とある転生覚者の物語~覚者は白竜を継ぐ気がない&戦徒は主を連れ還りたい 作:狗狼
前篇後篇の予定が前中後篇に変わり、結局現状五話構成になりそうな感じになってきましたので、タイトル部分変更になっております……。
第ニ話目、話にあまり動きがありませんので、近日中に第三話まで上げる予定でいます。
翌朝、宿の一階にて青年と美丈夫が共に朝食を摂っていると、リシャールが階段を降りてきた。
みしりと軋む床音に気付いた青年は、昨日とは違う違和感に顔を上げる。階段を降りてくるリシャールの出立ちは、片目を隠すように覆った包帯と顔を隠すフードと変わりはない。しかしその下に身に付けているのは黒鉄の全身鎧で、その背には身の丈ほどもある大剣を佩いていた。
「お早いですね、〈覚者〉殿」
「貴方は〈エレメントアーチャー〉ではなかったのか……」
驚きに片眉を吊り上げた青年は、テーブルに歩み寄って来た戦士姿のリシャールに思わず問い掛ける。
前日、その背に魔道弓があるのを目にしていたこともあり、てっきりリシャールは〈エレメントアーチャー〉をメインジョブにしているのだと思い込んでいた。
「この図体ですから、前に立つべきかと」
昨夜の時点でリシャールからは「主の敵討なのだから、自分も協力させてほしい」と同行の申し出を受けていた。となれば頭の包帯が気になる処だ。リシャールよると包帯の下は古傷で、傷跡の見目がよくないために隠しているとのこと。おそらくリシャールが片目を失ったのは件の〈竜〉との闘いであろう。隻眼での立ち回りに慣れているのであれば、問題はないはずだ。
それを踏まえ、盾役として美丈夫、前衛の自分、後衛のリシャールという編成を考えていた青年である。しかし敵討が目的のひとつである以上、リシャール自らも武器を手に取り闘いたいというのであれば、その意を汲むべきだと受け入れることにした。
リシャールは美丈夫に勝るとも劣らない巨躯の持ち主であり、背に佩く大剣は青年の身長ほどにもなる。その恵まれた体躯を活かして前に立つというのであれば、青年が後衛に回るほうが良いのも確かだ。
きっとあの魔道弓は、リシャールの主の形見だ。主の影響を色濃く受けるのがポーンという存在だ。主を傍らで見て、その技を憶えたのだろう。これから組むことになったとはいえ、そのような大切なものを、出逢ったばかりの赤の他人に貸すことを承諾してくれるだろうか。
思案した後、青年は控えめに切り出した。
「あいにく俺は自分の魔道弓を持参していない。失礼だが、貴方の武器を貸り受けることは可能だろうか?」
「構いません。〈覚者〉殿にも〈エレメントアーチャー〉の心得があるのですね」
リシャールは己の荷物の中から魔道弓を取り出し、青年へと両手で差し出す。
「本職は見ての通り〈シーカー〉だ。貴方から見れば稚拙かも知れないが、古き友に手解きを受けたことがある」
色男、とレオが呼んだエルフのキースヒルトを思い出しながら、青年は答える。ごく僅かな間ではあったが、青年は魔道弓の扱いについてキースヒルトの指南を受けていた。
「指先に馴染む。確りと使い込まれた良い武器だ」
武器
それを知っている美丈夫は眉間に皺を寄せるが、青年は気付かない。
「少し待たせてしまうことになるが、構わないだろうか」
「もちろん。助力を請うているのは私です」
青年に応えて頷くリシャールを見た美丈夫が、すっと身体で割って入る。
「それじゃあ、さっさと準備しちまいましょうや、〈覚者〉サマ」
青年の視界を遮るようにして前に立った美丈夫は、ほぼ同じ体躯のリシャールと向かい合う。リシャールを一方的に牽制しているようにしか見えない美丈夫の姿を目にした青年は、眉をひそめて深々と息を吐いた。
「済まないが、ゆっくりと朝食を摂っていてくれ。ルキウス、お前は支度を手伝え」
美丈夫を押し除けてリシャールの前に顔を出した青年は、美丈夫の背を押して二階へ戻っていった。
「ローブは持ってきているか?」
部屋へ戻るなり肩鎧と胸当てを外しながら、途中から渋々後ろを付いてきた美丈夫に問う。
青年が普段身に付けているのは、激しい動きを妨げることのない軽鎧である。装備というのは存外大切で、身を護るだけのものではない。それぞれの職にあった装備を身に付けることで、能力を効率的に活かすことが出来る。
