とある転生覚者の物語~覚者は白竜を継ぐ気がない&戦徒は主を連れ還りたい 作:狗狼
一夜明け、〈覚者〉である青年と〈戦徒〉である美丈夫の関係はどう変わるのか。
※挿入シーンはありませんが、濡れ場はあります。ご要望ありましたら、エロシーンの書き足しもあるかもしれません。
紅月[※]
夜。月の魔力は生きとし生けるもの総てに均しく降り注ぐ。
それはこの世界──レスタニアに
己の眷属たる痩躯の青年に〈
その姿は異界の本性を写し取り、どうにかして人の姿に収めたものだった。
美丈夫はこの地に喚ばれてまだ日も浅く、レスタニアについては〈戦徒〉としての器が持つ最低限の知識しか持ち合わせていない。それでも〈覚者〉に仕えること自体は問題なく、この地に喚ばれる以前とさほど変わりのない日々を過ごせている。
その夜はふと見上げた空に、朱を刷いたような
満月を目にした瞬間、美丈夫の背筋を妖しい感覚が這い上がる。それは身に受けることがなくなって久しい衝動だ。
(満月……だと?)
迂闊、としかいいようがない。中空に浮かぶ月など、本来ならばなんの気に留める必要もない存在だ。しかし、このときはいとも容易く月の魔力に絡め取られてしまった。
それは
この世界における美丈夫の立ち位置は、主たる青年と出逢った頃のものと似通ってはいるが、異なるものだ。
青年と初めて結んだ関係は、契約とは名ばかりで美丈夫に対する強制力は緩かった。契約の名による束縛を青年は望まず、美丈夫がありのままで存在することを求めた。そのお陰で、美丈夫は美丈夫たる矜持を持ったまま青年の
しかしいまは違う。〈戦徒〉と呼ばれる仮初めの器に魂が縛り付けられ、力のほとんどが封ぜられている。
〈戦徒〉とは──異界渡りとも呼ばれる人為らざる者。〈覚者〉に付き従いて、闘う者。自発的な意志や感情は持たず、〈戦徒〉として契約を交わした主に付き従い、献身的に働く忠実なる従者。〈戦徒〉にとって、〈覚者〉のために己の総てを捧げることは至上の歓びであり、それが〈戦徒〉にとっての生きる目的でもあった。
この世界の〈
本来、美丈夫の本性は〈戦徒〉という器になど到底収まるものではない。現状では本来の力を発揮出来ず、また本来であれば影響を受けることのない事象にも、簡単に影響を受ける身となってしまっていた。
そのうちのひとつが月だ。仮初の器をもって今世に顕現したとき、月の魔力は抑制された力を開放する代わりに理性を奪う。
この日はレスタニアに降り立ち、初めて迎える満月の夜だった。
「ルキウス……ルキウス?」
それは青年がこの器に与えた名であり、美丈夫の真名ではない。
(ソレはオレの名じゃねェ……!)
青年の口から真名を呼ばれれば、この窮屈な器に掛けられた縛めを破り、力を解放出来るだろう。しかし目の前の青年は総てを忘却の彼方に追い遣っていた。
「どうしたんだ!? ルキウス!」
心配そうに己の〈戦徒〉を見遣る銀の髪の〈覚者〉。その必死な姿を目にして、美丈夫はこの関係を破壊したい衝動に駆られる。
美丈夫の本質には狂おしいまでの嫉妬心と、強烈な破滅願望が存在する。己の手に入らぬのならば、誰の手にも入らぬよう、総て壊してしまえ。そうやって、とあるひとつの世界を破滅へと導いた過去がある。
嫉妬心と破壊衝動の他、気紛れも美丈夫の本質のひとつであった。遥か遠い昔、青年と気紛れに結んだ契約は、思いの外長く続いた。いつしかその関係を無に帰すには惜しいと思うようになり、美丈夫は青年との契約を結び直した。
以降、青年は人間という
そうして眷属となった青年が、いつの間にやら己の支配圏から姿を消した。元来、美丈夫は享楽的でありながらも移り気だ。そこへ新しい娯楽を提供するのが青年であり、そんな関係をいたく気に入ってもいた。また新たな余興でも思い付いたのだろうと、なんの警戒もせず喚び出しに応じてしまったのは美丈夫の
そしていま、月の魔力に侵食された美丈夫の脳裏では、己の望むままに、犯し、殺し、喰らえと本能が囁き続けていた。真の主はどちらなのか、青年の魂に己をふたたび刻み付けろと、訴え続けている。
