※この作品はR-18です。

とある転生覚者の物語~覚者は白竜を継ぐ気がない&戦徒は主を連れ還りたい   作:狗狼

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 悪辣の翌朝。目が醒めた青年は辺りを見回して、昨夜のことを思い返し自己嫌悪に陥る。しかし美丈夫はいつも通りで。


微睡[※]

 触れた膚から伝わる体温と心音とが心地好い。近頃の目醒めはいつもこうだ。

 〈覚者〉である自分にはない、心臓の鼓動。それは〈戦徒〉である美丈夫のもので、その鼓動になによりも安心感を憶える。

 銀の髪の青年は、〈覚者〉に与えられた自室の、広い天蓋付きベッドの中で微睡(まどろ)んでいた。同じベッドで隣に眠る美丈夫の金の髪が、窓から差し込む陽の光を反射して眩しい。

 自室のベッドにて裸身で目醒めることには、もう慣れた。隣に美丈夫がいることも当たり前だ。美丈夫が先に目醒めていることのほうが多いが、こうして先に自分が目を醒ますこともある。

 そんなときにはたいてい、意識が覚醒するまで美丈夫のまつ毛をぼんやり眺めながら「相変わらず、長いな……」などと、益体もないことを考えたりなぞする。

(何時だ……?)

 差し込む光の強さと角度から、とっくに昼を過ぎているのは解る。自分はともかく、美丈夫がこんな時間までベッドに篭っているのは珍しい。陽の光から逃げるようにころりと転がって身体の向きを変え、昨夜のことに想いを馳せる。

(昨日は、なにをどうしたんだっけか……)

 従者が主よりも遅く起きるだなんて怠惰がすぎるだなどと、美丈夫を責める気はさらさらない。それどころか昨夜のことを思い出した青年は、がばっと飛び起き、右手で口許を押さえる。

 なにをどうしたどころの騒ぎではない。それに、美丈夫を責めるなどというのも、全くもってお門違いにもほどがある。

 今朝方帰還して自身の不埒な行いを咎められ、諌められたことを思い出す。さらには感情が昂ぶって涙を見せた挙げ句に、茫然自失となったこともだ。終いには体力が尽きて寝落ちし掛かった自分の世話を甲斐甲斐しくし、美丈夫が寝かし付けたことまで総て、ありありと思い出した。

 傍らで眠り続ける美丈夫を見下ろした青年は、面と向かってどんな顔をすれば良いのかと自己嫌悪に陥る。美丈夫の前でみっともなく泣き喚かなかったことだけが、唯一の救いだ。

 青年は内心で頭を抱えながら、裸身のままそっとベッドを抜け出した。今朝の己の所業を確認するため、薄手の上掛け一枚を身体にぐるぐると巻き付けただけで、所在なさげにもそもそと歩き出す。

 寝室はいつも通り──といいたい処だが、ベッドサイドには箱型の蓋付きバスケットが置かれている。これは起き抜け用の軽食だろうと、中身の確認は後回しにする。

 まずは脱衣所──脱ぎ捨てた衣類は跡形もなく、すでに芥場(あくたば)へと持ち込まれて処分されているようだ。

 次に湯殿──派手に零した湯は確りと拭き取られており、いつでも浸かれるように新しい湯が張られていた。

 そして武具棚──愛用の肉斬り包丁に予備のミゼリコルドはきちんと磨かれて棚に収まり、肩鎧と胸当ても油を塗って磨かれ、トルソーに掛けられていた。

 青年が〈覚者〉として自由気ままに振る舞うその傍らで、美丈夫は〈戦徒〉としての役目をきちんと果たしている。とはいえ〈戦徒〉の本分でもない雑事の総てを、一任している訳ではない。青年は〈覚者〉となり、一般人よりも優遇された生活を送るようにはなったが、元々が根無草の一匹狼だ。ひとつ処に居を構えるのは初めてで、誰かに世話を焼かれる生活にはいまだ慣れない。身の回りのことは為るべく自分でするように心掛けているが、有能な美丈夫のおかげで、気が付けば遣ることなどない状態になっている場合も多い。

 この日も、身の回りのものは総て片付けられていた。

 そこでくるると腹の虫が鳴る。

(食事は……)

 べッドサイドにバスケットが置かれていたのは、起き抜けで目にしている。

 上掛けにくるまったまま台所へと足を運べば、大鍋がとろ火に掛けられたままだった。蓋を開けてみれば、中身は数種類のキノコと玉ねぎを粗みじん切りにして、乳で煮込んだスープだ。

 玉杓子を取り上げ味見をすれば、ほどよく火が入り食べ頃になっている。これ以上煮詰めてしまっては料理も炭ももったいない。青年はかまどから炭を取り出し、火消し壺へ移すと確りと蓋を閉めた。

 続けて壁に設えてある食器棚から木椀ふたつを取り出し、玉杓子を使って盛り付ける。匙(さじ)ふたつを取って椀に突っ込み、両の手にひとつづつ持って寝室へと戻った。

 バスケットにはすぐに食せるものが入っているはずだ。どちらかといえば食に興味が薄い青年としては、温かいスープがあるなら携帯食の堅パンを浸して食べるだけでも全然構わない。だが、美丈夫は〈戦徒〉にあるまじき食道楽だ。その美丈夫がわざわざ食べ頃の状態にしてあったのだから、見合った料理を拵えてあることは疑う余地もない。

 寝室へ戻るがベッドの膨らみは部屋を出たときと変わりがない。ひとまずサイドテーブルに椀を置き、バスケットを膝に乗せてベッドへ腰掛けた青年は中身を確認した。蝋引き紙の包みをひとつ取り上げ広げてみれば、中には希少肉のパテと新鮮な葉野菜を挟んだ白パンが入っていた。思いの外、手が込んでいる。流石にひとりで先に食べてしまうのは気が引ける。しかし、美丈夫と顔を合わせる決心も付かない。

「喰わねェんですかい?」

 しばし悩んでいると後ろから愉しげな声が聞こえた。いつの間にか美丈夫が目を醒ましていたようだ。青年は動揺を隠しつつ、包みを元通りにしてバスケットに戻し、平静を装う。

