とある転生覚者の物語~覚者は白竜を継ぐ気がない&戦徒は主を連れ還りたい 作:狗狼
※今回はメガテン系用語がそこそこ出てきます。
「〈覚者〉サマッ! 危ねェ!!」
美丈夫が叫び、青年を突き飛ばす。そしてその姿は
「ルキウスっ?!」
慌てて崖っぷちに走り寄る青年。谷を覗き込むも、底は薄暗い。そして豆粒のようなサイズのひしゃげた物体が目に入る。辺りには体液の飛散した不吉な模様が薄ぼんやりと見える。
「ルキウス……。う、そ、だろ……」
言葉にするまでもなく、それがなんなのか理解出来た。その事実に毒気を抜かれて、両手に持った短剣を取り落とし、その場にへたりと座り込む。戦意を失った青年に向かってここぞとばかりに急降下してくるグリフィン。
青年は動けない。自身の上が巨鷲の影で翳ったことにも気付いていない。
「フレイムウォール!」
そこに高らかな詠唱完了の声が響いた。声の主は少年。大杖を片手に、得意げに右手を振り上げている。
その手振りに合わせ、青年とグリフィンの間に炎の壁が噴き上がった。たかだかと燃え上がる炎の壁に真っ正面から突っ込んだ巨鷲は、けたたましい声で苦痛の叫びを上げる。
「ピギャアアアアアアアア!」
翼を魔法の炎で焼かれたグリフィンは、ぼろぼろに焼け焦げた翼では自重を支えきれず、錐揉み状態となって谷底へ落ちてゆく。
青年の後ろからひょこっと姿を表し、谷底を覗き込む小さな人影。ツーブロマンバンヘアーの黒髪で褐色膚をした少年は、青年の肩に手を突いて身体を支えながら、崖下を覗き込んでいる。
「あ~あ、ルッキー落っこちちゃった。でも、グリフィンも落っこってくれたのはラッキーでしたね♪」
脳天気な声で少年が云う。身動きしない主を心配して顔を覗き込む。
「マスター、大丈夫ですかぁ?」
「本当にもう、
続けて少年とは逆側から姿を表したのは、光の加減で緑掛かって見える金髪を胸許まで伸ばした細身の少女。年の頃は一四歳といった処か。年齢的にも身長もふたりは同じくらいだろう。
はぁっと大きな溜息を隠すこともなく、呆れた声で少女が口にする。
「さ、行きましょう」
少女は青年へと手を差し出すが、青年は動けず呆然としている。
「ええと……?」
「あのおバカさんを迎えに、ですよ」
少女は両腰に手を当て仁王立ちで答える。主の青年を心配する素振りを見せるが、崖下に落ちた僚友には容赦がない。
「立ってくださいな、〈覚者〉様」
少女は今度こそ青年の手を取り、確りと立ち上がらせる。しかし青年はいまだ唖然としていた。
「ほら、行きますよ。イシュトもさっさと準備なさい」
「は~い」
「……行くって、何処へ?」
「ポーン郷です」
「ポーン郷……」
その名前を耳にし、そこが美丈夫と初めて〈戦徒〉の契りを交わす前に行った場所であること思い出す。
「そ、か……疾く、行かないと」
憑かれたようにゆらりと立ち上がり、
〈リム〉と呼ばれるエネルギーは、〈生体マグネタイト〉や〈マガツヒ〉と呼ばれるものと大差ない。
魔物を倒せばその強さに応じた量を残すそれは、神や魔と呼ばれる者の肉体を現世で構築するのに必要な要素だ。
そんな高密度のエネルギーの中に己は揺蕩っており、自らの意思では動けない。
何故自分がそんな処にいるのかを考える。
初めての感覚ではない。
では、以前同じ目に遭ったのはいつか。
そうだ、それは世界を滅ぼしたあとのことだ。
偽りを友とし数多の神々を欺いた道化は、滅びを望む大神の目論見通り、世界を破滅へと導いて自らも滅びたのだ。
しかし、滅びた神々はもう用無しだというのに、己の意識はいまだこうして存在している。