「ルキウス!!」
青年は己を押し倒した美丈夫に向け、必死になって叫ぶ。真名を思い起こさせるその名は、美丈夫の魂を〈戦徒〉という器に縛り付けるため、青年が選んだものだ。
元より悠久の刻を生きる美丈夫にとって、人間の一生など瞬きするようなものであり、その程度の余興に付き合ってやれぬほど狭量ではない。故に美丈夫はなんの確認をすることもなく、総てを受け入れてこのレスタニアに降り立ったのだ。
その元凶たる青年の口から紡がれる己の偽りの名。繰り返されるその名をこれ以上呼ばせぬために、美丈夫は青年の薄い唇へと噛み付くように口付ける。
驚きに見開かれる碧翠の瞳を
「〈覚者〉、サマ……」
下僕たる美丈夫が青年の名を呼ぶことは赦されない。切なげに、狂おしげに主を求めて声を出す。
自身に延し掛かる美丈夫に抵抗すべく見上げた青年の瞳に、月同様に朱を刷いたように赫く煌めく瞳が映る。平素、美丈夫の瞳は氷が張ったような薄碧だ。それがいまは、爛々と燃えるような赫に変化していた。
〈戦徒〉が意志を奪われることがあるのは青年も知っている。悪の心に染まった竜が〈戦徒〉を洗脳し、己の手駒とすることはある。しかしいまこのレスタニアに存在する竜は白竜ただ一柱のみ。故にその推察は成り立たない。ではなにが原因だというのだろうか。それが解らない。
美丈夫は自分を押し倒しただけで、命を奪おうとしている訳でない。ただ狂おしげな瞳で自分を見下ろしている。このシチュエイションで、このあと相手がなにを求めてくるか解る程度の経験はある。
「好きに、すればいい……」
大きく溜息を吐いた青年は抵抗をやめ、両手を地に投げ出した。それは放棄でなく、受容だった。
いま目の前で自身を組み敷いている男は〈戦徒〉。そもそも〈戦徒〉として多少規格外なのは、喚び出してからの一月で身に沁みている。
ルキウスはよく笑い、よく拗ねる。よくも悪くも他の〈戦徒〉に比べ、感情豊かだ。
ルキウスは皮肉屋で、すぐに人を
ルキウスは好奇心旺盛で、いろいろなことに首を突っ込みたがる。
ルキウスは芸達者で、なんでも器用に作り上げる。料理などは一流といえるのではなかろうか。
自分には出来ることがはっきりと決まっている。ルキウスはそんな自分に足らない部分を補ってあまりあるほど優秀な〈戦徒〉だった。
そして──
ルキウスは情熱的で、誰彼構わず口説く。
共に街を歩けば、商店の軒先を冷やかし、売り
〈戦徒〉として、規格外すぎやしないかと苦笑混じりに訊ねてみれば、「コレがオレの本質みたいなモンでしてね」と悪びれもせずに笑って返された。
もちろん喚び出した初日には自分も口説かれていた。多少混乱はしたが、この美丈夫にとってそのようなことは、日常の些事なのだろうと考えるようにした。
「アンタはオレだけのモンだ……」
美丈夫が自分を凝視めて熱っぽく口にする。〈戦徒〉が〈覚者〉に向ける台詞としては規格外では済まされない。寧ろ失格の類だろう。
「誰にも、触れさせねェ」
大きな手で
「ん……ぁ、ふッ……あ……」
青年の顔には朱が差し、徐々に息が荒ぶってゆく。快楽の兆しを植え付けられ、青年の身体が弛緩しているのを見てとった美丈夫は、頤から手を離し鎧を脱がせに掛かった。かちゃりと小さな金属音がして、胸当てを固定するベルトのバックルが外される。青年を鎧う数少ない金属である肩鎧と、そこから繋がった胸当てが外され、荒い呼吸に上下する胸が露わになる。
青年は白竜に心臓を捧げた〈覚者〉だ。その胸に鼓動はない。にも拘らず、まるで身体中を巡る血液が沸騰するように感じる。〈覚者〉となってから誰かと身体を重ねる機会などなく、青年にとって他者との触れ合いで熱を感じるのは久し振りだ。その感覚は、ただの人間であった頃となんら変わりない。
肩と胸を鎧う防具を外してしまえば、上衣は胸から上を覆うタートルネックのタンクトップ一枚。瞬発力と敏捷性に優れた青年には、重量で特性を殺しかねない金属鎧は不向き。とはいえ、戦士としてあまりにも無防備すぎる。