「ひとりより、一緒に食べるほうが旨いだろ」

 美丈夫が後ろでもそりと動く気配を感じながらも、青年には振り返る度胸がない。

「おはようごぜえます、〈覚者〉サマ」

 あくびをしながら大きく伸びをした美丈夫が、肩越しに顔を覗かせて青年の頬にキスを落とす。

「ンじゃあ、飯にしますかね。椀を取っていただいても?」

「自分で取れ」

 美丈夫の態度はいつもと変わりない。今朝方のことをどう捉えているのか解らない。それに甘えていつも通りに振る舞えれば、どれだけ良かったことか。素直な言葉が出ないのをいつも通りというのは、ただ不貞腐れている子供と変わりがない。

「しようがねェですなァ、うちの〈覚者〉サマは」

 笑いながら美丈夫がベッドを降り、木椀ふたつを手にして戻る。

 この男は自分からなにかしらの反応を引き出したいのだ。解っているから、顔には出さないように努めている。

「前を隠せ……」

 しかし裸身で目の前に立たれては、視線をどこに向けようが股間が目に入る。しかも寝起きだ。当然、逸物は天を向いている。

「ああ、こりゃ失礼。なにぶん、起き抜けなモノで」

 さりとて股間を隠す訳でもない美丈夫の差し出す椀を見遣って嘆息する青年。呆れながら蓋をしたバスケットをベッドの真ん中に置き、中から蝋引き紙の包みふたつを取り出す。

 なにも云わずとも察した美丈夫はベッドに乗り上げ、ふたつの椀をバスケットの蓋の上に置いた。

「さあさ、飯にしましょうや。それとも〈覚者〉サマが食べさせて下さるってンですかね?」

 流石にこれ以上は顔を見ずに遣り取りするのも不自然がすぎる。青年は胡散臭げに半眼で美丈夫を見遣り、手にした蝋引き紙の包みをひとつを差し出した。

「自分で食えるだろ」

 青年は素っ気なく云うとぱくりとひと口、具をたっぷりと詰め込んだ白パンへと齧り付く。柔らかな白パンにはバターがふんだんに塗られており、水分を吸うことなくふわふわのままだ。複数のスパイスを使って風味豊かに仕上げた希少肉のパテに、シャキリとした歯応えの葉野菜がさわやかさを加え、肉の旨みを引き立てている。口の中ではパテがほろりと崩れ、たっぷりの肉汁があふれ出す。零れる肉汁を受け止め旨味たっぷりの白パンを確りと咀嚼し、ごくんと嚥下(えんか)した青年の顔が綻ぶ。

「相変わらず、お前の料理は絶品だな」

「お褒めに預かり、恐悦至極」

 包みを手にしたまま、青年の食べっぷりを見ていた美丈夫は胸に手を当て、深々と頭を垂れる。その芝居掛かった調子に青年が思わず声を立てて笑う。

「まっぱで云われてもな?」

 股間には視線が行かないようにしているが、隠しもしない美丈夫のご立派な朝勃ちは治まりつつあった。

「ちゃあんと服を着て、テーブルで行儀良く喰ったほうがよかったですかね?」

 どこでも手軽に食べられるのが具を挟んだパンの良い処だ。それにふたりきりで堅苦しい真似をする必要もない。

「……いや、そういう気分でもないな」

「付いてますぜ、〈覚者〉サマ」

 美丈夫が手を伸ばし、青年の口許を親指で拭う。肉汁とパンくずの付いた指先をぺろりと舐めて、自分で作った料理を自画自賛する。

「イイ味だ。任務がねェのなら、こうして日がな一日、のんべんだらりと過ごしましょうや」

 呵呵(かか)と笑いながら、美丈夫も楽な姿勢をとって白パンに齧り付いた。食事時に野暮な話をするいわれもない。白パンとスープを食し、青年も腹を落ち着ける。

「腹もくちくなりましたし、あとは怠惰に過ごしますかね」

 云って美丈夫はごろりとベッドへ横たわる。青年をベッドに引き込もうと手を伸ばした処で、その手をぴしゃりとはたくと、青年は胡乱げに眉を吊り上げ云い放つ。

「後片付けが先だ。お前はそのまま寝てればいい」

 青年は面食らった様子の美丈夫を目にして、屈託なく笑う。そのままバスケットと重ねた木椀を片手にベッドから降りると、裸身で台所へ向かった。蝋引き紙をくず籠に放り込み、バスケットの中に落ちたパンくずを払うと、壁の食器棚へと戻す。私室に炊事場はあれど、水場は階下の共有井戸のみだ。裸のまま向かう訳には行かない。椀と匙は水を張った桶に浸け置いて、寝室へと戻った。

 

 

 

 美丈夫は出て行ったときと変わらず、ベッドに寝転んだままでいた。しかし青年の顔が目に入ると、すぐに顔を綻ばせて両手を広げる。その様子を見て内心、嬉しげに尾を振る犬のようだと思った青年である。

「ン」

「なんの真似だ」

 なにも気にせず、その腕の中へと飛び込んで行ければ良いのだろうが、青年にはそれが出来ない。ベッドの傍らに立ち、冷ややかな目で美丈夫を見下ろす。

「本当に、素直じゃねェですな」

 くくっと喉を鳴らし、ごく愉しげに笑う美丈夫。くいっと身を起こし、青年の手を掴むとベッドに倒れ込んだ。バランスを崩す青年の身体を引き寄せ、己の胸板へ青年の顔を抱込む。跳ね除けようとするも力強く抱き竦められ、身動きすら叶わない。

「な、にを……」

「別にオレのコトが嫌いでも構わンですよ。でも〈覚者〉サマ、人膚に触れるのお好きでしょう?」

 柔らかく囁く美丈夫の言葉に息を呑む。図星だ。〈覚者〉となり、自身の鼓動は確認出来なくなってしまった。だが、触れ合えば美丈夫の鼓動を感じることは出来る。その温もりに、自分でも驚くほどに安心する。

