『どう?おいしい?』
「お兄ちゃん!起きて!」
目を開けると、ももちゃんの笑顔があった。
ゆうべは寝不足で、しかもソファーで丸まっていたから、身体中が痛い…
部屋の時計を見ると…8時35分…えっ!?…ヤバい!遅刻だ!
慌てて起き上がる。
ももちゃんは朝から元気だ。
「ねえ、わたし朝ごはん作ったんだよ!一緒に食べよ」
えっ?そんな事してくれたのか?でも時間が…
「あ、ごめん…もう行かないと…」
彼女の顔が曇った。
「そっか…お仕事だもんね…」
それが、あまりにも悲しげで…
「いいよ。食べよう。僕も一緒に食べたいし」
「ホント!?」
顔がパッと輝く。
どうせ遅刻だ。あとで会社に電話しよう。
ももちゃんが作ったのは、フレンチトーストと、ベーコンエッグ、コーヒー。
「美味しそうだね」
「がんばって作ったんだよ。食べてみて」
しかし…
フレンチトーストは激甘…どれだけ砂糖入れたんだ?
ベーコンは焼きすぎで噛みきれない。
玉子も焦げている。塩が多すぎる。
ももちゃんは、僕の顔をじっと見ている。
「どう?おいしい?」
「うん、おいしいよ」
「よかった!」
キラキラした笑顔で喜んでいた。
コーヒーを飲んだ。…メチャメチャ苦い。
きっとももちゃんは、普段コーヒーなんて飲まないから、豆の量が分からないんだ。
まあ…僕のために頑張ってくれたんだ。その気持ちだけで、うれしいよ。
「お兄ちゃん、今日は遅くなるの?」
「うーん…わからないな」
「そっか…」
彼女は寂しそうな顔をした。
「ももちゃんは?今日はどうするの?」
「今からお部屋の掃除するの」
「えっ?そんな事しなくていいよ」
「ダメ!だって汚いよ。この部屋」
そう言われると、返す言葉がない。
「それなら、せめて朝ごはんと掃除のお礼がしたいな」
「わたし、お兄ちゃんの作ったごはん、食べてみたい」
「そんなのでいいの?じゃあ、ももちゃん、オムライス好き?」
ももちゃんは大喜びだ。
「うん!大好き!」
「決まりだね。僕が帰るまで待ってて。あ、そうだ、ももちゃんのお昼ごはんは?」
「コンビニで買うからいいよ」
部屋を出ると、ももちゃんが、ドアの前で手を振った。
「いってらっしゃい!」
なんか、いいな。こういうの…
僕は温かい気持ちになりながら、車に乗り、会社に向かった。
ももちゃんが家に来てまだ2日目だ。なのにもう、すっかり馴染んでいる。
まるで、ずっと前から一緒にいたように…
余程、人懐っこい子なのか。
僕は結構、人見知りする方だ。なのにもう、あの子が妹みたいに思えてきた。不思議だ。
いや、年齢から考えたら、娘か…
それとも…
また、あの風呂場での事を思い出した。
だめだ、もう忘れよう…
仕事中も僕は、ももちゃんの事を考えていた。
すると会社の部下が近寄ってきた。
「係長、今度の土曜、空いてます?」
「土曜?何かあるの?」
「合コン行きませんか?人が足りなくて」
数合わせか…
ももちゃんの事は誰にも話してないが、彼女をひとりにはできない。いや、例えももちゃんがいなくても、そんなものに興味はない。
「悪いけど、用事があるんだ」
すると部下は渋い顔をした。
「係長、付き合い悪いですよ。飲みに誘っても来たことないし。仕事だけじゃなくて、部下との交流とかも必要だと思いますけど」
彼は言いたい事だけ言うと、仕事に戻って行った。
部下との付き合いだけじゃない。僕は今、これといった友人もいない。
20代の頃は、それなりに遊んでいたが、会社で役職に就いた頃から、ストレスで人付き合いが面倒になってきた。元カノと別れてから、さらにひどくなった。
趣味もなくなった。そういう気になれない。
朝起きる。仕事に行く。帰って寝る。
僕の生活は、それだけだった。
休日は、ほぼ一日中寝ていた。
わかってる。おそらく多くの人が、そんなふうに暮らしているのだろう。
僕だけが、特別つまらない人生だとも思わない。
女性とは、過去3人付き合った。
2年前別れた彼女は言った。
『耕平君といると、退屈なの』
つまり僕は退屈な男だ。
ももちゃんは、そんな僕を慕い、頼ってくれる。僕と一緒にいたい、僕を好きだと言ってくれる。あんなに可愛い子が…
もし、ももちゃんが子供じゃなかったら…僕は…