青年の抵抗はないが、積極的に応えることもない。ただ、美丈夫の下で喘ぐ声と熱を持つ身体が、与えられている感覚が快楽であることを示している。
「あッ……っ、ふァ……」
唇を解放せぬまま、薄布一枚となった青年の胸へと美丈夫の指先が触れる。伸縮性に富んだ布地を下から押し上げる小さな突起にそろりと人差し指の腹を触れさせれば、よほど敏感なのか青年がひくりと身を震わせる。青年の反応に気を良くした美丈夫は、ぷくりと膨れて布を押し上げる小さな突起をふたつの指で抓み、こりこりと擦り合わせる。
「あッ、んンッ……ん、く……は、ァ……は、ッ!」
肉付きの悪い青年の胸は薄く、揉みしだくような脂肪も筋肉もない。それでも捲り上げられた布地の下で色付く小さな胸の凝りは、刺激に反応して確りと硬さを増していた。口腔、両の胸と三点を執拗に攻め続ければ、青年は逃げ場を求めるように身を捩る。しかし、腰は上に延し掛かった美丈夫の腰で地に押し付けられ、下肢には熱を持った肉の楔が押し当てられている。美丈夫の逸物は青年の媚態を目の当たりにして質量を増し、これから起こることを告げていた。
この状況で、自分が抱かれる側なのだろうとは予想が付く。受け入れる心の準備は出来ているが、告げねばならないことがひとつだけあった。
「んぁ……ふ、はァ……ン、ぁ……」
捩じ込まれてきた舌と、直接両方の乳頭を転がし続ける巧みな指遣いに、脳の奥まで蕩けさせられ思考が纏まらない。力の入らない腕をなんとか動かし、美丈夫の肩を緩く叩き促すも、なかなか解放されない。美丈夫は激しく舌を絡み合わせ、強く吸い立て、くちゅくちゅと舌を舐り、思う存分青年の口腔を蹂躙してからようやく唇を開放した。
その両腕は青年を逃すまいと、細い身体を挟み込むようにして閉じ込めている。唇は解放されても抱え込まれた胸はそのままで、屹立した乳頭には美丈夫の指の腹が、甘やかな刺激を与え続けている。久し振りだとはいえ、まだ口付けと乳首への愛撫だけだというのに、腰が抜けるような快楽を味わわされ、一歩も動けなくなりそうだった。青年は上気した目許を潤ませ、肩で息を吐く。口端からは飲み込みきれず、粘りを持った唾液がとろりと垂れていた。どうしても伝えねばと、掠れた声を辛うじて出す。
「ッ……は、あぁッ! ル、キウスッ……聞いて、くれ」
「ナンですか、〈覚者〉サマ?」
美丈夫の手が青年の顎を捉え、親指で口端に垂れる唾液を丁寧に愛おしげに拭い取る。その指先の感触にすら悦を感じて身震いする。押し退けはしないが、ひとり乱れる自分の姿に強い羞恥心が湧き上がり、目を合わせられない。腕を持ち上げ自身の顔を隠すように額へ手の甲を当てながら、声を振り絞る。
伝えた処で、美丈夫が退いてくれるなどと思っている訳ではない。これから伝える言葉に対し、目の前の男がなにを思うのか、それを考えると足許の地面が瓦解してゆくような心許ない感覚を憶える。それでも、ことの最中に露見し相手を白けさせるよりは幾分かマシだろう。
「……俺は……男として、不能だぞ」
同じ男性として恥辱に塗れた告白だ。青年は震えを隠すように、緩く深い息を吐き出し、美丈夫の反応を待つ。死刑判決を待つ囚人というのはこういう気持ちなのだろう。
性経験がない訳ではない。性交渉を嫌悪している訳でもない。全く感じもしないのであれば、口付けや愛撫に息が上がることもないはずだ。その証拠に青年の肉体は緩い反応を示している。しかしどうしても陰茎は射精に至らないのだ。いままでに想いを寄せ心を交わした女性はいたが、結局、身体を重ねることは出来なかった。自身の欠陥が解り、女性と接触することは随分と昔に諦めた。そのうちに男性の相手にするようになり、後ろだけで
「それでも、構わ……ァ、ふッ」
答えがないことに耐えられず、平静を装って虚勢を張るので精一杯だ。拒絶を恐れていると悟られないよう、気丈に振る舞った積もりだった。だが、その細い身体へ小刻みに震えが走っているのを見逃すような美丈夫ではなかった。