 しかし好きだとか、愛しているだとか、そんな言葉はとても口になど出来ない。その言葉の持つ意味について深く考え始めると、それ以上先にはどうしても踏み出せないのだ。

「嫌いなんかじゃ、ない……」

 それでもこれだけは伝えねばなるまいと、かろうじて口に出来たのはその程度の言葉だ。ましてや〈覚者〉と〈戦徒〉という間柄で、自分の感情とどう向き合えば良いのか解らない。

「〈覚者〉サマはなんでも難しく考えすぎでさァ。思ってるコトを口にしてみりゃあいいンですよ。いま、ココにはオレしかいねェンですから」

 柔らかな笑みを浮かべながらも、美丈夫はいつでも青年が自分の腕の中に堕ちてくるのを待ち構えている。それを目の当たりにして、安寧に身を委ねてはいけないと警戒心が働く。

「お前に……」

 途切れがちに言葉を紡ぐ青年の顔には、激しい葛藤が浮かんでいる。自身のいまの想いを伝えるために、どの言葉が適切なのか探りながら口に出している。

「傍に……いて、欲しい……」

 やっとのことでそれだけを言葉にし、唇を噛み締める青年。以前は逃げるばかりで、なにも口に出来なかった。それに比べれば、ほんの少しでも前に進んではいるとはいえよう。しかし、自分の行いが道を踏み外したものではないと、胸を張れるような人間ではない。

 そんなふうに二の足を踏む青年の姿を目の当たりにして、美丈夫はにんまりと笑う。

「もう忘れちまったンですかい? オレは今朝も云いましたぜ。アンタが〈覚者〉でなくとも、傍にいるって」

「お前は〈戦徒〉だ。……俺に〈覚者〉の資格がないことは、お前が一番よく知ってるだろ?」

 自嘲気味に云う青年は、世界を正そうなどとは微塵も思っていない。自らの欲を満たすために魔物とまぐわうような不埒な行いをする人物が、果たして〈覚者〉に相応しいといえるだろうか。

「そンでも、アンタが〈覚者〉なのは紛れもない事実でしょうや」

 美丈夫は青年の身体をベッドに押し付けながら云う。そして青年の胸へ顔を寄せ、おもむろに〈覚者〉の徴(しるし)である疵へと口付け、ぞろりと舌を這わせた。

「ッ……やめッ」

 白竜は己の眷属たる青年から、心臓を奪い〈覚者〉へと変えた。喩えこの世界で生きるための仮初の器とはいえ、髪の毛一筋たりとも、他の神になど触れさせたくはないというのに。

 美丈夫に胸のうちに、ふつふつと支配欲が湧き上がる。コレがいったい誰のモノなのか、知らしめねばならない。

「アンタみてェに一風変わった〈覚者〉には、オレのようなひと癖ある〈戦徒〉でちょうどいいンですよ」

 顔を上げ、にっと口端を吊り上げた美丈夫は得意満面に云い放つ。

 美丈夫の慾に気が付いた青年は、一瞬身体を強張らせる。誰よりも人の温もりを欲しており、その予兆には敏感に反応するくせに、相変わらず臆病な自分に嫌気が差す。

「そんな……したり顔で云われても、な……」

 呆れたような困ったような、なんとも云えぬ表情で青年が返すも、美丈夫の態度に脱力したように吹き出す。

 一瞬の隙を突いて美丈夫は青年の両の手を奪い、指の間に指を絡めて確りと握りながら、頭の両脇に押し付ける。さらには両足の間に入り込むと延し掛かるように上から腰を押し当て、華奢な身体をベッドに縫い留める。股間と股間が触れ合う。

 驚きに目を瞠る青年を真摯な眼差しで見下ろし、美丈夫は悩ましげな吐息を漏らした。一度は治まったはずの股間は熱を持ち始め、その欲望を隠すことなく示している。

「今朝は据え膳でお預けを喰らってますンでね。オレはイイ加減限界なンですよ、〈覚者〉サマ」

 美丈夫が青年を見下ろして、舌舐めずりをする。今度こそ逃す気はないのだとその全身で語っていた。美丈夫がそっと顔を近付けてゆく。豊かな金の髪がさらりと流れ落ち、愛撫のように柔らかく青年の膚を擽った。

 唇が重なる瞬間、青年の身体に緊張が走るのを感じとった美丈夫は、表面にそっと口付けるだけですぐに唇を離す。

「本気でイヤだってンなら、アンタはただ命じりゃイイ。オレに命令出来るのは、アンタだけなンですぜ」

 この青年が命令というものを嫌っているのは、前世からだ。それを知っていながら云ってのけ、美丈夫は青年の逃げ道を塞いでゆく。

 艶美に微笑んだ美丈夫は二度、三度と青年の唇に口付けを落とす。

 一度目のキスには反応しなかったが、ちゅっと大きなリップ音を立てる二度目の口付けには、青年の唇が震えた。そして三度目。唇が降ってくるのを待たず、青年は肘を使って肩を浮かせ、自らが先に美丈夫の肉厚で精悍なフォルムを描く唇を甘噛みした。逆に驚きに目を瞠る美丈夫の唇を割り裂き、舌を捻り込む。指は外されることなく絡めたままで、青年のほうから強く握り返してきた。

「んぁ……は、ァん。ん、ふ……ぁ」

 拒む理由はなにもない。頬を緩ませた美丈夫は青年が潜り込ませてきた舌を己の舌で捕らえ、ちゅくちゅくと強く吸い立てる。貪欲に絡み付いてきた青年だが、逆に美丈夫の巧みな舌遣いに翻弄される。

「あ、ふ……ん、ァ……」

 思わず美丈夫を押し退けようと肩で押し返すが、思考まで蕩けさせられ身体からは力が抜け落ちてゆく。

 長い長い口付けの最後には、飲み込みきれなくなった唾液を口端から零し、確りと握り締めていたはずの指先には力が入らない。絡めた指を離したくはなかったというのに、だらりと弛緩した四肢がベッドに投げ出されている。

「ふ……いつもそうやって……積極的でいれば良いンですよ。あんまりにもうじうじ悩み続けるようなら、オレがナニも考えられなくして差し上げまさァ」

 柔らかく笑んだ美丈夫は、青年の膚の上を這いずり回らせていた唇を徐々に下肢へと滑らせてゆく。熱のこもった息を吐くと、青年がかろうじて絡ませていた指を名残惜しげに外し、細く白い足を抱え込む。指が外れた瞬間、青年が目線を美丈夫に向けるが、美丈夫はにたりと口角を吊り上げる。そのまま、薄い筋肉の付いた内腿へと口付けたかと思うと、大腿筋に沿って膝までをぞろりと舐め上げた。