美丈夫が一度は纏めた荷物の中から一枚の上衣を取り出し、ベッドへ広げ置く。
「一着だけ。黒染めエンハンスドを」
生来、青年が得意とするのは短剣を扱う軽戦士だが、〈覚者〉となってからは魔力を扱うことも学んだ。レスタニアに於いて、魔力は誰しもが持つ力だ。自身の内に眠る魔力を引き出し、職にあった魔法の発動体を手にすれば、誰もが魔法を扱える。
〈ソーサラー〉〈プリースト〉〈エレメントアーチャー〉は代表的な魔法職であり、青年は魔法の使い手としては攻撃職である〈ソーサラー〉よりも、支援職への適性が高かった。その中でも〈エレメントアーチャー〉を得意としていた。
「ちょうどいい」
傍らに立った美丈夫は青年の銀糸へと手を伸ばす。
「お髪はどうしますかね?」
「そう、だな……。結い上げるほうが、動きやすそうだ」
魔道弓を構えるには、ハーフアップにしただけでは肩周りの髪が邪魔になるだろう。青年は美丈夫が髪を結いやすいよう頭を動かさずにエンハンスドジャケットを羽織り、手早く首許を留めた。
白い鱗革で作られた上衣は魔法を扱うリザードマンセージの素材だけあって、魔力の通りが良い。魔法職が身に付ける魔道着は、魔力と親和性の高い素材で作られたものが多く、周囲の魔力を引き出しやすい。
斥候から前衛までをこなし、自由自在に動き回ることの多い〈シーカー〉とは異なり、魔力を通じて味方に支援を飛ばす〈エレメントアーチャー〉は、本来であれば戦場を激しく動き回るようなことは少ない後方支援職だ。
しかし青年の気質的には、味方全員の状況を見定められる位置取りが出来ることが望ましい。自然と戦場を駆けながら支援を飛ばすことになる。故に裾を踏んだりすることのないよう、魔道着は短めのものを好んだ。ブーツも走り回りやすいよう、厚手の竜革で設えてある確りとした作りのものだ。
魔道弓には通常の弓のような弦はないが、矢を番えるのと同じ要領で狙いを定めれば、魔力を練り絞った魔矢を放つことが出来る。そのため小手の指先には魔力が浸透しやすいよう、なめらかな竜革を用いていた。
そしてそれらの装備一式は、白は自分に相応しくないと黒染めにされている。
美丈夫は櫛を持って青年の傍らに立ち、銀糸を束ねて左右にひとつづつ細い三つ編みを作ってゆく。
「おい……こら。……待たせているのだから、凝ったことはしなくていい」
「少しくらい、待たせておきゃあ良いンですよ」
左右の三つ編みをトップに纏めてポニーテールに編み込みながら、美丈夫が不機嫌そうに唇をへの字に曲げる。その姿を目にした青年は、好きにさせてやるしかあるまいと嘆息した。
「〈覚者〉サマ……」
そんな感慨に耽っている間に、髪を結い終えた美丈夫の抑揚のない声が振ってくる。これは、己の内にあるものを押さえ込もうとしている声だ。すぐに気付いた青年は、背後に立つ美丈夫を振り返る。
「どうした、ルキウス。なんの懸念をしている?」
自分を覗き込んでくる氷碧の瞳が小さく揺れ動く。この〈戦徒〉は〈戦徒〉らしからず、人間並に自分の感情を隠すのが巧い。しかし微かな不安を感じ取った青年は、視線を逸らさせず美丈夫を真っ直ぐに
「……イヤな予感がするンでさ。こんな依頼、破棄しちまいやしょうや」
本気に取られぬよう、美丈夫は冗談めかした笑みを浮かべている。この〈戦徒〉がこんなふうに後ろ向きな言葉を吐くのを耳にしたのは初めてだ。本当に、なにか得体の知れない予兆を感じているのではないかと思わせる表情だ。
しかし、この依頼は受けると決めたのだ。
「そうもいかない。お前の力を貸してくれ……」
青年は両手を伸ばして美丈夫の首に回し、大柄な身体を引き寄せる。このまま口付けるのは、どこか狡い気がした青年は肩口に額を押し当て、美丈夫を抱き寄せながら呟いた。
「そりゃあ〝命令〟ですかね?」
「……いいや違う。〝お願い〟だ。なにをするにも……俺にはお前が、必要なんだ」
美丈夫の抑揚を抑えた言葉に息を呑む青年。
青年は〈覚者〉でありながら、自分の〈戦徒〉である美丈夫と肉体関係を続けている。そのくせ美丈夫に対して後ろめたさを感じているのだ。美丈夫の存在が足りない自分を補うものだとは感じながらも、いまだに愛しているとは口に出来ない。
