※この作品はR-18です。

とある転生覚者の物語~覚者は白竜を継ぐ気がない&戦徒は主を連れ還りたい   作:狗狼

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 フィンダムのとある辺境の村にて、「狂侵ベヘモットを倒してほしい」との依頼を受けることになる〈覚者〉アルフォルド。
 依頼主にはなにか秘密がありそうだが、〈竜〉となった〈覚者〉を〈円環の理〉に戻すことも、いまを生きる〈覚者〉の役割と依頼を受けることにする。

 シーズン2のお話です。うちの覚ポンコンビの他にもうワンペア覚ポンが出てきます。


シーズン2 フィンダム篇
狂侵(第一話)[※]


 誰かが身体に触れている。

 肩下まで伸びた銀の髪の毛先を弄ばれている。その動きは、膚を弄(まさぐ)りながらなにかを探しているようにも思える。

 青年は「また美丈夫か」と思い、頬に触れてくるものを見もせずに手で払った。

「ん、ぅ……ルキウス。うっとう、し……」

《それは我が名ではないな》

 重々しく響く、人為らざる者の声。それを耳にした途端、青年はぱっと飛び起きた。

 まず視界に入ったのは、大地の色をした巨大な胴体。べへモットと呼ばれる牙竜のものだ。

(喋ったのは……この〈竜〉?)

 牙竜の身体からは闇色の触手が生え、うねうねと蠢いている。その触手は青年の前にいる〈竜〉が、狂侵種と呼ばれる魔界の胞子に侵された凶暴な個体であることを示していた。

 しかし、その牙竜の瞳には知性の色が窺える。青年は畏る畏る問い掛けた。

「……貴方の、声か?」

《いかにも、我だ》

 目の前にいるのはフィンダム大陸特有の病でもある胞子に侵された侵食種のはずだ。しかし、その牙竜とは会話が成り立った。

「貴方は何者だ……」

 〈竜〉に気が付かれぬよう慎重に目線だけを動かして、辺りの様子を窺いながら、青年が問う。どうやらここはフィンダム大陸によくある洞穴のようだ。洞窟のあちらこちらに胞子嚢が生えているのが目に入る。いまは閉じたままのようだが、いつ活性化するか解らない胞子嚢に囲まれており、この場への長居は危険だ。

 何故、ここにいるのか。青年は自分の記憶を辿る。この牙竜と遭遇し、闘いが始まったことは憶えている。強力な尾の一撃を喰らい、吹き飛ばされたことも。

(あの一撃で、気を失ったのか……)

 そこから先は予想に過ぎないが、牙竜は戦闘中に気絶した青年を拉致し、この洞窟へ連れてきたということだろう。

《……》

 牙竜は緩く頭を振り、悩むような素振りを見せる。その様子から窺えるのは迷い、戸惑い、そして畏れの感情。この〈竜〉は成れ果てる前のことは憶えていないようだ。

《……解らぬ》

 レスタニアに於ける〈竜〉とは、〈覚者〉の成れの果てだ。志半ばに斃れた〈覚者〉がその心残りを晴らすため、〈竜〉と化身し現世に残る場合がある。牙竜べへモットへと変化するのは元〈ウォリアー〉であった〈覚者〉だという。未練を成就させた〈竜〉は、人間としてふたたび〈円環の理〉へ戻ることが出来るが、未練を残したままの〈竜〉はいずれ狂気に囚われ暴走する。そのような〈竜〉は速やかにあるべき場所へと戻してやる必要がある。

 フィンダム大陸を守護する精霊竜ウィルミアは、レスタニアの守護者である白竜とは違い、ひとりの〈覚者〉しか持たない。そしてその〈覚者〉はセシリーであり、〈覚者〉の交代が頻繁に行われているとは訊いていない。となれば、このフィンダム大陸にいる〈竜〉の多くは、レスタニアへ戻ることの出来なかった白竜の〈覚者〉であると考えられよう。

 我を忘れた狂える〈竜〉を討伐し、その魂を〈円環の理〉へと戻すことは、白竜の〈覚者〉の使命のひとつともいえた。

(いまここで、独りでこの〈竜〉を相手にするのは……無理、だな)