己の存在を知り、必要とする者がいる限り、眠りの淵から喚び醒まされるのだ。何度でも。
己という存在が真に消え失せるのは、その存在を知る者が絶えたときなのだろう。
神話に語られる神とはそういうものだ。
では、己は何者か。
閉ざす者、終わらせる者、終末を紡ぐ者、ずる賢い者、トリックスター、変幻者、空を旅する者、狡知の神、狼の父、フヴェズルング、大きく成長したもの、ラウフェイの息子──
数多の名を持つ己を呼ぶ者は、ここにはいない。
もう誰も呼び起こさないでくれ。そうすれば、永遠に眠っていられるのだから。
覚醒し掛けた意識を、
《ルキウス!》
誰かがそう呼び、どくんと心臓が跳ねた。
その名は己のものではないというのに、
それは〈戦徒〉という窮屈な器へ、己の魂を縛り付けるために与えられた名だった。
今度こそ意識が覚醒する。
いま現在、己は何者か。
〈戦徒〉ルキウス──〈覚者〉アルフォルドのメインポーンにして、パートナーポーン。
《〈覚者〉サマ!》
青年の名を呼ぼうとした。しかし己の口を衝いた言葉はそれだった。美丈夫が〈戦徒〉として、主である〈覚者〉の名を呼ぶことは禁忌に値した。
美丈夫はゆるりと辺りを見回す。辺りは青白い輝きを持つ、気体とも液体ともつかぬエネルギーに覆われている。〈生体マグネタイト〉によく似たそれは、この世界では〈リム〉と呼ばれるものだ。
何故このような場所にいるのか、美丈夫は記憶を辿る。
《あァ、そうか……》
〈覚者〉である青年の身を庇い、代わりに崖下に落ちたことを思い出す。そして与えられた器が壊れ、魂だけがここ〈異界の狭間〉に追い遣られたという訳だ。
どうやら現在、己は〈リム〉で生成された監獄〈囚われし戦徒の間〉に閉じ込められており、ひとりではここから抜け出せそうにない。どの程度の自由が与えられているのか調べようとすれば、目に見えないヴェールが身体に纏わり付いて動きを制限する。〈リム〉で出来たヴェールは、まるで幾重にも折り重なる
さらには足許に広がる〈リム〉の泉から人影がふたつ湧き出でる。〈戦徒〉にもよく似たそれは〈ポーンクラッシャー〉と呼ばれる者たちだ。美丈夫が前に進もうとすれば行く手を阻むが、立ち止まればそれ以上近付いては来ない。しかし、油断がならないのは人影はふたりとも武器を持っていることだ。
己を見返せば、身体はほぼ幽体に等しい。〈戦徒〉の器より解放されてはいるが、それはこの世界で行動するための肉体が存在しないということ。己がもっとも得意とする氷属性の魔法を使おうとしても、纏わり付く〈リム〉が邪魔をし、上手く魔力を練ることが出来ない。
《そういやァ、ここじゃあ魔法を使うのに、発動体として杖が必要なンだったな》
この世界で使える魔法は元いた世界とは術式も違い、美丈夫の得意とする〈魔界魔法〉は発動しない。それはこの世界に降りたあと、ひとりになった機会に試し済みだった。
美丈夫自身は戦士の素質も持っており、大抵の武器を使いこなすが、武器よりも素手で闘うことを好む性質だ。そしてこの世界には素手で戦う職も存在しない。
そしていまの己は〈シールドセージ〉だ。最大の武器は防御といわんばかりの大盾を背負い、敵視を集めるロッドを腰に佩いている。
なるほど。この世界に在る以上、己は〈戦徒〉以外の何者でもないという訳だ。目醒めたときの自己認識が、真名ではなく〈戦徒〉としての名前であったことから、そう判断する。
世界を渡ったのであるから、この世界のルールに従わねばならないのは解る。しかし〈戦徒〉という存在は、これほどまでに不便なのかと改めて思う。特に鎧う必要すらない己の本来の姿を思い浮かべ、美丈夫は現状ではなにも出来ない己に、苛立ちを憶えていた。