「ん……る、きぅ……ふゥ、ン」

 快楽に打ち震える青年の股間を見下ろせば、青年の陰茎は足の間で確りと質量を増している。直接触れている訳でもないというのに、美丈夫の愛撫に反応して先端に先走りを溜めていた。とろりとあふれてくる透明な蜜は、青年の陰茎を伝って睾丸まで滴り落ちてゆく。ひとめ見ただけで、青年がその身体で受け留めているのは快楽なのだと解る。

「ふァ、あ……ン、っあ……」

 青年から余計な思考を奪うため、屈み込んだ美丈夫は会陰に唇を落とす。ぷくりと膨れた会陰を肉厚の唇で喰み、舌でぐいぐいと押すように揉みしだいた。肉の奥に埋まっている性感まで届くよう、外から刺激を与えてやる。

「あァ……ンあ、ッは……」

 身体の外側を刺激されただけだというのに、青年の身体は大きく跳ね、甘やかな声で愉悦を訴え続ける。美丈夫の唇は会陰から後ろに移動し、窄まった菊座に触れる。会陰だけなら耐えれば良かった。しかし、唇が触れた場所は排泄口だ。青年は思わず両手を伸ばし、美丈夫の豪奢な金の髪を掴む。

「やめ……汚いッ、から……ァあ……ぅ、は……あァ」

 早めの夕食を摂って以降、眠りに就くまでに食事はしていない。朝までの不埒な時間のあとに、一度は排泄を済ませており、腹の中はほぼ空だろう。先ほど食べた食事はまだ胃の中で、消化もしていないはずだ。眠りに就く前に湯浴みもしてはいるが半日は経っている。そんな状況で本来出す場所である後孔に口付けられるのには抵抗がある。

 朝方は使い倒され緩んでいた後孔だが、いまは違う。あれから数時間が経ち、ひっそりと窄まっている。美丈夫は青年の硬く閉ざされた菊座に口付け、滑った舌で襞を割ってゆく。

「汚くなンかねェですよ」

 両手で腰を支え、親指を添えて襞を広げながら、ぬるりと伸ばされた舌が体内に潜り込み、頑なな青年を少しづつ抉じ開ける。滑る舌は皺を伸ばし、丁寧に拡げられた孔に美丈夫の太くゴツい指がひそりと侵入していった。

「あ、ッ! ふゥ……あァ、あ……」

 青年が抱え込まれた足の間から美丈夫を見上げれば、自身の役立たずな陰茎が目に入り目を背ける。美丈夫はそれに気が付くと右手を前に出し、半勃ち状態の竿を優しく包み込んだ。青年が射精出来ないとはいえ、なにも感じない訳ではないことも知っている。包皮から半分顔を覗かせている亀頭に、美丈夫が指先を絡み付かせた。外気に触れ慣れていない淡桃色をした先端を直に抓んで刺激を与える。

「や、めぇっ……あっ、んぁ……あ、はぁ!」

 びくんと身体を大きく跳ねさせ、金糸を掴んだ指先をきゅうっと握り締める青年。足は爪先までぴんと張り詰め、太腿の筋肉が戦慄(わなな)いている。その口から零れる静止の声には喜悦の色も含まれており、説得力はない。

「イけなくても、ナンも感じないワケじゃねェでしょう。アンタの身体ですぜ」

「あ、ンぁ……は、ッあ……ふ、ァ」

 美丈夫は後孔から唇を外すと、手の中の肉茎を押し上げて口許へと運び、剥き出しにした先端へと舌先を伸ばした。桃色に色付き震える亀頭の割れ目に溜まる雫を舐め取ろうとする美丈夫の姿が目に入り、青年は慌てふためく。

「触れられ慣れてねェからですかね? 綺麗なピンク色をしてらっしゃる」

「やめ、云う、な……バカや、ひうッ! やッ……ああっ!」

 力の抜けた指先で軽く髪を引くも、美丈夫は動じない。先走りの蜜をじゅるりと吸い上げる卑猥な音に羞恥心を煽られ、青年の指先には力が入らない。そして力の抜けたタイミングを狙い、美丈夫の指がさらに後孔へ押し込まれる。濡れた舌で唾液をたっぷりと塗り込められた孔を、指が丁寧に押し拡げてゆく。

「いっぱいいっぱい気持ち良くなって、自然にイケるようになりゃあイイですよ」

 口の中で膨れ上がって、ひくひくと愉悦に震える肉茎。その先端の割れ目に熱く濡れた舌先を捻り込み、吐精間際のぷくりと膨れた亀頭を肉厚の唇で喰みながら、美丈夫が口にする。その間にも指は青年の体内に入り込み、前立腺まで届いていた。

 後ろと前とを同時に攻められ、怒濤の如く押し寄せる快楽に、青年は前後不覚に陥る。自分が自分ではないもののようにふわふわしており、なにも考えられない。上擦った自分の声が耳に入り、浮遊感に意識が飛びそうになる。

「あっ……あ、ッは……ひァ、あ……ぁ……っ、ふ」

 もう少し、あと少しで達(い)けそうだ。そのくらい、悦を感じていた。達きたい。射精(だし)たい。解放されたい。なにかに縛り付けられている訳でも、なにかに抑え込まれている訳でもないはずだ。ただ、性感が高まり最高潮を迎えそうになると、潮が引くようにすうっと熱が引いてゆく。

 達けそうで達けないもどかしさのあとに、達けなかったことへのフラストレーションが溜まり、自己嫌悪にも陥る。今回もそうだった。

「はぁッ、はぁ……ぁ。……もう、いい。ルキウス……」

 口の中で柔らかさを取り戻してしまった陰茎から顎を外させ、美丈夫を引き寄せようと髪に手を伸ばす。

 どことなくしょんぼりと項垂れた美丈夫の姿は、本当に犬のようだ。名前までは知らないが、金色の毛皮に覆われ、主に無償の愛を捧げる愛嬌のある大型犬。愛玩動物を飼った積もりはないし、無償の愛を捧げられても、青年にはなにを返せばいいのか解らない。