 そもそも今回の〈竜〉討伐には三人で挑んでいたのだ。共に闘っていた美丈夫たちは無事だろうか。青年の〈戦徒〉である美丈夫は〈シールドセージ〉だ。よほどのことがなければ、自分の身は自分で護り切るだろう。もうひとりの同行者に関しては未知数だが、自ら前衛を買って出たのだから、己の身くらいはどうとでもなろう。

 今回青年は〈シーカー〉ではなく、支援を担う〈エレメントアーチャー〉の役割を任されていた。しかし、敵視を集める〈セージ〉よりも、自分に注目(ヘイト)が来るとは思っていなかった。しかも、この〈竜〉は気絶した自分へ追撃することなく拉致したのである。

 少し状況を整理したほうが良さそうだ。意思があるのならば、〈竜〉自身からも情報が引き出せるだろう。

 青年はもう少し様子を見ることにした。

 

 

 

 ことは〈辺境の礎〉すら存在しない、フィンダム大陸山間部の小さな村に立ち寄った処から始まる。

「もし。あなた様は〈覚者〉ではありませんか? 〈覚者〉で在らせられるのならば、お願いしたいことがございます」

 酒場で小休止を取ることに決め、料理を注文した処で、フードを目深に被って顔を隠した男に声を掛けられた。男は巨躯で、フードの下には窮屈そうに逞しい体躯が収められていたが、背には魔道弓を背負っていた。そのことから男が〈エレメントアーチャー〉と呼ばれる魔法の担い手であり、フィンダムの民ではないことも、そのフードの形から予想が付いた。

 フィンダムの民は頭に角を持っている。角の形は各々違えど、フィンダムの民が薄手のフードを被れば角があることは解る。しかし目の前の人物のフードの形からは、そういったものの不自然な凹凸は見られない。

 白竜の〈覚者〉として、フィンダムの異変を調べていた青年一行ではあるが、民草を悩ます凶事も解決すべき問題のひとつだ。フィンダムにて異変を探る〈覚者〉は青年だけではない。喩え些事であろうとも、〈覚者〉が必要ありと感じれば、目の前の事件を解決するために行動することには、なんら問題なかった。

「そうだが、貴方は?」

「リシャールと申します。話だけでも、訊いてはいただけないでしょうか」

 男は深く頭を下げるが、顔を見せようとはしない。

「ヒトにモノを頼むンなら、せめて顔を晒す。ってのが礼儀じゃねェですか? ねェ、〈覚者〉サマ」

 そこへ美丈夫が止める間もなく口を挟む。

「これは失礼致しました。魔物を仕留め損ね、酷い怪我を負ってしまいまして……」

 男がフードを外すとその下からは幾重にも包帯を巻かれた顔が現れる。右目は当て布で押さえられ、完全に包帯で覆われている。その隙間から覗く左の瞳は柔らかな榛色。肩下まで伸びた髪は黒と灰が混じり合い、馬でいう処の芦毛に近い不思議な風合いを持っていた。とはいえ単純に白髪混じりという訳ではなさそうだ。男はそれほど歳を食っているようには思えない。

「傷だらけの顔を晒すのもなんです。フードを被ったままでも構いませんでしょうか?」

 どちらにせよ注視されるのであれば、周囲の視線を遮ることが出来るほうが、まだ男の気も休まるだろう。そう思い、青年は同意する。

「ああ、構わない。お前も異存はないな?」

 警戒心が強い。というよりも青年に近付く者に対して、毛を逆立てる犬のように威嚇する美丈夫を牽制する。完全に納得した訳ではないだろうが、素直に訊き入れる美丈夫。

「〈覚者〉サマの仰せのままに」

「それとも、場所を変えたほうが良いだろうか?」

 頭を動かさず目線だけで辺りを確認するが、自分たちに注目している人間の気配はない。

「いえ、それには及びません。それほど込み入った話でもありませんので」

「では、このままで失礼する」

「お食事中に申し訳ないです。お二方に一杯づつエールを」

 そうやって同席することになった男の口からは、とある〈狂竜〉の話が飛び出した。

 