《さァて、アイツはオレを解放しになぞ来るものかねェ?》
美丈夫に出来るのは、己を取り囲む人影の様子を窺いながら待つことだけだった。
「レッドキャップがいますね」
少女が前方を見据えて小声で囁く。小鬼の中でも赤い帽子を被ったレッドキャップは、凶暴で毒塗りの武器を持っており厄介だ。
「援護を頼む」
「あっ、ちょっと……〈覚者〉様!」
それだけを口にして青年は立ち上がる。そのままシーカーロープを器用に使ってひょいっと樹上に飛び上がってしまう。上から奇襲を掛ける積もりなのだとは解ったが、性急すぎる。
「えぇっ? あの子、あんなに無鉄砲なの?」
少女は柳眉を歪め、傍らでのんびりと構えている少年を見遣る。少年は変わらず能天気で、大杖を片手に青年のあとを追い出した。
「ん~、昔とはだいぶ違うよ。だってそもそもマスター運痴だったもん」
現在は〈ソーサラー〉を担い軽快な動きの出来ない少年は、樹上を進む主を気にしながら、自身は茂みに身を潜めつつ進んでゆく。
「いいなぁ、マスター。僕、〈シーカー〉や〈ハンター〉のほうが得意なんだよなぁ」
少年は元々風乗りだ。身軽なのはいうまでもなく、弓を撃たせれば風を読み命中率は高い。
「あ~、でもやると決めたら必ず実行する人だね。そこは昔と変わんないかも」
一度目標を定めれば、自分の持てる手段は総て使い尽くして最善手を選ぶ。青年の前世はそういう性質であることを知っている。故に、美丈夫ですらも連れてゆけなかった最強の敵に、青年と一緒に臨むことになったのは少年だったのだ。
少年は、本当は青年が最終戦に美丈夫を連れてゆきたかったことも知っている。しかし最適なスキルを組み換えることが可能であっても、防御相性だけはどうにもならなかった。青年の手持ちの〈仲魔〉から選ぶのであれば、最適解は射撃力と防御相性に優れた少年しかなかった。
だからこそ、いまこうしてこの場に少年はいる。別の世界に来てまで、大好きな主と一緒にいられるだなんて、自分は幸運だ。しかも主と同じ
「なるほど。……あのヒト並みに、厄介ってわけね」
少年に倣ってあとを追いながら、大きな溜息を吐く少女。
「そうでなければ眷属なんかにしないでしょ。僕は長く一緒にいられるようになって嬉しいけどさ」
少女と少年はこの世界で初顔合わせとなる。少年が何者かということに関しては、青年がただの人間であった頃からの従者であるということだけで、その正体までは知らない。
長らく誰の訪いもなかった自分の元を青年が訪ねてきて、異世界に同行してほしいと頼まれたときには驚いた。しかも、美丈夫が暴走しかかったときには、それを止める役目を担ってほしいと云われたのだ。
「てかシギュたん、ルッキーの嫁でしょ。よく引き受けたねぇ」
「あくまで、〝元〟よ。……早くあの子を追いましょ」
滅びた神々は不要だ。少女もそう思っている。だからこそ誰とも関わらず、ひとりで過ごしていたのだ。そのまま忘れ去られて無に帰しても構わないとすら思っていた。
彼岸の先にあるおまけの生を消化しているときに持ちかけられた取引を、面白いかも知れないと思い、気軽に引き受けてしまったのが運の尽きだ。しかし少女は、ほんの少しだけ後悔し始めていた。
〈覚者〉の青年は、少女の視界の先でレッドキャップの群れへと先陣を切って突っ込み、戦闘の口火を切った。流れる風のように斬り込んでゆく姿は熟練戦士の風格だ。その素早さと手数には感心せざるを得ない。青年が風を切るたび、赤い帽子を被った小鬼はどんどんと斬り飛ばされてゆく。勇猛果敢といえば訊こえは良いが、実の処は焦燥感に駆られているだけだ。