青年の言葉が中断され甘やかな声が漏れたのは、美丈夫が青年の右の乳首へ口付け、強く吸い立てたからだ。わずかな反応も見逃すまいと、瞳は朱に染まる白い膚を凝視めている。膚を這う温もりと突き刺さるような視線に追い立てられ、青年の喉からは羞恥を纏った喘ぎが漏れる。
「ぁ……ふ、ァ……ン、あ…………ひぁ」
扇情的で被虐的な青年の声に煽られ、美丈夫はますます昂ってゆく。
美丈夫の巧みな愛撫が青年の情欲を煽り、緩やかにだが下肢に血液が集まる。この男の手でならば、自身を解き放つことが出来るだろうか。
青年は淡い期待を胸に抱き、己が〈戦徒〉へとその身を委ねた。
犯し、殺し、喰らう。闇の者が手っ取り早く力を付ける方法だ。
愛し、育て、慈しむ。光の者が長い時間を掛けて育む力とは真逆の方法。
いまこの場で、そのみっつの悪徳を積めば、真名などなくとも本来の力を取り戻すことは可能だろう。その代わり、ようやく手に入れた己の眷属を失うことになる。
失わないためには、生かしたまま犯せばいい。殺さずとも、この魂が放つ上質な精気を喰らえれば良いのだ。
この魂は力ある存在を絡めとる。闇に棲まう者だけでなく、光を纏う者すら引き寄せる。
長い時間を掛け、ようやく眷属として迎え入れたというのに、己に見染められるだけには留まらず、ほんの少し目を離した隙に別の世界の神に選ばれた魂だ。
全くもって厄介極まりない。
いまは総てを忘れているとしても、その魂に己を刻み続ければいずれ思い出すだろう。故に、この
月の魔力が暴いた本能を、どうにか理性で封じ込めた美丈夫は、組み敷いた華奢な身体を丁寧に丁寧に解きほぐしていった。
夜はまだ始まったばかり。赫い月は中空にその真円を浮かばせていた。
目が醒めて、頭の下にある腕に気付く。逞しい男の腕に腕枕をされている。そしてすぐに緩く波打つ長い金の髪が目に入る。
どちらもこの一月で見慣れたものとなった、己の〈戦徒〉のものだった。他人の温もりを感じながら目醒めるなど、いったいいつぶりだろうか。軋る身体を起こし、青年は辺りを見回す。
(昨日は……)
思いの外長引いてしまった任務のお陰で、白竜神殿へ帰還することは諦めた。幸いなことに太陽が沈む前に手頃な水場と洞窟を見付けて、野営の準備を始められた。野営が可能かどうか洞窟内を探索している間、火種にする枯れ枝などを集めるついでに、辺りの調査を美丈夫に任せた。美丈夫が戻ってきたかと思えば、そのまま地面に押し倒されたのだ。
そこまで思い返した処で、自身を見遣れば一糸纏わぬ素裸である。隣で寝ている美丈夫も衣類は一切身に付けていない。敷布代わりには美丈夫の狼皮のケープとローブ、腰回りを申し訳程度に覆う上掛けには青年のケープが利用されていた。
陽はすでに登り、木漏れ日が差し込んで、洞窟の入り口を照らしている。
身支度を整えようとしてもう一度自身の身体を見遣れば、情事の痕跡は膚に散りばめられた紅い
(後始末してある……)
美丈夫の執拗な愛撫のお陰で、久方振りに他人を受け入れたにしては裂傷などの疵はない。普段使わぬ筋肉を使った所為であちこち軋むが、それも身体を動かしているうちに気にならなくなるだろう。
体力的に美丈夫が上なのは端っから解ってはいたが、昨夜は完全に意識を失うまで抱かれ続けた。少しくらい意識を飛ばした処で、即座に快楽のうねりに呼び戻される。扱いは壊れ物に触れるように丁寧だったが、逃げることを赦さない執拗さで激しく求められた。記憶にあるのは欲望に濡れた見慣れぬ赫い瞳。意識のある間中、赫い瞳が自分を凝視めていた。
その瞳の色が、美丈夫が正気でないことを物語っていたのだ。故に情事の後始末までされているとは思わなかった。総ての欲を青年の中に吐き出したあと、正気に戻った美丈夫は、意識のない青年の身体を清めたのだろう。
武具と衣類は傍らに丁寧に畳んである。
洞窟を出て少し歩けば川だ。渡渉には向かないその川でなら魚も獲れるだろう。
昨夜の自分を思い返せば、平静ではいられなくなる。頭を整理するためにも、食糧を手に入れるためにも川へ行こうと、青年は予備のダガーを手にして裸身のまま立ち上がった。