「あの男、ポーンですぜ」

 部屋に戻ると美丈夫は扉に寄り掛かり、外の気配を探りながら口にする。部屋の中央で振り返った青年は、なにやら思案顔だ。

「ポーンにしては、挙動不審だったけどな……。俺の顔を見るのを避けてた」

 〈戦徒〉は〈覚者〉に付き従う者。〈戦徒〉が単独で行動している場合は、主である〈覚者〉とはぐれたか、命じられたか、それとも失ったか。〈戦徒〉が単独でいる原因はいくつか考えられるが、〈覚者〉を避ける〈戦徒〉というのは珍しい。〈戦徒〉とは主を求める者だからだ。

 また、青年はリシャールという男はただの〈戦徒〉にしては、色々と知りすぎていると感じた。それに一般的な〈戦徒〉は自身の感情を誤魔化したりなどの高度な感情表現は出来ない。あの男には、なにか普通でない事情というものが、複数絡み合っていそうだ。

 考え込みながら、ふと美丈夫の顔を凝視(みつ)めてしまう青年に、美丈夫が唇を尖らせる。

「ナニか云いたそうですな、〈覚者〉サマ」

「お前が普通じゃないから、なにをもって一般的な〈戦徒〉と云えば良いのか解らなくてな……」

 困ったような曖昧な笑みを浮かべて立ち竦む青年。美丈夫はベッドへ歩み寄り、荷を整理しながら肩を竦める。

「まあ、そう云われちゃあ返す言葉もないンですがね。とにもかくにも、アレが人間じゃあないのは確かなンで。……重々お気を付けくだせえよ」

「解った。に、しても〈狂竜〉か……由縁ある者からちゃんとした依頼を受けるのは初めてだな」

 エリアマスターから〈竜〉討伐の依頼を受けることはあれど、討伐対象である〈竜〉に縁を持つ者から直接の依頼を受けることは少ない。

 

「この村から離れた山の奥に、狂竜べへモットが棲み付いています。その〈竜〉は、私の主の仇なのです。〈覚者〉よ、どうか〈狂竜〉を斃すためのお力をお貸しください」

 

 リシャールと名乗った推定〈戦徒〉の男は、頭を下げてそう云った。一晩考えさせてくれと告げ、宿の部屋に戻った青年と美丈夫は、この依頼をどうするか話し合っているという訳だ。

「〈竜〉となった〈覚者〉の魂を〈円環の理〉に戻すのも、また〈覚者〉の役目だ。俺は、この依頼を引き受けること自体は構わない。……が、お前あからさまに嫌がってるだろ……」

 青年がベッドのひとつに腰を下ろし、ジト目で美丈夫を見遣る。美丈夫は不満を隠さず不貞腐れている。

「そりゃあオレは色目を使う男なンざ、〈覚者〉サマに近付けたかねェですよ」

「色目ってのは違うだろ、あれは」

 足を組み顎に手を当て首を捻る青年。

 リシャールは話の間中、青年に無遠慮な視線を投げ掛けてきた。視線に気付いた青年が顔を向ければ、リシャールが慌てたように目を逸らすのである。致し方なしに、その後は終始気付かぬ振りで通したが、リシャールの視線は色目というよりも、驚きを隠そうとして失敗しているように感じられた。しかし青年はリシャール自身に見憶えがない。

 過去、自分が手掛けた仕事で、人の恨みを買うものは多数あれど、身元が割れるようなずさんな行動はしていない。それに、〈覚者〉となる以前の話であれば、依頼主、被害者だけでなくその身内ももはや生きてはいまい。

 とはいえ本当にリシャールが〈戦徒〉であるのなら、青年が〈覚者〉になる以前に出逢っている可能性はある。〈戦徒〉も〈覚者〉と同じ、不老の存在なのだから。

「確か、隣の部屋にいやがるンでしたな」

 美丈夫は思案に暮れる青年の隣に腰を下ろすと手を取り、まずは手袋を脱がせに掛かる。

 自分自身を思い返して変化したことといえば、美丈夫を拒まなくなったこと。そして、美丈夫に云われるまま髪を伸ばしたことくらいだ。結局肩下まで伸びた髪は、毎朝美丈夫の手で梳かれ、ハーフアップに結い上げられている。