この程度の雑魚に青年がどうこうされるようなことはないだろうが、ごく最近喚び出した少年のことがすっかり抜け落ちているに違いない。喚び出されたばかりの第三の〈戦徒〉である少年は、まだ実戦の経験が少ない。いまの自分の役目は癒し手の〈プリースト〉だ。壁役の美丈夫が不在ないま、確りと援護をしてやらねばならないだろう。
少女は杖を両手に持ち、支援魔法の詠唱を開始した。
「〈覚者〉様、無茶がすぎます」
少女は先ほどまでの戦闘を思い返しながら治療魔法を使い、青年へ向けて口にする。
青年が前線で赤帽子と斬り結んでいる間、少年が気付かれる前に詠唱を終える時間が作れたのは良かった。先陣を切った青年がほぼ全部の小鬼を引き付けてくれたお陰で、少年が放った雷の魔法で一網打尽に出来たのだ。雷に弱い小鬼は〈サンダーケージ〉で弾き飛ばされ、そのままお陀仏となった。
そして赤帽子どもの中心にいた青年はといえば、小鬼が持つギザギザの剣先によって多数の引っ掻き傷を拵え、身に纏っていた服もあちらこちらが切り裂かれていた。
もちろん毒も喰らっており、魔法による癒しが必要だ。治療の呪文で毒を消し、続けて目に見える怪我を治した処で、青年は即座に先へ進もうとする。
「お待ちください」
「なんだ? 早く行かないと」
あまりにも性急すぎる青年に、休息を進言しようと思ったが、云った処で強行軍を決め込みそうな様子だ。そこで少女は言葉を変えた。
「〈覚者〉様は靴を履いていらっしゃらないのですから、脚絆は変えていただかないと危険です」
「……解った」
口を引き結んだ青年が、不服げに応じる。
「まずは場所を移しましょう」
少女の進言で赤帽子の死体が散らかる場所から少し離れ、小休止をとることにした。魔物が残す〈リム〉を取り除けば、死体は時間とともに消えてなくなるが、この場は見通しが良くない。
ミスリウ森林に棲む森小鬼から奇襲を受けないよう、川辺の見晴らしの良い場所へと移動する。青年は周りを確認してから倒木に腰を下ろし、身支度を整え始めた。それを見た少女は枯れ枝を集めて火を起こし、簡易食の準備を進める。
青年の手甲と脚絆には収縮性に富んだバンテージが使用されている。これは巻いておけば大した荷物にもならない、魔法の癒しがないときには包帯代わりにもなる優れものだ。そのため、予備をいくつか持ち歩いており、少女の言によって渋々ながら取り替える青年だった。
木や崖、壁面の登攀や足技を多用することもあり、靴よりも素足であることを青年は好んだ。厚手の靴底であれば蹴りの威力は増すが、素足の触感から得られる情報に勝るものはない。その分、手足の関節や足裏を痛めることのないよう、伸縮性のある厚手のバンテージを利用しているという訳だ。
「〈覚者〉様、こちらをどうぞ」
両手両足に確りとバンテージを巻き終えた処へ、干し肉とガラキノコを煮込んだシチューの椀と、ハーブサラダとチーズを挟んだ黒パンが差し出される。
「癒しの薬でいいじゃないか……」
体力を回復するだけならば、戦闘中でも摂取可能なポーション類をいくつか所持している。食事を受け取りながら思うままに言葉を紡ぐと、少女は柳眉を逆立てた。
「確り休息をとらなければ、判断力が鈍ります。いまだって、ここまで装備をぼろぼろにしなくても済んだはずですよ」
手甲と脚絆は整え直したものの、肩や胸の金属鎧は傷だらけ。帰還後には入念な手入れが必要だった。そのうえ上衣と下衣はあちこち引き裂かれて膚が露出しているし、破れ目の繊維は毛羽立っている。もはや繕うよりは仕立て直したほうが早い状態だ。
