〈覚者〉。

 ひとりは銀髪で細身の青年。テーブルへ俯せに突っ伏しており、その面は窺えない。暗緑と藍を基調にした衣は大して鎧われておらず、手足に至っては手甲と脚絆のみと、いやに軽装だ。草木を踏みしだく音が大きすぎるのを厭(いと)い、靴も履いていない。両腰に吊るされた双短剣とベルトに括り付けられたロープは、その青年が〈シーカー〉と呼ばれる斥候や諜報活動、暗殺などに携わる軽戦士であることを物語っている。

 もうひとり、肌の色は良くないが体躯に恵まれた黒髪の男。こちらはスツールにどっかと腰を下ろしているが、この場に積まれた酒瓶の半数の酒精を摂取しているはずだ。その証拠に男の赤と銀の虹彩異色症(ヘテロクロミア)の瞳がどこを見ているのか定かではない。腰には剣ではなくロッドを佩き、愛用の大楯をスツールのひとつに凭れ掛けさせている。大柄な男自身を覆い隠せるほど大きな盾を扱う職といえば〈シールドセージ〉と呼ばれる重戦士であろうということは一目瞭然である。

 このふたり、縁あって同じ氏族(クラン)に所属し、共に任務をこなす間柄である。任務を離れれば酒を酌み交わす程度に仲良きことは喜(よろこばし)きことではあるが、周囲の者に迷惑を掛けるのはよろしくない。

 それは酒場の床と本人たちの様子を見れば一目瞭然だ。銀髪の青年はあからさまに酔い潰れているし、黒髪の青年にしても大差はない。話し掛ければ言葉は返ってくるだろうが、翌朝それを確認した処で記憶には残っていないのだろうとは推して知るべし。

 美丈夫はふたりのうち、銀髪の青年へと歩み寄る。これこそが美丈夫の主である。

 青年はすうすうと健やかな寝息を立てており、その銀色の髪は陽光を反射して煌めいている。と、いえば聞こえは良いが、そこら中に空の酒瓶を生成した、ただの酔っぱらいである。

「お代は?」

 はァ〜と大仰な溜め息を吐きながら、美丈夫は傍らでことの成り行きを見守っている店員へと確認を取る。うら若き給仕の娘は元気良く答えた。

「ちゃぁんと頂いているので、大丈夫で〜す!」

「そいつァ良かった。そちらの〈覚者〉サマも、保護者は来なさるンでしょうな」

 自身が仕える相手ではないが、黒髪の青年も〈覚者〉である。主の知己であることから、一応気を遣って確認する。

「う~ん? 連絡は行ってるはずですから、そろそろお迎えが来るんじゃないですかね」

「了解でさァ。じゃ、オレはうちの〈覚者〉サマを連れ帰りますぜ」

 美丈夫は致し方なしとばかりに億劫そうに銀髪の青年へと歩み寄る。

「ほら、〈覚者〉サマ。起きてくださいよ」

 テーブルへと突っ伏した青年の身体は、体躯に恵まれた美丈夫と比べればかなり細い。野生の狼を思わせるしなやかで張りのある筋肉が付いてはいるが、それこそ華奢と表現しても差し支えない。とはいえ戦士として鍛えた肉体も、ここまで泥酔していればなんの役にも立たない。

 肩を揺さぶられても目醒めそうにないほど泥酔している青年の姿に、美丈夫はやれやれと肩を竦める。

「しようがねェなァ……」

 ばりばりと髪を掻き呆れてはいるが、その声音には己の主に対する慈愛も込められている。美丈夫は青年の華奢な身体をスツールから引き剥がし、ひょいと肩に担ぎ上げる。体格的に美丈夫が優ってはいても、意識のない人間の身体を扱うのは大変だ。ましてや細身とはいえ、相手は確りと鍛え上げられた戦士の肉体を持っている。それをなんの苦もなく一息でやってのける美丈夫の身体能力も見事といえた。

「ん……ぅ……」

 美丈夫の肩の上で俵担ぎにされ腹を圧迫された青年は、小さな呻き声を上げるがそれでも覚醒することはない。主の様子を横目で見遣り、吐き戻す気配はないと判断した美丈夫は、改めて給仕の娘に声を掛ける。

「そンじゃあ申しワケねェが、後片付けは頼みますぜ」

「仕事ですから、お任せください! またのお越しを~」

 にこにこと明るく笑みながら美丈夫たちを見送る店員に向け、人当たりの良い笑みを浮かべてひらひらと手を振り返す。

 その視線を階下に向けた途端、豪奢な金の髪の下で形の良い太眉がひくりと跳ね上がった。

 美丈夫の視線の先、ゆうるりと階段を上がってくるのは、厳めしい顔をした短髪の偉丈夫。顔貌は美術的価値のある彫刻のように整っているが、彫像のような印象を受けるのは美しさよりも厳めしさが際立つからだ。体躯は美丈夫と大差のない巨漢だが、肉付きに関しては偉丈夫のほうがややスリムか。美丈夫はどっしりとした筋肉に鎧われ重戦士向きの体格ではあるが、偉丈夫は長槍などを振り回し攻撃をいなしながら闘うことに向いていそうな肉の付き方だ。