 ふと、いまよりも髪が長かった幼少期のことを思い出すが、リシャールが〈戦徒〉だとしても〈覚者〉になる前の幼い自分のことなど知る訳はあるまい。

「知っててヤろうとするのか……」

 ジト目で口にするが美丈夫が嫉妬深いのはいつものことだ。それが外に向かうのであれば困りはするが、自分に向けられている間は問題ない。自分が受け止めてやれば良いだけだ。

 美丈夫が胸許に手を滑らせ、胸当ての留め具を丁寧に外してゆくのを青年が拒むことはない。呆れながらも鎧を外しやすいよう、青年は美丈夫の動きに合わせて腕や頭を動かしてやる。身体から外された鎧は邪魔にならぬように床へと置かれ、首許を覆う襟巻きはしゅるりと引き抜かれて、鎧の上に落とされる。

「アンタがオレのモンだって、確り示しておきてェですし」

 青年をベッドに押し倒した美丈夫は、上から覆い被さりながら口付けてくる。受け入れやすいように顔を傾けた青年が、薄く唇を開いて肉厚の舌を口腔に迎え入れる。

「んッ……はっ、ぁ……ンっ」

 口付けに頬は上気し、濡れた吐息が艶を帯びてゆく。

 美丈夫が青年の股間に手を伸ばし、陰茎の形をなぞる。股間のモノは緩く形を変えているが、反応を示すのはそこまで。美丈夫と身体を重ねるようになり、一年以上が経つ。いまだ性行為の最中に精を放つことはなく、青年の性的不能に著しい変化は見られなかった。

 それでも、美丈夫は青年を見限らない。

「何度云わせる気だ? お前が俺のモノなんだろ」

「そうでしたね。でも、〈覚者〉サマはご自分からシたいとは云ってくださらねェでしょう?」

 男として達(い)くことの出来ない自分の肉体が青年の負い目だ。どんなに欲していても、自ら求めることはどうしても出来なかった。美丈夫以外の他の人間に、自分の弱みを見せることはしたくない。一時の快楽を求めて、魔物を相手にすることも、もうやめた。

「明日に響かせるなよ……」

 いま、青年が情を交わすことが出来る相手は、自身の〈戦徒〉である美丈夫しかいないのだ。

「だから、〈覚者〉サマはよっぽどのコトでもなけりゃあ、オレを拒めない」

 美丈夫は耳許に顔を寄せ、熱っぽく甘やかに囁く。それに対し青年はなにも答えず、美丈夫のローブへと手を伸ばし、肩や胴を覆う金属鎧を外してゆく。〈セージ〉の鎧は戦士のものとは違い、衝撃を受け止めるため厚手の布地を使い、詰め物も多い。青年は自分が扱うことのない鎧を淀みなく脱がせられる程度に、美丈夫の身体へと触れ慣れていた。

「いちいち、煩ぇよ……」

 自ら云い出せないのも、拒めないのも今更だ。図星を指され不貞腐れる青年だが、美丈夫の冷やかしに機嫌を損ねることもない。一年に渡る遣り取りを経て、美丈夫は絶対に自分を突き放さないと信じて疑わなくなった。その証として自分の意思を示すため、言葉にせずとも行動で現すようになったのだ。いまも積極的に美丈夫の服を脱がせに掛かっている。

 お互いが、相手の衣類を剥ぎ取るように手を動かしてゆく。

 青年の衣類を総て脱がし終えた美丈夫は、荷物から小瓶を取り出すと蓋を開け、自身の指先に塗り付けた。中身は美丈夫が作成したオリジナルのジェル状回復薬だ。クラフトの隙間時間を利用して、青年との性技用に作成したものである。初めて使ってみせたときには呆れていた青年だが、射精出来ない自分を相手にしては致し方あるまいとすぐに受け入れた。性急にことを進めたいときに、美丈夫はこの品を使うのである。