美丈夫がいなければ、自分は〈覚者〉としてまともにやってはいけないだろう。自分を支えてくれる美丈夫には誰よりも信頼を寄せており、親愛の情も持っている。決して自身の慾を満たすためだけに美丈夫と身体を重ねている訳ではないはずだ。だがそれをどのように伝えれば良いのか解らない。
青年は〈覚者〉の写鏡にも似た〈戦徒〉という存在を愛するというのは、どういうことなのかずっと考え続けていた。
美丈夫が太い腕で抱き締め返してくることには、ただただ安堵の念が湧き上がる。しかし上から深く、緩く、長い嘆息が落ちてくるのを耳にして、目を瞠る。
「ちゃあんと、解ってますぜ……」
諦めにも似た声に、胸がずくんと痛む。この胸の内に心臓は存在しないというのに、胸が締め付けられる。
「……ルキウス」
「どうかしたンですかい? 〈覚者〉サマ」
何事もなかったかのように、穏やかな声で云う美丈夫。顔を上げた青年は、自分を安心させようと微笑む美丈夫を真っ直ぐに
「いま……キスしても、構わないか?」
「いつでも大歓迎でさァ。いちいち断りを入れなさる必要が?」
至極真面目な面持ちで己を見上げる主の姿に、美丈夫は冗談めかして応じる。
青年と美丈夫の関係は単なる主従を越えている。たかが口付けくらいどうということはない。
それ処か青年は魔物とまぐわった過去すらあり、美丈夫もそれを知っている。美丈夫はそんな愚か者すら拒絶することはなく、青年の総てを受け止めてくれる存在だ。
「なにも云わないのは、狡いと思った……」
青年は美丈夫に対して、嘘偽りや隠し事をしたくなかった。しかしながら、肝心なことはなにも口に出来ない。そのくせ身体で繋ぎ止めようとしているなどとも、思われたくはないのだ。
自らの身勝手さに震えそうになりながら、美丈夫の頬を両手で挟み、つま先立ちで顔を近付けてゆく。美丈夫が拒絶するのであれば、決して届かない。そうやって距離を計っている。
美丈夫は軽く背を屈め、ふわりと柔らかく笑みながら顔を近付けてきた。青年は自分を見下ろす鮮やかな碧の瞳に眩しげに目を眇めて顔を傾け、自身のものとは違う男性らしいフォルムを描く肉厚の唇へ、己のそれを押し当てた。
「……お前を、頼りにしている」
そっと触れるだけで顔を離し、美丈夫の形の良い唇を細い指先でゆっくりと撫ぜる。
生真面目な声で囁いた青年は、美丈夫の胸に顔を押し当て、その身体を強く抱き締めた。美丈夫はなにも口にはしなかったが、青年をそっと抱き返す。
「行くぞ、ルキウス……。遅れをとるな」
「〈竜〉の滞在場所は数ヶ所。一定周期でナワバリを渡り歩いていました」
どことなく沈んだ声のリシャール。理由をそれとなく察した青年が確認のために問えば、リシャールは深く頷いた。
「過去形、なんだな」
「ここ数年で、変化したのです」
近年フィンダムを襲った異変。魔界の胞子に侵食された原生種は総じて凶暴化。胞子を撒き散らすようになった魔物は〈侵食種〉と呼ばれるようになり、精霊竜ウィルミアも病に侵された。青年はその異変の大元を断つため、ウィルミアの〈覚者〉たるセシリーに導かれて、この地へと渡ってきた新参者だ。
三〇〇年前に〈覚者〉となった最古参の者以降も、時折目醒めた白竜の加護を受けた〈覚者〉がおり、白竜の〈覚者〉はいまだに増え続けている。青年もそのうちの〈
リシャールの〈覚者〉や〈狂竜〉は、過去に白竜復活の術を求めてフィンダムへと渡った者たちなのだろう。
「胞子に侵され〈狂竜〉化したことで、縄張りを巡回するルートも変わった、と。次にどこへ現れるか、解らないのか」
「まだ掴めていません。ただ、一度姿を現せば、そこへ三~五日留まることは確認済です」
人間にとっては険しい地形であっても、体躯の大きな魔物は難なく通り抜けることが可能だ。よほどその地域に慣れてでもいなければ、単身で魔物の痕跡を追い続けることは難しい。
「ここから一番近い場所は?」
「村から北東に向かった山中にある、胞子植物に覆われた広場になります」
「そこからだな」
そうして近場から一ヶ所づつ〈狂竜〉の縄張りを確認して回ることとなった。