ちらりと美丈夫を見遣るが、健やかな寝息を立てており目を醒ます気配はない。青年は美丈夫を起こさぬよう、気配を殺したまま洞窟の出口を目指した。
入口まで歩いてダガーを口に咥えると、川面に向かって走りそのまま助走をつけて飛び込む。
陽が登ったとはいえ、すぐには気温の上がらぬ山中だ。川の水も膚を刺すように冷たい。冷静さを取り戻すにはちょうど良いだろう。
青年はしばし川の水に身を委ね、手頃な魚を捕まえることに専念した。
水から上がり頭を振るう。首尾は上々だ。大物を一匹捕えた。
髪を掻き上げ、身体の水気を手指で拭いながら、ぼんやりと考える。
〈戦徒〉である美丈夫が、突然〈覚者〉である自分に襲い掛かってきた。肉体的な危害を受けた訳ではないが、静止の声は届かず組み敷かれた。
どろどろに溶かされて、久し振りの快楽に溺れ、みっともないほど縋り付いて、精一杯懇願した。それでも、やはり青年の男性自身は中途半端な反応しか示さず、精を解き放つには至らなかった。青年の期待は自分自身に打ち砕かれたが、美丈夫は一晩中耳許で情熱的な言葉を囁き続け、何度も何度も青年の体内に己の欲を放った。正常な反応を示さない青年を嘲ることも見限ることもなく、一晩中抱き続けた。
きっかけはどうあれ、勝手な期待を寄せて身を任せたのは自分だ。美丈夫を責める気はない。しかし昨夜のことは、どう捉えればいいのだろう。〈覚者〉が命じれば〈戦徒〉はどんな命令にも従うが、こんなことは〈覚者〉と〈戦徒〉の関係としては、およそあり得ない。
傍らに落ちる長い影が目に入り、青年は思考を中断した。その影が誰のものかは考えるまでもない。顔を合わせるのであれば、平静を装わねばならない。諜報活動の一環で幾らでもこなしてきたことだが、いまは上手く装える自信がなかった。
「〈覚者〉サマ、一糸纏わずどこに行きなさったのかと思いましたぜ」
美丈夫はいつも通りだ。昨夜のことをどう思っているのか、その態度からは窺えない。美丈夫は青年のケープとなにやら詰まった小袋を手に掛けていた。ケープを両手に広げ持つと、ゆっくりと近付いてくる。
「食糧を調達しようと思って」
「左様ですかい。考えるこたァ一緒ですな、こちらもキノコやらハーブやら見付けてきましたぜ。ああ、身の締まった食いでのありそうな魚だ。良い腕ですな」
手にした大物を掲げてみせると、くつくつと愉しげに肩を揺らす美丈夫。ダガーでエラを差し貫かれた大振りの魚を見遣り、青年の腕を褒める。そのまま青年の肩にケープを掛けるとみっしりと詰まった小袋の口を広げてみせた。袋のなかには道すがら集めてきた食材に、朴葉まで入っている。
青年は手にした魚を美丈夫へと無造作に手渡す。美丈夫は慌てることもなく、魚を受け取った。
「朝飯にしよう。火を起こしてくれ」
「了解でさァ」
大仰に一礼し、踵を返した美丈夫の背を凝視める。態度の変わらない美丈夫と違い、青年の言葉数が少ないのは自身に後ろめたさがある所為だ。
(なんで、お前はいつも通りでいられるんだ……)
青年はどうしようもない居心地の悪さを感じ、薄らと眉間に皺を刻んだまま美丈夫の後ろを歩いた。
洞窟に戻って服を身に纏うも、鬱血痕が幾つも露出しているのが目に入った。そもそも青年は鎧うことを極端に
身支度を整え、焚き火の前に腰を下ろす。
美丈夫は捌いた魚と野草やキノコを朴葉に包み、火に掛けていた。青年を探すついでにそれだけのものを集めるとは、相変わらずの手際の良さに感心せざるを得ない。朴葉焼きの焼け具合を見つつ、茶を淹れるための湯を沸かし、携帯用の堅パンを準備をするその仕種も表情も、部屋で料理をしているときとなんら変わりなかった。
美丈夫にとって、昨夜のことはなんでもないことなのだろうか。青年は沈黙に耐え切れず、問い掛けた。
「……もう、大丈夫なのか?」
「おや、心配してくださるンで?」
美丈夫は顔を上げず、火の様子を見たままだ。口端が緩い弧を描いているのは解ったが、青年にはその理由までは推し量れない。
「正気じゃなかったんだろう?」
