彩ちゃんは、そんなももちゃんの肩に手を置いた。
『大丈夫、ももちゃんは消えないよ。あたしね、最初から決めてたんだから。ももちゃんに体をあげるって。どうせ死ぬつもりだったから』
その言葉を聞いたももちゃんは、我に返った。
『だめだよ!そんなの』
彩ちゃんの手を握って
『お願い、彩ちゃんは生きて』
『だって、お兄ちゃんとずっと一緒にいたいでしょ?お兄ちゃんも、ももちゃんのこと愛してるよ。ももちゃんは幸せになっていいんだよ』
『わたし、もう死んでるんだよ。20年も前に。わたしもね、このまま大人になって、お兄ちゃんと結婚したい。でもね、彩ちゃんがまだ生きてるなら、まだ戻れるなら…この体、もらえないよ』
『でも、ももちゃんが…』
『わたしはいいの。彩ちゃんのおかげで、お兄ちゃんに愛してもらったから。もう幸せだよ』
彩ちゃんは、涙を流して
『ももちゃんが消えちゃうなんて、そんなのイヤだよ…』
『彩ちゃん、ホントはもう死にたいなんて思ってないよね?』
『えっ?』
『わかるよ。わたしとお兄ちゃんが愛し合ってるの見て、彩ちゃんもしてほしいって思ったでしょ?それって、生きたいってことだよ』
『ももちゃん…』
『彩ちゃんはね、わたしに初めてできた、大切なお友達なの。大好きなの』
『あたしもだよ、ももちゃん』
『彩ちゃんも絶対、幸せになってね』
ふたりの少女は、抱き合って泣いた。
これが、ももちゃんを取り巻く全ての真実だ。
まだ幼い少女ふたりが、お互いを思いやり、生死の決断をこんなにも迷いなく、きっぱり下している。
僕は何も言えなかった。
あまりにも身勝手な自分を恥じた。
ももちゃんと離れたくないなどと言う資格はない。
これはももちゃんと彩ちゃんの問題で、僕はただの傍観者に過ぎないのか。
「わたしね、すごく幸せだよ。だって本当は、お兄ちゃんに会いたくても会えなくて、ずっとずっと、ひとりぼっちだったんだよ」
「ももちゃん…」
「でも今は、お兄ちゃんがこんなに愛してくれる。わたしのホントのこと知っても」
「関係ないよ。ももちゃんはももちゃんだ」
「わたしより彩ちゃんの方が、ずっとかわいそうなんだよ。お友達を助けたいって思うの、当たり前だよね」
覚悟を決めたももちゃんは、美しかった。
わずかな時間で成長したようにも見えた。
ももちゃんの最後の大切な時間を、僕の悲しみなんかで曇らせてはいけない。
「でもね、ちょっと寂しいのは、お兄ちゃんも彩ちゃんも、わたしのこと忘れちゃうことかな」
「えっ?忘れないよ!忘れるわけない!」
「だめなの、それも規則だって。わたしに会った人は、わたしのこと覚えていたらダメなんだって」
記憶を消すということか。全てなかったことにするわけだ。徹底している。
規則か。
規則?…ちょっと待てよ…
そのとき、僕がももちゃんの話しから感じていた、疑問が解けた。
そうか!そういうことか!
「ももちゃん!あの女の人は、また来るの?」
「来ると思うよ。どうして?」
「来たら話しをするよ。僕がももちゃんのこと忘れないようにしてもらうんだ!」
「無理だよ」
「いや、絶対大丈夫!ももちゃん、彼氏を信じて!」
ももちゃんの顔が輝いた。
「ホント?ホントに信じていいの?」
「約束する。それに僕が覚えていれば、ももちゃんはずっと僕の中で生きてるんだよ。消えたりなんかしない」
「うれしい。約束だよ」
それが僕にできる精一杯だ。
でも、ももちゃんがこの体にいられるのは、今日までだ。
どう過ごしたらいいのか。
「ももちゃん、どこかに出かけようか。どこに行きたい?」
ももちゃんは首を横に振った。
「ここにいたい。最後までここで、お兄ちゃんと、ふたりだけでいたいの」
「ありがとう。僕もその方がいいよ」
ももちゃんは、椅子から立ち上がった。
「ねえ、お兄ちゃん」
可愛いフリルの付いた水色のTシャツ。よく似合ってる。
「桃香を、きもちよくして」
僕をじっと見つめながら、Tシャツの裾を捲った。