ひとまず宿には宿賃をひと月分渡し、不要な荷を預ける。万が一、戻らない場合は荷を処分してもらって構わないが、早めに帰還すれば多く預けた代金は返してもらう予定だ。
リシャールは村の客人として、常時宿の一部屋を占有しているとのことだ。村としては外れの空き家を提供しようとしたのだが、頻繁に森へ入るリシャールには家の手入れをする余裕がないということで、いまの形に落ち着いたという。
リシャールが〈戦徒〉であることは村人の話を訊いて裏付けが取れた。リシャールを〈サポートポーン〉として雇い入れることが可能であれば、いくつかの手間は省ける。幸いにも青年は、現在〈サポートポーン〉を持っていない。リシャールが望みさえすれば、〈サポートポーン〉として受け入れることが可能だった。
現在、リシャールには仕える〈覚者〉がいない。それはなにかの折にリシャールが死亡するような目に遭えば、その魂を〈異界の狭間〉まで迎えにゆく者がいないということでもある。
〈異界の狭間〉へ送られた主なき〈戦徒〉は〈彷徨える戦徒〉と化し、主を求めて流離うことになる。〈彷徨える戦徒〉はいずれ、主の元で培ってきた技量も記憶も失くしてゆく。そうして漂泊の民である〈戦徒〉は真っ新な状態となり、新しい〈覚者〉に喚び出されるまでの眠りに就くのだ。
青年はすでに三人の〈戦徒〉と〈メインポーン〉の契約を結んでおり、新たな〈戦徒〉を雇い入れるには〈サポートポーン〉の契約を結ぶしかない。
リシャールに契約を受け入れる気があれば、万が一のときには青年がその記憶と意思を護ることは出来るだろう。
死の間際、〈覚者〉が強制的に〈リム〉へと送り還すことで、〈戦徒〉は死を免れることが可能だ。その代わり〈覚者〉は自身を護る盾を一枚失い、目の前の脅威に晒され易くなる。
この遣り方は〈戦徒〉の誰もが望まない。
それでも、リシャールが単身で仇討ちを進めるより、本懐を遂げられる可能性は高まるだろう。死ねば失われてしまう主との記憶を護りながら己の願いを叶えるため、単身では慎重に動かざるを得なかったことも解る。
しかしリシャールは、以前に仕えた〈覚者〉の仇を討ちたいと願うほど、主を想っているのだ。そのような〈戦徒〉が、新たな〈覚者〉を主として頂くことを良しとするとは到底思えなかった。喩え、それが一刻であっても。
少なくともリシャール本人に、自分が〈戦徒〉であると告げる気はない。外野が気を揉んだ処で仕方がないのだ。
青年は美丈夫と示し合わせて、いままで通り知らぬ振りを続けることにした。
「去ったばかりか……」
最初の目的地である広場を調査した処、〈竜〉の痕跡が見つかった。そして喰い残された死体の様子から、先述の結論に達する。すでに踏み固められた獣道しかないこの場所からは、次にどこへ向かったかの判断は難しい。
すぐに見付からないことなど端っから覚悟はしていたが、〈狂竜〉の痕跡を根気よく追わねばならないようだ。
リシャールが把握している〈竜〉の縄張りを総てを見回るだけでも、最低一週間は必要だろう。各所へ滞在している間に、運良く遭遇出来るかどうか。周回ルートが不明である以上、気付かずどこかで擦れ違う可能性もある。
僻地であるあの村に長らく〈覚者〉が訪れることがなかったため、リシャールの悲願である〈竜〉討伐が捗らなかったのだろうとは頷ける。
「リシャール、貴方はずっとこの地でひとり〈竜〉について調べていたというのだろうか」
「ええ、自分なりに……」
一夜明け、宿の主人や村のよろず屋で糧食や旅道具を仕入れるついでに、リシャールについて話を訊いていた。
この村に住み付き、長い間独りで相棒の仇を探している異邦人。それが村人がリシャールに対して持っている認識だ。村人はリシャールのことを良き隣人として受け入れていた。
初めはリシャールの他に小柄な人物が同行していたという話も耳にしている。
フィンダムのものではない異国の衣装に身を包んだ、口数の少ない
ふたりは各地を回り〈竜〉に纏わる異変を調べているのだと語った。この村で情報収集をした後〈牙竜〉の棲まう山奥を調べに向かうがそれっきりだった。
