※この作品はR-18です。

8月のヒメゴト 〜僕と桃香の7日間〜   作:水無月零

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『ごめんなさい…』

部屋に衣装が届いた。

「お兄ちゃん、あっち向いてて」

僕はももちゃんに背を向けて、自分の衣装を着た。

「いいよ」

ももちゃんの声に振り返ると…

「どう…かな?」

そこには世界一可愛い花嫁がいた。

 

ベールを被った清楚な笑顔は、天使そのものだ。色とりどりのブーケが、ももちゃんの可憐さを引き立てていた。

短いスカート丈も、小さいももちゃんには丁度良かった。

やや暗めのラブホの部屋で、ももちゃんの姿は輝いていた。

いや、もう可愛いとか綺麗とか、そんなありきたりの言葉では言い表せない。

 

僕は自然に彼女の手を取り、レースの手袋越しにキスをした。

ももちゃんは照れくさそうに笑った。

「なんか…恥ずかしいね。やっぱり似合わないよ」

「そんな事ない。世界中に自慢できる花嫁さんだよ」

「お兄ちゃん…」

「結婚式、しようか」

 

部屋の壁にある大きな姿見に向かって並んだ。

鏡の中に、薄っぺらいナイロンのモーニングを着た冴えない新郎がいた。その横にいる新婦は、あまりにも可憐で小さい。ちょっと緊張してるようだ。

 

ももちゃんも、あと4年で本当に結婚できる歳になる。その時は、きちんとプロポーズして真の夫婦に…などと勝手な妄想をしていた。

 

「やっぱり、ちょっと照れるね」

ももちゃんに話しかけたが、返事がない。見ると、緊張してるというより、何か考え込んでるようだ。

彼女が望んだ事なのに、うれしくないのか?

「ももちゃん?」

「あ、うん、大丈夫…」

「神父さんがいないから、僕が花婿兼神父だね。いい?」

「うん」

「じゃあ、始めるね。えっと…これより山下耕平と大橋桃香の結婚式を…」

「待って!」

いきなり、ももちゃんは僕の言葉をさえぎった。

 

「どうしたの?」

「ごめんなさい…」

ごめんなさいって…冗談だったのか?

「わたしね、ウソついてたの」

「え?」

「だいじな結婚式だから…ウソついたままするのはヤダ」

「ももちゃん…」

「やっぱりお兄ちゃんには、ホントの事言いたい」

「話してくれるの?」

「うん…」

 

ふたりは並んでベッドに座った。

 

ももちゃんが今まで真実を全て語っていない事は、わかっていた。だから、それほど驚きはしなかった。

それより、ももちゃんの様子を見ているのが辛かった。彼女は口を真一文字に結んで、じっと、うつむいていた。

これから話すべき事を、躊躇しているのだろう。

 

「わたしね、悪い子なの。本当はずっと黙ってるつもりだったから。でもやっぱり無理。お兄ちゃんには、ちゃんと言わなくちゃ」

そう言ったきり、ももちゃんは、黙りこんでしまった。その目が潤んでいた。

 

僕はしばらく待ってから、口を開いた。

「ありがとう。でもね、無理しなくていいよ。辛かったら話さなくていい。何があっても、ももちゃんを好きなことに変わりはないから」

「お兄ちゃんは優しいから、そんなこと言えるんだよ。これを聞いたら絶対、わたしをキライになるから」

 

ももちゃんは、顔を上げて言った。

「わたし、大橋桃香じゃないの。本当の名前は…早川桃香」

 

それは…もしかして…

 

「覚えてる?お兄ちゃんのお友達だった早川和裕。わたし、その妹なの」

「ちょっと待ってよ!おかしいよ。それなら、ももちゃんは30歳を過ぎてるはずだよ!どう見ても…」

 

ももちゃんの話しは、僕の予想を遥かに越えたものだった。

 

僕が早川桃香ちゃんに初めて会ったのは、小学四年の時だった。

僕は10歳、彼女は8歳だった。

桃香ちゃんは、生まれつき難病を抱えていた。ほとんど学校にも行けず、家で寝ている事が多かった。

その日は体調が安定していて、彼女はベッドから起き出していた。

 

思い出した。

この前見た夢は、忘れていた僕の記憶そのものだった。

和裕君の妹は、可愛いけど、あまりしゃべらない、おとなしい子だった。ただ、僕は彼女の病気の事は一切聞かされてなかった。

 

初めて会った時から、桃香ちゃんは密かに僕に惹かれた。

家族以外の人に会う事はあまりなかったから、余計に強く感じたのだろう。

 

そういえば和裕君とは、なぜかいつも彼の家で遊んでいた。僕が、たまには外で遊ぼうと言っても和裕君は、新しいゲームがあるからとか言って、家に誘っていた。

おそらく彼は、妹の幼い恋心を察して、僕と桃香ちゃんが会う機会を増やそうとしていたのだろう。

 

桃香ちゃんの僕への想いは、日を追うごとに強くなっていった。

 

「耕平お兄ちゃんは、いつもわたしに優しくしてくれた。わたしね、いつも耕平お兄ちゃんの事ばかり考えてたの」

 

当時の僕は、特に彼女を意識してはいなかった。ただの『友達の妹』にすぎず、なぜ一緒に遊ぶのか不思議だった。

 

「耕平お兄ちゃんと遊んでいる時は、本当に楽しかった。生まれてからずっと楽しい事なんてなかったから。病気の事も忘れられたの」

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