『わたしが、かわいいからだよ』
何かが…触ってる…
顔に…唇に…
柔らかい…
えっ?
「あ、やっと起きた」
ももちゃんが、僕の顔を覗きこんでいた。
「もう…お兄ちゃん、何回キスしても起きないんだから」
キスで起きるって…僕は白雪姫か?
ももちゃんのキスは、うれしいけど。
「ほら、シャワー浴びてきて。シーツ洗濯するから」
ももちゃんは、僕を追いたてた。
自分を見ると、裸のままだ。シーツには、ゆうべの染みがついている。
昨夜は夢中だったが、朝になって見ると、けっこう恥ずかしい状態だ。
部屋にはすでに、いくつもの洗濯物が、ぶら下がっていた。
「ももちゃん、今日、何時に起きたの?」
「4時だよ」
「えっ?早すぎない?」
「だって、今日から旅行だよ!楽しみで寝てられないよ!」
そういえば、僕も子供の頃は、遠足の前などワクワクして寝付けなかったが。
でもこれは、ただの遠足じゃない。
今夜ももちゃんは、女の子の大切なものを失うのだ。
彼女は、どこまでわかっているのか…
僕がシャワーを浴びた後。
「お兄ちゃん、これどう?」
着替えを済ませたももちゃんは、僕に披露した。
ボーダー柄のタンクトップと、デニムのショートパンツ。
ピンクのキャップを被り、髪はポニーテールにして、キャップの後ろからピョコンと出ていた。
夏らしい、軽やかなファッションだ。小さくてもスラリと伸びた、健康的な手足が眩しい。
「いいね!すごく可愛いよ!」
「ありがと!お兄ちゃんも早く着替えて」
ふたりを乗せた車は、県外にある海辺の町に向かっていた。
「だけど不思議だね。3日前の夕方まで、僕はももちゃんの存在も知らなかったんだよ。それが今、世界で一番大切な子になってるなんて」
ももちゃんは、うれしそうだった。
「わたしが、かわいいからだよ」
僕も笑った。
「それ自分で言うかなぁ」
「わたしはもっと前から、お兄ちゃんのこと知ってたけどね」
「そういえば、いつ知ったの?」
「ナイショ。あのね、女はミステリアスな方がミリョクあるんだよ」
「そんなのどこで聞いたんだよ…まあいいか」
そう、過去の事なんてどうでもいい。
僕の疑問は何一つ解明されないままだが、今が全てだ。
こんな素晴らしい少女と愛し合える幸せ。他には何も要らない。
目的地までは結構遠いが、僕はあえて一般道で行くことにしていた。
単調な高速道路は面白くない。道中を楽しむには、この方がいい。
ももちゃんは助手席で楽しそうに
「あっ、あのお店、行ったことあるよ!」
などと話していたが…いつの間にか、眠ってしまった。
無理もないよ。あんなに早起きしたから。
まるで世話女房みたいに、洗濯して掃除して、旅行の準備して…本当に、しっかりした子だ。
しばらくすると、目を覚まして
「あれ?わたし寝てた?」
「うん」
「えーっ!?なんで起こしてくれないの?」
「早起きしたから眠いだろう?無理しなくていいよ」
「せっかくの旅行なのに、寝たらもったいないよ!」
「朝から色々してくれたから、疲れてるんだよ。本当は僕がしないといけないのに、ごめんね」
「それはいいの。わたしがしたいから。よしっ!もう絶対寝ないよ!」
そう言ってから10分後には、また眠ってしまっていた。
一時間以上走った頃。
ももちゃんが目を覚まして言った。
「トイレ行きたい…」
「じゃあ、そこのコンビニに行こう」
車を停めた。
彼女がトイレから出るのを待って、お菓子と飲み物を買った。
ところが車に戻って走り出すと、ももちゃんは、妙に不機嫌だった。
「どうしたの?」
「やっぱり…お兄ちゃんは、大人の女の人の方がいいんだ…」
ももちゃんが言ってるのは、さっきのコンビニでの事だ。
会計する時、レジにいた店員の女の子が話しかけてきた。たぶん女子大生だ。
『可愛いお嬢さんですね』と言われて、僕は『ありがとう』と言った。
それだけだ。
「お兄ちゃん、すごくニコニコして話してたよ。わたしより、あのお姉さんの方が好きなんでしょ?」
「なんでそうなるんだよ。ももちゃんの事、誉められたから、うれしかっただけだよ」
「あのお姉さん、わたしの事、お兄ちゃんの娘だと思ってたよ。カノジョなのに。どうせわたし、子供だもん。お兄ちゃんには似合わないもん」
僕は車を停めた。
ももちゃんの目を真っ直ぐ見た。
「たしかに、他の人から見ると、僕達は親子に見えるかもね。でも本当は違うだろ?僕達は恋人だ。僕が好きなのは、ももちゃんだけだ。ももちゃんも、僕が好きだよね?僕を信じて。他の人がどう思っても関係ないよ。愛してるんだ」
ももちゃんは涙目で僕を見つめた。
「ホント?…ホントに、わたしだけ?」
「桃香、愛してるよ。僕だけの桃香…」
そっと抱き寄せて、キスをした。
今さらながら思った。
こんなに子供でも、やっぱり女性なんだな。こんな些細な事で嫉妬するなんて。