「〈覚者〉サマ……」

「そんな顔、するな。お前のせいじゃない。いいから……来い」

 青年の求めに応じて美丈夫が上体を起こし、身体をずらす。美丈夫の下肢で熱を持ち、膨れ上がった剛直が、青年の身体に触れる。胸許に零れ落ちる金糸に指先を絡めて美丈夫を引き寄せた青年は、その耳許に唇を寄せると消え入りそうな声で囁いた。

「指なんかじゃなく、お前が欲しい……」

 覆い被さる身体を撫ぜながら下肢へと手を伸ばし、猛った美丈夫の男性自身をそっと握り込む。熱く、硬く、膨れ上がった美丈夫の剛直も、先ほどまでの自分と同じように先端からとろみのある先走りをあふれさせている。

「ふゥ……。オレも、疾く〈覚者〉サマとひとつになりてェ、ですよ」

 細い指先に熱(いき)り勃った雄を包み込まれた美丈夫は、愉悦を感じていることを余すことなく伝える。情慾のこもった熱い吐息が、青年の耳朶に吐き掛けられる。

 青年は美丈夫に解され寛げられた秘部に、猛る肉の楔の先端を導き、自ら充てがった。

「〈覚者〉サマ……」

 美丈夫が名を呼ぶことは禁忌とされ、ただその役割を表す言葉でしか求めることの出来ない相手。

「ルキ、ウ……ス……」

 返される名も己のものではあるが、真名ではない。名を呼ばれるたびに、否と叫び出したくなる自分と、その名で呼ばれることに慣れつつある自分がいる。その名は青年が付けた己のためだけの名でもある。

「ン、あ……あ、ッは」

 美丈夫が腰を押し進め、エラの張った雁首が肉輪を押し拡げて青年の中へと入り込む。青年が喉を仰け反らせながら上げる声に、苦痛は感じられない。

 何度か身体を重ねて、美丈夫を受け入れること自体にはさほど抵抗がなくなった。その熱と大きさは、欠けたピースのように自分にぴったりと嵌る。

「ひァっ! あ゛あ゛ッ!!」

 ゆっくりと繋がることに耐えきれなくなった美丈夫が、ぐっと腰を押し進めて奥を突いたとき、青年の声が一際甘く誘うように響いた。

「あァ、ン……ふ。ァ……ル、キ……」

 ひくひくと痙攣するように打ち震える青年の反応を、美丈夫は見逃さない。どんなに抑えようとしても抑えきれない甘い声が漏れるのも、美丈夫は聞き逃さない。

 それでも青年は鼻に抜けるような甘ったるい自分の声に恥じらいを憶え、朱に染まった目許を潤す雫を見せまいと、片腕で顔を隠す。

「隠さねェでくださいよ、〈覚者〉サマ……」

 その腕を掴み、硬く握られた拳に口付ける。無理に腕を退かそうとするのではなく、頑なな拳を開かせようと、指先に口付ける。ほんの少し力の抜けた指を唇で喰み、舌で拳を抉じ開けてゆく。美丈夫の熱く滑った舌が指の股に辿り着く頃にはもう、青年の腕には力が入らなくなっていた。

「や……ァ! あッ、は……ぁ、あ゛ん゛」

 どうにか絞り出した否定の言葉すら、快楽を訴えているようにしか聞こえない。美丈夫に総てを絡め取られた青年は、保身のための恥じらいもなにもかもを剥ぎ取られ、その身ひとつを眼前に晒すことを強要される。

 いま青年が全身で感じている悦楽の総ては己が与えたモノであり、青年の総てが己のモノなのだ。他の雄に身を任せる青年に対し不義不徳の念は湧き起こるが、己がこうして傍らにいる以上、もう他の雄などでは満足出来ないだろう。たとえなにがあろうとも、最終的にこの手の中に転がり堕ちてくれば、それでよい。そう、己を納得させるしかない。でなければ、また嫉妬で世界を滅ぼしかねない。

「ココを、こうして……めいっぱい突かれるのが、お好きでしょう?」

「ひぅッ! あ゛ァ!」

 青年の甘やかな喘ぎ声が雄弁に物語る。なにを感じ、どこに弱いのかを。そしてどうして欲しいのかを。華奢な身体を二つ折りにし、窮屈な姿勢で青年が望む通り前立腺を突いてやる。悲鳴にも似た嬌声が耳に心地好い。

「〈覚者〉サマ……」

「あァ……ふ、ゥん。あふ……あッ、ぁ」

 青年が身を貫く快楽に溺れるのと同じように、美丈夫も己を包み込む肉の快楽に溺れている。

「ふ、ゥ……〈覚、者〉サマ……。すげェ、締め付け……です、な」

 美丈夫は青年の最奥を貫くと、ぴたりと身を寄せる。仰け反り喘ぐ青年の耳許に口付け、熱っぽく囁く。その首に青年の腕がゆらりと伸ばされ、おずおずと覚束(おぼつか)ない動きで絡み付いた。

「爪を立てたって……構いやしねェですよ」

 温もりを渇望しているくせに、与えられれば受け取ることを躊躇う青年。朱に染まる目縁(まぶち)に滲む涙を啜り、こめかみに口付けながら緩やかに腰をストロークさせる。

「ひぁ、ッ! あッ、ン……あッ、ああ」

 深く体内に沈めた腰を引き抜こうとすれば、青年の柔肉は名残惜しげ纏わり付いて、己を引き留める。それに逆らい、絡み擦れ合う肉が生み出す愉悦に夢中になって青年を穿つ。

 極上の楽器のように打てば響く声は耳に心地好い。叩けば鳴る太鼓のように身体から伝わる振動が心地好い。しかし当たれば砕けるはずの心は頑ななままだ。どれだけの愛情を注ぎ込めば、ひびを入れることなくその心を閉ざす岩戸を開くことが出来るだろうか。

