とある転生覚者の物語~覚者は白竜を継ぐ気がない&戦徒は主を連れ還りたい 作:狗狼
「ひとつ、頼まれてはくれぬだろうか。
気紛れに訪れたその世界で、青年は白い老人に声を掛けられた。
「んー?」
念のため辺りを見回してはみるが、自分以外の気配は存在しない。と、いうことはこの老人が〈客人〉と呼ぶのは自分のことだ。
「……ボクは、貴方みたいな霊格の高い方にお願いをされるような身分ではないよ。しかもどー見ても、貴方の属する〈
「解っておる。だが、我が声の届く範囲におる〈力ある者〉のは貴殿だけのようでな……」
元は高い霊格を持つのだろうが、朽ち果てる寸前のようにも思える老人のか細い声。だが、そこに諦めの色はない。
だからこそ、〈理〉の違う自分のような矮小な存在にすら、一縷の望みを賭けて声を掛けたのだろう。そうは思うが、青年は自身の身の振り方を一存では決められない立場にあった。
老人は青年の胸中などお構いなしに、訥々と己の胸の内を語る。
その言葉を簡単に纏めると、老人の手駒として世界を
試しに、どのくらいの年月を拘束されてすごすことになるのかと訊ねてみる。すると、人として生まれ落ちたのちに〈覚者〉なる者へと転化し、刻を止めることになるとのことで、正確な時間は解らないという。さらには目的を果たすための従者を付けてくれるとのこと。
自分が新たな従者を勝手に迎え入れることが難しい旨を伝えれば、現在従者を持つのであればその者を連れていっても構わないというので、青年は少し思い悩む。
一二柱から六柱に減った青年の仲魔。現在、己の主に収まったとある神の〈分霊〉を六柱集めた結果、それらはひとつとなり、青年はその〈分霊〉に導かれて、人間であることを辞めた。
しかし青年の下にはまだ六柱の仲魔がいる。その中から
青年が仲魔のことを思い返す間にも、老人の話は続いていた。
現在、事態が好転の兆しを見せぬまま三〇〇年ほど経ち、老人の命も尽き掛けた処へこの世界の者ではない青年の気配を感じ取ったとのこと。
「異界の者に、問題解決を請う訳ではない。停滞した現状を動かす一陣の風となってくれれば、有難い」
老人の話を耳にして、青年の灰色の髪の間からにょっきりと伸びる狼の耳がぴくりと跳ねる。青年が老人の言葉に興味を示しているのは、それだけでまるわかりだ。
「うーん、手伝ってあげたいのはやまやまなんだけどさあ……。いまのボクは、そういうの、自分だけじゃ決められないんだよね……」
申し訳なさそうにしながらも、ほっそりとした足の間に垂れ下がるふさふさの尾も、青年の好奇心を示して左右に大きく揺れている。青年自身は貧相といえるほどに細く華奢だが、毛艶は良い。
老人の声に相棒の不機嫌そうな顔を想い浮かべながら、青年は残念そうに肩を竦めた。
青年には主従の契りを交わした相棒がいる。
以前は青年が主で、相棒が従だった。それがいまとなっては相棒が主で青年が従だ。
伴侶と口にするのは気が引ける。何故なら、相棒には歴とした正室が存在するからだ。
しかしその正室は、現在相棒とは距離を置いており、表に出てくる気はないらしい。
故に気にすることなどないのだが、所詮情人でしかないという自覚のある青年には、現在の伴侶でございとばかりに大きな顔をする気はない。
ただ、怠惰と退廃をその身に纏い、退屈を持て余しながら滅びを待ち望む古き神に、自分が傍にいる限りは、滅びなど望ませまいと思っている程度だ。
この古き神は、お子様で、悪戯好きで、嫉妬深くて、面倒くさいのである。
このときはその相棒の目を盗み、気紛れに世界の壁を越えてみただけだった。
生来、好奇心の強い青年である。故にいまの境遇に甘んじているともいえる。
とある世界の崩壊を切欠にヒトであることを辞め、刻を止めて相棒の下に留まることを選んだ。
ヒトとして生きた時代の仲間は、すでにこの世のどこにも存在しない。探せば、転生先を見付けることは可能かも知れないが、青年自身は過去に未練がない。仲間が転生前の記憶を持っているとも限らないのだ。何も知らない相手に、一時の干渉で余計な接触を持つのが良いこととも思えない。
長い刻が流れたが、元々どちらかといえば人よりも魔に近い生まれであった青年だ。ヒト以外のモノに転化したのち、精神に異常をきたすこともなく、その新たな生を謳歌してもいた。
暫し悩むそぶりを見せる青年であったが、不意に妙案を思い付き口角を吊り上げる。
(要はさ、魔王サマにも愉しんで貰えれば良い訳、だよね?)
屁理屈だと云われようが構わない。自らの思惑を隠したまま、実に愉しそうに口にした。
「あ、そうだ。貴方、こういうことは可能かな?」
〈
姿を消すこと自体はいままでに何度もあり、さして気に留めることではない。しかしそのときばかりはいままでと違う変化が起こった。
不意に足許に浮かび上がる魔法陣。しかも、己の知らぬ〈理〉に拠るもの。
だが、己を喚び出すためのそれを甘んじて受けることにした。
「自分の力だけではどうにもならなくなった、というトコロか……?」
呆れたように、それでいながらもどこか愉しげに口端を歪めて嗤う美丈夫。緩やかに波打つ豪奢な金の髪をたなびかせた巨躯の魔王は己の居城より姿を消す。
喚び出された先にそれは居た。
見憶えのある銀色の髪に深い翡翠の瞳。
しかしながら魔王の知るそれとは違い、細身ながらも確りと肉の付いた戦士の肉体。
青年は耳も尾もない純然たる人間の姿で、戸惑いの目を魔王に向けていた。
そして、物語は動き出す。