「ナンの弁明も出来やしません」
どんな言葉を掛ければいいのか悩みながら言葉を選んでいるというのに、美丈夫の態度はいつも通りだ。
「……昨夜のことは忘れる。お前も忘れろ」
告げはしたものの、青年だとて簡単に忘れられるとは思えぬほど濃密な夜だった。自身の総てをこの〈戦徒〉の前に曝け出したのだ。忘れられる訳がない。それでも、この関係は正さねばならない。
「そいつァ出来ねェ相談ですぜ、〈覚者〉サマ」
「な、に……?」
「オレがアンタにああして触れたかったのは、紛れもない事実なンで」
顔を上げた美丈夫は柔らかな笑みを浮かべている。青年は思わず立ち上がり、
「逃げねェでくださいよ、いまは確り自分を抑えてますンで。お慕いしとります、〈覚者〉サマ」
青年の手を引き寄せ、恭しく口付ける美丈夫。思わず手を引きそうになる。この〈戦徒〉にどんな顔をしてみせればいいのか解らない。
「本気で……云ってる、のか?」
「もちろん。嘘偽りなンぞ、コレっぽっちもありゃあしません」
偽りを友とし
上目遣いに優雅な笑みを浮かべる麗しき〈戦徒〉。自発的な意志を持たないとされる〈戦徒〉が、何故こうも感情豊かに振る舞うのだろう。
「また……あんなふうになられるのは、困る……」
「だったら……今後、満月の日はオレを連れ歩かねェコトです。抑えが利かなくなっちまいますンで」
「月……の所為なのか?」
云われてみれば、美丈夫の様子がおかしくなったのは陽が沈んでからだ。今回の任務では魔術師と関わることもなく、任務中に受けた呪いの類とも思い難かった。原因が月だというのであれば、頷ける。古来より、満月の夜にしか起こらない不可思議な現象というものは存在する。そのうえ、昨夜はブラッドムーンと呼ばれる赫い月の夜だったのだ。
「ちいとばかし、ワケありでしてね」
どこかばつが悪そうにしながらも、美丈夫は青年の手をゆっくりと離す。
「本当に、それだけなのか? お前を操るような敵がいる訳じゃないんだな?」
「ええ、そんなモンいやしません」
「そうか、なら……」
良かった。そう口に出すのは
「そら、焼けましたぜ。喰っちまいやしょう」
「ああ……」
皿代わりの枯れ板に載せた朴葉の包みを差し出されれば、大人しく腰を下ろさざるを得ない。胡座を掻き、受け取った皿を膝上に置く。せっかくの温かな食事なのだからと手袋を外せば、手首や腕の内側に付けられた鬱血痕が目に入った。思わず漏れた溜息を耳聡く聞き付けた美丈夫が、極愉しげに肩を揺らしている。
「次は、見えない箇所に付けるようにしますよ」
青年は耳を疑い、目を見開いて己の〈戦徒〉を見遣る。
「どうしなさったンで?」
視線に気付いた美丈夫の愉しげな様子は変わらず、間を置かずに聞き返される。
「……次、があるのか?」
我ながら間抜けだと思う。どれだけ触れられても大して反応しなかったのは美丈夫も知っているだろうに。なんとか勃たせ、達かせようと丁寧に施される愛撫に対し、愛想を尽かされることを恐れたのは青年のほうだ。終いには自分は構わないから、早く挿れてくれと懇願までしている。
「何故、ないと思いなさる?」
「何故……って、昨夜で解った、だろ……」
自身の欠陥を何度も口にするのはきまりが悪く、青年は口を濁す。ましてやいまは陽のさんさんと降り注ぐ朝。このような時間帯には似つかわしくない話題だ。
昨夜青年は美丈夫の逞しい肉棒に貫かれ、後ろへの刺激だけで何度も何度も絶頂を迎えた。久方振りに味わう肉の悦びに、ただただ酔いしれた。それなのに自身の肉茎はただの一度たりとも、精を放つことはなかったのだ。そのくせ自身を組み敷く男に、みっともないくらい縋り付いた。与えられる悦を求めるだけで、そこには愛や情といったものはなにも存在しなかった。この男は肉欲に溺れるだけの自分の淺ましい姿を一晩中目にしていたはずだ。
「ええ、〈覚者〉サマがオレの腕の中でどうしようもないほど、愛らしい声で啼いてくださった」
察しの良い美丈夫ならば解っているはずだと口を閉ざしていれば、秘事の仔細を語られる。
「や、めろ……」