「は……ッ、あ。〈覚者〉サ、マッ……」

 美丈夫は狂おしげに青年を呼びながら、熱くうねる肉壺の最奥へと己の欲望を注ぎ込む。解放の間際、青年の最奥に突き込まれた亀頭がぶわりと膨れ上がり、圧を増す。

「あ゛ッ、んァ……あ゛ァ゛!!」

 青年の体内で美丈夫の肉棒の先端が膨れ上がる。欲望を浴びせ掛けられる前兆だ。その総てを受け止めようと身体が反応し、腸壁が蠕動する。無意識ながらもきゅうっと締め上げ、背に回した腕に力がこもる。熱い白濁がどくどくと解き放たれると同時に、脳内は眩い光を浴びたかのようにハレーションを起こす。

 最奥を突かれて大量の子胤を浴びせ掛けられながら感じる絶頂に身体が戦慄く。美丈夫が自分の中で果てたことに対する満足感と、受け止めた熱に追い遣られ、高みに達した満足感。そのあとに続く幸福感に、身体を覆う心地好い疲れは本物だ。

 しかしそこへ、男として同じように達けない悔しさが綯い交ぜになる。云いようのないこの気持ちは、誰とも共有出来ないだろう。もちろん、相手が美丈夫であろうと伝えられない。

「あ、ッふ……。んぅ……は、ぁ……」

 青年は美丈夫に顔を見られることを恐れ、深い呼吸を繰り返しながらその首に齧り付く。合わせた胸から伝わる美丈夫の鼓動に縋り付く。

 美丈夫は悦を受け止めながら震える青年の身体を確りと抱き留めてやった。無理に顔を見ようとはせず、赤子を宥めすかすように、ちゅっちゅと小さなリップ音をさせながら耳朶から首筋に唇を這わせてゆく。

「ン……ふゥ」

 愛されることに慣れておらず臆病な青年は、どれだけ愛してやれば不安を感じなくなるだろう。美丈夫にとって世界よりも大事なのものは、己の眷属であるこの青年だ。この異郷で一生を終える程度の時間は付き合ってやらなくもない。このレスタニアでひとりの人間として生き抜かねばならないのであれば、生を謳歌させては遣りたい。しかしまかり間違っても青年がこの世界を気に入り、世界の守護者たる白竜を継ぐなどと云わせてはならない。その匙加減は難しい。

 

 

 

 青年の中に己の欲を吐き出し息を整え終えた美丈夫が、青年の身体に回した手でゆるりと愛撫を再開する。

「〈覚者〉サマ……オーク相手に、どんなふうに乱れてきたンですかい」

 耳朶に唇を寄せ、熱い息を吐き掛けながら「教えてくだせえよ」と、どことなく不機嫌そうに囁く美丈夫。なるべく感情を抑えようとしているが、嫉妬心が滲み出ているのが青年にも解る。吐精後も青年の中には美丈夫の逸物が収まったままだ。精力的な美丈夫が吐精後に気怠げな様子を見せることはあまりなく、そのまま第二ラウンドへと縺れ込むことは多い。青年の羞恥心を煽りながら、美丈夫の肉棒はすぐに硬さを取り戻してゆく。

「な、んで……んなこと」

 頬を朱に染め瞳を潤ませた青年が、厭(いと)わしげに美丈夫を睨(ね)め付ける。しかし、美丈夫は愉しげに口角を吊り上げ、青年を愛撫していた指の動きをとめる。

「云ってくださらないと、やめちまいますぜ?」

 身体に触れる指先の感触が途切れるのを剥(むく)れた顔で見上げながら、青年は途切れがちに言葉を紡ぐ。

「……ん、ぅ……動けないように、縛り上げてッ。……は、ッあ……上に、乗っかって……」

 美丈夫の指先が乳頭に触れ、青年が大きく仰反る。抓んだ乳首をくりくりと捏ね、凝らせてゆく。

「自ら、腰を振ったンですな?」

 羞恥と快楽とに目許を真っ赤に染めながら、美丈夫の視線を避けるように目を伏せた青年が、こくりと小さく頷く。

「じゃあ……ッ」

 視線が逸れた隙に、美丈夫は不穏な笑みを浮かべて青年の腰に手を掛けると、上体を起こしながら細い身体をぐいっと引き寄せる。肉付きの薄い青年の尻が柔らかなベッドから浮き上がり、背は弓骨のようにしなって弧を描く。

「やって……見せてくだせェ、よ」

 悪戯っぽく笑いながらの促しに、青年は腹筋を使いながら美丈夫に倣う。上体を起き上がらせた青年は、正座した美丈夫の上に跨る形となる。

「は……ァ、ッふ……。ん、ひ……ァ」

 体勢が変わるたび、身体の中に収まっている美丈夫の剛直の位置や角度が変わる。その都度結合部から生まれる愉悦に、上擦った声が漏れる。自分の情慾に塗れ掠れた甲高い声に、青年は深い羞恥を憶える。顔を隠そうと美丈夫の身体に腕を回してしがみ付き、その肩口に顔を埋めた。

「あ、ぁ……っ、は。ンぁ……はっ、はぁ……ぁ」

「アンタが……ッ。自分の欲ッてヤツを、満たそうとしている姿を、ねッ……。ふ、ゥ……オレに、見せてほしいンでさァ、〈覚者〉サマ」

 美丈夫は抜け落ちぬよう青年の背を抱きながら脚を崩して胡座を掻いた。対面座位となって耳許に唇を寄せた美丈夫は愉悦で途切れがちになる声で囁く。腕の中に抱え込んだ細腰を支え、甘やかに微笑む美丈夫。

 ただでさえ、青年の目には常日頃から美丈夫は男性としての魅力にあふれた存在に映っている。普段は見せることのない表情を、自分だけに曝け出されては簡単に跳ね除けることなど出来はしない。