「……」
少女のお小言に青年は無言で食事を腹に押し込んでゆく。
「シギュたん、おかーさんみたい」
少年がころころと笑いながら云うも少女に睨み付けられ、椀で顔を隠しながらシチューを掻き込んだ。シチューを口にした少年は、打って変わったように顔を綻ばせる。
「は~、美味しいですね、マスター!」
「ああ……うん、そうだな。とても、美味しく出来てる。……ありがとう」
せっかく作ってくれた食事だというのに、作り手である少女に対する礼を忘れていた。シチューは塩とハーブのみの簡素な味付けだが、肉とキノコの旨味がよく出ているし、爽やかなハーブと濃厚なチーズの塩気がマッチした黒パンも美味だった。
改めてそれらを味わって食べながら、青年はボルド鉱山からミスリウ森林まで、ほぼノンストップで駆け抜けてきたことを思い出す。きちんとした休息をとるのも久し振りだ。
青年よりも遥かに小柄なふたりの〈戦徒〉は、文句ひとつ云わずにここまで着いてきてくれている。青年は気持ちが逸るあまり、ふたりとの歩幅の違いや山道への慣れなど、一切考慮していなかったのだと、いまになって漸く気が付いた。特に少年は喚び出してから日が浅い。経験の少なさが死に繋がることもある。本当は青年がもっと気を遣うべきだった。
「ふたりとも、済まない」
「僕は平気です。マスターとこうして一緒にご飯が食べられて、嬉しいくらいです!」
心底嬉しそうに笑う少年。その明るさに救われることも多い。
「大丈夫です。少しくらい待たせてやればいいんですよ、あの考えナシは」
焚き火を挟んで青年とは対面の草地に腰を下ろした少女は、呆れたように云いながら具をたっぷりと挟んだ黒パンに齧り付いた。
「シギュンはルキウスに対して、だいぶ辛辣だな……」
「〈覚者〉様だって、迷惑を被っているでしょう? だいたいですねぇ、壁役の〈シールドセージ〉が真っ先に死んでどうするっていうんですか。これが攻城戦や奪還戦だったりなんかしたら、その場で任務失敗ですよ?」
大仰な溜息を吐く少女。もっともな意見すぎてぐうの音も出ない青年。
「それは、まあそうなんだが……」
「でも〈覚者〉様がご無事だったのはなによりです。あのヒトの代わりに〈覚者〉様が落ちていれば、いまここに私たちは存在していないでしょうから」
谷底に落ちてひしゃげた美丈夫の姿を思い出し、下手をすれば自分がああなっていたのだと思うと青年はぞっとした。白竜の加護を受けた〈覚者〉とはいえ、不老ではあっても不死ではないのだ。
「そう、だな……。気を付けるよ」
「食べ終えたら向かいましょうか。ポーン郷はもう少しですし、着いてからが本番ですよ」
残りの黒パンを食べながら、青年は携帯品を確認し出発の準備を整えた。ポーションや火薬類にはまだ余裕がある。ポーン郷で買い足す必要はなさそうだ。
一向は何事もなく小休止を終え、ポーン郷へと向かった。
ミスリウ森林の南西に、古い古い聖堂がそびえ立っている。
大昔、レスタニアと異界との接点が生まれたその場所に、仕えるべき〈覚者〉を求めたポーンの民が集うようになった。貴重な異界との接点を護るべく、その場に聖堂を建てて古きポーンの民が里長となり、そこをポーン郷と呼ぶようになった。それがポーン郷の始まりである。
朝靄に光を浴びて、荘厳にそびえる聖堂の奥には、
青年が近付くと、里長は右手を挙げ〈戦徒〉の印を見せながら、〈覚者〉である青年に対し恭しくを垂れる。
「〈覚者〉よ、本日はいかがされた?」
「失われたポーンを喚び戻すには、ここに来ればいいと訊いて……」
