車は市街地を抜けて、山道に入っていった。
ももちゃんは意外そうだ。
「あれ?海じゃないの?」
「それは明日だよ。ちょっと寄り道しよう」
山中の一本道を走り続け、やがて広い駐車場に出た。
そこから二人乗りリフトで山頂に向かう事になる。
僕は指差した。
「あれに乗るんだよ」
「なんか怖いよ。落ちちゃうよ…」
ももちゃんは、ちょっと怯えてる。リフト乗った事ないんだね。
「大丈夫だよ。僕がいるから」
ももちゃんは勇気を出して乗ったが、僕の腕にずっと、しがみついていた。
山頂の展望台に着いた。
下界の暑さと違って風が爽やかで、素晴らしい眺めだ。
緑の山々の間に、美しい湖。その向こうに、広い海が広がっていた。
夏の強い日差しで、キラキラと輝いていた。
ももちゃんは、うっとりして眺めていた。
「きれい…」
「ね、来て良かっただろ?」
「うん!こんなきれいな景色、初めて見たよ!」
ここは、『恋人の聖地』としても知られた場所だった。
高台の上に、『願いの鐘』というのがあった。外国の教会にあるような形で、2メートル位の高さで吊り下げられてる。
紐が付いていて、ふたりがずっと一緒にいられる事を願いながら鳴らすのだ。
「お兄ちゃんのそばに、ずっとずっと、いられますように…」
ももちゃんが祈りながら、一緒に鳴らした。
『誓いの絵馬』というのもあった。
神社を模した建物に、沢山の絵馬が置いてある。『ふたりの愛が永遠に変わらぬ事を誓います』と書かれてあり、余白に署名するようになっていた。
ももちゃんは『耕平と桃香』と名前を書いた。
「なんか、結婚したみたいだね」
彼女は、ちょっと恥ずかしそうに微笑んでいた。
絵馬を掛ける場所があり、そこにはすでに無数の絵馬が、ひしめきあっていた。
これだけのカップルが訪れたということだ。
ももちゃんは驚いていた。
「すごいね…!」
「この先ずっと、この場所に残されるんだよ。僕達の名前が」
「この人達みんな、幸せになれたのかな…」
「わからないけど、そうだといいね。ももちゃんは?今、幸せ?」
彼女は、最高の笑顔を見せてくれた。
「幸せだよ!だってお兄ちゃんと一緒だもん!」
ふと、思った。
亮がももちゃんを迎えに来ないと思ったのは、僕の勝手な思い込みだ。携帯を持っていない事から想像しただけで、他に根拠はない。
もしかして今日にでも、アパートに迎えに来るかもしれない。
その時、誰もいなかったら…どうなるか…
いや、もう覚悟は決めたんだ。
僕はもう、ももちゃんと離れるつもりはない。
少し離れた、見晴らしの良い場所に、ベンチが置かれてあった。丁度いい感じに木陰になっている。
「ちょっと座ろうか」
と、ベンチに腰かけた。
するとももちゃんは、僕の膝の上に、向かい合わせに乗ってきた。僕の体に腕を回した。
「ももちゃん…だめだよ。誰かに見られたら…」
「大丈夫。誰もいないよ」
たしかに、さっきまでは何人かいた観光客が、いなくなっていた。
「お兄ちゃん…ありがとう。こんな綺麗なところに連れてきてくれて」
「ももちゃんのためなら、どこでも行くよ」
「わたしね、お兄ちゃんを好きになって本当によかった…」
「ももちゃん…」
ふたりの唇が近づいて…重なった。
ももちゃんを抱きしめた。
強く抱いたら折れてしまいそうな、華奢な体を。
風が、頭上の木の葉をざわめかせていた。
温泉旅館に着いたのは、5時頃だった。
チェックインを済ませて、部屋に案内された。
この旅館は、一部屋ずつ独立した離れのようになっている。つまり、他の人に声を聞かれない。
「すごい!広いお部屋!お兄ちゃん、ほら!海が見えるよ!」
ももちゃんは、感激していた。
部屋は和室で12畳、ふたりで使うには確かに広い。『全室オーシャンビュー』が売りの旅館だから、海が見えるのは、まあ当たり前だ。
僕は34年も生きてきて、色々な物を見て、今では何かに感動する事は、ほとんどない。
でも、ももちゃんは違う。彼女にとって世界はまだまだ新鮮で、驚きに満ちているのだ。
それを羨ましく思う。
「ねえ、ここって一緒に入れるお風呂、あるんだよね?」
ももちゃんは、期待に顔を輝かせていた。
「あるけど、予約したのは明日の朝だよ。だって最初に、ももちゃんの裸見るのは…」
「あ、そっか…セックスの時だよね…そうだよね…」
ももちゃんは、なぜか、そわそわしていた。
「ひとりでお風呂は寂しいけど…それがいいんだよね」
なんだか、彼女は自分に納得させてるみたいだった。
とりあえず、夕食の前に一度、温泉に入っておくことにした。
温泉に浸かりながら僕は、さっきの、ももちゃんの様子が気になっていた。
やっぱり…初めてのセックスが不安なのかな。
僕は変なプレッシャーを与えてしまったかもしれない。
ももちゃんは本心で、セックスする事を望んでるだろうか。
風呂から上がった。ももちゃんは、たぶんまだ入っている。いつも女の子の方が風呂が長いから。
僕は女湯の前で待っていた。