 これではどちらが主従なのか解らないと思いながら、青年は美丈夫の肩に両腕を置いた。深く長い息を吐き出しつつ膝で立ち、美丈夫の肩に置いた腕で自重を支える。

「ふ……ぁ……」

「はッ、ァ。アンタの中は……熱くて、キツくて……最高ですな」

 青年が与える愉悦に耐えながら、大したことではないと余裕綽々な態度を見せる美丈夫。

 本当に、余裕があるのか。してやられっぱなしなだけでなく、自分に向けて愛を囁くこの男が、自分に溺れている姿をもっと見たい。そんな欲が青年の内から込み上げてくる。

「ン……は、ッ。あ、ゥん……」

 ゆっくりと腰を上げれば、青年の体内に収められていた美丈夫の逸物が、ずるりとその赤黒い表皮を覗かせる。先端が引き抜けそうなほど腰を上げた青年は深く息を吸い、ふたたび腰を下ろしてゆく。初めは緩やかな動きで抽送を繰り返していたが、だんだんと律動を早め、結合部からはにちゃ、ぬぷ、ぬぷりと粘液質の音があふれ始めた。

「あァ……あッ、ァ。ふ、は……ぁ、ッは……あァ……ルキ、ゥス……ッ」

 ずちゅ、ずちゅと腰の動きに合わせて淫猥な音が響き渡る。青年が肩を掴む力を強め、仰反るようにして美丈夫の名を呼んだ。

 急な喰い締めに余裕のなくなり掛けた声で、美丈夫は息を弾ませながら問う。

「どうした、ッてンです……? 〈覚、者〉サマ……ッ」

 青年はなにも答えずに、押し黙り俯くようにして動きを止め、美丈夫の額に自分の額を擦り合わせる。はぁっと切なげに溜息を零す。

「云ってくださらにゃあ、解りませン」

 理性をかなぐり捨ててようやく自ら求めることが出来るというのに、美丈夫はそれを知っていながら云わそうとする。息苦しさに、胸が張り裂けそうになる。

「は。ぁ、はぁ、は……ぁ。……ない」

「聞こえねェですぜ」

 美丈夫の手が青年の顎下へと添えられる。無理矢理目を合わせられると感じた青年は、びくっと身を震わせる。処が美丈夫の指先は柔らかく頬を撫ぜるばかりで、その先に待ち構えているであろうと身構えていた事態は、なかなか訪れない。

「足り、ないッ……」

「どうして欲しいンです?」

「……触って……」

 昨日の晩から朝方まで、オークを相手にしている間中ずっと思っていたことだ。それなのに、本人を目の前にすると途端に云い出せなくなる。

「欲し、い……」

 青年は変わらず目を伏せて俯いたままで、腰を支える美丈夫の右手を取り、両手を添えて口許へと運び、恭しげに手の甲へと口付ける。

「お前の、この手で……触られるのが……す、き……だ……」

 自分から理性もなにもかもを奪い、快楽の淵へと誘うのはこの男の太く無骨な指。愛おしげに頬擦りをしながら、手の甲から指へと唇を触れさせ、指先を口に含む。

 仮にも主と呼ばれている者が従者に向ける態度ではない。解っていても、そうせずにはいられなかった。そうやって自ら媚を売る自分を浅ましいと思う。今朝方、美丈夫に己の身勝手な振る舞いを嗜められたばかりで、美丈夫がいまどんな顔をしているのか、確かめることすら出来ない。

「ですが、〈覚者〉サマ。……縛り上げたオークは触っちゃあ、くれませンよね? そんなのを相手にどうやって、愉しんだンですか?」

 恥を偲んで懇願したにも拘らず、美丈夫が口にしたのはそんな言葉だった。無骨な手は青年の手の中でされるがままになっているだけで、動き出す気配もない。希望を打ち砕かれたような惨めさを感じた青年は、意を決して顔を上げ、そのまま身を強ばらせた。美丈夫は口端を意地悪く吊り上げ笑んでいる。

 思わず突き飛ばそうとするが、美丈夫は青年を確りと己の腕で囲い込む。

「オレはソレが知りてェ……」

 それだけだというのに、もう逃げられない。満月の光の下で見たときと同じく、美丈夫は氷碧の瞳には狂おしいほどの嫉妬を滲ませている。

 口にせねば絶対に解放されないと悟った青年は、震える唇で告白を続ける。

「満足……なんて出来ない、から……。何度も、何度も。空になるまで……搾り取ってやった……」

「へェ……」

 抑揚のない声で返される相槌。これ以上顔を合わせていられず、青年は俯く。それでも沈黙を恐れて言葉を続ける。

「尽きたスタミナを戻すのに、口移しでガラエキスを流し込んでやった……」

「そりゃあ、羨ましい」

 美丈夫の不貞腐れたような物云いに、流麗な眉を吊り上げる青年。

「お、前が……訊きたがったんだ、ぞ……」

 衝動的に手を伸ばして美丈夫の頬に両手を添え、喉を開かせるように顔を上向かせて口付ける。積極的に唇を割り裂き、歯列を抉じ開ける。美丈夫は抵抗しない。普段であれば貪るように絡み付いてくる舌は、青年にされるがままになっている。

「ん……ふ、ッあ……。ッ、ふ……」

 応えない美丈夫を見下ろして、やるせない気持ちになりながらも口付け続ける青年。それ以上反応を見せない美丈夫の上で、打ち拉がれたように力を抜いた。

「それで?」

「……オークが血混じりの精を吐いても、自分が達けるまで腰を振り続けた……」

 自身の欲を満たすため、魔物に身を委ねるような愚かな人間なのだから仕方がない。そう思いながらも、自分の為出かした不始末に美丈夫がどこまで寛容でいられるのか、試してもいる。

「それでも、物足りなかった……」

 促されれば答えるしかない。他の雄に跨って、自身の慾を鎮めようとした。それでも足りないから抱いてくれだなどと、たとえ命令だとしても虫が良すぎる。

「アンタがオレだけを求めてくださるってンなら、オレはアンタにオレの総てを差し上げますよ、〈覚者〉サマ」

「……」

 青年は答えられない。信じきって、裏切られることを恐れている。どうすれば、その言葉を全面的に信じられるのかなんて、自分でも解らない。

「〈覚者〉サマ……こんなにも近くにいるっていうのに、解りませンか」

「え……? ……ぁ」

 青年の中には美丈夫のモノが収まったままだ。それが萎える様子など一向に見せていない。それどころか、さらに熱量が増している。

(大きく、なった……!?)