「最近ご無沙汰でしたからね。そろそろ、オレが欲しくなってきてるでしょう? 違いますか、〈覚者〉サマ」

 ジェル状の薬をたっぷりと塗り付けた指先を青年の後孔に忍ばせ、窄まった襞を掻き分けるようにして、指先を埋めてゆく。

「ぁ゛……ン゛、んゔッ……」

 ジェルの滑りを借りてはいるが、無遠慮に押し入ってくる指の動きに、漏れる青年の喘ぎは苦しげだ。顔は上気しているが、ぐっと奥まで指を突き込まれた青年の眉根は、きつく寄せられている。それでも、青年は美丈夫の動きに呼吸を合わせて積極的に括約筋を動かし、太い指を呑み込んでゆく。

「はっ! ……ああ、ッあ……あン! ンっあ、ふァ、あッ」

 指を根元まで呑み込んだ青年は、背を弓のように大きく仰け反らせて、美丈夫の眼前に白い喉を晒す。美丈夫は青年の喉に噛み付くようにして口付け、突き出された薄い喉仏にちろちろと舌を這わせる。

 青年は美丈夫の頭を引き寄せて肩に腕を回し、広い背中に爪を立てた。何度も身体を重ねてゆくうちに、美丈夫の強引さに流されている振りをするのはやめた。あくまで受け入れているのは自分の意志だと示すようになっていた。

「んんッ……ふ、あ……痕、付け……ンなッ! はァ、あ……は、ぁ……」

「何故です? 見えねェ場所なら、イイって仰ったじゃあねェですか」

 ぬぷりと卑猥な音を立てて、指が青年の濡れた後孔に追加されてゆく。美丈夫の剛直を受け入れるには、まだ足りない。青年は自分に覆い被さる美丈夫の肩口に額を押し付け、深くゆっくりと息を吐き出した。

「同行、する……だろ、ぅが……あッ。ンぁ!」

 山中で野営することになれば、膚を見られる可能性はある。

 自分のモノだと知らしめておきたい相手が隣室にいる所為もあり、美丈夫の攻め立ては強引だ。青年に声を上げさせようと、常よりも強い刺激を与えてくる。

「アンタはオレの背にたっぷりと、ご自分の徴(しるし)を付けていなさるってのに?」

 くつくつと揶揄(からか)うように嗤う美丈夫。青年はその言葉に背中へ回した腕から力を抜き、はたりとベッドへ落とした。美丈夫の背には青年の爪が食い込んだ痕が付いている。普段であれば、血が出るほど深く爪を突き立てるが、いまはまだそこまでなっていない。

 広い背に縋り付けなくなった手は、美丈夫の代わりに綿のシーツを掴んで硬く握り締める。

「ンは、ッ……あぁ、もっ、と……も、っと、あ゛ッン! はァ」

 艶を帯びた、強請(ねだ)り声。情慾を隠すことのない婀娜(あだ)を含む掠れた声で、青年は愉悦への渇望を口にする。激しく攻め立て、奥を貫いて、達(い)かせてほしい。青年は美丈夫と身体を重ねることに抵抗がなくなっても、ドライでしか達(い)けないままだった。いまも青年の陰茎は、身体の中心で中途半端な勃ち上がり方を見せているだけだ。緩く勃ち上がった陰茎の先には蜜のようにとろみを帯びた先走りが溜まっているというのに。

「ルキウ、ス……ルキぅ……ス! は、やく……ッ、あぁ……」

 四本目の指が根元まで挿入され、襞が伸び切るほどに入り口が拡げられる。指は個々の意志を持って、てんでバラバラに中を掻き回す。

「ナンですか、〈覚者〉サマ?」

 美丈夫は意地悪く笑みながら、青年のこめかみに口付ける。快楽に打ち震え、乱れ狂う青年の姿を目にしたいがため、すぐに羞恥を煽る。青年は目縁を潤ませ、悩ましげな息を吐きながら、顔を仰け反らせた。