村人たちはふたりともども魔物に襲われ死んだか、新たな情報を求めて次の地へと旅立ったかのどちらかだろうと思い、日常の暮らしに戻っていた。
いつしか、村の近辺にはふたたび〈牙竜〉が出没するようになり、しばらくして怪我を負ったリシャールのみが舞い戻ってくる。酷い怪我を負い、相棒を失って悲嘆に暮れる姿を痛ましく思った村人が尋ねると、リシャールは重苦しい声で『〈牙竜〉に主が殺された』とだけ答えたという。
以降リシャールはこの村に住み付き、魔物退治などを請け負いつつ、主の仇である〈牙竜〉を倒す方法を探しているのだという話だ。
その〈牙竜〉はフィンダムを襲った異変の後、狂侵化したという。
リシャールの主については、銀の髪を持つエルフのような細身の〈エレメントアーチャー〉だったということくらいしか伝わっていない。〈戦徒〉であるリシャールは、何十年も老いぬまま村に客人として居続けた。
いまは村人も代替わりし、ふたりが訪れたときのことを知る者は少ない。
こうしていつまでも老いず村人たちの前に存在するリシャールと、死亡してしまった〈覚者〉とでは村人の記憶に残る情報量が違うのは致し方あるまい。
ここは護り手となる専属の戦士もいないほどの小さな村だ。主の敵討が目的とはいえ、村人が請えばリシャールは単身で魔物の討伐に向かってくれたのだと、感謝の込められた言葉を青年は耳にしていた。村人たちにとってリシャールはすでに頼もしい隣人となっていたのである。
青年自身は〈覚者〉となり五〇と一年がすぎてはいるが、最初の五〇年はなんの自覚もなく〈戦徒〉も持たぬままで、幽閉されて過ごした。生きる目的のないまますごした五〇年。リシャールは自分が幽閉されていたよりも長い刻を、主の仇を討つために命を賭していることになる。
リシャールひとりでは為し得なかった仇討が、青年がこの村へ立ち寄ったことで為し得る可能性が出てきたということだ。
だからこそ、青年はリシャールの頼みを無碍に断ることなく引き受けた。
「長い間その〈竜〉を追いながらも、討伐に至れない原因は……」
問おうとして口篭った青年の脳裏には、宿屋の主人に云われた言葉が過っていた。
『なあ〈覚者〉さん、あの人を連れてかないでおくれよ。あの人は〈竜〉を倒したら……還っちまうんだろう?』
あの小さな村に純粋な戦士は存在しない。もしもリシャールが立ち去れば、村に迫る脅威に立ち向かえる人間はいないのだ。
「独りで出来ることには限界が。村人からの要望もあり、長期不在はしかねます。それと〝竜殺し〟を探してもいました」
「〝竜殺し〟?」
初耳だ。
「当時、所持していた大剣です」
〈竜〉討伐に至らず、リシャールのみが生還したときに失うことになったのだろうとは予想が出来た。その名から〈竜〉に特攻を持つ武器なのだと思われる。
「それがあれば、〈竜〉を討ち取ることは可能だろうか」
「単独であれば必須。しかしいまはあなた方の助力で、どうとでもなりましょう」
「なるほど。尽力しよう。しかし……」
これを口にすることは、リシャールの生き方を否定することにも為りかねない。
「なにか?」
それでも、自我を失わずに主を求めて幾年も彷徨い続ける〈戦徒〉の決意のほどを知りたくて、青年は問うた。
「その仇討ちは、必ずしも果たさねば為らないものなのだろうか」
「……それ以外、生きる目的を持てなかったのです」
儚げに微笑むリシャール。
「済まない、愚問だった。この魔道弓は、大事に使わせていただく」
借り受けた魔道弓は、リシャールの主であった〈覚者〉のものなのだろう。青年は手にした魔道弓を握り締めて約束することしか出来なかった。
本懐を遂げたあと、リシャールはなにを目的として生きてゆくのだろうか。そんなことがふと青年の脳裏を過ぎる。
「感謝致します、〈覚者〉殿」
再び柔らかく笑むリシャール。
リシャールという〈戦徒〉はその巨躯と強面からは想像も付かないような儚い印象を、青年の胸に植え付けたのだった。
第二話、背景説明回になってしまい、ほとんど物語に動きがありません。
この辺りを短く纏めることが出来ればいいのでしょうが、なかなか削れず長くなってしまいました。
ですので、ちょいエロシーンの入る第三話をなるべく早めに上げる予定でいます。