青年は里長に向かって苦々しげに口にする。〈戦徒〉を失うのは〈覚者〉として、恥ずべきことだ。
「なるほど。事情は把握した。以前の試練同様、階下の門を開こう。こちらへ来ませい」
里長は狭間へと続く門へ青年を案内する。
「〈異界の狭間〉深部には〈囚われし戦徒の間〉が存在し、肉体を失ったポーンはそこからひとりで出ることが叶わぬ。その場にいる〈ポーンクラッシャー〉を倒すことで初めて、貴君のポーンをこの世へ喚び戻すことが出来るのだ」
扉の前にて、ふたたび深く頭を垂れる里長。
「気を付け召されよ、〈覚者〉。狭間に集うポーンは以前と同じではない。貴君が〈覚者〉として成長した分、強き者たちが集うことだろう」
「了解した」
青年は力強く頷くと、臆さず門を潜る。ふたりの〈戦徒〉も青年に続く。門の先は〈異界の狭間〉。〈リム〉の気配は色濃く、レスタニアとは違う空気が流れている。
「ここを訪れるのは二度目か。そう何度も来たくない場所だ。ふたりも俺がまたここへ来なくて良いよう気を付けてくれ」
両脇に付き従う小柄な〈戦徒〉ふたりの肩に手を回し、交互にぎゅっぎゅと抱き寄せてから歩みを進める青年。
「はいっ!」
少年は元気よく返事をし、青年のあとを小走りで追い掛ける。
「所詮は似たもの同士、って訳ね。無意識なのかしら?」
少女はふうと嘆息して小声で呟くと、ゆったりとした足取りでふたりのあとを追った。
〈異界の狭間〉にあるのはレスタニアとは異なる建築様式で造られたダンジョン、石造りのアーチ橋、地の底からそびえ立つ螺旋階段の尖塔、そしてそれらを繋ぐ〈リム〉の大地。大地は〈リム〉の溶け出した泉になっており、淡い蒼の燐光を放っている。泉からは上質な水を採取することも可能だ。
他、多くは生ける屍となっているが、朽ち果てたまま遺された〈覚者〉の亡骸もある。亡骸に触れれば、無念を訴える〈覚者〉の思念が流れ込んでくる。
ここは仕える〈覚者〉を求めた
正直、長居をしたいとは思わない。意志の弱い者は、渦巻く情念に取り込まれてしまうのではないかとすら思える。
遠目に人影を認めた青年は、一歩後ろに控えるふたりに告げる。
「……ここではなるべく戦わず、奥まで走り抜ける。敵に捕まらないよう、気を付けろ」
「解りました」
「了解!」
「絡まれたときには、俺が倒す。まずは橋の途中を左に曲がれ。その先にある塔から下に降りる。先に行け」
以前訪れたときの構造を思い返しながら指示を出すと、ふたりの背をぽんと叩いた。それを合図に三人は走り出す。
生者の気配に、
《我が使命はここに》
《迷いを断つ》
《我に役目を》
《覚者……覚者だ》
道中、耳が捉えるのは〈彷徨える戦徒〉たちの切なる情念。
「悪いが、うちには手の掛かるやつがいるんでね」
自身には抱え込めない〈戦徒〉の情念まで、面倒は見られない。それ故に、青年はこの場では極力戦わないことを選んだのだ。
一、二度斬り結ぶことはあったが出来る限り戦闘を回避し体力を温存したまま、最深部にある薄蒼の光に包まれた広間〈囚われし戦徒の間〉へと辿り着けた。
敵の気配がなくなった辺りで、青年は逸る気持ちを抑えきれなくなっていた。この先に美丈夫がいるのだと思うと、どうしようもなく気持ちが急いて踏み留まることが出来なかったのだ。小柄な〈戦徒〉ふたりが追い付いてくるのを待たず、一足先に単独で広間へと踏み込む。
そこで、美丈夫に襲い掛かろうとする〈ポーンクラッシャー〉の姿が目に入る。美丈夫は身に付けた大盾を使って、攻撃を凌いでいる。防戦はしているものの、反撃している様子がない。
「それは、俺の