「疾く挿れて欲しいっておねだりもされましたねェ」
ことを深刻にしないよう気を遣っていると思えなくもないが、愉しげに語る美丈夫の言葉は青年の耳を苛む。正常な反応を示さない自身の身体は悦を求めるだけだ。相手のことまで意識する余裕が、いまの青年にはない。
「アンタのなかは、熱くて、貪欲に絡み付いてきて……」
「そうじゃ、ない!」
美丈夫の言葉を遮るように青年が声を上げる。
「ナニがですかね?」
「みなまで、云わせるな……」
「聞いてくだせえ、〈覚者〉サマ。……アンタがいま、そうやって思い悩んでいることなンざ、オレにとっちゃ、些細なコトに過ぎないンですよ」
美丈夫は青年の傍らに座り直し、膝上の皿を奪い取る。青年からは決して目を外さず、料理を零すこともなく、傍らへ器用に置いた。
美丈夫はそのまま青年の顎下に手を差し入れ、自分のほうへと顔を向けさせる。
「アンタにナニもかもを忘れさせて、その瞳にオレしか映らないようにしたい。すぐにでも夕べの続きを始めますかね? いまなら昨日と違って幾らでも優しくして差し上げられますぜ、〈覚者〉サマ」
情熱的に耳許で囁かれ、熱のこもった吐息が
「よせ……いまはそんな場合じゃ、ない」
顔を背けられない。震える声で拒絶の言葉を吐くので精一杯だ。
「オレはアンタを独り占めにしたい。夕べ散々アンタを抱いたっていうのに、もうアンタの中に入りたい」
美丈夫は甘やかに熱っぽく囁く。
このままでは流される。流され、溺れて戻れなくなる。心地の好い渓流だと思って身を任せたが最後。いつの間にか水かさは増し、濁流と化して襲い掛かってくるのだ。青年はいままでの経験からそれを知っている。
青年は美丈夫を突き飛ばすようにして自身が後ろに飛び
「いずれ! 離れていくんだろう!?」
舌が喉に張り付き、掠れた声。必死さの表れた自分の声。これでは、縋り付かせろと云っているようなものだ。実際自分が望めば、美丈夫はどこまでも、それこそぐずぐずに溶けるまで甘やかすのだろう。そうやって、当てにしている自分に気付き、自身に対する嫌悪感から美丈夫の顔を見ることが出来ない。
「オレをいったいナンだと思っていなさるンで?」
美丈夫は青年の憂慮を笑い飛ばしながら青年の手を取り、抱き寄せる。青年は身を震わせてはいたが、抱擁を拒絶しなかった。
「俺の……ポーン」
「そう、オレはアンタだけの〈戦徒〉だ。他の誰でもなく、アンタがオレを喚んだンですぜ、〈覚者〉サマ」
〈戦徒〉は〈覚者〉と共にある者。自分とは違い、なんでも器用にこなす〈戦徒〉。神話の叙事詩からそのまま出てきたような見目麗しい美丈夫。自分はこの男を自身の理想像として喚び出したとでもいうのだろうか。
もし、そうであるのならば、自分の在り方は〈覚者〉として正しくない。
頭数が必要だったのは解っている。しかし白竜は何故こんな自分をも〈覚者〉として認めたのだろうとはたびたび考える。
元々青年は一匹狼であり、さしたる目的もなく虚ろに依頼をこなすだけの兇手崩れだった。青年が自身の身を鎧わず軽装を貫くのは、いつ死んでもいいと思っていたからだ。金を欲している訳ではないが、リスクに見合うリターンだと思えば、どんな依頼でもやってのけた。
遂には白竜絡みの依頼を受けてしくじった。
挙げ句、死に損なう。
白竜はそんな自分の命をも拾い上げた。
白竜の慈悲を受けて〈覚者〉となってからは、〈戦徒〉である美丈夫が侍ることになった。なにをするにも独りではなくなり、それを多少煩わしく思いながらも、自分の背を預けられる誰かがいることには安心感もあった。今日まで流されるままに与えられた任務をこなしてきたが、〈覚者〉としての使命のようなものを感じるまでには至っていない。
同様に長年の習慣は、そう簡単には変えられない。いまだ青年は、自分はいつ死んでも構わないのだと思っている。
「それ、じゃ……俺が、まるでお前に抱かれることを望んでいるみたいじゃないか!」
「ソレのナニが悪いンでさァ? アンタは……アンタ自身には幸せになる権利がないとでも云うお積もりですかい、〈覚者〉サマ?」