 美丈夫は立ち止まり、口端の歪みを皮肉げなものへと変えた。

「ほゥ……これはこれは。誰かと思いや、頭の硬い〈使徒〉どもの長じゃねェか」

 〈戦徒〉ではなく〈使徒〉。ここレスタニアに於(お)いては、少々耳慣れぬ言葉である。

 偉丈夫は目の前に立つ美丈夫を上から下まで見回すも、記憶になしと表情を変えることもない。

「我に貴公のような知己はおらぬな。失礼する」

 〈戦徒〉らしく感情のない物云いの偉丈夫ではあるが、その言葉は表情と同じく厳めしく、横柄にも取れる。形ばかりの礼をした偉丈夫は、階段を上がるとそのまま奥のテーブルを目指した。

「はッ、相変わらずで。オマエら〈使徒〉ってヤツあ、いつだってそうだ」

 偉丈夫のすれ違いざま、美丈夫は呆れたような──否、侮蔑を込めた言葉を投げ掛ける。偉丈夫は足を止め、美丈夫の肩に担がれたままの意識のない青年を検分した。そこでようやく合点がいったとばかりに小さく頷く偉丈夫。

「ふむ、得心した。貴様、〈黄昏〉の字名持つ〈道化〉か。その銀の髪の〈覚者〉、朧げだが記憶にある。往古のことではあるが……」

 この世界では聞き慣れぬ単語を交えた言葉を交わす、ふたりの〈戦徒〉。漂白の民とされる〈戦徒〉同士の会話としてはかなり異端といえるだろう。ひとりは感情豊か、そしてもうひとりは無表情。軽薄で享楽的な美丈夫と横柄で偏屈な偉丈夫。二者はどこまでいっても相容れない性質の持ち主であった。

「おっと、それ以上は野暮ってモンだろ? いまはあンときとは違うンだ」

 偉丈夫の言葉に、さっきまでとは打って変わって愉しげな笑みを浮かべる美丈夫。人差し指を立てて自身の口許に運び、茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。これが妙齢の女性であれば可愛らしいことこの上ないのだが、幾ら見目麗しいとはいえ、身長二メートルを超える筋骨隆々としたいい歳の男である。しかし偉丈夫が動じた様子は、全く見受けられない。

 動じない偉丈夫に対し、大仰に肩を竦める美丈夫。かと思うと、にいっと口角が吊り上がり、いままでになく悪辣な笑みを浮かべた。

「……もっとも? アンタが〈暁の弟君〉とでも呼ばれたい、ってンなら話は別だがな」

 そしてとっておきとばかりの言葉を放つ。

 途端、周囲の空気が一気に下がった。とはいえそれを知覚したのは美丈夫だけで、給仕の娘は傍で繰り広げられている〈戦徒〉同士の会話が耳に入っている様子はない。そこここに撒き散らかされた酒瓶をせっせと片付けていた。凍り付いた空気を感じとっているはずの美丈夫はどこ吹く風。あくまで他人事のように愉しげに、彫像と化した偉丈夫を眺めている。

 果たして、どの言葉が偉丈夫の琴線に引っ掛かったのであろうか。偉丈夫の眉間には薄らと皺が刻まれていた。指摘されねば本人も気付かないほどに、本当に薄らと。

 その一部始終を目の当たりにしていた美丈夫は、肩を揺らして弾けたように笑う。

「クックック……」

 美丈夫の笑い声が耳に届き、偉丈夫は気を取り直す。いま遣らねばならぬのは主の身柄を引き取り、無事、部屋へと送り届けることだ。

 美丈夫を無視した偉丈夫は、当初の目的通りに奥のテーブルへ辿り着く。そのまま己が主の傍らに膝を付き、スツールに腰掛けたまま真正面を見ている男と目の高さを合わせた。

「主、起きよ。立てるか、主?」

「んー? おう……ミヒャルケ。もちろん」

 男は自身の〈戦徒〉の声にスツールから腰を上げようとする。淀みない言葉を返してはいるのだが、一向に立ち上がる気配がない。隣のスツールに自身の武器である大楯を立て掛けていることも、すっかり忘れ去っている様子だ。

 偉丈夫は主の盾を自分が背負うことにした。

「ん? なんだ、今日はお前がセージをやってくれるのか?」

「そうではない。主は既に足腰立たぬ有様のようだ。責任を持って、我が部屋まで運ぶこととしよう」

「お、そうか肩を貸してくれるのか。それは助かる」

 にへらと笑みを浮かべた男は、スツールから引き上げて貰う積もりで〈戦徒〉へ向け手を差し出す。その仕種も表情も、体躯に似合わず酔うと幼く見える。傍らに控える〈戦徒〉に負けず劣らず厳つい容姿ではあるが、実際は見目ほど歳を食っている訳ではないのだろう。