込み上げてく怒りを抑えきれず、吼えながら青年は地を蹴った。流星の如く地を駆け、風を切り、己の〈戦徒〉を害しようとする敵へと斬り掛かる。
風と一体化し、ふたつの人影の間を何度も何度も駆け抜ける青年。両手に持った短剣の刃による傷だけではなく、青年が駆け抜けるたび風が刃と化して敵に襲い掛かる。青年の猛攻を避けきれず、次第に〈ポーンクラッシャー〉の動きは鈍ってゆく。
「ダークネスミスト!」
そこへ黒霧が発生し、追い付いてきた少年の唱えた魔法が、動きの鈍った敵に止めを刺した。
〈ポーンクラッシャー〉を殲滅し、息を切らした青年は振り返るが、そこに先ほどまであったはずの美丈夫の姿はない。すでにこの場の呪縛から解き放たれた美丈夫は、さらに奥の〈リムの淵辺〉に送られていた。あとは〈覚者〉である青年の手による解放を待つだけだ。
「ルキウス!」
少年と少女を待たず、青年は美丈夫の元へと駆け急ぐ。
青年は泣きそうな顔をして、美丈夫へと手を伸ばす。しかし、その身体に触れることは出来ない。先ほどまでとは違い、ここに在るのはなにも身に付けていない青白く透き通った霊体の姿だ。
美丈夫も伸ばされた青年の手を取ろうとするが、これもまた擦り抜け互いに触れることが叶わない。
「申し訳ねェ、〈覚者〉サマ。アンタを抱き締めて安心させてやりてェが、いまのオレじゃあ無理みたいで」
いつものように触れられないことが不満そうで、青年の目にはその表情が申し訳無さよりも、どこか嬉しげに映った。
「あ……」
「本当に……オレを迎えに来てくださって、有難てェ限りですよ、〈覚者〉サマ」
掛ける言葉を探しているうちに、美丈夫の心底嬉しそうな笑みが目に入り、青年は言葉に詰まってしまった。それだけ云うと満足したのか、美丈夫の気配は消えてしまう。
「……ルキウス。あいつ、云いたいことだけ云って還りやがった……」
もっとちゃんと言葉を交わしたかった。しかし、自分がもたついている間に美丈夫は現世へと還ってしまった。美丈夫がいないのであれば、もうこの場に留まる理由はない。
「マスター、置いてかないでくださいよ〜」
後ろから、ぱしゃぱしゃと水が跳ねる音とともに、ふたりの〈戦徒〉が駆けてきた。青年は眉間に薄らと皺を刻み、不条理感の残る気持ちを抑えながら振り返って、ふたりの〈戦徒〉を迎える。
「……帰ろうか」
「はい、〈覚者〉様。お疲れ様でした」
ぼんやりとひとりで佇む姿になにかを察した少女は、青年を労るような笑みを浮かべていた。その頭に手を伸ばしぽんぽんと頭を撫ぜ、気持ちを落ち着かせようとする青年の姿を見た少年は「しぎゅたんだけズル~い」と青年に抱き付いてくる。苦笑しながら少女と同じように少年の頭をひとしきり撫ぜ、青少年組のふたりの存在そのものに癒やされる。
ふたりから手を離すとその場で胎児のように身体を縮めた青年は、〈リム〉の流れに身を任せた。レスタニア全土に張り巡らされた〈リム〉の流れを利用した〈リム転移〉だ。〈異界の狭間〉から直接、自室に設置されている〈辺境の礎〉へと意識を向ければ、〈リム脈〉を通じて肉体を移動させることが出来る。
その場にいたふたりの〈戦徒〉も〈覚者〉の移動に伴い、〈リムストーン〉へと戻るだろう。
風に舞う羽根のようにふうわりと、つま先から優美な立ち居振る舞いで自室にある〈辺境の礎〉前へと降り立つ。〈リム〉の奔流から抜け出した青年は、落ち着かない様子で部屋中を見回した。
先に帰還しているはずの美丈夫の姿が見えず、不安になりかけたそのとき、青年の背後から朗らかで豪気な声が掛けられた。ほんの一時、離れていただけだというのに、声を耳にしただけで熱いものが胸に込み上げてくる。