「は、ッ……ぁ……入れ、て……くれ……」

 はっきりと云わずにいれば、さらに焦らされる。それが解っているから、素直に望みを口にする。

「指が、入ってますぜ……。四本、も」

 口にしても、望むモ(・)ノ(・)が与えられる訳ではない。解っているが、美丈夫が青年を裏切ることはない。焦らされた挙句に捨て置かれる心配は、しなくていい。

「ゆ、び……じゃ、足りなぃ……ン゛あ、ァあ!」

 青年は必死になって手を伸ばし、臍まで反り返った美丈夫のイチモツの先端を手の中に握り込む。親指をくいっと押し曲げ、先端の窪みに腹を撫で付ければ、美丈夫の先走りで指先がとろりと濡れる。

「お、前の……だらしなく、涎を垂らしてるチンポを……俺によこせよ!」

 欲しているのは自分だけではないだろうと強気に睨(ね)め付け、組み敷かれるばかりではないのだと舌舐めずりをしてみせる。

「あァ、アンタの貪欲な下の口が、腹一杯になるまで喰わせて差し上げますよ、〈覚者〉サマッ!」

 間髪入れず、美丈夫のイチモツを握り込んだ手を捕まれ、シーツに押し付けられる。柔らかく解れた穴に美丈夫の剛直の先端が充てがわれ、ぐぷりと卑猥な音を立てながら呑み込まれていった。

「はッ、あ!」

 指とは違う熱量を持った太い肉の塊が、青年の後ろを抉じ開け体内に押し入ってくる。美丈夫の雄に身体を開かされ、蹂躙されてゆく感覚に溺れそうになる。悦楽だけに流されまいとして必死に目の前の美丈夫へとしがみつく。

「あ゛あッ! ン゛、はぁ……ンぅ゛……あ゛っ゛!」

「〈覚者〉サマッ! は、ッあ……」

 熱い肉の楔が柔肉を掻き回す。引き抜かれる肉棒へと、喰らい付くような肉輪の締め上げに、美丈夫の渇望の喘ぎが漏れる。

 そうやって隣室にいる依頼主のことなど忘れ去り、互いに思う存分求め合ったのだ。

 

 

 

「湯浴みがしたい……」

 青年は裸身でベッドに横たわったまま、気怠げに呟く。膚は汗でしっとりと濡れ、足の間からは白濁が零れて太腿を伝っているのが見える。

 美丈夫はといえば、手持ちのリネンで手早く下肢を拭い、下穿きも穿かずにローブとボトムだけを身に着けていた。

「手配してきますンで、〈覚者〉サマはゆっくりしていてくだせえよ」

 くつくつと笑いながら、疲労で動けず枕に顔を埋めたまま不貞腐れている青年を部屋に残し、美丈夫は階下へと向かう。

「当たり前だ……! 最初に俺は、明日に響かせるなと云った……」

 リシャールが〈戦徒〉であると耳にしても、青年は美丈夫の誘いを拒まなかった。主を失った〈戦徒〉であるリシャールが〈覚者〉である自分とその〈戦徒〉がただならぬ関係であると知ったときに、どんな反応を見せるのかを知りたかったのである。勿論、美丈夫は青年の意図には気付かず、ただいつものように己の欲望のままに青年を抱いた。しかもリシャールに対する微妙な嫉妬心に支配された美丈夫は、かなりしつこかった。足腰立たぬとはいわねど、身体に纏わり付く疲労感に起き上がるのも億劫になっている。体内にたっぷりと放たれた精液を速やかに処理しなければ、腹をくだす可能性もある。にも拘らず、後始末くらい美丈夫に押し付けた処で文句は出なかろうと思っていたくらいだ。

 しばらくして、とんとんと階段を上がる足音がし、部屋の前で止まる。足運びで解る、美丈夫だ。扉を開けた美丈夫は、大きな湯桶を抱えて湯の入った手桶を提げていた。

 白竜神殿レーゼの自室では常に湯を沸かしているが、一般市民にそんな贅沢は出来ない。ここのような辺境の旅籠(はたご)では湯を用意してもらうことも難しい場合が多い。あまり期待はせずに、清浄な水と清潔な布地だけでもあれば御の字と思っていたのだが、この宿では宿泊客に湯を用意することが可能なようだ。