〈覚者〉とは世界のために身を捧げる者。とはいえいまの青年は、世界のことなど微塵も考えてはいない。喚び出されてわずか一ヶ月、美丈夫の目には捨て鉢な青年の姿がありありと映っていたのだ。
美丈夫の言葉に青年は躍起になるが、その言葉はどこか薄っぺらい。
「〈覚者〉であれば、世界に我が身を捧げるのは当然のことだろ。そのための
青年がレスタニアに降りる前、白竜とどんな約定を交わしたのか。その場にいなかった美丈夫には想像することしか出来ない。しかし死に急ぐだけなら、わざわざ世界を跨いでまで連れ戻しにくる必要などないのだ。
激しい怒りの感情が美丈夫の内に燻っていた。青年の顔を真正面に捉え、流麗な太眉を吊り上げる。
「オレは、アンタの生き様を見届けるためにココにいるンですよ、〈覚者〉サマ」
「なんだ……なにを云ってる?」
いままでになく険しい表情を見せる美丈夫に青年は戸惑う。
「アンタが自分ってモンを殺して世界の礎になろうってンなら、ソイツは認められねェってンですよ。いまのアンタは死に急いでるように見えるんでさァ」
「!?」
自身が喚び出した〈戦徒〉だとはいえ、わずか一ヶ月にも満たない付き合いでしかない美丈夫に見透かされ、青年は言葉に詰まる。
「実際目にしたワケじゃありませんがね、白竜はそんなアンタを生かすため〈覚者〉にしたンでしょうや。違いますか、〈覚者〉サマ?」
世界の守護者たる白竜に敬意を払わない
《己で生きる意味を考えよ》
それが〈覚者〉として命を分け与えられたときに、白竜から貰い受けた言葉だ。にも拘らず、この一月なにも考えることなく、流されるままに生きてきた。美丈夫が〈戦徒〉としておかしいのではない。おかしいのは資格もないのに〈覚者〉となってしまった自分の方だ。
「俺には……自分が生きている意味なんて考えられない……」
青年は苦々しげな息と共に、心のうちを吐露する。
美丈夫は、初めて出逢ったときの青年のことを思い返す。世界の理不尽さを知り、己を取り巻く総てに対して大っ嫌いだと
この青年があの青年と同じ魂を持つ者だとしても、その生き方は全くの別ものだ。約定にてこの地に生まれ落ちる前から〈覚者〉となることが定められていたのだとしても、青年の半生が歪だったことは誰にとっても予想外だったことだろう。生き方の総てを定めることは、たとえ神といえども出来ぬのだ。
「だから、オレの役目はアンタを生かすことなンですよ」
傍観者としてこの地を訪れた者としては、それを正す役目を担わされるのは不本意だ。しかし享楽的な美丈夫にとっては、簡単に死を選ばれるのも面白くない。
「お前は……ずっと、俺と共にいてくれるって云うのか?」
「アンタが生きてさえいればね。オレら〈戦徒〉は不死身のようなモンですから」
青年がそうっと手を伸ばす。美丈夫の豪奢な金の髪を一房掴んで引き寄せながら俯くと、その髪に唇を落とす。美丈夫は髪を引かれるままに顔を寄せ、青年の顔を覗き込まんとする。
「お前は俺のパートナーポーン……だろ?」
「そうですよ。……いきなりどうしたっていうンですか、〈覚者〉サマ?」
「だったら、
唐突に青年の声色が変わる。口端はいままでにない愉しげな弧を描いている。
「……ええ、そうですよ」
思わず言葉に苦笑いが混じり、美丈夫は肩の力を抜いた。昨夜、美丈夫は熱に浮かされて青年に同じ言葉を突きつけたばかりなのだ。それに、顔を上げた青年のその不遜な翠の輝きは良く知っている。それは過去に己を従えた後、人間であることを辞めて己の眷属となった、あの青年と同じものだった。
「ずっと、俺の傍にいろよ……ルキウス。これは、命令だ」
「アンタの傍以外、居場所なンてありゃあしません。仰せのままに、〈覚者〉サマ」
変わらず鎧うことは厭わしく、あくまで軽装を貫いてはいる。
しかしその日を境に青年は死にたがりではなくなった。
覚者は前世以前のことを忘れてますし、ポーンは能力制限してますので俺つええ系にはなりません。
メガテンの世界観はそれほど持ち込まない予定です。