「お帰りですかい、〈覚者〉サマ」
粗野な物云いの豪胆な美丈夫が、緋色の部屋着を纏って自室にいる。いつもの光景だ。
「馬鹿野郎……還ってきたのは、お前のほうだ……」
最初になにを伝えるか頭の中で確りと考えてきたはずなのに、青年の口を衝いたのはそんな悪態だった。違う。伝えたかったのはそんな言葉じゃない。自分がえらく動揺しているのが解り、美丈夫とまともに顔を合わせられない。
「そ、そうだ! ……装備をな、ぼろぼろにしてしまったんだ。手入れをしておいてくれるか?」
取り繕うように言葉を探しながら、胸ベルトの留め金を外し肩鎧と胸当てを脱ぐと、鎧棚へ置こうとして美丈夫に背を向ける。
「〈覚者〉サマ」
言葉とともに吐息が耳朶を擽った。いつの間にか、美丈夫が真後ろに立っている。青年が巧く言葉を選べず立ち竦んでいると、美丈夫はその手から鎧を取り上げて棚に置く。
「オレがやっておきますンで。〈覚者〉サマはゆっくり休んでくだせえ」
背後の温もりは直ぐに移動し、美丈夫は棚から磨き布と橄欖油を取り出す。その姿を目で追った青年は、美丈夫の手に自分の手を重ねて制止する。
「いまじゃなくていい。……いまじゃなくて、いいんだ」
「〈覚者〉サマ?」
繰り返される言葉は、自分に云い訊かせるためだ。美丈夫は片眉を吊り上げ、俯いた主の顔を覗き込もうと身を屈める。青年は腕を上げると美丈夫の首に回して抱き付いた。
「〈覚者〉サマ、だいぶんお疲れでいらっしゃる。お休みになられたほうがイイ」
美丈夫は青年を抱擁し返し目を閉じる。青年を落ち着かせようと、優しく背を撫ぜる。
「休むのなら、お前も一緒に、だぞ……。二度と、無茶はするな……」
「オレは、還ってきたばかりですぜ?」
「もう、あんな想いをするのは、御免だ……」
そう云いながらも顔を合わせようともしない青年に、美丈夫は深い溜息を吐く。青年はそれを耳にしてきゅっと目を瞑るが、頑なに離れようとはしない。美丈夫はその様子に、ぶら下がるようにしがみ付いている青年の細い身体を、ここぞとばかりに横から抱き上げた。普段は姫抱きになどすれば、顔を真っ赤にして怒る青年だが、このときに限ってはなにも云わなかった。
「アンタが死んだら、オレは復活出来ねェんですよ。庇って当然じゃねェですか」
耳許に顔を寄せ、優しく囁く。青年はふるふると首を横に振るだけでなにも云わず、顔も上げない。ただ右手を首から外すと美丈夫の胸許へと滑らせた。
「解りましたよ、〈覚者〉サマ。重々気をつけますンで、泣かねェでくだせえ」
「泣いてなんかない」
青年は部屋着の内側に手を潜り込ませて、心臓の上に充てがっている。厚い胸板の下で、確りと鼓動が動いていることを確認していた。その珍しく殊勝な態度を目にして軽口を叩けば、即座に否定の言葉が返ってくる。
「そうですな。多分、オレの勘違いでさァ」
頑なに顔を上げようとしない青年の髪に口付けを落とす美丈夫。青年をベッドまで運ぶ美丈夫の表情は、いつになく愉しげで穏やかなものだった。
ゲーム内ではパートナーポーンはロストせずに待機状態へ戻る設定だったかと思いますが、前世の人間関係をはっきりさせたかったので、メインポーンが三人いる状態で初ロストをさせたくて、こうなりました。
神話に詳しい人であれば、ルキウスとシギュンの正体は解ったのではないかと思います。イシュトヴァーンについてはまた今度。
あと、ゲーム中ではシーカーロープは敵にしか引っ掛かりません。木に引っ掛けたりしたかったなぁという一プレイヤーの妄想になります。