僕は彩ちゃんの手を取ってキーを渡した。
「外に僕のクルマがあるから、その中で少し待ってて。このお姉さんと話しがあるから」
女性は
「そんな勝手は許されません」
しかし彩ちゃんは僕に頷いて、部屋を出ていった。
女性は厳しい口調で
「何ですか?あなたは。今度は彩さんを狙っているんですか?」
僕は笑って
「そんなことしないよ。あなたに引き渡す。その前に頼みがあるんだ」
「桃香さんは戻りません」
「わかってる。まあ座ってよ」
僕は彼女に椅子を勧めた。
女性は渋々座って、脚を組み、腕組みした。警戒している。
「僕の頼みは、僕からももちゃんの記憶を消さないことだ」
女性は軽蔑するように言った。
「あなたのような人は、大勢見てきました。でも無理です。それが規則ですから。記憶も痕跡も消します」
「そうかな?規則規則と言うけど、あなたはその規則を自分で曲げてるよね?」
「何を言っているのか、わかりません」
ここからが正念場だ。僕は畳みかけた。
「あなたが彩ちゃんにした説明、どうも違和感がある。7日間ルールと消滅のことを、彩ちゃんに言わせる件だ」
「それも規則です」
「おかしいだろ?魂を救うはずなのに、そんなのは混乱とトラブルを招く。事前にあなたが説明して、納得させてから肉体を貸す。それが本当の規則のはずだ」
「例えそうでも、あなたに関係ありません」
これはもう、認めたも同然だ。
僕はさらに
「ももちゃんも彩ちゃんも、純真で素直で優しい子だ。そして賢い」
「そうですね」
「彩ちゃんは自殺しようとしてた。体を返してもらうつもりはない。それも予想してたはずだ。おかげで、ももちゃんは魂の消滅とかを知らずに、与えられた体を存分に楽しんだ。生きることを謳歌した。そんなももちゃんを見せて、彩ちゃんに生きる欲求が芽生えるのを、あなたは期待した」
彼女の顔の半分はサングラスに隠されていて、表情はよくわからない。しかし僕は、女性が動揺しているのを感じた。もう一息だ。
「ラブホテルから連れ出した後の展開も、あなたの思惑通りだ。ももちゃんは、自分の幸せのために彩ちゃんを犠牲にするような子じゃない。彩ちゃんの真実を知ったももちゃんは、自殺させないように説得する。あなたが言うよりも、効果的だ」
僕はとどめを刺した。
「あなたは、ももちゃんだけでなく、彩ちゃんも救いたかった。そうだろう?それが本来の役目じゃなくても」
「どう思うかは、あなたの勝手です」
「それからこの部屋、今朝からずっと、外の物音が何も聞こえない。おそらくここは遮断されていたんだろう。ももちゃんの最後の一日を他人に邪魔されないように。それもあなたがした事だと思う」
女性の態度が、少し軟化した。
「わかりました。認めます。でもそれがあなたの願いと何の関係がありますか?」
「あなたが優しい人だということだ。規則を曲げて彩ちゃんを救った。僕の望みも聞いてくれる人だ」
「それは別です」
「あるんだろう?方法が」
彼女は根負けしたように
「ひとつだけあります。でもお勧めできません」
「僕は何も恐れない」
「わかっていませんね。あなたのしたいことは、数日前に知り合っただけの、今は存在しない少女を覚えておく、それだけのために全てを犠牲にすることですよ」
「覚悟してる」
「普通の人としての未来も幸せも、なくなります。何の楽しみもない。誰とも深く関われない。永遠の孤独です」
「構わない」
「桃香さんは戻らない。何の意味があるんですか?ただの自己満足ですよ」
「そうだよ。それが悪いか」
黒い女性は、諦めたように言った。なぜか、少しだけ微笑んだように見えた。
「馬鹿な人ですね」