「追加料金か?」

「ソコは、致し方ありませンな」

 こういった宿では風呂の料金は別で、炊事場の片隅を衝立で仕切って即席の湯場を作ることが多い。煮立てた湯を部屋まで運ぶよりは、炊事場で済ませるほうが手が掛からないからだ。この場合、使い終えた湯はそのまま土間に流してしまえばいい。

 部屋で入浴が可能であっても、今回のように客自身が準備をしなければならないことも多い。

 美丈夫はバスマット代わりの厚布を部屋の真ん中に敷き、その上に湯桶を置いた。湯桶は人ひとりが座って入れる膝下程度の高さの木桶にすぎない。湯桶の中には零れた水を拭くための布が入れられている。美丈夫はその中から質の良いものをまだ使っていないベッドへ、床拭き用の布は厚布の端に置いた。

「あと二度ばかり持ってきますンで、とりあえず身体を拭っておいてくだせえ」

 布を退かし空になった湯桶に手桶の湯を流し入れた美丈夫は、そう云って部屋をあとにする。

 ベッドの上から見た限りでは湯桶の中には指一本ほどの高さの湯が張られている。あと二回ということは、提供される湯の量はせいぜい臍まで浸かれる程度という訳だ。階上の部屋では、窓から外へ湯を捨てることも多く、湯桶が小振りなのもそのためで、提供される湯の量もそこそこだ。

 自分のあとには美丈夫も使わせる積もりであるから、なるべく汚さずに湯を使いたい。腿を伝う精液が寝具を汚す前に、自分で後始末をせねばならないだろう。

「あてが外れたな……」

 大きく嘆息して上体を起こした青年は、使用後にそのまま捨てるボロ布を腰の下に敷き、体内の精液を指で掻き出し始めた。

「ん……。ぅ……」

 相変わらず精力的な美丈夫のおかげで全身汗だくだ。汚液をあらかた掻き出し、下肢を拭った布は、そのまま屑籠へと放り込む。

「ふぅ」

 一息吐くと立ち上がり、さっきまで寝ていたベッドのシーツを剥ぎ取った。情事で乱れたベッドはこれ以上使いたくもないし、美丈夫にだって使わせる気もない。幸いなことに上掛けとシーツは、どちらも大して汚れていなかった。剥ぎ取ったシーツと同様に、上掛けも部屋に設置されている洗濯籠へ洗い物として放り込む。

 続けて荷物の中から串を取り出し、髪をひと束に纏める。手慣れたもので一本の串をかんざし代わりに、くるくると円を描くように手を動かし、大した時間も掛けずに器用に髪を結い上げた。

 それから美丈夫がベッドの上に置いた布の山から一枚取り上げると湯に浸し、硬く絞って身体を丁寧に擦り始める。

 上半身の垢を擦り落としている間に、美丈夫が戻ってくる。二杯めの湯を湯桶に流し入れるのを見ながら全身を拭うと美丈夫を労い、青年は手狭な湯桶の中に腰を下ろす。

「有難く浸からせてもらう」

「オレは〈覚者〉サマがゆっくりなさってくださりゃあ、ソレで良いンで」

 足先は湯桶の縁から出し、腰回りだけを温かな湯の中に浸す。心地好さげに息を吐く青年を見て、柔らかな笑みを浮かべた美丈夫は三度目の湯を取りに部屋を出ていった。

「ふう……」

 辺境の小さな宿で湯が使えるとは、思いも拠らなかった。せいぜいが濡れタオルで身体を拭えれば良いと思っていたこともあり、温かな湯がことさら身体に沁みる。

 青年は足を投げ出し、染みの浮いた天井を仰ぎ見ながら、数時間前の依頼人との遣り取りを思い返していた。

 主の仇を討ちたいというリシャールの言葉に嘘を交えたような気配はなかった。リシャールが〈戦徒〉であるのならば、それも当たり前といえるだろう。〈戦徒〉は主である〈覚者〉を慕うものなのだから。自分の〈戦徒〉であるルキウスを目の当たりにして、それは身に沁みている。

