部屋に衣装が届いた。
「お兄ちゃん、あっち向いてて」
僕はももちゃんに背を向けて、自分の衣装を着た。
「いいよ」
ももちゃんの声に振り返ると…
「どう…かな?」
そこには世界一可愛い花嫁がいた。
ベールを被った清楚な笑顔は、天使そのものだ。色とりどりのブーケが、ももちゃんの可憐さを引き立てていた。
短いスカート丈も、小さいももちゃんには丁度良かった。
やや暗めのラブホの部屋で、ももちゃんの姿は輝いていた。
いや、もう可愛いとか綺麗とか、そんなありきたりの言葉では言い表せない。
僕は自然に彼女の手を取り、レースの手袋越しにキスをした。
ももちゃんは照れくさそうに笑った。
「なんか…恥ずかしいね。やっぱり似合わないよ」
「そんな事ない。世界中に自慢できる花嫁さんだよ」
「お兄ちゃん…」
「結婚式、しようか」
部屋の壁にある大きな姿見に向かって並んだ。
鏡の中に、薄っぺらいナイロンのモーニングを着た冴えない新郎がいた。その横にいる新婦は、あまりにも可憐で小さい。ちょっと緊張してるようだ。
ももちゃんも、あと4年で本当に結婚できる歳になる。その時は、きちんとプロポーズして真の夫婦に…などと勝手な妄想をしていた。
「やっぱり、ちょっと照れるね」
ももちゃんに話しかけたが、返事がない。見ると、緊張してるというより、何か考え込んでるようだ。
彼女が望んだ事なのに、うれしくないのか?
「ももちゃん?」
「あ、うん、大丈夫…」
「神父さんがいないから、僕が花婿兼神父だね。いい?」
「うん」
「じゃあ、始めるね。えっと…これより山下耕平と大橋桃香の結婚式を…」
「待って!」
いきなり、ももちゃんは僕の言葉をさえぎった。
「どうしたの?」
「ごめんなさい…」
ごめんなさいって…冗談だったのか?
「わたしね、ウソついてたの」
「え?」
「だいじな結婚式だから…ウソついたままするのはヤダ」
「ももちゃん…」
「やっぱりお兄ちゃんには、ホントの事言いたい」
「話してくれるの?」
「うん…」
ふたりは並んでベッドに座った。
ももちゃんが今まで真実を全て語っていない事は、わかっていた。だから、それほど驚きはしなかった。
それより、ももちゃんの様子を見ているのが辛かった。彼女は口を真一文字に結んで、じっと、うつむいていた。
これから話すべき事を、躊躇しているのだろう。
「わたしね、悪い子なの。本当はずっと黙ってるつもりだったから。でもやっぱり無理。お兄ちゃんには、ちゃんと言わなくちゃ」
そう言ったきり、ももちゃんは、黙りこんでしまった。その目が潤んでいた。
僕はしばらく待ってから、口を開いた。
「ありがとう。でもね、無理しなくていいよ。辛かったら話さなくていい。何があっても、ももちゃんを好きなことに変わりはないから」
「お兄ちゃんは優しいから、そんなこと言えるんだよ。これを聞いたら絶対、わたしをキライになるから」
ももちゃんは、顔を上げて言った。
「わたし、大橋桃香じゃないの。本当の名前は…早川桃香」
それは…もしかして…
「覚えてる?お兄ちゃんのお友達だった早川和裕。わたし、その妹なの」
「ちょっと待ってよ!おかしいよ。それなら、ももちゃんは30歳を過ぎてるはずだよ!どう見ても…」
ももちゃんの話しは、僕の予想を遥かに越えたものだった。
僕が早川桃香ちゃんに初めて会ったのは、小学四年の時だった。
僕は10歳、彼女は8歳だった。
桃香ちゃんは、生まれつき難病を抱えていた。ほとんど学校にも行けず、家で寝ている事が多かった。
その日は体調が安定していて、彼女はベッドから起き出していた。
思い出した。
この前見た夢は、忘れていた僕の記憶そのものだった。
和裕君の妹は、可愛いけど、あまりしゃべらない、おとなしい子だった。ただ、僕は彼女の病気の事は一切聞かされてなかった。
初めて会った時から、桃香ちゃんは密かに僕に惹かれた。
家族以外の人に会う事はあまりなかったから、余計に強く感じたのだろう。
そういえば和裕君とは、なぜかいつも彼の家で遊んでいた。僕が、たまには外で遊ぼうと言っても和裕君は、新しいゲームがあるからとか言って、家に誘っていた。
おそらく彼は、妹の幼い恋心を察して、僕と桃香ちゃんが会う機会を増やそうとしていたのだろう。
桃香ちゃんの僕への想いは、日を追うごとに強くなっていった。
「耕平お兄ちゃんは、いつもわたしに優しくしてくれた。わたしね、いつも耕平お兄ちゃんの事ばかり考えてたの」
当時の僕は、特に彼女を意識してはいなかった。ただの『友達の妹』にすぎず、なぜ一緒に遊ぶのか不思議だった。
「耕平お兄ちゃんと遊んでいる時は、本当に楽しかった。生まれてからずっと楽しい事なんてなかったから。病気の事も忘れられたの」