 美丈夫は青年を抱いたままベッドに押し倒し、緩やかに抽送を開始する。いままで止まっていた時間が動き出し、甘やかな刺激が湧き上がる。

「あッ……ふ、ァ。あァ」

 じゅぷじゅぷと結合部から卑猥な音が響き、中途半端に留め置かれていた悦が、もう一度身体中を支配してゆく。抑え切れない声が漏れる。

 肩口に顔を埋めた美丈夫が首筋に舌を這わせる。いままでになく切なげな吐息が掛かり、青年は顔を上げた。

「はァ……アンタの身体にオレの徴を残してもイイですかね? 他の誰でもない、アンタはオレだけのモノなんだって、徴を刻み付けたい」

 美丈夫の手が頬に伸びてくる。大きな手に両頬を挟まれ、顔を背けたくても背けられない。目を伏せた青年は、観念したかのように細く長い息と共に言葉を吐き出す。

「好きに、すればいい……ッ、あ……ンぅ」

「そりゃあいけねェ……。それじゃあ、初めてのときと一緒じゃあねェですか……」

 目を上げれば眉尻を下げて上目遣いに見上げてくる美丈夫は、あからさまに拗ねていた。それでも青年を責め立てるようにがつがつと腰を打ち付ける。

 確かに、青年の言葉はあの満月の夜と一言一句変わりはない。ただ、込められた想いは全く別のものだ。あのときは、一旦受け入れねばどうしようもないと思ったが、いまは違う。目の前にいる男の総てが欲しいのだ。

「……ふァ、ッ。あぁ……ン゛ッ、他人から、見える場所でッ……ないの、ならッ!」

「オレは……ッ、見せびらかしてェ、って、のに……はッ、ふ」

 青年を穿ちながら、まるで子供のように唇を尖らせる美丈夫。身体を甘やかに責め嘖む快楽に、思わず総てを赦してしまいそうになる。だが、美丈夫があの日のことを口にするのであれば、青年も憶えていることがある。

「目立つ場所に付ける気ならッ、許可、しない……ッ、あ! 次はッ……見えない箇所に、付けるって云ったのは、お前だ……ッ!」

「ふッ。よく……憶えていなさるじゃあ、ねェですか……」

 美丈夫が愉しげにくつくつと喉を鳴らしながら右耳を喰む。髪で右目を覆っている分、隠しやすいからだろう、そのまま首筋へゆるゆると舌を這わせ、時折痕が付くほど強く吸い立てる。

「ル、キウスッ!」

 非難するように声を上げれば、目の前で意地悪く口角を吊り上げる美丈夫の顔が目に入る。顔を逸らせばそのまま、身体を半回転させられ横から突き上げられる。

「ふぁ……あ゛ッ、ン!」

 がつんと打ち付けられ目が眩む。美丈夫は確実に快(い)い処を突いてくる。溺れる者が藁を掴むように空にむけて手を差し出せば、その手を取るのは美丈夫で、腕にも吸い付かれ、噛み痕を付けられる。

「髪を伸ばせばイイ……そうしたら色んな処が隠せる。アンタの髪は闇夜によく映える」

 太い指が身体中を撫ぜ回し、口付けや噛み痕を残しながら唇が膚を這い回り、肉の楔で最奥を穿たれる。なにも考えることが出来ない愉悦に身体が戦慄く。

「ココは、いつも服の下ですな……」

 云いながら美丈夫は青年の身体をうつ伏せにし、四つん這いにした青年を背後から穿ちながら、あちらこちらに口付ける。時折膚を強く吸われ、噛み付かれ、そこには確実に、美丈夫のいう徴が残される。膚を這い回る唇の柔らかさと、舌の熱さに目が眩みそうになる。痕がひとつ増えるたび、身体から力が抜けてゆく。

「あぁ……ッ、は。あ……ッ、ふ……。あッ……や゛ッ、ぁ」

 がりっと強く肩口を噛まれる。痛みに声を上げるが、美丈夫が噛み付いた場所は服の外に晒されることのない場所だ。青年自ら許可を出したのだから、咎めることも出来ない。

 最後には柔らかなベッドに沈められて何度も達かされ、身動き出来なくなるほどたくさんの口付けを浴びせられた。

 

 

 

 美丈夫が満足するまで抱かれたあと、心地好い疲労に身を委ねていると、声が掛けられる。

「〈覚者〉サマ……」

「……なん、だ?」

 どことなく消沈した声にも思え、様子見に視線のみを向ければ返ってきたのは次のような言葉で、正直呆れが先に立つ。

「ただマラがデカいだけのオークなんぞに跨って自分で腰を振るより、オレとヤるほうが断然イイでしょう?」

 美丈夫が得意満面の笑みを浮かべ、後ろから覆い被さりながら青年の項に口付けた。いくら青年が射精出来ないとはいえ、身体中を鬱血痕やら噛み痕だらけにされては体力は消耗する。そのうえ精力的な美丈夫の気の済むまで付き合わされ、いいように扱われた青年はくたくただというのに、美丈夫はまだ嫉妬を滲ませてくるのだ。

「いつだってオレがたっぷりと愛して差し上げまさァ。だから、他のヤツになんかに跨ったりしねェって約束してくだせえよ」

 大型犬が甘えるように擦り寄ってくる美丈夫。その様子を目にしてジト目を向ける青年。

「厭だ……。お前だけとしかしなくなったら、お前がいなくなったときにどうしたらいいか解らない……」

 約束など出来ない。適当な理由を付けて却下する。

「オレはいなくなったりしねェって、云ってるじゃあねェですか……」

 青年は美丈夫の腕の下で半身を翻し、零れ落ちる豪奢な金髪を掴んで引き寄せた。

「それに、お前は相変わらず大きな間違いをしている。……お(・)前(・)が、俺(・)の(・)モ(・)ノ(・)なんだ」

「そういやァ、そうでしたな」

 愉しげに笑いながら、青年の胸に口付けを落とす美丈夫。

「んッ!」

 〈覚者〉の証である傷痕の上に強く噛み付かれ、身体にまたひとつ徴が増えた。

 




 取り敢えず、いくら書いても終わらないのでいいかげんにしろよお前らといった感じの翌朝でした。
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