 しかし、主を失ったただの〈戦徒〉というには、リシャールが自分を見る目や態度には違和感がある。なにかを隠しているように感じるのだ。

 そしてリシャールには〈覚者〉である自分に頼らざるを得ない理由がある。そこにはなにかしら裏があるのだろうが、それを考えるには情報が足りなすぎる。

 結局、ロクな考えが纏まらないうちに、美丈夫が戻ってきた。戸口に背を向けていた青年は、首を仰け反らせて美丈夫を見遣る。

「〈覚者〉サマ、コイツで最後ですぜ」

「いい、それはお前が使え」

 美丈夫が湯桶に歩み寄り、湯を継ぎ足そうとするのを、青年が手で制する。

「オレは、身体を軽く拭う程度で構わンですよ。その湯桶じゃあ、壊しちまいそうなンで」

 大柄な美丈夫に対して、桶は小さすぎる。青年は上に向けて手を伸ばすと手招きし、美丈夫が不思議そうな表情で近付いてくるのを待った。

「そのベッドは使わない」

 シーツも上掛けも剥ぎ取られ、粗末なマットレスのみとなったベッドを指差して云うと、屈んで覗き込んでくる美丈夫の緩く揺蕩う金髪を一房掴み、もっと顔を寄せろと促す。

「寝床はひとつっきりだ」

 美丈夫の後頭部へ手を回し、そっと顔を引き寄せる。ちゅっとリップ音をさせ、数度唇を啄むように口付けると美丈夫が口付けに応じる前に突き放して、立ち上がる。

「解ったな? 先に布団を温めておいてやる」

 美丈夫の意に染まぬ命令をするのは好まない青年だが、美丈夫が青年のことを思って動くのに先んじ、裏を掻いてやるのは小気味がいい。

 舌舐めずりをしながら酷薄に笑む青年に、肩を竦めた美丈夫が清潔な布を渡そうとする。

「自分で出来る」

 美丈夫の手からタオルを奪い取り、確りと身体の水気を拭き取る。かんざし代わりの串を抜き取りながら、タオルを洗濯籠に放り入れた。振り返ってひと声掛けた青年は、未使用のベッドへ裸身のままするりと潜り込む。

「さっさと来い」

 すげなく云うも、美丈夫はくつくつと愉しげに喉を鳴らして嗤い声を立てる。それが癇(かん)に障った青年は壁のほうを向いたままで微動だにしない。

「有難く使わせていただきますぜ、〈覚者〉サマ」

 忠実なる〈戦徒〉としては、主を待たせる訳にはいかない。美丈夫は残り湯を使い、丁寧に身体を擦って垢を落としてゆく。粗方汚れを落とすと、垢すりに使った布は確り濯いで絞り、青年同様洗濯籠へと放り込む。使い終えた残り湯は、外に人がいないことを確認して窓から捨てた。

 手桶に入れて運んできたままの新しい湯を使い、もう一度身体を拭った美丈夫は、腰にタオルを巻き付けた姿で後片付けを始める。零れた湯をぼろ布で拭き取り、厚布を折りたたんで湯桶に入れ、屑入れと洗濯籠と一緒に戸口の外に置いた。

 こうしておけば、寝ている間に宿の人間が片付けておいてくれる。長期滞在の客であれば、朝までに洗濯に回された衣類も、帰宿する頃には戻ってくる仕組みだ。

「適当でいいぞ。湯冷めしたらもったいない」

 早く来いとばかりに急かす主に困ったように肩を竦めた美丈夫は、後始末は適度に済ませて青年の待つベッドへと潜り込んだ。

「〈覚者〉サマに寝床を暖めてもらうだなんて光栄ですぜ」

「ゆっくり寝かせろよ……」

 疲労で眠りの淵に囚われ掛かっている青年はうつらうつらと船を漕いでおり、美丈夫の腕が絡み付いてくると、その広く厚い胸に顔を埋めるようにして、ほどなく意識を手放した。

 〈覚者〉となり自身の鼓動を感じることが出来なくなった青年は、自分の従者である美丈夫の鼓動を感じながら眠りに就くのが日常となっていた。




 長くなりましたので、キリの良いところまで。
 後半書き進めていますが、まだプロット状態の箇所もあり長さも2話で終わるか3話になるかすら不明です。

 続きまでまた少し間隔が飽きそうです。
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