 偉丈夫は緩く屈んだ姿勢でその手を取ると自身の肩へと回し、主の身体を支えて立ち上がる。かのように思えたが、逆の手を素早く男の膝下へと捻り込んだ。肩を貸したお陰で男の尻はスツールから僅かに浮いており、膝下には腕を差し込むだけの充分な隙間が出来ていた。

「はっ!」

 力強い掛け声と同時に上体を起こし、膝のバネを使って一息に立ち上がる偉丈夫。すっくと仁王立ちとなった偉丈夫の両腕には、身長一九〇センチを超える大男が抱きかかえられていた。いわゆる、姫抱きというやつである。

「んぉ?」

「あらあらあらあらぁ〜、お姫様抱っこですねぇ。うふふふふふ~」

 男が驚きに声を上げると、それに釣られて顔を上げた給仕の娘が愉しげに口にする。偉丈夫に比べれば多少背が低いというだけで、男は男でがっしりとした筋肉に覆われた戦士なのだ。幾ら多量の酒精を摂り込んでいるとはいえ、このような目に遭うことなど滅多にない。いや、滅多に処か初めての経験である。

「……ミヒャルケ、降ろさないか」

 給仕の娘に突っ込まれ、その言葉の内容が自身の境遇に結びついたのか、男の血の気の引いたような顔にほんの少し赤みが差す。しかし偉丈夫は頑として聞き入れない。

「否、喩え命令といえどもそれは聞けぬ。しかと捕まられよ、主。ひとりでは立つことすらままならぬのだ。それでは足許も覚束なかろう。それにこちらのほうが合理的である」

「あー、うん。そうか……それじゃ仕方ない」

 豪胆な〈戦徒〉と小胆な〈覚者〉。主である〈覚者〉が従である〈戦徒〉に云い含められることはしょっちゅうだ。今回も頑固な〈戦徒〉には抗えず、されるがままに偉丈夫の腕の中で身を縮こまらせていた。流石に自分の体躯は運び難かろうと思っての、男なりの気遣いである。

 大事な主を抱えた偉丈夫は、主に負担を掛けぬよう丁寧に歩を進め、出口を目指す。不意に視線を感じて偉丈夫は足を止める。

「まだ、なにか?」

 先にこの場をあとにしたはずの美丈夫が、未だ階段上からこちらを見ていた。形ばかりの問い掛けに、美丈夫は軽く肩を竦めて笑った。

「いや、こりゃあ失礼。どうやらそちらの〈覚者〉サマとうちの〈覚者〉サマは、懇意にしてるようじゃねェですか。だもんで、そちらの〈覚者〉サマにも確りご挨拶をしておこうかと。そんなワケでコンゴトモトロシクお願いしますよ、イーヴォサマ」

 偉丈夫にではなく、その両腕に抱きかかえられた〈覚者〉に向けて右手を挙げ、掌に刻まれた〈戦徒〉の印を見せる美丈夫。

「ア、ハイ。アルさんにはいつもお世話になってます」

 体躯に似合わず生真面目な男は、偉丈夫の腕の中で居住まいを正して答える。酔っているとはいえ、〈戦徒〉相手にそんな態度を取る〈覚者〉というのも珍しい。

「うちの〈覚者〉サマが、ご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんな。後ほどちゃんと謝罪するよう云っておきますンで、ご勘弁を」

「いや、そんな! 謝罪なんて、必要ないかと」

 男をうべく、あからさまなにやにや笑いを浮かべる美丈夫。それに対し男は恐縮しているように慌てて返す。〈戦徒〉に対し平身低頭する〈覚者〉というのもだいぶん規格外である。

「その者に頭を下げる必要などない。ゆくぞ、主」

 見兼ねた偉丈夫が会話を遮り、ずしずしと歩き出す。その主はまだなにか云いたげな表情を浮かべるが、偉丈夫は主を睨め付けその口を封じる。

 もう一組の〈覚者〉と〈戦徒〉が階下へ消えるのを見送った美丈夫は、肩に担いだ主の頬を指先で撫でながら、くつくつと愉しげな笑みを浮かべた。意識のない青年はむずがるような声を出す。

「ん……」

「うちの薄情な〈覚者〉サマ以外にも、揶揄いがいのありそうなオモチャが見付かったのは僥倖だ」

 この世界にも一癖も二癖ある人間は多く、〈戦徒〉という至極窮屈な器に縛り付けられてはいるが、今生をそれなりに愉しめている美丈夫であった。

 




 ポンさんズの台詞の遣り取りと見た目で、なんとなく誰なのか解る方には「ああ、あの悪魔だな」と思っていただければそれで。
 覚者は双方オリキャラとなります。覚者・戦徒共にドグマの世界観を壊さない程度に能力制限させてます。
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